2021年は平和……うおおドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

13 / 22
不定期更新と言っていますが一応月一の投稿を目指していて、五月ギリギリの投稿になってしまいました。ティアマット戦です。
CHAPTER1の表はここで終わり。次回は幕裏を投稿予定です。



Count 6. 赫灼として紅く- VS ティアマット - *

 

 

 

 瓦礫が持ち上がり、野ざらしになった舞台。見晴らしのよかったそこは、今は砂埃と硝煙の幕が垂れ込めている。

 激しい攻防によって亀裂が走る硬い音ばかりが響く中、ぼたり、ぼたりと液体が弾ける音が混ざり始めた。

 徐々に晴れていく視界に影が浮かぶ。天を覆うほど大きな翼は割れ、凶悪な鋭さを持つ角は砕け、ぞろりと牙が並ぶ顎は、弱い吐息を漏らすばかり。

 全身に切り傷と銃創を刻み、体液を垂れ流しながらも立ち続ける帝竜ティアマット。

 刃にこびりついたその血を振り払い、イズミは軽く舌打ちをした。

 

 

「これだけやってまだ倒れないわけ? しぶといな……」

「イズミ、油断するなよ。まだ余力がありそうだ──っと!」

 

 

 ティアマットが爪を振り下ろす。ショウジとイズミは即座に回避し、巨大な爪は空の地面を捉えた。

 帝竜は血走った眼で宙を探り、イズミに向けて拳を振り抜く。

 桁違いの膂力が放つ衝撃波を、けれどもイズミは軽やかに身をひねって避ける。

 

 

「っつあ!!」

 

 

 返礼とばかりに紅の剣が振り下ろされる。捉えた、と思った一撃は先ほどの帝竜と同じく空振りに終わった。ティアマットが翼で舞い上がったためだ。

 半壊している皮膜でその巨体を持ち上げられるとは大したものだ。思わず舌を巻く。

 だが逃がす気はない。

 

 

「忘れてもらっちゃ困るな」

 

 

 瓦礫の合間を縫うようにショウジが駆ける。手に握っているのは愛銃ではなく手榴弾だ。

 帝竜に向かってそれを放り、跳躍して銃口を向ける。

 

 

「オラァッ!」

 

 

 飛び出した弾丸が手榴弾に吸い込まれ、がちりと歯が噛み合うような音が鳴った。直後に拳大の鉄の実が弾け、爆発と鉄片がティアマットを襲う。

 全身に走っていた亀裂がより広がり、帝竜は赤い体を血でより赤く染めて墜落していく。

 

 

「よっしゃヒット! イズミ、トドメだ!」

「オッケー! って、もう! こいつまだ動くよ!」

 

 

 大役を任されたイズミが怒りを込めて剣を握る。

 身を起こしたティアマットの目はまだ二人を映していた。揺らいでいるのは諦めではなく燃え尽きない敵意。一矢報いようと、その口腔から光が溢れ出す。

 

 

「……来るッ!」

 

 

 身構えると同時にブレスが吐き出される。宙を染める光を追って巨大な水晶がそりたち、地面を割って殺到した。

 弾丸でも刃でも相殺できない超硬度の嵐。サクラバ兄妹は左右に分かれて回避する。

 ティアマットが天に向かって咆哮を飛ばした。世界中を震わせる轟きは、一度は揺らいだ帝竜の命の炎をより激しく燃え上がらせる。

 

 まだまだやる気充分のようだ。ショウジは銃を構えて引き金に指をかける。

 仕留めるつもりで引いた人差し指だが、伝わってきたのは発砲の衝撃ではなく、ガチリという空虚な感触。

 弾詰まり(ジャム)ではない。強敵との交戦で夢中になっていたが、今になって銃身が軽いことに気付いた。

 素早く手を滑らせて全身を探る。内ポケット、ポーチすべてに指を突っ込んだが何もつかめない。

 

 

「ちッ!」

「ショー兄!?」

「さすがに簡単にはいかねえか……! あいにく、今のでこっちは弾切れだ」

「……どうする?」

「一旦引くしかねえな」

 

 

 あっさりと後退の意思が告げられる。

 煮え切らない展開にイズミは歯噛みするが、それはショウジとて同じだ。ティアマットを見つめる目には闘志がくすぶっている。

 けれどSECT11のリーダーが退却というのなら退却だ。ダメージを与えられる武器がない今、剣一本で押し切るのは難しいかもしれない。

 

 

「わかったよ。じゃあアタシが殿するから、ショー兄は──」

 

 

 先に、という言葉は届かない。

 二人の間を鋭い光が切り裂き、遅れて空気が爆発した。

 弾丸、疾風、あるいは真昼の流星。それは何もかもを置き去りにして空間を駆け、ティアマットの片目に直撃した。

 

 

「な、何!?」

 

 

 帝竜の絶叫が響き渡る。空に亀裂さえ入れそうな叫びに耳をふさぎ、つられて閉じてしまった目を開く。

 映ったのは痛みに悶え、激しく体を震わせるティアマット。そして、その片目に突き立つ……、

 

 

「あの剣……!」

 

 

 忘れもしない。つい先日自分の首に突きつけられた、星の輝きを放つ長剣だ。

 次いで、裏返したような漆黒が視界を横切る。

 日を浴び濡羽色につやめく髪。白いセーラー、赤いスカーフ。

 日本の学生服を着た少女が真っ直ぐ飛び出し、ティアマットに刺さった剣をつかむ。

 

 

「っ、だああっ!!」

 

 

 ザッ、ゴリッ、と痛々しい音が鳴る。眼窩ごと眼球を抉り、黄金の剣は振り抜かれた。

 片目を潰されたティアマットが叫ぶ。けれどただ斬られただけでは終わらない。目の前の華奢な体を喰らってやろうと巨大な顎が持ち上がる。

 唾液を散らしながら隙間なく並んだ牙が少女に迫る。が、

 

