幻想禍津星   作:七黒八白

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どんな祈りも言葉も、



第六十二話 “届かない”

 

 

 

「紫様、霊夢の手当ては済みました………………軽い(しゅ)で眠らせられていただけで特に異常はありませんでしたが」

 

「そう…………それで? ()()()()()()?」

 

 日が昇り切らない早朝、夥しい戦跡が残る博麗神社には二体の大妖怪の姿があった。霊夢の手当てを済ませ、一夜にして風穴が空いてしまった神社の中から美しい女怪が出てくる。

 

「私の式にも捜索させていますが、()()()()()()()()()()………………というよりも、この境内の中心から匂いがぷっつり、()()()()()()()()()

 

 一体は千年狐狸(こり)、八雲紫の式神────────八雲藍。稲穂よりも輝く美しい金毛の尾を揺らしながら訝しむ、何故なら今代の巫女の消息がまるで分からないからだ。

 

「────────考えられる可能性としては、私の様な空間跳躍の術を使ったか………………別に彼女の力量なら不可能では無いでしょう。でも、何の為に…………?」

 

 もう一体は長く美しい金髪の毛先を赤いリボンで纏めた、九尾の妖狐すら上回る大妖怪────────境界を操る賢者、八雲紫。彼女は辺りを見渡しながら状況から何が起こったのか大凡把握する。

 

「何者かが────────というか妖怪が襲撃、そして博麗の巫女が応戦、そして相打ちした…………これが妥当な所でしょうか?」

 

「────────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………もし、仮にそんな妖怪がいたとすれば既に人里は血の海よ。第一相打ちなら死体が残っている筈…………喰われたとしても、()()()()()()()のは不自然よ」

 

 藍の予想を瞬時に否定する、それは博麗の巫女への信頼でもあり────────同時にある種の畏敬の念があった。

 

 今代の巫女は、分かり易く弱い人間の味方だった。手当たり次第妖怪を退治する事は無かったが彼女と相対し、生き残った妖怪はいない────────敵対すれば、それは八雲紫ですら例外では無いだろう。

 

 しかし境内の破壊痕と、少し離れた場所にある円形状の土が溶けた跡がある焦土────────そのすぐ側で、紅い札が髪に巻き付き、裸で眠っている()()()()()()()()

 

「────────幻想郷では見かけない妖怪でした…………()がやったのでは?」

 

「………………いいえ、確かにあの妖怪は巫女と戦い、そして追い詰めたのかも知れない。次代の巫女はまだ幼い…………人質にすれば不可能では無いでしょう────────だったら、尚更不自然よ」

 

「………………それは、何故ですか?」

 

 紫が少し考えた後に出した解は、やはり否であった。例えあの妖怪が原因だとしても腑に落ちないと、藍にはその理由が分からず自身の主に問うばかりだった。

 

「────────もしも、今代の巫女が人質で手を出せなかったのなら、戦いは一方的な物になった筈…………あの妖怪を封印する隙があったとは考え難いし。()しんば、そう上手くいったとしても瀕死であろう彼女が次代の巫女を置いて何処に行くというの? 

 ────────そして、あの()()()…………あの規模の焦土は博麗の巫女でもそうそう作れない…………恐らく、()()()()()()()()()()()

 

 八雲紫は博麗の封印が施された見知らぬ妖怪と、神社の破壊跡、そしてミサイルが着弾したかの様な爆心地から()()()()()()()()()()がいた事が、可能性として最も高いと結論を出した。

 

「………………では、その何者かが巫女を連れ去った…………或いは、死体を持ち去った…………?」

 

「妥当な可能性としてはそんな所でしょう…………生きていれば博麗の血、()()()()()()()()()()()()()()()()、色々出来るでしょうし…………遺体でも呪術的価値は計り知れないわ………………」

 

 幻想郷という異界を成り立たせる博麗大結界、そしてその要石である博麗の巫女────────博麗霊郁。どんな思惑があるにせよ、一個人にその力を自由に振る権利が与えられたとしたら、まず間違いなく幻想郷に碌な事は起こらない。その事実に、紫は扇子の裏側でひと知れず歯噛みする。

 

「────────藍、結界の強化を急ぎなさい。もう()()()()()の様な事は起きてはならない、妖怪達の弱体化もどうにかしないと」

 

「承知致しました…………“巫女”は、どうしますか?」

 

