2021年は平和……うおおドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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待っていた方がいましたらお待たせしました。『2020年になったのでドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!』の続編、ナナゾジ原作のうちの13班二次創作になります。

作品説明にもあるように完結までストックがあるわけではないので投稿ペースは推して知るべし……なんとか書き切れたらいいなと思っているのでがんばります!



PROLOGUE 2021年 東京
Count 0. コール、13班!


 

 

 

 花が咲くように、肉塊が飛び散った。

 

 花畑。同じ形の花弁が円となり、開いて、芳しい香りを運ぶ鮮やかな絨毯。

 いつか目にしたそれのように、目の前には無数の赤い徒花が咲き乱れ、生温い鉄の香りを漂わせている。

 

 断末魔も上げられず、仲間がびたびたと血潮をまき散らして崩れる。泣き別れになった下半身はその場に倒れ、吹き飛ばされた上半身は弧を描いて自分の頭上を飛んでいく。赤い雨が降り注ぎ、精錬された武具の輝きを塗りつぶした。

 

 右に、親が帰りを待つ若輩が倒れている。

 左に、子を抱きしめてから武器を手に取ってきたという壮年が転がっている。

 目の前では、ついさっきまで支え合っていた仲間の下半身が地に伏している。

 何かを守るため、共に武器を手に取った者たちが、ただの血と肉の塊になって絶命している。

 

 同胞を屠った怪物が体を起こした。ぬらぬらと牙を濡らす唾液に、鮮血にひたされて目に痛いほど赤くなった、先のとがった長い舌。

 

 湧き上がってきたのは恐怖ではない。純粋な怒りだ。

 これだけ蹂躙しておきながら足りないか。生きとし生ける者、全てを喰い千切らなければ満たされないというのか。

 

 ──いいだろう。

 

 ならば今度はこちらが、その救いようのない飢餓ごと切り刻んで、貴様を踏みにじる番だ。

 

 たとえ自分が最後の独りだろうが、おまえたちを否定しきるまで止まってなるものか。

 おまえたちには存在しない心──恐怖を生み出して、根付けて、広げて、許しを請うてくるまで刃で抉ってやる。そして許しの代わりにとどめを与えてやる。

 否定してやる。生まれたことを、存在したことを絶望させてやる!!

 

 

 血の海になった地を蹴り上げる。

 堅牢な表皮に無数の傷を刻めど、致命傷すら与えられていない化け物……竜に突進を仕掛ける。

 唯一柔い目玉を狙い振りかぶった瞬間、ぞろりと並んだ牙に腕を切断された。筋肉も骨も容易く削がれ、片腕は固く武器を握ったまま宙を舞う。

 

 ──まだだ!

 

 残った片腕でスペアの武器をつかむ。竜の動きが鈍るのを見逃さず、疲労でだらりと開いた顎に一太刀を突きこんだ。

 仇敵の絶叫が世界を揺らす。

 終わらない。負けてなるものか。

 斬る。潰す。下す。突き落とす。喰らいついて噛み千切って抉り出して粉々にして殺せ殺せ殺せ。

 

 殺す。

 

 殺す!

 

 

 ──絶対に殺してやるっ!!!

 

 

「ああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「──あ、あ……あ、あ?」

 

 

 白い天井が見える。

 肺に流れてくるのは新鮮な空気で、目を射るのは電灯の光。吐き気を催す血生臭さも、体にどろりとまとわりつく赤い海も、目の前に迫っていた憎きおとがいもない。

 前に突き出しているのは、喰いちぎられたはずの腕。

 

 

「……」

 

 

 自分が仰向けに転がっているのに気付き、上体を起こす。振り払ってしまったらしいタオルケットが床に落ち、体重を支えるマットレスがわずかに弾んだ。

 

 何だ、今のは。夢か?

 胸糞悪い光景の名残りか、嫌な頭痛がこめかみを襲う。

 職業柄、体調管理には人一倍気を付けているつもりだ。睡眠だって毎日しっかり取っている。なのにこの気持ち悪さは何だ。

 勘弁してほしいと頭を振ると、地響きと共に騒がしい足音が近付いてきた。

 数泊置いて、蝶番が吹っ飛ぶ勢いで扉が開く。

 

 

「シキちゃん!? 大丈夫!? すっごい絶叫が聞こえてきたんだけど!?」

「……ミナト」

 

 

 勢いよく駆け込んできたのは、共同生活を送るパートナーだ。足で扉を押し開けるのはらしくないと思ったが、皿を持っているため両手がふさがっていたかららしい。

 皿をテーブルの上に滑らせ、彼女は自由になった指先に淡い光を灯す。怪我の類ではないから治癒能力を使っても効果はないと思うのだが。

 額に手を当てられ、まぶたをめくられ、脈を取られ、深呼吸を促され肌着越しに心音を聞かれる。

 現役の看護師たちに医療の勉強を見てもらっているということもあってか、手つきには無駄がない。数分もしないうちにミナトはふうと息を吐いて汗をぬぐった。

 

 

「見た感じ問題ないみたいだけど……何かあったの? フロア中に声が響き渡って……びっくりして何人かずっこけてたよ?」

「悪い。やな夢見ただけ」

「夢?」

 

 

 そうだ、夢。ただの夢。現実から最も遠くかけ離れた、支離滅裂な情報のパッチワークだ。

 自分たちが送っている日常とは、何の関係も──

 

 

「シキちゃん?」

 

 

 目を閉じて開いた瞬間、顔を覗き込んできたミナトの下半身が千切れて倒れた。

 くびれから上を残して、臓器と血の滝が流れだす。

 

 

「っ」

「びゃあっ!?」

 

 

 素っ頓狂な声が上がった。自分がパートナーのくびれをわしづかんだためだ。

 もう一度まばたきをすると、彼女の下半身はちゃんとそこにあった。傷ひとつついていないし、汚れもない。念入りに揉めば骨と筋肉がぐにぐに動いて、問題なく機能していることがわかる。

 

 

「し、シキちゃん、待って……あんまりおなかは……最近運動できてないから、ちょっとぷにってきてるからあぁぁ」

 

 

 満足いくまでこねくり回し、ギブアップの声が上がったところで手を放す。

 ミナトは腹部をかばってテーブルまで退避した。テーブルの上では放置されていた朝食二人分が湯気を上げている。

 

 

