幻想禍津星   作:七黒八白

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屁理屈を並べているので、長くなりました。
主人公に複雑な能力を持たせると大変。



第六十話 “至る”

 

 

 

 宵闇の妖怪ルーミアは、初めから博麗の巫女とまともに戦うつもりなど無かった。

 

 しかし彼女の計画────────否、そんな大それた物でも無いが兎に角彼女にとって霊郁は邪魔でしか無く、霊夢が必要だった。

 

(────────だから待った、アナタが焦燥感に駆られるまで。冷静さを失うまで! 

 博麗の巫女の勘が鈍る様に、冷静さを失い、反射的に行動してしまう様に、誘導した────────(妖怪)が! 人間(アナタ)を! 襲える(殺せる)!! 機会(チャンス)まで!!!)

 

 人を襲う脅威だけなら猛獣も同じ事。だが妖怪の最大の特徴は、格や力量の高い妖怪である程、()()()()()()()()()()()()()()()()────────そして知恵を付けた獣は、時に残酷な選択を突き付ける。

 

 どんな大妖怪も博麗霊郁(れいか)には敵わない、それが幻想郷に生きる妖怪の共通概念。博麗大結界の維持を担うから、()()()()

 

 ────────ただただ純粋に、霊郁はどこまでも強かった。

 

 陰陽玉、お祓い棒、封魔針、そして一族相伝の博麗の退魔術に結界術。それすら用いずとも、その身だけで鬼すら殴り殺す霊郁。現に()()()()()により一時的に妖力を増幅しているはずのルーミアでさえ準備運動程度で何十回と虐殺された。

 

「あ゛はぁ゛♡────────」

 

 故に、ルーミアは霊夢を人質に取った────────様に見せかけて、()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。本物の霊夢は同じ様に力を封じた上で倉庫の中に押し込んで、敢えて霊郁の視界に分身体を晒した。

 

 ルーミアは闇を剣に、弾幕に、分身に出来る────────姿形を整形させて人間に化ける程度造作も無い、しかも念入りに結界の内側を自身の妖気で満たし分身の気配は徹底的に病的に誤魔化した。

 

 

 

 ────────全ては、博麗霊郁(幻想郷最強)を自分よりも下に引き摺り落とす為に。

 

 

 

「どーせアンタはさぁ!!!」

 

 ルーミアは突き破った博麗神社本殿の穴から、真っ直ぐ霊郁へと弾丸の如く詰め寄る。拳には全妖力を集約し、業火の様に迸る闇が宿っており────────霊郁の貫かれた腹部に全力で叩きこまれる。

 

「自分の事を幻想郷の調停者とか! 楽園の巫女とか!! 人里の守護者とか!! 自分の事を“特別”だと思ってたんでしょう!? ────────甘ぇんだよ!!! 馬鹿がよぉ!!!」

 

 撃ち込まれた瞬間、闇は黒く閃き空間は歪み、稲妻の様な衝撃波となって霊郁の身体をズタズタに引き裂く。大妖怪の渾身の一撃を、霊郁はまともに喰らってしまう。

 

「ごぉあ゛ぁ゛────────!!?」

 

 それでもなおルーミアの一撃は相殺しきれず、霊郁は突き飛ばされた先の鳥居を木端微塵に砕いた。如何に幻想郷“最強”と言えど“人間”。腹に風穴が空けば当然、死に至る致命傷である。

 

「この幻想郷において! アンタら人間は“家畜”でぇ!! 人里は家畜の“養殖場”でぇ!! 博麗の巫女はその養殖場の管理を任された!! ただの“奴隷”なのよ!!!」

 

 

 

 ────────それでもなお、ルーミアの攻撃は止まらない。

 

 

 

 半ばから無くなった鳥居の柱に、力無く項垂れる霊郁の顔面に前蹴りを入れ、胸倉を掴み上げ境内参道の石畳が悉く砕ける勢いで何度も叩きつける。霊郁に傷を直す暇は与えない様に、間髪入れず人間を殺すには余りある一撃を、血飛沫が舞って何度も、死に体に追い打ちをかける様に何度も、念入りに苛烈に残虐に痛めつける。