 

「待ってー!!」

 

 

 甲高い声と一緒に押し寄せた氷塊がティアマットの横っ面をはたいた。狙いのずれた顎はガチンと空を噛み、その隙に少女は帝竜を蹴りつけて離脱する。

 

 

「し、シキちゃん待って、早い……」

 

 

 足もとに霜を降らせながら女性が走ってくる。猛スピードで突っ込んできた少女とは対照に足取りは鈍く、滝のような汗を流していた。

 

 

「13班……!?」

「あいつら、ここまで追っかけてきたの!?」

 

「ああ、怪我はしてないみたいですね、よかった……ここでキュア使うことになったら倒れてたかも……」

 

 

 13班のもう一人、真竜ニアラを撃退した狩る者の片割れ。……とてもそうは見えない女性はぶつぶつ呟きながら汗をぬぐう。確かミナトと言ったか。

 一方、シキと呼ばれていた少女は剣を担ぎ、自身を睥睨する竜と相対する。

 真紅の巨体と小柄な子ども。まるで象と蟻の対比だ。ものともせずに仁王立ちする少女の肝の据わりっぷりには感嘆するが、あれが帝竜を倒す姿は想像できない。

 

 

「無茶だ、下がってろ!」

 

 

 忠告はしっかり耳に届いただろう。けれど少女は振り返りもせず、むしろ鬱陶しそうにしっしと手を払うだけだ。

 帝竜と睨み合いながら、彼女は通信機に指を当てた。

 

 

「エメル、追いついた」

『目の前にいるのはティアマットで間違いないな? あれをここまで追い詰めるか……なるほど、言うだけのことはある。13班、作戦内容を変更する。ティアマットは弱っている。ここで一気にケリをつけるぞ!』

「ええ……噓でしょ、そんな無茶な……」

「結局、具体的な作戦もないまま戦うことになったわね」

 

 

 膝に手をついて息を整える女性が顔を青くする。少女は肩をすくめ剣を構えた。

 

 

「ミナト、あんた回復しきってないでしょ。しばらく押さえておくからさっさとマナ溜めておいて」

「一人で大丈夫?」

「問題ない」

「りょうかーい……ふぅ」

 

 

 ミナトがティアマットのブレスが生んだ水晶に寄りかかり、ずるずると座り込んだ。

 帝竜を前にして就寝前のような気の抜きよう。そして病み上がりらしい人間がたった一人で帝竜を相手にする暴挙に、思わず目が丸くなる。

 彼女たちが昨年の竜災害を駆け抜けた戦士だということは知っている。決して驕りではないだろうが、それでも無茶があるだろう。

 スカイタワーで保護した際、応急処置のために確認した少女と女性の体には竜の爪痕が刻まれていた。その柔肌だけにとどまらず、筋肉や血管、骨まで一度は破壊されただろう傷跡だ。

 自分たちと同じく軍のバックアップを受けていたとは言うが、日本はダンジョン攻略から帝竜討伐までのほとんどを13班が請け負っていたと聞く。戦車も装甲車も通れない異界の中、たった二人では隊列も組めるはずがない。気の遠くなるような世界を身一つで駆けずった道程が、無数のつぎはぎとして彼女たちの体に残っていた。

 医者ではないから彼女たちの体の仔細はわからない。けれど五体満足でいられていることが奇跡であることは間違いない。

 そんな状態で微塵も怯えを見せず、繰り返し死地に飛び込もうとする姿勢に正気を疑い、思わず制止が口から飛び出した。

 

 

「おい、本気か? 確かにあの帝竜は弱っちゃいるが、女の子一人で相手するのはキツすぎるぞ」

「大丈夫じゃないですか? シキちゃんは見栄を張ったわけじゃないですし、慢心なんてする子じゃないし……あと、」

「……あと?」

 

 

 先を促す。ちらりと自分を見るミナトの顔には不満が浮かんでいた。

 

 

「シキちゃんがただの女の子かどうかは、見てればわかると思いますよ」

 

 

 言葉使いこそ丁寧だが、声音には野薔薇が自身のいばらを強調するようなとげとげしさが滲んでいる。

 のんきに上着を脱いで尻の下に敷きつつ、彼女は視界からティアマットを外さない。体をほぐし、水分を補給しながらその指先はパートナーと標的に向けられている。いざという時は飛び出すつもりだろう。

 

 彼女が見守る先で、少女が得物を持ち上げ振り払った。

 残光が宙にきらめき、彼女を中心に旋風が生まれる。立ち込めていた瘴気や砂塵が巻き上げられていく。

 視界の中で、少女の背中が一瞬ぶれる。

 妹のイズミよりも小柄なそれに何かが重なった。大剣を持った大柄な男、または銃を構える女性、または、

 

 

「──、?」

 

 

 青いマフラーをなびかせ、同じく金色の剣を握った男の背中。

 

 東京駅の空中舞台が青空同様晴れ渡る。太陽の下、決戦地の中央に立つのは少女ただ一人だ。

 年も背格好もばらばらなたくさんの誰かの影は消えている。フロワロの瘴気が濃いため幻でも見たのだろうか。

 目をこする中、少女が籠手を調整し、スカーフを締め直す。

 次いで払われた黒絹の髪には、年季の入った紫のリボンが結ばれていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『帝竜ティアマット。弱点の属性は氷。吐かれるブレスは見ての通り固体になる。殴る斬るで砕けるような硬さじゃないぞ、直撃しないように気を付けてくれ』

「了解。……状況が状況だしね、さっさと終わらせるわよ!」

 

 

 金色の切っ先がティアマットに向けられる。

 帝竜はもうサクラバ兄妹を見ていない。新手にして乱入者、片目を奪った小さな嵐を捉えて牙を剥いた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 相手は体力の八割は消耗しているだろう。まだ踏ん張る気概はあるようだが、それもあと少し。

 対して、こちらは無傷からのスタートではある。けれど余裕はない。どこかの無茶苦茶な司令官の無茶苦茶な指示で、まともに準備ができていないからだ。

 双方底が見えてきているこの状況。取れる選択肢は一つ。

 

 

「速攻!」

 

 

 出し惜しみはしない。全力でぶつかり、相手がすべてを出し切る前に無理やり押し切る!

