幻想禍津星   作:七黒八白

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命の軽い幻想郷。



第七十五話 あゝ、無情

 

 

 

 月が僅かに欠けていたその夜は、人間には全くと言っていい程影響は無かった。しかし月の満ち欠けによって妖力だけでなく性質まで変わる妖怪には死活問題であった為、人ならざる多くの者がその異変に気付いていた。

 

「ミスチー、やっぱり月が変だよ。確かに今夜は満月の筈なのに」

 

「…………だとしても。それを何とかするのは博麗の巫女で私達みたいな弱い妖怪は嵐が過ぎるのを待った方がいいわよ」

 

 虫の触角を生やしショートヘアーの深緑色の髪をした、少しボーイッシュで中性的な妖怪と。まるで屋台の女将の様な姿をした、ミスチーと呼ばれた妖怪が迷いの竹林の中で話していた。昼間でも薄暗い迷いの竹林は月明かりも殆ど通さず、妖怪並みの視力でも無い限り全く見えない程暗い。その為か、昼でも中々人が訪れない竹林は夜だと尚更人はいない。

 

「何言ってんのさ、人には月の満ち欠けなんて何の影響も無いんだから気付かないよ。それに妖怪の困り事を巫女が解決するとは思えないし」

 

「へぇー、じゃあリグルはそれを踏まえてどうするの?」

 

「とりあえず怪しそうな人を片っ端から襲ってみる! だから────────」

 

「────────ヤダ、絶対ヤダ。手伝わない」

 

 リグルと呼ばれた少女────────に見える雌の妖怪の提案を、ミスチーことミスティア・ローラレイはにべも無く一蹴する。リグルはそれなりに長く、そして妖怪にしては仲が良い間柄の筈のミスティアに断られた事に少し驚き、不満を露わにする。

 

「何でさ? ミスチーって確か人を襲うの積極的じゃなかった? 最近ウナギの屋台始めたから?」

 

「それもあるけど、今の幻想郷は博麗の巫女以外にも危ない人がいるのよ。

 私は絶対に…………絶ッッッ対に!!! その人に目をつけられたくないの!!! 分かる?」

 

「…………? 博麗の巫女じゃなくて、博麗の巫女以外に?」

 

 ミスティアの言葉をオウムの様にくり返すリグル。それは見るからに訝しみ不思議に思っている顔だった。首を傾げながらリグルは聞き返した。

 

「博麗の巫女ならまだ分かるけど…………誰なのさ? その人間って? 博麗よりも強いの?」

 

 リグルの疑問に何を思ったのか、頭の中で博麗の巫女とその人間の強さを比べているのだろうか、はたまたそう考える様になった経緯を思い出したのか。少し逡巡しながらミスティアは恐々と話す。

 

「私にもよく分かんないけど…………確実に言える事として、あの人は博麗の巫女よりも────────()()

 

「────────恐いだって?」

 

 

 

 ────────なんて、頼りなく、情けない。

 

 

 

 咄嗟に、かなりの苛立ちと共にリグルの胸中に湧いた感想だった。博麗の巫女が相手ならばまだ分かる、幻想郷に博麗大結界と常識と非常識の境界線が百数十年前に張られてからというもの、社会性などほぼ皆無の魑魅魍魎が跋扈するこの狭い世界────────それを成立させているのは間違いなく巫女の力だ。尤も、先代に比べるとかなり今代は見劣りするらしいが。それでも“博麗”。妖怪の賢者に認められなければ襲名などされないだろう。故に、妖怪が博麗の巫女を恐がるのは仕方の無い事なのだ。

 

 ────────しかしそれ以外の人間に恐れをなすなど、妖怪の矜持に障る。

 

「…………もういいよ、私一人でやる。

 何か竹林がいつもより騒がしいし、手当たり次第襲えばその内当たりを引くでしょ」

 

 そんな作戦とも呼べない拙い事を考えていると────────暗闇の先に人の姿が見えた。背の高い青年くらいの、恐らく人間と。金髪サイドテールの宝石を生やした蔓の様な物が、恐らく背中から伸びてる少女だ。少女の方は人間か怪しかったが、どちらも大した力は感じない。それをリグルはさして深く考えず、笑みを深めた。

 

「────────っ!? 

