この手の前日譚を既存の本編と矛盾させずに描くの結構ムズイですね。
「そこまで読み込んでないよ」って言われたらそれまでですけど。
たった二週間、されど二週間────────詰まる所、中学二年生の冬休みの事。
俺こと嶋上輝雄は不思議な事を体験した。
終わった事をいつまでも考えるのは性に合わないが、珈琲を飲みながら思い返す位はいいだろう。あぁ、ちょうど珈琲のドリップも終わったところのようだ、懐かしい本もある。
ページをめくりながら記憶を掘り返す。三日前の事だ、当然、鮮明に思い出せる。
♢
「先輩? 冬休みって何か予定ありますか?」
「唐突になんだ?」
本当に急に聞かれた。雪が積もる事も珍しくない、海無し県の山奥にある田舎町。
今年最後の学校を終えて後ろから脅かそうと足音を殺して忍びよって来た後輩をアイアンクロー(最弱)で制し、やはり何故かいつものように一緒に帰る事になった通学路でのこと。
「初日と二日目は仕事があるが、それ以降は休み貰ってるけど?」
「え、割と休暇多いですね。もしかしなくてもホワイト企業ならぬホワイト職場?」
「確かにホワイトだけど…………単に俺が有給溜めすぎなだけだ」
「アルバイトでも有給あるんだ………………」
「ゆとり世代か? お前」
何気に後輩が情報弱者であることが判明する。“コイツ社会出たら色々苦労しそうだな”なんて事を考えながら、真冬の冷えた向かい風を受ける。後輩はそれから逃れるため俺の後ろに隠れた………………いや、なにしてんねん。
「うぅ、寒い寒い…………! 私の家系びっくりするぐらい寒さに弱いんですよ! 冬眠したくなるくらい」
「何、お前? ご先祖様に蛇か蛙でもいんの? ……………………いや、そんな事より冬休みになんかあんのかよ?」
「あ、そうでしたそうでした。そのまま風除けになったまま聞いて下さい」
……………………やや良い様に扱われている気がしないでも無いが、怒ることでも無いので黙って壁役に徹する。時期が時期な為、日が差していても寒い日は昼でも息が白くなる、俺は全然平気だが後輩にとっては地獄だろう。
「いやーちょっと、遠方からお焚き上げって言うか…………お祓いみたいな依頼が入りまして。
…………先輩ちょっと手伝ってくれませんか? バイト代と旅費は依頼側からちゃんと出ますので」
「お祓い? お焚き上げ? ちょっと待てよ。その二つじゃ意味合いが、かなり違ってくるだろ?」
飽くまで俺の一般的な知識からだが、お焚き上げは古い御守りなど捨てるには忍びない物を心を込めて燃やす事である、物に特に決まりはないが大体は人形や神棚などが多い。
お祓いは、もう全くの別物。神道の神事において、
だが、恐らく多くの人が思い浮かべる“お祓い”は左手に鬼を封じている教師の妖怪退治を思い浮かべるだろう。どちらの方にせよ全くの別物、正反対である。
物への感謝と決別、悪霊や怨霊の排除、正と負の行事。
「おぉー………………流石先輩、詳しいですねー。
でもそうですね、どっちかと言うと後者ですよ。因みに最近は現代最強の呪術師の方が、例えとしては通じやすいですよ」
「ジェネレーションギャップを感じるぜ………………いや、まぁ、俺も再放送と文庫本で読んだ口だから本誌で読んだことは無いけどな」
でも、小学生の頃はバリバリ最強の教師に憧れたな……………………懐かしい。今のところ俺が教師になるなんて、それこそ異世界転生でもしてチートに目覚めても有り得ないが。
そんな事をぼんやり考えていると風が止み、後輩が隣に並んで詳しく説明をする。
何でも、廃れてしまった神社を潰して新しい建物や駐車場にしよう的な話が自治体であったらしい。
しかしその事について、別の神社の神主やら寺の住職やらが強く反対したようで、どうしてもというのならキチンとお祓いしてからにしよう、という事になったんだとか。
「神主はまだ分かる、でも何で住職が出てくんだよ? 畑違いだろ?」
厳密には宗教違い。知識のない奴からすれば仏教と神道の違いなんて分からないだろうが、戦後に神仏習合で色々統合されたとは言え蕎麦とパスタくらい違う。
