幻想禍津星   作:七黒八白

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逝った、でも。
言った、でも。
行った、でも。



第六十一話 十六夜に、君は咲って、去っていった

 

 

 

 ────────終わった。

 

 図らずも、人と妖が同じ事を思う。

 

 違うのは片や満身創痍であるものの、自らの足で立ち、相手を見下ろしている。

 

 片や臍上から首元までごっそり胴体が無くなり、辛うじて肩と首だけ残り、何が起きたのか判らず呆然と夜空を見上げている者。

 

(────────何が、起こった? 気付いたら身体が無くなっていた、全く防げなかった………………身体が、治らない…………概念(魂)ごと撃ち抜かれた…………?)

 

「────────肉体を通してお前の概念、お前の魂を直接削った………………時間経過で治るのかどうかまでは分からんが…………その様子だと、少なくとも今直ぐに再生は出来ないみたいだな」

 

 焦土と化した周囲からは、未だに凄まじい熱気が残り陽炎の如く姿が揺らめく。それでもなお、その存在感は薄れない────────悠然と歩み寄る暴君。

 

「…………………………!」

 

 妖怪は────────ルーミアは、この世に生まれ落ちた時から生粋の捕食者だった。彼女はいついかなる時も食べる側だった、普通の人間や妖怪は勿論、退治屋(エクソシスト)の類が相手の時でさえ苦戦らしい苦戦はした事はない。

 

 

 

「あ…………あ……! あぁ! ────────ぁぁあぁあぁ!!!」

 

 

 

 だからこそ、彼(・)女(・)に(・)は(・)恐(・)怖(・)に(・)立(・)ち(・)向(・)か(・)う(・)だとか、敵(・)わ(・)な(・)い(・)と(・)知(・)り(・)な(・)が(・)ら(・)戦(・)う(・)だとか、そんな性根は全く無かった。

 

 ────────彼(・)女(・)は(・)、い(・)つ(・)も(・)食(・)べ(・)る(・)側(・)だ(・)っ(・)た(・)、食(・)べ(・)ら(・)れ(・)る(・)側(・)の(・)恐(・)怖(・)な(・)ど(・)考(・)え(・)た(・)こ(・)と(・)も(・)無(・)い(・)。

 

 

 

「……………………た……」

 

「────────あ?」

 

「────────たす、けて」

 

「……………………」

 

 

 

 最早踠(もが)く事すら出来ない首だけの状態で妖怪は、喰べようと(殺そうと)していた人間に希(こいねが)う。

 

「────────助けて! 助けて下さい! 見逃して下さい! もうしません!」

 

「……………………」

 

 人間は、何も答えない。ただ、その目は死に掛けの害虫を見る様に────────何処までも、心底冷え切っていた。

 

「わ、私と手を組まない!? アナタと私なら八雲紫すら物の数じゃないわよ!? 幻想郷をアナタと私で牛耳るのよ!? 勿論アナタが王でいいわ!! 人里の人間には絶対に手を出さない!!」

 

「……………………」

 

 人間は、何も応えない。侮蔑も嘲笑も悲壮も赫怒も憐憫も喜悦も愉悦も────────その瞳は、何の感情も関心も無かった。

 

 

 

「博麗の巫女にも謝る! もう二度と人間は喰べない! あ、アナタが……アナタが! 望む事なら何でもするから! 下僕でも! 情婦にだってなるから! だから! だから…………────────」

 

(あぁ………………コイツは…………コイツは、何処までも────────)

 

 

 

 靴すら舐めかねない謙(へりくだ)り、端正な顔を涙と鼻水でべちゃべちゃに泥で汚れながら、その生き汚なさに、ただ人間は、嶋上輝雄は────────

 

 

 

「────────だずげで!! ぐだざい"!!」

 

(────────人間を喰いたいだけの、“妖怪(モノノケ)”なんだ)

 

 

 

 信念など無く、矜持すら無く、ただ幻想郷と博麗の巫女を潰したかった。面白半分で全てを台無しにしようとした、妖怪としての本能と享楽に身を浸しただけ────────特段霊郁に、霊夢に、博麗の巫女に怨みがあったと(・)い(・)う(・)わ(・)け(・)で(・)す(・)ら(・)無(・)い(・)。

 

 妖怪として煩わしかったのだろう、幻想郷のルールに従う事が。輝雄は聞いていた、その鋭敏な聴覚で神社に向かう道中聞こえていた。

 

