2021年は平和……うおおドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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新しく13班に加入するメンバーは割と登場早めですが入るまでもうちょい時間はかかる予定です。
何がきっかけでどんな風にドラゴンの前に進み出る決意をするのかをじっくり書いていきたい。



Count 1. 幕は静かに上がる

 

 

 

「あ、あの! ちょっと待ってくださーい! きゃっ!!」

「ぶぁっ」

 

 

 朝の支度を済ませて部屋を出た直後、誰かに衝突されて床にすっ転んだ。

 窒息しそうなので起きてほしいが、人を下敷きにしていることにも気付かないのか、上にいる女性は「眼鏡……眼鏡!」とわたわたしている。

 手で床を叩いて抗議する。ミナトが女性の腕を引っ張り上げ、彼女は悲鳴を上げて飛び退いた。

 

 

「すいません……すいません……! あの……13班……ですよね? ああ、髪が乱れて……ごめんなさい!」

 

 

 慎重な手つきでこちらの髪と服を整え、女性は涙目で謝罪を繰り返す。

 彼女が何度も頭を下げるたび、スーツに押し込められた女性らしいふくらみがブゥンと揺れる。なるほど、鼻と口を密封していたのはこのふたつの塊か。

 ミナトが初めてドラゴンを見た時のような顔で自身の胸をなでているが、たぶんくだらないことしか考えていないので無視しよう。

 

 

「もう謝んなくていいから。あんた誰?」

「わ、私は……ムラクモ1班所属の苫木(とまぎ) シズカと、申します……」

「ああ、その腕章……見たことない顔だけど、新人?」

「は、はい。私は事務方というか、調整役というか……秘書って言えばわかりやすいですかね? つ、つまりは全然偉くない普通の新人ムラクモです! よろしくお願いします! 今回はその、13班のサポート役に任命されました」

 

 

 通信機の向こうから「報告書作成とか、13班じゃなくてもできそうな仕事とかな」とミロクが付け加えた。

 それは助かると頷いた。なんせムラクモは仕事が多すぎる。

 

 インフラ整備や設備の補強・拡充、要救助者の捜索と保護などなど、東京を中心とした復興作業は内容が多岐にわたる。

 専門的なところはそこに精通した者に任せるしかない。けれど、竜災害後の地上ではまともに身動きがとれやしない。

 最初に越えるべきハードルであり、最大の難関であるのがマモノの存在だ。まず一般人は太刀打ちできない。この時点で議事堂から外へ出られる者が限られる。

 討伐が進んでいる地域でなら一般人でも活動できるが、昨日のスカイタワーように何かの拍子に敵性体が発生する可能性はゼロではない。そのため、常に議事堂外での仕事はムラクモや自衛隊での確認・付き添いが必要になる。

 

 次につまづくのは人や物の移動。人力よりも車両の方がはるかに効率がいいが、その車両が通るための道が荒れたり崩壊してしまっているため、まずはそこの整備から始めなければいけない。

 食糧補充の探索や、私事で自宅に帰りたいという市民の護送も定期的に実施されるが、建物は高い確率で倒壊している。そうでなくても一度フロワロに侵食されたのであれば、目に見えない場所が脆くなって刺激を与えた瞬間崩れる……なんてこともあるかもしれない。

 

 何をするにもリスクが伴う現状、危険に対処できる人材の補助が求められる。自分たち13班を始め、「力」を持つ者へ要請が殺到するのは必然だった。

 拠点を議事堂に移してからは復興への熱意がますます高まり、あちこちから声を掛けられる。昨年の怪我を考慮してキリノたちがセーブをかけてくれてはいるが、作業量が一般市民よりも多いのは明らかだった。

 

 

「社畜っていうと変だけど、実際働き詰めだもんねぇ。ほんと猫の手も借りたいくらい……」

 

 

 苦笑するミナトの顔にはほんのり疲労の色が浮かんでいた。

 力仕事で体力を使った後は進捗記録と報・連・相が待っている。いつどこで何をどの段階まで進めたのか(4W1H)の管理がずさんだと、各組織間での引継ぎや連携が取れず、あらかじめ立てられた作業計画にいくつも支障が出る。