「ほ、ほんと、どうしたの……?」

「……やっぱり夢か」

「夢? あ、嫌だったら言わなくていいけど……」

「別に。言うほどじゃない、つまんない夢よ」

 

 

 時計が示す時刻は午前七時過ぎ。日課である早朝の訓練を終え、小休憩としてうたた寝したはいいが、結果最悪な夢を見てしまった。体も汗ばんで気持ち悪い。

 シャワーを浴びたいが、それは食後にしよう。パートナーと共に食卓について手を合わせる。

 

 

「んー、おいしい……配給される食材とか炊き出しのレパートリーも増えてきてるし、復興が進んでるって感じでいいねぇ」

「どこで復興を実感してんのよ」

 

 

 先日成人したというのに、ミナトは日に日におとぼけ感が増している気がする。まあ、そうなるのも仕方ない気はするが。

 

 2021年4月16日現在、人間はドラゴンから勝ち取った平和の中で生きている。日々呑気に過ごしても咎められない程度の余裕が、ここ霞が関にはあった。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

『グッモーニン! 時間は八時! トーキョーのみんなはもうウェイカップ? 今日もDJチェロンが国会議事堂第一スタジオから元気いっぱいハッピーなチューンをメニメニお届けするよ!』

 

 

 天井の四隅に設置されたスピーカーから、弾けるような声が飛び出した。

 太陽が目を刺激して自分たちを起こすなら、この声は耳から気持ちよく覚醒を促してくれる。白髪と褐色肌のコントラストがまぶしい女性を思い浮かべながら、のんびり眠っていた人間が起き上がり始めた。

「人助け」を信条とし、裏表のない笑顔で駆け回る古菅(フルスガ)チェロン。人々から尊敬と信頼を集める彼女の放送は目覚ましとして一定の需要があった。訛り混じりの陽気なトーンに、彼女と付き合いのある者は今日も元気だなぁ、と表情筋を緩める。

 

 

『オケィ、それじゃあサッソクいっちゃうよ? かけちゃうよ? 今日のファーストチューンは第七居住区の怯えていた男サンからのリクエスト! Twinkleで「いつもそばに」……』

 

 

 人気のポップスが流れ出すのを合図に、朝の空気が活気付く。

 人々が背筋を伸ばして挨拶を交わし始める一方、音楽が流れないように配慮されている大部屋も、違う意味での盛り上がりを見せていた。

 国会議事堂、2021年から新しく人類の拠点となった場所の参議院本会議場で大人たちの声が飛び交う。

 一度文明が崩壊し、生活水準が大きく下がってしまった東京で、どこから復興作業に手をつけるべきか。ひとつ意見が上がれば反対が飛び、やっと議決に進むかと思いきや待ったがかかり、話し合いは遅々として進まない。

 

 

「そんなことに予算を回すなら、まずは居住区の整備が先だろう!」

「そうですわ! 子どもたちの教育だってまだまだままならないって言うのに……」

 

「いや、しかし包括的な復興政策としては情報網と交通網の復興が不可欠で──」

 

「それより電力不足はどうなるのー? こないだの停電も、結局二日間も直んなかったし、こっちの対策も進めてもらわないとさぁ」

「診療室の待ち時間が長くてのう……なんとかしてもらえんもんじゃろうか……」

 

「皆さん、順番に! 順番にお願いします!」

 

 

 円を描いて弁を振るう老若男女に、昨年よりも白髪の増えたアリアケ議員が声を張り上げる。

 密集する上に、とにかく自分の意見を聞けと押し寄せてくる人、人、人。通勤ラッシュの満員電車、炎天下の大都会での交通整備といい勝負だ。

 アリアケ議員は千手観音でなければ聖徳太子でもない。政治家としてどれだけ優れた目と耳と経験を持っていても、怒涛の大合唱を捌くことはできず、まずは一列に並んでと根気強く言い聞かせる。

 詰問と紙一重の人の波を食い止める部下を眺めながら、壇上の奥に座る総理大臣、犬塚 源一郎は重く息を吐いた。

 

 

「……情けない話だ。あちらを立てればこちらが立たず。議論のひとつもまとまらない」

 

 

 共通の敵がいれば人は団結するという。その説は人類滅亡の危機が訪れたことで証明された。

 2020年、人を喰らうドラゴンたちが地球に降り立ったその時だけは、世界で起きていたあらゆる問題が蚊帳の外になった。戦争に使われる兵器は全てドラゴンに向けられ、人種で争う余力も生き残るためにつぎこまれた。それでもほぼ全ての国が陥落されてしまったが。

 

 目の上どころか死因となりかねないたんこぶが消えたはいいものの、かつての豊かさを取り戻す道程は険しい上に細かく枝分かれしている。

 秒で生きるか死ぬかが左右される非常事態が去り、生活に余裕ができた途端、今の生活は不便だとか、娯楽が足りないとか、限りなく要望が湧いてくるのだ。

 

 

「一年前のように一致団結して困難に立ち向かうあのまとまりはもう望めないのだろうか……」

 

 

 人々の矢印は点でばらばらな方向を向いていて、舵を取るのも難しい。船頭多くして船山に上るというが、議事堂という船はまだ海に漕ぎ出すことさえできていないように思える。

 頭を悩ませる日本のトップは、どうしたものか、と隣に立つ線の細い白衣に視線を向けた。

 

 

「……キリノ君。ムラクモ機関の総長として、君の意見を聞かせてくれないか」

 

 

 アドバイスを求めた相手はひょろりと背が高く、見上げた首が少し辛くなる。

 美白というよりは、屋内にこもっていたがゆえの不健康な白い肌。使い込まれてメッキがはがれ始めている銀縁眼鏡。

 一目で理系、頭を使うタイプだとわかる男性は、総長と呼ぶには少し頼りない八の字眉になった。頭が横に振られ、緑の髪がさらりと揺れる。

 

 

「……イヌヅカ総理。我々、ムラクモ機関はあくまで政府の一組織。政治について語る言葉は持ちません」

「またそれか……」

 

 

 何度か声をかけはしたが、キリノ──桐野 礼文(キリノ アヤフミ)はそのたびに謙虚な言葉を返すだけ。イヌヅカ総理もたまらずかぶりを振った。

 丸投げをするわけではないが、キリノは一癖も二癖もある人員が集うムラクモ機関の総長だ。人をまとめる経験がないわけではないだろうから、意見を求めるものの、いい返事はもらえない。