 

「アンタら人間は!! この幻想郷においてぇ!!! 生まれながらの敗者なのよ!! 私達妖怪が!! 好きな時に!! 好きな様に!! 弄び! 犯し! 殺し! ────────飽きたら喰われるだけの家畜!!!」

 

 

 

 ────────霊郁の意識が朦朧としても、ルーミアの攻撃は止まらない。弄ぶ事に飽きるまで、何度も何度でも嬲り続ける。

 

 

 

 堪らないと言わんばかりに、愉悦と喜悦に端正な顔を歪ませて、牙をむき、唾をまき散らしながらゲタゲタと、ゲタゲタと霊郁の努力を、才能を、今までの人生全てを笑いながら、徹底的に否定し嗤いながら、人喰い妖怪は絶頂に身を震わせる。

 

「特別なのは!! 博麗の巫女(アンタ)じゃない!!! 私達(妖怪)が────────私達(妖怪)こそが!!! “特別”なのよ!!!」

 

 妖しく、怪しく、紅い月が、神聖な筈の境内を照らす。そこは妖怪が暴れ、その妖怪に身も心も、徹底的に凌辱され、血の海に沈む────────才能によって、博麗の巫女(人身御供)に選ばれた少女がいた────────斃されて、いた。

 

「そんな事も碌に理解せずに…………幻想郷の為に今の今まで百年以上も十二人? 十三人? 

 まぁ心底どうでもいいけど(笑)、おめでたいわねぇ博麗の巫女って…………でもアリガトウ♡

 私達()()()()()を守る為に、私達の玩具であり食料である家畜達を育てる為に、才能を磨いて、血の滲む努力をして、人並みの幸せすら手放してくれて♡」

 

 人喰い妖怪は余韻に浸る様に、紅潮した表情から艶かしく吐息が漏れる。それは情事を終えた娼婦の様にも、餌を前に飢えた獣の様にも見えた。

 

「…………………………………………」

 

「ねぇ? 博麗の巫女? アナタって、今まで退治してきた妖怪の数とか覚えてる? 

 ────────覚えてないわよねぇ? 大丈夫、私も喰ってきた人間の数とか覚えてないから♡きっと、里の人間どももアンタの事なんて碌に記憶しちゃいないでしょうよ、カワイソー(笑)

 でも安心して、博麗の巫女はアナタで最後よ。()()()()()()()()()()()()、天国から見てるといいわ」

 

 既に霊郁の瞳からは光りが失われ、意識があるかも怪しい。血の海に沈みながらも、辛うじて上下する胸が、息がある事を示していた────────示して、いるだけだった。

 

「じゃあねー、勘違いした替えが効く奴隷さん!!!」

 

 そして、闇から生成された剣が霊郁に振り下ろ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごちゃごちゃ────────

 

 

 

「は?」

 

 

 

────────うるせぇんだよ

 

 

 

 ────────そうとした腕は、死角から万力の様な握力で止められ、反射的に振り返った先には、血で染まった剛拳が迫っていた。

 

 

 

「ぼッッッ!!?!?」

 

 霊郁を嬲る事に夢中になっていた妖怪に、残心などという概念は無い。果たして、どれ程の威力が込められていたのか。まるでルーミアの顔面がゴムで出来ているのではないかと疑う程、拳は深く突き刺さり────────先の霊郁の一撃以上にルーミアをぶっ飛ばした。

 

 

 

「…………ねぇ、しつこいんだけど? てか、何で生きてんのよ? 死になさいよ」

 

「諦めの悪さと死に損なう事だけが取り柄でね…………まだまだ……! 足掻かせて貰うぞ…………!」

 

 

 

 ────────紅い月下に、血化粧で染まった青年は、太刀を片手に立っていた。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

「じゃあ、小腹も空いた事だし────────いただきます」

 