「簡単に言えば
その地域のお年寄りや、そういった霊的な事や迷信的な事に詳しい方は
「……………………成る程な、で? それで何でお前に白羽の矢が立つんだ? そして何で俺まで誘われるんだ」
「それは勿論、私が才色兼備な現役天才巫女だからですよ!!! あと神奈────────いえ、皆方さんに“女の子一人で遠出は危ないから信頼できる奴を誘いなさい”って言われまして………………どうでしょうか?」
「…………………………とりあえず、場所は何処だよ?」
────────後輩が言った場所は、まさかの県外どころか地方すら出る超遠方だった…………………………そら皆方さんも心配するわ、バイトに有給がある事すら知らない世間知らずの女子中学生なんだから。
♢
「この地域を題材にした小説は読んだことはあるが………………来るのは初めてだな」
天狗、マヨイガ、雪女………………俺が好きな話は馬に恋した女の話だ。読んだのも昔のなので、久々に読んでみるのも悪くないかもしれない。そして住んでいた場所よりもずっと北に位置する場所であるためか………………滅茶苦茶積もっている、雪が。
「ザザザザザザザザザザザザザサ寒゛い゛!?!?!?!?!?」
「シバリングでブレまくってて草」
顔真っ青、吐く息は白い、自分で自分の体を抱えてガチガチ震えまくっている。俺たちが住んでいる地域もかなり寒いが、流石にここは段違いだった。別に俺は何ともないが、良かったな今は雪降ってなくて。
「私より軽装なのに先輩はなんで平気そうなんですか!?」
「さぁ? 昔っからなんか寒さには強いんだよな」
「ということは火に関わりがある………………? いや単純に新陳代謝が異常に高いだけ………………?」
後輩が寒さのあまりバイブレーション機能を搭載したかの如く震えまくっている。積雪が深いので荷物は全部俺が持ち宿に向かう、旅費が出るとはいえ俺も後輩も中学生、高級ホテルに泊まる様な贅沢など出来る筈も無く、リーズナブルな民宿である。
「オラ、ぶつくさ言ってねぇでサッサと行くぞ」
「交通の弁が悪い閉塞的な村で行われている儀式…………行き過ぎた信仰…………狂気を孕んだ村民…………無垢な少年少女を贄に、現世に顕現しようとする太古の時代に忘れらた悪神の企みなど────────この時の私達は、知る由も無かった……」
「クソみてぇなモノローグを入れるな」
────────いいからとっとと歩け。縁起でもない。
女子らしいモコモコした防寒着着ている後輩に対して、俺は精々厚手のパーカーの上からブルゾンを羽織りマフラーと手袋程度と比較的軽装なので先に進み、残雪を踏み固める。その後を後輩はついてくるが、慣れない長旅に疲れが出たのか顔色があまり優れない。
「大丈夫か? ここから二キロ位歩かないといけないぞ?」
「すみません、巫山戯てましたが……正直ちょっと…………しんどい、です」
さっきから歩みが遅いと思ったが結構限界が近いらしい。これはもうお祓いどころでは無いのではと思うが、もう到着してしまった以上今から帰るなんて出来ない。都市へのバスはあと数時間後、流石にここからなら民宿に着く方が圧倒的に早い。
「………………しょうがない、お前ちょっと荷物背負え。それから俺がお前を背負う」
「いや、無理ですよ………………ていうか私と荷物全部背負って二キロ歩くつもりですか…………? この雪道を?」
「いや、歩かない」
「ですよね………………流石にそこまで人間やめて────」
「────────
「────────は?」
自分で自分を抱える様に凍えている後輩が何か言っている間に荷物を持たせる、しっかり固定して
「うん、軽い。これぐらいなら大丈夫そうだな」
「いやいやいやいや先輩!?!? いくら私が女子でも三泊四日の荷物と合わせたら総重量いくらだと────────!?」
「喋んな、噛むぞ」
一応豪雪地帯と聞いて雪道に適した靴を選んで良かった。後ろの後輩に注意し、残雪の上から地面を踏み砕く勢いで────────俺は八割位で走り出す。
「ちょ────とッ!!? この速度で────!?」
