2021年は平和……うおおドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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丸の内の探索開始。帝竜戦まではもうちょっとかかります。



Count 4. 必然=始まりの2人

 

 

 

── 丸ノ内/亜空断層 ──

 

 

 現在地は異界化が確認された地点、東京駅丸ノ内駅舎前。

 目の前に広がる文字通りの「異界」を見て、うわっとミナトがのけぞった。

 

 

「何これ……東京駅が……!」

『七色のいばら……!? フロワロによる侵食率、65.7%……駅全体が亜空間に引きずり込まれてる』

 

 

 東京駅の丸ノ内駅舎と言えば、一昔前の洋風を思わせる外観で人気のスポットと聞く。

 ビルと同じ無機物といえど、コンクリートではなく赤レンガが重ねられ、直線ではなく曲線を織り込んだ姿。電子ではなくアナログの時計が中央に埋まっている。銀灰色の摩天楼の中で唯一、温かみが映える建物だ。

 

 けれど、今目を奪っているのは駅舎を中心に一帯を呑みこむ極彩色である。激しい地割れで地面は失われ、本来バスターミナルがあるはずの駅前には底の見えない闇が広がっている。その中では波のような揺らぎと光の線が、色を変えて流れていた。

 踏み出せば、落ちるのではなく呑まれて別の世界へ引きずり込まれてしまうような。死への恐怖ではなく未知に対する嫌悪感がにじみ出てくる。

 

 目前にある駅舎は、ミロクが言うように鮮やかな虹色のいばらに覆われている。形作っているのは植物ではなく宝石で、消失しているアスファルトの代わりに巨大なそれが橋となって駅舎へ続く道になっていた。

 

 

『この光景……一年前を思い出すな……』

 

 

 自分たちの視覚越しにミロクが思い出しているのは逆サ都庁のことだろう。ウォークライに支配されていたかつての拠点も、この丸ノ内も、異界化した姿は陸上の孤島だ。崩れているというより、地表ごと地球から引きはがされてしまっている。

 

 ミナトが深く息を吐いて首を振った。まだ突入してもいないのにグロッキーになっている。体調でも悪いのだろうか。

 

 

「異界化見るのは初めてじゃないでしょ、何へこんでんの」

「だって、一度は行ってみたいなって思ってた場所なのに……ほら、この写真、綺麗でしょ?」

 

 

 そう言って突き出されたのは彼女のスマートフォン。画面はアルバムを表示し、平時の東京駅駅舎を映している。

 写真と今の姿を比べれば、なるほど確かに。整頓された部屋を荒らされた、または美術館に並ぶアートに蛍光塗料をぶちまけたような、混沌と台無し感が目立つ。

 帝竜を倒せば多少はマシになるかもしれないが、去年異界化から元の姿を完全に取り戻したのは東京都庁だけだ。あまり期待しない方がいいかもしれない。

 

 

『おい、13班! もう一度、作戦を確認しておく。今回の目的は、ドラゴン資材Dzを三単位回収すること。まだ万全じゃないんだからな。無理せずミッションを確実にこなそうぜ』

「了解。異界化は私たちじゃどうしようもないわよ。自分のことだけ考えて」

「はーい……」

 

 

 架け橋となっている大きないばらを渡って駅舎へ侵入する。

 入り口付近では先行していたムラクモが進路確保のため瓦礫を撤去していて、ヒムロが手を上げるだけのあいさつをした。試験であえなく不合格となった候補生三人もついてきていたらしく、大して進んでいないのに既に音を上げている。

 

 

「何だこれ……無理……マジで無理……」

「教官! 限界であります! 戦略的撤退を提案します!」

「まだ来たばかりだろうが。まずは異界化に慣れるところからだな……」

 

 

 異界化に圧倒された新人たちがヒムロに縋りつこうとして、すげなく突っぱねられる。

 教官と環境の厳しさにひいひい汗を流す彼らを、試験会場にいなかったミナトがあいさつがてら介抱し始めた。去年の自分自身を見ている気分なのか、わかりますわかりますとうなずく彼女の目は生温かい。

 

 

「ヒムロ、お疲れ。ドラゴンは?」

「ここ周辺ではまだ見てないな。だが鳴き声は聞こえた」

 

 

 会話に割り込んで、駅の奥から獰猛な咆哮が響いた。マモノたちの共鳴まで聞こえてきて、ヒムロは苦々しげに眉を寄せる。

 

 

「病み上がりで悪いが、ドラゴンはおまえたちに任せるしかない。注意して行けよ」

「……なんか、目が覚めてからどいつもこいつも体のこと心配してくるんだけど」

「あたりまえだろ。よく考えれば去年のドラゴン討伐はほとんど13班と10班がこなしてたんだ。それは今も変わってない。充分すぎるくらい慎重になれよ。おまえのパートナーもそう…………いや……あいつは……」

 

 

 ヒムロはなんとも言えない顔で明後日の方向に目を逸らした。

 そういえば、去年こいつとのファーストコンタクトでミナトは「遅刻防止、命綱なしバンジーでも大丈夫」とトンチキな解釈でテレポート能力を褒めちぎっていた。

 消極的と冷静は同じ意味ではない。ミナトは基本ビビりなだけで、ある程度精神に余裕があるときは抜けている。哨戒や索敵など、集中力や頭の回転が求められることにはそこまで向いていないかもしれない。

 ……自分で分析しておいてあれだが、割と致命的な気がしてきた。

 

 