 心臓を貫かれ出血多量、脇腹、手足、鎖骨、胸骨、全身隈なく重度の打撲と骨折、極めつけに内臓にまで至る切創と刺傷を受けてなお、嶋上輝雄は死んでいなかった。魔法使いが生命的代謝を魔力で補い置換する様に、輝雄は能力で死に抗い、ギリギリでその命を繋いでいた。

 

 

 

 ────────しかし、ただ死んでいないだけ、反撃どころか立つ事すら永遠よりも遠い。そして、ルーミアは一秒足りとも待つつもりは無かった。

 

 

 

 博麗霊郁を出し抜く為、少しでも力を蓄えようと目の前の人間(エサ)を切り分ける。勢いよく黒剣を振り下ろそうとした、その刹那────────闇よりも悍ましい気配と瘴気が迫る。

 

 

 

「────────は!?」

 

 

 

残華に託された

 

西行寺幽々子の意志が

 

輝雄を傷つける事を許さない

 

 

 

 今まさに振り下ろそうとしていたルーミアの手首から先が無くなる、何処からか文字通り()()()()()抜き身の太刀は、大妖怪の骨肉を呆気なく切り裂いた。そのまま残華(太刀)は輝雄のすぐ側に突き刺さり、人間も妖怪も生きとし生けるもの全てに対して有効な────────否、有害な(しゅ)を撒き散らす。

 

 

 

 ────────嶋上輝雄を護る様に、ルーミアを近寄らせない為に。

 

 

 

「…………面倒くさいにも程があるでしょ、アナタ」

 

 切り落とされた箇所から侵食してくる瘴気を胴体に登る前に肩から自切し、新しく両腕を構築する。呪いから来る瘴気、それも大妖怪でも関係無く喰い破ろうとする程の物。

 

 如何にルーミアが闇という概念に魂を担保していようと、その呪力を見縊る事はなかった。そもそも呪いとは肉体では無く、精神や魂といった幻想的概念に作用する物、下手をすれば妖力や能力の強弱関係無く呪殺されかねない。

 

「んー…………ほっといてもまず死ぬでしょうけど…………そうね────────」

 

 ルーミアは考える、今の輝雄の状態とそこから回復する見込みはあるか。彼女はずっと息を潜めて観察していた、博麗霊郁も嶋上輝雄も。その上で断じられる────────例え治癒の術が使える博麗霊郁が居ても助からない、助かったとしても戦える様な状態では無いと。

 

 故に彼女は────────

 

 

 

「博麗の巫女の前で腹痛なんて笑えないわ、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ────────近づかなければ良いと、触れなければ良いと、湖を割る程の高出力の弾幕で輝雄を消し飛ばす事にした。

 

 例え輝雄が全快時であっても、防御もせずに受ける事は許容出来ない馬鹿げた威力────────それを立つことも儘ならない死に体に放った。

 

 霧の湖一帯に地響きが起こり、モーセの奇跡の様に割れた湖が元に戻り大瀑布が起こる。巻き上がった水はまるで小雨の様に周囲に降り注ぐ。ルーミアは少し鬱陶しげに張り付いた髪を振ってその場を後にした。

 

「あーあ、喰べ損ねちゃった」

 

 既に周囲からは茜色の日差しは無くなり、夜の帷が降り始める。ルーミアは博麗神社まで向かって飛び立ち────────

 

 

 

「……………………いきました、もうだいじょうぶです! “れいりょく”をつかってください!」

 

「────────ごはっ……!!」

 

 

 

 ────────ルーミアは弾幕跡から、かなり離れた茂みで輝雄とざっくばらんに切られた()()()()()の幼女がその様子を伺っていた。

 

 それは、ルーミアという大妖怪を持ってしても仕方のない事だった。ルーミアは嶋上輝雄の事を見下してはいたが、()()()()()()()()()()。油断も慢心も無い、自分を殺し得る強者であると、八雲や博麗に並ぶ程の者だと考えていた────────だから疲弊し弱った所を襲ったのだ。

 

