2021年は平和……うおおドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

12 / 20
本日4/18はセブンスドラゴン2020-IIの発売日! 9周年おめでとうございます!



Count 5. ドラゴン戦線 序 【ぐだぐだ】*

 

 

 

 急げ、急げ。と頭の中で警鐘が鳴り響く。

 目指すのは帝竜の反応が確認された場所。そこにこの異界の主と、そいつと対峙する自衛隊がいる。

 リンたちは信頼できる仲間だ。彼女たちが何を思い、どれだけの覚悟で前線に出るのかを、自分たちは去年の戦いで知っている。けれど、雑魚竜ではなく帝竜が立ちはだかった場合、脳内で再生されるのは理不尽な暴力と血の海なのだ。

 間に合え、もう少し粘れ。すぐに駆け付けるから。

 早く帝竜のもとへ、自衛隊のもとへ辿り着かなければ。

 

 足は踏み出すたびに速さを増していく。そうして息を切らして階段を駆け上がったところで、視界に飛び込んできた影と衝突しそうになった。

 素早く構えると、影はぎゃあと情けない悲鳴を上げて飛び退く。

 

 

「あんた、自衛隊の……」

「あ、と、トネリって言います! じじじゅ13班の方ですね!?」

 

 

 自衛隊の新人隊員は汗と涙を浮かべて脱力した。何があったかを尋ねる前に顔を上げ、すがる眼差しで自分たちを見上げてくる。

 

 

「ドラゴンが……ドラゴンが! みんなが早く逃げろって……でも、僕だけ逃げるだなんて……そんなの……できないよ!」

 

『シキ、ミナト! 自衛隊が帝竜と接触、撤退開始した! 堂島陸将補が時間を稼いでるけど……このままじゃ……急いで救援に行ってくれ!』

「了解! トネリさん、帝竜はこの先にいるんですね?」

「はい! お願いします、隊長たちを助けて──」

 

『待て!』

 

 

 エメルが制止をかけた。

 

 

『この反応……この強さでは……今の13班に勝ち目はあるまい』

「……だったら何」

 

 

 時間がないため先を促す。

 ムラクモの最高顧問は冷静に、淡々と命令を口にした。

 

 

『……自衛隊は諦める。13班は一旦、退却だ』

 

 

 目の前でトネリ隊員が絶句する。開かれた瞳孔が発言者の正気を疑っていた。

 シキは通信機に指を当て、彼の代理としてエメルに問う。

 

 

「……本気?」

『ああ』

「ずいぶんあっさり言うわね」

『おまえたちを失うわけにはいかない』

「あんたは私たちがドラゴンに負けると思ってんのね?」

『信用していないわけではない。だが今は駄目だ、万が一があってはならない。真竜を討てるのはおまえたちしかいない。私はキリノの代理として、おまえたちをフォーマルハウトのもとまで導く』

 

『必要な選択だ。13班、退却しろ』

 

 

 なるほど、必要以上に怖気づいているというわけではないらしい。部下の命を預かる司令官としては妥当な判断かもしれない。

 アイテルやエメルが揃って求めていた「狩る者」。星に選ばれた戦士。その存在がなければ竜は倒せないという。

 狩る者に当てはまる自分とミナトは、()()()()()()()()()()()()()()。それを必要な時まで保持するためなら、他は切り捨てても構わないと。

 

 否。

 

 

「論外、却下!」

「トネリさん、他の方たちと一緒にそのまま撤退を!」

 

『な──』

 

 

 帝竜の居場所目指して躊躇なく駆け出した。エメルが息を呑むが知ったことではない。

 通信機の向こうからエメルとミロクの言い争いが響いてくる。

 

 

『おい、待て! 退却だと言っているだろう!』

『そんなことできるわけないだろ! 13班、そこ上がって右だ!』

『おまえも誘導するんじゃない! わからないわけではないだろう、今のおまえたちでは無理だ!』

「無理って言われると余計さからいたくなるわね。自衛隊を捨て石にするなんて選択肢ハナからないわよ」

「今ここでリンさんたちを見捨てれば、どんな意味でも絶対に後悔します! 帝竜に勝てなくても、撤退を支援するぐらいならできる、はず!」

『エメル総長、聞こえてるだろ? 自衛隊は見捨てられない……再考を!』

 

 

 マモノを片付け、邪魔な石を蹴飛ばし、発見した生存者をすれ違う自衛隊員に任せる。

 絶え間なく響く声と音と鼓動に混ざり、ふっとため息が聞こえた。

 

 

『……仕方ない。おまえたちの意思を尊重しよう。自衛隊の救出を最優先目標に変更! 時間との勝負だ、急げよ』

『よし! もう時間がない! 急ごう、13班! 交戦地点はこの先だ。注意して進んでくれ!』

「了解。もう着くよ!」

「見えた、あそこね……!」

 

 

 プラットホームに出る。ウエハースのようにバラバラに砕かれた瓦礫が道を成し、数十メートル先の駅舎屋上へと続いている。

 ここまでくればマモノはいない。この先は変貌した東京駅の主、帝竜の巣だ。

 雷鳴も霞む咆哮が轟く。同時に破壊の音が響き渡り、飛び散るコンクリート片とよろめく人影が見えた。

 

 

「やばいぞ、大将! 擲弾、残り五発!」

「撤退状況は!」

「負傷者の収容に手間取ってるらしい! まだ安全圏には達してない!」

「くっ……なんとか、全員無事に……っ!」

 

「13班現着!」

 

 

 リンたちの間を走り抜けて前に出る。

 全員疲労で息を切らしているが、大きな傷はないようだ。汗にまみれ強張っていた顔がほんの少しだけ緩む。

 

 

「13班!? 救援、感謝する! こっちはもう弾が……っ!」

「いいから、撤退急いで!」

 

 

