幻想禍津星   作:七黒八白

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言い訳ではありませんが、死亡タグは入れません。
ネタバレは作者の匙加減でやりたいので。



第七十一話 “(ずる)い”

 

 

 

「────────で!? 結局助けちゃったんだ!? あの小傘とか言う付喪神!? 鬼だなんて妖怪の上位種も上位種の!! 伝説にも名前を残してる奴相手に!? 喧嘩しにいったんだ!?」

 

「そう騒ぐなよ、いいじゃん無事なんだから」

 

「────────治癒の術で治したのは無事の内には入らないわよ」

 

「…………俺が治癒術使える事、誰から聞いたんだよ」

 

「咲夜よ! あのメイド散々邪魔するだけしていって最後は『輝雄が勝ったみたいだから帰るわ』って消えやがったのよ!? マジで何がしたかったのよ!!」

 

「知らんがな…………」

 

「あぁん!?」

 

 包丁片手にギロリと凄む特徴的な紅白巫女服の少女────博麗霊夢に言われて、彼はやや罰が悪そうに眼を伏せる。輝雄は今、博麗神社で野菜を丁寧に切り分け、盛り付けながら宴会の準備を進めていた。例によって例の如く異変が終わった暁に開かれる宴会である。尤も、異変と認識さえしていない者が大多数だが。

 

「宴会ならもう散々やっただろうに、どいつもこいつも飽きないのかよ」

 

「皆、異変解決に(かこつ)けてお酒呑んで騒ぎたいだけなのよ。準備と後片付けさえ手伝ってくれるならそれも良いんだけどね…………」

 

博麗神社(ここ)でやれば自然とそうなるわな、次回は紅魔館辺りにやらせれば良いんじゃないか?」

 

「あー、良いわね。ワインってどんな味かも気になるし」

 

 お互いにテキパキと料理を重箱に綺麗に盛り付けながら宴会の準備を進めてゆく。輝雄も一人暮らしの生活が長い為料理などは同年代よりも頭一つ抜けて優秀だったが、台所で視線を交わさずに言葉だけ交わし、菜箸と包丁など手慣れた手付きで操る割烹着(かっぽうぎ)姿の霊夢は家庭を支配する主婦の貫禄すらあった。

 

「流石に慣れてるな」

 

「まぁね、食材を余らせたり腐らせない様に工夫してたら、いつの間にかこの位一通り出来てたわ。それに────────」

 

「…………それに?」

 

 得意気に語りながら鍋から味見の汁を入れた小皿を持ったまま、霊夢の手と口が止まる。霊夢の様子が変わった事を少し不思議に思い、聞き返しながら輝雄は振り向く。長い黒曜石の様な艶がある黒髪を後ろで一つに束ね、丁寧に手入れされていても年季を感じさせる割烹着は、少女の身体には少し大きく袖や丈が僅かに余っている────────その後ろ姿に、彼はかつての夏の事を僅かに思い出す。

 

「────…………ま、私これでも優秀って評判だからね? 料理くらいお茶の子さいさいよ!」

 

「────…………そうか、なら早く済ませよう」

 

 ほんの少しだけ見惚れる様に止まっていた時間は、霊夢の得意気な表情にかき消される。だがその笑顔すら彼の目には()()が重なり、言葉に詰まる。真正面から霊夢の目を見る事が出来ず、輝雄はまた料理に向き合って霊夢に背を向ける。

 

 言うべきか、言わざるべきか。気付いているのか、気付いていないのか。それを知る事すら彼は恐ろしく、過去から帰ってきてからというもの、ただ悩むだけで時間が過ぎていた。時間が解決してくれる、などという事はあり得ない事を重々承知の上で────────彼は踏み出せずにいた。

 

「…………? この肉じゃが…………?」

 

「あ、気付いた? うちの肉じゃがはねー、牛じゃなくて豚肉使うのよ! 味が染みて食感も良いし美味しいわよー」

 

 小皿に装った出汁の味を確認しながら微笑む霊夢は、先代の巫女にとても似ていた。一度だけその顔を見やり、彼はまた顔を逸らした。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

「────────ねぇ、輝雄? 何で宴会に参加しないの?」

 

「…………別に、そういう気分じゃないだけだ」

 