 

 

「去年のドラゴンの襲来から東京を……いや、世界を救ったのは君たちだ。本来であれば、君が復興の陣頭指揮を執っていてもおかしくないというのに……」

「僕は……いえ、ムラクモ機関は、そんな野心を持ってはいません。我々はマモノ討伐をはじめとする、この国の危機管理組織のうちのひとつです。それ以上でもそれ以下でもありません」

「……だが、しかし……」

 

 

 うじうじと食い下がるイヌヅカ総理にキリノは苦笑する。彼の気持ちはわからないでもないからだ。

 頼られるのは嫌、というわけではないが、竜災害と政治ではまるきり畑が違う。未曾有の非常時において政治家は無力だったが、逆に対ドラゴン戦線で活躍した者が政界でも輝くのかと問われれば否である。

 ムラクモ総長と総理大臣の共通点は人の上に立つということだけで、他はまったくかすらない。互いに代役など務められないだろう。

 がんばってくださいと念をこめつつ、キリノは総理の助けを求める視線に今度はきっぱりと告げた。

 

 

「ドラゴンの脅威が去った今、日本の復興の主役は市民たちです。これからは総理を中心に市民の方々が団結してこの国をまとめていただかなくては──」

 

「イヌヅカ総理! ちょ、ちょっとこちらへ!」

 

 

 言葉は壇上に駆け込んできたマカベ国防長官に遮られる。

 嫌な予感を察知したのか、総理は眉間に刻むしわをさらに増やした。

 

 

「何だねいったい……」

「防衛費の予算配分の件で、市民団体が情報公開をと……」

 

 

 国防長官に引きずられて総理が降りていく。

 ますますヒートアップする議論から逃れ、キリノは会議場を後にする。

 廊下に避難し、大部屋の扉を閉め、ふうとため息をひとつ。

 人々の意見交換は熱が入りすぎて空回り気味だ。復興のために奮い立つのはいいが、他と衝突して、結果進まないなんて本末転倒だろうに。

 

 

「会議は躍る、されど進まず……か」

 

 

 疲れたと口にしてしまえばもっと疲労感が出てしまいそうで、喉元まで上がってきた言葉を呑みこむ。

 絨毯の上品なえんじ色ですら胃もたれするように重く感じ眉間を揉むキリノの視界に、純白のフリルがひらりと飛び込んできた。

 

 

「あっれー? キリノさんじゃないですかぁ! おはようございまーす☆」

 

 

 おはようございまーすと後を追って子どもの声が響く。

 顔を上げると、ニコニコ笑顔の子どもが数人……違う、一人はおそらく成人前後だ。政治とはまだ無縁の子どもたちとそろってあいさつをした女性、レイミが元気に手を振ってくる。

 ムラクモ機関開発班所属の彼女は今日も今日とてメイド服だ。なぜその服装なのか、詳しい理由は誰も知らない。ちなみに彼女が子どもなのか大人なのか、その年齢も誰も知らない。

 

 

「ああ、レイミくん……おはよう」

「大丈夫ですか……? なんかすっごく疲れてるみたいですけど。あ! そういえば、今日のモーニングチェロン、元気がもらえる歌特集だったんです。ほら、聞いてみます?」

「え、い、いや……」

 

 

 返す暇もなく目の前に携帯ラジオが突き出された。

 レイミのお手製だろうか、ピンクに塗装されたファンシーな携帯ラジオはDJチェロンの声を廊下に流す。

 

 

『……ってワケで二曲続けてリスンしてもらったゲンキンもらえるソング! ゲンキンもらってみんなハッピーだよね! サイコーだよね!』

 

 

「ン」の一文字が加わっただけでよろしくない響きに聞こえるトークに苦笑いが出る。今日のラジオ放送始めの時はちゃんと「元気」と言っていなかっただろうか。

 

 

『それじゃあ続けてネクストソング! ……と思ったんだけど、ジャスタミニッ!』

 

 

 チェロンが珍しく真剣な声を響かせる。

 おや、と思うのと同時に議事堂中に警報が鳴り、視界が痛々しい赤に染め上げられて思わず目を閉じた。

 緊急事態を告げる非常灯の光だ。水を打ったように議事堂中が静まり返り、チェロンの大きい声が一層よく通る。

 

 

『キンキューのインフォメーション入ったよ。スカイタワーの周辺にメニメニマモノ出没ってヤバいじゃん? 危ないじゃん? リスナーのみんなはキープオフ! 近付くのはナッグッだよ!』

 

「ええ〜!?」

 

 

 間髪入れずレイミが目を丸くした。

 マモノの出没地点、東京スカイタワーはここ議事堂からは離れているが、自分たちと縁がないわけではない。

 六三四メートルの空を突く塔。情報網の中枢として調整がされている、東京ひいては日本復興の重要施設だ。マモノの大量発生は、間違いなくその遅延に響いてしまうだろう。

 

 

「東京スカイタワーって、今度みんなで復旧のお手伝いに行くところじゃないですか〜! レイミ、心配ですぅ……」

「ようやく、彼女たちの出番か……」

「え?」

 

 

 レイミへのあいさつもそこそこに、キリノは駆け出す。

 向かう先は会議場とは反対方向にある、衆議院本会議場。現在は自分たちムラクモ機関の本部として使われている大部屋だ。

 

 都庁時代からの顔馴染みである守衛に手を振り、扉を開く。

 竜災害前のクラシックな雰囲気はどこへやら、目に入るのは、壁を隅まで埋める複数の大型モニター。血管のように床の上を流れるケーブル。山脈のように連なる資料のタワーだ。

 

 すっかり戦闘専門組織の現場として煩雑になってしまった部屋の中央、額を突き合わせていた瓜二つの少女と少年がぱっと顔を上げた。

 

 

「キリノ!」

「ったく……遅いぞ、キリノ!」

 

 

 手招きをする少女、NAV3.7と口をとがらせる少年、NAV3.6。愛称ミイナとミロク。今年で十四歳になる双子が自分を呼ぶ。

 人工生命体という出自ゆえ同年代と比べるとかなり小柄な二人だが、近付けば去年と比べてだいぶ背が伸びていた。琥珀色の目に大人顔負けの知性を宿し、てきぱきと状況の報告をしてくれる。

 

 

「総理からの出動許可は降りてる。これで三十五日と二十時間分の機動班出動要請か。待ちくたびれたよ」

「出動部隊はこちらに任せるとのことですけど、出動するのは、もちろん……」

「ああ」

 