「…………愚問ね。幸い、()()()()歴代の中でもかなり才能に恵まれてる。実力も既に申し分無い…………()が行われてなくとも最悪許容範囲────────」

 

 恭しく返事をする藍を他所に、紫は神社の中で眠る幼な子に、細めた目を向けて────────静かに宣言する。

 

 

 

「────────今日から、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 薄暗い早朝、漸く神社よりも高い位置に太陽が来たのか境内に朝日が指す。悉く砕けた石畳、半壊した鳥居、風穴が空いた神社を日が照らし、蝉が鳴きはじめる。

 

「……………………ん、ん…………れい、か……?」

 

 霊夢が────────否、“博麗霊夢”が起きた時、其処には誰も居なかった。先程まで居た紫と藍も、既に完全に姿と痕跡を消していた。

 

「────────れいか…………?」

 

 いつもならば一緒の布団で寝てくれる霊郁はおらず、朝餉を作ってくれる頼れる居候も来ない。ただ寒々とした空気が流れ、蝉時雨だけが────────孤独に響いていた。

 

「………………れいか?」

 

 博麗霊夢は立ち上がる、草履も履かずに境内に下りた。其処はいつもの境内とは違い嵐が通り過ぎてもこうはならない、そんな惨状だった────────だと言うのに、誰の声も聞こえない。

 

「────────れいかっ!!!」

 

 博麗霊夢は走り出す、神社の中を。いつもならば端ないと、危ないと、叱り付ける声が響く筈なのに────────響くのは霊夢の足音だけだった。叱り付ける優しい巫女の声も、端ないと嗜める慕う男の声も聞こえない。

 

「────────れいかぁ!!!」

 

 博麗霊夢は気付く。出来る事なら一生気付きたくない事実に、気付いてしまう。居間に入る時に、客室に入る時に、風呂場に入る時に、台所に入る時に、倉庫に入る時に────────神社の全てを探し回った時に。

 

「…………ひっぐ……ぅう……えっぐ…………うぅうぅうぅ〜…………」

 

 どれだけ走っても、どれだけ叫んでも、里から離れた神社には蝉の声しか聞こえない。

 

 ただ、涙で潤んだ視界に────────三人で笑い、穏やかに、楽しく過ごした日々が、夏の陽射しの先に眩く見えた。

 

 そう、博麗の巫女は、いつだって孤独だった。たまらず泣き出して、嗚咽で息もままならないのに、博麗霊夢は、叫ばずにはいられなかった。

 

 

 

 ────────ただの一度も、恥ずかしくて、呼べなかったのに。

 

 

 

「────────おかあさぁん!!!」

 

 

 

 時期は、夏の中旬。蝉時雨がまだまだ鳴き続ける頃。

 

 少女は、“博麗”になった霊夢は、()()()()()()

 

 

 

 ────────時が廻り、星が幻想入りするまで。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 魔法陣が放電するかの様に紫電が奔り────────落雷の如き衝撃と閃光と共に、何者かが陣の上に現れた。

 

「────────輝雄ッ!?」

 

 紅魔館内、地下にある大図書館────────そしてパチュリーの研究室でもあり私室とも言える場所で、数少ない人間の客人である嶋上輝雄が消え、そして()()()()()()姿()()()()()

 

「良かったわ…………一体何処に居たの? 魔法が失敗して貴方に何が…………輝雄?」

 

 パチュリーは胸を撫で下ろし、息を整えながら輝雄に近づく。急に消え去り、館内の何処かに居るのかと思い、気配を探れど全く輝雄がいた形跡が無い。停止した時間の中を動けるならある筈の形跡が無い事から、パチュリーは一早く実験の失敗を考え、妖精メイドや美鈴に輝雄捜索を通達した。

 

 パチュリーは彼女らしく無く、他人の心配をした。巻き込んでしまったと後悔の念が湧いた────────だからだろうか、普段なら直ぐに気付く違和感に遅れて気付く。

 

(────────()()…………? 確か“ぱーかー”とか言う外の世界の洋服を着てた筈…………? しかもこの負傷と出血は……!?)