 ルーミアの妖怪としての地位、幻想郷における人間とはなんたるか、博麗の巫女の役割────────そして、何処までも、人間から搾取する様に出来ている、この腐り切った現実(幻想郷)。

 

 

 

「────────ルーミア、お(・)前(・)は(・)別(・)に(・)間(・)違(・)っ(・)ち(・)ゃ(・)い(・)な(・)い(・)」

 

「………………はぇ?」

 

 

 

 唐突に肯定され、思わずルーミアは間抜けな声が出る。よもや、見逃されたのかと? しかし────────

 

 

 

「全(・)部(・)、お(・)前(・)の(・)言(・)う(・)通(・)り(・)だ(・)。

お(・)前(・)は(・)正(・)し(・)い(・)よ(・)、妖(・)怪(・)が(・)人(・)間(・)を(・)襲(・)っ(・)て(・)喰(・)ら(・)う(・)事(・)は(・)妖(・)怪(・)と(・)し(・)て(・)正(・)し(・)い(・)事(・)だ(・)。

 だから────────そ(・)れ(・)を(・)良(・)し(・)と(・)せ(・)ず(・)、妖(・)怪(・)を(・)殺(・)し(・)尽(・)く(・)す(・)俺(・)も(・)人(・)間(・)と(・)し(・)て(・)正(・)し(・)い(・)。

 幻想郷だろうと、無かろうと、俺(・)と(・)お(・)前(・)の(・)在(・)り(・)方(・)は(・)矛(・)盾(・)し(・)な(・)い(・)、ど(・)っ(・)ち(・)も(・)正(・)し(・)い(・)」

 

「あ…………あぁぁぁあぁあぁ────────!!!」

 

「だから、お前は────────殺(・)す(・)。意味も理由も、その程度でいい」

 

 

 

 一抹の希望を見出したのか、少しだけ顔を綻ばせた妖怪に────────お前の結末は、どう足掻いても絶望だと教える。

 

 躊躇はしない、慈悲も無い。ただただ、妖怪が人間に慈悲などかけない様に、人間として無慈悲に妖怪の息の根を止める。彼の行動原理はそれだけである。

 

 

 

「────────輪廻転生すら、お前には過ぎた代物だ。消えて無くなれ」

 

 

 

 残り僅かな、霊力。最早、飛ぶ事すらままならないだろう。

 

 だが、動けない妖怪を仕留める程度は、充(・)分(・)可(・)能(・)で(・)あ(・)る(・)。輝雄の指先に────────また赫い光が収束し始める。

 

「やだ…………やだ、やだやだやだやだ────────ヤァァァアアダァァァァァアアアア!!! 死にたくない!! 死にたくない!!! たすけて!! たすけてよおおぉぉおお!!」

 

 恥も外聞もかなぐり捨て妖怪は、まるで幼子の如く咽び泣き、救いを求める。しかし、人間の目は、心は────────どこまでも、どこまでも無関心だった。

 

 輝雄の、残りの霊力を振り絞り出来た最後の弾幕が、指で弾かれ首だけとなったルーミアをその魂ごと焼却する────────刹那、血の様に赤い札がルーミアの頭部に飛来した。

 

「────────!?」

 

 輝雄の驚愕を他所に、その札は一人でにルーミアの髪に巻き付く、それはまるでリボンの様に髪を束ねてルーミアの妖力を封じてゆく。その一連の流れを途中で無視して焼き殺す事も出来たが、行った本人が本人なだけに輝雄は見過ごす他無かった。

 

「────────霊郁、何のつもりだ?」

 

「…………もう、いいでしょう…………その妖怪は、折(・)れ(・)た(・)わ(・)。二度と…………アナタには立ち向かえない」

 

 彼の視線の先には、未だに瀕死の重体の霊郁がいた。霊力はまだ有り余っている筈だが、腹部には穴が空き、全身は血塗れ、輝雄も大概だがとても立っていられる状態では無いにも関わらず、確かに霊郁は自らの脚で立ち、戦火の真っ只中に来た。

 

「………………折(・)れ(・)た(・)? 立(・)ち(・)向(・)か(・)え(・)な(・)い(・)だと? 

 ────────何を生(・)温(・)い(・)事を言っているんだ? 完(・)膚(・)な(・)き(・)ま(・)で(・)に(・)殺(・)し(・)尽(・)く(・)す(・)に(・)決(・)ま(・)っ(・)て(・)る(・)だ(・)ろ(・)う(・)? 