 

 母指球で地面を蹴り上げる。対する帝竜は足の爪を地に突き立て身構えた。

 飛ぶ気配はない。というより、もう飛ぶことはできないだろう。先ほどのショウジの攻撃が決定打となり、翼の青い膜は見る影もなくぼろぼろだ。

 であれば狙いは絞られる。相手の武器として警戒すべきは、未だ健在な牙と爪。そして自分が狙うべきは、大きく抉れている胸と腹(急所)

 

 

(鮫女が頭上から仕掛けた攻撃は避けられてた。こいつは勘がいいし、ごついくせして素早い)

 

 

 カウンターを警戒して一撃ごとに即離脱(ヒットアンドアウェイ)をするより、避けきれない間合いで食らいついたほうがいいだろう。

 つまりは肉弾戦になる。その展開に持ち込むためには……、

 

 

『ティアマット、右腕の筋肉が膨張! 爪での攻撃が来るぞ!』

 

 

 最初にして最大の難所、ティアマットの近接攻撃をしのがなければならない。

 SECT11の二人との戦いぶりを見てわかった。この帝竜は今まで戦ったどの竜よりも戦士然としている。

 ロア=ア=ルアのような嘲笑はなく、スリーピーホロウのような趣味の悪さもなく、ニアラのような高慢さもない。己に限界が近付いていることには気付いているだろう。

 残された片目の奥には轟々と炎が燃えている。こちらと同じく残った力をすべて解放するつもりなのだ。

 命が燃え尽きることもいとわず戦いに臨む、潔い戦士の目。

 ああ、本当に、この状況に腹が立つ。

 

 

「あんたみたいな奴嫌いじゃないわ。どこかのバカ共が暴走しなけりゃ、お互い準備万端なままやりあいたかったのにね!」

 

 

 同意だろうか、否定だろうか。ティアマットは唸りながら右腕を持ち上げる。ミロクの分析通りだ。

 左に避ければもう片方の腕が来る。外側から背後に回りこもうとすれば大木並みに太い尾が飛んでくる。どこを狙っても必ず一撃と衝突するなら、余計なことは考えず前進するのみ。

 瞬きの間に肉薄する。案の定、帝竜は好都合と言わんばかりに雄叫びを上げて腕を振りかぶった。

 

 

「シキちゃん!」

『上!!』

 

 

 ミナトとミロクの声が重なる。すぐ真上から凄まじい圧がギロチンのように落ちる。

 臆するな。止まるな。加速しろ!

 踏み出せ!

 

 

「──っ!!」

 

 

 周りの景色が置き去りになる。

 踵を何かがかすり、コンマ数秒前に通過した地点を巨大な爪が粉砕した。

 帝竜の拳打を紙一重でくぐり、目の前にはがらあきの胴。ありがたいことに、大きな傷が剣筋の道しるべになっている。

 これなら、剣術に慣れていない自分でも問題ない。

 

 

「っせえ!!」

 

 

 掌底の要領で切っ先を傷口に叩きこんだ。

 傷のさらに奥、まだ開かれていない内臓の部分へ刃を埋める。肋骨にでも当たったのか、長い剣身は半分ほど進んで止まった。

 振り抜くために握る手に力を入れるが、易々とさせてくれるほど甘い相手ではない。ティアマットの左手の爪が左右を取り囲んだ。

 

 

「っくそ!」

 

 

 剣を抜くことも後回しにしてとにかく伏せる。身の丈はある巨大な爪が髪をかすり、何本かが無理やり引き抜かれた。

 瞬きをするたび即死級の物理攻撃が迫る状況で脳があっという間に熱される。けれど距離を離してクールダウンする余裕はない。

 獅子も獲物を捉えれば息の根を止めるまで喉笛に喰らいつく。今は標的の命が手の届く距離にあるのだ。このまま懐に張り付け。

 斬る間も与えないというなら、

 

 

「突きならどうだ!!」

 

 

 剣を引き抜き、再び胸の中心を狙って突き入れる。

 抜いてもう一度。さらにもう一度。適当ではなく、最も深く骨肉が抉れている箇所に、一撃一撃全力で。地道ではあるが急所の傷は徐々に深く広がっていく。

 もちろん自分を引き裂こうと帝竜の爪が迫るが、今は互いの皮膚が一メートルの間もなく接近している状態だ。本気で叩き潰そうとすればティアマット自身の傷を巻き込むだろう。その手はほんのわずかに減速せざるを得ない。

 そうして生まれる一瞬で剣を滑り込ませて爪の直撃を防ぐ。

 

 

(重い……っ!)

 

 

 t(トン)は軽く超えるだろう巨体から放たれる一撃を防ぎきることなど不可能。剣の全面で掌を受け止め、体全体を傾けて受け流す。そのたびに足や腕に爪が届いて肉が裂かれるが、致命傷でなければ構っていられない。

 間を置いてミナトのキュアを浴びながら絶え間なく足を動かす。ティアマットが後ろに下がるのならその分踏み出し、横に移動するなら揃って跳ぶ。柄に手を添え正面から、下から、隙さえあれば剣先をねじ込む。

 負荷のかかる手首が痺れてこようが構うものか。愚直に牙を突き立てるのが今できる唯一だ。

 削れ、削れ、削れ!

