今回の異変は日常回と混ぜこぜにしやす。
第六十四話 迷わず殺せば上等か?
初夏の香りが流れる七月、文月の時期。雨がいつでも降りそうなジメジメした空気は消え失せ、洗濯物などに気を使わなくてよくなる季節。ついこの間まで冬が続いていたからか幻想郷の人里は田植えなどの行事を手早く行い本格的な夏に向けて準備していた。
「幽々子様、気を付けて下さい。
「ありがとう、妖夢。でも平気よー、少し浮いてるから」
そんな少し慌ただしい人里の人通りを、どこか儚さと浮世離れした雰囲気を纏う従者が連れ添い歩く────────西行寺幽々子と魂魄妖夢だった。
騒がしいわけでも無いのに、その雅な容姿と出で立ちに通行人達の目を惹く。如何に幻想郷が閉じられた異界と言えど流石に皆が皆顔見知りというわけでは無い。特に冥界に住んでいる二人の事を知っている者はそう多くなかった。
「…………何故か人目が集まってますね、やはり
雑踏の生活音に紛れる様に妖夢が小声で話す。それに少しだけ苦笑する様に幽々子は眉を顰めるが、すぐにいつもの調子に戻り妖夢を追い越す様に目的地に歩みを進める。
「それも無くは無いかも知れないわね、でも過ぎた事を気にしても仕方ないわ。
例え私達が加害者側でもね────────いや、加害者だからこそ他の何かでその汚名を返上しないと。いつまでも引き摺って背を曲げてちゃ心まで曲がっちゃうわ」
「そうですか…………しかし、また何で人里まで? 幽々子様が自らお出掛けになるとは…………」
「私は別に出不精じゃないわよ? 出る理由が無いだけで。
それに別に里に用は無いわ、久しぶりに輝雄に会ってみたくなっただけよ」
幽々子は扇子を開け、口元を隠しながら微笑む。まだ陽射しは夏の暑さを帯びてないが、その仕草だけで空気が涼やかになったと思う程に美しく雅だった。
(久しぶりって…………ちょっと前に白玉楼に来てたでしょうに…………それにしても幽々子様が態々出向く理由になるとは、輝雄さん……恐るべし)
妖夢の目にはいつもの様な知的で煙に巻く笑みでは無く、純粋に楽しみにしている微笑に思えた。自身の主人でありながら掴み所が無いと長年感じていたが、もしかすると彼女は初めて主人の人並みな一面を見たかも知れないと内心驚く。
「それにしても里の外れに住んでいるのね…………確かに地位や名声に拘りは無さそうだけど……」
「いっそ白玉楼に住まう様に勧めますか? 飛べるなら別に里での仕事も問題無いでしょうし」
「ん〜……悩ましいわねー。彼が態々私の家まで訪ねて来てくれるのに優越感を感じるから、もう少し今の関係を続けたいわね〜」
(輝雄さんも大変だな………………)
近過ぎずかと言って遠過ぎ無い距離感から、遠距離恋愛の様な楽しみ方をしている主人に妖夢は呆れる物を覚え、この場には居ない青年の前途多難に僅かに憐む────────とは言え彼女は幽々子の味方なので助け舟を出す事は基本的に無いだろうが。
そうこうしている内に人里の田畑が目立つ外れまで着き、目的の一軒家が見えてくる。幽々子にとっては久しぶりに会える思い人、妖夢にとっては色々と思う所がある一言では言い表せない人が住まい。
「輝雄さ〜ん、遊びに来たわよ〜」
幽々子がおはぎ(妖夢作)が入っている重箱を持ちながら、塀からひょこりと顔を出すと────────
「輝雄って赤ちゃんあやすの下手くそだねー」
────ビェエエエエエエエ!!!