「まあ、なんだ……大変だとは思うが、頑張ってくれ」

「哀れみの目で見るのやめろ。あんただって新人のお守りがあるでしょうが。……ミナト!」

「はーい! それじゃあ私たちは先に進みますね。頑張ってください」

 

 

 手を合わせて拝む新人たちに手を振ってミナトが戻ってくる。

 何の話をしていたのか尋ねられたのであんたが能天気なことと返せばえへへと笑われた。褒めてない。

 

 ヒムロたちと別れて駅構内を探索する。マモノはムジナやカエルといった比較的対処しやすい個体が多く、やけに殺気立っているようだ。おそらくはドラゴンが付近にいるからだろう。

 竜とフロワロの存在は切っても切り離せない。ここ東京駅は帝竜の巣ということもあってフロワロがかなり多い。毒花の数に応じて瘴気は濃くなり、それに刺激されてマモノはより凶暴性を増す。

 

 

「気を付けなさいよ。こいつら、普通のマモノよりタフかもしれない」

「うん、なんか原型をとどめていないというか……より異形化してるよね。強そう」

 

 

 体を動かす感覚もミナトの超能力の具合も、スカイタワーの一件から弱体化しているということはないが、逆に成長しているわけでももない。

 この調子では全盛期とはとても言えない。駅構内の探索で一年前……いや、それ以上にまで成長しなければ。

 周囲を警戒しつつマモノとの戦闘を何度か繰り返す。そのまま進んでいくと、甲高い吠え声の中に、地鳴りのような唸りが混ざって聞こえた。

 曲がり角の壁に背を付け、息を潜めて先を覗く。

 複数の出口や改札へ繋がる、駅舎の中でも広いエリア。その中央に堂々と立つ二本足。

 マモノではないと判断するのと同時に、同じく敵影を確認したミロクから通信が入った。

 

 

『おい、13班。前方にドラゴン反応を確認した。歩行型……肩の部分から生えてる角が危ないな……戦闘には能力を惜しまず戦ってくれ』

「うん、わかった。……どうする? ここ開けてるから、立ち回りには困らないと思うけど」

「とりあえずいつも通りで。雑魚が乱入してきたら始末頼むわよ」

「了解……あっ!」

 

 

 ミナトが自分の肩をつかんで身を乗り出す。

 気付かれるだろうがと怒るよりも先に、か細いうめき声が駅構内に響いた。

 広間を挟んで向こう側、通路の影から細い足首が覗いている。肌の色も足のサイズも、身に付けている靴下も人間のそれ。生存者だ。

 同じくそれに気付いたドラゴンが、顎を開けて唾液を飛ばし、一直線に突っ込んでいく。ひゃああと老人の悲鳴が聞こえた。

 

 

「まずいまずい!」

「突撃!」

 

 

 ミナトを押しのけて飛び出す。

 抜刀する間も惜しい。全力で広間を疾駆し、人影に飛びかかったドラゴンに勢いのまま蹴りを見舞う。

 すぐ目の前には壁が広がる。宙を突き進む体は止められない。腕で急所をかばい、竜の巨体と一緒に衝突した。

 

 

「うわあああシキちゃーん!!?」

「いいから、生存者保護!! っ!」

 

 

 体を起こす直前、砂塵の中から竜の頭が現れた。

 ぐぱりと開いた顎には隙間なく並んだ牙。なんとか剣を滑り込ませて受け止める。

 小石と砂粒が降る音の中、ミナトの誘導に従って人影が離れていく。派手に突っ込んだので心配だったがぎりぎり巻き込まずに済んだらしい。

 安堵するのも束の間、剣で牙を軋ませる相手、ツインホーンドラグが肩から生えた角を持ち上げた。

 

 

「っの!」

 

 

 二メートルはある凶器が叩きつけられる。地面を板チョコのように容易く砕くそれから身をひねって逃れ、噛まれたままの剣を振り抜く。

 相手も素早く飛び退き、刃は口角を数センチ広げただけにとどまった。

 睨み合い、輝くいばらの光を剣身で反射させて相手を誘う。狩猟本能のみで活動するドラゴンは迷うことなくこっちを見て吠え狂った。逃した獲物はすっきり忘れ、自分にのみ眼光が向けられる。

 

 

(! 頭を下げた)

 

 

 ツインホーンドラグは血混じりの唾液を流す顎を地面すれすれまで下げる。

 降参の姿勢ではないだろう。足を何度も地に蹴りつける動作。蹄で勢いをつける闘牛を思わせた。

 

 

『突撃姿勢だ、気を付けろ!』

 

 

 キーボードを叩く音と連動し、流れるように視覚情報が更新されていく。

 力を溜めて膨張する筋肉の動き、一直線に伸びてバランスを取る尾、体の上下運動、全ての要素から分析されたカウントダウンが始まる。

 3、2、1──、

 

「来るぞ!」とミロクが言うのと同時に、爪で石畳を砕いてドラゴンが飛び出した。

 翼の膜が退化した代わり発達した脚力で、まばたきの間に彼我の距離が埋まっていく。

 受け止めはしない。脚に多大な負担がかかるだろうし、この速さではクロスカウンターも難しい。

 

 

「──はっ!」

 

 

 ギリギリまで引きつけて真上に跳ぶ。ドラゴンは勢いを殺せず体の下を過ぎ去り、壁に衝突した。

 駅全体に振動が響く。着地して振り返れば、案の定、角が深々と壁に埋まって動けなくなっているトカゲが一匹。

 

 

「シキちゃん、大丈夫ー!?」

「もう終わる!」

 