 素早く踵を向けて自衛隊の4人が駆けていく。

 逆サ都庁とは対照的な青空の下の舞台。薄れる煙幕を振り払い、帝竜の巨体が露わになる。視界の中のメーターが振り切れ、“DANGER”“WARNING”とアラートが入り乱れる。ミロクやエメルが言う通り、一筋縄ではいかなさそうだ。

 

 

『わかっているな、13班……その帝竜は今のおまえたちの手には負えん! 倒そうなどと考えるな! 時間を稼ぐことだけに集中するのだ!』

「わかってるわよ。腹立つけどね」

 

 

 去年ウォークライと遭遇した時とは違う。彼我の実力の予測ぐらいはできる。

 故に、雷に打たれたと錯覚するほどの威圧感に肌が悲鳴を上げた。

 

 

「……シキちゃん」

「スカイタワーの時と比べればマシ。やるわよ」

「うん、サポートも妨害も得意だもん、任せて!」

 

 

 ミナトの力強い返事に背を支えられ、真正面から相手に対峙する。

 自分たちの戦意を汲んだように、視覚支援で情報が更新されていく。身体の造りやエネルギーの反応パターンがウォークライに似ていること、そこから強力なブレスを吐いてくるだろうこと、2020年の帝竜たちと比べても純粋な「力」が飛び抜けていること……。

 

 ただでさえおびただしいほど繁茂していたフロワロが、燃え上がるように花開く。一斉に放たれた瘴気が空気を赤く染め、異界を支配する王をたたえた。

 その個体識別名称、「ティアマット」。

 恐れ知らずにも原初の女神の名を冠するドラゴンは、宣戦布告のように天に向かって吼えた。

 

 

「いずれ倒す相手、時間稼ぎついでに手の内を探る! 援護頼んだ!」

「了解!」

 

 

 舞台を走る。拳で戦っていたときは威力を出すためにその場で踏ん張っていたが、今は足を止めない。

 相手の腕が届くギリギリの距離で進路を変え、死角である脇へ。

 昨年、一直線にウォークライに斬りかかったであろうガトウの背を追い、剣に手をかけた。

 

 

(まずは足!)

「──っせぇ!!」

 

 

 駆ける勢いのまま斬りつける。半月を描く天叢雲剣は確かに帝竜の片足を捉えた。

 けれど、得られたのは振りぬいた右腕のしびれのみ。

 ギ、と耳障りな金属音の直後、イィィンと鋭い響きで天叢雲剣が震える。金の剣とティアマットの甲殻は互いに押し負けることはなく、故に互いに弾き合った。

 剣身が陽光を反射して目を射る。もっと丁重に扱えと怒っているみたいだ。

 

 

「うるっさいわね、実戦であんたを使い始めてからひと月しか経ってないのよ!」

 

 

 ひと月もあって何をしていたと文句が飛んだような気がしたが、きっと空耳だろう。

 斬りたかったのは柔らかそうな白い表皮部分だ。だが狙いがずれて、剣の切っ先よりも柄に近い刃が、帝竜の鎧である赤い部分に当たってしまった。

 長物での戦闘は常にゼロ距離だった格闘とは勝手が違う。もっと間合いを考えなければ──

 

 

「シキちゃん! 警戒!」

 

 

 注意を促すように冷気が乱舞する。振り下ろされようとしていたティアマットの腕の関節が凍りつき、生まれた隙で射程外まで飛び退いた。

 

 

「大丈夫? 今ので手首ひねった?」

「問題ない」

 

 

 ミナトから見てもさっきの一閃はハズレだったらしい。タイミングも正確さも欠けた一撃なぞ、帝竜は痛くもかゆくもなかっただろう。

 一矢報いることもできないなんて歯痒くて仕方ない。フォーマルハウトを前に膝をついてしまった時を思い出す。

 

 

(……落ち着け。今すべきことは撤退の支援。倒すんじゃなくて足止めするだけ)

 

 

 自分たちはしんがりだと自身の胸中に刻み込む。

 戦場に立つのが自分一人だけなら好きなだけ暴れさせてもらうが、これは撤退戦だ。後ろには守るべき自衛隊、横にはパートナー。勝負の賭け金として盤上にいるのが自分だけではないことを忘れるな。

 波立つ気持ちを鎮め、剣を握り直した。

 去年、ほんの少しだけあいつから受けたレクチャーを思い出す。親指は中指に付け、人差し指は鍔に添えて。

 

 

(構えるときは力みすぎず、腰も足もそこまで曲げない。低くしすぎたらいざってときに出遅れる)

 

 

 大丈夫、ちゃんと覚えている。

 勝利条件は死人を出さず、生還すること。適するのは攻勢ではなく守勢。なら、

 

 

「ミナト、とにかく範囲攻撃で攻めて。あんたはあいつの意識が自衛隊にいかないように、私はあいつの意識があんたにいかないように動く」

「わかった。……気を付けてね」

 

 

 後ろでミナトが息を吸った。導かれるようにしてマナが渦を巻き、火炎が幕となって自分たちと帝竜を舞台の中に閉じ込める。

 熱気に背を押され、視界に捉えやすいよう真正面から飛び込んだ。

 無意識にカウンターの構えを取りそうになる体を叱りつけ、剣に意識を集中させる。場合によっては昨年のような格闘も使うとムラクモ試験でミロクに宣言したが、今はその時じゃない。

 あの重量の一部をまともに受けてみろ、せっかく回復してきた体がまた使い物にならなくなる。

 ここで求められるのは、とにかく帝竜の意識を自分に向けさせること。そして後ろにいるリンたちにまで届くような範囲技を使わせないような立ち回り。

 

 

(さっき足を狙ったのは悪手だった。少しでも体勢を崩したらバランスを取るために翼を使って飛ぶかもしれない)

 

 

 相手の射程内で跳び回れ、できるだけ派手に。視認しやすい距離と鈍さで。そうすれば、

 