 夜中の博麗神社、人間も居たがどちらかと言うと妖怪の方が割合多い宴会で、輝雄は神社の中で周囲の喧騒から離れていた。妹紅にも慧音にも、レミリアにも咲夜にも、妖夢にも幽々子にも顔を合わせず。一人静かに太刀を抱えて酒を呑んでいた。

 

「折角、輝雄が解決したのに。主役じゃん、自慢しないの?」

 

「別にチヤホヤされたい訳じゃないし、誰も興味無いと思うぞ。それに俺は結局…………」

 

 隣にちょこんと座り、同じく盃の酒をちびちびと呑む小傘。流石にそれを遠ざけようとまではしなかったものの、さりとて歓談する気も無いのか輝雄は表情は能面の様に無から変わらない。勿体無いと、顔で語る小傘に対して何かを言い掛けて、途中で口を閉じる。

 

 閉じられた障子には、月明かりや提灯などの灯りが人影を浮き上がらせ、その様子から皆が思い思いに宴を楽しんでいるのが分かる。輝雄は盃の酒を傾け、少しずつ口に流し込みながらそれを流し目で見ていた。

 

「行かないのか、お前は」

 

「貴方の隣が道具(わたし)の居場所だから。それに輝雄が居ないと楽しくないし」

 

「妹紅さんや慧音さんと呑めばいいだろ」

 

「いいの! ここで!」

 

 強情になる程声を荒げ、頑なに輝雄の隣に居座る。輝雄は一度小さく溜め息にも似た返事をし、また静かに盃を傾ける。境内から差し込む灯だけで薄暗い室内は、やけに宴の喧騒を遠ざけた。二人は何を語るでも無く静々と酒を呑んでいたが、ふと小傘が口を開く。

 

「ねぇ…………」

 

「────何だ」

 

「輝雄はさ、私が人を殺さない限り、私の味方でいてくれるんだよね」

 

「…………あぁ、そうだ。そう言った」

 

 お互い壁に背を預けて、視線は交わさず言葉だけを交わす。小傘の確かめる様な口調に話が見えない彼は、ただ酒を煽りながら待った。

 

「────────じゃあ、もし、貴方が護りたいと思う人達が、明確に人里の人達の脅威になったらどうするの?」

 

「…………何?」

 

「別に…………深い意味は無いよ。

 私は妖怪だから、人を襲ったら退治されるのは理解出来るよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もしそんな事があったら、それでも貴方は霊夢の味方が出来るの?」

 

「霊夢が、か…………」

 

 もし仮に、霊夢が何かをきっかけに幻想郷や人里の人間を救う事を拒絶したら。いや拒絶するだけならば、まだ良い。結界の人柱以外なら代わりに魔理沙や妖夢、やや不安要素はあるが咲夜もいる。渋々ではあるが輝雄も出来ない事は無い。

 

 しかし例えば、彼女が大切に思う何かを、人里の人達が無意識にでも踏み躙る様な事があった時────────果たして、博麗霊夢は一体何を選ぶのか。そしてその時、嶋上輝雄は何を選択するのか。霊夢の味方が出来ている現状は、無条件に霊夢が人の味方だからでは無いのか? 小傘が言っている事はつまりそういう事だった。

 

「ただ、妖怪の私は自重して里で働いて貴方の側にいて…………そこまでして存在を認められているのに。人間は、ただ人間ってだけで貴方に守られて味方になってもらえるのが…………ズルいなぁ…………って思って」

 

「…………」

 

 

 

 ────────輝雄は、小傘の言わんとしている事、話の真意が全て理解出来ていた。

 

 

 

 結局の所、そうなのだろう。輝雄が人間だからこそ、無条件に人を見捨て切れない心情(いちめん)があり。小傘が妖怪だからこそ、無条件に彼女を信じ切れない心情(いちめん)がある────────これが差別で無いのなら、何なのか。

 

 他人であろうとも、それを理由に人を見殺しにはしない輝雄。

 しかし妖怪なら、知人であっても人を襲えば迷わず殺す輝雄。

 

 どちらも嘘偽りの無い彼の本心。彼自身、未だに苦悩していた。その線引きは、境界線は、()()()()()()()()()()()()()()どうか。ただ人であるという理由で救い難く、ただ妖怪というだけで殺し難く、同時に双方赦し難い程傷つけられて来た。