 

 ミナトの声とマモノたちの断末魔が重なって届く。生存者を庇いながら戦っているのなら、早く加勢に行かなくては。

 幸い、相手の表皮はワニの皮に似ていて、強固な鱗や甲殻に覆われてはいない。自分の拙い斬撃でも通じるだろう。

 

 

「倒……れろ!」

 

 

 首に狙いをつけて大上段に振り下ろす。刃は粘り気があって固い皮も、密度の高い筋繊維も骨もまとめて断ち切った。

 Dzの回収は後だ。すぐに転進してミナトのもとへ向かう。

 氷の壁に群がるマモノをまとめて斬り伏せ、駅構内に反響していた咆哮は鳴りを潜めた。

 振り返れば一面が獣の死体だらけだ。余裕を取り戻した途端、血と埃臭さが鼻につく。これで人間も死んでいたらもっとひどかっただろう。

 生存者の治療を行うミナトを覗いて様子をうかがう。

 

 

「ここら辺の敵はもういない。そっち無事?」

「うん。ね、この人たち覚えてる?」

 

 

 ミナトが手当をしているのは老婆と若い男の組み合わせだった。

 どちらも見覚えのある顔ではある。主に都庁の大浴場のフロアで……。

 気付いた自分と相手二人がああ、と声を上げたのはほぼ同時だった。

 

 

「番台とボイラー技師か。久しぶりね」

「久しぶり。元気そうでよかったよ。迷惑かけてすまないねぇ」

 

 

 大浴場の番台をしていたトミコと、ボイラーの点検を担っていたタツジ。職業柄、都庁でよく一緒にいた男女だ。

 二人はムラクモの拠点移動を機に、一度家に帰りたいと外へ出たと聞いている。自ら死地に飛び込むタイプではないから、こちらへ戻ってくる途中で異界化に巻き込まれたのだろう。

 

 

「家に帰れたまではいいんだけど、ここを通り抜けようとしたらいきなり迷路みたいになっちまって、揃ってずっと立ち往生してたところさ」

「……道に迷っただけだ。別に、遭難していたわけじゃない。だが、あえて言おう。助かったぞ」

「意地張るんじゃないよ。素直じゃないね」

 

 

 ドラゴンに襲われていた恐怖はどこへやら、ぶっきらぼうな技師と世話焼きの番台はマイペースに言葉を交わす。どちらも体に問題はなさそうだ。

 

 

『現在位置、捕捉……座標固定。オッケー、脱出ポイント生成可能だ!』

「ありがとうミロク。トミコさん、立てますか?」

「恐怖で腰が抜けちまってねぇ……タツジ、ちょいと手を貸しておくれ」

 

 

 ミナトが手早くガーゼとテープを貼り、脱出キットを使って脱出ポイントを出現させる。

 議事堂でも設備が整えば大浴場が使えるようになるだろう。その時は貸し切りという形で礼をすると手を振り、トミコとタツジは光の中をくぐっていった。

 

 

「ドラゴン任せちゃってごめんね。どこか怪我してない?」

「問題ない。少し背中打ったくらい」

 

 

 竜災害後も開発班が改良を重ねてきた装備のおかげで、体への衝撃は緩和されている。大きな傷は負っていない。

 刀剣での戦いに慣れないのと、脚に気を遣わなければいけないのとで、敵を倒すのに時間はかかるが……周りがうるさいので剣を放り出すわけにもいかない。それに、あいつが扱えていて自分ができないというのも癪に障る。

 皮肉ではあるが、平和が奪われたこの状況は訓練にはもってこいだ。ドラゴンたちは修行相手として有効活用させてもらおう。

 

 背を打っているなら打撲かもしれないとミナトが背中に手を当ててくる。キュアの光を浴びながら装備のゆるみを直す中、通信機の向こうでなるほどとエメルが相槌を打った。

 

 

『負傷明けでも、なおその力。やはり狩る者は伊達ではないか……』

『さすが13班! この調子で、どんどん進もうぜ』

「了解」

「目標はあとドラゴン二体だね。油断せず行こう!」

 

 

 鮮やかないばらが血管のように張りめぐる東京駅を探索する。

 都内の大きな駅は地上から地下にかけて広大な通路が作られていることが多く、東京駅もそのうちの一つだ。トミコやタツジのように移動経路として使っていたのか、異界化に巻き込まれた生存者がちらほらと発見される。いずれも非現実的な現象やドラゴンに怯えて身動きが取れず、ひどく混乱した者は亜空間に飛び込めば現実に戻れるのではと身を投げようとしていた。

 手当たり次第に首根っこをつかみ脱出ポイントに放り込めば、たっぷり持ってきていた脱出キットは自分たちが使う分しか残っていない。

 ドラゴン、マモノとの連戦で疲労の溜まってきた手首をほぐし、ミナトのヒップバッグにDzとAzを詰め込む。

 議事堂出発時に比べればポケットはずいぶん膨らんだ。そろそろ潮時だろう。

 

 

「Dzはさっき倒したドラゴンでちょうど三個か」

「脱出キットももうないし、補充も兼ねて一度戻ろうか。よーし、今回は吐かなかったぞー!」

「そこ?」

 

 