 

 うなずいて振り返る。

 この言葉を、彼女たちの存在を口にするたびに、実は胸が弾んでしまう。非常時にうきうきするなんていけないとは思うけれど、今から自分が呼ぶのは、去年地球を襲った悪夢を覆してみせた自慢の仲間だ。その活躍を見聞きできる機会があるのは、嬉しくないとは言い切れない。

 

 気を引き締めて息を吸う。

 ムラクモ機関総長、桐野 礼文は背筋を伸ばして大きく発声した。

 

 

「ムラクモ13班、召集だ!」

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 日本政府の特務組織『(ムラ)(クモ)機関』。そこに属する機動班の第13班、通称『13班』が自分とミナトをセットにした呼び方だ。

 主な仕事内容は異形の獣「マモノ」の退治。2020年は外宇宙から飛来した脅威「ドラゴン」の討伐に命懸けで挑むことになった。

 地球を滅ぼさんとしていた脅威の排除が完了すれば、自分たちはほぼお役御免。ドラゴンとの戦いで負った傷は一朝一夕で治るものではないため、静養も兼ねて13班は非常時以外は凍結されることになった。

 

 

「久々の召集じゃない? 前に出動したのは……」

「先月だね。身体鈍っちゃってるかも」

 

 

 最後に13班として活動したのは一か月以上も前だ。

 寒さが和らいで春が顔を出し始めた先月、関西からこちらへ来たという一団をミナトが発見し、重傷者もいるとのことで自衛隊と共に救助活動を行った。今回はそのとき以来の出動になる。

 マモノの大量発生ということは間違いなく戦闘になるだろう。日々運動はしているものの、戦うのは久々。勘が鈍っている可能性がある。気を付けて向かわなければ。

 

 赤い腕章を左腕に通し、小走りで議事堂を移動する。

 元自衛隊所属だった守衛たちのあいさつに応えて扉を開けると、自分たちを呼んだ上司と、ナビを務める双子が待っていた。

 

 

「キリノ、来たわよ」

「おはようございます。13班入ります!」

「シキ、ミナトくん、おはよう。今回もよろしく頼む! さっそくで申し訳ありませんが、今回のミッションを説明します」

 

 

 キリノの後を引き継ぎ、ミロクとミイナが前に出る。ほぼ毎日顔を合わせてはいるが、作戦のブリーフィングとして集まるのは久しぶりだ。

 ナビの仕事ができることが嬉しいのか、二人は一度笑顔を浮かべてから真剣な表情に切り替わった。

 

 

「二時間ほど前、東京都墨田区押上においてマモノの発生事件があった。発生場所は東京スカイタワー……大規模なマモノの群れが発生していて、危険度はBランクだ」

「スカイタワー内部では、電子ネットワークの復旧工事が行われていて、多くの技術者が取り残されたままです。堂島 凛陸将補率いる自衛隊の一個中隊によって救助活動が進められているけど……想定以上にマモノの数が多いため、救助活動は難航中です」

 

 

 マモノの発生自体は現在の地球では珍しくはない。けれど人海戦術を得意とする自衛隊でも手を焼くほどの規模はなかなか見られない。

 ばらけてならともかく一か所に数が集中するということは、それなりの原因があるのだろうか。

 

 

「堂島陸将補からの救助要請を受け、我々は13班の凍結を解除、本作戦に出動させることを決定しました。東京スカイタワーのマモノを討伐。及び、技術者の救助活動が今回のミッションです。君たちのことだから心配はしていないが……」

 

 

 キリノが自分たちを……主に、体をまじまじと見つめる。やましさは一切なく、性別など意識していない保護者の目つきだ。

 シキとミナトは去年の真竜ニアラとの戦いで致命傷を負っている。実際に帰還直後はシキこ心臓の動きが何度か止まったりミナトが昏睡状態から目覚めなかったりと三途の川も渡りかけていた。それを踏まえての視線だろう。

 

 

「一年前の戦いの後遺症で、本来の力はまだまだ出せないはずだ。そうでなくても久々の実戦。十分に注意してほしい」

「相変わらず心配性ね。脚ならもう大丈夫よ。なんならここで実演できるけど」

「あ、ちょ、ちょっとシキちゃん……!」

 

 

 シキが片脚を振り上げようとして、ひらりとスカートが揺れる。

 ルックス抜群の女子高生の脚。サイハイソックスを穿いているとはいえ、ふくらはぎから太ももまでの滑らかな線は嫌でも周囲の視線を釘づけにしてしまう。

 ミナトは慌てて抱きしめる形で少女を押さえた。ミイナが素早くミロクの目を塞ぎ、キリノは固く目を閉じて手を前に突き出す。

 

 

「だ、だから! 君たちのことだから心配はしていないって言ったじゃないか。13班の実力は、僕たちが誰よりわかってるんだから。実演も結構です!」

「あっそ」

「私たちほんっと、爪一枚も欠けずに回復できたのが不思議な状態でしたもんね、キリノさんのお気持ちはお察しします……。なので、支援はよろしくお願いします」

「ああ、もちろんだ。僕たちの役目は、13班を信じてサポートすることだからね」

「私たちにとっても久しぶりだけど、腕はなまってないつもりです。後方支援は任せてください!」

 

 

 ミイナが鼻を鳴らして赤い袖をまくってみせる。去年の戦いで13班のナビを務めたミロクがうなずき進み出て、握り拳を突き出してきた。

 

 

「満を持しての出動、だしな。見せつけてやろうぜ!」

「うん。この形でミロクにナビしてもらうの本当に久々だなー。先月の出動は途中合流って感じでドタバタしてたもんね」

「自衛隊一個中隊で対応しきれないってことは、去年のムラクモ試験以上の数ってことね。ナビ頼んだわよ」

「了解! それじゃあよろしくな、13班!」

 

「準備は万全かい? それでは、ムラクモ13班、出動だ!」

 

 

 キリノの号令でシキとミナトは素早く踵を返す。

 

 

「……いいな」

 

 

 ミロクとアイコンタクトを交わして本部から出ていく13班の背中を見つめ、ミイナがぽつりと呟いた。

 

 