 まさか、この期に及んで情けをかけるのか? コイツに? この、人間を家畜と吐き捨てる────────紛う事なき悪鬼羅刹(あっきらせつ)に?」

 

「────────えぇ、そうよ。そいつに、ルーミアに、悔い改める機会を与える」

 

「……………………………………………………頭を打った時に気でも違(たが)えたか?」

 

 輝雄はこれ以上は無いという程、目を見開き瞳孔が広がる。信じられないものを見たと、信じられない事を聞いたと、有り得ないと言葉にせずにその意を示した────────それでも霊郁は、瀕死のまま真っ直ぐ輝雄を見据えている。

 

「コイツが────────こんな奴が!! 考えを!!! 心を改めるわけねぇだろうが!!! 賭けても良い!! 誓っても良い!! 

絶(・)対(・)に(・)ま(・)た(・)誰(・)か(・)が(・)犠(・)牲(・)に(・)な(・)る(・)!!! 妖怪に抗(・)え(・)な(・)い(・)誰(・)か(・)が(・)!! 虐(・)げ(・)ら(・)れ(・)る(・)人(・)間(・)が(・)出(・)る(・)に(・)決(・)ま(・)っ(・)て(・)る(・)!!! 

 お前が────────博麗の巫女が!!! 人の味方なら!! 

 コイツの息の根を止めて!! ブチ殺す事が!! 人間としての道理ってもんじゃねぇのか!? そもそも!! 霊夢を狙ってたんだぞ!?」

 

 意志を変えるつもりはない霊郁の様子に、輝雄は血を吐き飛ばしながら在らん限りの声を振り絞る。彼もまた瀕死の重体である、決して完治したわけでは無い────────しかし、それ以上に霊郁の行いが理解出来なかった。

 

「────────………………そうね、その通りだと思う。

人(・)と(・)し(・)て(・)正(・)し(・)い(・)の(・)は(・)貴(・)方(・)、人(・)と(・)し(・)て(・)間(・)違(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)の(・)は(・)私(・)」

 

「────────だったら!?」

 

「────────でも、人間と妖怪がお(・)互(・)い(・)の(・)正(・)し(・)さ(・)を(・)譲(・)ら(・)ず(・)貫(・)い(・)た(・)、結果今回の殺し合いに発展した」

 

「……………………何が、言いたいんだよ……?」

 

「────────幻(・)想(・)郷(・)は(・)、全(・)て(・)を(・)受(・)け(・)入(・)れ(・)る(・)楽(・)園(・)よ(・)」

 

「…………………………………………はぁ?」

 

 意味不明な答えに彼は、最早乾いた笑いすら出てしまう。だが霊郁本人は飽くまでも正気で、真剣だった。周囲には妖気の類は感じられない、彼女が誰かに操られている線も無い。それが逆に輝雄に混乱を招いてしまう。

 

「だから! お前は何が言いたいんだよ!?」

 

「────────私は、幻想郷を楽園と信じたい」

 

「んな訳ねぇに決まってんだろうが!! 八雲紫もルーミアと大なり小なり似た考えだ!! 

 妖怪は!! どこまでもいっても!! ただの人を喰う化け物だ!! 和解の余地なんざねぇ!! 

 奴等は人間をとことん舐め腐ってやがる!!! それが現実なんだよ!! それが幻想郷なんだよ!! 

 ────────今すぐ博(・)麗(・)大(・)結(・)界(・)を(・)解(・)除(・)し(・)ろ(・)!!! それで全部話は済む!!! 人も────────霊夢もお前も! それで救われる!!!」

 

 幻想郷を覆う博麗大結界は、土地に根差した固(・)定(・)型(・)の(・)結(・)界(・)。一概には言えないが頑丈であり、同時に広範囲を覆える、代わりに結界を成り立たせる要石など基点や核が必要になる、そしてその核は強(・)い(・)力(・)を(・)宿(・)し(・)た(・)物(・)、或いは者(・)が(・)望(・)ま(・)し(・)い(・)。

 

 ────────それは代々当代の博麗の巫女が担ってきた役割、まさに人身御供。比喩誇張抜きで、霊郁は実(・)力(・)的(・)に(・)も(・)役(・)割(・)的(・)に(・)も(・)幻(・)想(・)郷(・)の(・)神(・)魔(・)の(・)一(・)切(・)を(・)鏖(・)殺(・)出(・)来(・)る(・)。輝雄もそれを理解した上での発言だったが、霊郁は首を縦に振らない。

 

「────────例え…………例え、今はそうでも…………十年後は違うんでしょ?」

 

「弾幕ごっこの事か!? アレも結局は妖怪共が幻想郷で効率良く生きる為の施策でしか無い!! 人間は常に妖怪の脅威に晒されている!! 