 

『シキ、帝竜が右足踏み出してくるぞ!』

「シキちゃん、今度は左上!」

 

 

 帝竜は自身の手足で害虫を潰せると思うし、潰そうと動くだろう。

 そうして持ち上げられた足や腕が届く直前、全力で加速する。ミサイルの弾頭のような爪が容易く地面を抉るが、自分の体には触れられない。

 避けた後はまたのろのろと漂う。ティアマットが捉えようと動いたら再び飛び出す。

 捕まえられそうなのに捕まえられない。さぞやもどかしくて戸惑うだろう。

 飽きが来ないように不規則に動いて時間を稼ぐ。その間に離れた場所ではパートナーが着々とマナを練り上げていた。

 

 

「……よし! シキちゃん、大技いくよ!」

「狙うなら翼にして! 飛ばれちゃ困る!」

「了解!」

 

 

 空が曇る。いや、空と地上の間を薄い膜が隔てている。人為的に生成された霜の天蓋が、舞台の中央を覆う。

 

 

「目眩ましに範囲攻撃なら……私の十八番(おはこ)!」

 

 

 得意技である氷の属性を惜しみなく放出させ、サイキックは天に向けていた指先を振り下ろした。

 氷が収束して帝竜に降り注ぐ。あられなんてかわいいものじゃない、武骨な氷槍を弾としたガトリング砲だ。冷気を放つ人間大程度の氷塊が殺到し、刺突と粉砕の音が何重にも重なって舞台を揺るがす。

 氷同士がぶつかって砕けても問題ない。無限に細かく散るそれはダイヤモンドダストとなって舞台全体に立ち込め、煙幕として機能する。

 赤い帝竜は絶対零度の豪雨を浴び、ついには薄青に呑みこまれて消えた。

 

 

「ごめん! 翼っていうか全体になっちゃった!」

「これだけできんなら上出来! リン!」

 

 

 構えは解かずに後ろに呼びかける。

 ほんの少しの間を置いて、自衛隊隊長が「よし!」と声を張り上げた。

 

 

「丸の内庁舎に入っていた隊員全員の撤退が完了した! あとはあたしたちだけだ!」

 

『今だ! 13班、堂島陸将補、撤退を! 足場が崩れるぞ、急げ!』

 

 

 緊張が最高潮に達したサスガがぎゃーっと叫んで走り出す。カマチ、マキタ、リンもそれに続き、舞台の中央で膨張していく帝竜の気配を肌で感じながらシキとミナトも踵を返した。

 一分にも満たないわずかな間に橋を駆け抜ける。直後、火山の噴火もなまやさしく思えるほどの咆哮が響いた。

 ティアマットの姿はもう見えないから十分に距離は離せたはず。なのにその距離を越えて衝撃波が届き、背中をぶん殴られてプラットホームに転がり込んだ。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……こ、ここまで来れば……。ま、マキタ、いるか?」

「ああ、いる」

「カマチとサスガは?」

「います、無事です……」

「い、命からがらって感じっすけど」

「逃げ切った、か……?」

 

「ミナト、生きてる?」

「……調子乗って、マナ使いすぎた……もう立てない……」

 

 

 リンたちがのろのろと点呼をする横で、シキは地面と同化するように伸びているミナトをつついた。擦り切れそうな返答だが、マナ切れだけなら休息を取ればまた動けるようになるはずだ。

 自衛隊も13班も、誰も大きな傷は負っていない。あ゛ーっと全員が情けない声で脱力した。

 

 

「た……すかった……13班。……ありがとう」

「お互い様。駅の探索してもらってるしね」

「みなさん無事で、よかったです……」

『負傷者は多数だけど、殉職者はゼロだ。よかった……』

 

 

 ミロクのアナウンスを聞き、改めて息を吐く。

 ティアマットには傷ひとつ付けられず、厳しい見方をすれば尻尾を巻いて逃げたことになるが……昨年と比べれば「帝竜相手に犠牲を出さずに情報を得られた」という大きな成果だ。ひとまずここは喜んでいいだろう。

 遠隔で戦闘を見守っていたエメルがまったく、とため息をつく。心なしか安堵したような声音だった。

 

 

『……肝が冷えたぞ。結果的に犠牲がなかったのはいいことだが。13班、それに堂島陸将補。一度情報を整理する。帰投次第、ムラクモ本部に来てくれ』

「え、帰投次第……? 私たちへろへろなんですけど……」

『最低限の作戦会議は済ませておくべきだ。もちろん休息は重要だが、現地で帝竜と相対したおまえたちからの情報は必要不可欠。迅速に報告を行うように』

「……ぐぅ」

「ちょっと、諦めて寝るな! ああもうっ」

 

 

 さっきの大技で予想以上のマナを消費したみたいだ、ミナトは埃にまみれたまま安らかに目を閉じた。

 叩き起こそうかと思ったが、彼女の額には尋常じゃない量の汗が流れている。立てないというのは冗談じゃないだろう。しかたないので脱出キットでゲートを生成し、ミナトを引きずって議事堂へ帰還する。

 

 待機していた衛生兵に誘導され、フロワロ瘴気の付着した全身を洗浄してムラクモ本部に戻る。部屋には出発前と同じ面子が揃っていて、エメルがシズカを伴い進み出てきた。

 

 

「帰還したな。それではさっそく──」

 

「13班!」

「シキ! ミナト!」

「うわっ」

 

 

 口火を切ろうとしたエメルを脇から追い抜き、ミロクとミイナが弾丸になって飛び込んでくる。ミナトの体を支えているところに小さな体が突撃してきて危うく転びそうになった。

 

 

「怪我とかしてないよな? 大丈夫だよな!?」

「無事でよかったです。シキとミナトにまで何かあったら、もう、もう……」

 

「全員無事であることはおまえたちがバイタルデータで確認しているだろう。これから情報共有だ、13班から離れろ」

 