 だめ…………駄目だよリグル…………あ、あの人は本当に────────」

 

 遅れて気付いたらしいミスティアが何か言っているが、リグルは聞く耳を持たない。それは楽しみにしていた折角の満月が邪魔された苛立ちもあったのかも知れない、飛蝗の様に跳躍し竹を足場に三次元的機動で勢いよく二人組に飛び掛かる────────狙いは、まず少女の方からだった。

 

「こんばんはわッ!!! こんな夜に何を────────!!?」

 

 幾ら弱いと言っても妖怪、上空から勢いをつけて人の顔に向かって飛び蹴りなど放てば容易く絶命させる。まずは少女の方に蹴りを放って首を刎ね飛ばす、続いて青年の方は蟲に少しずつ身体の端から喰わせて怯えさせながら情報を吐かせる。勿論どちらも助けるつもりは無い、弾幕ごっこなど論外だった。

 

 ────────しかし、その思いは蹴りが直撃したにも関わらず微動だにしない少女に打ち砕かれた。

 

「…………こんばんわ、随分な挨拶ね。

 それにしても…………殿方との逢瀬中だったのだけど、見て分からなかったのかしら?」

 

 血が全く通って無いと思える程、白磁めいた透き通る肌に僅かについた泥をレースのついたハンカチで拭う。その落ち着き払った動作ですら、とても優雅で────────遥かに格上である事を今更リグルに悟らせた。

 

「輝雄? これは良いわよね? 降りかかる火の粉を払うのだから」

 

「…………勝手にしろ、今のは確実に()りに来てたからな。

 ────────自業自得だ」

 

 斜め後ろの背が高い青年が答える。本能が全力で逃げろと叫んでいたが、一歩でも動けば次の瞬間には死んでいるという確信が、リグルからあらゆる選択肢を奪った。走馬灯の様に先のミスティアの表情と言葉が脳裏に巡る。

 

 

 

「きゅっとして────────」

 

 怯え、竦み、されど構わず、少女は掌を前に出した。

 

「……………………()

 

 やっとの思いで震えながら“待って”が出かかったが、

 

「────────ドカーン☆」

 

 どこか間抜けで楽しげな声音で少女の手が握られた。

 

 

 

「────────え」

 

 止めようと駆け寄って、近づいてしまったミスティアは見た。

 

 まず、リグルの頭部が()()()。やや硬質で、ある程度の靭性もある、丁度硬めの果実を地面に思いっきり叩きつけた音に近かった。四方八方に飛び散るリグルの頭部の()()の数々と、その色合いからミスティアはまるで柘榴(ざくろ)の様だと反射的に連想した。

 

「キャハッ!!! 蟲の妖怪みたいだったけど…………へぇ、赤いんだ。

 やっぱり人間を模してるから? 不思議ねぇ」

 

 竹の葉で隠された地面上に、ピクピクと赤い物が、ドロドロの灰褐色の物が、紐みたいなものが付いた丸い物が、サラサラの緑色の繊維質の物が、バラバラに、グチャグチャに、マーブル模様にいっぱい広がった。ミスティアとて妖怪、流血沙汰に縁が無いわけでは無い────────それでも、その光景と何が起こったのか、全く理解出来なかった。

 

「…………あら、お友達かしら?」

 

(────────死ぬ)

 

 声を掛けられた瞬間に全細胞が同じ答えに至る。万が一も億が一も無い、絶対的な死。一挙手一投足全てが死に繋がる予感、されど何をする事も許されない隔絶された力の差の確信。自分が喰われる者で、彼女は喰う者だと本能は導き出した。

 

「Humpty Dumpty sat on a wall♪ 

 Humpty Dumpty had a great fall♪ 

 All the king's horses and all the king's men♪ 

 Couldn't put Humpty together again…………知ってる?」

 

 ちゃぐちゃぐ、と。ちゃぐちゃぐ、と。赤色と灰褐色のマーブル模様の上を、丁度雨上がりの泥濘みを跳ねる様に歩く。ミスティアには聞き慣れない言語で楽しそうに歌う、妖怪ですら吐き気を催す、原形も残ってない()()()()()()()()。その光景は狂気的で倒錯的で背徳的で────────現実離れした、幻想的な美しさすらあった。

 

「何も答えてくれないのね、残念だわ…………じゃ、バァーイ♪」

 

 圧倒的な情報量と死の確信から放心したミスティアに、フランが手を伸ばした所で────────

 

「────────もうその辺にしとけ、ソイツは何もしてないだろ」

 

 ────────赤銅色の瞳の青年、輝雄が止めた。

 

「えー…………いいじゃない、雑魚の一匹や二匹。

 助けても助けなくても何も変わらないわよ」

 

「いや、変わるさ。少なくともその夜雀は死なずに済む…………。

 それに、あんまり派手にやるとレミリアと咲夜に気取られる。連れ戻されてもいいのか?」

 