 この作業は仕事が多ければ多いほど発生する。つまり、引っ張りだこ状態である自衛隊やムラクモ機動班は事務作業量もかなり多い。貴重なPCを支給してもらっているが、正直焼け石に水レベルで割に合っていない。

 

 とにかく腕が足りず、目が足りず、脳が足りず、口が足りない。体がいくつあっても追いつかない。多重〇分身の術が使えればいいのにという呟きが漏らされたのは一度や二度ではない。

 

 そうして忙殺される日が続き、昇天しかけの人員が散見され始めてしばらく。議事堂を回す者たちの全会一致で、各組織の増員・人事の見直しが行われたらしい。「オレとミイナも協力したんだ」とミロクが少し誇らしげに言った。

 

 

『シズカは今年1班に配属されたんだ。試験の成績ダントツで良かったんだぞ』

 

 

 どんどん頼れよとミロクに紹介され、シズカは改めて頭を下げた。

 

 

『顔合わせも兼ねて13班をムラクモ本部に連れてきてもらおうと思ったんだけど……そういえば、シズカはちょっとそそっかしいんだったな』

「すいません、なんか緊張しちゃって……。アスマさん、シバさん、詳細はムラクモ本部でお話ししますので……こちらへ、どうぞ……」

『おい、そっち参議院会議場の方だぞ!』

「あああ、すみませーん!」

 

 

 子ヤギのようにぷるぷる震えるシズカを見て、シキはムラクモ試験時に挙動不審にしていた相棒の姿を思い出した。

 

 

「去年のあんたに似てるわね」

「え、そうなの?」

 

 

 軽口をたたきながらムラクモ本部に入る。

 離れたナビの席からミロクとミイナが見守る中、シズカは背筋を伸ばして気合を入れ直し、アンダーリムの眼鏡の位置を調整しながら資料を見た。

 

 

「あ、改めてよろしくお願いいたします! 私はこれから13班の秘書として、できる限り13班をサポートしていくつもりです。何か困ったことがあったらなんでも言ってください! では、さっそく……今後のスケジュールについてですが……現状のスケジュールでは、スカイタワー復旧まではフリーになっていますね」

「今は特別仕事はなさそうってこと?」

「そ、そうなるかと」

 

 

 仕事がなければ特別な連絡事項もない。つまりは余暇だと。

 こちらとしては喜ばしいが、気合を入れて臨んだ手前、シズカはすることがないという状況に焦りを感じたようだ。

 白い手が汗を流して資料をめくる。バインダーを指でなぞりながら各フロアの状況をぶつぶつ呟き、あっと彼女は顔を上げた。

 

 

「そういえば、チェロンさんが、クエストオフィスの案件がたまってるって言ってました。お手伝いすると喜ばれるかも! クエストオフィスはエントランスにあります。一度覗いてみてください!」

「了解。まあいつもと同じってことね」

「スカイタワーの稼働準備で議事堂の人も少ないしね。できるお仕事から片付けていこうか。シズカさん、行ってきますね」

「はい、いってらっしゃい!」

 

 

 ボリュームのある巻き毛を揺らして手を振るシズカに送り出される。

 クエストオフィスに顔を出すと、おなじみ古菅チェロンがカウンターに身を乗り出してきた。

 

 

「ハイ、13班! 久しぶりじゃない? チョーシはソゥグッ? ヒマしてるから手伝いたい? センキューベリマッ! キャットのハンドも借りたかったところだよ!」

「いやまだ何も言ってないわよ。その通りだけど」

「相変わらずクールだねヒーロー! ジャパニーズセイ『クーデレ』?」

「違う。……クーデレって何?」

 

 

 反射的に否定したが言葉の意味をよく知らないのでミナトに尋ねる。彼女はなぜか菩薩のような顔をして静かに笑うだけだった。たぶんまたくだらないことを考えているので放っておこう。

 

 

「依頼がたまってるんでしょ? 私たちが済ませるから寄越して」

「シュア! ラジオ放送スタートしてからリスナーからの依頼がヤマ盛りテンコ盛り? 困ってるヒトまだまだメニメニいるんだね! 特に急ぎの依頼はこの三つ! ハリィアップで片付けちゃって!」

 

 