 駄目押しの一撃を放った瞬間でさえ油断はしなかった、霊力や能力で防ぐ、ギリギリで回避する、命と引き換えに噛み付く事すら想定していた。しかし弾幕跡には何も残らず、血が滴った跡もない────────彼女は確実に消し飛ばしたと確信するのも無理は無い。ルーミアには全く落ち度は無かった。

 

 

 

 ────────一体、誰が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()などと、予想出来るだろうか。

 

 

 

「き、みは………………いや、お前は………………!」

 

 蜘蛛の糸よりもか細い意識を力の限り保ち、目を見開く、()()()輝雄の記憶よりもずっと幼かった。無理もない、彼女は霊夢と同じ様に()()なのだから。

 

「わたしは…………わたしは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です。

 アナタが吸血鬼をたおしてくれたおかげで、わたしたちをかくりしていた()()()()()()()がなくなって、にげだせました」

 

 舌足らずな話し方ではあったが、要領は得た。恐らく幻想郷に攻め入るにあたる兵站として拉致された人間の集団が何処かに居たのだろう。それが術者である吸血鬼が全滅し、魔力の供給が尽きて結界が自動的に消滅したと輝雄は理解した。

 

「にげましょう! 吸血鬼がいってました! このせかいにも人がすんでるばしょがあるって! 

 信じらないかもしれませんが、わたし時間をはやくしたりおそくしたりできるんです! 人がいる所までいけば、なんとかなるかもしれません!」

 

 目の前の幼女は必死に語りかけ、死にかけている輝雄脇に腕を通して運ぼうとする。しかしいくら霊力と能力が使えても幼女、約百九十センチ程あり体重も三桁ある筋骨隆々の大男を運べる訳もなく、引き摺る形になる。

 

 未だに止まっていない流血が、夥しく地面に塗りたくられ血で滑った幼女はこけてしまう────────それでも、彼女は自分だけ逃げようとはしなかった

 

「…………俺の、事は…………良い、から…………きみだけ、逃げろ…………その力なら……妖怪からも────────」

 

「────────いやです! だって、だって、たすけてくれたアナタをみすててまで、わたしに生きるりゆうはないはから!」

 

 輝雄の血がベットリ全身に付き、奴隷の様な────────否、実際に奴隷の様に扱われていたのだろう、ボロボロの服とも言えない簡素な布切れが更に破ける。それでも、彼女は、輝雄を見捨てようとはしなかった。

 

「わたし…………わたし、捨てられたんです。お父さんとお母さんはわたしのことをきみわるがって…………吸血鬼がおそってきた夜、わたしをさしだすかわりに“たすけて”って………………でもふたりともころされて、わたしは役にたつからって生きのこって…………」

 

「……………………」

 

 爪が喰い込むほど、強く輝雄を掴み、人里の方向も、距離も分からないだろうに、彼女はそれでも輝雄から手を離さない。

 

「────────死ぬなら、それでもよかった。でも、アナタのせいで生きのびた…………だったら! せきにんとってくださいよ! 

 アナタのせいで! 生きちゃったんだから! アナタが! わたしの生きるりゆうになってよ! いまさら…………いまさら! 一人で生きろなんて! こんなどことも知れないせかいで! どう生きたらいいのよ!?」

 

(────────あぁ、ちくしょう…………こちとら立て込んでる最中だってのに…………)

 

 それはどう見ても無償の善意などでは無かったが、輝雄はそれを責める事は出来なかった。一体誰が責められるだろう、まだまだ幼い子供が、親を失い、人外の家畜にされ、死を覚悟までしてやっと見出した一縷の希望に縋り付く事を────────しかし現実は甘くない、その希望はまさに今潰えようとしている。

 

(どうする…………? どうすればいい…………? 俺の拙い治癒の術じゃ、治り切る前に出血死………………そうなれば霊郁も霊夢もルーミアにやられる…………加えて、人里の場所も知らない()()()を一人にすれば、遅かれ速かれ妖怪に────────!?)