 話している間にもフランの掌には魔力が集中していた。明らかに殺意に満ち、ミスティアに向けて握ろうと筋から浮かび上がる程の力が込められていたが輝雄の握力がそれを上回り、辛うじて止めていた。数秒そのまま睨み合いフランの腕が僅かに軋み始め、遂にフランが力を抜いた。

 

「…………はいはい、分かったわ。先を急ぎましょうか」

 

 態とらしく溜め息を吐いて、ちゃぐちゃぐとリグルだった者を踏み荒らしながら先に進む。既にフランからミスティアへの興味は無くなっていた、それに対してミスティアは屈辱よりも腰が抜けるほどの安堵を覚え、汚れる事も構わずへたり込んだ。

 

「は…………はは、は…………り、リグル…………」

 

「…………」

 

 興味関心を失い、先に竹林の闇の中に消えていったフランを輝雄は追いかけるが、茫然としていたミスティアが横眼にやけに残った。

 

『自身の快と不快だけを生きる指針にすれば良いのよ。人間でも不快なら八つ裂きにして、妖怪でも気に入ったなら服でも皮でも剥いで組み敷けば良い』

 

『幻想郷の犠牲になった人間は貴方にとって赤の他人でしょう。それを憂い、慮るのは、ただの後付けの偽善よ?』

 

 妖怪の言葉が、不協和音の様に脳裏に反響する。まるで何をしようと全て掌の上と嗤われているように思えた。彼の視線の先にはリグルだった残骸とミスティアが居た。

 

 

 

「…………チッ、どいつもこいつも…………いちいち癪に障る」

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

「────────遅かったわね、何してたの」

 

「…………別に、ただの後処理だ」

 

 そう、と全くの興味も関心も無い返答だけしてフランはそのまま歩き出す。少し後に続き輝雄も歩く。巧妙に隠されていたが迷いの竹林の中心部、そこから結界の基軸に繋がる力を感じた二人は早々に飛ぶのを辞めて地上から向かっていた。

 

「ねぇ、やっぱり飛ばない? このままじゃ夜が明けるわよ」

 

「咲夜達や霊夢達に見つかって戦う事を考えたら、歩いた方が良い。

 この方が時間も体力も減らさずに済む」

 

「確かに、そうかもね…………。

 ────────()()()()()()()()()ね?」

 

 突如、膨大な霊力を上空から感知したと同時に、二人に大量の針と札が降り注ぐ。二人とも見覚えのあるそれに、フランは喜悦から微笑み、輝雄は小さく舌打ちする。レーヴァテインに札は焼き払われ、残華の剣圧で針は弾かれる。フランは速攻で竹林の上空へと向かい、輝雄も後に続く。

 

「────────アンタさ、そろそろいい加減にしなさいよ」

 

「────────そう言うな…………今回はただの保護者だ」

 

 大きな月と雑多に散らばる星々を背に、既に見慣れた巫女服を纏う少女が居た。そしてその背後には怪しく笑む賢者が一人。

 

「…………良いのか? 巫女ともあろう者が人間を家畜としか見てない人外と仲良しこよしで?」

 

「アンタこそ、教師のくせして人間も妖怪も殺し回る気狂い連れてるじゃない」

 

「…………もしかして、気狂いって私?」

 

 夜空で対峙する二人の後ろで、如何にも不満そうなフランの声が漏れるが、それに反応する者は居なかった。

 

「だから言ったろ、保護者だって。()()()()()()()()限りはフランは暴れさせないよ…………で? 

 そういうお前は徘徊老人に振り回されてんのか? 大変だな、()()も」

 

「そうね、(ところ)構わずアッチ行きコッチ行き、終いにゃ消え失せるんだから大変よ。だからアンタだけでも大人しくして欲しいのだけど?」

 

「…………まさか、徘徊老人は私の事かしら?」

 

 またもや二人の後ろで、八雲紫が微笑みながらセンスを軋ませ青筋がこめかみに浮かぶが、それに反応する者は居なかった。

 

「…………そうかい、分かった分かった、分かりましたよ。

 大人しく歩いて帰って寝まーす」

 

 不服げに押し黙っていたが、輝雄は観念したかの様に手をヒラヒラさせて踵を返す。フランは一部始終を意味深に眺めていたが、何も言わずに輝雄に着いて行く。霊夢はその姿を見て────────

 

 

 

「ありがたいわねぇ、話が分かる奴は…………

 ────────とでも言うと思ったかしら!!!」

 