 

 衝撃によって舞った埃で姿が見えづらかったが、よくよく見てみれば明らかに実験前と輝雄の様子が違う。服は幻想郷でよく見られる和服、そして紅霧異変でフランに嬲られた時以上の負傷と消耗、今まさに死戦を超えてきたと言わんばかりに血に染まっていた。

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 ────────そしてその目は深く、どこまでも深く、絶望に曇っていた。亡者よりも悍ましく、餓鬼よりも飢えている、底知れぬ負の感情が沈澱し、光を呑む闇の如く、渦巻いていた。

 

「…………輝、雄…………?」

 

 あまりの変わり様に、パチュリーはそれ以上近寄る事を躊躇ってしまう。無知な者でも、飢えた肉食獣に危機感を覚える様に。今の輝雄には幻想入りしたばかりの────────いや、それ以上の敵意とも殺意とも例え難い、異様な威圧感を放っていた。

 

「………………パチュリー、か…………」

 

 まるで罪人の様に跪き、項垂れている為に表情を窺わせないまま、小さく輝雄が呟く。

 

 この瞬間、そして今更ながらパチュリー・ノーレッジは身構える。魔導書を開き、魔力を練り上げる。魔法使いとしての経験では無い、純粋な本能の警鐘────────絶死の予感。

 

 ゆらりと、血は止まりきっていないだろうに輝雄は幽鬼の如く立ち上がり、腰に(はい)た残華を抜く。持ち主の意志に呼応して感覚を研ぎ澄ますまでも無く、肌が泡立つ様な瘴気が漏れ出る────────明らかに、パチュリーを殺す気だった。

 

「………………………………一応、理由を聞かせてもらえるかしら」

 

「…………()()()()()…………()()()()()()()()()

 

「────────貴方、本当に輝雄…………よね?」

 

 簡潔で明瞭な答えだった、だからこそパチュリーは理解出来なかった。何故、今更輝雄がそんな理由で自身を殺しにくるのか。彼の身に何があったのか。

 

 

 

 何故────────そんな泣きそうな顔で、歯を食い縛りながら剣を握るのか。

 悲壮を噛み殺し、慟哭を押し殺した、無慈悲に嬲られた事を一目でパチュリーは理解した────────否、理解させられたと言うべきか。

 

 

 

「────────今、戦ったら死ぬわよ」

 

「どうでもいい…………」

 

「────────八つ当たりの自覚はある?」

 

「どうでもいい…………」

 

「…………貴方にとって────」

 

 パチュリーは自身の身の危険を認識していた、満身創痍でも輝雄の戦闘力は侮れない事も。

 

 

 

「────紅魔館(私達)は、簡単に切り捨てられるものだったの?」

 

「………………っ!!!」

 

 

 

 それでも、彼女は────────パチュリーは問わずにはいられなかった。今までのパチュリー・ノーレッジには無い()()()そうさせた、彼女自身、それが何なのか全く分からないまま。

 

 その問い対して、明確に輝雄が動揺を見せた。しかしそれ以上に歯を食い縛り、血が滲む程太刀を握り込み。赤銅の瞳がパチュリーに向く────────目の周りには、血が涙の跡のように流れていた。

 

「もう! どうでも!! いいんだよ!!! 全部!!!」

 

 明らかに自暴自棄になり駆け引き抜きで、馬鹿正直に突貫する。その速度は凄まじいものではあったが、ただそれだけでどうにかなるパチュリーでは無い。“らしく無い”と“どうして”と、思いながらパチュリーは魔法を────────

 

「────────何をしている!!?」

 

 ────────放つ前に、レミリアが割り込み横から輝雄を殴り飛ばした。横槍を全く考慮していなかった輝雄は無防備に突き飛ばされ、十数メートルはある本棚を何台もぶち抜きながら壁に轟音と共に埋まった。

 

「………………パチェ、何があったの? 何で輝雄と殺し合いに発展してるのよ? しかも、あそこまで傷めつけるなんて…………サディズムにでも目覚めた?」

 

「…………違うわよ。それよりも油断しない方がいいわよ、レミィ…………まだまだやる気みたい」

 

 埃が舞い上がり、雪崩の様に散らかる数々の魔導書。普段のパチュリーならば眩暈すら覚えそうな光景だが、今だけはそんな余裕は無い。最初から瀕死、意識の外からレミリアの一撃を受けた────────にも関わらず、息も絶え絶えとは言え輝雄は立ち上がっていた。

 

「………………嘘でしょ? パチェがいるから、最悪息が止まってもどうにかなると思って殴ったんだけど…………」

 

「レミィが信頼の方向性を間違えているのは兎も角、無力化するわよ。手伝って」

 