 

 ────────瞬間、輝雄は感じ取る。湖の反対側に()()()()()()()()()()を。何故かと考えれば、既に日は没している。予めこの日に()()()()すると決めていたのなら、合点はいく。

 

 だとすれば、恐らく()()から話に聞いた八雲との戦いがもうすぐに始まるのだろう。

 

「気に食わないが…………()()って奴かね…………だが丁度良い…………ついでに、助かるかも知れない方法も思い付いた」

 

「え…………?」

 

 輝雄は懐から()()()()()()()()()()()に手渡す、これが、果たして既定路線なのか、はたまた偶然なのか、彼には判断が付かず分からなかったが────────最大限利用する事にした。

 

「いいか? この、懐中時計は………………()()()()()()()()()…………君の能力の、補助をしてくれる…………だから

 ────────それを使って、俺の治癒()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

 ────────時間を操る。速くする、遅くする、停止する。

 

 簡単に言えばそれだけ、だがだからこそ、この能力は極めて強力であり高い汎用性が有った。

 

 だが時間とは何か? この世界に過去から未来に流れている、一方通行の川の流れの様な物か? ────────否、それも間違いでは無いが()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()宿()()。石が風化するまでの時間、花が枯れるまでの時間。物質的な物だけで無く、燃焼する速度や冷却する速度、光にも速度────────()()()()()

 

 

 

 そう、時間を操るとは、支配するとは────────万物を支配する事に等しい。

 

 

 

 彼は、何度も見ていた。時を操り家事をこなす()()を。彼は何度も見ていた、熟成に時間がかかる酒を一瞬で熟成させた()()を。彼は何度も見ていた、()()()()()の速度を速めたり遅くしたり、自由自在に操る()()を。

 

「────────さぁ、もういい加減終わらせようか」

 

 ならば、輝雄の拙い術の治癒力でも、死に至るよりも速く治癒速度を上げる事など造作も無い。常人ならば完治に半年は下回らない重傷につぐ重傷、輝雄であっても数日はまともに動けない程の死に体、それを僅か数時間で動ける様に()()はした。

 

「────────そうね、丁度何か摘みたかったのよ」

 

 無論、そんな事をルーミアは知る由もない。輝雄が回復した理由も、回避し自分から逃れた理由も、彼女には分からない。分からないが────────

 

(────────()()()()()()。今さらこんな死に損ない、八つ裂きにして、博麗の巫女前で(はらわた)を啜ってやるわ…………!)

 

 狂気と狂喜に、愉悦と喜悦に、絶頂すら感じてる妖怪には瑣末ごと。霊郁を護る為に立ちはだかる全身血濡れの輝雄に────────弾丸の如く距離を詰める。

 

「────────生きたまま喰ってやるわ! 嶋上輝雄ォ!!!」

 

 闇から生成された黒剣、高出力且つ高密度の妖力を纏うそれは斬鉄どころか、大地を割る事すら容易い。ましてや大妖怪の膂力で振るわれるその一閃は、死に体の輝雄など豆腐の様に斬り刻める────────にも関わらず、輝雄は無防備に立っているだけだった。

 

(何を────────?)

 

 彼には避ける素振りすら無い、一瞬が長く感じられ疑問が沸く。首筋を狙ったルーミアの剣は徐々に、徐々に輝雄に近づき────────()()()()()()()()

 

「────────は!?」

 

 ルーミアの()()()()()()()()()、剣を振り抜いた時にはそこに輝雄はいなかった。何の素振りも見せず、予兆も無く、ルーミア眼前から消えた。その事実に、今度こそルーミアは驚愕と疑問に絡め取られ、固まってしまう。

 

「術式収束────────」

 

 そして、それを見逃す輝雄では無い。ほんの一瞬、瞬きする間も無い刹那にルーミアの背後に回り、指先に赫い輝きが灯る。それは極小の結界、指先に乗るほどの、しかし()()()()()()()()()()()()()()()()に────────限界まで焔を圧縮させる。

 

 

 

「────────赫耀(かくよう)

 