 去年と比べれば大きな進歩だとパートナーは誇らしげに最後の脱出キットを起動する。

 緑色の光をくぐれば東京駅の景色が議事堂前広場に移り変わり、入口を警備していた自衛隊員がおかえりと声をかけてくれた。

 さっさと部屋に戻って休憩したいが、フロワロの近くで活動していたためそのままでは上がれない。外に設置されている自衛隊と共有のテントで身を清めて服を着替える。

 回収してきた物資も同じだ。自分たちの体ついでに、素手で触れても問題ないよう除染して、血や泥を落とす。

 自衛隊にもムラクモの作業員にも女性は少ない。加えてDzを扱える人材は一握りだ。体と装備の除染、物資の管理はその都度自分たちで行わなければならず、けっこう手間がかかる。

 念入りに作業を行い、結局議事堂に帰還してからムラクモ本部に戻るまで二十分はかかってしまった。

 

 

「13班、帰還しました!」

「待たせた。ミッション通りDzは三つ。あとは必要ならAzもあるから」

 

 

 ビニールシートを広げてDzとAzを転がす。大量のAzもそうだが、特にDzはドラゴンからしか回収できない希少な資源だ。資材に飢えた各部門の人員が我先にと突っ込んでくる。

 

 

「こらー! 勝手に持っていこうとするんじゃない! 今回の用途はすでに決めている! 手を出すな!」

 

 

 研究員たちを蹴散らし、エメルが鶴の一声で荒ぶる奴らを沈静化させた。

 積まれた資材を満足げに見下ろし、ご苦労だったと彼女は頷く。

 

 

「おまえたちの戦いぶりは見させてもらった。この分なら、完全復帰もそう遠くはないだろう……少し、安心したぞ。よし……ではさっそく、Dzを使って武器を開発する。おいそこ、静かにせんか。他から苦情が来るだろう」

 

 

 聞き耳を立てていた開発班のメンバーたちが湧きたって万歳をし、直後にエメルの睨みで姿勢を正した。

 議事堂は去年の東京都庁よりも人が多く集まり、市民の居住区を中心にスペースや物資不足が目立っている。

 加えて今は竜災害下。必要とされるものは何か、誰に我慢を強いなければいけないのか。慎重な運用が必要になるだろう。

 

 

「今回は惜しみなく開発班につぎ込む。……とはいえ、Dzは貴重な物資だ。無計画に使用するわけにもいかない。今後、Dzの用途に関してはムラクモ会議によって決定する」

「会議?」

「ああ。ムラクモやそれ以外の組織からも有識者を集めて会議する。復興計画で怒鳴りあっていた人間たちだ、紛糾するだろうが……そこは上手く決めてくれ。周りのことばかり考えてドラゴン対策が進まない、ということはないようにな。シズカ!」

「は、はいっ!」

 

 

 エメルの小さな手から何かが放られる。明かりにきらめくそれは指先ほどの大きさのピン。ムラクモ機関のシンボルを模した金色のバッジだ。

 慌てて手を広げて受け止めるシズカに向け、左腕を触る動きで腕章につけるようにとエメルは示す。

 

 

「本日より、おまえをムラクモ総長補佐官に任命する! 資材運用の都度、ムラクモ会議を招集しろ。13班のサポートを頼んだぞ」

「ううっ……私なんかがこんな大役……なんて……言ってられませんよね……。せ、精一杯、頑張ります!」

「開発班は作業に移れ。13班は準備ができるまで休んでいるように。ではな」

 

 

 会議は早々に終わって解散する。自分たちが除染作業を行う時間よりもスムーズだ。

 エメルは「ドラゴン殲滅」の目的のもとに突っ走っているため、今のてきぱきとした指示然り、良くも悪くも迷いがない。彼女のような者が議員にいれば、日頃の復興作業の会議ももっと早く終わるのではないだろうか。

 とりあえず、今はエメルの言った通り部屋に戻って休もう。

 自分もミナトも、以前よりも疲労がたまりやすくなっている。この調子では非常事態が続いた場合に体がもたない。

 なるべく早く調子を取り戻せるよう、オーバーワークにならない程度に鍛錬をしなければ。

 

 訓練メニューを練り直す必要があるなと考えながら、立ったまま船を漕ぎ始めているパートナーを引きずって部屋に戻った。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 行かないでと縋りつかれる。

 見下ろせば、拠点に残ることになった友人が目に涙をためてこちらを見ていた。

 震える声が絞り出される。ここで命を投げ打つ必要はない。捨て駒になる必要はない。いっそのこと逃げてほしいと懇願される。

 元より死ぬつもりなどない。しがみつく手をそっと離して背を向ける。

 この戦いが勝ち目の見えないものだとしても、どんな結果になろうとも、自分は生き残る。だから悲嘆せずに待っていればいいとだけ告げた。

 

 扉が開かれる。なおも追ってこようとする友は周りの者に捕まって止められる。放して、お願いと響く悲痛な声を背で受け止め踏み出した。

 目に飛び込んでくるのは、血に染まった世界。陸も空も、すべてが分けへだてなく赤黒く濁っている。

 左右に並ぶ仲間と視線を交わす。得物を抜き、次々と降り立つ竜たちに切っ先を向けた。

 

 ここは今からお前たちの墓場になるのだ。餌場にさせてたまるものか。

 

 

「いくぞ!!」

 

 

 鬨の声を上げて走り出す。

 目前に迫る憎き竜が、大口を開けて自分たちを迎え撃ち──

 

 

 ──、

 

 ──。

 

 ──……

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 バンッ、と扉が開く音がした。同時に、広がっていた血生臭い戦場が薄れて消えていく。

