モテる主人公はお好きですか?
作者は普通。
「決戦の時が近いな………………」
「あぁ、よく分かんないけどもう喋らなくていいぞ」
「行くぞ輝雄、好感度の調整は十分か?」
「黙れ雑種、理想を抱いて溺死しろ」
普段は気怠げな中高生達は、今日この日に限っては浮き足立っている。朝から交わされる会話は男子同士では“いくつ貰った? ”とか、一人の人は下駄箱や机の引き出しを隈無く探し、その結果に肩を落とす。
女子達は互いに誰に渡すか話し合って、そして水面下ではお互いに蹴落とし合い牽制しあうドロドロでグチャグチャな黒い心理戦が繰り広げられる。通学路の途中だというのに、もう雰囲気が違う。
まだ寒気が吹き荒ぶ季節、冬休みはとうに終わり学校が始まっている────────そして今日は二月十四日、そうバレンタインである。
私の視線の先百メートル程先には同級生なのか、珍しく私以外と登校している先輩がいた。知り合ってもうそろそろ一年が経つ、彼の背も少し伸びてる様で遠目でも分かりやすい。
同級生らしいやや短めの茶髪でヤンチャそうな顔つきの男子が“ついて来れるか、じゃねぇ! テメェの方こそついて来やがれ────! ”とどこかで聞いた覚えのある事を言いながら先輩を追い抜き学校へ走り出す、それを先輩は“おい、その先は地獄だぞ”と追いかける。いやルートごっちゃごちゃ、しかもさっきまで金ピカ王だったのに。ていうか先輩無駄にノリいいですね。
だが、走り出す理由がどんなに下らなくとも、その嘘偽りの無い躍動だけは認めなくてはならない。だって私は、今日────────
「ふふふ、先輩…………覚悟はいいですか? 今日貴方は、この先一生私に対して頭が上がらなくなりますからね……」
────────懐に忍ばせている手作りのチョコを渡すのだから!!!!!
どーせ先輩は親からしか…………いや親からすら貰えない寂しい人に違いないので、世界一可愛い後輩であり現役の巫女がそれとなーくプライスレスな感情とか込めて作ったこのチョコを!!! あげるのだ!!! 無償で!!!
(ふふふ、家庭料理とは違って苦戦した上に、味見役を頼んだ御二方に“もう十年はチョコを口にしたくない”と死んだ魚みたいな目をさせてしまいましたが────────そんな事は瑣末ごとぉ!!! 嶋上輝雄!!! 喰らえ!!! 我がチョコを!!! そして平伏せ!!! 天上天下唯我独尊後輩巫女最高と崇めるがいい!!!)
先輩の度肝を抜けると思うと無意識に笑みが溢れる、どういうシチュエーションで渡そうか。敢えて人前で渡してやろうかな? そんな事を考えながら私も予鈴が鳴らない内に正門を潜り、何となくさっきの二人がいるであろう二年生の下駄箱の方を見てみると。
「そんな…………嘘だろ!? 上履き以外、何も無い…………だと!?」
「いやそれが普通なんだよ…………正直、下駄箱に入ってた物食べるのって衛生的にどうなんだろ………………」
「とか言いながら何ちゃっかり早速チョコ一個ゲットしてんだお前ぇ!!! しかも手作りっぽいじゃん! 可愛くラッピングされてんじゃん!」
「どうせなら市販の高い奴が良かった」
「お前今殺されても文句言えないよ??? マジで???」
血の涙を流しながら打ちひしがれている先輩の同級生と、下駄箱に入っていたらしいチョコを片手に持っている先輩が居た………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?
♢
ビークール、落ち着け私、焦らない。紀元前より連綿と続く巫女は焦らない!
そうだった、あの人以外とモテるんだった。朝早くから下駄箱というある種の王道的手段でチョコを渡されるとは…………一年生の下駄箱の前で私は予想外の出来事に呆けてしまい、無意識に霊力を荒ぶらせてしまった………………周囲に居た同級生達は悪い事をした。
(不覚……! 義理くらいなら貰ってもおかしくないとは考えていましたが、まさか手作りのラッピング付き!!! グレードでは劣っているとは思いませんが
ならば、あとはシチュエーション!!! 下駄箱に入れるなどという好意は────もとい行為は所詮直接渡す羞恥心に勝てなかった敗北者じゃけぇ………………私の中の海軍大将もそう言っている。
(落ち着け私、今渡しに行っても後から渡されるチョコにインパクトが持って行かれる…………! 帰り!! 放課後の通学路で仕掛ける!!!)