 ────────素早く捕縛用の博麗の札を二人に向かって投げる。

 

 

 

 吸い込まれてる様に飛来する札に彼と彼女は一瞥もせず、吹き出した霊力がそのまま焔と変わり塵一つ残さず札を焼却した。輝雄は特段驚いた様子も無く、揶揄う様にせせら笑いながらゆっくり振り返る。

 

「酷い奴だなぁ、たった今帰ろうとしてたじゃないか? えぇ?」

 

「さっきの魔力奔流はフランでしょ? そしてそれまで気配は感じなかったって事は歩いて力を抑えて行動してた…………そんな狡猾な奴が正直に帰るとは思えないわね」

 

「よくもまぁ、そんな憶測だけで攻撃を…………」

 

 自信満々に不意打ちを仕掛けてきた霊夢は悪びれもせず宣う、あまりの清々しさに呆れ返るしかない輝雄だが言動とは裏腹に思考はシビアに回っていた。

 

(霊夢は俺を殴り倒してこの異変に関わらせないつもりか…………。

 だがそれだとフランが何しでかすか分からんし、異変の首謀者がレミリアや幽々子みたいに配慮分別があるとは限らん)

 

 いつ何時攻撃を仕掛けられても反応出来るように備えながら、視線は霊夢の背後────────八雲紫に向けられる。月光を浴びて影が差し、彼女は不穏な空気を纏う。扇子で口元を隠しているが、彼には薄く微笑んでいる様に見えた。

 

「────────フラン、後ろの老害の相手を頼む」

 

「別に良いけど…………私、介護なんてした事ないわよ?」

 

「大丈夫だ、二度と起き上がれない位目一杯振りましてやれ」

 

 ふよふよと自身の周りを風に流される様に漂っていたフラン、彼女が暇そうにしていたのを良いことに八雲紫の相手を頼む。真紅の瞳を霊夢の先にいる賢者に向ける、微笑んではいたがまたもや心外な言葉を使われた為か何処か表情が強張っている。

 

「────────良いのね? (こわ)しても?」

 

 輝雄の返事待たずにフランは突貫する。瞬きも許されないその速度は、身構えていた筈の霊夢すら一瞬目から消えて軽々とすれ違いレーヴァテインを振り下ろす。鈍く低い爆音が夜空に響き、一拍置いて烈火が花弁の如く広がった。その爆心地に居た八雲紫は────────

 

「────────あら? 思いの外頑丈ね? 骨とかスカスカな印象があったのだけど」

 

「…………姉と同じく歳上に対する口の聞き方がなってないわね。(しつけ)あげましょうか?」

 

「間に合ってるわ、貴女こそアイツ同様気取った態度が鼻につくわね。

 ドイツもコイツも人外の癖に人間の真似事してるんじゃないわよ」

 

 

 

 ────────やはり、先程同様に薄く微笑んでいるだけだった。

 

 

 

 摂氏数千度を超える炎剣を、何の変哲も無い筈の扇子で鍔迫り合う。両手で押し込むフランに対して、紫は片手で嫋やかに剣を受け止めていた────────火を見るより明らかな実力差、だがフランはそれに全く怯まず引き裂かれた様な笑みを浮かべ魔力の出力を跳ね上げる。

 

(…………? 妙だな、炎はまだ術式や結界で防げても、あのフランの腕力をああも簡単に抑え込めるのか?)

 

「────────隙だらけね!!!」

 

「────────ホントにそうか?」

 

 輝雄の死角から降り下されたお祓い棒を、鞘に納めたままの残華で容易く受け止める。霊夢は間を置かずに畳み掛けるが全て片手で防ぎ、空かし、抑えられる。僅かに顔を顰め舌打ちをしながら距離を離して札と針を放とうとするが、それより素早く太刀の柄頭が腹部に突き込まれる。

 

「ぐっ────────?!」

 

「…………どうした? 俺が格闘戦が得意な事なんて知ってたろ? 

 今のも大して威力は込めてないぞ、もっと本気で来いよ」

 

「…………手を引く気は無いのね?」

 

「お互いに、な?」

 

 不意を突かれたとは思えない程、平静平坦な声音で霊夢に語り掛ける。霊夢にはそこから何の感情も思考も読み取れず、構え直す。それでも尚────────輝雄の表情は変わらない。

 

「いいわ、ここらでどっちが強いか! 白黒ハッキリさせましょうか!!」

 

「血の気が多いな…………誰に似たんだか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





力関係以外は割とライブ感多めにお送りします。
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