「────────一応聞くわね、()()()()()()()? 向こうはそうじゃないみたいだけど?」

 

「────────私は、()()()()()()()()()()()

 

 パチュリーを試す様に細めらたレミリアの視線に対して、パチュリーはらしく無く、毅然とした態度でレミリアに釘を指す。その姿に何を思ったのか、レミリアは少しだけ惚けた様に首を竦めて────────

 

「パチェに振り回される日が来るなんて…………益々気に入ったわ────────ねぇ? 輝雄?」

 

 

 

 ────────紅い槍が、理性を失った暴君に振るわれた。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

「……………………生きて、るのか……俺は」

 

「────────えぇ、死んでないのが不思議な位重傷に次ぐ重傷だったけど…………貴方は生きてるわよ、輝雄」

 

 消毒液の匂い、柔らかなベッドの感触、そして赤い天井が目に入り輝雄は自分が紅魔館の客室で寝かされている事を理解した。隣に顔を向けると少し身嗜みが乱れたパチュリーと咲夜が居た。

 

「…………パチュリー様、この程度の拘束と結界で大丈夫ですか? 輝雄ならこの程度、すぐ破りかねませんよ?」

 

 今、輝雄は力を封じる術が刻印として刻まれている手枷を着けられ、半球体(ドーム)状の結界に閉じ込められている。内側から外側には干渉が出来ないパチュリーの結界。しかし異変を通して輝雄の実力を知る咲夜からすれば、この程度の拘束は“紙細工”であった。

 

「全快の状態ならね、流石にこの負傷と消耗じゃ無理よ…………それに、もう暴れるつもりは無いみたいだし」

 

 レミリアが駆け付け、その後直ぐに咲夜と美鈴も参戦したが輝雄は瀕死にも関わらず、図書館での戦いは壮絶極まった。

 

 目的が無力化では無く殺害であれば話が違ったかも知れないが四対一、しかも霊力が尽きている為に純粋な身体能力だけだったが、それでもパチュリー達四人が持て余す程、輝雄は暴れ狂った。

 

「レミィが真正面から殴り飛ばされたの初めて見たわ…………ま、それは良いとして────────何があったの?」

 

「………………殺せ」

 

 輝雄の余りの暴れっぷりに半ば呆れながら、改めてパチュリーは問いかける。だが輝雄はぼんやりと天井を眺めたまま、身じろぎ一つせず仰向けのままそう言った。まるで全ての生気を失った様に、もはやこれまでと指一本動かす理由も力も無いと言わんばかりに。

 

「殺さない。何が貴方をそうさせたの? あの儀式が失敗して貴方に、何があったの?」

 

「………………殺せ」

 

 しかしパチュリーは取り合わない、死を望む彼に対してレミリアの提案を蹴った時と同じ様に、キッパリと彼女にしては珍しく思案する事すらなく否定する。ほぼ八つ当たりの形で襲われたにも関わらず、レミリア達の加勢が無ければ()()()も有り得たというのに────────パチュリー・ノーレッジは、頑なに輝雄を殺す事を拒んだ。

 

「殺さない。それと、咲夜の時計が急に彼女の元に────────」

 

「────────ごちゃごちゃ五月蝿ぇ!!! 情けなんざ要らねぇ!! さっさと殺せ!!!」

 

 淡々と問いかけてくるパチュリーに、遂に輝雄の怒りが再度沸騰する。

 

 結界空間内に閉じ込められ、手枷を付けられている為にパチュリーと咲夜には近づけないが、それでもお構いなしに結界内壁に額を打ち付ける。何度も、何度も、自身の中のやり切れない感情に振り回される様に────────額から血が滲む程、自傷行為を続ける。

 

「お前は! お前らは!! お前ら妖怪にとって!!! 人間は所詮家畜に過ぎないんだろう!? だったら話す事なんざ何も無いだろう!? さっさと殺せ!!!」

 

「────────」

 

 肉が硬い物に打ち付けられる生々しい音が客室に響く。何も救えなかった青年の慟哭が、パチュリーと咲夜に向けられる。二人はそれを聞いていた、パチュリーは静かな面持ちで、咲夜は、まるで()()に思い当たった様に訝しげに。

 

「………………無念だ……もう一度、時を巻き戻せるなら、やり直したい…………! でも! もう無理だ!! 分かっている!! ()()は…………再現性の無い奇跡(バグ)だ!!! 千載一遇のチャンスだったんだ…………二度は無い!!! ()()は!! 死んだ!!! もういない!!!」