 

 

「だあああああっ!!」

 

 

 剣、爪、剣、牙、繰り返される斬撃と刺突の応酬。相手の体を削れば自分も切り裂かれ、衝撃波さえ起こす相手の咆哮に意識が持っていかれないよう犬歯で唇を貫く。カウンターを剣で受け、腕の感覚が薄れてきても止まらない。どろりとした体液が降り注ぐ中、赤く染まった視界でさらに血肉を抉っていく。

 喰うか喰われるかの関係でしかない二種を、噴き出す血潮が確かにつなぐ。広い舞台の中央を赤で浸し、ひたすらに互いを切り刻んだ。

 

 寄り添うような近さで殺し合ってどのくらい経っただろうか。

 かすれた喉で気合の一声を叫んで天叢雲剣を振り下ろす。数十センチは削れた胸部からさらに切断された肉片が宙を舞う。

 相手の返り血も自分の血も等しく混ざって全身が生温かく濡れた時、目の前の傷口がドクンと跳ねた。

 

 

(心臓……!)

 

 

 間違いない。生命の象徴となる核の臓器だ。土砂崩れが起きたようにぼろぼろに露出した肉と骨、それを脈打たせる鼓動がすぐそこにある。

 ティアマットの胸部はクレーターと化している。おそらく、あと一度か二度。突きでも斬撃でもいいから、浴びせれば届く!

 

 剣を振りかぶる。何度も繰り返した攻撃だ、感覚はつかめているし無駄な動きはもうしない。

 

 

「とどめっ!!」

 

 

 渾身の突きで剣を打ち出す、が。

 つかみかけた勝利の確信は、横から殺到した風圧にさらわれた。

 

 

「シキちゃん避けて!!!」

 

 

 ミナトの絶叫と同時に冷気が体を包む。

 同時に、脇腹に硬くて冷たいものが埋まる感触。

 

 

「、」

 

 

 声が出ない。体が持ち上げられる。

 ぐるりと視界が回った。脇腹に埋まっていた冷たい物は腹部を横断して自分の体から何かを抜いていく。

 目の前に浮かぶのは氷の欠片と、たぶんさっきまで自分の体に入っていたティアマットの爪の先。そしてそれに引っかかっている、拳大の人間の肉。

 自分の一部だと悟るのと同時に、帝竜と鏡合わせになったように腹と口から血が噴き出した。

 

 

「シキちゃん!!」

 

 

 ミナトが叫ぶ。走る足音と、自分の横を通り過ぎていく冷気の群れ。硬い何かが衝突して割れる音。

 ずっと意識が遠のく。一瞬視界が暗転して、背中を受け止められて、首筋に小さな痛みが走った。

 

 

「大丈夫!? 辛いだろうけど寝ちゃだめだよ、間に合わなくてごめん……!」

「あ……っぐ」

 

 

 喉に血が詰まって返事ができない。ミナトに受け止められて仰向けになっていた体を反転させ、口の中のものを地面に吐き出した。

 体には血と混ざって赤くなった氷が貼りついている。おそらくミナトのゼロ℃ボディだ。ティアマットの爪が当たる直前に自分を保護してくれたのだろう。帝竜相手に完全な盾としての働きはできないが、氷が体の厚みを増してくれたおかげで胴を切断されずに済んだ。

 とはいえ脇腹は大きく抉れている。氷とキュアで応急処置が行われているが血が止まらない。胃腸の一部でも持っていかれたかもしれない。

 ティアマットも無事ではない。キスでもするくらい密着していたのだ、自分をはねのけた爪は帝竜自身の傷も巻き込み、あばらも筋肉も完全に抉れ、心臓が露出していた。

 押し切れると思っていたが、相手も戦士。己の核をさらけ出すリスクを捨て、敵の排除を取ったか。

 

 

「……ナノエイド効いてきたね。まだ動かないで、血が止まってないから」

 

 

 首筋から気付け薬の管が抜かれ、脱がされた上着で腹部が締め上げられる。

 帝竜は追撃を仕掛けてこない。向こうも向こうで血を流しすぎているし、文字通り虫の息なのだろう。

 ミナトが放った氷に四肢を絡めとられたティアマット。その胸には天叢雲剣が突き立っていた。紙一重で心臓からは外れ、血まみれになりながら自分を呼ぶように輝いている。

 

 

「……あとちょっと、だけど。どうする?」

「今さら心臓以外狙ったって遠回りになるだけよ。柄に手さえ届けば、それで決まる」

『……心臓に刃が届いたとしても、難しいかもしれないぞ。筋肉と同じで硬さと弾力がありそうだ』

 

 

 ミロクの声と共に、視覚支援の操作によってティアマットの胸がズームされた。規則的に脈打つ臓器は付近の胸筋に似て、ワイヤーを思わせる繊維が幾重にも絡んで編み上げられている。おまけに人間の何十倍はあるかという大きさだ。確かに、一撃でいけるかどうかは怪しい。

 となると、狙う場所は。

 

 ミナトを見る。彼女も帝竜の同じ場所を見つめてこくりと頷いた。

 チャンスは一瞬。この体で、またあいつの懐に飛び込む必要がある。

 

 

「囮になるよ。マナもなんとか足りると思う」

「悪い」

「ううん、私のせいだもん。目立たないところに下がっててね」

 

 

 脇腹の傷ごと自分を抱きしめ、もう一度ごめんねと言ってミナトは立ち上がる。怯えはなく、瞳の奥には静かな炎が燃えていた。

 細い腕が振り払らわれれば、マナが従い炎へと変換される。火炎はぐるりと舞台の淵をなめ尽くし、壁となって自分たちとティアマットを閉じ込めた。

 

 

「今度の相手は私。でも絶対に捕まらないから!」

 

 