 また変な夢を見た。気持ちがいいとは言えない、後味の悪い光景。

 首すじが大量の汗をかいていて、サイドテーブルに置いてあったペットボトル飲料を飲み干す。隣のベッドではミナトが耳を押さえてうめいていた。

 

 

「おはようございまーす!!」

「おいレイミ、いきなり入るなよ!」

 

「……レイミうるさい」

「ううう、頭がキーンてする……」

 

 

 浅い夢をかき消したのは開発班の三人組の声だ。同性であるためためらいが薄いのか、ノックしたからいいだろうと言わんばかりにレイミが飛び込んでくる。メイド服を着ているのにメイドらしい振る舞いを一切しない彼女に、後ろに続くケイマとワジは呆れ顔だ。

 

 

「きゃーん☆ 13班様、貴重な資材をファクトリーに配給していただいて、ありがとうございます!」

「これで、ちょっとはマシな武器が作れるようになったぜ」

「丸ノ内攻略の助けになるはずだ。役立ててやってくれ」

 

 

 改良した装備の試着も兼ねてと自室から引きずり出される。

 起こし方は乱暴だったが、時計の針は解散した時から一周回っている。休憩はこのまま一区切りしていいだろう。

 

 身支度をしつつムラクモ本部に入ると、落ち着かない空気に包まれた。

 研究員たちが床に流れるケーブルの配線を調整し、仕事のない者はあちこちに視線を飛ばしてはそわそわと腕や肩をさすっている。

 非常事態とはまた違う空気だ。剣を抜く必要はないだろうが、居心地がいいわけでもない。振り払うように大股で進み、奥で話しているエメルとリンに声をかける。

 

 

「騒がしいわね。なんかあったの」

「ああ、13班か。ちょうど良いところに来た。これから、アメリカ臨時政府の代表……デイヴと連絡をとる。おまえたちにも同席してほしい」

「……誰?」

「デイヴ……? ……前アメリカ大統領、ミュラーの秘書官だったデイビッド・グリィフィスか」

 

 

「ほら、去年の通信で大統領の隣にいた」とリンが補足してくれる。

 そういえば、エメルとはまた別に、ジャック=ミュラー大統領の脇に誰かが控えていたような、いなかったような。

 ミュラー大統領の顔は覚えているが、それ以外は画面越しに姿を見る以外に接点もなかったので、いまいちピンとこない。

 

 でも、とミナトが首を傾げた。

 

 

「詳しくは知らないけど、アメリカって去年、人竜ミヅチの襲撃か何かで……消滅した、なんて聞いたよ。無事だったってこと?」

 

 

 そうだ。忘れもしない、昨年の竜災害の折り返し地点。五体目の帝竜を討伐し、けれど人竜ミヅチが出現して、たくさんの犠牲が出てしまったあの時。

 ミヅチはアメリカがどうこうと口にして姿を消した。その後、帝竜スリーピーホロウを討伐して都庁に戻ってきたタイミングで、マキタが血相を変えて飛んできたのだ。

「アメリカが消滅した」。場の空気が地獄に叩き落とされたように重くなったのを覚えている。

 

 半分正解といった様子でエメルは首肯した。

 

 

「アメリカは前大戦で国土の70%を消失し、人口の90%を失う甚大な被害を受けた。だがデイヴをはじめとする政府高官たちが、ワシントンの壊滅直前に生き残りの市民を連れ、空母で洋上に脱出してな。今はロサンゼルスで、小規模ながら臨時政府を運営している」

「そうだったんだ、よかった……消滅なんて聞いたから、てっきり、もう跡形もないのかと……」

 

「エメル総長!」

 

 

 人一倍汗を流してシズカが声を裏返す。

 壇上にいる彼女が指差した大型モニターは、暗闇と砂嵐の向こうにぽつりぽつりと色を映し始めていた。

 エメルがよしと頷いて壇上へ駆ける。同席してほしいと言われたので自分たちも後に続いた。

 

 

「か、回線、つながります!」

 

 

 ブツンと音を立て、画面が異国の部屋に切りかわる。

 昨年見たホワイトハウスの一室と似た厳かな雰囲気、窓から差し込む斜陽、艶と年季のある重厚な木のデスク。

 画面中央で手を組むのは、体格のよかったミュラー大統領と違い、荒地の木を思わせる細身の男。

 頰がややこけているものの、過労や不健康といったふうには見えない。むしろ碧い瞳に宿る眼光には、エメルと似通った鋭さを感じた。

 

 

『……無事のようだな、エメル女史』

「そちらもな、デイヴ」

『日本政府の方々……そしてエメル女史。会議をする機会を持てて幸いだ。まずは、お互いの無事を神に感謝する』

 

 

 男の低い声と幼女の高い声。それぞれが流暢な英語を交わし始める。

 う゛っ、と隣でミナトがうめいた。しわが刻まれるくらいに強く目を閉じて耳に意識を集中させているが、流れる汗が彼女のキャパシティが限界であることを告げている。

 シズカをつつき、無言でパートナーを示して翻訳をするよう頼んだ。そちらは大丈夫かと目線で問われ、掌を向けて問題ないと示す。

 英語はわりかし慣れている方だ。研究で海外へ行くことも多いナツメの監視下で、研究員たちのカタカナの専門用語を聞き流して育った。通わされていた学校が教育に力を入れていたということもある。専門分野の討論会レベルでなければなんとなくわかる。

 

 画面の中を見る限り、アメリカの拠点中枢にはドラゴンの牙は届いていないらしい。ひとまずは安心というように深呼吸し、エメルは改めて海の向こうの戦況を尋ねた。

 