 

 

 

 だからこそ、今回の異変の首謀者、伊吹萃香を────────

 

 

 

「────────え? なになに? 痴話喧嘩? 輝雄ー? アンタ昨日の今日で浮気でしたのかい? 妖怪を相手に現地妻って良い度胸してんねぇ?」

 

「────────殺されたいのか? ()()()

 

 

 

 ────────()()()()()()()()()()()

 

 

 

「………………………………………………え?」

 

「やっほー、昨日ぶり。小傘とか言ったっけ?」

 

 彼と小傘の間から生える様に現れた小さな鬼に思考が止まる。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 大上段に振り上げた呪いの太刀。例え大妖怪と言えど、死に掛けを屠るには余りある一撃。そんな物を躊躇なく振り下ろし確実にその命を絶とうとした時、横から誰かが飛び出し、首だけとなった萃香を()(かか)える────────宛ら身を挺して護ろうとする様に。

 

「待って!! 待って下さい!!」

 

「貴女は…………」

 

 それは数時間前、異変の首謀者に心当たりがあると団子片手に話し合った不思議な女性。特徴的な桃色の髪に、腕の素肌が全く見えない包帯巻きは闇夜でも見間違いようが無かった。その彼女が、悲痛な面持ちで萃香を抱えて輝雄の太刀を少しでも遮ろうとしていた。

 

「────────退いてください」

 

 意味は理解出来た、意図も大凡察した────────その上で嶋上輝雄の選択は抹殺だった。決して生かしてはおかない、殺意を滾らせた眼はそう物語っていた。

 

「…………退きません、太刀を納めて下さい」

 

 包帯の少女は腹に首抱え、背を向けてその場から動こうとはしなかった。逃げ出す事もせず、ただ許しを乞う。怯えてはいなかったが横紙破りな真似をしている自覚はあるのか、少しだけ後ろめたい表情が輝雄には嫌に目に付いた。

 

「これが最後の通告です。別に俺は()()()()()()()()()()()、その首を────────()()()()()()()()()()()()()()()

 ソイツを生かしておく訳にはいかない、小傘の為にも、里の為にも」

 

 冷たい声音だった。嘘偽りなど全く含まれていない事を万人悟らせる程、感情が取り除かれた意志だった。その気迫に怯んだのか、僅かに包帯の上から腕を強く掴み、喉を鳴らすが────────それでも拒絶した。

 

「お願いします…………! 見逃して下さい…………! この人は…………伊吹萃香は! 私の────────!」

 

「────────華扇(かせん)ッ!!! いい加減しな!!! アタシに恥かかせんじゃないよ!!!」

 

 何かを言いかけた包帯の少女────華扇(かせん)の言葉を遮り、伊吹萃香が猛る。首だけとは思えない程の怒号が輝雄にでは無く、自身を助けている筈の少女に向けられる。止まりかけていた血が再度噴き出すが、それでも萃香は牙を剥いて吠えた。

 

「アタシが望んだ喧嘩だ! コイツが挑んだ喧嘩だ!! これは正々堂々と戦った末の決着だ!!! 

 ────────お前みたいな余人が割り込む余地なんざビタ(いち)ありゃあしないんだよ!!!」

 

「でも…………! でも!!」

 

 首だけのまま華扇の腕から出ようと激しく暴れるが、華扇は腕を噛まれても、腕に角が刺さっても、拘束を緩めようとはしなかった。二人の並ならぬ覚悟と執着心を側から見ていた輝雄は僅かに、ほんの僅かではあったが苛立ちと疑問を感じる。何故、華扇なる者は萃香を庇うのか。何故、それを無視して諸共自分は切り捨てられないのか。太刀を握る手が、筋が浮かびミシリと増してゆく。

 

「何で…………何でここまでするんですか!? もう決着は着いてるでしょう!?」

 

「いいえ、()()()()()()。少なくとも、俺はどちらかが死ぬまで終わらないつもりでこの戦いに臨みました」

 

「萃香は…………もう戦えませ────」

 

「────()()()? ()()()? 見逃せと? 

