2021年は平和……うおおドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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お久しぶりです。生存報告も兼ねての投稿になります。
まだドタバタしてるんですがやらなきゃいけないことはできれば今年中に終わらせたい……! 伸びる可能性全然あるけど……!



Count 9. モグラたちの小競り合い

 

 

 

 シキは激怒した。必ず、かの邪智暴虐なメリケン共を除かなければならぬと決意した。

 シキにはアメリカンジョークがわからぬ。シキは狩る者である。竜を殴り、竜を斬って暮して来た。けれども売られた喧嘩に対しては、人一倍に敏感であった。

 

 

──おまえら、二手で潰す(呆れた奴だ、生かして置けぬ)!!」

 

 

 シキは単純な女であった。剣を担いだままで、どすどすメリケン共に走り出していきたかった。

 だが、こちらは近接主体、相手は飛び道具所持の一対三だ。多勢に無勢である。彼奴らはその両腕に抱えられたアサルトライフル以外にも、大型ドラゴンに使うような兵器まで備えているように見える。よく考えれば不利であった。

 なので使えそうな要素は使わせてもらうことにしたのである。まずは牽制からだ。

 

 

「好き勝手暴れてたみたいだけどね! ここは去年の帝竜の行動範囲で地盤が緩んでるから、でかい爆発物なんて使ったら一緒に生き埋めになるわよ!」

 

 

 はったりではあるが、ここは自分たち日の本の国だ。海の向こうから渡来した異国の人間相手であれば、すわ真かと思うであろう。

 案の定、三人のうち、頭領らしき金髪の動きがわかりやすく鈍ったのだ。爆発物は彼奴の得物か。

 生まれたわずかな隙に、鞘に納めたままの剣を渾身の力で足もとに叩きつける。抉れた大きな土塊は縦向きにして障壁に。舞い上がった土埃とフロワロの花粉は煙幕代わりに。

 相手は同じ異能力者である。具体的な能力は不明だが、常人よりも反応は早いはずだ。一度の目くらましで戦力差は埋められぬ。もう一工夫必要である。

 響き始めた発砲音の雨が障壁を削っていく中、先ほど砕いた大岩の欠片を集める。空気が濁ったことで、その中を飛んでいく銃弾の軌跡が見てとれた。それをよく観察して、

 

 

(一番薄いのは……ここか!)

 

 

 弾と弾の隙間が最も散っているところめがけて飛び出した。

「銃弾なんて当たると思った奴から当たっていく」のだと、都内の本屋から回収された漫画でとある剣士が言っていたが、いい言葉である。制服の裾や耳もとをかすめていく鉛弾なぞ、無視すればどうということはない。

 冷静に、迅速に。脇に抱えていた岩片たちを宙に放り、ベースボールを真似て煙幕の向こうへ打ち飛ばす。

 発砲音は依然鳴り続けているが、こちらに飛んでくる弾は目に見えて減った。間髪入れずに土煙をかいくぐり、浮かび上がった人影に向けて剣を振りかぶる。

 視界が晴れた瞬間、三人のメリケン共のうち一人が目の前に現れた。岩片()につられて銃は上を向いている。見開かれた目だけが一足早くこちらを向いたが、

 

 

「Shit──!」

「遅い」

 

 

 銃を引き戻そうとしていた腕を弾く。鞘に納められたままの剣であるため血は流れぬが、目の前の腕はまっすぐ跳ね上がって銃を手放した。

 ゲイリーと呼ばれていたそいつはバンザイのポーズになりながらくぐもった呻きを漏らす。しばらくは得物を握られぬだろう。

 

 次だ。ゲイリーの背後に回り、残り二人の射線を防いで、目の前の背中を蹴り飛ばした。

 弾除けになって吹き飛ぶ男の後を追い、彼奴を受け止める金髪の男の脇へ走る。

 

 

「なっ、」

「ヘルメットしてなくて助かったわ」

 

 

 むき出しの頭は格好の的である。加減をして裏拳でうなじを殴ってやれば、二人分の体重を支えていた膝からがくりと力が抜けた。これで二人目だ。

 

 

「このっ!」

「っと、」

 

 

 嫌なものを感じ首をひねると、頬を銃弾がかすめて飛んでいった。目の前にいる三人目の女である。

 腰を落として銃口から逃れ、足払いをかける。

 さすが同じ異能力者、素早く受け身を取ろうとするが、体勢を立て直されぬよう、手足を絡めて関節を極めてやった。

 

 

「イ゛ッ──!?」

「ミロク、何分かかった?」

『え? ええっと……一分五十二秒』

「二分切ってるから二手以内ってことでいいわね」

『いや、ちょっと違うと思う……そのまま首をゴキッてやったりしちゃダメだぞ?』

「しないわよ。殺さないでやってんだから感謝しなさいよね」

 

 

 もがく隙もないほど固く締め付けて、三人目に話しかける。たしかルーシーと呼ばれていたか。マスクの下の顔はわからないが、漏れてくる高い声からして同じ女であろうか。

 

 

「ここに来た目的を言え。武装のついでに関節まで外されたくないでしょ」

「ハッ、誰が!」

「あっそう。じゃ、まず利き腕から」

 

「……を」

「あ? 何?」

 

「何を……勝った気になってるのよ!!」

 

 

 わずか一瞬の光と浮遊感が体を包む。湿った地面の匂いが鼻についた。

 しっかりと捉えていたはずの女の体が見当たらぬ。視界から消え失せた女の代わりに、苔の絨毯がシキだけを受け止めていたのだ。

 

 

(──瞬間移動(テレポート)!?)