「いや……俺が下手ってより知らない奴に抱かれたら、そりゃ嫌がるだろ…………てか、この子さっきからでんでん太鼓でメチャメチャ
────────水色髪の少女と、泣いている赤子を背負いバチボコに叩かれている
「────────────────」
「…………幽々子様?」
「────────────────」
「幽々子様ー…………ハッ!? し、死んでる…………!」
「お前らはお前らで人ん
────────なお、亡霊なので元から死んでいる。
♢
吊るされた青く透き通る風鈴から涼しげな音が軽やかに響く。カラリと乾いた爽やかな風は、開かれた雨戸から居間へと流れ客人と家主達問わず和やかにさせた。
「────────ふぅ…………危ない危ない、危うく
「急に来てびっくりしたぞ、何か用でもあるのか? 幽々子? (…………なんかエロいな)」
「私ちょとお茶淹れてくるねー(なんかエッチだ……!)」
「あ、私手伝いますよ(……妖怪? 多分付喪神ですかね?)」
突然の来訪に驚きながらも輝雄は二人を居間まで招き入れ、小傘は赤子を背負いながら台所に向かい、一人では大変だろうと慮って妖夢もそれに続く。
「一応聞くけど…………あの赤子は
「な訳ねーだろ…………一家揃って風邪ひいちまって、手が空いててあやし上手な小傘にお鉢が回ったんだ。要するにただの近所付き合いの一環だよ」
「へぇー…………上手く馴染めてるのね、その小傘って子」
「だな…………というかお前、自分で持って来たおはぎ自分で食うのかよ。いや良いけどさ、別に」
残された幽々子は重箱のおはぎを
「まぁ何にせよ良かったわ、略奪愛にならなくて。平安時代じゃあるまいし、その辺のドロドロしたのは好みじゃないもの」
「諦めるって選択はないのか」
「そこで簡単に諦められるようなら、人はもっと幸せに生きれるのでしょうね…………どちらかと言えば、貴方も諦められない側の人間でしょう?」
「………………かもな」
その言葉に、輝雄は何を思い返したのか顔が陰る。此処ではない遠い何処かを眺める瞳、濁った血の様な赤銅色の瞳はいつも以上に濁る。まるで生気を宿さないその様子は輝雄の方が亡霊の様ですらあった。仄暗く、後めたさの様な物を覚えたその表情に幽々子は確信する。
「────────何か、あったのね?」
「…………どうしてそう思う」
「分かるわよ。他ならぬ貴方の変化なら」
「…………俺は、俺が思っている以上に、弱くて愚かだった。それでもいいと、思っていたのは………………馬鹿馬鹿しく、幼く痩せた見栄だった────────そう、思い知っただけだよ…………」
幽々子の賢者もかくやという知性を宿した視線に、半ば降参する形で白状する。抽象的な表現ではあったが、だがらこそ嘘偽りの無い彼の挫折を幽々子は感じ取る。まだ明るい昼前、縁側から差し込む暖かな陽射しは輝雄迄は届かず、さながら彼が日陰者である事を示しているかの様だ。
「…………少し見ない間にまた強くなったかと思ったのだけど、どうもそんな簡単な話じゃないみたいね…………話してくれる?」
「…………聞いてどうする」
「さぁ? 聞いてみない事にはなんとも…………言いたくないの?」
「…………一つ、先に聞きたい」
「何?」
「…………冥界に、
「んー…………? 私が知る限り居ないわね、知り合いなの?」
「…………先代の博麗の巫女だ」
「…………!」
────────輝雄は、少しずつ話し出す。少し前に紅魔館で魔法の暴走により時を遡った事、十年前の幻想郷で博麗の親子と会った事、吸血鬼を鏖殺し尽くした事、ルーミアに襲われ………………幽々子は、その全てを黙って聞いていた。項垂れながら話す輝雄を見つめる目が僅かに憂いを帯びていたが、彼にはそれに気付く余裕は無かった。
輝雄は、パチュリーの魔法により自暴自棄を止められた。しかしそれは一時的な対処療法に過ぎない、彼の中には未だに妖怪と幻想郷への憎悪は燻り続けていた────────果たして、
「────────で…………まぁ、紅魔館の皆には悪い事をした。
…………けどさ、人間が妖怪を殺そうとする事自体は自然な事だろ?