「有り得ないでしょ…………!」
「しんどかったら言えよ」
「こっちセリフですけど!?」
騒ぐ後輩を背負って、雪に染まった牧歌的な田舎道を疾走する。
♢
────────後輩から取り出した体温計を見る、三十七,八度。
予定していた民宿に十分で走って辿り着くが、案の定後輩は熱を出していた。ここに来る前はバチクソ元気だったので、やはり単に旅慣れしていない疲労が出ただけだろう。あと環境の激変も考えられるか、どちらにせよお祓いは明日以降になりそうだ。
「すみません…………私から誘っておいて…………しかも来る前はあんなにはしゃいでいたのに…………」
「気にすんな、こればっかりはどうしようもない」
今日はゆっくり休んで明日、若しくは最終日にお祓い等を済ませるとなるとかなり詰め込んだスケジュールになるが…………まぁ別にいい。その手伝いの為に俺がついて来たのだから、元より仕事。観光など全くどうでもいい。
「お前は休んでろ。女将さんに頼んで粥と体を拭く桶とお湯持って来て貰う」
「ふふふ………………もしかして体、拭いてくれるんですか?」
「さてはお前割と余裕あるな???」
ここでスケベ心出す人間はマジで頭と倫理観終わっていると思う、絶対するわけ無いだろ。本来なら未成年だけで宿泊は出来ないが、その辺りは村の方から融通を利かせてくれた。この地域で神主をやっている老人が俺達の保護者としてこの民宿に泊めてくれた。
小さなロビーで待っていた私服の神主さんに後輩の容体を話す。多分今は疲労困憊で倒れているだけなので、飯食って早く床に就けば明日には治るだろうと。
「そうか………………とにかく大事無くて良かった。当たり前だが彼女も人の子なのだな…………」
「………………いや、確かにパンクなヘアスタイルしてますけど、アレでも普通の女子中学生ですよ」
「………………?」
神主さんは“何言ってんだこいつ”みたいな目で見てくるが、確かに俺達の田舎街よりも過疎っていそうなこの町……というか村ならアイツの髪染めは奇抜に見えても仕方ないか。それにして人間扱いされないのはちょっとどうなんだ? ナメック星人にでも見えたのか。
「君は…………彼女の、その、何なのかな? ここに何しに来たのか知っているのかい…………?」
「“お祓い”ですよね? こんな遠方から依頼が入るのは違和感が有りますが…………まぁ、アイツがやる気なら俺も付き合いますよ。色々と心配ですしね」
────────その時、その言葉に神主は何かに気付いたように見えた。でもその時の俺はそんな事どうでもいいと思ってたし、何なら俺も走って少し疲れていたので、掘り下げなかった。神主は言葉を選ぶようにゆっくり口を開いた……今思えば、その
「………………君にとって、彼女は何なのかな?」
「
「────────あぁ、成る程、そうか。それは確かに、当然のことだね」
何に納得したのか、何かに納得した神主はそれ以上の事は聞かなくなった。ただ穏やかに微笑んだだけだ、白髪混じりの皺が目立つその笑みは孫を思う祖父のように見えた………………無論、俺が勝手にそう思っただけだ、実際に祖父が孫を思う姿を見た事なんて、俺には無いから。
「…………それよりも予定したいた、その神社ってどこですか?」
何故か、俺の方が座り心地が悪くなるような気分がして。論点をすり替えた、別にこっちが本題なわけだし悪い事では無いだろう。“あぁ、そうだった”と言いながら神主さんは折り目が目立つ地図を出して村の奥にある小さな山を指す。
「この辺りは昔、鉱山業の宿場町で賑わっていてね。昭和後期にはもう廃れていたが………………その際に、身寄りのない死者はあの神社に無縁仏として弔ったんだ」
「…………寺じゃなく、神社に?」
────────―再三に渡って言うが、神道と仏教では様式が色々違う。
俺もそこまで詳しいわけでは無いが、神道では
草、木、石に至るまで霊魂が宿る
何故なら
────────閑話休題。
「どうして神社に? 寺とかの集合墓地の方が適切なんじゃ………………」
「言っただろう?