「ミロクは、13班の専属ナビ……ですもんね」

「寂しいかい?」

「……少し。けど、ミロクだけで大変なときは私も手伝いますし、ちゃんと私にもナビとしての仕事があるので、大丈夫です! 10班には改めてヒムロが加わって、人員補充も考えているみたいでしたから、私も13班と一緒に戦う日はそう遠くなさそう」

「うん、そうだ。その時は10班をよろしく頼むよ」

 

 

 言われずとも、というようにミイナは笑みを浮かべる。

 ミイナもミロクも、昨年と比べると本当に感情が豊かになった。蒔いた種が翌日芽を出すように、子どもの成長は目を見張るものがある。

 人は前に進むもの。傷も痛みも糧にして伸びることができる種族だ。13班も、医者には要観察と言われているが、あの様子なら問題ないだろう。

 

 モニター前の席に走っていくナビたちを見送り、キリノも自分の持ち場へ向かった。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 国会議事堂と東京スカイタワーはそこそこ離れている。徒歩だと二時間はかかってしまう距離だ。

 戦えない技術者もいるならのんびりしている暇はない。車を出してもらい、数十分で現場に到着する。

 運転手に礼を言って降りる。装備を鳴らして走っていくと、入口付近に立つ見慣れた赤髪がこっちに気付いて手を振った。

 

 

「13班! 悪かったな、こんなところまで駆り出して。アタシたちじゃ、どうにも手がつけられなくて……」

「リンさん、マキタさん、お疲れ様です」

 

 

 自衛隊の頭を務める堂島(ドウジマ) (リン)、そして副官であるマキタが手を振った。二人の使い込まれたアーマーが太陽の光に照らされて鈍く輝く。

 彼らの背後にあるタワーからは、マモノの咆哮と銃声の不協和音が絶えず響いていた。

 

 

「キリノたちから話は聞いたけど、今どうなってる?」

「中はかなりひどい状態だ。幸い死者はまだ出ていないが……それもいつまで続くかわからない」

「それでも今までは自衛隊単独でなんとかマモノを押さえ込めてたんだ。だけど、ここ何日かマモノが凶暴になっていてな。単独での討伐は難しいという判断になった。休養明け早々にすまないが、13班の力を貸してほしい」

 

 

 奮戦しているであろう自衛隊員たちの雄叫びが、空気を伝ってこちらまで届いてくる。

 マモノたちはいつにも増して活きがいいらしい。ときどきパリン、と音を立ててタワー上階の窓が砕け散り、リンが眉間に手を当てた。

 

 

「本当は、おまえたちが活躍しない世の中が一番いいんだけど……なかなか、上手くはいかないな」

「大丈夫です、任せてください。最近運動不足気味だったのでリハビリも兼ねてがんばります!」

 

 

 意気込んで握り拳を作るミナトに、自衛隊の二人は頼もしいなと笑った。

 この状況で最優先すべきは非戦闘員の保護。加えて、なるべく設備や機材を傷付けずに場を納める必要がある。

 役割分担では迷わない。守ることが得意な自衛隊は技術者たちの護衛。マモノ討伐の専門家である自分たちは、一階から上までタワー内を巡って、マモノを徹底的に駆除していく。昨年の竜災害と同じパターンだ。

 

 屋内に踏み込み、健闘を祈って入口で別れる。

 マモノが侵入するのに最も容易な一階は激戦地と化していた。身に着けたデバイスを介し、体がムラクモ本部の機器と連携され、視界に数多の情報が流れ込んでくる。

 文字通り蔓延っている敵性体に、なんぼのもんじゃいと突っ込んでいく勇ましい自衛隊員たち。現場の暑苦しさまで受信したのか、通信機の向こうでうわっとミロクがたじろいだ。

 

 

『もうめちゃくちゃだな……! コール、13班! さっそくマモノの反応を発見! 戦闘状況、開始する!』

「了解」

「了解!」

 

 

 キーッとけたたましく鳴いてウサギ型のマモノ飛び出してくる。硝煙と血の臭いにあてられたのか、赤い目は返り血でも浴びたかのように毒々しく潤って自分たちを映していた。

 

 

「ラビだね、二体だけなら私が──」

「いや」

 

 

 ミナトがクロウを着けた指先を向けるが、それを遮ってシキが前に出る。

 真っ先に飛びかかっていくかと思いきや、少女は肩を回し、手首足首をほぐし、興奮状態のマモノなど意に介さず準備運動を始めた。久々の戦闘で切り替えがうまくいかないのだろうか。

 悠長に屈伸するシキにしびれを切らし、ラビたちは跳躍して牙を剥いた。

 

 

「あ、シキちゃん!」

 

 

 手を伸ばしながら既視感を覚えた。この場面、たしか去年のムラクモ試験の時にも見た気がする。あのときはたしか、シキがキック一発でマモノを伸してしまったのだ。

 今回もシキは表情を変えずにマモノを迎え撃つ。ただし、

 

 

『シキ、()()使()()()よ!』

「わかってる」

 

 

 構える武器は脚ではなく、ナックルでもない。

 

 ──シャリン。

 

 と、神楽鈴のような音が鳴った。

 

 無風の水面に滴が落ちて波紋が広がる。大きな火事が慈雨によって鎮められる。そんな透明な響きで空気が揺らぐ。はちきれんばかりだった血生臭さが、清廉な金属音に浄化されていく。

 小柄な体に不釣り合いな、大きく長いえんじ色の鞘。そこから抜かれたのは、明星の光を放つ刃。

 天叢雲剣。一年前にとある男から継いだ──奇しくも三種の神器のひとつと同じ名を持つ長剣をシキは振りかぶる。

 

 今も昔も変わらない。敵に対してすることはひとつ。

 ぶっ飛ばす。……いや、今は、

 

 

「ぶった斬る」

 

 

 走る軌跡。霞を晴らすように獣を両断する刃。

 空をなぞる速さはそのままに、一閃はラビ二体をまとめて斬り伏せた。

 

 命のやりとりは三秒にも満たず終わる。文字通りの一刀両断だった。

 抜刀からとどめを刺すまでの動きは鮮やかの一言に尽きる。剣の切れ味は時間の流れすら断ち切ってしまったようで、振り抜かれた輝きや、それを長い髪が吸い込んで瞬く様がゆっくりと目に焼き付いた。

 

 

「ん、こんなもんか。……っと」

 

 