そもそもこの幻想郷が人の犠牲を前提で成り立っているんだから…………
────────
「……………………」
傲慢な思い上がりかも知れない。強くなれた事による弊害かも知れない。世の不条理と不平等を当たり前と受け入れ切れない、所詮ガキの駄々かも知れない。
だが────────そこには確かに、力を持たない、弱き人達を思う心があった。
「────────俺はいいさ、
でも幻想郷の多くの人々にはそんな選択肢すら無かった、外来人に至っては交通事故以上に
なんせ知らん間に迷い込んでいきなり妖怪に頭からバリバリ喰われるんだから…………そして、弔われる事すら無く無縁塚で
「…………そうね。きっと、貴方の義憤は正しい。
────────けど、同時に貴方は理解している。
幻想郷を否定する、人が築く未来を良しとする、
「………………」
────────輝雄が、紅魔館から帰って来た夜の事。
輝雄は胸中に渦巻く二律背反に悩んでいた、良くも悪くもパチュリーの魔法は輝雄の意志を捻じ曲げるまでは行っていない────────故に、その時の輝雄には妖怪という種に対する憎悪が、また再燃しかけていた。
パチュリーの魔法によって眠りに着いた輝雄だが、霊郁が死んだばかりで昂ぶり荒ぶる気が彼の睡眠を妨げた。折角の咲夜の料理にすら手を付けず静止を振り切り紅魔館を飛び出た。そして、それ以上に居心地の悪さもあったのかも知れない、彼女達の好意に対して彼は何も返せない事に。
『────────小傘は、起きているのか…………?』
夜は妖怪の時間とは言え昼間には鍛冶屋の仕事やベビーシッターなど、かなり多岐に渡り活躍している小傘は夜は就寝している事が多い。例え正攻法でも、小傘となら億回戦っても億回勝てる────────寝込みならまず間違いなく自身が勝つ、確実に殺せる。
『………………俺は…………………………何が…………したいんだろうな…………』
寝込みを襲うという卑劣極まりない所業、過去の出来事とは無関係の小傘、妖怪であるというだけで殺戮するこの行いに果たして義はあるのか、先代の博麗の巫女に護られていながら感謝すらせず忘却している里の者たちに心を寄せ切れない心情────────彼は、迷っていた。人にも妖にも心を寄せ切れず、その無念すら煮え切っていなかった。
『……………………人の、味方を、するなら…………妖怪に肩入れすべきじゃない………………』
それは結論というより、自分自身に言い聞かせている様だった。いや実際にそうなのだろう、普段の輝雄ならそうすべきと思ったなら自身の命すら顧みず石に齧りついても実行するのだから。
『………………』
“ただいま”の一言すら無く、静かに戸を開ける。玄関から直通の廊下を完全な無音で歩き居間に出ると────────
『────────わっ! ビックリした! いつ帰ってたの?』
『……………………』
────────小傘が起きていた。ちゃぶ台には簡単な食事が並んでいる。今まさに作りたてなのだろう、湯気が立ち昇っている。
『…………まだ、起きてたのか………………これから飯か…………』
『……? ううん、違うよ?』
何故か小傘は不思議そうに少し首を傾げ、さも当然の様に答える。
『────────さっきさ、紅魔館の…………多分、レミリアさんがね。使い魔の蝙蝠を寄越して輝雄がお腹空かしてるだろうから何か作ってあげなさいって…………だから、はい! お夜食作ったよ!』
『────────────────』
夜遅く、日中の仕事疲れもあるだろうに、作り置きでは無く帰って来るまで待ち続け。温かい食事を用意しておく、一般的な家庭に生まれ育った人間ならば、少なからず親から同じ様な無償の施しを受けただろうが────────それは、輝雄にとってもう遠い昔に忘れ去った、久しい暖かみだった。
『…………どうしたの? 食べないの?』
『────────ありが、とう…………頂きます……食器は自分で洗うから、先に寝ててくれ』
『そう? じゃあ私明日も早いから〜。おやすみー!』
小傘はそのまま自室まで行き、輝雄は一人居間に残された。暫く立ったまま生気を宿さない眼差しで夜食を見つめていたが、何を感じたのか手を付け始める。
