場面転換多いけど、時間にズレはほぼありません。
「────────あぁもう!! 何処いったのよ!?
上空から人里を含めた周辺を霊夢は飛び回るが、目的の人物は全く見当たらない────────どころか、気配の一切がまるで無い。物陰に隠れているのかと建物の屋根スレスレで飛び交っても同じ事だった。
(おかしい…………明らかにおかしいでしょ!? 霊力を遮断して気配を殺して逃げたんだとしてもこの辺りは拓けてる! 空からなら、輝雄の姿くらい絶対に見つかる! 能力や術式で隠れてるなら霊気とか痕跡が残る筈!
────────
幸い人里の人間達は宴会に夢中で霊夢の事はさして怪しんでいない。その為低空飛行しても霊夢が止められたり咎められたりはしないが、もしも走ったり隠れたりしている輝雄が居れば、そちらに人の注意が向く────────しかし誰もそんな様子は見せない。
「…………人混みに紛れたわけでも無い? なら空間移動の類い? いつの間にそんな高度な術を────────!」
低空を飛び交いながら周囲を見渡していると、突如として霊夢は頸に静電気が走るのを感じた。それは自分が危険な目にあった時、不正解の道筋を選んだ時などに起こる────────未来予知染みた博麗の勘。
「…………何? 今、私忙しいんだけど?」
勘を疑う事なく急加速すると、今し方居た場所にナイフが素早く通り過ぎる。更に飛んできた方向に向き直ると大量の弾幕とナイフの壁が迫ってくる。霊夢はその全てを躱わしお祓い棒で薙ぎ払い、満月を背負った下手人を睨む。
「────────忙しい? その割にはあちこちフラフラしてる様だけど?」
下手人は────────十六夜咲夜は、不敵に笑いながらナイフを大腿部のホルスターから抜き取り構える。珍しい銀髪は月光を照り返し美しく輝き、細められた眼は扇情的に、されど揺るがない意志が込められていた。
「…………何? やる気? だったら用事が終わった後で────────」
「────────輝雄を捜してるんでしょう?」
「…………!」
霊夢の言葉は遮られ、同時に核心を見抜かれた。その図星を突かれた表情に咲夜は薄く笑み、喉をくつくつ鳴らしながら笑いを押し殺す。まるで可笑しくて堪らないと言わんばかりに。咲夜の様子に霊夢は苛立ちを隠さず、勢い良く空を切りお祓い棒を向ける。
「だったら…………何よ」
「邪魔しに来たのよ」
「────────何故?」
「お嬢様の命令だから私には図りかねるけど…………まぁ恐らく、輝雄が戦った方が面白いからと思ったのでしょうね」
「…………そんな理由で、平和に暮らしたいアイツを戦いに駆り立てるの?
咲夜!? アンタ仮にも春雪異変の時には輝雄を助けようとしてたじゃない!?」
「…………」
牙を剝き出しに、勢いのまま怒鳴り散らす霊夢を────────咲夜はただ冷ややかな瞳で見ていた。まるで、
「…………まさか、彼が戦いに駆り立てられているのは
「はぁ? この状況で
「…………そう、報われないのね。
咲夜は、
吸血鬼異変、十年前の出来事、本来ならば誰にも知られることの無い、誰にも語られる事の無い孤独な戦い────────何一つ護れず、約束を果たせなかったある男の悲劇。
ある意味では幻想郷では普遍的とすら言える出来事、しかし────────否、だからこそ、その男にどれだけの
「私は…………正直な所、人間や妖怪や幻想郷の在り方云々なんてどうでも良いのだけど…………決めたわ────────」
彼女は不敵に笑う。それは面白半分で行う悪戯などでは無い、主の命令だからでも無い。ある種の苛立ちにも似た、鬱屈した────────
「────────貴女がどれだけ恵まれているか、それに気付くまで邪魔するとしましょう」
「…………ドイツもコイツも、人の話聞かないヤツばっかりね!!」
「ふふ、自分は違うとでも?」