私は溶けない様に保冷剤入りの保温バックにチョコをしまい、自分の机で考えを纏める。ていうか誰ですか!? 先輩なんかにチョコ渡そうとした人! 男の趣味悪過ぎでしょう!! 何であの人の為なんかに手作りまでするんですか!?
「あ、おはよう。今日はいい天気だね」
「え? あ、はい。おはようございます」
私がそんな事を苛々しながら考えていると、クラスメイトから声がかけられる。特別話す相手じゃない、でも仲が悪いわけじゃない、そんな薬にも毒にもならない位の相手………………なんか今日やたらそのくらいの男子に声をかけられるな…………こっちはそれどころじゃないのに。
(見たか!? さっきのあのチョコ!!)
(あぁ、見た! 確実に手作り! しかもかなりハイクオリティだった!)
(マジかよ……あの人そういう浮かれたイベントとか興味あるんだ……!)
(((((ま、貰えるのは俺だろうな。いつでもいいぜ!!!!)))))
何故か、教室内に圧がある気がする。例えるなら救い難い悪霊とか怨霊みたいな良くない物が吹き溜まっている様な…………気の所為だろうか。ギラついた目をした男子達、遠巻きに見てる女子達、いつもと同じようで違う教室で登校したばかりなのに放課後が待ち遠しくなっていると────────廊下が騒がしい。
「おい…………あれって噂の二年の嶋上先輩じゃね?」
「────!!」
クラスメイトのひそひそ話が耳に入り反射的に廊下に首がギュインと向く、そこにはスタスタと廊下の真ん中を歩いている先輩がいた。二年の教室は二階で私達一年の教室は一階にある、間違えてもここに来る事は無い筈………………!
実のところ先輩は結構な有名人だ、娯楽の少ない田舎町。噂の回る速度たるや都会の比にはならない。悪さをすれば直ぐに広がる、鎮火するのも早いが。教師達も手を焼く不良の軒並みボコボコにしている先輩は噂が独り歩きしてる為、目立つ様な真似は極力しない筈なのに────────!
(まさか!? チョコを私に催促しに来た!?)
────────あり得る!!!
あの人は恩着せがましい事は言わないが気心が知れた相手には結構砕けた態度で接する分かりづらいけどあざとい所がある(私調べ)!!! ふ、ふふふ…………! いいでしょう……! 普段ならマウントを取ってその日一日中弄るネタにしますが今日はバレンタイン!!! 多めに見てあげましょう!!! そして朝っぱらから下級生から手作りチョコを貰うという伝説を築かせてあげましょう!!!
不適な笑みを浮かべながら私はチョコを渡す準備をして、横目で先輩の姿を追う。教室の前の引き戸を通り────────過ぎる。
「………………………………は?」
そして、前方の別の教室から声が聞こえてくる。私は反射的に聴力を霊力で強化して盗み聞きする。
「すみません。図書委員の濱田さんはいますか? 渡したいプリントがあるんですが」
どうやらただのプリントの受け渡しだったようだ………………紛らわしい!!!! ていうかあの人図書委員だったの!? そんな普通の学生みたいな事してたんだ!!!
「あ! 嶋上先輩! すみません! 私が風邪をひいたばっかりにお手を煩わせてしまって………………!」
「いや風邪は仕方ないよ、気にしないでいいから。それよりも体調の方はもういいの? まだ寒い季節が続くから気をつけてね」
「…………はい! ありがとうございます!」
………………………………………………何のことはない、普通の会話なのだが、なんだろう…………そこはかとなく良い雰囲気な気がする。ていうか、何で先輩そんな優しげに話してるんですか? ハマダさんって人も何でちょっと嬉しそうにしてんですか? 先輩の手を煩わせてしまったならもっと申し訳なさそうにするもんじゃないですか?