「────────ッッッ!?!?」

 

 

 

 炎の弾幕はその性質上、火力を上げれば範囲も広がる。()()()()()()()()()()()、しかし同時に操作性などが落ちてしまう。ただの妖怪が相手ならそれでも良い。しかしルーミアや八雲紫クラスの大妖怪には避けられるのが関の山である、突き詰めれば突き詰める程、弾幕や霊力における量と質は反比例してしまう。

 

 だから、輝雄は()()()()()()()()()形で結界術を転用した。やり方は昨夜の霊郁の結界術を見て、既に己の物としている。速度は落とさない為、寧ろ更に向上させる為に結界内に凝縮し、それを指先で弾く────────小さな赫い輝きが、真っ直ぐルーミアに迫る。

 

 それをルーミアは刀身で受け止めるが────────瞬時に、自身の悪手を悟り、その身で対価を支払う形になった。

 

「ぎッ────────!!!」

 

 絶叫すら許されない、灼熱と爆炎が博麗神社周辺の森を焼き尽くす。水気を含む生木すら一瞬で蒸発し、地面は()()()()()。空気の膨張によって広がる熱波は、さながらミサイルが着弾したかの様だった。

 

「…………か……か……が……! …………お…………!」

 

 爆心地その中心に、水分が沸騰したのか白濁した眼球、全身黒焦げで男か女かも分からない人の形をした炭の塊が立っている────────無論、ルーミアである。

 

「────────クハハ、不様だなぁ? “妖怪(化け物)”?」

 

「────────“人間(化け物)”め…………図に乗るなよ!」

 

 ルーミアは灼熱地獄から這い出てきた亡者の様な姿から、一瞬で肉体を再構築する。黒焦げだった肌は水を弾く潤い有る元の状態になり、輝雄によって焼き尽くされ、一糸纏わぬ状態から闇から衣服を生成して纏う。

 

(かなり妖力を持っていかれたわね…………流石に今の攻撃をまともに何発も貰うわけにはいかない。

 ────────でも、輝雄の残存霊力はもう一割程度! あれだけの威力、連発は出来ない! 出来たとしても高密度の闇を纏えば充分防げる! そして攻撃が魂までには届かない以上、近接攻撃は無意味!)

 

 まるで聖者が(はりつけ)にされた様に、腕を広げ、焦土とかした周囲に攻防一体の闇を展開する。そこから無数の剣が、槍が、矢が、鞭が、弾幕が生み出され────────輝雄に射出される。

 

「────────殺す!」

 

 自身に傷を付けた下手人を許すまじと、殺意を迸らせるルーミアに対して────────輝雄は、いつ間にか青白くなった、普段通りの月光を見ていた。

 

 

 

(────────ごめん、霊郁(れいか)…………俺が不甲斐無いばかりに…………)

 

 ふわり、ふわりと、さながら綿毛の様に、宙に浮く彼には全く焦燥感が無い。妖怪に命を狙われている状況とは思えない落ち着きだった。彼はただ、祝福を受ける様に、雲の切れ間から差す月光を浴びていた、それは少し欠けた────────十六夜(いざよい)の月。

 

 

 

(何で────────!? 攻撃の手数も! 攻撃の速度も! 私の方が圧倒的に上! ()()()────────!)

 

 当然その間ずっと、山すら切り崩すルーミアの暴風雨の様な弾幕は続いている、体を斬り刻まんと数千の剣が殺到し、槍と矢は悉くを貫かんと突き進み、戦鞭は肉も骨も削ぎ落とす為空を裂く、しかし────────

 

 

 

「────────()()()()()()()()()!?」

 

 

 

 あと少し、あと少しで確実に当たるという直前で、全ての攻撃は必ず外れた。彼が少し、体を浮かし、首を傾け、指を弾くだけで、全て。それは、まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(────────いや! 問題無い! あっちの攻撃だって私に通じない! このまま攻め続ければいつかは向こうが先に力尽きる! 勝てる! 確実に私が────────(妖怪)が! 勝つ!!)