『………………………………いただきます』
────────やけに味噌汁がしょっぱかったのが、印象に残った。
「────────出来なかったんでしょう? しなかったのでは無く、出来たのに貴方はその手段を自ら良しとはしなかった」
「…………どうしてそう思う? ただ、機を見計らっているだけかも知れないぞ?」
「蛙の反撃を恐れる蛇はいないわ、逃げられる事はあってもその力量は、捕食者と被食者という立場は覆らない…………小細工なんて要らないでしょ? あの子を殺すのに。
最早、貴方の相手は大妖怪や位の高い神でもなければ相手にならないでしょうね」
思考の海に沈んでいた輝雄が、何を考えていたのか見抜いていたのだろうか。幽々子は的確に言い当てる、それだけで無く輝雄のその心情すら。
「貴方は踏み躙られる苦痛を知っている、頼れる人が居ない苦悩を知っている。
────────だから例え妖怪と言えど、彼女の様に平和に生きたいだけの子は殺せない。きっと貴方は、
西行寺幽々子は断言する、例えこの先どんな道を選ぼうと嶋上輝雄が弱者を虐げる様な真似だけはしないと。見方によっては幽々子の決め付けにも等しい指摘だったが、何故か輝雄には否定出来なかった。
「俺には…………人も救えなけりゃ、妖怪も殺せないと?」
「そうは言ってないわ…………ただ、貴方はまだ答えを決めかねている。
人に寄り添いきれない貴方、だからと言って妖を殺し切れない貴方…………それは傲慢にも思えるかも知れないけど、私は優しいと思うわ」
いつの間にか対面に座っていた幽々子は輝雄の背後に回り、そっと背中から抱き締める。亡霊と言えど肉体があるからか服越しに感じる体温が暖かく、僅かに輝雄の沈んだ精神が戻る。
「────────どちらを答えにするかは、これから貴方が選ぶのよ」
人を護ろうとする意志に従うのか、妖の人を貶めようとする本能を認め妥協するのか。幻想郷の在り方を、
「…………とりあえず、廊下で出歯亀してるつもりのムッツリ共、さっさと茶を持って来い」
「「ム、ムッツリじゃないよ/です!!」」
幽々子の言葉を頭の中で反芻しながらも、廊下から居間の二人を伺っていた妖夢と小傘に催促する。どうやら輝雄と幽々子の雰囲気から入り辛いものを感じていたらしい。少しだけ気不味そうに入り、溢さない様に幽々子に茶と煎餅を差し出す。
「どうぞ、粗茶ですが」
「ありがとう〜…………ねぇ? 貴方はいつぐらいから輝雄の処に?」
「え? うーん…………割とつい最近かなぁ? 雪が止んだ後に拾われて以来、ここに住まわせてもらってる」
「…………そう」
小傘から差し出されたお茶とお茶請けに手を付けながら幽々子は微笑む────────様に見えるが、薄められた瞳は明らかに小傘を品定めしていた。輝雄だけがそれに気付いていたが、特に何かしようとしている訳では無いらしいので、そのままにする事にした。
「ごめーん、輝雄。私ちょっと赤ちゃん見てないといけないからさぁ…………」
「あぁ、気にすんな。行ってこい、幽々子も別に良いだろ?」
「あら、だったら妖夢も手伝って上げなさい。将来的に必要になるわよー」
「幽々子様は何処まで何を見据えてるんですか…………」
やや申し訳無さそうにしていた小傘だが輝雄も幽々子も心良く送り出す、そして何故か妖夢まで子守りを任される事なり隣の部屋へと消えて行く。
また残された輝雄は静かに茶を飲み、遠くから聞こえて来た蝉の声に懐かしさを感じながら、幽々子の言葉を想う────────自分は一体、どちらに偏るのか。そしてその答えを選んだ時、何を行うのか。
「俺が、人を救う道を選んだら。お前の
輝雄には幽々子がそんな事にも気付いていないとは考えにくかったが、それでも確かめずには居られなかった。幽々子が
はっきり言って輝雄が春雪異変で生き残ったのは偶然でしか無かった、彼はあの時、本気で
「願わくば、来て欲しくないわね、その未来は」
────二人の耳朶に、やけに蝉時雨が響いた。
追記:咲夜の料理は美鈴が食いました。
美鈴「美味すぎる!!!」
咲夜「……………………(無言の笑顔)」
レミリア「知ーらねっと⭐︎」