 剣の重さに手を引かれ、シキはバランスを取るためにたたらを踏んだ。その様子すら眼福で、見学していたミナトの口はほぁーと間抜けな息を漏らす。

 セーラー服の純白に濡羽髪の深い黒。花のようなスカーフとサイハイソックスの赤。これが目の前の少女を形作る三原色だ。

 それだけでも彼女は完成していたように思うけれど、そこに穢れを寄せつけない金が加わったことで一層艶が出た気がする。背も髪も伸びて、表情は少し大人びて……うん、きれいになった。

 錦というのだろうか、自分と同じく血肉を持つ人間なのに、まとう色彩がまるで違う。

 

 

「そういえばシキちゃん、今年で高校一年生だもんね……そうか、花も恥じらう乙女という年頃か、しかもまだ成長するっていう……」

「何言ってんのかわかんないけど、その変態くさい視線やめてくれない。あ゛ーやっぱり違和感がある……」

 

 

 花も恥じらい月も光を消す美少女だが、口から漏らしたのはちょっと締まりのないうめきだった。

 したたる血を振り払って剣を納め、納得がいかないというようにシキは肩を上下させる。

 なら拳を振るえばいいのに、なんて野暮なことは言わない。彼女はなんとなくで剣を振るっているわけではないから。

 

 

『シキ、体に違和感ないか? けっこう大きく肩ぶん回してたけど』

「問題ない。心配しすぎよ。キリノみたいね」

『おまえたちのバイタル管理はオレの重要任務の一つだ。万が一は絶対に防がなきゃいけない。しつこいくらい確認していくからな!』

 

 

 ミロクの言葉にはうなずくしかない。去年の竜災害での最後の戦い──真竜ニアラとの死闘で、シキの四肢は激しく損傷していたから。

 常人を超越する異能力者、その中でも飛び抜けた頑丈さを持つデストロイヤーの彼女でも無事では済まず、決戦後には体が欠けていたのだ。

 文字通り肉が抉れ、骨は砕けて血を失った。一命をとりとめたのちに調べたところ、その欠けによって数キロ体重が落ちていたという。

 それでも五体満足で戦えるようになるまで回復できたのは、彼女は飛鳥馬 式だから、としか説明しようがない。有言実行を体現する少女は、普通の人間ではまず再生すらしないだろう致命傷も、治すと決めたら治してみせる。

 それでも、真竜との戦いはずっと尾を引いている。13班は長い間集中治療下にあったが、シキが手術を受けた回数はミナトの倍はあった。

 

 実はサイボーグなのでは? と噂されるほど順調に回復したシキだが、なにせ怪我のしかたも治り方も前例がない。毎日診察を受けて、書類上は回復したと太鼓判を得られたものの、脚を激しく使うような戦い方は変えた方がいい、と医者側とムラクモ側で意見が一致した。

 てっきり抵抗を見せるかと思っていたシキだが、説明を受けて返ってきたのは数秒の沈黙と「わかった」の一言。

 彼女は前から剣を扱う練習をしていたが、これをきっかけにデストロイヤーからサムライへ転身したのだ。

 

 デストロイヤーだったときと同じく、毎日の訓練は欠かさない。マサキから資料も借りて戦術の勉強もしている。

 ミナトから見れば、金色の長剣も使い手のシキも無駄がなく、神楽のように美しい動きをしているのだが……サムライになった少女は納得していないらしい。

 

 

「そんなに悩むことないんじゃない? 少なくともマモノ相手に苦戦はしてないし……巫女さんみたいできれいだったよ」

「何よその感想。私が嫌なのよ。なんかしっくりこないの」

『そもそも戦闘が久々だもんな。幸い、ここのマモノはそんなに強くない。戦いながらゆっくり勘を磨いていこうぜ。次はミナトも戦ってくれ。超能力は使えるよな?』

「うん、問題ないよ。……あ、あれ!」

 

 

 離れた場所で一際激しい火花が散る。

 何重にも重なって空気が破裂する音。銃声だ。

 

 

「くっそおおおっ! 全然効かねえじゃねーか、どうなってんだよおおっ!?」

 

「サスガさんの声だ! 行こう!」

 

 

 やけくそ気味になる男性の声も、去年の竜災害中に地下道で聞いたことがある。

 現場に向かってみれば案の定、自衛隊員のサスガが突撃銃を発砲中だった。相手は昨年彼を救出した時と同じくドラゴン……ではなく、体長二メートルはいくかという巨大な狼だ。

 カマチ隊員も加わり、嵐のような十字砲火(クロスファイア)が見舞われる。しかし狼はしなやかに跳ねて弾を躱し、あるいはその分厚い毛皮で銃撃を殺してしまう。牽制はできるがダメージには至らず、といった様子だ。

 

 

「サスガさん、カマチさん! 13班、加勢します!」

「応援か!? すまない、任せた……!」

 

 

 自衛隊員の二人は素早く飛び退いた。入れ替わりに飛び出して、指先にマナを集める。

 ミナトは幸い戦い方を変えなければいけない、ということにはならなかった。まだリハビリは終わっていないし全開には届かないが、炎も氷も雷も問題なく扱える。

 鉛玉が通らないのであれば、属性攻撃はどうだ。

 

 

「っだあ!」

 

 

 気合の一声と共に腕を振る。指の向きに従い飛び出したのは紅蓮の炎。銃弾のような音速は出せないが、マモノを捉えるには十分だ。

 狼型のマモノ、ウルヴァリンが炎に呑まれる。分厚い毛皮が激しく燃えて、獣の絶叫がフロアに響いた。

 

 

「まだ仕留めきれてないかも、お願い!」

「ん」

 

 

 立ち位置を入れ替える。シキが跳躍し、弧を描いて剣を振り下ろした。

 毛皮が燃えて脆くなった肉に切っ先が埋まり、切断というよりは叩き、千切るような力強さでマモノの胴が泣き別れる。

 戦闘終了。カマチとサスガは剣を持つシキにまばたきをくりかえして、はあと息を吐いた。

 

 

「さすがは13班だな。あっという間に倒しちまいやがった……」

「は〜、一瞬オレの天使ちゃんがお迎えに来てくれたのかと思ったぜ……」

「まーたおまえはそんなことを……ともかく、助かった。ありがとう」

「いえいえ。私たちは先に進みますね。非戦闘員の方々の誘導、お願いします!」

 

 