『サイキック!? ヒムロと同じ──』

 

slug(のろま)!」

 

 

 頭上から女の声が降った。見上げた先で、黒光りする銃口と指がかかった引き金が見えた。

 

 まずい!

 

 

(撃たれ──)

 

 

 頰を張った時のような、乾いた音が響き渡る。

 シキは撃たれていなかった。ルーシーの体が吹き飛んだのだ。

 肩に手が置かれたかと思えば、 竹馬の友、ミナト(セリヌンティウス)が逆さににょきっと顔を生やしてきたのである。

 この間、わずか数分の出来事であった。

 

 

 ──と、ここまで某文学作品風に13班の行動録を文面に起こしていたムラクモのスタッフは、ふと我に返って手を止めた。

 ムラクモ本部ではモニター越しに我らがエースの活躍を見守る仲間たちが、仕事を放り出してやんややんやと声援を飛ばしている。

 こうしている間にも彼らの仕事は溜まっていく一方ではあるのだが、何せ仕事を増やしている一因が、今13班が対峙しているSECT11でもあるのだ。声に熱もこもるものである。

 

 

「うおおどうだ見たかあああーっ!!」

「でも、こいつらリーダーの兄妹じゃないよな?」

「うるせえいいんだそんなことは。13班舐めんな!」

「24時間営業のコンビニみたいなチーム名しやがって!」

「それセ○ンイレブン」

「おらどうした、必殺シュート打ってみろやぁ!」

「それはイ○○マイレブン」

 

 

 血湧き肉踊って言いたい放題である。戦闘開始前まで彼らが抱えていた資料は、握り潰されているかメガホン代わりに丸めて振り回されてくしゃくしゃになっていた。紙は限られた資源なのだから大事に扱え。

 まあ仕方ない。各々ストレスが溜まっていたのだ。ただでさえ安全な屋内にこもって過ごすしかない環境では、誰かの外での活動が世界の今を知る唯一の手段となる。

 腕っぷしで昨年の危機を乗り越えた13班に対する信頼が厚いのもあってか、彼女たちの戦闘は良くも悪くもムラクモ本部のエンタメの位置に収まりつつあった。現に自分も、大暴れするシキとあの作品の登場人物を重ねて楽しんでいたし。

 とりあえず、報告書の内容がパロディだなどと知られたら最高顧問が雷を落とすだろうことは想像に難くない。やれやれとため息をついて、スタッフは修正を始める。

 

 やることそっちのけで騒ぎ続ける仲間たちは、ナビの双子が「うるさーい!」と叱って静かにさせる。

 モニターの中では、いつものようにミナトがシキを心配して顔を覗き込んでいた。

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

「シキちゃん、大丈夫!? 怪我してない!?」

「……してないけど」

「っよかったぁ~……」

 

 

 頭上の額から落ちた汗が頬に当たる。よく見れば顔色が悪い。大急ぎでドラゴンを始末してマナを消費しているのだろう。

 さっき響いた音はミナトが圧縮した風を放って空気が破裂した音だったのか。そういえばサイキックは風も操れる。パートナーはそれを利用して氷を弾のように撃ちだしているのだった。

 今さら思い出して器用な奴だなと思うのをよそに、ミナトは風の塊で遠くに吹っ飛ばした女に駆け寄っていく。

 

 

「すみません、咄嗟のことなので加減ができなくて……! あ、日本語通じるかな……もういいや。とりあえず、危ないので武器は回収させていただきますね。治療もすぐにしますから!」

 

 

 吹っ飛ばされた先で壁に衝突し、ルーシーは気絶こそしていないものの武器を手放して呻いていた。

 危なっかしい手つきで相手の武装を解除していくミナトを見て、こっちもこっちで残りの二人から武器を回収しておく。目を回していた金髪は思っていたよりも早く意識を取り戻し、ゲイリーはキョンシーのように何も握っていない両手を突き出してわめいていた。

 

 

「クッソが! まだハンドガンもつかめねぇ、この腕折れてんじゃねぇだろうな!?」

「あ、れ……ルーシーは? 何がどうなって……」

「やっと起きたなウィル、一発もらっただけでおねんねしやがって!」

 

『SECT11、もう一度聞くぞ。おまえたちは何が目的でここにいるんだ?』

 

 

 三者三様で悶えている黒づくめたちに向けてミロクが尋ねる。翻訳機を通したのか通信機のスピーカー越しに流れる英語に、しかし答える者はいない。まあ素直に答えられる人間性を持っているなら、最初からこちらの邪魔もしていないか。

 

 

「ゲイリー、ルーシー! これ以上は危険だ……! 撤退しよう……!」

「シット……! 覚えてやがれ!」

 

「おとといきやがれ三下」

「こらっ、シキちゃん!」

 

 

 回収しておいた銃火器はそのまま放置、伸びている仲間だけ素早く回収し、SECT11のスリーマンセルは洞窟の暗闇に溶けていった。

 