────────自分が彼の
♢
「萃香はもう戦い始めてる頃かしら…………?」
幻想郷全体を見渡せる上空、月光を浴びながら雲の切れ間から八雲紫は俯瞰する。全ての流れを、異変の行き先を、巫女とメイドの諍いを────────時代錯誤も甚だしい鬼退治を。
「…………紫様、本当に介入するのですか?」
「藍、何が言いたいのかしら?」
背後に控えていた式神の従者がやや不安げに、そして疑惑を混ぜながら自身の主に問い掛ける。普段なら紫の命令に
「一対一で小細工抜きの闘いを好む種族、鬼。しかも、あの伊吹萃香様…………邪魔立てすれば如何に知己の紫と言えども────────」
「手脚の二、三本くらい喰い千切られるかも知れないわね
それでもよ。この好機、逃す手はないわ」
自身の従者の不安を肯定しながらも、八雲紫は強行手段を変えるつもりは無かった。最早手段は選んでいられない、確実に嶋上輝雄を仕留める。その為に『幻想郷のパワーバランスを保つ為、伊吹萃香を死なせる訳にはいかなかった』という
(…………紫様は、何故そこまで嶋上輝雄に拘るのだ?)
遥か上空から、雲の下の闘いを極力気配を消しながら様子を伺っている主人の背を見て八雲藍は思う。自身の主が掴み所がなく、何を考えているのか分からないのは────────褒められた事では無いが、いつもの事だった。藍すら及ばない神算鬼謀、そんな不可解こそが八雲紫であるといっても過言では無い。
しかし一人の人間に対してここまで関心を抱いているのは、藍にとってそれ以上に不可解だった。
「────…………私が、嶋上輝雄に拘るのが不思議?」
「────────! いえ、そんな事は……!」
「別に誤魔化さなくてもいいわよ…………単純な事、あの男は決して幻想郷の在り方に馴染まないからよ」
藍の表情を伺う事なくその心中を言い当てる、実力もさることながら八雲紫の真価はその頭脳にある。藍が千年以上生きている妖狐であっても、彼女からすれば足元に及ばない程度の存在。
(────────にも関わらず、紫様が持て余す
そう、ここが
(紅霧異変で吸血鬼と渡り合い、西行妖を討伐した嶋上輝雄と言えど、萃香様と全力で戦えば消耗し必ず隙が生じる! チャンスは一度切り…………確実に仕留める!!!)
その必ず出来る隙を、一度で一撃で、心臓を潰し首と胴を切り離す。如何に人間離れしていようともそれは飽くまで比喩、嶋上輝雄は人間には違い無い。妖怪の様に条件さえ整えば復活するなんて事は有り得ない。
五体をバラバラにされればどんな治癒の術を治めていようと絶対に死ぬ。来たる機会に備えて集中する藍に────────
「…………何か、用かしら」
「…………え?」
────────主である紫が不明瞭に呟き、下に向けて居た筈の顔を藍の方に向けた。その様子に唯ならぬ雰囲気に感化された藍は神経が不測の事態に備え張り詰め、その緊張を笑う様に穏やかな声が背後から聞こえてきた。
「こんばんわ〜紫。良い月ねぇ、お酒でも一緒にどうかしら?」
「幽々子様…………!」
振り返ると、そこには水色を基調とした雅な着物を着た亡霊が────────西行寺幽々子が居た。嫋やかでありながら、真意を掴ませない笑みは紫に近しい雰囲気があった。彼女も長い付き合いにはなるが、生真面目な藍はいつも揶揄われ手玉に取られる事から少し苦手意識があった。
「…………申し訳ありません、幽々子様。只今私達は忙しいのです、酒盛りなら後で────────」
「────────嫌ねぇ、人生はもっと余裕を持って生きていかなくちゃ。良い月があるのに好きなお酒を呑む事を後回しにする用事って何かしら」
「…………それは」
藍は言い淀む、まさか西行寺幽々子が懇意にしている相手の暗殺を目論んでいる真っ最中とは言えない。しかしだからと言って下手な誤魔化しは絶対に通じない。亡霊であるからか、掴み所が無い割に彼女はかなり強かで執着心が強い。特に今は西行妖の呪縛が無くなり、輝雄が亡霊として成立している未練だと言う────────幽々子は、絶対に妥協しない。
