某愛の神は関係ありません。
「三倍返しってさ、具体的にどうすりゃいいの?」
「止めてくれカガオ、その
「片思いの初恋でも拗らせたか?」
何故か
人選をミスっている気は自分でも痛いほどするのだが、悲しいかな。俺の激狭な交友関係ではコイツはかなりまともな方だ。つーか何で貰えなかったんだろう、東。コミュ力強者でパリピな奴だから義理の一つ位貰えそうな物だが………………普通、俺みたいな陰キャの方がほったらかしにされそうなものだ。
「輝雄、覚えときな…………女の子って生き物はな、ちょっと危ない雰囲気を醸す男に惹かれるのさ…………どうやらオレはオマエみたいなデンジャラスさ足りなかったみたいだ」
「そうか……だからデンジャラスな男と無計画にガキこさえて人生台無しになる女が後を絶たないのか…………」
「どうしてそうエグい考察するのかなぁ? 人の心とかないんか?」
「あぁ、アイツが持ってっちまったからな。因みにアイツってのは親の事」
「親と何があったんだよ…………」
「いや?
「何だ、心配して損した」
────────あぁ、何も無い。
幸せならオッケーです、なんてネットミームが昔流行ったが正鵠を得ている。幸せになれない奴の多い事多い事、自業自得ならまだ納得も出来るだろうが悲劇とは降って湧いてくる物、転がる石の様に自分ではどうしようもなく、ただ砕けるのを待つだけというのが実情である。俺も例外では無い。
「────────って、そんな事はどうでもいいんだよ。ホワイトデーのお返しの定番とかなんか無いか? 現ナマ? それとも換金制の高いアクセサリーとか?」
「キャバ嬢にでも貢ぐ気かオマエは! バッキャローオマエそういうのはなぁ! 大切なのは気持ちなんだよ!」
「気持ちで腹は膨れんだろ」
「人は!!! “心”だろうが!!!」
「俺には持ち合わせがないな、“
向かい合わせの机で飯を食いながら会話のキャッチボール、但しお互いデッドボールしか投げていない。結局、東の話はあまり参考にならなかった、気持ちねぇ……………………それが汲めるなら、俺はもう少しマシな生き方が出来たのだろうか? 俺がいない方が幸せになれた人もいたのでは無いか、そんな俺の
「ま、アレだ。どーしても思いつかないなら、いっそその子の願いでも叶えてやったらどうだ?」
「えー……どうしよ、連帯保証人になって下さいとか言われたら」
「いや生々しい生々しい、生々しいよ。中学生の発想じゃないよ、オマエ歳幾つ?」
「生きた時間の密度は同年代より濃いよ」
────────あぁ、死ぬほど。吐き気を催す濃厚な地獄の様な時間を味わったさ。死ねば楽になれるなんて考える程…………あ、いかんいかん、悪い癖だ。
♢
「フッ! 成る程! それでプレイボーイ(自称)の僕に助言を────────」
「いや求めてません。古賀さん掃除の手を止めないで」
放課後、バイトがあった俺はそのまま喫茶店に直行し制服に着替えて業務に従事する。平日の夕方な為か店はガランとしている、これでも昼間や土日は割と盛況している方なので店長や俺にとっては堅苦しくなくて丁度いい、勿論仕事はサボらないが。
「そうね、古賀くんの恋愛経験なんて基本連戦連敗だから輝雄くんの参考にならないわ」
女性にしては背が高めでほっそりと、どこか儚げなく雰囲気を纏う美人、白い和風を着ると雪女っぽい印象がある。入江さんが呆れながら食品や珈琲豆の管理をしながら言う、古賀さん同様、俺が働き始める前からいた従業員。
古賀さんは並々ならぬ感情を向けている様に俺には見えるが、サラリと毒を吐き一線を超えさせない彼女の態度から言って正直望み薄である。仲は悪くいんだけどなー、いかんせん古賀さんが距離の詰め方間違えてる気がしてならない。
「酷いなぁー、確かに常勝無敗とはいかないけどそれでもアドバイスくらい出来るさ」
「…………例えば?」
「そうだな……輝雄あの子とは付き合い結構長い?」
「まぁ、そこそこ?」
食器を割らないように、丁寧に陶器の輝きだけになるよう、洗いながら答える。それを聞いた古賀さんは木のフローリングに泥を残さない様に丹念にモップ掛けをしながら得意げに答える。
「だったら何処かに出掛けるのもありだけど、家デートなんてのもいいんじゃない?