 

「まだ治療の途中だったのに……あの女の人サイキックだったんだよね? じゃあ治癒術も使えるかな。……それより、」

 

 

 瞬きの間に消えてしまう背中を見送っていたミナトが、不意に両手で自分の頬を挟んだ。治癒術の淡い光を灯しながら、指先がもにもにと頰をこねる。餅になった気分だ。

 

 

「本当に怪我してないよね? 銃火器持ち三人相手は無茶しすぎ……あと、相手は人間だから、下手なこと言ったら逆上して何をしてくるかわからないよ。口は災いの元ってことわざがあるでしょ」

「大丈夫だって言ったでしょ。あんたも他の奴らも、最近過保護になってない?」

「だって、シキちゃん最近調子悪そうだし……そうでなくても私たちまだリハビリ中なんだから。本来はドラゴンとの戦闘に集中するべきなんだよ? そうだよ、なんでこんなことになってるんだっけ……なんかどっと疲れてきちゃったな……」

 

 

 ミナトはマナ水の瓶をくわえながら、光の消えた目を左右に揺らしている。タバコで一服している中間管理職のようなくたびれ具合だ。

 さすがに大型ドラゴン相手を一人でさせたのは無茶だったか。彼女の指は自分の頬を揉み続けているが、気晴らしになるならしばらくは触らせておいてやろう。

 

 エメルが声のボリュームを上げて殺竜兵器の回収をせっついてきたため、前進を再開した。けれど曲がりくねった洞窟には人口の目印もなければ太陽もない。方角を見失わないようナビと現在地を確認しながら進めば、地上の異界化攻略よりも時間はかかる。

 荒れた穴の中をえっちらおっちら行軍し、ようやくメトロ講道へ出る。

 泥にまみれた自分たちを迎えたのは、数メートル先にある人間大のポッド……と、その前に立つ派手な色のジャケットだった。げーっ、と反射的に舌が出てしまったが、相手が相手だ、これくらい許されるだろう。

 

 

『あった、この反応はカプセル……とSECT11! クッ、先を越されたか……!』

「うーわ……一匹見たらもっといるって本当ね。ゴキむぐぶ」

「ひー! やめて!」

 

 

 会いたくなかったのにと吐きかけた啖呵はミナトがまた頬を揉んできたことで途切れた。悪口をたしなめるというより、害虫の名詞を聞きたくないというような力強さで唇がつねられる。

 声を潜めるつもりはなかったからもちろん向こうにも聞こえている。特別驚く様子もなく、眉をひそめてイズミが、今まで通りの気楽さでショウジが振り返った。

 

 

「やっぱり来た。悪いけど、コレはあたしたちのモノだから」

「よォ、13班。ウィルたちが息を切らして報告してきたんだが……その様子じゃ、おまえらを楽しませることもできなかったみたいだな」

「なんであんたたちがここにいるわけ? 何の目的もなしにこんなところで散歩してたわけでもないでしょ」

「ああ。できることなら今度は共同戦線で会いたかったんだけどな。本国からの命令でね」

 

 

 わかるだろ、とでも言うようにショウジがカプセルをノックする。その瞬間、耳にはまる通信機からドラゴンも尻尾を巻いてしまいそうなエメルの唸りが漏れた。

 

 

『狙いは最初からそれか……! だがおまえたちにもそれの存在は伏せていたはずだ、どこから情報をつかんだ!?』

「悪いが、企業秘密ってことにしてくれ。これは……殺竜兵器は、アメリカが有効に活用させてもらう」

『そうか、ならば貴様らは人類の敵だ!』

 

『13班、構わん! 殺してでも兵器を奪還しろ!』

「ちょっ、ころ……!? 何言ってるの!?」

 

 

 講道の中に過激なオーダーが響き渡る。去年にも人間相手に似たような指示を受けはしたが、明確に殺生の有無まで言葉にされるのは初めてだ。

 司令官から飛び出したイエスキルゴーキルの命令に、できるわけがないとミナトが抗議の声を上げる。一方、サクラバ兄妹は肩をすくめながらのんきに目の前で作戦会議中だ。かといって隙があるわけでもない。先刻戦った三人組と同じ装備のアサルト兵たちが、いつの間にか銃を構えてこちらを牽制している。

 

 

「おお怖。イズミ、後は頼んだぜ」

「オーケー、ショー兄」

 

 

 ショウジは固く閉ざされたカプセルを暴くことに専念したいようだ。背を向けて怪しい工具を取り出す彼と合わせ鏡になるようにイズミが進み出て、ビビットピンクの刃を抜き放つ。その両脇をアサルト兵が並んで固めた。

 

 

「殺してでもってことは、逆に殺される覚悟くらいできてるんでしょ? 帝竜の前にお邪魔虫を仕留められるなんてラッキーじゃん」

 

 

 薄い暗闇の中でもわかる眼光が、自分たちを逃がすまいと捕捉している。狩りを喜ぶ肉食獣みたいだ。得物は剣なのに、気を抜けば喉元に牙が突き立ち血を吸われそうな気さえする。