 無縁塚を知ってるか!? あそこは人の屍の山だぞ!? 喰(・)い(・)終(・)え(・)た(・)妖(・)怪(・)達(・)の(・)ゴ(・)ミ(・)捨(・)て(・)場(・)だ(・)!! 

 それが────────その現実が!! 赦せないと!! 想う俺は!! 

 ────────そ(・)ん(・)な(・)に(・)可(・)笑(・)し(・)い(・)か(・)!? 

 ────────こ(・)の(・)世(・)界(・)を(・)美(・)し(・)い(・)と(・)思(・)え(・)な(・)い(・)事(・)が(・)そ(・)ん(・)な(・)に(・)間(・)違(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)か(・)!?」

 

 辛うじて塞がった筈の傷口から、また血が吹き出す程、輝雄は激昂する。それは、どこまでも、自(・)分(・)で(・)は(・)無(・)い(・)誰(・)か(・)を(・)、戦(・)う(・)事(・)が(・)出(・)来(・)な(・)い(・)弱(・)者(・)を(・)慮(・)っ(・)て(・)の(・)事(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

「────────妖怪だって、生きる権利はあるわよ…………それに、妖怪の全てが、そうじゃない事は貴方も知ってる筈よ」

 

「…………ッ! だが! それでも!! 俺には人を見殺しには出来ねぇ!!! 

 この幻想郷が人間を不幸にする地獄────────いやそれ以下の場所には違い無いだろ!!? 博(・)麗(・)の(・)巫(・)女(・)なんてその最たる例じゃねぇか!?」

 

「────────そんな事無いわよ、私は幸せだった」

 

「あ"ぁ"!? 強がってんじゃ────────」

 

 苛立ちが頂点に達し、霊郁に詰め寄ろうとし────────

 

 

 

「────────大好きな人と出会えて、過ごせて、凄く幸せだった」

 

「────────────────」

 

 

 

 ────────冷や水をかけられた様に、一気に鎮火した。

 

 

 

「それに貴方言ってたじゃない、十(・)年(・)後(・)の(・)幻(・)想(・)郷(・)と(・)矛(・)盾(・)が(・)起(・)こ(・)る(・)様(・)な(・)事(・)は(・)し(・)ち(・)ゃ(・)い(・)け(・)な(・)い(・)って………………もし今、幻想郷が無くなったら、貴方は幻想入りしないでしょ? 

 ────────ごめんなさい、わたし、そ(・)れ(・)だ(・)け(・)は(・)耐(・)え(・)ら(・)な(・)い(・)。例え……それが、貴方を追い込むのだとしても…………貴(・)方(・)が(・)い(・)な(・)い(・)世(・)界(・)に(・)私(・)は(・)い(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)………………」

 

「……………………………………」

 

 最早、両者共に鮮血に染まっている状態で、片や放心したかの様に目を見開いている男。片や血を吐きながらも、目を潤わせ微笑む女。

 

「貴方と逢えたから、博麗の巫女をやってて良かったって思えた。

 貴方と過ごせたから、私も霊夢も毎日が楽しくて仕方なかった。

 貴方と居たから────────私は、人並みの幸せを知れた」

 

「……………………ひと、なみ…………?」

 

 なんて事の無い、ただの日常。そんな物が、その程度の物が────────博麗霊郁という彼女にとっては、今(・)生(・)の(・)死(・)を(・)受(・)け(・)入(・)れ(・)る(・)に(・)値(・)す(・)る(・)物だった。

 

 

 

 ────────彼には、信じられなかった。

 

 

 

 輝雄には彼(・)女(・)と(・)い(・)う(・)才(・)女(・)が(・)、己(・)な(・)ど(・)と(・)い(・)う(・)凡(・)夫(・)に(・)す(・)ら(・)な(・)り(・)損(・)な(・)っ(・)た(・)、欠(・)落(・)者(・)の(・)為(・)に(・)死(・)を(・)選(・)ぶ(・)事(・)が(・)まるで理解出来なかった。