 力強く宣言してサイキックは走り出す。フェイントをかけるでもなく、緩急をつけるでもなく、一直線に飛び込んでいく。

 舐められたとでも感じたのだろう。今までとは違う低い唸り声をあげ、ティアマットは正面から爪を振り下ろした。

 黒光りする凶器はミナトの体を容易く両断し……直後、引き裂かれたはずの彼女はずれた位置から姿を現す。

 ティアマットは潰れていない片目を見開いた。間髪入れずにもう片方の手でミナトを捕えて握りつぶす。

 が、今度はその拳の下から新しい彼女が飛び出した。

 

 グフゥと帝竜は息を呑む。何度も振るわれる手に、爪が届かないなら牙でというように噛み合わされる巨大な顎。そのたびひき肉のように原型をなくしては生まれるミナト。

 なんて無茶を、とミロクが叫ぶのを堪えて声を絞り出した。

 

 

『ミナト! 戦わないオレが言うのもなんだけど、普通デコイミラーはそういう使い方しないと思う!』

「ごめ、わっ! 今集中、っしてる、から! ナビして、っ!?」

『バカ、しゃがめ! 次左!』

 

 

 デコイミラー。盾にもなる術者の虚像を作り出す術。昨年の竜災害の中、臆病なミナトが真っ先に習得した身を守る術だ。

 攻撃には一切使えないが、属性攻撃よりマナの消費はずっと少ない。肉体が他より劣るサイキックの心強い味方で、今では予備動作なしに発動できるミナトの得意技だ。

 そしてもうひとつ。

 モグラたたきのように繰り返しミナトを襲っていたティアマットの手がぎしりと鈍る。

 武器でもあり、無傷な部分でもあった帝竜の掌。けれど今は胴と同じように軽いとは言えない傷が生まれている。

 対象の体を包み、触れてきた敵に牙を剥くセロ℃ボディ(氷の鎧)ヒートボディ(炎の鎧)。避けるばかりでは相手は倒せないが、サイキックのこの術に限っては例外である。実際、何度もミナトの虚像を捕えたティアマットの手は炎症で皮が溶けてはがれ、氷によって切り刻まれている。

 体を保護しつつあえて攻撃を誘う。一撃でも本体に当たれば即死だが、回避できればできるだけダメージを与えられるカウンター。術中にはまった帝竜の手は目に見えて弛緩し、指の一本一本が痙攣を始めていた。

 

 

『よし、これだけやれば……!』

「ううん、まだ!」

 

 

 ティアマットから離れ、ミナトは自分から距離を取るように走り出した。

 合わせて体を回すティアマットだが、追いかけようとはしない。

 触れられることのできない敵、使い物にならなくなりつつある両手。この状況を覆せるものは何か。ティアマットはそれを思考している。

 

 自然の物とは違う光が帝竜の口からあふれ出す。

 巨体が胸を反らして天を仰ぎ、小さな竜巻が起きるほど大量の空気を吸い込んでいく。

 砲身となった自身の体を一気に倒し、ティアマットは渾身のクリスタルブレスを吐き出した。

 

 

「っ~~~!!!」

 

 

 パートナーは死に物狂いでとある地点へ走る。

 その視線が捉えるのは、彼女を呑みこもうと迫るそれとは別の陰。──自分たちが到着する直前、ショウジとイズミに向けて放たれていたブレスによって生まれた水晶の群れ。

 

 ミナトの体が滑り込む。

 直後、新たに生み出された水晶の津波が到達し、地球が割れるような轟音が丸の内を揺さぶった。

 

 

『シキ、走れ! 体を四十度左に回してまっすぐ!』

「っ……!」

 

 

 鉛のように重い体を起こして走る。

 視界が白い。目が眩む。けれどそれは負傷のせいじゃない。

 13班とSECT11。そして帝竜ティアマット。四人と一体しかいない東京駅最上層の舞台は目が痛むほどのまばゆさに包まれていた。

 クリスタルブレスの水晶は、すでにそこにあった同じ水晶たちと衝突して派手に砕けた。宙に飛散した無数の欠片は太陽光を吸って乱反射しあい、極彩色の閃光で空気を塗りつぶす。

 方向感覚を狂わせる環境をさらにかき乱すのが、ミナトが放った炎の壁だ。今も燃え盛るそれは舞台を熱して陽炎を生みだしている。

 環境を最大限利用して相手を呑みこむ。範囲攻撃を多用する後衛だからこそ思いつき、ティアマットを瀕死まで追い詰めた今だからこそ実現できた策。

 

 光、空気の揺らぎ、不快な熱。この場に立つ者は自身の位置すらつかめない。無理に目を凝らせば光で潰され、水晶の欠片が刺さってしまうだろう。ティアマットはもちろん、自分たちもだ。

 

 けれど、13班にはナビという武器がある!

 

 

『熱源探知に切り替え! 方向は合ってる! そのまま──右に跳べ! いったん止まって、左に大股三歩分! よし進め!』

 

 

 まぶたを下ろし、ミロクの声だけを頼りに突き進む。降り注ぐ鋭い破片が四肢に刺さるが、こんなものかすり傷だ。

 

 

『いけ、いけ、もう少し! ……今だ! 手を伸ばせ!!』

 

 

 少年の叫びと同時に巨大な気配を感じ取る。手の届く距離に奴がいる。

 手を突き出せば、指先が骨とは違う硬い物に当たった。剣の柄だ。

 もう放したりするものか。指が軋むほど強く握って、地を踏みしめる。

 

 ぐおっ、とすぐ傍で空気が払われた。

 さっき腹に一撃もらった時と同じ感覚。自分に気付いたティアマットが腕を引いたのだ。

 

 

『まずい、間に合わな──!』

 

「っなああああーーっ!!」

 

 

 別の声が近付いてくる。

 薄目を開けるのと同時に、全身切り傷だらけのミナトが突っ込んできた。水晶の破片が食い込むのも構わず、パートナーはずたずたの四肢でティアマットの腕に飛びつく。

 