 プレッシャーはこっちに向けられる銃口や剣の切っ先と遜色ないが、負けてやる気はない。相手を思い切り捻じ伏せることができる機会を待っていたのは自分も同じ。いい加減、ストレスが溜まって体が爆散しそうだったのだ。

 手加減が必要な相手ではない。今度こそ、鯉口の縛りをほどいて抜刀する。

 

 

「ミナト、やるわよ」

「あああもう、戦いたいわけじゃないのに! エメルってばなんで煽っちゃうの!」

「サンドバッグが殴ってくださいって名乗り出てきたと思えばいいでしょ。わかったら早く構えて」

「いや、相手人だよ! なんでみんなそんなにノリノリになれるの!?」

 

 

 平和を尊ぶミナトの意見はこの場では圧倒的少数派なので脇へポイしておく。今は戦って白黒つける。いつの世も結局シンプルイズベストなのだ。

 イズミの両隣のアサルト兵が引き金に指をかける。こちらに照準を合わせた銃口だが、「止まってー!」というミナトの声と共に氷漬けにされる。皮肉にもその制止が戦闘開始の合図になった。

 残りの二人はパートナーに任せて、自分は目の前の鮫女に集中しよう。

 

 

「さぁ、どこからでもかかってきてよ。ミンチにしてあげる!」

「されるわけないでしょ。先に三枚おろしにしてやる」

 

 

 荒野の狩りであれば身を伏せて待ち伏せでもするが、標的とはとっくに向き合っている。待つという選択肢は互いになかった。

 線路の枕木を蹴り上げて肉薄する。

 イズミが跳び上がり、紅色の閃きが頭上から落ちた。反射で天叢雲剣を振り上げれば鋼同士がぶつかる音と火花が散る。

 難なく弾くことができたから小手調べの一太刀だったのだろう。それでも膂力はこちらが上だとわかった。逆に速さは──、

 

 

「ッシ!」

「──っ!」

 

 

 器用に身を捻って突き出される切っ先に思わず体を引く。引き寄せた黄金の剣が鋭い連撃を受けて小刻みに震え、ピリリと頬に痛みが走った。

 裂けた薄皮から伝う血を舐めるついでに舌を巻く。着地までのコンマ数秒で繰り返された三段突きは正確に急所を狙っていた。

 やや身が短く振り回しやすそうな薄い刃。それを手足のように扱う相手の練度。対するこちらは自分の背に届きそうな厚めの長剣だ。使い慣れていないこともあって、切り結ぶ中では後手に回らざるを得ない。

 最優先は殺竜兵器の回収、相手を叩きのめすことではない。そうとわかっていても、目の前の標的を倒すのが難しいと悟ってしまう自分の勘が、少し憎い。

 

 

「あのさぁ」

 

 

 不意にイズミが口を開いた。まっすぐ伸びていた相手の切っ先が弄ばれるように左右に揺れ、口角が不快な角度に吊り上げられる。

 

 

「その剣、元は他の奴の物だったでしょ」

「……」

「まず体格からして合ってない。あんたみたいなチビはナイフでも振り回してた方がまだマシ。手首が固すぎ、体は沈みすぎ。なんだっけ、あんたたちの国のスポーツ……スモウだっけ。それでもやるわけ? 本当に剣を振る気ある?」

「ご高説ご苦労様。何、思ったよりも強かったからビビって口喧嘩で仕切り直したいってこと? 鮫って知能低くて衝撃には弱いっていうし、怖がらせちゃったみたいで悪いわね」

 

 

 薄暗闇に映える白い肌に朱が差すのが見える。舌戦は自分が優勢なようだ。

 

 

「ほんっとむかつくガキ。フォーマルハウトに伸されてたくせに、自分がどれだけ弱いかまだ気付いてない? そんなハリボテが周りのイエスマンにちやほや持ち上げられてるのもマジでキモいし、我が物顔で最前線に参加してきて恥ずかしくないわけ? 犬死にしないように身の程を知れって言ってんの」

「今ムラクモがドラゴン討伐に苦労してんのはね、どっかのかまってちゃんが足を引っ張ってくるからよ。こっちはただでさえ限りのある労力を、あんたたちみたいな問題児の相手するのに使ってやってんの。レベルの低い挑発するより先に、わがままに付き合ってくれてありがとうございますって言うべきでしょ? ……ああ、誰にも教えてもらえなかったのか。その性格、ちゃんと向き合ってくれるような相手なんていなさそうだもんね?」

「っこの……!」

 

 

 相手の呼吸が昂るのが分かった。地雷でも踏んだか?