 

 動揺をたしなめるエメルに「そういうことじゃない!」とナビが抗議する。

 不満気に自分たちを放そうとしない双子にため息をつくも、話す分には問題ないと判断したのか、エメルはこちらに向き直った。

 

 

「皆、ご苦労だった。しかし……このタイミングで帝竜が現れるとは……」

 

 

 口ぶりからして、昨年アメリカでは1体目の帝竜との戦いまでそれなりに時間がかかっていたのかもしれない。ムラクモと自衛隊の共同作戦でも逆サ都庁の攻略には数十日かかっている。

 しかし今回は様々な段階をすっ飛ばしていきなり本命が現れた。討伐目標の帝竜が確認できたことは大きな成果だとシズカがフォローを入れるが、こちらはまだ討伐のための準備が追い付いていない。分析に加えて攻略作戦の見直しが必要になるだろう。

 

 

「13班、帝竜との戦闘、おまえたちの感触としてはどうだった」

「雰囲気としてはウォークライやゼロ=ブルーに近いと思います。ドラゴンらしいドラゴンというか、力押しで全部捻じ伏せる感じ。……私がまだ力を出し切れてないっていうのもあるけど、撤退前の最後の攻撃、たぶんほぼ通じてなかった……」

 

 

 ミナトが自虐的に目を伏せる。マナ水で精気を潤したため立てるまでには回復したが、漏らされた笑い声は渇いていた。

 印象としては自分も同じだ。あの帝竜は純粋に力が飛び抜けている。創作や神話に登場する世界樹のように、ただそこに在るだけですべての上に立つ。どこにいようと存在を意識せざるを得ない絶対の芯。

 数十分前に剣を振りぬいた右手を見下ろす。帝竜を直接殴ってやりたい衝動を堪えて率直な感想を述べる。

 

 

「硬い。強い。ロア=ア=ルアとかスリーピーホロウみたいな搦め手は使わないかもしれないけど、反対に私たちが小細工しても通用するかはわからない。やるとしたら純粋な殴り合い。火力勝負になるわね、あれ」

「殴り合い……単純だが想像がつかないな……」

 

 

 自分が生きていることが信じられないとでもいうようにリンが自身の胸に手を置く。彼女を労うシズカも、モニター越しに帝竜を見たのか、同様に生気が削げ落ちていた。

 

 

「丸ノ内の帝竜……識別名称『ティアマット』か。とんでもない強さだったな……」

「……はい。一年前の帝竜たちと比較しても、一、二を争うレベルだという分析です……」

「そんな相手、どうやって倒せば……」

 

 

 竜に現代の銃火器は通用しない。有力候補の狩る者13班は体の回復と能力開発が進んでいない。

 いっそティアマットの攻略は後回しに……いや、フロワロが町中に広がり続けているから第一の攻略対象となったのだ。放置は間違いなく悪手。

 誰も言葉を発さずに黙り込む。諦めではなく思案の沈黙だ。けれど出口が見つからずに空気は停滞していく。

 

 

「……」

 

 

 一歩進んで二歩下がる雰囲気に苛立ちが降り積もる。

 自分たちは確実に帝竜を倒すために地道な探索を繰り返し、敵前逃亡さえしたのだ。なのにこの雰囲気は何だ。壁にぶち当たるどころか八方ふさがり、完全に燃料が切れている。これじゃどこにも行けやしない。

 握り拳を見つめて2020年を振り返る。あの時の自分は何を考えてウォークライを殺すことができたのだったか。

 

 ……そうだ、資源がなく、どこもすり切れた苦しい状況で、死ぬ寸前ではあったが13班は逆サ都庁の攻略を成し遂げられたじゃないか。

 いける。やれる。調子が悪かろうが苦戦しようが、13班ならドラゴンは殺せる。 

 

 ドクンと体が脈打つ。暴れる鼓動が脳の思考を上書きしていく。

 

 殺せ。剣が通じないなら使い慣れた拳を突き入れろ。この手なら、心臓を直接握りつぶして抉り出すことだってできる。

 

 ならこのまま突っ込んだって──

 

 

(シキちゃん)

 

 

 自分にしか聞こえない小さな囁きで我に返る。

 

 

「っ」

 

 

 クロウを着けた白い手が拳を包んでいた。その指にほぐされ、血の気が失せて蒼白になっていた手から力が抜ける。

 爪が食い込んで血が滲んでいる肉を治癒術の光が癒す。ようやく視線を上げると、眉を下げたミナトの顔がすぐそこにあった。

 

 

「シキちゃん。……大丈夫?」

「……ああ、別に」

 

 

 平気、と手を下げて息を吸う。ミナトは安堵の息をついて、両手で自分の手を握った。

 血の流れが速度を落として頭が冷える。今度は空いている片手を軽く握りこんで自分の額を小突いた。

 

 

(バカ、去年の攻略は犠牲が多すぎたでしょうが)

 

 

 結成されたばかりの13班が帝竜と対決することになったきっかけ、討伐部隊の壊滅。構成員だった自衛隊員は過半数が命を落とし、ムラクモはナガレを亡くした。

 忘れるな。地下シェルターから都庁へ拠点を移す際、壁や床、天井に血痕が飛び散っていたのをさんざん見ただろう。ひび割れた屋上で、ナガレが倒れていた場所を自分とガトウで掃除しただろう。

 青い空の下、モップとたわしで彼の名残りを何度も拭いた。こびりついた人型の染みの上で腕を上下させるたび、言い知れない息苦しさが生まれた。

 

 ガトウが「この姿勢はキツイ」と何度か立ち上がっては腰を叩いて、なんとか屋上から戦いの爪痕を拭い去って……それから、居住区からガラスのコップを持ってきて、水とそこらへんでつんだ花を入れて。