 

「止まれええええええっ!!!」

 

 

 がらがらの叫びに呼応し、分厚い氷が一瞬で腕から半身までを喰らう。

 体の半分を氷漬けにされたティアマットは、それでも腕を振りかぶった。

 だが遅い。

 

 大きく目を開く。

 シャンデリアを敷き詰めたようなまぶしさの中、自分の剣が一際強く、やれ、と輝いた。

 

 

「ふっ──!!」

 

 

 右手でグリップを押し込み、左手で柄頭を引く。

 刃を滑らせるのは、ティアマットの心臓──を、繋ぎとめている血管。

 

 

 体全体で右に回転し、脈も繊維もすべてまとめて引き千切った。

 

 

 赤い噴水と化した巨体から心臓が切り離され、すぐ真横に迫っていた帝竜の手が止まる。

 

 

「──」

 

 

 目と鼻の先に、牙の生えそろった顎がある。

 帝竜は血の色に染まった眼球に自分を映していた。大口を開け血と唾液をたらし、他には目もくれず、自分だけを見ていて。

 

 ふっ、と、その目から光を消した。

 

 

「……あんたの負け。私たちの勝ち」

 

 

 互いに万全の状態で戦えなかったことだけが口惜しい。いつか再戦したいものだ。

 

 舞台を中心に光の波が東京駅を包み、フロワロの花が散った。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

『帝竜ティアマット、沈黙。生体反応、消失。……東京駅及び丸の内一帯のフロワロ濃度の大幅減少を確認! 討伐完了だ!』

 

 

 ミロクの宣言を皮切りに、通信機の向こうで歓声が爆発する。

 やったーと年甲斐もなくはしゃぐ大人たちの声はしばらく止まらなさそうだ。通信機を耳から外し、セーラーの襟に入れた。

 ああ、体が重い。全身を濡らす血が乾き始めて殻みたいにまとわりついてくる。

 ため息をつくのも億劫で、立ったまま死んでいるティアマットの前で座り込む。マナを枯渇させて顔を青くしたミナトがひいひい喘ぎながら駆け寄ってきた。

 

 

「シキちゃああぁぁんごめんねぇぇ! 私がもっどじっがりじでればごんな大怪我じながっだのにいぃぃっ」

「あんたはマナがすっからかんだったでしょうが。今だって限界でしょ、使いどころ間違えなきゃそれでいい。あーくそ、血が足りない……」

「うわあぁ倒れないでぇー!」

『シキ、ミナト、やったな! 医務室は準備万端だぞ、早く帰還しよう!』

『よくやった、13班! 少々予定と違ったが……丸ノ内の攻略は完了だ。帝竜の屍から検体を回収しろ。検体は今後のドラゴン研究の役に立つ』

 

 

 エメルの指示を無視するつもりはないが、まずはこの場でできる治療が優先だ。ミナトが鞄をひっくり返し、片っ端から治療道具を開けていく。

 

 

「よし、お腹はとりあえずこんな感じで……ああ、足の傷も結構ざっくりいってる。こっちも、……え、嘘、もう包帯がない!」

 

「ほらよ」

 

 

 晴れた空の中、放物線を描いて何かが飛んでくる。狙ったようにミナトの膝の上に落ちたのは清潔な包帯だ。

 目を丸くして振り返るミナトと血まみれで転がる自分に手を振り、トロフィーの代わりだとショウジは言った。

 

 

「とことんハデな奴らだな。ま、今回の金星は譲っておくぜ」

「何言ってんのショー兄? あそこまでティアマットを削ったのはあたしたちだよ!? それを後からノコノコ来て、いいとこだけ持っていってさ……」

 

 

 ぎろりとイズミがねめつけてくる。竜が見せる捕食の意思とはまた別種の、心底憎たらしいという視線。

 弁慶のような死を遂げたティアマットを見、次いで自分と天叢雲剣を見、彼女は自身の剣が収まる鞘に爪を立てる。

 

 

「余計な手出ししてくれてありがと。だけど、大きなお世話だから」

「あっそう。鮫一匹じゃ竜に喰われて終わりだと思って割り込んだんだけど、そこまで言うなら余裕で倒せたんでしょうね、悪いことしたわ」

「はあぁっ? だからサメって何よ舐めてんの!? 剣の使い方もなってないド素人が出しゃばって死なれたっていい迷惑だって言ってんの!」

「は? 死ぬわけないでしょばっかじゃないの。どっちが勝つかの判断もできないって、その歳でもう耄碌(もうろく)してるわけ?」

「なんだと、このチビ(midget)!」

「うっさい鮫女(rowdy)

 

 

 言葉のナイフが乱れ飛ぶ。ミナトとショウジが同時にため息をつき、駄々っ子を押さえるように間に割り込んできた。

 

 

「シキちゃーん、怪我に響くから静かにしようねー」

「突っかかってきたから返しただけだし」

「おいイズミ、相手は怪我人だぞ」

「わかってるよ! ミッション完了! もう行こう、ショー兄!」

 

 

 イズミが踵を向ける。迎えに来た仲間たちを無視して歩いていく妹にショウジは肩をすくめ、もうひとつ包帯を取り出した。

 おかわりは、と尋ねるように揺らされるそれに、ミナトが微笑んで首を振る。

 

 

「もう大丈夫です。後は議事堂で治療を受けるので。ありがとうございます」

「……今回の作戦は無謀だったと思うぜ? エメル女史は相変わらずだな」

「それについては、まあ、同意します」

「ま、とりあえず、今回は見直したぜ、13班。ただの女の子扱いするのもやめるよ」

 

「ただの女の子?」

 

 

 最後の言葉が理解できなくてミナトに尋ねる。

 こっちの話だとパートナーは笑い、自分の背に手を回す。脇から支えられて立ち上がるのと同時に、エメルが再び労いの言葉をかけてきた。

 