「────────折角の御祭り騒ぎに、まさか悪巧みかしら。幾ら何でも不粋じゃないかしら?」
僅かに視線を泳がせた藍に、幽々子の薄められた眼からジットリとした湿度混じりの視線が突き刺さった。優雅な立ち振舞いでありながら、鋭く目敏く藍と紫の真意の見抜いていた。蛇に睨まれた蛙の様な心地に息が詰まり、藍は思わず自身の主を横目で見てしまう。
「…………辞めましょうか、拉致が開かないわ」
「紫様…………」
退屈そうにその様子を眺めていた紫は、話を打ち切るといった風に小気味良く扇子を閉じた。こうなった以上、幽々子は引かないと判断して力尽くで排除すれば輝雄にも気付かれるからだ。藍は主の思考と判断を後追いして、企みは不発に終わった事を悟る。二人が大人しく退く事を察した幽々子も不穏な気迫を抑え、いつもの柔和な微笑みに戻った。
「…………それで良いのよ。彼も彼女も、そんな事は望んでいないのだから」
「…………ねぇ? 幽々子? 貴女は輝雄の事が好きなら能力で殺して自分の物にしようとは思わないの?」
生前の記憶を取り戻しても死後の記憶が無くなったわけでは無い、紫の知る幽々子ならば自分の欲しい物ならば多少強引に手に入れようとしても不思議では無い────────それこそ殺人への忌避などと言う、如何にも人らしい感性も極めて薄い筈だ。彼女の能力を用いれば輝雄の魂を輪廻の輪から外して、未来永劫自分の物にするなど容易い事だ。
「…………紫って頭は
「むっ…………」
ともすれば侮蔑とも取られかねない
「桜吹雪が見たいからって、態と散らすなんて不粋極まりないわ。
森羅万象、万物流転、移ろい変わりゆくその過程を楽しみましょう」
のらりくらりと掴みどころなく、彷徨わない恋する亡霊姫は薄く微笑んだ。
♢
彼女が拳を振るった────────周囲の大地が盛り上がり、小さな盆地が出来た。
「ククク────────」
彼が脚を薙いだ────────数十年は生きただろう大木が数十本一気に削がれた。
「ケヒヒ────────」
真夏にも関わらず真白い月光の下、常人が見れば臓腑が凍り付くような破壊が繰り広げられている。互いの一挙手一投足で永い時間を掛けて彩られた自然は、まるで砂上の楼閣の様に崩されてゆく。木々は塵芥の如く、地盤は砕けひっくり返り、時折り天に昇る龍が如く炎が周囲一帯をのたうち回る。
────────それは小規模とはいえ、正に天変地異だった。
「────────酒呑ッ童子ィィイッッッ!!」
「────────来ぉい!!! 輝雄ォオ!!」
乱杭歯を剥き出しに鏡合わせで鬼と人が砲弾すら生温い勢いを伴い、護りの一切を捨てた拳がぶつかり合う。常人ならば人の拳が豆腐の様に木っ端微塵になり、次の瞬間には頭蓋も同じ運命を辿るだろう。
「────────ッ!?」
「オオオォォォッッ!!!」
しかし、今宵鬼の首魁が一騎討ちに誘った相手は
衝突した拳は音を後に置いて、肉眼に写る程はっきりとした衝撃波を生じさせた。一瞬よりも僅かな一時、均衡した拳は────────人間が鬼の拳を砕き顔面を殴り抜いた。
「ッッッラァァァァアアア!!!!!」
見た目が童女である事などお構い無し、明らかに殺す腹積りで全力で振り抜かれた拳は深々と鬼の面に突き刺さり、地面に弾き飛ばされた萃香はモーセの奇跡の様に土砂を大波の如く巻き上がらせる。
萃香はそのまま盛大に地盤を砕きながら滑ってゆく。勢いを殺そうと、無理矢理地面に爪を立てて、反撃に出ようとするが輝雄の攻勢は止まらない。霊力や妖力とは違う、腐敗臭を思わせる怖気を萃香は感じ取った。
(────────!? この気配、怨霊!? いや妖刀か!!!)