 笑わせるなよ! 自身の愉悦の為に他者の命を弄ぶ鬼を! 旗色が悪くなったら許せだと? 馬鹿にしてんのか? 

 逆に聞くが、妖怪は追い詰めた人間の命乞いを聞き入れたりするのか!? しないだろう!? 何故人間側(こちら)だけ慈悲をかけなきゃならない!? 

 その鬼は!! 勝手に期待して勝手に幻滅して────────身勝手に殺すんだろうが!!!」

 

 逆鱗を逆撫でされるかのような、不快感。相手は跪き下手に出ているにも関わらず、輝雄の苛立ちは募るばかり。遂に必要最低限の敬語すらかなぐり捨て半ば八つ当たり気味に華扇にも強く当たる。傾いた月が戦跡の残る周囲と三人を照らし、抱えられる萃香、必死な形相の華扇、そして────────はち切れんばかりの赫怒にて、血走った眼をしている輝雄。

 

「何なんだ、アンタは…………? 何の権利があって割り込む? 

 人間なら邪魔立てする必要は無いだろう。妖怪でも態々助けに入る必要は無い筈だ。

 ────────お前は、()()()()()?」

 

「…………!」

 

 

 

 ────────その言葉に、一番反応したのは萃香だった。

 

 

 

 目を伏せながら明らかに言葉を選んでいる様子は、生首だというのにまるで親に叱られる子供の様だった。鬼は嘘は吐かない、されど本当の事を言えばどうなるか。萃香の脳内には真実と虚実が激しく入り混じり、この状況を打破する方法を模索するが────────

 

 

 

「私は…………いえ、茨木(いばらき)華扇(かせん)()()()()()()()()

 娘が母を思い、助けたいと思う事が、不思議ですか? 

 ────────人間の貴方ならば分かるでしょう?」

 

「────────!」

 

 

 

 ────────華扇の方が、いち早く答えた。

 嘘偽り無く、思ったまま、正直に、この行いの意図全てをその解答に込めて。

 

 

 

茨木(いばらき)…………だと? そして伊吹萃香の娘…………伊吹童子、酒呑童子の娘…………!)

 

 そして彼も、その解に含まれた意志と意図を余す事なく拾い上げる。幻想郷では消え失せて久しい鬼の伝説と伝承も、外の世界出身の輝雄であれば話は別である。彼の生まれ育った地にも根深く古くから伝わる────────()()()()()()()()()()()()

 

 彼は理解した、余す事なく理解した。娘が母を思う心情、親子の絆、決して代える事も変わる事も無い不変的な尊い物がそこにある事を理解した、理解した上で────────

 

 

 

巫山戯(ふざけ)るなよ?」

 

 

 

 ────────否、だからこそ赦せないと思った。

 

 

 

「お前が…………()()()()!! 踏みにじってきた物を!! 嘲笑ってきた物を!! お前らが追い詰められた時だけ!! 振り翳すな!!!」

 

 輝雄自身この世に生まれ落ちて初めてかも知れない、そう思えるほどの義憤、憎悪、激昂だった。かつて八雲紫に対して吐き出した怒りさえ比べ物にならない。彼自身何故ここまで感情が掻き乱されるのか、未だに理解が及ばない────────だがそれでも止まれなかった。

 

「散々殺してきたんだろう!? 散々愉しんできたんだろう!? 

 だったら最期まで悪鬼に相応しい不様な死に様を晒しやがれ!!!」

 

 牙を剥いて吠える、血が滴るほど太刀を握りしめて華扇の眉間に向ける。華扇は────────何も言わず、ただその慟哭を見つめていた。

 

「お前らの命を脅かす存在だったなら百歩譲ってまだ分かる!! 

 だが! お前らが襲った人間にそれだけの強者がいたのか!? 平和に生きたいだけの奴は居なかったのか!? 