 

「………………れいか?」

 

 半ば支離滅裂な輝雄の慟哭から、パチュリーは気になる単語を拾い上げる。そして、万の魔法に通づるその聡明な頭脳は通常なら決して有り得ない────────しかし、正答に思い当たる。

 

「────────まさか、貴方は…………()()()()()()…………?」

 

 口にした他ならぬパチュリー自身が一番疑っている、その言葉を聞いた咲夜も有り得ないと目を見開いている。輝雄は打ち付けた額からどろりと血を流しながら、そのまま床に(うずくま)る様に膝をついた────────それがパチュリーには、まるで寒さに凍える幼子の様に見えた。

 

()()()()()だ…………俺は、十年前の……まだ紅魔館が無かった幻想郷に、行った…………」

 

「……………………十年前、約二千体の吸血鬼の大群が一夜にして消えたけど、まさか────────」

 

「………………俺が、やった…………霊郁を、死なせた要因だと思ったから…………確か……バティムとか……」

 

(────────嘘、でしょ?)

 

 まさかの名前にパチュリーは驚愕を隠せない、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 後天的に吸血鬼になった事により弱体化していた可能性があるが、それでも()()()()()()()()()である。しかも他にも同程度の力量を持った吸血鬼が数体いた筈────────輝雄は既に、紅魔館の戦力でどうにか出来るレベルでは無かった。

 

「助けたかったんだ…………頼まれたわけじゃない…………全部、俺の勝手だ…………でも……救われるべきだと、思ったんだ…………! 霊郁も……霊夢も……!」

 

 

 

 ────────紅い絨毯を突き破り、輝雄の指が床を抉る。錆びた歯車が回る様な、硬い床が擦れ削れる不快な音が響く。

 

 

 

「だけど出来なかった!!! 自惚れてたんだ!!! 自分なら出来ると!!! 一人で勝手に犠牲になれば!!! 全て上手くいくと!!!! 

今までの戦いを通して!!! 力があって! 強くなった気でいて!! 結局!!! 俺は…………俺はッ…………!」

 

 

 

 爪が剥がれ、血が吹き出しても、輝雄の慟哭は止まらない。結界越しに、それを見て、パチュリーは────────

 

 

 

「俺はッ!!! 何も救えなかった!!! 矜持も命も未来も何もかも捧げても!!! 届かなかったんだ!!! 手は幾らでもあった筈なのに!!! 

俺のせいで…………()()()()()!!! ()()()()()()()()()()!!!! ()()()()()()()()()()!!! 霊郁も!!! 霊夢も!!! 母さんも…………皆、不幸になってしまった…………全部……全部!! 俺が、招いてしまった…………(わざわ)いだ……!」

 

(……………………精神(こころ)が、完全に折れてる)

 

 

 

 ────────輝雄の精神が、明らかに限界を超えてしまっている事を理解した。

 

(────────きっと、今なら暗示でも……何なら高度な洗脳魔法すら容易に通るでしょうね…………)

 

 嶋上輝雄の能力、“主に理不尽と不条理に抗う程度の能力”は輝雄の反抗心や反骨精神が大きな割合を占める。外部への出力ならともかく、自身を護る為なら()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ────────逆説的に、輝雄の精神力や意志力が尽きたり折れれば、霊力が充溢(じゅういつ)していようとその鉄壁は失われる。

 

 

 

(────────()()()()()()()()()()()()…………恐らく、それが輝雄の起源(トラウマ)。彼の過去に何があったのかまでは分からないけど…………先代の巫女を死なせてしまった事で古傷が開いてしまったのね………………)

 

 パチュリーは、輝雄の過去は知らない。十年前の幻想郷で、何があったのかも。しかし自己嫌悪が際限なく湧き上がるその姿は、自暴自棄になり今にも自害しかねない。

 

「死にたい…………代わりに死んでやりたかった…………俺なんかが……! 