 

 それでもルーミアは攻めの姿勢を止めない。輝雄に避ける以外の選択を与えず、絶え間無い飽和攻撃で上下左右全てに致死の一撃を繰り出し続ける────────彼は、それを冷めた目で見ていた。

 

(俺の霊力が尽きるまで攻め続けるつもりか…………自分には攻撃が効かない、或いは防げるという余裕だな。

 ────────概念()そのものに、魂という万物に宿る絶対の急所を預けている。だからお前は不死身でいられる、だろ? 

 だが、もし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 ────────それは果たして、()()()()()()()()()()()()、はたまた何度も何度も死に掛ける事による経験値から得た物か、その赤銅色の瞳には、ルーミアの()()()()()()()

 

 

 

 ────突然だが、西行寺幽々子の能力、“死を操る程度の能力”がある。

 

 

 

 これは相手の肉体から魂を強制解脱(げだつ)させ、能力に抵抗する事が出来なければ問答無用で即死させる、対生物において究極の能力。

 

 この幽々子の能力は、相手の魂に干渉する事により成立させている。故に瀕死の人間の魂を逆に肉体から出ない様にしたり、応用すれば死霊を自分の意に従わせる事も出来る。

 

 

 

(観えている、理解している、知覚している。

 ────────ならば、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 “抵抗”とは、対象を捉えて干渉する事によって起こる物。

 

 嶋上輝雄は、幾度も臨死体験を経験し、西行妖や幽々子の死を操る能力への抵抗と干渉から()()()()を可能とした。そして同時に────────()()()()()()()()()()()()

 

(膨大な霊力は────────()()()()。たった一発で、事足りる)

 

 

 

 輝雄に迫る、ルーミアの数千数万の弾幕が、()()()()()()

 

 

 

「────────!?」

 

 それを見たルーミアは自身を高密度の闇で護る。どんな攻撃も、三百六十度全方位防ぐ絶対防御。霊郁の攻撃でさえ一撃では越えられない密度の闇。咄嗟に逃げなかったのは、負ける事を────────人間に劣るという事を許さない矜持だった、のかも知れない。

 

 

 

「我、極天(きょくてん)声明(しょうみょう)にて────」

 

 

 

 輝雄が、静かに語る────────否、()()()

 

 

 

「血風吹き荒ぶ、無明長夜(むみょうじょうや)を超えて────」

 

 

 

 術式とは、言い換えれば()()()()()()()()。例えば結界術などは、本来は要を置き、陣を張り、風水などを整える。だが術を素早く行う為に術の性能を犠牲にそれらを()()。輝雄と霊郁や霊夢の結界術の練度や、術者としての力量はここに有る。

 

 

 

 だが、逆に言えば印相(いんそう)祝詞(のりと)所作(しょさ)などの()()()()()()()()()、例え霊力が少なくとも、術の精度と出力は向上する────────! 

 

 

 

(ルーミアの(概念)を知覚、そして能力を弾幕に付与、物理的に干渉出来るように抵抗の力を載せる────────!)

 

 

 

 ルーミアは気付かない。自分が防御に徹すれば凌げると信じて疑わない為、密度の高い闇で視界が閉ざされている為、輝雄の焔は収束し、その祝詞と弓矢を構えた所作により────────最早、“炎”というよりも“赫い光”と化している事に。

 

 

 

術式

()()

 

 

 

「暁闇を貫く、赫灼────────◾️矢◾️」

 

 

 

 ────────流星の様な、赫い一条の光。

 

 それには爆炎も、焼いた後に出る煙も煤すら、全く無かった。光に近い性質のその弾幕は、ただ熱量だけを伴い()()()で直線上の全てを赤く溶かし、貫いた。

 

 

 

「………………………………………………は?」

 

 

 

 ルーミアの胴体が、くり抜かれたかの様に真円状に無くなり、肩から上だけが地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 





かつて無いほど難産でした(笑)。この後は伏線回収ラッシュ。
過去の自分に苦しめられてる。
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