 建築班のミヤに、機動10班のヒムロ。それから、議事堂とは別に渋谷で生活しているSKYのネコ。依頼人たちはいずれも面識のある面子だ。

 ミヤの依頼は議事堂内で片付けられそうなので、ネコとヒムロからのそれは手分けで受けるかと相談する。特別難しい内容ではないので、日が暮れる前には終わらせられそうだ。

 ミナトはネコからの依頼、ヒムロからの依頼は自分が受けることになり、議事堂前広場で別れた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 渋谷は相変わらず緑が生い茂っている。コンクリートまで貫く強靭な樹は、帝竜スリーピーホロウがこの街を根城にしたことで生まれたものだ。

 街の看板でもあったショッピングビルは壁がすっかり苔むし、つる草が垂れ幕のようにかかっている。グリーンカーテンと言うんだったか。

 今回、シキとは別れての行動だ。ナビはシキの方にミロクが、自分にはミイナがついてくれることになった。通信機越しに少女の声が聞こえるのがなんだか懐かしい。

 

 

『ミナト、SKYのアジトは右の大通りを直進です。マモノの反応はないから、焦らず行きましょう』

「ん、ありがとう。マモノがいないなら戦闘もないかな? ミイナのナビ久しぶりだなー」

『そうですね。シキはヒムロと一緒に国分寺に向かっている途中だそうです。向こうはミロクに任せて、私たちも依頼を完了させちゃいましょう』

「了解!」

 

 

 小走りで大通りを通り、木の根をくぐり、たまに登って進んでいく。

 外からは出口のない迷宮に見えるのか、この樹海は一部から踏み込みたくないと遠ざけられている。

 そもそも竜の巣窟ということで一級の危険地帯ではあったが、敵を排除してからは穏やかな森になった。アスレチック感覚で体を動かせるし、皮肉にも文明が破壊され、緑が増えたことで空気が美味い。虫対策をしていれば過ごしやすい場所だとは思う。

 

 空の青と植物の緑を反射して涼しい色に染まった都会を歩いていると、見覚えのある人影が二つ見えた。

 ああ、そういえば初めてここで出会い、開口一番にカツアゲされそうになったんだよなぁと懐かしみながら声をかける。

 

 

「イノさん、グチさーん。こんにちはー」

 

「ん? あっれー? もしかしてミナトじゃない? ウッソ、超久しぶりじゃん!」

 

 

 振り向く女性は相変わらず派手なギャルメイクで、隣の青年も金に染めた髪を目印のように輝かせている。崩壊した街で自分らしさを貫く姿はたくましささえ感じさせる。

 竜災害を共にして一気に打ち解けたSKYの男女はノリよくハイタッチをしてくれた。

 

 

「もー、たまには顔出しなよね。ネコたちだって、寂しがってたよー?」

「もうドラゴンはいなくなったし、これからはちょいちょい顔出せよな! って、その袋、もしかして……マキの薬、届けに来てくれたとか!?」

「そうです。これだけあればしばらくは大丈夫かなとは思いますけど」

「ウッソ、マジで? 超嬉しいんだけど!」

 

 

 肩から下げた大きなエコバッグには、ネコからの依頼を確認した医務区からの支給品が入っている。傷薬から内服薬一式、あとは食生活の補助も考えて野菜系の保存食などなどだ。

 SKYメンバーの体調が芳しくないと助けを求められたが、こちらもこちらの傷病人で手いっぱいだ。外では事故や戦闘が発生しないとも言い切れないため、昨年からナースのもとで医療を勉強していたミナトが顔見せついでに配達を請け負った。

 

 

「マキ、マジ辛そうだからさ。早く届けてあげてよ!」

「マキはこの奥でネコとダイゴが付き添ってるからよろしく頼むわ! いやーそれにしてもマジ懐かしいなー。しばらくぶりに、そっち顔出すかな。ムサシさんのスカートの中身、ご無沙汰だもんなー」

「……ちなみに議事堂にいる人たちのスカートには私がヒートボディをかけておいたので、やるならそれ相応の覚悟をしてめくってくださいね?」

「えっ」

「冗談ですよ。失礼します」

 

 

 なんだよーとグチの声を背に受けながら通りを進む。異界化した渋谷はどこも似たような緑の景色で、しばらくぶりに来たので土地勘に自信がない。ミイナに地図を表示してもらいながらネコたちのもとへ向かう。