 

「こちらは、まだ持ちこたえられる。……そっちはどうだ?」

『辛うじて侵攻を食い止めてはいるが……それも時間の問題だ。……だが、約束を違えはしない。我々アメリカは、日本への支援を正式に決定した。エメル女史の要望通り、「SECT11(セクトイレブン)」の44名はアメリカを発って日本へと向かっている。あと数時間でそちらに到着する手筈だ』

 

「SECT11……? 何だ、それは」

 

 

 自分と同じように問題なく英会話を聞き取れていたリンだが、聞きなれない組織名に首を傾げる。

「おまえたちと似たようなものだ」とエメルはリン……を通り過ぎて、自分とミナトに視線を向けた。

 

 

「……アメリカ軍所属の、異能力者だけで組織された特殊部隊。いわば、アメリカのムラクモ機関だ」

「そいつらが援軍として来るってことか……! だとしたら、かなりの戦力になるぞ!」

 

「ああ、まあ、海外にもいるか、異能力者」

「うん……でも」

 

 

 ミナトと目を合わせる。

 考えていることはたぶん一緒だ。リンの言う通り助かるが、()()()()()()()()()()

 昨年の戦いでほとんどの軍備を失い、エメルもいない。自分たちと同じように竜災害を乗り越えたとはいえ、アメリカは2020年よりも厳しい状況にあるのではないか。なのに日本への援助を行うなんて。

 やけくそになっているようには見えないから、何か考えがあるんだろうが……。

 

 

「協力感謝する、デイヴ。SECT11は前大戦で帝竜を倒した実績もある機関。対真竜戦においては、13班と並ぶ強力な戦力になるだろう。しかし……この状況だというのに、SECT11をそっくりこちらに派遣するとは思わなかったな」

 

 

 エメルも同じく疑問を口にした。対して大統領の椅子に座るデイビッドは静かに笑い、余裕を崩すことはない。

 

 

『ふふ……水臭いことを言う。そもそも前大戦でSECT11を指揮していたのは、エメル女史、貴女では?』

「……そんなこともあったな」

『それに、真竜の居城は東京にある。前大戦通りならば、真竜を討てばすべての竜は消滅するのだろう。この状況を理解できないほど、私は愚かではないつもりだ』

「……その通りだ。懸命な判断、感謝するぞ」

 

 

 帝竜は原則自分が作ったダンジョン()より外には出ない。雑魚竜とマモノをやり過ごして待つだけなら、戦力の要を送っても問題ないと判断したということか。

 

 

『……部隊が到着し次第、こちらからまた連絡をする。世界は今度こそ、手に入れるだろう。真の勝利を……』

 

 

 モニター越しの青い目がムラクモ本部を眺める。

 最後にはその双眸が自分たちを捉え、アメリカ代表の姿はかき消えた。

 

 

「通信、切れました……」

「はー、緊張した……! すみません、教養なくて……」

 

 

 助かりましたとシズカに礼を言いつつミナトが顔を隠す。翻訳がなければ話についていけなかっただろうパートナーは耳まで赤くなり汗を流していた。

 勉強が苦手というのは初耳だ。そこまで恥じるレベルなのだろうか。

 

 

「あんた、去年竜災害が起きた時は大学入学直前だったんでしょ。一番一般教養が頭に詰まってそうなタイミングだと思うけど」

「座学好きになれないの……私がしてきたのは試験に受かるための勉強で、全然身になるやり方じゃなかったし……去年の竜災害で全部頭からふっとんじゃったよ」

「それでよく受験通ったわね。何大?」

「えーと、ほら、都内のあそこ……」

 

 

 もごもごと歯切れ悪く口にされたのは、座学が苦手という割には意外な医大の名前だった。

 医大はどこだろうが倍率も難易度も並より高いだろう。しっかり学を積まなければ通用しない。

 なるほど、今年に入ってから医務区で医療の勉強を始めたのもその延長か。

 

 地球人でないエメル以外が感心して目を丸くする。

 

 

「すごいじゃないか。そんなに謙遜しなくてもいいのに」

「いえ、あの……たぶんほんとギリギリで滑り込めたんだと……ビリから数えた方が早いくらい……面接でも猫かぶってましたし……」

「それでも合格できたのは実力ですよ! お医者さんか看護師さんを目指されていたんですよね? 外科とか内科とか、目指す分野は決められていたんですか?」

「……形成外科、とか……」

 

 

 ほーへー、とリンとシズカが盛り上がる。ミナトは依然顔が赤いまま、いたたまれないというように身を縮めていた。

 アメリカとの会議から一転、今度はエメルが置いていかれる番になった。今する話ではないだろうと幼女は鼻息を荒げて手を叩く。

 

 

「話がずれているぞ! ……応援部隊の目処は立った。彼らの到着を待って本格的な作戦を開始する。その間、自衛隊と13班は丸ノ内の実地調査を継続する。応援が合流するまで少しでも情報を集めるのだ。……いいな?」

「了解!」

 

 

 リンの敬礼に続いて頷く。ミナトも顔の熱を冷ますように繰り返し頭を振った。

 

 

「頼んだぞ……! では、各自散開! 目標任務を達成しろ!」

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 風が荒廃した都会をなであげ、埃臭さと一緒にフロワロの香りを運んできた。

 町には血を振り撒いたように赤い毒花が咲き乱れている。スカイタワーを覆う黒いフロワロではないものの、長居し続ければ体に異常が起きるかもしれない。

 自分たちのバイタルとフロワロの群生率、瘴気の濃度が視界の隅に表示される。ミロクが気合を入れるように息を吐いた。

 