(お前)なんかがッ!! 生き残っても!!! 意味ねぇだろうがッ!!! 死ね!! 死んじんまえ!! (お前)なんざ!! 今!! ここで!!! 死ねッッッ!!!」

 

「…………………………」

 

 ────────嶋上輝雄の実力は、最早大妖怪でも手に余る程の領域に達している。

 

 仮にその力が紅魔館に向けば、例え全員かがりでも鏖殺されかね無い。パチュリーは最初に輝雄と出会った際の最悪の予想が実現してしまった事を自覚した。現に、満身創痍のこの状態でも持て余したのだから全快ならどうなるか────────パチュリーをして、その潜在能力は測りかねる。

 

(────────この機を逃せば、多分…………二度と輝雄に()()は着けられないでしょうね…………)

 

 パチュリーは何かを決意した面持ちで結界を解き、パチュリー達と輝雄を遮っていた壁は無くなった。結界が解けても輝雄は(うずくま)りながら呻き、自傷を続けている。

 

「輝雄────────」

 

 それに近づきながらパチュリーは魔力を練り、魔法を行使しようとし────────少しだけ咲夜の目が細まったが、パチュリーは構わず()()()()()を、跪いて、手を添え、輝雄に使う。

 

 

 

「────────()()()()()()()()()()()()()()

 

「────────」

 

 

 

 パチュリーの魔法が、僅かに輝雄の()()()()()()()()()()()。同時に治癒魔法を使い剥がれた爪と、砕けた額も治す。床に視線を落としながら蹲る輝雄を、慈母の如く癒し、優しく語りかける。

 

「今の貴方の悔恨も、貴方の苦悩も…………そして十年前の貴方の、決意も覚悟も、きっと()()()()()()()()()

 後からこうすれば良かった、あぁすれば良かったと、否定的に考えても仕方ないわ

 ────────手落ちはあれど、貴方は()()()はしなかったのでしょう? それこそ死を覚悟する程…………なら、この結末は必然だったのよ」

 

 未だに蹲る輝雄を、母親が子が凍えぬ様に暖める様に、被さり語りかける。

 パチュリーは輝雄の熱さと血の香りを、輝雄はパチュリーの温かさと古書の香りを、お互いがお互いを感じ取る。

 肌を通して伝わるパチュリーの心音が、僅かに輝雄に理性と人間性を蘇らせる。それでも嗚咽混じりに輝雄は、ぽつりぽつり懺悔を続ける。“赦し”では無く、“罰”を求めて。

 

「でも…………でも…………! すくい、たかったんだ……例え……おれの…………独り善がりに過ぎないのだとしても…………!」

 

「…………貴方が────────」

 

 

 

 ────────パチュリー・ノーレッジは、百年以上の時を生きた魔女である。

 

 魔理沙の様な自称魔法使いや、アリス・マーガトロイドの様に後天的に成った魔法使いでは無い、先天的────────生まれながらの魔法使い。

 

 つまり彼女も()()()()()には違いない、ルーミアの様に人喰いの性は無く、レミリアやフランの様に吸血を好む趣味嗜好も無い────────しかし、それでも人としての倫理観や道徳心、社会性といった物は極めて薄い。

 

 魔力で生命代謝を置換する事が出来る彼女は不老長寿、飲食や睡眠は娯楽でしかなく、本人の嗜好も魔導の追求さえ出来ればそれで良く、人間どころか紅魔館の住人以外の妖怪への興味関心もほぼ無いと言っても過言ではない。だが────────

 

 

 

「貴方が────────レイカという博麗の巫女の為に、命を惜しまず、助けようとしたのなら…………貴方は、今ここで死ぬべきじゃないんじゃない?」

 

「…………………………?」

 

 

 

 ────────それでも、なお、パチュリー・ノーレッジは嶋上輝雄を慮った。

 

 本の知識には殆どなく、彼女自身興味が無く、これまでの生涯二の次にしていた人への思いやる心を、拙いながらも、例えそれが────────その場しのぎでしかない励ましでも、パチュリーは輝雄を、確かに慰撫しようとしていた。

 

「十年前の異変…………それが原因で霊夢と先代の巫女に何があったのか……私には分からない…………けどね? 