 荷物が小枝に引っかからないように注意を払って大通りへ抜ける。コンテナやドラム缶で区切られた一角を覗くと、うんうん頭をうならせる背中が連なっているのが見えた。

 

 

「おーい、大丈夫ですかー?」

「え……ミナト!?」

 

 

 人だかりに声をかけると、いの一番に女性が振り向く。SKYの古株で、自分と同じ数少ないサイキックである友人だ。

 ネコという愛称の通り、パーカーのフードの三角耳がぴょこりと揺れる。眼鏡越しの猫目が嬉しそうに輝いて、笑って手を振れば彼女も笑った。

 

 

「ネコ、久しぶり!」

「にゃー! 来てくれたんだ! たぶんアタシの依頼っしょ? こっちこっち、マキの調子がよくないの!」

 

 

 再会の言葉を交わして手を繋がれる。誘導された先、話の中心にいたのはSKYメンバーのマキという女性で、彼女とねんごろな仲のシノが優しく背中を撫でていた。

 なるほど、彼女の顔色は他より血の気がない。寝不足なのか、目の下にはクマも浮いている。

 ネコと同じくリーダー格であるダイゴとも挨拶を交わし、役に立ちそうな物はないかとエコバッグを覗き込んだ。

 

 

「これ看護師さんたちからです。栄養補給のドリンクとペースト、サプリメント。あと貧血予防の薬と……」

「こんなにいっぱい……ありがとう! マキってば、もう三日何食べても吐いちゃう状態でさ」

「咳も発熱もない。風邪や感染症の類じゃないとは思うが……」

 

 

 怪我はなく心音は正常。体温は三十六度で喉の奥は腫れていない。薬と一緒に預かってきたチェックシートで症状を確認するが、ダイゴが言うようにこれといった問題はない。

 視覚情報との連携でミイナにバイタルチェックも行ってもらうが、やはり傷病の兆候は見当たらないとのことだ。

 

 

「うーん……胃腸だけピンポイントに調子が悪いのかな。何かの食べ物にあたっちゃったとか。心当たりある人いませんか?」

「……つっても、SKYの食事はみんな同じだし」

 

 

 症状が嘔吐ならある程度原因は絞られる。最近の食生活を尋ねると、料理当番のメンバーが献立の書かれた紙を取り出した。

 

 

「ここ最近の食事メニューは……昨日が、デヴォカレー……一昨日が、ろぉぱぁうどん……。そんな、変なモン食ってないよなぁ?」

「……原因それでは?」

「え? いや普通に食えるしウマいんだぞこれ! 一緒に食べたオレらは平気だったし! 何なら食ってみろよ!」

「結構です! ちょ、ローパー持ってこようとしなくていいですから!」

 

 

 ナマコもかくやのぬめりを放つローパーが近付くのが耐えられずに走り出す。

 食文化の違いでわあぎゃあ騒ぎ始めるミナトたちを尻目に、チェックシートを覗いてネコたちは首を傾げた。

 

 

「ここじゃどうしても限界あるよね……やっぱ、議事堂の医務区に連れてった方がいいのかなぁ」

「いや、せっかく渋谷に戻ってこれたんだ。マキも、ここにいたいって言ってるし……」

「う……ん……私……ここで……シノと一緒に、いたいよ……」

 

 

 渋谷はSKYにとっての家。家族みんなで暮らす居場所。ドラゴンが去って平和になったというのに、ここから離れてしまうのは嫌だとシノとマキは首を振った。

 2人は帝竜の鱗粉によって錯乱し、家族同然の仲間を手にかけてしまった過去がある。彼らを弔うという意味でも、この地に生やした根は抜きたくないと男女は訴えた。

 気持ちは痛いほどにわかる。ダイゴは薬の種類を確認してうなずいた。

 

 

「……まぁ、この状態のマキを霞ヶ関まで運ぶのも骨だ。しばらくはこちらで様子を見るさ。……おいタオ、貴重な食糧で遊ぶんじゃない」

 

 

 ダイゴの言葉に仰天したミナトは派手にすっ転ぶ。好き嫌いは人それぞれなので文句はないが、あのうねうねぬるぬるねとねとした生物Xを食べるなんてドリアンよりも抵抗がある。ドリアン食べたことないけど。