 終わったら飯でも食おうと手を振るサスガたちと別れて進む。

 そこからの行動は、去年から散々繰り返してきて慣れたものだ。しらみつぶしに索敵し、マモノを発見次第討伐。シキの筋肉も、ミナトの神経も問題なく機能した。

 時々自衛隊員や他のムラクモに出会っては戦いぶりを見てもらい、客観的にも体に問題はなさそうだと安心させることしばらく。群れの中でも巨大な個体を倒し、ミロクからOKサインが出た。

 

 

『敵反応、オールクリア。任務完了だ。堂島陸将補とキリノに連絡する。そのまま待機しててくれ』

「了解。……リンさんは去年三佐だったよね。陸将補ってどのくらいの階級なんだろ?」

「そもそも三佐って、三等陸佐のことでいいのかしら。だったら少佐……? 陸将補はその二つ、いや三つ……」

 

「三つ上だな。海外の軍だと少将になるよ」

 

「あ、噂をすれば」

 

 

 照れくさそうなリンとにやにや笑うマキタが通路の曲がり角から顔を出す。後ろにはキリノもいた。タイミングをずらして来たのだろうか。

 

 

「ありがとうな、13班。これで電源確保の作業が進められるぜ」

「手ごわい奴さえ倒してもらえれば他のマモノはアタシたちで討伐できる。技術者の護衛は任せてくれ」

「マキタさん、リンさ……堂島陸将補、お疲れ様です!」

「中佐と大佐すっ飛ばして昇進したってことか。やるわね」

「こら、からかうなよ、その話はもういいだろっ」

 

 

 おどけて敬礼をするミナトとシキのつむじにリンが拳を当てる。

 相容れるまで時間がかかっていた去年の気まずさはどこへやら、すっかり打ち解けた様子の女性陣を見て微笑み、キリノは胸に下げたネームホルダーをマキタに見せた。

 

 

「僕はこのまま、ここで技術責任者として電子ネットワークの復旧作業に当たることにしたよ。なので、しばらくはこっちに残ります」

「……って、いいのか? ムラクモの総長さんが」

「まとまらない会議に顔だけ出してるよりは有意義だろうと思ってね。立候補させてもらったんだ」

 

「そこはアタシも同感だな。東京スカイタワーの電子ネットワークが復旧すれば、日本各地と連絡が取り合えるようになる。東京だけじゃなくて、この国全体の復興のために、情報インフラの整備は不可欠なプロジェクトだよ」

 

 

 おだてるのをやめない13班を両腕でヘッドロックしながらリンがうなずく。

 市民の一部が漏らすように、停電や断水の発生など、まだ議事堂の生活には不安が残る部分がある。しかし議事堂だけ、東京だけとせまい視野で活動していては、都外のどこかで生き残っている人々に日が当たらない。

 そうともとキリノが同調した。

 

 

「去年のドラゴン討伐後にもたくさんの人を救助したように、通信の断絶した東京以外の地域にも、こうして復興の道を進んでいるコミュニティがあるはずだ。そして、そこにはきっと助けを待っている人がたくさんいる」

 

 

 腕を広げれば荷物は高く積めない。歩みは少し遅くなってしまうだろう。けれどその分、遠く離れた場所で必死に生きている誰かにも手が届く。

 ドラゴンのような脅威はいないのだから焦ることはない。なるべく誰かを取り残すことなく地盤を整え、復興の道を進んでいきたい。そのための架け橋となるのがこのスカイタワーだ。

 

 

「通信網が元通りになれば、君たち13班も今までよりずっと忙しくなるだろう。それまではゆっくり、拠点で肩を温めておいてくれ」

「了解。今日は任務完了ってことで、私たちは戻るから」

「階段を駆け上がり続けて思ったよりも疲れちゃったので、議事堂で休ませてもらいますね」

「うん、今日はお疲れ様……ああ、そうだ!」

 

 

 大事なことを言い忘れていたようだ。キリノが飛び出して呼び止めてくる。

 

 

「電子ネットワーク全面復旧の記念式典は、議事堂にも中継されるはずだ。僕も映るはずだから、ちゃんと見ておいてくれよー!」

 

 

 ずるっ、とリンとマキタが足を滑らせる。同じくずっこけそうになったミナトを受け止めて「子どもか」とシキはシンプルなツッコミを入れた。

 

 

『……はぁ。おい、キリノは放っておいていいからな、さっさと帰還して、休息を取ってくれ』

「じゃ、帰るわ。キリノ、はしゃぎすぎて中継中にこけたりしないでよ」

「マモノはほとんど倒しましたけど、皆さん気を付けてくださいね。お疲れ様です」

 

 

 タワーの復旧作業に関しては手伝えることはない。機械の扱いは門外漢だ。ここからはキリノたちに任せよう。

 外の景色を眺めつつ、スカイタワーを降りていく。マモノの叫びは聞こえない。まだ物陰に潜んでいる可能性はあるが、危険な個体はいないだろう。入る前よりはずっと静かになった。

 

 議事堂に到着すると、久しぶりに出動時の装備を見たためか興奮気味の子どもたちが駆け寄ってくる。普段なら高く抱き上げるなりジャイアントスイングなり遊んでやるところだが、戦闘で体が汚れているのでやんわり遠ざけて屋内に入った。

 

 

『おかえり、13班! キリノから辞令が届いてる。……13班は本日をもって復帰。今後はムラクモ機関の一員として、国会議事堂に駐留せよ……だってさ。まあ、二人とも他の奴らと一緒で議事堂で生活してたからそこは変わらないけど』

「復帰? てことは、今使ってる場所は……」

『議事堂の地下にあるムラクモ居住区に個室が割り当てられてる。引っ越しだ、荷物まとめておいてくれ!』

 

 

 個室での生活になるのは都庁から議事堂に越してきて数か月ぶりだ。大部屋でスペースを割り当て、大人数で共同生活を送っていた身としてはありがたい。

 周りの人が羨ましがるからあまりはしゃぎすぎないようにと釘を刺される。その数分後、ミロクと合流してシキとミナトはムラクモ居住区へ案内された。

 

 

「はい、ここが13班の部屋だ」

 

 

 ミロクが扉を開けて目に入った内装に、おお、と目を見張る。

 清潔感のある白、談話用のソファにマガジンラック、石張りの床に大きく刻まれたムラクモ機関のマーク。

 緑色の壁と床で落ち着いていた都庁の部屋とはまた雰囲気が違う。人々の喧騒から離れたためか、地下なのになんだか空気が新鮮になった気さえした。

 