 

『SECT11と議事堂へ帰投しろ。この状況でよくやってくれた。……胸を張って帰ってこい! 今日この時より、我々の反攻は開始される。すべての竜を再び、狩り尽くすまで……!』

 

 

 竜を狩り尽くす。その通りではある。ドラゴンを一匹残らず掃討しなければ人類に明日はない。

 だが、先ほどショウジが言ったように、今回のような考えなしの戦いでは体が持たない。帰還したらエメルには物申さなければ。

 

 ほぼ無傷のサクラバ兄妹と満身創痍の自分たちを見た、SECT11メンバーの反応は様々だった。何が起きたのかわからず首を傾げる者、獲物を横取りされたと憤慨する者、なんてザマだと笑ってくる者。騒々しい兵士たちに囲まれながら、最も近い脱出ポイントへ入って議事堂に到着する。広場ではエメルにシズカ、拠点防衛のために待機となっていたリンたちが待っていた。

 そしてバックに見える議事堂は何やら騒がしい。聞けば帝竜討伐の歓喜がムラクモ本部から伝播して、議事堂中がちょっとしたお祭り騒ぎになっているのだとか。敗北から始まった戦いということもあって、鬱憤がたまっていたのだろう。

 真っ先に自分とミナトの身を案じてくれたのは、血相を変えて走ってきた看護師とナビくらいだ。他のムラクモや自衛隊、一般市民はティアマット討伐の事実に浮かれ気味で、乾杯を交わす者さえちらほら見られた。二度目の竜災害だからある程度順応しているのかもしれないが嫌な慣れである。

 

 

「……じゃ、俺たちはここでバイバイだ」

 

 

 一緒に祝福モードの議事堂に入るかと思いきや、SECT11はあっさりと背を向ける。

 

 

「ちょっと待て! どこに行くつもりだ!」

「あたしたちはステイツの部隊なの。日本の施しなんて受ける気はない」

 

 

 ムラクモ本部での邂逅の時と同じくエメルが待ったをかけるが、イズミがふんっと鼻を鳴らして一蹴した。

 

 

「俺たちのベースはこの近くだ。次の帝竜が現れたら、またこっちに顔出すよ」

「だから待てと言っておろうに!!」

 

「総員、ベースへ帰還する!」

「イエッサー!!」

 

「~~~~!!」

 

 

 エメルの声はBGMのように流される。かつての指揮官とその指揮下にあった部隊という関係が嘘に思えるほどだ。

 馬耳東風とはこのことだろう。あっという間に遠ざかっていく背中に歯軋りしかできない幼女の肩に手を置き、リンが首を振って代弁する。

 

 

「落ち着け、最高顧問。まったく、勝手な奴らだ……」

「くそ……これでは救援に呼んだ意味がないではないか……! デイヴにはこちらから抗議しておく!」

「シズカ、私たちはもう行っていいのよね? ていうかいい加減休ませて」

「あ、はい、もちろんです! と、とにかく……13班も自衛隊の皆さんも、お疲れ様でした! 今日はゆっくり休んで、今後のことは、また明日! と、いうことで……いいですよね、エメルさん……?」

「勝手にしろ! 私はしばらく、研究室にこもるからな!」

 

 

 小さな背中は水干をひるがえして議事堂に戻っていく。あの様子では穴だらけの討伐作戦については反省していないだろう。

 文句の一つでも言いたかったが、看護師たちの手によってストレッチャーに寝かされてしまう。仰向けになった自分たちをミロクとミイナが上から覗き込んできた。

 

 

「シキ、ミナト、おつかれ。見てたからわかるけど、やっぱぼろぼろだな」

「去年の戦いの影響が残っているのに、また大怪我するなんて……私たちも頑張りますから、あまり傷は負わないでくださいね」

「今回は全部作戦のせいよ。……て言いたいけど、」

「私たち、力不足だったね……」

 

 

「剣の使い方がなっていない」とSECT11のサブリーダーに指さされたことを思い出して唇を噛む。あの女の甲高い声も、鮫肌のように触れた空気を荒らしてくる雰囲気も癇に障るが、指摘されたことは事実だ。隣ではミナトが助けに入るタイミングが遅れたことを繰り返して深く息を吐いていた。

 ティアマットが帝竜の中でも随一の力を持つ個体ということもあるだろうが、自分たちの力はほんの少し戦っただけで底が見えてしまった。2020年の最後の戦いの時よりずっと劣ってしまっていることを痛感する。

 

 

「助けになってくれるはずのSECT11はあんなだしな。あいつら……オレはどうにも好きになれないよ」

「実力は確かみたいですけど、SECT11の人たちは、ちょっと怖いです……」

「わかる……。私も土下座通じるかどうかすごく怖かった……」

「いや、土下座は関係ない」

 

 

 集中治療のため扉が閉じられる直前まで、双子は手を握って付き添ってくれていた。

 

 表に立ち入り禁止の札がかけられ、医務室は看護師と彼女たちに指示を飛ばす医者の声で騒然とする。

 この空気も一年ぶりだ。懐かしいけれども味わいたくはなかった。

 

 

「……シキちゃん」

「何よ」

「私、次からはちゃんとするね」

 

 

 ミナトが名前を呼んでくる。声を返せば彼女はまた腹の怪我のことでごめんと呟き、少しだけ潤んだ目で天井を睨みつけて宣言した。

 

 

「たられば言っても仕方ないのはわかってるんだけど、でも、あの時はもっとマシな動きができたはずなんだ。帝竜との戦いだっていうのに、気が抜けてた。ごめんなさい」

「だから、もう謝んなくていい。前衛が傷を負うのはあたりまえのことでしょ。あんただってあのブレスで全身ザクザクじゃない」

「……私はいいの。シキちゃんみたいに深すぎる傷はないし、体のだるさはマナが足りないからで怪我じゃないし。だから、ちゃんと、するよ。……ちゃんと……戦、う……」

 