 そんなまさかと驚愕して立ち上がれずにいるところをネコが助け起こしてくれる。握った指先を見て彼女はにまりと頬を緩めた。

 

 

「んふふ、使ってくれてんだ、にゃんクロウ(それ)。そっちはスカイタワーの復旧とか派手なことやってるらしいけど……どう? みんな元気にしてる?」

「う、うん、みんなネコに会いたがってるよ」

「にゃはははは! ネコちゃんはみんなのアイドルだからね~♪」

「あ、あと、アリアケさんも元気だって」

「……それは、知ってる」

「こいつ、ちょくちょくオヤジさんとは飯食いがてら、会ってるからな」

「にゃ……にゃああああっ! い、言わないでって言ったっしょー!? ていうか、別にオヤジじゃないし! オジサンだし!」

 

 

 幼少時に誘拐されムラクモに流れ着いたという経験を持つネコだが、去年、アリアケ議員との出会いにより「有明(アリアケ) 寧子(ネイコ)」という彼女本来の戸籍が明らかになった。

 一波乱あったものの、彼女は「寧子」ではなくSKYのネコとして生きる、とアリアケ議員に宣言した。

 父親である議員もそれを受け入れ、二人は距離を置いてそれぞれの時間を過ごしている。といっても、今の話を聞く限り、すっぱり縁が切れたわけではないらしい。

 

 交流していながら素直になろうとしない様子に肩をすくめると、「とにかく!」とネコは無理やり話を切り上げた。

 

 

「今回はありがと! これ、お礼だから持ってってよ」

「では、また会おう」

「はーい。それじゃ、今日はここでおいとましますね」

 

 

 見送ってくれると言うので、お言葉に甘えておしゃべりしながら渋谷入口へ向かう。

 互いの生活圏の整備で忙しく、顔を合わせられる機会は少ない。次に会えるのがいつになるかわからないということもあって、足取りは自然と小さく、遅くなった。

 渋谷の入口が見えてきたところで医務区からの伝言を思い出す。ナースのナミとユキの名前を出すと、昨年しつこく世話をされたネコは呆れた笑い声を漏らした。

 

 

「みんなSKYの子たちは無理してないかなって気にしてるよ。『今回は薬を送ってあげるけど、次からは議事堂の医務区へ来ること!』だって」

「はいはい、魚減らしてくれるならいいよって伝えておいて」

「もー。けっこう本気で心配してるんだからね?」

「わかってるってー」

 

『……あの、ネコ。マキの体なんですが……』

 

 

 控えめな声量でミイナが会話に混ざってくる。なぜだかわからないがいつもより覇気がない。道に迷っているような、授業中に教師にわからないところを質問するようなためらいを感じる声だ。

 

 

「え、ミイナ、どうしたの? もしかして何かあった?」

『いえ、ミナトの目にもムラクモ本部の機器にも異常はないです、傷病の類はない、という分析結果は間違ってはいないと思うんですけど……』

「じゃあ、大きな問題があるわけじゃないんでしょ?」

『そう、ですね。はい』

 

 

 歯切れの悪い返事にネコと揃って首を傾げる。

 通信機の向こうでうんうん唸るミイナに、心配しないでとネコが握り拳を作った。

 

 

「だーいじょうぶ。マキはアタシたちの家族だもん。ちゃんと見ておくよ」

『わかりました。何かあればすぐに議事堂へ来てください』

「じゃあね。みんなも体調に気を付けて」

「あんたも、働きすぎて倒れないようにねー」

 

 

 またしばしの別れだと思うと名残り惜しい。けれどまだやることがある。仕事も立場も忘れてみんなで遊ぶのは、復興がひと段落してからだ。

 ネコが豆粒くらいの大きさになるまで手を振り、ミナトは踵を返した。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 カッ、と容赦のない太陽光線が車窓を貫通して肌に突き刺さる。

 

 

「そうそう試験に適した場所がないのはわかるけど……なんでよりによって国分寺なのよ」

 

 