 今の…………! 今のテメェらみてぇに!! 子を庇う親は!!! 老いた親を庇う子は!!! 居なかったってのか!? あ"ぁ"!!?」

 

「……………………」

 

 ────────華扇は、眉間に僅かに切先が刺さり血が流れ眼球を舐めても、何も言わずにただ見据えていた。恐怖も動揺も見せないその姿に、彼は奥歯が砕けかねない歯軋りをし、何処に向ければいいのか分からない怒りがまた沸々と沸き上がる。

 

「どうしてだ…………どうしてなんだ!!!」

 

「……………………」

 

 

 

 血の一滴まで搾り出す様な、掠れた声で訴える。彼は、漸く気付いた。自身の中に渦巻く────────妬みにも近い憎悪、その根源に。

 

 

 

「お前ら妖怪にも! そんな情や絆が有るというなら! 理解出来るというのなら! 何故()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「────────」

 

 

 

 ────────それは、はっきり言って八つ当たり以外の何物でも無い、支離滅裂な叫びだった。萃香も華扇も先代巫女、博麗霊郁の事を知っているとは限らない。そもそも知っていたとしても現状と何の因果関係も無い。

 

 輝雄とて頭では理解していた。だがそれでも────────親子の情を利用されて、勝てる筈の妖怪に惨殺され、家畜とまで言い切った妖怪が、情や絆を訴えかけてくる現状が、怒りと憎しみ以上にどうしようも無い程の吐き気を催した。

 

「そこまで人間に近いのに…………どうして…………どうして!! 

 妖怪(おまえら)は! 不幸を振り撒かずにはいられない!? 

 何故他者の平穏を踏み躙らずにはいられない!? 

 そのくせ、厚顔無恥にも親子の情なんざ持ち出しやがって………………!」

 

 手の肉が潰れ血が噴き出し、腕の骨が軋み太刀が震える。顔を歪めて恨めしげに母と娘を射殺す様な眼を向ける。いつの間にか視界が熱く震え出していた────────輝雄は悔しさの余り涙すら出ていたが、それに気付いたのは対面している二人だけだった。

 

「…………輝雄さん」

 

「黙れ…………黙りやがれ! 狡いぞ!! お前らだけぇ!!! 

 お前らだけやりたい放題やりやがって!!! 気色悪いんだよ!!! まともな振りだけして裏では血肉を啜り命を弄んでる癖に!!! 外道の分際で!!!」

 

 唾を飛ばし指を刺し激しく糾弾する。人間が人間の生活、秩序、平穏を保つ為に妖怪を殺す、それは人として当然の事。だが、それ以上に輝雄にとって妖怪とは人間の様な横繋がりが無い唯我独尊の醜悪な生き物と認識していた────────或いは、()()()()()()()

 

 だからだろうか、輝雄は無意識のうちに自分の行いを心の何処かで正当化していたのかも知れない────────少なくとも、こんな庇い合いを目の当たりにして二人とも殺すか、一方を殺すかの選択を迫られるとは、全く思っていなかった。

 

「畜生────畜生が!! 勝手な事ばかり言いやがってッ!!! 

 どうせこの場を凌げばまた同じ事を繰り返すんだろう!? 俺が死んだ後で!! 約束なんぞ破っても誰も糾弾しないだろうなぁ!? 何故なら()()()()()()()()()()()

 ────────これまで同様!!! 気に食わない事は力で捩じ伏せるんだろう!!? 残虐で恥知らずの!! まさに鬼畜共めが!!!」

 

「…………っ」

 

 崩れ落ち膝をつき、怒りに任せて握った拳を地面に叩きつける。間近に落雷めいた爆砕音が同時に二つ、周囲を蜘蛛の巣状に砕き陥没させる。妖怪すら軽く挽肉に出来るその膂力は、元からその気は無かったとは言え華扇に戦う事も逃げる事もは不可能であると否が応でも悟らせた。下手な素振りを見せれば最後、華扇はともかく懐の萃香は木っ端微塵にされるだろう。

 

 

 

 故に、華扇は────────

 

 

 

「────────()()()()()()()()

 

「……………………なんだと?」

 

「貴方の言う通り…………()()()、貴方がた人間からすれば赦す義理も通りも無い。そして筋が通らない事を言っているのも百も承知です…………ですが

 ────────それでも尚、私は()()()母を見捨てられない。とても釣り合うとは思えませんが…………()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……………………」

 

 血走った輝雄の瞳に、理性の光が戻る。

 

「残った私の腕を斬り落として下さり構いません!!! 

 一度だけで良いんです!!! 萃香を! 萃香を見逃し────────!!」

 

「輝雄ォ!!! んな事する必要は無い!!! さっさとアタシを殺しな!!! 