 

『今回のミッションは異界化した丸ノ内の調査だ。自衛隊の一個師団がすでに潜入しているはずだ。無理せず、慎重に行こう。……あ、リン……ドウジマ陸将補から通信だ。つなぐぞ』

『13班! 聞こえるか? 今は駅周辺を索敵中だ。ここはまだ安全だから、先へと進んでくれ』

「了解。ドラゴン見つけたらすぐ呼んで」

「まだ奥の方まではマモノの討伐も進んでないので、気を付けてくださいね」

 

 

「お互いにな」と言われて通信が切れる。

 今回の目的は探索によるダンジョンの分析。正直、帝竜がいるのなら今すぐにでも突っ込んで討伐したいが、この体でどこまで戦えるのかはわからない。

 逆サ都庁攻略の時も一か月かけて進めていたというし、討伐隊壊滅の轍を踏まないよう、石橋を叩いて進むべきだ。思う存分体を動かせないのでもやもやするが仕方ない。

 ぼんやりと町を眺めるミナトに声をかける。

 

 

「入るわよ。何ぼーっとしてんの」

「……ねえ、シキちゃん」

「何」

「アメリカから応援の人たちが来てくれた時のためにさ、今から英語勉強しても遅いかな」

「あほ」

 

 

 平手で後頭部を叩いてやれば小気味いい音が響いた。

 えへへとミナトは笑い、やっと切り替えができたのか腕を広げて伸びをする。

 

 

「今考えてもしょうがないか! 言葉が通じなくても目的は同じだもんね。そろそろキリノさんも起きてくるだろうし、翻訳ツールとか用意できないかお願いしてみよっと」

『ははっ、うん、キリノはここしばらくぐっすりだからな。もう少ししたら寝るのに飽きて起き上がってくるだろ。その時まではネットの翻訳ツールとかいじって搭載してみるよ』

「よーし、それじゃあ駅に進も、」

 

 

 う、までは言われなかった。

 発音しようと口をすぼめたまま、ミナトは駅を見て固まっている。

 

 

「ちょっと、今度は何よ」

 

 

 彼女の視線を追って駅を振り返る。同時に強い風が吹き、砂塵を巻き上げた。

 かすむ視界の中に広がるのは、虹色のいばらに絡めとられている東京駅舎。その上空には複数の鉄の塊が浮かぶ。

 おそらく自衛隊のヘリだ。人力では通れない場所があったため、別経路からの探索に切り替えたのか。

 プロペラの回転音と、細長い機体が一、二、三……。

 

 そのさらに上、雲の中にもう一つ。

 

 ヘリのような直線ではなく、岩塊のような鋭い凹凸の輪郭。

 金属のモノトーンではなく、フロワロとよく似た暖色。

 無機物のプロペラではなく、筋肉と骨の蠢きで脈動する一対の翼。

 

 

「あれって──!」

 

 

 雑魚のワイバーンではない。もっと大きく圧倒的な影が、嵐となって東京駅に舞い降りようとしている。

 

 

「ミナト!」

「うん!」

 

 

 思考も迷いもなく、足は地を蹴り駆け出していた。

 探索と整備が済んでいる駅入口を突っ切り、とにかく影が見えた方向へ突っ走る。

 そこまで進まないうちに、駅全体が大きく揺れた。天井が軋んで頭に砂が降る。

 

 

『……!? おい、13班! 巨大なドラゴン……いや、帝竜反応を検知! とんでもない反応だ! カウンターが振り切れてる!』

 

 

 そこら中から不規則に上がる、ビキビキという耳障りな音。遅れて広がり始める壁の亀裂。

 ああ、覚えのある悲鳴だ。久しく忘れかけていた蹂躙の音。ズタズタに引き裂かれていく大地の声。

 鉄筋や石が押し潰され、駅全体が悶えるように軋んでいる。根を張るいばらが土地の生命力を吸い取るように肥大化した。

 

 

「ミロク! 帝竜の居場所わかる!?」

『ああ、場所は……、っ!』

 

 

 視覚情報とエネミーレーダーにリアルタイムで地図が更新されていき、これでもかというほど目立つ赤丸が表示される。

 帝竜であろう巨大な反応を確認して、ミロクが息を呑んだ。

 

 

『まずい……まずい、まずい! 13班! 走れ!』

 

 

 焦りを表すようにキーボードを叩く音が無秩序になる。

 まだ声変わりしていない少年ナビの喉が上擦っていき、耳を塞ぎたくなる金切り声が最悪の事態を告げた。

 

 

『帝竜反応、駅上空100メートル! 自衛隊の進路の真上だ!』

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 竜災害での最優先事項は真竜の討伐。その手がかりを探り、拠点付近の脅威を排除する意味でも、七体の帝竜の攻略は迅速に進めなければいけない。

 そのためにまず必要なのは、帝竜の居城である異界の探索。13班なら単独で攻略可能だと昨年証明されてはいるけれど、それでは効率が悪いしシキとミナトに負担がかかりすぎる。

 少しでも力になるために、自分たち自衛隊が丸の内攻略作戦の足がかりになるのだ。

 

 駅上空、いばらと瓦礫によって無秩序に形成された空中の舞台に風が吹く。

 ヘリの駆動音に負けないよう部下たちが「クリア!」と声を張り上げる。プロペラがかき混ぜる空気にあおられながら、リンは慎重に降り立った。

 

 