 ざりざりとタイヤが砂を踏み固める音、熱気のこもった車内、滲んでくる汗。不快指数は勢いよく上昇中だ。耐えきれずに愚痴をこぼす。

 現在地は国分寺の砂漠手前。異界化によって草も生えない砂地になった熱帯にて、2021年度のムラクモ試験が実施される。

 ヒムロからの依頼はその試験での監督補助だ。候補生たちとは現地で集合することになっている。

 

 

「この俺が新人教育とはな。ナガレの方がよほど向いてたんだが……」

 

 

 とこぼしてヒムロは頭をかくが、そこに昨年見せたヒステリックさはなかった。

 

 ナガレが倒れ、ガトウが死に、アオイまでいなくなり、2020年に事実上解散となっている機動10班。かつて竜災害の最前線に立ち、13班を導いてくれた班は、今は名前が残っているだけだ。

 先達三人への敬意は深く刻まれているが、機動班所属の人員はこの班へ編入されることに対して及び腰になる。……誰も表立って口にはしないが、メンバー全員が殉職してしまったことに嫌なものを感じているのだろう。

 なので、ガトウの死に絶望していたヒムロがこの班の所属になるのは予想できていなかった。ニアラを倒した後、彼はドラゴンがいないならとムラクモに戻り、なんだかんだ言いつつ訓練生の教官まで務めている。人生、何が起きるかわからないものだ。

 

 

「わざわざ悪いな。自衛隊からも聞いている通りだ。ここ最近、マモノの活動が活発化している。俺たち機動10班に急ぎ人員を増強することになったんだ」

「戦闘分野は万年人員不足だしいいんじゃない。10班は嫌だ、なんてバカなこと言う奴らじゃなくてよかったわね」

「ああ。訓練生はまだまだひよっこだが、一応、作業員や一般人の中から戦闘技術の高い者だけを選抜している。渡した資料に目を通しておいてくれ」

「ん」

 

 

 渡されたリストに載っているのは三名。いずれも一般人の中に紛れるには目立つ程度の異能力を持っているらしい。

 デストロイヤー(運動能力)ハッカー(情報技能)トリックスター(敏捷性)。バランスも問題なさそうだ。試験で実力を認められればそのまま機動班として働き始めることになるだろう。

 

「次はいよいよ最後の実践試験なんだが」と言ってため息を吐き、ヒムロは呆れたように頭を振った。

 

 

「訓練生たちがどうしても、13班の戦いぶりを一度この目で見てみたいって言うもんでな。……今回はシバがいないようだが、大丈夫か?」

「何その言い方。マモノ相手なら苦戦しないわよ。舐めないでくれる」

「そんなこと言ったって、おまえ、相当パートナーに入れ込んでるだろ。去年のあれを見ればわかる」

 

 

 口笛を吹いてとぼけてみせる。

 忘れたとは言わせないぞというように、ヒムロは東京タワー攻略作戦の話を掘り返してきた。人竜ミヅチに叩き落され、展望台から一気に下層まで戻ってしまった時のことだ。

 

 

「人を足代わりに呼んで、『ミナトが死ぬかどうかの瀬戸際だ、断ったらミヅチの前におまえを殺す』なんて脅してきただろ。ドラゴンより恐ろしい人間がいるなんて初めて知ったぞ」

「結果、私もあんたも今こうして生きてるでしょうが。不満でもあるの?」

「不満じゃない。これでシバに何かあったら、おまえが……、……。……去年の俺みたいになる可能性がある。それを心配してるだけだ」

 

 

 過去の自分を振り返って思うところがあるのか、ヒムロは渋面を作って黙ってしまう。

 移動中の車内はせまくて手足を伸ばせないので手持無沙汰だ。退屈を紛らわそうと、改めて候補生のリストを読み込む。

 最後の一人まで読み終えて、なんとはなしに用紙の端をいじると、ぺりっと音がした。

 

 

「……ん?」

「どうした」

「……候補生って四人いるの?」

 

 

 リストは薄い紙が二枚、ぴったり重なっていた。慎重にはがしてめくってみると、二枚目の上部にぽつんと一人分の情報が載っている。

 バストアップの写真を指さすと、ああとヒムロはうなずいた。

 

 