(…………なぁ、なんか寒くね)
(確かに…………あと何故かジメッと湿り気みたいな感じもする)
(……………………なんかヤバい気がする、肝試しで心霊スポット行った時みたいな。俺ちょっと保健室行ってくる!)
あー…なんだろう………………気分悪いなぁ……なんか心臓の辺りがドロドロするなぁ…………てか先輩も私のクラス知ってるから手くらい振ってくれても良くないですか? ガン無視しましたよ、あの人。一瞥もしませんでしたよ…………。
ぐるぐると、或いはぐわんぐわんと、眩暈のような耳鳴りのような感覚に霊力が乱れる。周囲のクラスメイトは何故かそそくさと教室から出ていきポツンと一人、私は残される。
「じゃ、俺はこれで。お大事に」
「…………あのッ!! 先輩!!」
「ん? 何かな」
…………………………分かってて聞いてるのかなぁ、いや多分あの人はそういうことしないからなぁ…………純粋分かってないだけだろう。
「今日ってほら、バレンタインじゃないですか!? だから私日頃お世話になってる人にお菓子買ってまして…………先輩も是非!!!」
「…………あぁ、ありがとう。ありがたく受け取るよ」
私はバレない様に教室の陰からスマホのインカメラでその光景を見る、チョコを受け取る先輩の手をズームしてみると可愛らしくラッピングされ、少し焦げた跡が見えるクッキーが入っている────────明らかに市販じゃないし、菓子作りに慣れてる風でもない。
────────さて、そんな女子中学生がたかが同じ委員会員というだけでわざわざバレンタインに手作りのクッキーを渡すだろうか?
「………………………………私の方が絶対に美味いですから」
────────勝つ。何に対してか、自分でも具体的な事は分からない。でもその目的意識が私を静かに燃え上がらせる。
♢
「嶋上先輩、これ。義理ですけど、どうぞ!」
「輝雄くん! はいコレチョコね! あと今からでもいいから柔道部に来ない!?」
「シマカミィ〜アンタさぁギャルとかイケるくち? はいコレ、手作りじゃないけど。あと連絡先────え? いらない?」
感想から先に言おう────呪殺してやろうかと思った。
特に最後のギャル!!! 明らかに邪な目で先輩見てた!!! よくよく考えたらあの人去年に先輩の素行調査的な事してた時の人だった。まだクラスメイトや部活のマネージャーは良いけど────────いや、ホントは良くないけど、あの人と先輩が懇ろになるのはマジで頂けない!!!
普段は怖がられて遠巻きに見てるのに、先輩にお世話になったのか、或いは心理学的にそういう危なそうな男性に惹かれているだけなのか、どっちにしろ割とモテててる先輩に、私は何故か焦燥感というか危機感を覚える。
(私なんでこんな…………いやだって、そうでしょうよ! ポッと出の人達に負けるのは嫌ですよ!! だって私の先輩なんですから!! 一番付き合いが長いんですから!!! そりゃ誰よりも大切に思われて優先されて然るべきですよ私は間違ってない!!!)