外に出たら予想外の出来事で台無しになる可能性もあるけど、家デートなら基本どんちゃん騒ぎしてれば楽しい思い出になるしね。普段から二人で出掛ける事が多いなら案外アリだよ」
「あらヤダ、古賀くんにしてはまともな意見…………」
「入江さんの中で僕はどういう評価なのさ……」
「偶に超ウザいわね」
「シンプルに超辛辣」
「仕事しましょうや、お二方」
閑散とした夕暮れの時の喫茶店。慣れた雰囲気で気兼ねなく言い合う二人の掛け合いはいつもの光景だった、それを他所目にしながら食器をしまう。そして俺が上がる前、夜がとっぷり更けた頃に店長が帰ってきた。
「おや、輝雄君まだ上がってなかったのかい?」
「えぇ、はい。でも明日は休日ですし、このゴミ捨てを終えたら上がりますよ」
「助かるよ、力仕事はこの歳じゃキツくてね」
ロマンスグレーの髪を緩めにオールバックにし、初老でありながら真っ直ぐな背筋は熟練の執事の様だった。この人を目当てに来る婦人も少なくない。ダンディと言うにはやや柔和で、イケメンと言うには歳を取っている、どう表現すればいいのか分からないがそこはかとなくカリスマを漂わせている不思議な人────────それが
「ふむ…………そういえばもうすぐホワイトデーだね、輝雄君はやっぱり
「…………えぇ、まぁ、はい。一応考えてます」
「ははは、否定しないんだね」
「この狭い田舎街、俺もアイツも目立ちますからね。今誤魔化しても意味ないでしょう」
それにこの人は吹聴する様な人じゃない。恐らく古賀さん辺りが“店長! 輝雄君に春が来ました! ”とか言ったのだろう…………ヤバいな、めちゃくちゃ簡単に想像がつく。あの人意外性とか無さすぎだろ。
「ふふ…………いや、学生生活を楽しんでいる様で何より。君がちゃんと周りの人達と馴染めているのか心配してたんだよ。まぁ、私はただのバイト先の店長なんだけどね」
「…………」
細い目から、何故か子供の成長を見守る瞳が垣間見える。この人はいつもそうだった、俺という厄介事を躊躇なく雇い、その上色々面倒を焼いてくれる。数少ない俺が頭の上がらない人だった、何なら古賀さんと入江さんも頭が上がらない様だし…………人徳というやつだろうか?
「引き留めて悪かったね、もう着替えてるみたいだしゴミ捨てを終えたらそのまま帰っていいよ」
「わかりました。お先に失礼します」
店長はそのまま裏口から店内に戻る、時間帯的に店長も最後の確認だけだろうが別に待つつもりも無い。逆に気を使わせてしまうし、何より俺が深夜徘徊すれば、いよいよ不良扱いの反論が出来なくなる。
暗い田舎道、街灯は殆ど役に立って無いが夜目はかなり効くので問題無い。俺もさっさと帰るとしよう。
♢
「────────そもそも話、アイツは俺からのお返しとか期待してんのかな」
ボロアパートの一室、布団の中で天井を見ながら呟いた。
はっきり言って、俺の様などこかイカれた人生の落伍者は、後輩の様に真っ直ぐ素直で、前向きに明日がより良いものになる事を信じながら生きている人種とは距離を置くべきだろう。
この田舎街ではマシだが、俺の今までの人生では、周りにいる人達も悉く巻き添えに不幸にしてしまった事だってある。無論、俺にはそんなつもりは無く不可抗力だったのだが、人の秘密をほじくり返すのが好きな人間は俺の事をほっておかなかった。
どこから情報が漏れたのか、次の日には机に献花があった事もある。ドラマ以外で見た事ないぞ、机に献花。相手にしなければその内収まると思ったが、仕返しされないと相手はつけ上がるだけだった────────あとはもうテンプレ通りの流れだった。関係者全員血祭りに上げて、イジメの証拠を色々な場所に滅多やたらに贈ってやった。後悔は無い、でもしてやったという達成感も無い、虚無感。虚しく空しかった。
「……………………そういや、あのイジメっ子共今どうしてんだろ?」
人間不思議なもので、仲良くしていた同級生よりも憎たらしい相手の奴の名前や声をいつまでも覚えている。過去を思い返して“昔は良かった”と思える奴は何だかんだと言って結局、幸せに生きれている。俺には“良かった”なんて思い返せる幸せな記憶は殆ど無い────────思い出せば同時に、今でも生傷として残っているトラウマが開く。
「………………止めだ止めだ、不毛にも程がある」
俺の不幸にアイツは関係ないのだから、巻き添えとか考え無くていい。俺はただの先輩として後輩に受けた恩や借りを返すだけ考えればいい。そして俺はいつもの様に、目を閉じて────────いつもの様に、あの澄んだ夏の悲劇を夢に見る。
♢
「珍しいですねー、先輩から誘ってくるなんて?」
「あ、あぁ、まぁ、偶にはな?」
ちょっと
「先輩? なんか気分でも悪いんですか? 顔色が優れませんが」
「いや気にしなくていい。目眩と吐き気と絶望に苛まれただけだ」
「重症通り越して瀕死では?」
しかし俺にはそんな事は関係無い、結局のところホワイトデーのセオリーとか分からなかった。アクセサリーなどのファッション性は自信が無いし、消え物の方が後腐れが無いと思ったのでここ数日間の間全力で練習したスイーツと苦さ控えめのコーヒーを淹れた。何というシンプルさ、これで喜ぶ女子なんて居るんだろうか、今からでもキャッシュを渡した方がいいのでは?