体勢を立て直そうとする僅かな硬直。怒涛の勢いで巻き上がる粉塵の影から、音も無く先回りした輝雄が無声のまま死角から萃香の頸を刎ねにかかる。半ば勘を頼りに刀身が通るであろう位置から首を下げると同時に────────怨を纏った白銀が一閃。
「いい太刀だねぇ……幾ら鬼でも痛いじゃ済まなさそうだ。
────────でもそれじゃ不意は打てないよ!!!」
(────────霊力は絶っていた! 残華の呪力を気取られたか!)
空振った太刀を引き戻すより事よりも、体勢を立て直していない萃香に対して追撃を加える。輝雄は瞬時にその選択をし、そのまま太刀を投げ捨て左拳の中段突き────────に見せかけた肘鉄の発勁を胸部に叩き込む。
直前でピタリと止まった拳に一拍遅れて萃香に撃ち込まれた肘打ちは、豪雷の如く轟き反作用で輝雄の足元を木っ端微塵に砕く、例え妖怪であろうと内部が炸裂し口から内臓がまろび出で即死する────────
「────────ゥヴヴヴォエ!!! イ………………ッタイねぇ!?」
(────────何だこの手応え? 浅い? いや、完璧に入った筈…………
────────筈が、萃香の臓腑も骨肉も細切れになる事はなく。ただ仰け反り口の端から僅かに血を滴らせるに留まった。必殺の一撃は寧ろ鬼の闘争心に油を注いだだけだった。紙や木や岩、妖怪などに試した事は数あれど得体の知れない手応えに警戒心が上がる。
「臓腑がでんぐり返ったみたいだ…………くくく、それが噂に名高い大陸の“しんとうけい”って奴かい?」
「…………
(やっぱりほぼ効いてない…………鬼としての頑強さだけが理由じゃないな、何をした?)」
戦い始めてまだ僅か数分、されど輝雄は相手の力量と頑強さは既に完全に把握していた。その上で良くて致命、悪くて即死の一撃を放ち当てた筈だった。だが予想と外れたその結果に、ただの脳筋では無いと認識を改めて少し距離を取ろうとするが────
「何処に行く気だい? 今度は私の番だろう!?」
「なっ────────ぶッッッ!?」
────しかし萃香はそれを許さない、輝雄は瞬きすらしていなかったにも関わらず、
懐に潜り込んで来た萃香に反応が一瞬遅れてしまう、どんな小さな初動も見落さない美鈴から教わった武の心得が逆に仇となる。萃香の砕いた筈の拳はいつの間にか再生しており、今度は輝雄の身体がくの字に折れ曲がる程、腹筋に深くめり込んだ。
(速い! さっきの攻防よりも数段!! しかもこの一撃!! 内部まで嫌に深く食い込みやがる……!)