 どこから調達したのか、傷だらけのガトウの手にはワンカップの焼酎が二つ。瓶と瓶を当てて、チン、という音が風に乗って飛んでいった。

 

 

『墓も建てられなくて悪いな、ナガレ。全部片付いたらきちんと寺に骨持っていくからよ。ほれ、乾杯』

『昼間から酒飲まないでよ』

『けちけちすんな。……おう、シキ』

『何』

『東京からちょっと離れてんだが、臥藤家が代々使ってる墓があってな──』

『バーカ』

『な、おまえ、馬鹿とは何だ! まだ最後まで言ってねぇだろうが!』

『バカでしょ。自分が死んだらなんてくだらないこと話すキャラじゃないくせに。ナガレが弱気になるなってたしなめてくるのが目に見えるわ』

『……』

『私に骨拾ってもらいたいなら、老衰以外で死なないこと。じゃなきゃ線香も上げてやんないから』

『……生意気だなぁ、相変わらず』

 

 

 ナガレもガトウも、それ以外の者も、個人が識別できる骨はそれぞれ瓶に詰めて議事堂の一室に保管されている。

 東京はまだ、墓地や寺院の修理・清掃が済んでいない。毒花だらけになった地球の地面に埋めるのは供養にはならないだろう。

 

 体温が消えて肉塊になった死体を拾うのも、それを山のように積んで一度に火葬するのももうごめんだ。

 横で自分の手を握るパートナーが、アオイを亡くした時のように冷たい体に縋りついて慟哭(どうこく)するのも、もう二度とごめんだ。

 

 

「犠牲は出さない」

「え?」

 

 

 口からこぼれていた声を全員が拾った。視線が集中する。

 

 

「わかってると思うけど、玉砕覚悟で突っ込むなんて作戦はごめんだから。最初の帝竜でバタバタ死人が出るなんてやってらんない。力不足だろうが鈍かろうが、捨て石も犠牲も出さずにあいつを倒す」

 

 

「捨て石」を強調してエメルに向かい合う。駅でのやりとりを思い出し、ばつが悪そうに彼女は口をすぼめて腕を組んだ。

 

 

「今からおまえたちの治療やスキル開発に集中するとしても、間に合わないのはわかるだろう。時間制限付きの攻略作戦だ。決定的な何かがなければ、あの帝竜を倒すことは──」

 

 

 

「それは俺たちに任せてもらおうか」

 

 

 

 聞きなれない声……聞きなれないけれど、どこか覚えのある声が響く。

 

 扉が大きく開いて注目を集める。黒いアーマーで全身を固めた、一目で軍属とわかる集団が入ってきた。

 肌の色、目の色、髪の色、いずれも日本とは違う空気をまとった闖入者にざわめきが広がる。

 

 

「な、なんだ、おまえたちは!?」

 

 

 議事堂防衛の頭であるリンが真っ先に声を荒げた。見慣れない武装集団が拠点の中枢に踏み入ってきたのだ、非常事態時同様の焦りが顔に浮かぶ。

 しかし集団は咎める声に耳を貸さず、我が物顔で緑の絨毯を踏みならし、左右に開いて敬礼を作った。

 その中央を堂々と歩いてきたのは、思い出したくなかったライムグリーンとビビットピンク。

 

 

「来たか……!」

 

 

 顔をしかめる自分とは反対に、エメルの目に光が宿る。

 前に進み出てきた青髪の男女、男の方が笑みを浮かべて高らかに声を出した。

 

 

「アメリカ臨時政府所属、特殊陸戦部隊 SECT11! ただいまを持って、極東真竜討伐作戦に着任する!」

 

 

「SECT11って、確かアメリカとの通信で言ってた……というかあの人たち、少し前に」

 

 

 ミナトがそっと体を寄せてくる。

 SECT11と名乗った集団はほとんどが黒ずくめで背が高い。そして先頭二人の不敵な佇まいには、縄張りを主張するような威圧感があった。

 

 エメルが一歩進み出て、援軍……であるはずの彼らを労う。

 

 

「待っていたぞ。長旅、ご苦労だった。確か、おまえたち二人は──」

「エメル女史がこっちにいた頃はヒラだったんだけどな。出世して、今はSECT11のリーダーと副リーダーだ」

 

 

 青髪の兄妹、確か、ショウジ・サクラバ、イズミ・サクラバ。彼らは初めて顔を合わせる面子に自己紹介をした。

 リーダー、ショウジの妹であり副リーダーのイズミ・サクラバがじろりと視線を送ってくる。好意的でないのは明らかなので、こちらも同じように睨みを返した。

 視線と視線の火花が散る。大きく引火して互いが前のめりになる前に、ショウジがイズミの、ミナトが自分の目を手で塞いだ。

 

 

「ねえ、シキちゃん」

 

 

 エメルとショウジが互いの近況を報告しあう傍ら、ミナトが小さく袖を引っ張ってきた。

 

 

「……あの人たち、敵じゃない、よね?」

 

 

 疑問とほんの少しの恐れを含んだ言葉だった。SECT11が怖いのではなく、これから嫌なことが起きるのではないかと恐れる声。

 こいつらはファーストコンタクトからして最悪だったが、仮にも同じ人間同士、協力者としてアメリカから派遣されてきた戦力だ。竜災害下という非常時に、同じ人間に害を及ぼすなんてことはしないだろう。

 ミナトが心配しているのはまた別のこと。そして自分も抱いている嫌な予感。

 

 

「敵ではないでしょうね。敵では。ただ、」

 

 

 断言できる。()()()()()()()()()()()()

 にこやかに対話しつつも、ショウジはエメルの言葉に一度も頷いていない。

 

 何も気付いていない様子のエメルは「これで戦力が揃った」と満足げに頷いた。

 

 

「SECT11には着任早々悪いが、丸ノ内攻略に向けた作戦会議を始めたい。さっそく──」

 

「あー……悪いけど、」

 

 