 

 言葉が尻すぼみになっていく。横を見れば、ミナトは口の動きだけで「ちゃんと」を繰り返して半分寝ているようだった。治療のために投与された麻酔は局部的なもので意識が落ちる量ではないから、おそらく疲労だろう。

「ちゃんと」って何だ。手を抜いていたわけではなかろうに、自己暗示のように繰り返して。

 あほ、と呟き、同じように疲労に身をゆだねてまぶたを閉じた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 夜の静けさに包まれたムラクモ本部。人のいない大部屋では、息遣いの一つでさえいやに響く。

 研究者や技術者はティアマットの骸から回収された資材の取り合いで、ムラクモや自衛隊は警備と休息で出払っている。大部屋にいるのはエメルだけだ。

 

 

「SECT11がこれでは、協力に来たのか邪魔をしに来たのかわからんではないか! まったく……デイヴめ……」

『あの、エメル最高顧問、どうされましたか?』

「こちらの話だ」

 

 

 怒りが頭の中で轟々と吹き荒れ、細かな説明をする余裕さえない。恐る恐る尋ねてくる通信相手の部下を突っぱねる。

 それで口を挟む気はなくなったのだろう。進捗状況の確認に対しては予定通り進んでいるとだけ簡潔な答えが返ってきた。

 

 

「なるほど、順調か……それは何よりだ。だが、こちらで問題が発生していてな。予定していた戦力がアテにできなくなった。もはや、手段を選んではいられない」

『と、言うと……』

「一刻も早く、例のものを完成させる必要がある。……使えるものは全て使え!」

『ま、待ってください! 作業は順調と言いましたが、こればかりは早めるのは危険が──』

「……泣き言を言っている暇はないぞ! おまえたちは言われた通りのものを作ればいいのだ! ……全ての責任は、私が取る」

 

 

 しばらくの沈黙の後、わかりましたと返されて通話は終わる。

 

 

「負けは許されない。必ず勝ってみせる。貴様らが何度来ようが、我々は戦うぞ、ドラゴン……!」

 

 

 モニターやコンピューターの駆動音を聞きながら、固く握り拳を作る。手の中の通信機がぎしりと嫌な音を立てた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋の中、光源となっているモニターに事の経緯を伝える。

 帝竜ティアマット討伐の結果を告げ、ショウジは報告に区切りをつけた。

 

 

「……報告は、以上だ」

『……ふむ。到着初日で帝竜一匹か』

 

 

 モニターの向こう、祖国であるアメリカの地はまだ明るい。大統領の椅子に座り陽光を背負うデイヴィッドはよしと頷いた。

 

 

『悪くないペースだな。だが、本来の目的を忘れてもらっては困る』

「わかってるさ。仕込みは万全、あとは相手が動くのを待つだけだ」

『ならオーケーだ。SECT11の働きには皆が期待している。頼んだぞ』

 

 

 会話は必要最低限。2020年にアメリカを率いていたジャック=ミュラーとは別の厳かさを漂わせ、臨時政府代表は通話を切る。

 暗くなった画面に肩をすくめていると、イズミが勢いよく駆け込んできた。

 

 

「ショー兄! ウィルが議事堂の無線傍受に成功したって! やっぱりあの女、隠し玉仕込んでるみたいだね……」

「大統領の読み通りってわけか」

 

 

 嫌なものだと頭を振る。竜との戦争は、もはや命のやりとりだけではない。権謀術数、様々な立場の思惑が絡んで、本来シンプルなはずの戦いは姿を隠してしまった。

 

 

「みみっちい真似はしたくねえが……本国の命令を無視するわけにもいかないからな。さっさと片付けて、俺たちは俺たちで楽しもうぜ」

「もちろん! 今度こそ、誰にも邪魔されず、あたしたちのやり方でドラゴンを倒してやろう!」

「ああ。またムラクモ13班が突っ込んできた場合はオレたちが追っ払ってやるさ」

「もう横取りなんてさせねぇ。二度と舐めた態度できないよう鉛玉を喰らわせてやる!」

 

 

 イズミを始め、幾多の戦場を共にしてきた仲間たちが盛り上がる。

 それを尻目に暗い天井を見上げ、ショウジは数時間前の戦いを思い出していた。

 

 血の雨を浴び、自身も血肉を飛び散らせながらも竜を屠った少女。帝竜すら頭から呑みこみかねない気迫。

 ミナトという女性は途中参加だったためまだ未知数なところはあるが、少なくともシキという少女に関してはある程度わかった。

 

 

『シキちゃんがただの女の子かどうかは、見てればわかると思いますよ』

 

 

 ああ、「ただの女の子」でないことは充分すぎるほど感じ取れた。

 イズミは彼女に対して剣の扱いがなっていないと憤慨していた。実際その通りで、少女の剣技は拙い。成長の余地はあるが、開花するのはまだまだ先だろう。ただ、最も印象に残ったのはまた別。

 そのうち剣を放り出して喉笛に喰らいつきそうだった勢い。瞳孔を開いてティアマットの心臓を抉り出した姿。あの可憐な容姿からは想像もできない鬼の影がそこにあった。

 日本には修羅という言葉があるが、少女を表すならまさにそれだ。

 

 

「……狂戦士(バーサーカー)だな、ありゃ。自滅しないといいが」

 

 

 悪寒さえ感じた自身のうなじを撫でさすり、ショウジははしゃぐ仲間たちの輪に加わった。

 

 

 

 

 

CHAPTER1 -end-

 





本文自体は早めに仕上がってたんですが、漫画みたいな挿絵を描いてみたくてペン設定だのモノクロの塗り方だの勉強してたらドツボにはまってめちゃくちゃ時間がかかってしまいました……でも楽しかったです!!!
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