 それならそれで好都合。調子に乗って喧嘩を売ってきた奴の鼻っ柱をへし折るのは気持ちがいい。そのままじだんだでも踏むか、涙ぐんでくれれば胸に溜まっている鬱憤も少しは晴れ──

 

 

「はーい!」

 

 

 パンッ、と小気味いい音がトンネルの中に響く。

 場違いに明るい声を出したのは自分のパートナーだった。一本締めのように手のひらを合わせ、砂と汗まみれのグロッキーな笑顔でこの場の注目を集めている。

 

 

「あっ、ミロクかミイナ、スピーカーにして翻訳お願い。えーそこまで! そこまでにしましょう! 喧嘩なんてお互い痛いわ疲れるわでいいことないでしょう! こんなに暗くてじめじめした場所にいたら気分もどんどん暗くなっちゃう。いったん深呼吸して、外の日差しでも浴びてリフレッシュしませんか!?」

「……ミナト、邪魔。今やることの優先順位ぐらいつけてくんない」

「それははい、とりあえず他のお二人には大人しくしてもらいまして」

 

 

 どうぞとひっくり返された手が示す先には、二メートル程度の氷の山が二つ。イズミの横に控えていたアサルト兵たちだ。分厚い氷に丁寧に包まれ身動きが一切取れない中、息だけはできるように露出した頭から情けないスラングが垂れ流されている。

 やけに周りが静かだなとは思っていたが仕事が早い。目の前の相手に集中していたから気付かなかった。若干驚くのと同時にイズミもぎょっと目を見開く。

 

 

「な、いつの間に……!」

「まあ拘束するだけなので、初動が押さえられれば割とスムーズに……いやそうじゃないや。一度冷静になりませんか? ドラゴンを倒す目的は共通しているのに、人間同士でこんな風に潰し合うのは向こうの思うつぼじゃないですか。お互い消耗するだけで不毛だっていうのは、精鋭の皆さんなら誰よりも理解されていると思うんですけど……違います?」

 

 

 ……それは、まあ、考えればそうか。感情を横に置けば、意見として最も理にかなっている。

 聞き慣れた相棒の声は耳に優しい。罵り合いで悦に浸りそうだった意識がすうっと冷め始める。

 ミナトは相手をリスペクトしての言葉遣いではあるが、SECT11側には雑音としてしか響かないようで、つい先ほど自分が怒りを着火させたばかりのイズミは声を振り払うように頭を振った。

 

 

「だから、あんたたちが諦めてくれればいい話でしょ! あたしたちのほうがもっと上手く真竜討伐のミッションを達成できるってわからない!?」

「優劣の問題じゃないんですよー。ワンマンプレーじゃなくて、お互いに役割分担して臨むのが一番効率がいいって話をですね……」

 

 

 ニコニコ笑顔は崩さないまま、ミナトは自然な歩みですぐそばまで寄ってくる。落ち着いていますよアピールのように自分の肩に手が置かれた後、「十秒」という小さな声が耳に滑り込んできた。

 

 

「十秒だけ足止めできると思う。そのうちに兵器をお願い」

「……わかった。回収できたら洞窟に飛び込んであいつら撒く。ミロク、誘導して」

『了解、任せとけ!』

 

 

 向こうに悟られないよう、なんとか最小限の唇の動きで意思疎通をする。その内腹話術でも習得しておくべきか。

 場の中心は自分の体を隠して前に出たミナトに移ったようだ。イズミの金切り声とアサルト兵から漏らされるブーイングも彼女はお得意の「まあまあ」でいなしていく。その足もとの影が不自然に揺らめくことには誰も気付かない。

 

 

「本当に、傷付けたいわけじゃないし、私たちも傷付きたくないんです。心も体も、痛いのは嫌でしょう? ……ベイちゃんもそう思うよね?」

「はあ? いきなり誰──」

 

 

 地面が黒一色に染まる。

 一瞬で前後数十メートルに伸びて空間を埋めた漆黒が、音もなく空気も揺らめかせずにイズミとアサルト兵を呑みこんだ。

 一帯からすべての光を奪う勢いで広がった闇に赤い眼が浮かぶ。

 

 

『まったく、神使いの荒い奴め。代価を忘れるなよ!』

 

 

 ああそうか。太陽の光が届かず風も吹かず、気温も低いここでなら、フィジカルクソ雑魚の黒スライムもいきいきと活動できる。

 

 

「シキちゃん!」

「そういえばあんたもいたわ、ねっ!!」

 

 

 前に傾いて跳躍する。混乱した三人分の悲鳴を飛び越えて、視界の中心がショウジとカプセルにスライドした。

 

 

「止まれ!」

「! おっと……!」

 

 

 ガチャンと鳴ったのは自分の剣か、相手の銃か、スライドしたカプセルの外殻か。おそらくすべて。

 首に突き付けた切っ先と眉間を捉える銃口。腕を伸ばせば届く距離にある……中身のない青いガラス。

 自分の口から疑問符が漏れるのとショウジが眉を寄せるのもまた同時だった。

 

 

「ああもう、何、この黒いの……!」

「おい、そこまでだ!」

「ショー兄!? なんで止めるのよ!」

 

 

 ミナトが邪神の名前を呼んでからきっかり十秒。地面へ引っ込んだ影からイズミたちが顔を出してショウジを振り返る。

 全員の視線がカプセルに移り、えっ、だのは、だの間抜けな反応が地面にこぼれた。

 近未来的なデザインの大きなカプセル。いかにもといった風の容れ物でありながら、中身は空気のみ。

 頭のいい者にしか見えない品、なんて童話めいた物ではないだろう。つまり正真正銘、殺竜兵器はロストしている。

 

 

「積荷の中は空っぽだ。おまえら、それをわかっててここへ?」

「んなわけないでしょ」

「……だろうな」

 

 

 耳にはまった通信機からは、「な、は……はっ?」としか口にできなくなったエメルの戸惑いが漏れ聞こえている。完全に戦意をなくしたショウジは誰よりも早く肩から力を抜いて銃を仕舞った。