 

 心は追いつかず、言葉を失う。感情を言語化出来ず、否定すら出来なくなる。瀕死でありながら微笑む彼女の前で、ただ無防備に突っ立ていることだけが彼に出来る全てだった。

 

「わ……私は、博麗の巫女としての役割を全うする。

 幻想郷の為……だけじゃない、貴方と……出逢えた、この世界が…………無くなったら、もう……もう二度と逢えない気がするから…………。

 ────────ごふッ!?」

 

「霊郁ッ!?」

 

 突如として吐血し、霊郁が膝をつく。輝雄が駆け寄り身体を支えると腹部から未だにジワリと血が染み出してくる。ルーミアの騙し打ちで空いた穴は、未だに塞がっていなかった。

 

「何してる!? 早く治せ!! 死ぬぞ!? 霊力はまだ有り余ってるだろ!?」

 

「無理よ…………ただ穴が空いただけなら、未だしも…………内臓まで滅茶苦茶になってる…………言ったでしょ? 腕(・)を(・)生(・)や(・)し(・)た(・)り(・)す(・)る(・)様(・)な(・)高(・)度(・)な(・)治(・)癒(・)は(・)私(・)に(・)も(・)出(・)来(・)な(・)い(・)…………ちょっと、死ぬまでの時間を伸ばすのが…………精一杯、だった」

 

「────────そんな、馬鹿な…………だって、俺の時は…………俺(・)で(・)す(・)ら(・)、心(・)臓(・)を(・)…………」

 

 止血する為に塞がっていた傷が開く、闇夜でも分かる程霊郁のインナーが血で染まってゆく。輝雄は疑問を棚上げし、即座に治癒を試みるが────────

 

「────────治れ!!! 治れよ!!! 何で…………何で治らないんだよッッッ!!!!」

 

 ────────霊力がほぼ底をつき、霊郁の出血を止める事は叶わなかった。能(・)力(・)や(・)術(・)式(・)は(・)自(・)身(・)に(・)適(・)用(・)す(・)る(・)の(・)が(・)最(・)も(・)容(・)易(・)い(・)、逆に外部への出力は複雑でどうしても効率は落ちてしまう。例(・)え(・)輝(・)雄(・)の(・)霊(・)力(・)が(・)全(・)快(・)で(・)も(・)霊(・)郁(・)の(・)傷(・)の(・)治(・)癒(・)は(・)不(・)可(・)能(・)だ(・)ろ(・)う(・)。

 

「クソ! クソ!! クソがァァァァ!!!」

 

 噛み締めた歯が砕けそうな程、脳の奥から幾つも血管がはち切れる様な音がし、目と鼻から血が吹き出す程、霊力を振り絞り治癒を試みても────────霊郁の傷は全く塞がらなかった。

 

「いいのよ………………もう、いいから…………」

 

「ダっ、ダメだ…………ダメだ……霊郁!! 頼む! 死ぬな、死なっ、死なないでくれ…………!」

 

 彼の声が震える。自身の死すら恐れず、人外すら畏れない嶋上輝雄の精神が────────大きく揺さぶられる。視点が定まらず、夏にも関わらず歯が噛み合わない程震えだし、まるで幼子の様に嗚咽を抑え切れなくなる。

 

「いいの…………貴方のせいじゃない……それよりも…………私を、神社に────────霊夢のところへ…………」

 

「こ、この期に及んで…………な、何を…………」

 

「────────お願い…………貴方にしか、頼れない」

 

「……………………!」

 

 血を流しすぎたのか、霊郁の身体から熱が失われ始める。呼吸音も壊れた笛の様に掠れる。輝雄は首だけとなり、霊郁の札により封印されたルーミアの方を一瞬見やったが────────霊郁を抱えて即座に神社に走り出す。

 

 例え霊力は無くなっても、輝雄の身体能力は大妖怪の平均水準すら軽く上回る。霊郁を抱えていても神社に着くのに十秒と掛からなかった、輝雄は霊郁を抱えたまま縁側から居間へと上がり、霊郁を畳の上へ静かに置いた。

 

「…………霊夢を、霊夢を! 連れてくればいいんだな!?」

 

 霊郁が何をしたいのか、彼には全く分かっていない。しかし霊郁の言う事に従えば、彼女が助かると彼には信じるしか無かった────────いや、縋るしかなかったと言っていい。