 ────────きっと、貴方が博麗の巫女を助けようと思ったのと同じ位、貴方は博麗の巫女に思われていた筈よ」

 

「…………………………」

 

 拙い励まし、一体何が輝雄をここまで追い込んだのか、全てに理解が及んでいるわけでは無い。それでも彼女には、彼を捨て置けなかった────────何故、そう思ったのか、彼女自身理解の及ばないまま。

 

「貴方にとって、博麗の巫女が特別だったように。博麗の巫女にとっても貴方は特別だったのよ

 ────────自棄にならないで、もう……それ以上自分を傷付けないで」

 

 暗示の魔法を、更に強める。自傷をさせない為、自害をさせない為。対処療法に過ぎないと、自分にはその根本をどうにも出来ないと、聡明な魔女の理性は気付いていた────────それでも、彼女の感情はそうすべきだと突き動かした。

 

「誰が何と言おうと、貴方はそのままでいいのよ。

 誰かの為に戦えて、本気泣ける貴方、優しい貴方。

 貴方が先代巫女が生きる事を望んだ様に、貴方も誰かに生きる事を望まれている…………少なくとも、私は貴方に死んで欲しいとは思ってないわ。

 ────────それに、博麗の巫女はまだいるでしょう?」

 

「……っ! ……れいむ…………!」

 

 自責の念が和らぎ、パチュリーの言葉に輝雄の瞳に光が灯る。まだやり残したことがあると、この命にはまだ使い(みち)があると、例えそれが歪んでいても────────生きる理由を思い出す。

 

「……………………今は休みなさい。

 ────────私が、貴方を守ってるから」

 

 大切な人を喪った絶望と、まだ生きる理由がある希望が、既に許容量を超えた輝雄の胸中を掻き乱し、行き場の無い慟哭が目から溢れた────────それを優しく手を翳し、他からは見えない様に隠して眠りの魔法をかける。

 

「────────お優しいのですね、パチュリー様」

 

「………………正直な所、自分でもよく分からないわ…………確かに少なからず恩はあるけど…………」

 

 今日の自身の行い、その全てが彼女自身から見たパチュリー・ノーレッジには全てらしく無かった、しかし不快かと言うと、そうでも無い。

 

 彼女は理性では分かっていた、輝雄に紅魔館に敵対出来ない様に暗示や洗脳を掛けるべきだと。ただ、ちぐはぐで消化しきれない何かが、輝雄を見ていると湧き上がり────────そうせずにはいられなかったのだ、彼の弱味に漬け込む様な真似が、どうしても出来なかった。

 

「………………妖怪は、基本的に人間無しでは生きられません。

 だから────────」

 

 背後で成り行きを見守っていた咲夜は、どこか関心した風にパチュリーに声を掛ける。床で眠りに着いた輝雄をベッドの上に魔法で移動させながらパチュリーは横目で咲夜を見る。

 

「────────飽くまで個人的な解釈なのですが、()()()()()()()()()なのでは無いのでしょうか。

 …………妖怪は生来の強大な力故に、人の様な社会は築かない────────故に、妖怪は他者を思い遣らない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。同種すら見殺しにする事も多々ある」

 

「────────何が言いたいのかしら?」

 

 そこに立っていた咲夜は、パチュリーの記憶のどれとも当て嵌まらなかった。さっぱりとした瀟洒な気風は無くなり、そこには────────どろりとした、獲物を見つけた捕食者の様な()()があった。敵意、では無い。殺意ともまるで違う、それが逆にパチュリーには不気味だった。

 

「“生まれながらの長老無し”と言うでしょう? 社会性や他者への思い遣りという物は、人間でさえ初めから備わっている物では無いのですよ。

 ────────妖怪の個として生きていく(さが)は、飽くまで成り行きでしかないのでは? 

 パチュリー様、貴方()きっと────────輝雄から気付かぬ内に多くの物を受け取ったのですよ」

 

「……………………だったら、何だと言うの?」

 

 何故か、じっとりと嫌な空気が流れる。パチュリーの目の前にいる咲夜は清々しい程、微笑んでいるというのに────────パチュリーには、その笑みがまるで八雲紫の様に得体が知れない物を覚えた。

 

「それは勿論、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ────────お嬢様への忠誠に一点の曇りもありませんが、やはり紅魔館は排他的で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()………………」

 

 ────────パチュリーには、咲夜が何を言っているのか分からなかった。しかし、その疑問を咲夜は答える事はなく。仕事があると言い残し、一例の後扉の向こうへと消える。

 

「一体、何だったのよ…………」

 

 客室に残されたのはパチュリーと穏やかに眠る輝雄だけ。静寂に包まれる中パチュリーは彼の容態を見ながら、魔導書を開き椅子に腰をかける。紅魔館では数少ない窓からは、真白い月明かりが差していた。

 

 

 

「………………月が、少し欠けてるわね」

 

 

 

 丁度()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 





『また会えるよね』
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