 

 

「女史の焦り方といい、ブラフとは思えねぇ。ってことは……別の誰かが持ち去ったってことだ」

「誰かって、誰よショー兄!」

「俺が知るかよ! クソっ……帰るぞ、作戦会議だ! おまえらも早く出てこい!」

「待ってくれよショウジ、無茶言うな! こっちは冷凍保存されてんだ!」

「あ、すみません、今氷溶かしますね……!」

 

 

 イズミはともかく、他の二人はいまだ小さい氷山の中だ。ミナトが慌てて駆け寄り、ナイフと炎で人の体を発掘していく。

 

 

「そういえば……SECT11にフランクさんという方はいらっしゃいますか?」

「ああん? 俺っちが何だよ」

「あ、ご本人でしたか……すみません、氷はもう少しで崩せるので……はい、これ」

 

 

 忌々しそうに舌打ちしたアサルト兵の上半身が自由になった。銃は氷の中に埋まったままで、手ぶらになった両手にミナトは何かの包みを乗せる。

 

 

「議事堂で保護した方からの贈り物です。ドラゴンに襲われていたところを助けていただいたお礼だと」

「おいおい、ついさっき上司が殺せって言ってた相手にか?」

「いえ、それとこれとは話が別です。殺すつもりもないです」

「秒で氷漬けにしてきたくせによく言うぜ……」

 

 

 危険物でないか確認する意図もあるのか、文句を言いつつ一人のアサルト兵は包みを開く。白くて四角い何か──保冷剤だろうか──がカランと線路の上に落ちて、ソフトボールサイズのアルミホイルが顔を出した。

 

 

「そういや、俺っちを天使だなんだ言ってるふざけた女を助けた気もするが……。そりゃDz集めのついでだ、人助けなんかじゃねえよ。……これは返すぜ」

「え、いらないんですか?」

「こんなカチカチのライスボール食べられるわけねぇだろ! 礼ならバーボンとタバコを寄越せって、そのイカれた女に言っておけ!」

「え、これ食べ物だったんです……?」

 

 

 放り返されたアルミのボールがミナトの手で剥かれ、無数の米粒が集まり固まった握り飯が顔を出した。……思わずといった顔で彼女からパスされたが、岩石のような重さと硬さがあるのはなぜだろう。

 石を彫ったと言ったほうが自然な逸品を観察する中、氷の戒めから解放されたフランクはもう一人の氷を予備の銃で撃ち砕き、ショウジたちと共にさっさと去っていった。

 やっとカプセルをじっくり調べられそうだ。といっても中身がないが。

 シングルベッド程度の大きさの容れ物にはそこそこの量の武器が詰められそうではあるが、塵ひとつ入っていない。青いガラスを小突いてもただむなしく音が響くだけ。

 

 

「ほんとに何もないね。……カプセル自体は壊れてないし、ショウジさんの言う通り、誰かが持っていっちゃったのかな」

「……それか、足でも生えて自分で出ていったとかね。いずれにせよ、収穫なしか」

 

 

 冗談めかして言ってみたものの、殺竜兵器捜索はふりだしだ。中途半端に戦闘が打ち切られたこともあって、胸の内がもやもやしてしかたない。

 

 

『なんということだ……いったい、誰が持ち去ったのだ……。まさか──!』

 

 

 遠慮せず吐いたため息に、途方に暮れるようなエメルの声が重なった。

 真竜に対する切り札と称していた兵器が消失したのだから無理もない。けれどすっかり怒気が抜けて動揺することしかできないでいる彼女はかなり珍しい。

 その重いわななきは鼓膜を揺らし、空気を揺らし、次いで地面も揺らして……、……いや。

 

 

「ちょっと、揺れてない?」

「え? うわ、地震?」

『な、なんだ……? ち、地下からエネルギー反応!』

 

 

 体の下、地面のさらに奥深くから伝わってくる不気味な振動。ザ・スカヴァーに呑みこまれそうになった一年前の悪夢がよみがえるが、あいつの息の根は間違いなく止めた。

 ならこの揺れは自然現象で、帝竜がいるわけでは──

 

 

『これは……帝竜反応だ! 反応はここから、百メートル直下!』

「はあっ!? 帝竜!!?」

『エネルギー波、来るぞ! 耐ショック体勢!』

 

 

 ナビのカウントはたった三つだけの無茶なもの。それでも数々の修羅場を潜り抜けてきた体は反射で動いた。

 背を丸めてしゃがみ、目と耳を塞いで口は開く。

 

 直後、地面が消えた。

 

 爆音が飽和して鼓膜がパンクする。大地に突き飛ばされ宙でシェイクされ、重力が知覚の外に飛んでいく。自分が五体満足であることしかわからない。

 

 

『13班! 無事か、無事だよな!?』

 

 

 ミロクの声を聞いてようやく嵐が過ぎ去ったことに気付く。地面に落ちた衝撃さえ感じ取れなかった。麻痺していた五感が再起動するのと同時に鈍い痛みがやってくる。

 周囲に敵影はない。帝竜は気まぐれに暴れただけで、こちらへ乗り出してきたわけではないみたいだ。

 直前に耳にした情報で考えるなら、足の下から来た衝撃に吹っ飛ばされたと考えるべきか。粉塵と細かな瓦礫が舞い飛ぶ中、隣で地面にへばりついているミナトを引きずり起こした。