 

「広いわね。二人だけでここ使っていいわけ?」

「いいんだよ。装備とか荷物とか、資料でスペースが埋まるだろ? それに機動班は重労働なんだから、羽伸ばしてもらわないとな。何かあったら、ターミナルで呼んでくれ。今日久々の実戦だったんだし、ゆっくり休んで疲れをとってくれ」

「やった! これぐらいスペースあるならもうちょっと私物持ち込めそう」

 

 

 今まで使用していた生活スペースから荷物を運び、これはあっち、あれはそっちとミロクの指示のもと片付ける。

 小さな引っ越しがひと段落したところで、少年ナビは仕事中には見せない、迷うような表情を浮かべた。

 

 

「あ、あのさ」

「うん?」

「……今日は久しぶりに13班のナビができて、嬉しかった。じゃ、じゃあ……おやすみ!」

 

 

 こちらが反応するよりも早く、ミロクは扉に衝突して部屋を飛び出していく。

 数秒後、顔を真っ赤にした彼は戻ってきて包みを置いたかと思いきや、また有無を言わせず走り去ってしまった。

 ミイナもそうだが、ナビの双子は素直になると決まって赤面してしまう。初めて出会った時よりは大人っぽくなったが、小柄なのも相まってまだかわいらしさの方が目立つ。

 頭をなでてやりたいなぁと言いながらミナトが笑った。

 

 

「もーかわいいなぁ。相変わらず照れ屋さんなんだからー」

「追いかけるのはやめてやんなさいよ。……これひのまる弁当ね。夕飯に食べるか」

 

 

 さっさとシャワーを浴びて着替え、自分が使うベッドを決めて明日の予定を確認する。

 スマートフォンをはじめとした端末にスケジュールの記録はされているが、心配性なミナトは愛用の手帳に文字を書き込んでいた。彼女がページをめくった際に小さな紙切れが落ちたため、気付いていない持ち主に代わってそれを拾う。

 

 

「ミナト、これ──」

 

 

 名前を呼んで渡そうとして、ちらりと見えた紙片の記述に手が止まった。

 

 丸みのある単純な文字。とめ・はね・はらいは控えめで、荒事を好かない女性の人となりを表すような字だった。

 そんな字で複数書かれているのは、何桁かの数字。後にはいくつか漢字が続き、同じ並びをした文字列が何行か箇条書きになっている。

 その上には色濃く重ねられた横線が引かれていて──

 

 

「ん? シキちゃん、呼んだ?」

「……そこ、虫いるけど」

「え゛っ!!?」

 

 

 ベッドを指差せば、今日一番の大声を上げてパートナーは飛び上がる。暴れ牛のような勢いで衝突され、二人まとめてベッドに転がった。

 

 

「嘘、やだ、どこ!?」

「嘘」

「え?」

「だから、嘘」

「……なんで???」

「なんとなく」

「も〜……!」

 

 

 ミナトは自分を下敷きにしたままへなへな脱力した。彼女の指から手帳が抜け、シーツの上に落ちる。

 それを素早く開き、紙片を挟んで元の位置に戻す。

 直後にパートナーは体を起こした。もう、と怒った様子で自身の肩を抱く。

 

 

「虫苦手なの知ってるくせにー……意地悪しないでよ」

「あんただってたまにちょっかいかけてくるでしょうが。やり返しただけよ」

 

 

 心当たりがあるのかミナトは口をつぐみ、少し拗ねた様子で自分のベッドに戻る。

 手帳に触れたことは気付かれていないようだ。聞こえないようにため息を吐いた。

 嫌なものを見てしまったと思い、直後に首を振って訂正する。

 2020年で一生分、下手をすれば人生数回分の厄介を経験したのだから、誰にだって秘めることの一つや二つはあるはずだ。その存在に気付いてしまっても、目くじらを立てて取り除くことが正解とは思えない。

 ただ、放置するのもいい気はしない。

 

 

「ミナト」

「んー?」

 

 

 着崩れから覗く黒ずんだ背を見て、パートナーの名前を呼ぶ。

 パジャマを着直しながら振り向くミナトはいつも通りのアホ面だ。汚い物なんて何も知らないような、気の抜けた笑顔。

 

 

「13班復帰ってことは、また面倒ごとを押し付けられるってことよ。パンクする前に適度にガス抜きしなさいよね」

「え、いきなりどうしたの?」

「私は慣れてるからいいけど、あんたは限界あるでしょ」

「んー……これでもちょっとは成長したよ? まあ、心配してくれてありがとう。電気消すね」

「ん」

 

 

 室内灯を消し、ベッドに潜り、枕に頭を預ける。

 静かになった部屋で、おやすみなさいとミナトの声が聞こえた。おやすみと返して目を閉じた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 新しい部屋に移り、人の視線を気にせず快適に眠れるはずが、今朝と同じく嫌な夢を見た。

 

 止まない悲鳴と怒号、引き裂かれる肉、赤い雨、霧散する命。怒りに呑まれ、体の制御がきかなくなる。

 視界が真っ赤に染まったところで目が開く。中途半端な時間に、最低最悪の気分で覚醒してしまった。

 

 

「……くそ」

 

 

 汗をぬぐって部屋を抜け、階段を上がり、議事堂の入口に立った。

 穏やかな風が吹いている。広場に築かれたバリケード付近に立つ見張りの自衛隊員も、あくびをしながらのんきに立ち話をしている。

 なんてことのない日常だ。これからも当分続くであろう、復興途中の町並みにある、小さな人間の小さな拠点。眺めるうちに、うるさかった鼓動は落ち着いていく。

 

 問題ない。明後日……日付が進んだから明日か。明日にはスカイタワーが再稼働し、拠点も町もより騒がしくなるだろう。

 嫌な考えなんて無駄にパフォーマンスを下げるだけだ。早く眠って、また嫌な夢を見たら、思う存分叩きのめしてやろう。

 

 大きなあくびをこぼして、シキは自分たちの部屋に戻った。

 





シキがサムライに転身してのスタートになります。剣での戦い方ってどう書けばええんや???

投稿時の注意事項に『・原作から文章を大幅にコピーしていたり、大方のセリフがそのままだった場合は利用規約の禁止事項「原作の大幅コピー」で対処します。』とあるので、引っかかる可能性があるかもしれないです。その時はNPCのセリフ弄ったりいろいろやってみます。
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