 勢いに乗ったムラクモ最高顧問の弁が途切れる。ショウジが苦笑いで挙手したためだ。

 

 

「俺らはそれには参加できねえな」

「なに?」

「ハハッ……おっかしい! ミュラー元大統領の右腕……氷の女参謀、エメル女史も日本じゃすっかり平和ボケしちゃうのね」

「……どういうことだ?」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 雲行きの怪しさに眉を寄せるエメル。対して笑い声を上げたイズミは、背の高さ、自らがまとう棘をアピールするように胸を張る。

 

 

「……あたしたちはアンタの指揮下に入ったわけじゃない。SECT11のボスは、ショウジ・サクラバだ。こっちはこっちで動かせてもらう」

「何だと……?」

 

 

 言葉通り、こちらの指揮下に入る気は微塵もないらしい。ショウジは背後の部下たちを振り返り、本来であればエメルが下すはずだった号令を口にした。

 

 

「SECT11は、これより第一次東京攻略作戦を実行に移す! 目標地点は丸ノ内一丁目! さあ……戦場を楽しもうぜ!」

『イエッサー!!』

 

 

 ああ、やっぱりか。

 シチュエーションは違えど、去年も似たようなことがあった。ただ今回はより性質が悪い。

 海を越えて助勢に来てくれたはずが、彼らはムラクモの拠点でのど真ん中で、堂々と単独行動を宣言したのだ。

 さっそくぼろが出始めたドラゴン戦線に、ここ一番のため息が出た。

 

 

「そんなことは認められん! 過信は身を滅ぼすぞ!」

 

 

 今にも部屋から出ていきそうな彼らにエメルが待ったをかける。

 対してSECT11のリーダー格であるサクラバ兄妹は余裕綽々の笑みのまま、まさかと肩をすくめた。

 

 

「データ通り、あの帝竜は強い。そのへんのドラゴンなんて比じゃない。だからこそ……足手まといがいられちゃ困る」

「そーゆーこと。仲良しごっこできる余裕はないの。こっちでなんとかするから、アンタたちは隅で震えて待ってなさい」

 

 

 聞き捨てならない言葉に言い返すよりも先に、リンが一歩前に出る。

 ティアマット相手に撤退で精一杯だったことを突かれたようで悔しかったのかもしれない。その頰は淡く紅潮していた。

 

 

「言わせておけば……! おまえらだけで帝竜を倒せるつもりか!?」

「ま、うまくやるさ。文句言うなら結果見てからにしてほしいね。JSDFのカワイコちゃん」

 

 

 いきりたつリンにショウジが宥めるように片目を閉じた。

 女性ということで気を利かせたのかもしれないが、敬意は一切感じられない。同じ土俵に立つ者として見られていないのは明らかで、ちゃらけた言葉選びに自衛隊の面々が青筋を浮かべた。

 

 再三の説得にも耳を貸さず、SECT11はさっさと退室していく。

 台風一過のように静まり返った部屋の中で、エメルの歯軋りだけが嫌に響いた。

 

 

「これでは戦力増強した意味がない……! 13班! 堂島陸将補! SECT11に続け! 奴らに好き勝手をさせるな!」

「ちょっと待ってよ、このまま突っ込めってこと?」

 

 

 帝竜と接触し、議事堂に帰還してからまだ一時間程度。具体的な対抗策はなく、自衛隊は負傷者多数。実質こちらは出発前より消耗しただけだ。

 SECT11の独断専行は予想外だが、この状態でまた帝竜に突撃するなんて自殺行為である。

 今度こそ死人が出かねないと物申す。しかしエメルはだからこそだと主張した。

 

 

「SECT11はおまえたちと同じく、昨年の戦いですべての帝竜を倒した貴重な戦力だ。それを失うことは考えられん」

「私はいないほうが清々するけどね」

「シキちゃん、それは言っちゃダメ……」

「とにかく、彼らの独断を許すな。一刻も早く追いつけ!」

 

 

 幼女らしい柔肌に不釣り合いに刻まれたシワが問答無用だと語る。ムラクモ本部から蹴り飛ばされる勢いで追い出された。

 あの様子では説得しても無駄だろう。数時間前まで冷静に指示を飛ばしていたエメルはどこへ行ったのか。

 

 

「はぁ……面倒だけど、やるしかないわね。ミナト、いける?」

「ううう、いけるけど休ませてー……」

 

 

 休息を訴えるパートナーを引きずり、とんぼ返りで東京駅へ戻る。

 通信機からはあちこちに指示を出すエメルと、観測データをぶつぶつ読みあげるミロクの声が流れていた。続いて聞こえてくるのは「帝竜のデータどこ!?」だの「こっちに回せ!」だの煩雑な会話ばかり。

 ムラクモ本部も行き当たりばったりの展開についていけてないのだろう。今まで問題なく発揮できていた連携は見る影もない。

 

 

「ミロク、そっち大丈夫なの?」

『だ、大丈夫なはずだ! 伊達におまえたちのサポートしてきたわけじゃないよ、任せてくれ。それより……どうやらSECT11はかなり先に進んじまってるみたいだ。俺たちも、先を急ごう!』

 

 

 視界のマップには固まって行動している生体反応が多数。SECT11の面々だろう。確かに進行が速い。餌場を見つけたようにマモノやドラゴンの反応が群がっていくが、数分もしないうちに次々と消えていく。

 異界化した駅の中で見られるのは、ツインホーンドラグをはじめサラマンドラやエンシェンタス。帝竜には遠く及ばないが吹けば飛ぶような雑魚でもない。

 そんな敵を掃除でもするように片付けていく手際。そしてきれいにDzがくり抜かれた死骸。ドラゴンとの戦いに慣れているのは間違いない。

 

 

「これさ、すでに回収されちゃったDzって……」

「譲ってくれるなんてことはないんじゃない。ったく、ただでさえ資材不足だっていうのに」

 