霊力により防御こそ間に合うが威力は殺せず、上へと振り抜かれた拳はそのまま輝雄を雲の上まで吹き飛ばす。喉から迫り上がる鉄臭い物を気合いで抑え、上昇気流の様に吹き荒ぶ妖気に備える。手の中に焔を閉じ込めた極小サイズの結界を作り出すが。
「へぇ! 案外器用な真似も出来るんだね!」
(────────
何故か、先に上空に飛ばされた筈の輝雄よりも上に萃香がいた。術が完成するよりも素早く萃香の両拳を合わせた鉄槌が振り下ろされる。武の虚実も何も無い、愚直に馬鹿正直に全身全霊で振り下ろされたプロレスで言うところのダブルスレッジハンマーは────────防御力が強化された上で、輝雄の両腕を砕いた。
「ぐっがッッッ!!?」
骨伝導を通して硬質な物が複数本盛大に砕けたのを感じ取り、夏にも関わらず冷や汗が噴き出す。上昇した数千メートルを今度は半秒とかけずに真っ直ぐに急降下してゆく、あまりの勢いに着陸の体勢すら取れないまま森に吸い込まれ、隕石染みた墜落でまた地形が大きく変わってしまう。
「…………死んでないね。あの腕じゃあ、受け身は取れなかっただろうに」
妖怪であっても同じ事をされれば挽肉になる、その事実を認識した上で萃香は霊力の流れから輝雄が死んでいない事を確信して、直ぐに後を追う。視界が効かない粉塵の中に吸い込まれる様に飛び込む、予想通り輝雄が落下しただろうクレーターの中心には死体は愚か、爆散した血肉の一片も無かった。
「おーい、何処だい? 輝雄? 今したいのは殴り合いで隠れ鬼じゃないんだよねぇ」
喜色満面で嬉しそうな感情を隠さないまま萃香は呼びかける。彼女は自分の攻撃で死んでいない事にも、逆に相手の攻撃で傷つけられた事も不快には思っていなかった。そして同時に輝雄が逃げていない事も確信していた。風は凪いでいる夜中、月明かりも遮られた空間で静かに鬼はただ待つ。
(────高出力の霊力! 来たね!)
背後から突如噴き出す力の本流、鬼は機敏に反応する。振り返った時にはほぼ無傷の大男が眼前に迫っていた。その事実に疑問すら感じず反射的に出した拳は肘で砕かれる、膝を砕きにかかる下段蹴りは起発に割り込まれ不発に終わる。
至近距離の真正面からの殴り合い、明らかに人間にとって不利な状況の筈が形勢は人間へと傾いていた。突風すら起こし瞬きすら許さない鬼の拳を優雅さすら感じさせる余裕を湛え、輝雄は丁寧に松風、天突、村雨、雁下、水月、章門、電光、人中────────急所という急所に撃ち込む。
「ッ…………! ハハハッ!! いいねいいね最高だねぇ!! アンタ良いよ最高だよ嶋上輝雄ォ!!!」
「────そうか死ね」
即死しても可笑しくない苦痛に、喜び身震いする萃香とは対照的に鋭く冷ややかな視線で鬼の剛拳を捌き、同時に予め仕掛けていた術式を彼が発動させる。自身の土俵である筈の肉弾戦で後れを取っていた萃香は躍起になっていた為か、本来気付けていた筈の術の起こりを逃してしまう。
背後から軽い物が割れた音がした直後、振り返った萃香は見た────────明らかに輝雄自身も呑み込む濁流の様な焔を。
それは丁度燻った火種を水面に落とす音に近かった、二人を呑み込んで余りある火力は術の起点となった場所から直線状にゴッソリと焼き払った。青々と生い茂っていた木々は跡形も無く蒸発し、範囲ギリギリの位置にあった葉や枝は切り取られた様に綺麗に焼却面が残っている────────生き物を焼くには明らかに過剰火力。
「…………ぶはっ! マジかアンタ! 自爆する!? こんな初っ端からさ?」
「別に自棄を起こした訳じゃない。自分の術式、自分の霊力、それに俺は元から熱や炎に耐性がある。ダメージは俺の方が軽く済む」
しかし当の本人はこれといって大した被害も無くケロリとしている、精々服の端が少し焼けた程度だ。萃香に術を悟らせない為に結界の類を自分には張れなかった、それでも輝雄は地面が溶ける数千度の熱も平然としていた。
(────────でも
輝雄の焔には対魔の効力がある、博麗霊夢の陰陽玉や夢想封印と同じ様に妖怪に対して概念的に特攻が働く。この焔に焼かれた妖怪は妖力まで浄化され、魂は無垢に変えられ、妖怪として死ぬ。
輝雄の異常な程の憎悪や敵意から来るものか、はたまた別の理由か。兎にも角にも、この焔に焼かれ復活した妖怪は今のところいない。
「アチチ…………私も火には強い筈なんだけどね。いやー危ない危ない」
煙が徐々に晴れてゆき萃香もその姿を現す。軽口を叩いていた時点で彼は半ば察していたが、萃香の肌は潤いある通常の状態で火傷や溶解した様子は全く無い。
輝雄はかつてのルーミアや吸血鬼の様な超再生を考えるが、それすら阻害する筈と訝しみ────
「…………!」
────気付く、彼女の周囲の地面も僅かに生焼け状態になっている事に。さながらそこだけ火が避けたかの様だった。
(…………結界か? いや、即席で張れる強度なら焼却出来る。それに完全に遮った訳じゃないみたいだ…………まるで奴の周囲だけ炎の密度が薄まったみたいな────────!)