 

 輝雄の身体能力は筋力などだけでは無い、嗅覚や聴覚なども獣並に鋭い。霊力を封じられ、気配を断たれた霊夢でも、その臭いからすぐに倉庫に居ると見つけ出した。乱雑に道具を押し除け、眠っている霊夢の力を封じていた呪符を剥がし霊郁の下まで連れてゆく。

 

「連れてきたぞ………………俺は、どうすれば良い!?」

 

「…………れい、むを…………私の横に……」

 

 既に霊郁の負傷は死んでいてもおかしくない領域の物、しかし尋常では無い意志力が未だに彼女を留まらせていた。生温かい血に染まった手で、我が子同然に愛を注ぎ、されど巫女として育てた霊夢を抱き寄せる。

 

「────────ごめんね、霊夢…………いまは……一人かも知れないけど…………きっと、将来は…………アナタは沢山の友達に囲まれるから……」

 

「霊、郁………………?」

 

 霊郁から霊力が立ち昇る、だがそれは自身の治癒のためでは無い事が輝雄には直ぐに分かってしまう。

 

 彼女達の間に、霊力に反応した陰陽玉が輝きながら、霊郁から霊夢へ何かを渡している────────同時に、輝雄の目には二人の魂が共鳴するかの様に見えたからだ。

 

「お前…………何を…………」

 

「幾ら……“博麗”でも、天才もいれば…………そうじゃない子もいる…………だから、代々、受け継いできた…………。

 ────────それは、術式の感覚だったり…………身体の使い方だったり…………戦闘や知識という経験値、後(・)天(・)的(・)な(・)才(・)能(・)を」

 

「違う!!! そ(・)ん(・)な(・)事(・)は(・)ど(・)う(・)で(・)も(・)い(・)い(・)!!! お前! このままじゃ…………!」

 

 しかし霊郁は陰陽玉を通して霊夢に、次代の巫女として必要な物を注ぎ続ける。それは巫女として逃れられない宿命を定めると同時に、人間の幸福が約束されていない幻想郷を生きるのに必要な物だからこそだった。

 

「────────博麗の勘はね…………未来予知なんかじゃ…………ない…………百年以上…………積み重ねられた…………経験則からくるもの…………巫(・)女(・)は(・)、自(・)身(・)の(・)研(・)鑽(・)も(・)次(・)代(・)の(・)巫(・)女(・)に(・)渡(・)す(・)…………それが…………“博麗”」

 

 この方法ならば例(・)え(・)次(・)代(・)の(・)巫(・)女(・)が(・)才(・)能(・)が(・)乏(・)し(・)く(・)と(・)も(・)、あ(・)る(・)程(・)度(・)の(・)実(・)力(・)は(・)保(・)証(・)さ(・)れ(・)る(・)。固有の能力、霊郁の清める能力は渡せなくとも、結界術を初めとした巫術は十全に引き継がれる────────この儀式さえ、途絶えなければ、博(・)麗(・)の(・)巫(・)女(・)は(・)幾(・)ら(・)で(・)も(・)換(・)え(・)が(・)効(・)く(・)。

 

「────────ごめんね、れいむ………………」

 

 ────────相伝の儀を終えたのか、霊郁は霊夢を優しく畳の上に寝かせてやる。ルーミアに何をされたかは定かでは無いが、少し意識を取り戻したのか霊夢は、僅かに目を開ける。

 

「れいか………………?」

 

「────────だいじょうぶ…………ねてて……いいのよ……」

 

 霊郁は心配させまいと、そっと霊夢の目を遮る。ただ、ただ輝雄だけが、理解していた────────霊郁は、もう助(・)か(・)る(・)つ(・)も(・)り(・)が(・)な(・)い(・)。

 

「どうして…………なんで…………!」

 

「…………れいむに、力を継がせるのは…………前からきまっていたわ…………あとは…………わたしの、わがままよ…………」

 

 既に自分の身体を支える力すら無い霊郁は、輝雄の腕の中に収まる────────その身体は、とても冷たかった。

 

「…………さいしょ、さ…………わたし、かんがえたのよ…………。れいむを、独(・)り(・)に(・)し(・)な(・)い(・)…………方法」

 

「れいか…………たのむ…………やめろ、やめてくれ…………」

 

 

 