 

 打ち捨てられた死骸を辿り、血と硝煙の臭いがこもる駅舎を進んでいく。

 まだ狩られてないドラゴンを探そうと歩を早めた矢先、前方、通路の奥にばらばらと人影が踊った。

 

 

『あれは……SECT11だ!』

 

 

 ドラゴンも、とミロクが付け加える。

 

 牙を剥き、捕食の宣言でもするようにドラゴンが吠える。

 天井に届く巨体に対し、先頭に立つ男女は不敵に笑ってみせた。

 

 

「イズミ!」

「オッケー! ──ハッ!」

 

 

 銃を構えつつショウジが妹を呼ぶ。

 シュラッと鋭い音を鳴らして抜刀し、イズミは鮮やかな刃を縦一文字に振り下ろした。

 天叢雲剣よりもずっと薄い紅の曲刀。女でも振りやすそうなフォルムは花弁のような軽ささえ感じさせるが、刃は竜の肉を水のように斬り払う。

 脅威にもならなかった相手を見下し、イズミは自慢げにショウジを振り返った。

 

 

「どう? この程度なら全然余裕!」

「よし、まだイケるな。おまえたち、ここは任せた! 俺たちは先行する!」

「オーライ、ショウジ!」

 

 

 気軽に交わされるあいさつに、クラッカーでも鳴らすように発砲する兵士。異界の環境下だというのに曇りひとつない笑顔。

 ダンスパーティー感覚で戦いを楽しむ部下にショウジは笑い……ちらりと、視線がこっちを向いた。

 ゆるく下がるまなじり、曖昧に持ち上げられた唇の端、そして肩をすくめる仕草。

「お留守番してなきゃだめだろう」とでも言いたげな、間違いなく自分たちに向けられたそれ。

 

 

「あいつ……」

 

 

 曲がり角に消えた背中を追って無意識に足が前に出ていた。ローファーが足もとの砂利を蹴散らし、小石が転がる。

 ばらばらな方向を向いていた兵士たちが瞬く間に銃口をこちらに向けた。ついで、目を丸くして引き金から指を離す。

 

 

 

「おいおい、なんで子どもがいるんだ? ここは遊園地じゃないぞ」

 

「し、シキちゃん、あの人なんて?」

「あんたのこと子どもだって」

「ええ!?」

 

 

 流暢な英語にびびってひっついてくるミナトは適当にあしらう。

 相手が言った「子ども」が自分たちのどちらを指すのか、あるいはどちらも指したのかは不明だが、銃火器をひっさげた彫りの深い軍人と比べれば若く見えるのは道理だろう。いや今はそんなことどうでもいい。

 

Hey, young ladies(おい、お嬢ちゃんたち).”と声をかけてきた兵士は無遠慮にこちらを観察し、左腕の腕章に目を止めて肩から力を抜いた。

 

 

「ん? おまえらは……、ああ知ってるぜ、ムラクモ13班って奴だろ? 本当に女の子の二人組なのかよ。ちょっと若すぎないか?」

 

 

 体を揺らしてガス漏れのようにこぼれる笑い。どうせ通じないだろうと垂れ流されるスラング。ショウジやイズミと同じく、格下の相手だと見下してくる態度。

 血管が浮きそうになる額をなでつける。こいつらの態度はむかつくが仕方がない。なぜならムラクモもSECT11も、互いについては伝聞でしか情報がないのだ。

 共に作戦に臨む以前にチームワークもなっていないのだから、評価の材料は第一印象しかないだろう。

 去年の自分なら返礼として拳を一発くれてやったが、そんなことをしても得られるものはない。ここは流してやろう。

 

 

 

「ハハッ……どうだよ、フレッド? こいつらが、ニッポンのエースなんだとさ」

 

 

 流して、

 

 

「オレたちには関係ないさ。放っておけよ」

 

 

 流し、

 

 

「ヘイ、頼むぜジャパニーズ。オレたちの邪魔はするなよ?」

 

 

 なが……、

 

 

「ヘイヘイヘイ! あとは、俺たちSECT11に任せとけ! 貧弱ジャパニーズじゃ、頭からガブリと喰われちまうぜ?」

 

 

 ……、

 

 

「ずいぶん、遅かったじゃねぇか。道にでも迷ったのか? それとも、怖くて震えてたのか? このまま俺たちに任せておうちに帰ったっていいんだぜ?」

 

 

 ブチッ。

 

 

 堪忍袋の緒が切れる音をここまではっきり聞いたのは初めてな気がする。

 

 問答無用で剣を抜き、振りかぶって投擲する。

 目の前のアホ共の頬をかすめ、剣は十数メートル先にいたドラゴンを穿った。

 獲物ごと壁に突き立つ長剣と、そこから広がるヒビ。駅を揺らす音と震動。力を入れすぎたかもしれないが、SECT11の笑い声が止んだので結果オーライだ。

 

 

Get over yourself(調子に乗るな), idiots(雑魚共) .」

 

 

 ミナトには通じなくとも自分は聞き取れるし意味もわかるぞと、間抜けたちの間を歩きながら教えてやる。

 こいつらには頭を冷やしてほしいが、あいにく付近に水道はない。壁から剣を抜いて斬り上げ、絶命したドラゴンを兵士たちの中央に蹴り転がして返り血を浴びせてやる。野太い悲鳴や抗議が飛ぶが聞くに値しない。

 

 

When in Rome, do as the Romans do(郷に入っては郷に従え). Didn't your mom tell you that(ママに教わらなかった)? ここは日本だ、最低限の日本語と礼儀を勉強してから出直せ、デク」

 

「なぁっ……!?」

 

 

 親指を下に向ければ意図はばっちり伝わったようだ。黒いアーマーを赤く汚した兵士たちはさっきよりも棘のあるスラングを叫んで銃を構える。

 

 