「………………………………」
────────納得出来る様な、出来ない様な………………歴史の授業を聞いている気分だった。
昔の人たちも神と仏の違いなんてそこまで考えていなかったのかも知れない。或いは知った上で神に押し付ける形で死者を弔ったのか。その行いを当時の状況を全く知らない俺が非難するのは筋違いにも程があるので、事の是非を問うつもりは無い。
「………………つまり、その神社を潰す事を反対したのはそれが理由ですね?」
「…………それも、ある」
「
「────────わからない」
「────────は?」
その有り得ない返答に思わずガラの悪い声が出てしまう、いや、しかし、有り得るか? 本職の人間から
「その神は…………余りにも
「…………関連性無さ過ぎませんか? その二つ」
そしてどっちにしても、死者をどうこうする神様では無いという事。はっきり言って俺はそこまで信心深いわけでは無いが…………確かに、ちゃんと弔われているか不明な者達をこのまま工事か何かで磨り潰すのは神職としては心苦しいだろう。だが────────
「────────何故、ウチの後輩に白羽の矢が立ったんですか? 貴方がお祓いするわけにはいかなかったんですか?」
きな臭くなってきた。俺はそう思い、神主を問いただそうとした。それに対して神主は特に隠すことも無く、しかし少しだけバツが悪そうに聞こえない程小さく呟く。それはもう声というよりも息遣いに近かった。
「したさ…………でも私如きでは、とても
「………………?」
自慢では無いが、俺は人を見る目には自信がある。その上で過信はしていないが、とても目の前にいる老人が人を騙すようには思えなかった。しかし俺に対して悪意は孕んでいないにしても、何かを隠しているのも事実だろう。
「……………………兎に角にも、今のアイツに小さいとはいえ山登りは無理です。体調が回復してからでいいですね?」
「無論だ、もしも日数が伸びる様ならその分の宿泊費はこちらで負担する。ゆっくり休んでくれ」
眠っている後輩をよそに、俺は勝手に決める。褒められた事では無いのは百も承知だが、拗らせたりすれば余計に時間が掛かる事を考えれば、結局これが最短で最善だろう。
────────そして、俺にも時間が欲しかった。
♢
後輩はあの後卵粥を食べて半分優しさで出来ている現代の万能薬を飲んで、女将さんに体を拭いて貰った後にぐっすり寝た。
「…………夜の山登り、正直言って舐めていたな…………」
そして俺はわざわざ靴を部屋まで持っていき、窓から民宿を抜け出して件の神社を目指していた。雪は降っていないし、これだけ寒ければ獣を棲家に引き篭もっているだろうし、視力は尋常じゃないくらい利くのでスマホの明かりで充分だと思っていた。
しかし、小さな山ゆえに登り道は殆ど獣道。傾斜な上、雪で濡れているので転ばない様に速度は非常に遅い。観光地とかでは無いため手摺も階段も無いことは予想していたが、地元でよく山を登っていたので大丈夫という見通しは甘かった。
(でもやっぱりきな臭いんだよなぁ……なんで金払ってまで後輩を頼る? 詐欺にしちゃ手が混んでいるし…………)
後輩曰く、皆方さんが信頼できる奴を連れていけと言っていたらしいが、皆方さんも何か感じていたのだろうか? しかしだとしたら、何故こんな遠方まで送り出したのか………………不明瞭な事がいくら何でも多すぎる。
「………………マジでなんかいるのか? まさかな────────」
なんとかかんとか、やっとこさ神社がある場所まで辿り着く。流石にこの場所は平地だが後輩の神社と違い石畳は割れまくり、その亀裂から草が生い茂っており、頭部が砕けた入り口両脇の石像は狐だったのか狛犬だったのかも分からない。
────────その荒れ果て様に、何故か俺まで物悲しい心地になってしまう。
「………………何を馬鹿な事を、感傷的な性格じゃないだろうが。夜明けまで二、三時間…………さっさと探索を済まそう」
スマホで時間を確認すれば午前三時程、昼間に仮眠はとっておいたので体力的には万全に近い。しかし息が凍る気温、産まれてこのかた風邪など引いた事は無いが過信は禁物。俺はこの場に何が有るのか確かめる為、社に近づく。
具体的に何がある、と予想していた訳では無い。ただ万が一いや億が一にも不審者が住んでて、後輩に何かあれば。俺は皆方さんに謝罪しながら腹を切らなくてはならない。だからこその先んじての調査のつもりだったのだが────────
「…………こりゃ、住むのは無理だな。都心の地下通路の方がまだマシだ」
グルリと社を見た感じ、手入れなど全くされていない。屋根も壁も穴だらけ、今は冬だから中で寝泊まりすれば明日を向かえられないだろう。取り立てて変わった物は見当たらない為、遺骨は中にあるのだろうか?