しかし、そんな被害妄想が湧き上がるが辛うじて払い除ける。考えに考えを重ねて俺なんかに出来た事は結局この程度だった。これを機にちょっと奮発したミルを買い、高めの豆を自分で粉砕して、スイーツも東と古賀さんに味見してもらい(後半砂糖を吐きかけていた)、ようやく納得のいく領域に達した。燃え尽きたぜ……真っ白にな……(砂糖)。
「迷惑かも知れんが……ほれ、生チョコブラウニーと珈琲だ。苦さは控えめに淹れたから飲みやすいと思うぞ」
「…………え、待って下さい。珈琲は兎も角、このケーキって買った奴ですか?」
「いや作った。俺も市販を考えたんだが、自作しろって言われてな…………まぁ、あれだ、全力は尽くした。気に入らないなら後日違うのを────────」
────────買ってくる。と言うよりも先に後輩は既にブラウニーをフォークで切り分け口に運んでいた。自分でも納得のいく出来だったとは思うが、やはり緊張した。口に運ばれ咀嚼し、嚥下すること時間が永遠とまではいかないが数倍に伸びる錯覚がするほど。
「………………で? どうだ? 不味かったか……?」
「………………いや、ヤバいですよ先輩。これ店に出せますよ…………こんなシンプルなのに濃厚でしつこくないチョコケーキ初めて食べました…………珈琲も美味しいです、なんか異様に合うんですけど」
「そのブラウニーに合う様にオリジナルのブレンドを作った。お気に召したなら何よりだ」
ちゃぶ台の前で固まる後輩はどうやら美味しさで固まった様で、気に入らなかったわけではない様だ。俺は胸のつっかえが取れた様に、後輩に気付かれない様溜め息を吐く。マジでしんどかった、何なら俺もブラウニーと珈琲が食事になったくらい試食しまくったから、苦労が報われた気分だ。しばらくチョコ食いたくない(死んだ目)。
「先輩将来パティシエとかになったらどうですか? 通えたら通いますよ、私」
「馬鹿言え、こんな家庭料理の延長線上で金取れるかよ」
「いやー……そんな事無いと思いますけどねー……」
対面側のちゃぶ台に座りながらブラウニーに舌鼓を打つ後輩を見ながら、珈琲を飲む。休日の昼下がり、緊張が解けたせいかいつもより美味く感じる。しかし後輩は俺が眺めながら、珈琲を飲んでいるのに気付いたのか手を止める。
「あのー……先輩? そうじっと見つめられると恥ずかしいんですが……」
「あー悪かったな、そう満足そうにしてると、こっちもやり切った感に浸れてな」
「ふふふ、そうですかそうですか! 可愛い後輩からのチョコがそんなに嬉しかったですか!」
ドヤ顔で、歳の割には発育のいい胸を張りいつも通りの天井知らずの自尊心を見せる。しかし……まぁ……今日くらいは浸らせてやるか……。
「そうだな。何のかんの言っても、あのチョコが一番美味しかったし嬉しかったよ。ありがとな」
「────────」
俺がそう言うと、何が意外だったのか後輩は固まる。表情筋すら動かず茫然としている…………え、何? 怖ッ。
「ふふふ、ふふふふふふ、そうですかそうですか! 遂に先輩も私の魅力に気付きましたか! はぁー! 罪だわー! 私ってば罪作りな女だわー! 先輩からツンデレを引き出しちゃうくらい罪な女だわー! その気も無いのに相手を本気させちゃったわー! 男子にモテモテな青い春を過ごしちゃってるわー! でもごめんなさい今はちょっとそういうのは考えてないって言うか巫女としてまだまだ未熟ですしちゃんと許可とか挨拶周りした上で本気である事を伝えて貰わないと────────」
「あ、うん。もういいぞ、喋らなくて」
死ぬほどめんどくさいな…………コイツ…………。
言うて主人公も面倒くさい性格してるけど(笑)