『ちょ、シキ! 喧嘩売ってる場合じゃないだろ!』

「売ってきたのはあっちよ。やっすい挑発買ってやったんだからむしろ感謝してほしいわ」

『こら、構えるなーっ!』

 

 

 相手は四人。こっちは(ミナトもやる気があるなら)二人。人数では負けるが、それをカバーできる実力くらい備わっている。

 まずミナトが銃弾を防ぐために広範囲に火か氷を放つだろう。相手が怯んだ隙に誰か一人の懐にでも飛び込めば銃の射線は切れる。武器を叩き落として蹴りでも殴りでも峰打ちでもねじ込めば制圧は簡単だ。

 

 

『シキ! 本来の目的を忘れるな! ショウジとイズミを追わんか! ……おい、誰だ野次を飛ばす奴は、火に油を注ぐんじゃない!』

 

 

 エメルの制止は正しいものだが、聞く気はない。他の誰かの「いけ、やっちゃえ!」という声援だけ受け取り、通信機を耳から外す。

 ドラゴン討伐の邪魔だなんてのはこっちのセリフだ。というか、我が物顔でのさばる奴なんてほぼドラゴンと変わらない。人間同士だろうがぶっ飛ばしていいだろう。

 

 

「ミナト、やるわよ!」

「え、ええ!?」

 

 

 兵士を挟んで向こう側にいるパートナーに声をかける。名前を呼ばれた彼女はフリーズ状態から解放され、あちこち視線を巡らせては後退った。

 

 

「いや、ダメだよ、喧嘩なんて……」

「ぶっ飛ばすのは私がやる。あんたは援護だけでいいから」

「いやそういう話じゃなくてね!? あああっ、もう!」

 

 

 汗をかいていた手がぐっと握り拳を作る。ミナトは唇を引き結んで顔を上げ、こっちに向かって一直線に走ってきた。

 そうだ、二人で戦えば時間もかからない。ここでどちらが上かをはっきりさせれば、相手も鼻につくような態度はとらないはずだ。

 ミナトが走る。歴戦のサイキックは兵士の間をすり抜け自分のもとまで駆け付け、体を反転させた。

 彼女の武器である指先が突き出され、全員が腰を落とす。

 

 ミナトは開戦の合図として、そのまま氷を──

 

 

 

 

「っすみませんでしたーーーっ!!!」

 

 

 

 

 ──放つことなく、体を折りたたんで地面に伏せた。

 

 

「……。は?」

 

 

 でしたー、したー、たー……、と声が壁や床に反響して消えていく。

 平伏。平身低頭。つまりは謝罪。

 破裂寸前だった空気がしぼみ、思考と一緒に体が止まり、SECT11側はUFOでも目撃したような顔で後退った。

 

 

「うおっ、何だこの珍妙な動きは!?」

「まさかこれは……! ジャパニーズDO()-GE()-ZA()!?」

「ドゲザ? ニンジャとハラキリに続くニッポンの三大なんとかってヤツか!」

「聞いたことあるぜ。確かスライディングDO-GE-ZAとかジャンピングDO-GE-ZAなんて派生もあるらしい」

「……で、これはどういった儀式なんだ? オレたちバカにされてるのか?」

 

「……あんた、何してんの?」

「ちゅ、仲裁のつもり、です……一応……。とにかく、喧嘩ダメ、絶対!」

 

 

 三つ指揃えて無駄にきれいな土下座を披露していたミナトががばりと体を起こす。言葉でのコミュニケーションが図れない分ボディランゲージに全力を注いだ彼女の額には砂利がくっついていた。

 

 

「アホか! なんで加害者でもないのに謝ってんのよ!」

「だって収めてもらうにはこれしかないかなって……私たちが戦う場所はここじゃないでしょ? 充分な休息も取れてない状態で本来協力するはずの相手と戦うのは違う気がする! 冷静になって!」

「私は最初っから冷静よ! 誘ってきたのはあいつら──」

 

 

 ドンッ、と視界がぶれる。

 五感が麻痺する轟音と震動が駅全体を揺らしたためだ。危うく舌を噛みそうになって口を閉じる。

 周囲を見回すが、目立つ敵影はない。もっとずっと離れたどこかから、断続的に衝撃波が届いている。

 全員が口をつぐんで震源を探る中、ミロクの声が耳に届いた。

 

 

『13班、まずいぞ! SECT11がティアマットと交戦に入ったらしい!』

「は!? もう!?」

「む、向こうは何人で戦ってるの?」

『たぶん、ショウジとイズミの二人だ! 急いで救援に向かってくれ!』

「了解! ……そういうわけで、喧嘩は中止!」

 

 

 ミナトが白い手を合わせる。言葉の壁の前であたふたしていた姿はどこへやら、切り替えて背筋を伸ばす様は問題児をいさめる教師に似ていた。

 

 

「本来の目的通り、ティアマットのところに向かおう! それじゃあSECT11の皆さん、私たちは失礼しますさようならー!」

「ちょっと! 手を引っ張るな! おい!」

 

 

 SECT11の面々の呼び止めるような声も自分の声も聞かずにミナトは走り出す。普段は頭も体も人よりローペースのくせに、逃げ足だけはやたらと速い。

 帝竜討伐が優先なのはもちろん自分だって承知している。けれどこれじゃあまるでとんずらこいたみたいじゃないか。種族関係なく嫌な奴は下さなければ気が済まないのに。

 気に入らない気に入らない。何だこの、全てが自分を振り回してくる展開は!

 

 

「ああもうくそ! 離せーっ!!」

 

 

 手を振り払って逆につかみなおし、八つ当たりに地面を蹴りつける。

 ぎゃーっとミナトが上げる悲鳴は無視し、ミロクが表示するルートをひた走った。

 




シキに英語のセリフをかっこよく言わせてみたくて頑張って調べました。いろいろ間違ってないといいなー!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。