(入るか? いや流石に…………まず鍵も掛かって────────)
念入りに三周して、軒下も確かめたが不審者どころか虫一匹見当たらない。骨折り損のくたびれもうけ、俺が過保護なだけだった。この場に後輩がいたら爆笑していた事は想像に難く無い………………我ながらアホくさい、中に入る気も無いのでもう帰ろうか、と思った時だった。
────────ぎ、ぎぎぎ、ぎ…………。
「…………………………」
────────血が凍った。
無論比喩だ、だが風も吹いていないのに導くように社の観音開きの扉が開いた。
(ヤバい気がする…………!)
────────命の危険があるなら話は別だ。
そもそも、こんな時間に山に居る事自体かなりグレーゾーン、いやぶっちゃけ思いっきりレッド。俺は息を吸って全力で走り出す。暗くても村の明かりは見えている、道も覚えているので転ばないかぎりなんとかなる。並外れた平衡感覚と体幹で既にぬかるんだ地面でも転ばない────────
「────人────マレ────ビ────」
「────────あ!? 誰かいんのか!? それとも虫か!?」
ギリギリ、本当にギリギリ辛うじて、虫のざわめきとも木々のざわめきとも聞き取れなくも無いが────────人の呻き声にも聞こえる気がする。俺が恐怖に呑まれて幻聴を聞いているのか、それとも────────
「上等だゴラァ! ホラー映画や洒落怖みたいにいくと思うなよ!」
────────逃げ回り続けるのは性に合わない! もしも、これが本当に超常的な存在に追われているなら、負のご都合主義的に同じところずっと回って逃げられなかったり、急に目の前までワープしたりする可能性もある、そして俺が単純に隠れていた不審者を見逃した可能性もある────────だったら真正面から殴りぬく方が建設的だ。
俺は三角飛びの要領で木の上に跳んで登り後ろから追いかけてきた者の正体を見極めようとした、しかしただでさえ深夜、しかも木々が邪魔して何も見えない────────或いは、姿なんて無いのか。
「……っ! ゴーストタイプってかくとうタイプの攻撃通ったっけ!?」
冗談めかしてそんな事を言っても事態が好転する訳も無く、誰かに襟首辺りを掴まれた────────気がした。尋常じゃない力で引っ張られ、木から引き摺り落とされる。心臓が凍り付く様な怖気が走るが、意地と気合いで足から着地する。
(向こうから触れんなら────────こっちからだって殴れんだろ!?)
ホラーの常識も定説も知ったことか、俺は
「当たった!? いや風か!? どっちだ!?」
そのくらい薄い感触だったし、未だ姿は見えない。やはり望み薄でも逃走に徹するか、そんな考えが
「────────先輩伏せて!」
「────────?!」
────────聞こえてくる筈の無い声が聞こえた。
俺は動揺しつつも非常事態に適応していた意識は無駄を省いて、即座にその場から跳びのく様に伏せた。勢いを殺し転ばないように落ち葉と地面を削りながら声の方を見ると────────何かを投げた後ような姿勢の後輩がいた。
「お前こんなところで────────」
「先輩?! 何してたんですか!? こんな時間に! こんな場所で!?」
俺の言葉を遮り、凄い剣幕で詰め寄ってきた。よほど急いで来たのか汗をかいて息が上がっている。暖かい場所から急に寒い場所に出たからか鼻と耳が赤い、後輩は俺の周りを回りながらジロジロと観察している……何してんだ?