「よし……全員いるな? ここから下層へ降りていく形で探索を再開するぞ」

「了解。しかし、今回の戦場もまためちゃくちゃだな」

 

 

 マキタがナイフでいばらを小突く。返ってくるのはコンクリートとも金属とも違う、清濁が溶けあった音と感触。何の素材でできているのかは知らないが、建造物を破壊する硬度を持っているのは確かだろう。

 リンは舞台の端へ進んで周囲を見回した。

 

 

「駅入口はあそこか……うん、ここなら定点カメラの設置にも適してるだろう」

 

 

 ここは異界化した東京駅の中で最も高い場所だ。高層ビルには届かないものの、フロワロが繁茂した街並みを把握できる。丸ノ内一帯の情報を得るのには最適だ。

 

 

「隊長、観測用カメラ三台の設置、完了しました!」

「わかった。これから屋内に入っていく。危険な個体や進行困難な場所を発見したらすぐマッピングしてムラクモ本部に共有していくぞ」

「了解!」

 

 

 世の摂理や物理法則が捻じ曲がる異界にはいつまで経っても慣れないが、未知の危険地帯を探索する術は2020年の経験で嫌というほど身に付いた。隊は阿吽の呼吸で隊列を組み、慎重に駅舎内へ向けて進み始める。

「去年を思い出すっすね」とサスガが言った。

 

 

「去年は都庁がひっくり返ってたんすよねぇ。いやーありゃしんどかった。ドラゴンに会ったら逃げるしかないし、マモノもめちゃくちゃ弾撃ち込まなきゃ倒れてくんないし、オレたちすぐにばてちまって」

「さすがに一か月はかからないだろうが、今回も難しそうだな。幸いこの最上層にはドラゴンもマモノもいなかったが、屋内にはたぶんわんさかいるぞ……」

 

 

 サスガとカマチの会話を聞いて、リンは踏み出そうとしていた足を止める。目ざとくマキタが振り返った。

 

 

「隊長、どうした?」

「……いや……そうだ、ここにはマモノがいない……」

 

 

 部下たちが確認したので問題はないだろうが、なぜか嫌な予感がぬぐえない。リンは反転して舞台を見回す。

 

 

「ここも帝竜の巣の一部であることには変わりないのに、なんで一匹もマモノがいないんだ?」

「なんでってそりゃあ……ぁー……?」

 

 

 反射で口を開いたマキタも首をひねった。

 ムラクモのようなマモノの専門家ではないのだ、習性も何も知らない自分たちでは考察もままならない。

 考えるだけ無駄かと思考を打ち切ろうとしたとき、

 

 ざっ、と周囲を闇が覆った。

 

 

「!?」

 

 

 ほぼ無意識で銃を持ち上げ、直感のまま銃口を頭上へ向ける。

 そのまま引き金に指をかければ寸分狂わず弾は標的を捉えるだろう。

 けれど、

 

 

「な、なんだ……!?」

 

 

 重い。銃も体も、肌に触れる空気さえもすべてが重い。たった指一本を動かすことすら無理難題に思えてしまうほどの重圧が足を地面に縫い付ける。

 フロワロが火の粉に似た瘴気を放つ。銃を向ける先、遥か上空に闇が集まり、繭のように形を成した。

 この舞台にマモノがいない理由が分かった。考える必要などなかったじゃないか。

 マキタが後退りつつ、途切れた言葉を続ける。

 

 

「そりゃあ、あれがいたからだろうな──!」

 

 

 鼓膜が痛むほどの破裂音が響く。

 暗雲が産み落とした渦巻く繭を破り、それは巨大な翼を宙に広げた。

 燃えるような紅の表皮。目の冴えるターコイズの皮膜。戦車でさえ軽くすり潰してしまうだろう、巨樹のような手足。

 

 

「ドラゴンだ……それも、とんでもなくデケェ……」

「十中八九、帝竜だろうな。……全員聞こえるか!! こっちに戻ってくるな、今すぐ駅からの離脱準備を始めろ!」

 

 

 振り向かずに背後に指示を飛ばす。こちら側に戻りかけていた部下たちは一瞬だけ逡巡し、身をひるがえして駅舎に戻っていく。

 赤い帝竜は駅全体を揺らして舞台に着地し、巨体を持ち上げた。雷鳴もかすむ咆哮がビリビリと空気を引き裂いていく。

 相対するのはリン、マキタ、サスガ、カマチの四人。示し合わせずとも足は開き腰は落とされ、いつでも動ける体勢をとる。

 

 

「大将、どうする!?」

 

 

 マキタに答えるより先に耳の中で通信機が暴れた。エメルの甲高い声が響く。

 

 

『コール、堂島陸将補! すぐにそこから撤退しろ!!』

「言われるまでもない! 撤退だ! サスガ、カマチ、誘導を頼む!」

「任せろ!」

「了解!」

「撤退完了まで対竜グレネードで煙幕を張る! マキタは補佐を!」

「おう、準備はできてるぜ!」

 

 

 目的を見誤るな。自衛隊の戦いは、帝竜を倒すことじゃない。

 守ること、生き抜くこと、命を取りこぼさないこと。そのために、全力で立ち向かえ。

 

 

「逃げ切るまで持ってくれよ……砲撃、開始!」

 

 

 銃口から一斉に弾が飛び出し、一帯が白い煙幕に包まれる。

 東京駅の空中舞台で、帝竜にとっては取るに足らない殺戮が、人間にとっては全身全霊の抗戦が始まった。

 

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