 ────────次第に、瞳から光が無くなり始め、霊郁は虚ろに語り始める。

 

 

 

「は、博麗は…………かならずしも……あらわれるわけじゃない…………だから…………母(・)子(・)関(・)係(・)の巫女も、歴代には…………いた…………それが、その巫女の望んだ、かたちなのか…………ただの必(・)要(・)に(・)駆(・)ら(・)れ(・)た(・)儀(・)式(・)だったのかまでは…………わからない、けど………………」

 

「もういい…………! しゃべるな…………! そんな、そんな────────!」

 

 

 

 

 

 ────────眠る様に、霊郁は目を閉じた。満身創痍、内臓すらまともな形になっていないだろう状態で、その顔はどこまでも穏やかだった。

 

 

 

 

 

「あぁ…………わたし…………ふつうの、おんなのこ…………みたいに────────あなたの…………およめさんに、なりたかったなぁ…………」

 

「────────今際の際みたいな事を!! 言わないでくれ!!!」

 

 

 

 ────────青白い月光の下、境内で独りとなった男の絶叫が響く。

 

 

 

「────────こ(・)の(・)子(・)の(・)事(・)、お(・)願(・)い(・)ね(・)、輝(・)雄(・)」

 

 

 

 ────────青白い月光の下、境内で役目を全うした女が願い(呪い)を託す。

 

 

 

「…………………………まだ、だ…………」

 

 

 

 青年は、仮面の下で虚ろになりながらも抱えた女を離そうとはしなかった。彼の瞳から正気と生気は失われ、まるで闇の様に伽藍堂だった。

 

 

 

「紅魔館は既に幻想入りした。

 ────────この時代のパチュリーさんなら、蘇生出来るかも知れない………………」

 

 

 

 ────────それは、彼女の命懸けの献身を無に帰(き)す行い。

 

 

 

 そもそも、この時代のパチュリー・ノーレッジが都合良く力を貸すとは限らない。加えて時系列に矛盾が生じれば、彼の身に何が起こるか分からない。しかしそれでも、彼には縋り付くものが他には無かった。

 

 それらを踏まえても、彼は────────

 

「────────どうでもいい。もう…………どうでもいいんだ。そんな事は…………」

 

 自分の身の事など一切考慮せずに、霊郁を抱えて立ちあがろうとし────────足が空を切る。

 

「────────はっ?」

 

 思わず自身の足元を見てみると、空に溶ける様に透けて光の粒子となり消(・)え(・)始(・)め(・)て(・)い(・)た(・)。

 

「────────なんで、今(・)な(・)ん(・)だ(・)…………なんで!!? こんな時に!!! こんなタイミングで!!!?」

 

 叫んでいたが、同時に輝雄は気付いていた。この時代に来るきっかけとなった、あ(・)の(・)懐(・)中(・)時(・)計(・)。

 

 それを元(・)の(・)持(・)ち(・)主(・)に(・)返(・)し(・)た(・)、この時代に繋ぎ止めていただろう楔は────────既に無くなった。

 

「待て! 待ってくれ!! 十、いや五分でいいんだ!! 俺に、俺に時間を!!! 頼む…………頼むから!!! 

 コイツを、霊郁を!!! 救わせて────────」

 

 

 

 膝から下が無くなり、遂には身体の感覚まで無くなり始める。それでも、彼は決して彼女を離そうとはしない。

 

 ────────頑なに、認めたく無かった。何一つとして報われないこの現実(理不尽)を。

 

 

 

「────────………………しゅ……う……じ……?」

 

 

 

 寝ぼけているのか霊夢が僅かに目を開き、眠気によって、また閉じる。

 

 それは輝(・)雄(・)が(・)霊(・)郁(・)を(・)抱(・)え(・)な(・)が(・)ら(・)、朱(・)色(・)に(・)縁(・)取(・)ら(・)れ(・)た(・)面(・)の(・)下(・)か(・)ら(・)滂(・)沱(・)の(・)涙(・)を(・)流(・)し(・)、光(・)に(・)包(・)ま(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)姿(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

 

 




補足、という名の蛇足

霊郁は最初、霊夢の為に輝雄を利用して弟(・)か(・)妹(・)を作ろうと考えていた。
二人いたらその分霊夢の負担はへるし、輝雄の才能が遺伝することも期待していた。

一(・)年(・)あ(・)っ(・)た(・)ら(・)って言っていたのは、まぁそういう事。
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