 それが勝者の権利だ!!! それが敗者の責務だ!!! 

 横からシャシャリ出てきた奴の言葉に耳を貸すな!!! これはっ────これはアタシとアンタだけの喧嘩だったろう!?」

 

 首だけとなり、それなりに時間が経ち膨大な失血をしているにも関わらず萃香は華扇の台詞を掻き消すほど声を必死に荒げる。華扇の慈悲を乞う姿と、萃香の慟哭染みた説得は輝雄の意志と思考をグラつかせる。

 

 萃香の真意は鬼の矜持を最期まで貫きたいが故か、それとも────────

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

「…………何の用だよ」

 

「用がなきゃ尋ねちゃあいけないのかい? ………………と、普段なら嘯くところだけど、ちゃんとあるんだなコレが」

 

 何も無いところからひょっこり現れた童女────伊吹萃香に驚き小傘は気絶してしまった。精神が主体の妖怪にとって人間で言うところのトラウマとは、アキレス腱に近い。余程力の差を思い知り怖い思いをしたのだろうと、輝雄は膝に小傘の頭を載せてやる。その様子をニヤニヤと見ながら美味そうに萃香は酒を煽る。

 

「ふふっ、いいねいいねぇ…………若人(わこうど)の恋模様は良い肴になるんだよ」

 

「幼いのは見た目だけだな、趣味嗜好がまるで呑み屋のオッサンだ」

 

「ハハハ、実際美味いんだからしょうがないだろ。ほら、アンタも呑みなよ」

 

「…………清酒か、意外だな。濁酒(どぶろく)とか呑んでそうな印象があったが」

 

 瓢箪を差し出しながら頰を赤らめ酒精混じりの息を吐く、輝雄はそれに僅かに顔を顰めたが素直に盃を瓢箪の下に出す。幻想郷はやたらと酒を用いたコミュニケーションが多い、その為輝雄は幻想郷に来てからというもの濁り酒などといった外の世界でも珍しい酒も呑んでいた。

 

「酒なら割と何でも呑むけどねー、やっぱこの伊吹瓢箪の酒が一番だね! 

 ほーら! 一気! 一気! 輝雄くんのーちょっといいとっこ見ってみたいっ!」

 

「貴様さてはアルハラ常習犯だな?」

 

 楽しそうに手を叩き、リズミカルに囃し立てる。この酒をそのまま顔面にぶっかけてやるかと少し考えるが、いくら何でも受け取った酒をそんな風にするのは憚られたし、酒に罪は無いので言われた通りに呑み干した。透き通った見た目通り喉越しは爽やかだったが、酒精はかなりキツくコクや米を連想させる甘味が強く残った。それは酒の舌が肥えている訳でもない輝雄でも分かる程の名酒だった。

 

「ふぅ…………まぁ、想像通りかなり強めの酒だな。度数はいくらだ、これ?」

 

「さぁ? 気にした事もないなぁ。でも凄いね輝雄、この伊吹瓢箪の酒を人間が呑んだら普通お猪口一口で卒倒すんだけど…………」

 

「マジで殺すぞお前?」

 

 あれー? と可愛らしく首を傾げている萃香にピキッと、青筋を立てる。万一自分が酒に弱かったらどうするつもりだったのか、流石に萃香性格上寝込みを襲う様な真似はしないだろうが輝雄の警戒心が一段上がる。

 

「怒りなさんなよ、こんな事で…………でもまぁ、そうだね。

 そもそも、それを言うなら何でアンタはあの時アタシを殺さなかったんだい? 

 アンタは()()()()()()んじゃない、()()()()()()()()()()んだ。殺ろうと思えば出来たろ?」

 

「……………………」

 

「おや? 黙りかい? それとも酔いが足りないか、ホレ」

 

 何が楽しいのか、萃香は何故かニヤニヤしながら瓢箪を差し出す。少し迷い思案したが、盃を差し出してまた酒が満たされる。博麗神社一室に差し込む月明かりが燻る表情をした輝雄を照らし、誤魔化すようにまた一気に酒を煽った。

 

『────────今この場で誓え。俺にじゃない、お前らが尤も尊ぶ物に、俺が生きている間。

 決して人を喰わず、人を殺さず、人に害を成さないと』

 