果たして、その言い訳は誰に対してのものなのか。
でも、どうしても、女子という括りの中だけで良いから────────私は先輩にとって一番親しい人間でありたかった、いつかそれを裏切るとしても……………………或いは、だからこそ。
「………………覚えてて欲しい、良い思い出なんかで埋もれたくない」
────────例え、旅立った先でどんな出会いがあっても。もう二度彼に会えないとしても。私は彼の中に私が居た証を
「……………………別に、普通ですよね? 誰だって忘れたくないはず」
間違ってない、私は間違っていない。先輩も少なからず思いを汲んでくれる筈だ。人が居なくなり斜陽が差し込む教室で私は先輩を待つ、いつもの様に一緒に帰ろうとスマホに連絡し迎えに来て欲しいと伝えた。
流石に邪魔はもう入らないだろうが、先輩は用事を済ませてから行くと返信したので少し暇だ。今の内に脳内でシミュレーションでもしておこう。
(夕暮れの教室、シチュエーションは良し。あとはなんて言って渡すか…………あれ、もしかして一番の難所ここでは? 何も思いつかない…………)
ていうか、もし他人に見られたら告白しようとしていると勘違いされてもおかしくない状況だ。いや違う、私はただ今後どれだけ恵まれた人生を送って幸福に見舞われたとしてもふとした拍子に私の事を思い出してもう一度会いたいけどそれは絶対に叶わない寂寥に一生悩まされてこの学生の日々がどれだけ経っても色褪せない思い出になって欲しいだけなのだ無論先輩の事は嫌いじゃないでも告白しようとか付き合おうとかそういうのでは無いのだ(この間0.2秒)。
「………………どうしよう……義理って言えば……いや流石にバレるし、それは悔しいし御二方に申し訳ないし……本命……いやいやいやいや、違うし。別にそういうんじゃないしただの先輩だし────────」
「悪い、遅れた。数学の須田に捕まってな」
「ひゃっい!?!?」
「どういう反応だよ」
誰も居ない教室で独り言を呟いていると先輩がガラリと入ってくる。古めかしい革鞄を脇に挟んで、コンビニのビニール袋に今日貰ったであろうチョコが複数入っている。それを見て私の中にまたドロリと何が湧き上がってくる。
「………………モテモテですね、先輩」
「ん? あぁ、これな。去年はそうでもなかったんだけどな、つっても殆ど義理だし」
「………………嬉しくないんですか?」
「んー…………? 嬉しくないって言ったら嘘かもな、でも────────メンドクセェとは思う」
「めんどくさい…………?」
「考えてもみろよ、ほぼ知らん奴から食い物渡されたら初めに何考えるよ────────変な物入ってないか疑うだろ? それにホワイトデーの三倍返しって文化も面倒だ、出費が嵩む…………それに中学時代にちょっとチヤホヤされた位、後の人生でなんの役にも立たんだろ」
そう言いながら先輩はチョコの入った袋を少し重そうに見つめる。相手からは兎も角、先輩からすればよく知らない相手からの贈り物は猜疑心しか湧かないという事か。どんな人生を歩めばここまで人間不信になれるのか、私には少し分からない。
「…………じゃあ、先輩は、私からチョコ貰っても、鬱陶しいだけですか……?」
後ろ手に隠したチョコを少しだけ強く握る、その一言に全身全霊の勇気を注いだ。拒絶されたくない、でもコレを無駄には出来ない、その二律背反が私を押した。
先輩は、少しだけ意外そうに目を開き────────微笑んだ。
「お前が鬱陶しいのはいつもの事だろ。で、今日に限って放課後の教室に呼び出したって事は…………何だ? 期待していいのか?」
「………………面倒臭いんじゃないんですか?」
「お前を“よく知らない赤の他人”扱いする程、薄情じゃないよ」
「………………私が変な物入れたとか思わないんですか?」
「思わない。少なくともこれまでの付き合いからそう判断した。その上で入ってたなら俺が馬鹿だっただけだ」
「………………義理ですからね!? 勘違いしないで下さいよ!!」
「テンプレみてぇなツンデレだな、今時
俯き表情を隠して押し付ける様に、私は先輩にチョコを渡す。そのまま鞄をひったくる様に抱えて教室を飛び出した、今日だけは一緒に帰れない────────だってさっきから表情が自分の意志とは裏腹に変わってくれないから。
「珈琲に合うかと思ってビターにしておきました!!! どうぞ召し上がれ!!!」
捨て台詞を残して私はそのまま廊下を駆け抜ける、途中朝先輩といた二年生がいた気がするが私は気にする事なく玄関まで走る。
「おーい輝雄、どうした? あの子、凄まじい勢いで走って凄まじい笑顔だったけど?」
「んー……? いや別に? 特にこれといって変わった事は無いよ。帰ろうぜ、ラーメン食おう」
「ラーメンかぁ…………はぁ……チョコを貰ってたらそんな脂っこいモン受け付けなかったんだけどなぁ……誰からでもいいから欲しかった」
「まずお前、いきなり知らん奴からチョコ貰ったら罠を疑えよ」
「罠でもいい(現場猫)!! 罠でもいいんだ(現場猫)!!!」
「あっそ………………お、今日貰った中で一番美味いな」
輝雄「校長、あそこでチョコを貰えず蹲っているのは…………」
某魔法学校校長「ワシらには救えぬ者じゃ」
8/7 タイトルミスってました!!すみません!!