 

 

「……生きてる?」

「…………ぅぅ……みみが……」

「ったく突然すぎるでしょ! 何よ帝竜って……、──!?」

 

 

 体を支えるために踏んばろうとして、足が宙を空振り体が傾いた。慌ててバランスを取り直し、数十センチ先からの地面が消えていることに初めて気付く。

 つい数秒前までそこにあったカプセルが、講道ごとごっそりなくなっている。倒壊して潰れているのではない。底の見えない広すぎる空間が目の前に広がっている。地面も壁もカプセルも、すべて吹っ飛ばされてここに落ちていったのだ。

 

 

「……ミロク、これ見えてる?」

『ああ、見えてる……けど……こ、これは遺跡……なのか?』

 

 

 遥か遥か下。地面の見えない大きな奈落がそこにある。ずっと向こうには長大な塔が無造作に連なり、現実(ここ)非現実(向こう)を繋げるように、たった一つの線路がぽつんと宙を走っていた。

 明かりもないのに不自然に浮かび上がる光景は、自分たちの視界を通してナビにも共有されているはずだ。それでも通信機からは呆けた呼吸の音だけが返ってくるばかりで、分析が始まる気配すらない。

 考古学あたりを専攻している研究者が空を飛んで喜びそうだが、こんな土地、現実に存在するわけがない。ミロクが言った通り帝竜がいるのなら、異界化で作り出された世界だろう。

 

 

「これどうすんの。探索の準備は整ってないけど」

『そ、うだよな。総長! ……エメル総長!』

『……聞こえている。その異界に帝竜がいることは把握した。だが、目下の最優先事項は殺竜兵器の奪還だ。……13班、一度議事堂に戻ってこい! 確実な殺竜兵器の探索を行うためには、本部にあるレーダーの強化が急務だ! 帰還次第ムラクモ会議を招集して、研究区を改修しろ!』

「は? あ、ちょっと!」

『……す、すみません、エメル総長、行ってしまいました。代わりに私は伺いますね。ムラクモ会議の準備も進めさせていただきます』

 

 

 エメルに代わってシズカの控えめな声が届いた。ため息が止まらない。

 弾丸のようにあちこち飛び交って忙しない総長だ。やることが多いのはわかるが、頭が飛び出すだけでは周りがついてこれないのを理解してほしい。

 

 

(……それは私も同じか)

 

 

 自分にもたれかかりながらまだ目を回しているミナトを見る。

 エメルがムラクモを引きずり回しているのであれば自分はこのパートナーを振り回している。さっきは戦いに前のめりになりすぎて、イズミをどう下すかしか考えていなかった。最も冷静に状況を把握していたミナトに邪魔だと言ってしまうほどに。

 途中で冷静になれたからいいものの、あのまま戦闘を続けていれば、下手すれば全員が崩落に巻き込まれていたかもしれない。

 SECT11はどうなってもいいが、ショックに備えられていなければこちらに万が一が起きていた可能性もある。自分の体はまだ耐えられるかもしれないが、ミナトは……。

 人の振り見て我が振り直せ、か。

 

 

「うー……やっと耳鳴り収まってきた……えっと、議事堂に帰るんだっけ?」

「そう。このまま運んでいくから体重預けてて」

「あはは、助かります……」

「シズカ。今からそっちに戻るから、このまま遠隔でムラクモ会議も進めてくれない? どうせ研究区の改修以外、エメルは許さないだろうし。今日はこれ以上できることないでしょ」

『わかりました。最終決議だけ確認して、建築班に研究区の改修を申請しておきますね。あとは今の状況を整理しておきましょう。移動しながらでいいので聞いてください』

 

 

 また洞窟の迷路を通るのかとうんざりしかけたが、さっきの衝撃波で講道を埋めていた車両や瓦礫が崩れて道ができていた。ラッキーなことにマモノたちも巻き添えになって沈黙している。帰りは講道を突っ切って地上に出られそうだ。

 

 

『まず、SECT11の件。彼らが殺竜兵器の奪取を目標にしていることが判明しました。意図はわかりかねますけど……』

『奴らは都庁のデータも盗んでいってる。狙いはムラクモの持つ対竜戦の技術力ってところか……』

『……ですね。とにかく、SECT11の動きは今後も十分注意が必要と思われます。それから、この地下鉄の下に広がる異界化された遺跡と、そこから観測された強い帝竜反応。こちらも気になるところですが──』

『調査はこっちで進めておくよ。ここからじゃ距離があるから、正確な観測はちょっと難しそうだけど……。こんな時、キリノがいてくれたら助かるんだけどな……』

「さすがに観測までは手に負えないわよ。ていうか、人事の見直しがあったはずでしょ? なのになんで去年より忙しくなってるのよ」

『確かに……エメルも人使い……いや、13班使いが荒いよな。後で特別手当、請求しておいてやるよ! ミイナ、手が空いてたら13班の出動記録まとめておこうぜ』

『うん。でも、13班は本当に休む暇もないですね。もう少し余裕を持って回したいけど、13班以外に頼れる人がいないから……』

 