 極上の酒の余韻を静かに味わいながら思い返す、萃香と華扇に課した約束を。萃香を見逃し、華扇の要求を受け入れた理由を────────萃香を護ろうとするその姿に、何を重ねて偲んだのか。

 

「……………………負け犬のお前に言う必要は無い。

 ただお前は人を殺したいなら、まず俺を殺してからにしろ」

 

「────────へぇ…………そりゃあ分かり易くて良いねぇ。

 お願いだから今際の際でみっともない命乞いなんてしないどくれよ?」

 

「────────こっちの台詞だ」

 

 殺気の類こそ出ていなかったが、お互いに揶揄ったり小馬鹿にする冗談めいた空気では無かった。怒りもなく憎しみもなく、日常の挨拶の様に彼と彼女はまた殺し合う事を誓った。少しの間静かな時間が流れる。萃香は瓢箪から、輝雄は元々あった酒瓶から、お互いに注いだり注がれたりしながら宴会の喧騒から離れて過ごす。

 

「…………なぁ、おい。ちょっと聞いていいか?」

 

 何を思ったのか、輝雄が萃香に盃を渡しそこに酒を注ぎながら神妙な面持ちで尋ねる。

 

「なにさ、自分は答えないのに私には答えろってのかい?」

 

「俺勝ち馬、お前負け犬」

 

「分かった分かった! 分かったって! アンタ性格悪いね」

 

 “鬼に言われてもな…………”と少し不服そうに呟きながら、酒で口を潤わせてから萃香に問い掛ける────────()()華扇の事を。

 

「お前が酒呑童子で、アイツがお前を母と言ったって事は…………つまり、()()()()()()()()()

 

「……………………」

 

 輝雄は慎重に言葉を選びながら萃香に向き合う。対する萃香は輝雄には目は合わせず、喉に詰まった何かを飲み下すかの様に長く黙り込む。その反応だけで最早輝雄にとっては充分だったが、観念したのか萃香は静かに語り出す。

 

「腹を痛めて産んだってわけじゃないがね…………ま、鬼らしい生き方は教えたね。生真面目で頭なんかアタシよりずっと出来が良かったし」

 

「…………そうか、悪いな。言いずらい事を聞いて」

 

「…………あれ? それだけ? もっと聞かないの? 何であぁなったのかとかさ?」

 

「外の世界に伝わる伝承と、お前達の当時の行いがどこまで一致してるのか分からないが────────」

 

 聞いておきながら早々に話を切り上げた事にやや面食らいながら萃香が横目で見る。それに対して、輝雄は有名な伝承をいくつか思い出しながら独り言の様に呟く。

 

「────────まぁ、後の事は必要なら本人から聞くさ」

 

「そうかい…………なぁ、輝雄?」

 

「なんだ?」

 

「────────ありがとう」

 

 それは胡座のままだったが、膝に手を置いて、深々と頭を下げていた。ともすればそのまま切り落とされかねない隙だらけな姿だった。鬼が人に、感謝を述べて頭を垂れていた。

 

「…………もう行けよ、小傘が起きた時お前がいたら面倒だ」

 

 どういたしまして、なんて言えなかった────輝雄には、言えるはずも無い。また同じ事があっても、また同じ事を出来るとは限らないのだから。それでも萃香は、深く深く頭を下げて、たっぷり十秒ほど経った所でスッと、霧となり障子の隙間から外へ出て行った。それを黙って見送り、ふと輝雄の頭の中にある言葉が浮かんできた。

 

「…………()()()母を見捨てられない、ね」

 

 帰り駄賃のつもりなのか、輝雄の盃の中にはまた伊吹瓢箪の極上の酒が満たされていた。障子から差し込むぼんやりとした月明かりを、美味なる酒の水面はてらりてらり、と反射する。

 

 

 

「────────俺も、()()()()救えるなら救いたかったさ」

 

 

 

 ────────誰にも届かない独白は酒の肴なって呑み下され、酷く胃に残りそうだった。

 

 

 

 





作者は主人公のカッコ良いシーンよりも
人間臭くてカッコ悪いシーンの方が好きになれるし筆が乗ります。

どれだけ強くても内心いっぱいいっぱいなキャラ………イイネ!
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