「…………気付いたみたいだね」
彼は思い出す、人里で漂っていた妖気を。何故か気配は何処にでもあるのに妖怪の姿は見えない不可思議を。あの現象と今のこの状況が、
「────────収束と発散…………? いや、もっとシンプルに密度を操る能力か?」
「────────正ッ解ッ!
より正確に言うなら“
私は自分の密度以外にも、この能力の応用で指定した方向に物質や気分を寄せられるのさ」
「…………察するに、人里の人達は宴会がしたい陽気な気分に寄せられて、自分は逆に
「中々理解が早いね…………で? アンタの腕が治ってるのはどういう理屈?」
「さぁな? 腕なんて砕けてなかったのかもよ?」
「ハハハッ…………このホラ吹きが」
瓢箪の酒を煽り伊吹萃香は自慢気に語る、手の内を隠そうとする輝雄とは対照的にただただこの時間を楽しんでいるのが分かる。地形が粉々に、焼き尽くされ、森が歪に消え去りながら、お互いにまだ消耗らしい消耗は無い。
(やっぱ、かなりの武芸者だね。力は拮抗してても技で上回られてる…………今までもその手の武道家とはやり合った事は有るけど、コイツ程の使い手はいなかった……!)
輝雄に撃たれた箇所が、五寸釘を打ち込まれたが如く骨と内臓に痛覚が残留する。東洋の鬼は純粋な吸血鬼程再生力に秀でてはいない。
しかし、萃香は砕けた箇所を素早く収束と発散する事で壊れた肉体を再構築していた。人間と違い妖力や精神に依存している妖怪であるが故に、肉体の再生は人間より容易く効率的に行える。
(────────でも、人間である輝雄はそうじゃない。闘えば闘う程、霊力も集中力もどんどん削れていく。例え術や能力で回復出来るのだとしても、それは永遠無限じゃない…………必ずどこかで追い付かなくなる!!)
術で治せるのは飽く迄も怪我による故障であって、消耗や疲労では無い。霊力も集中力も有限である以上、回復効率は戦闘中毎秒ごとに落ちてゆく。そして萃香の方が治す効率が上であるなら付かず離れずの長期戦に持ち込めば勝利は固い。
(でもそれは、雑魚のやり方だ。
そんな不細工な勝ち方、願い下げだね)
己の強さに自負があるからこそ、敢えて断じる。
妖怪の驕りでは無く、鬼の誇りであるのならば。
鬼には、強者には強者の闘い方という物がある。
人間相手に血湧き肉躍る死闘を渇望していた、ならば────────
「火力を上げな! 見せてやるよ! 鬼の本領を!!!」
「────────いいぜ、ついでに火葬もしてやるよ」
────────全身全霊、全力時の嶋上輝雄を屠るのが筋というもの。
新作ゲームが出たら著しく投稿頻度が落ちる作者です。
これからもよろしくお願いします(外道)。