「…………おかしい、廃れたとはいえ神の呪詛を……しかもさっき拳で…………?」
「おーい、何ぶつぶつ言ってんだ? あとお前体は────────」
「ちょっと先輩はもう喋らないで下さい、色々言いたい事がありますが一旦棚上げします」
ジロリと、まるで蛇睨みの様に怒気の籠った視線に思わず俺は黙る。確かに一人外に出歩き山まで登った俺に非がある。だが後輩が怒っているのはそこでは無い気がして、今は従う事にした。
「…………社はこの先ですね、ここまで来たらやる事をやりましょう」
そんな事を言いながら、後輩は先を歩く。夜目が利く事も驚くが、碌に整えられていない獣道を、まるで分かっているかの様に社まで進んでいく。
(よく分かったなコイツ…………俺がいた場所は道から離れてたはずなのに…………)
「…………着きましたね。先輩、許可は取ってますので社に入りましょう。目的の物はそこです」
「……あぁ、分かった」
「神前ですのでくれぐれも無礼な真似はしないように」
「…………まさか土禁か?」
「……………………大丈夫です。許してくれます」
────────いや、めっちゃ溜めたなオイ。
とはいえ、流石に靴下で入る気にはなら無いので一言謝ってから靴のまま入る。すると以前後輩の山で感じた空気が切り替わる感覚がした。だが以前のは緊張感がありながらも清浄な雰囲気があったが、ここは────────
「………………なんか、くさい……? とも違うな、淀んでる感じがする……」
「………………先輩は、非科学的な事は信じ無さそうですが、ここは長年
後輩はポツリ、ポツリと話し出す。大して広くない社の中には台座の上に…………………………思う事もバチ当たりかも知れないが、薄汚れ半ば壊れた、子供が悪ふざけで作ったような泥人形があった。人の
(…………見覚えある気もするが…………なんだっけ? ど忘れしちまった)
「神と言えど万能とはいきません。ここに来る前に聞きましたが、この神様には人を浄土に導く様な権能や怨みを浄化する力はありませんでした…………忘れられて久しいですしね。
でも優しい神様だったんでしょう、自分にやれる形で人を救おうとしました」
「…………自分に出来る形で?」
その話に俺は余計な茶々は入れなかった、全て信じたわけでは無い。ただ実在しないとしても神の事も死者の事も、頑なに否定するつもりも笑うつもりも無いだけだ。
「自然に浄化されるまで自分の所に怨念を留めたんです。その権能はあったので…………ですが信仰を失い、嘗ての力を無くした神様には荷が重かった」
「成る程…………で、俺がその邪魔をしたってことか?」
「きっかけはそうでしょうね、でも正直時間の問題だったと思います」
慈しむ様に、後輩はその奇妙な人形を風呂敷に包み込み解けないようにしっかり結ぶ。そして俺に────────え、俺に?
「私よりも先輩の方が力あるでしょうし、心配掛けたんですからそれくらいして下さい!」
「はいはいわかったわかった、悪かったよ」
これは文句言うだけ損するな………………そう思った俺は、素直にその包みを受け取って、落とさないようにしっかり抱える。言うまでもなく御神体なのだから。
「さ、帰りましょうか」
「おう、悪かっ────────」
『貴────様は────天────輝く────国────』
「────た? ……………………ごめん、今なんて言った?」
「え? いやだから帰りましょうって」
…………………………?
気のせいだろうか、何か、全く違う事を言われた気がしたのが……………………。しかし、後輩は何も気づいていないようなので俺の空耳だったのだろう。寒い上に、疲労のせいか頭がクラクラする。さっさと山を下りるとしよう。
♢
ここから先は後日談、やはり自宅で飲む珈琲は最高である。
あの後山を普通に降りて、眠くなったと言い出した後輩を背負って民宿に帰った。神主やら女将やらに滅茶苦茶怒られ、残りの日数は後輩の荷物持ちとして観光を満喫した……………………無論嫌味である、自業自得だが。
あの奇妙な人形は神主と村からちゃんと許可を取った上で、後輩の神社に“お焚き上げ”として寄与された。なんか“会わせたい”とか“懐かしい”と言っていたが俺には良く分からない。まぁ、別に悪い事にはならないだろう。
「ふー…………む、載ってないか。てか、あの地域だけの神とかじゃないのか」
帰ってからあの神について色々調べてみたが、全国津々浦々で祀られているが、どれもこれも同じ様な情報だった。古すぎてどういう神なのか分からない。
「まぁ、別にいいか。優しい神が報われて、遺骨も村の共同墓地で弔われてめでたしめでたし、と」
珈琲を飲み干して、読み終えた本を置く。昔からあの地域は妖怪などの怪異譚に事欠かなかったようだ、既読済みにもかかわらず読了後のこの爽快感……………………久々に楽しめた。
もしも本当に神がいて、あの世とかがあるのなら、いつか会って見たいものだ。
人を愛し続けたという、その神に。
この話を書くにあたり再認識した。
主人公はワトソンポジションが書きやすい。
主人公的には神がいる事に「へぇー、そうなんだ」くらいで。
いない事に「ふーん、そうなんだ」くらいで特に否定も肯定もせず、驚きもしない。