 

 通信機越しの会話に適当に相槌をしながら歩いて行く。

 帝竜反応は相変わらず視界に表示されているものの、圏外となって消えるまで動くことはない。

 そのまま自分たちが倒しに行くまで大人しくしていてくれと念じ、眩しい日差しが満ちる地上へ顔を出した。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

『……それでは、殺竜兵器は何者かに持ち去られ、行方不明、と……?』

 

 

 拠点の薄暗い一室に、デイビッドの声が淡々と響く。

 窓のない部屋の光源は目の前のモニターだけ。ミッションを完遂できなかった旨を伝えた今の空気は明るいとは言えない。しばらく前までいたメトロ講道に戻ってしまったようで、危うく漏れそうになる苦笑いを噛み潰す。

 報告を聞いた我らが司令は、片眉を一度動かしただけで表情を変えない。が、満足していないということは画面越しにでもひしひしと伝わってきていた。

 

 

「俺の失態だ。責任は──」

『君の首なら結構。死体は十分間に合っているのでね』

 

 

 ムラクモもこちらも、上司は揃っておっかない。ショウジは肩をすくめた。もちろん頭の中で。

 

 

『それより、諜報活動はどうなっている?』

「無線の傍受に成功した。どうやら向こうは兵器を探知するレーダーを持ってるらしい」

『……なら、君たちのすべきことはわかるな』

「…………」

『ドラゴンを倒すことはもちろん重要だ。だが、SECT11のミッションは、それだけではない。……期待しているよ』

 

 

 思い出したようにお粗末な激励を付け加え、通信はあっけなく終わった。

 

 

「……どうやら本国は俺たちに、ドラゴンと戦う勇敢なソルジャーじゃなく、コソ泥になれって言いてえらしいぜ」

 

 

 首を振ってこぼせば、部屋の奥で様子を窺っていた仲間たちがちらほら歩み寄ってくる。靴音の重さも響きもバラバラだが、不満が込められていることだけは共通していた。

 

 

「デイヴのヤツ……正式な大統領でもないくせに、フザケてる! ショー兄を……SECT11を何だと思ってるの!?」

「ショウジ、どうする? 僕らは君についていく。一年前の戦線を生き延びた時から、SECT11は君の部隊なんだから」

「……そうか」

 

 

 憤るイズミとウィルの言葉に力強くうなずくメンバーを見て、引き締めていた口角が崩れてしまう。

 瞬きの間に祖国を荒していったドラゴン。市民が所持する銃はおもちゃのように薙ぎ払われ、警察は蹴散らされ、機動隊の攻撃も通じず。こちらにお鉢が回ってきた時は、正直悲観的になった。

 目には目を、厄介者には厄介者を。異能力と大人の都合故にもてあましていた自分たちをここで捨て石にする気なんだろうと思っていたが、今振り返れば、あの戦いがあったからこそ手に入れられた財産(仲間)がある。このタイミングで大統領に逆らえば、それもまた泥にまみれて失われてしまうかもしれない。

 

 

「……今はまだ、従うさ。実際、究極の殺竜兵器ってのが本当だとしたら、それがどんなものかは興味がある。ただし、最優先事項はドラゴンの討伐だ。帝竜反応を観測次第、現場に向かう!」

「オーケー、ショー兄! それがショー兄の選択なら……!」

 

 

 大切なことは神様が知っていればいい。そう言い聞かせて辛抱する人生に、ようやく陽の光が当たってきた。

 あとは心のままに走り出すだけなのだ。誰にも邪魔はさせない。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 水の音が聞こえる。

 

 すべてを包み彼方まで運ぶ潮の流れ。星のように生まれては夢のように弾けてしまう泡。

 目を開ければ、青い世界いっぱいに広がる、命の──

 

 

「……?」

 

 

 ない。

 

 命はない。誰もいない。

 ならば、さっきまで見ていたものは? あふれる水も、光を弾く鱗と珊瑚の群れも、笑ってこっちに手を振る誰かも……。

 泡沫の夢だったのだろうか。目の前に広がるのは、闇と苔の緑と岩の黒だ。まぶたを下ろして集中すれば、地下水のようなわずかな水の気配を感じ取れるけれど、もっと深く地盤を掘らねば顔を出してくれないだろう。

 

 

「…………?」

 

 

 水がない。誰の声も聞こえない。それだけで胸が締め付けられるのはなぜだろう。

 試しに知っている誰かの名前を呟いてみるものの、応える声は返ってこない。

 覚えているのは、その人と、その人の言葉。あとは、恐ろしい咆哮と、直後に世界を揺らした衝撃。

 やらなければいけないことがある。行かなければいけない場所がある。

 でもここからどうやって? どこへ?

 

 

「…………」

 

 

 途方に暮れて空を見た。

 岩に塞がれて見えない宙を探す。世界から切り離されてしまった体を導いてくれる星はどこにもない。

 感じるのは、湿った空気と土の匂いと……どこか遠くで蠢く、大きくて嫌な気配。

 右も左もわからない。

 けれど、このままではいられない。

 

 あまりにも頼りない足取りで、何かは先の見えない暗闇へ消えた。

 

 

 

 

   INTERMISSION1 -end-

 

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