「ついこの間見つかった異能力者だ。都庁時代からいたらしいんだが……先日に名乗りをあげてきて、急遽参加してもらうことになった。訓練は見ていないから、実力は未知数。合格したとしても配属先がまだ検討されてない……もしかしたら13班に入る可能性もあるかもな」

「まさか。ていうか、未知数の奴を試験に放り込んでいいの?」

「それもあって依頼を出した。万が一の時のサポートと、新人たちに一発、おまえの力を見せつけてもらおうってわけだ。……かっこいいところ、見せてやってくれ」

 

 

 笑ってこっちを向く姿に、かつての10班メンバーが重なる。

 池袋で見せた気弱さはどこへやら、すっかり頼もしくなってしまった。ミナトもそうだが、臆病な人間が腹を括った際の変わりようは目を見張るものがある。

 

 窓の外を見れば、一面の砂丘と帝竜によって作られた施設が視界に入った。ここからは歩きになりそうだ。

 先に到着していたらしい車の傍に駐車し、乾燥した空気の中を歩く。

 砂に埋もれて錆びついた歩道橋の一部を越えて進んでいくと、ムラクモ支給の作業着をまとった男女三人と、ほぼ飛び入り参加となったもう一人がいた。人数を数えたヒムロが声をかける。

 

 

「よし、全員いるな。これから──」

「うおぉおおおッ! 見ろッ! 伝説の13班のお出ましだぁあッ!」

「自分は13班に憧れて、機動班を志したであります! 本日はよろしくお願いいたします!」

「フン……13班なんて、ただ運が良かっただけじゃない。私があのときムラクモだったら、もっと上手くやれたわよ……」

「お喋りはそこまでだ!」

 

 

 思い思いを口にする面々に教官が喝を飛ばす。うん、例年の試験の如く個性的な奴らが集まっているのはわかった。

 

 

「今回の試験は実戦形式……命を落とす可能性もあるということを忘れるな! よし、ではこれより13班のシキに模擬戦闘を行ってもらう。おまえら、よーく見ておけよ? シキ、準備はいいな」

 

「あの、13班は二人編成でしたよね? もう一人の方はどちらに……?」

「相方は別の仕事。こっちは忙しいの。新人のお守りに必要以上の時間は割けない──」

 

『シキちゃーん! こっちの用事は終わったよ、ダイゴさんたちがよろしくだって! そっちはどう?』

 

 

 少しだけ挑発してやろうと思ったところでミナトから通信が入った。大きな声は耳からはみ出て国分寺の風に乗り、候補生たちがおおっと湧き上がる。

 出力をスピーカーに切り替え、ミナトは音声のみであいさつした。明るい声で敬語を使う様子は小学一年生の自己紹介みたいで、この場で最も緊張感がない。試験前の緊張した空気が一気に社会科見学のそれに変わる。

 

 

『そっかー、サイキックはいないんですね。異能力者の中でも数が少ないって言われてるもんなー』

「あのねぇ、今から体張った試験が始まるのに空気緩めてどうすんの」

『え、緩めたつもりはなかったんだけど……』

「こうして駄弁ってる時点で緩んでんのよ。ちょっとは自覚を──そこ、しゃがめ!!」

 

 

 えっ、とミナトと候補生たちの声が重なる。

 候補生たちの背面、盛り上がった砂丘から四足歩行の影が飛ぶ。ほぼタックルの形でヒムロが候補生を押し倒し、直後にその上を影が通り過ぎた。

 

 砂を蹴散らして着地したのは、巨大な二本の牙を持つデスジャッカルだった。嫌な名前の通りの肉食獣で、マモノの中では凶暴な部類だ。

 

 

「ミロク、他のマモノは?」

『大丈夫、この一体だけだ。ヒムロと候補生は距離を取れ! 13班、戦闘開始!』

 

 

 マモノがエンジンをかけるように前脚で砂地を踏み鳴らす。

 昨日と同じく一刀両断といきたいが、相手は脇差ほどの長さがある牙を持っている。ただ剣を振るだけではそこに当たって防がれるだろう。

 

 

「……(こっち)の方が早いか。ミロク、脚は使わないから!」

『え? あ、おい!』

 

 

 剣を納めて腰を落とし、これ見よがしに人差し指を曲げてみせる。

 デスジャッカルはわかりやすく吠えて、一直線に飛びかかってきた。

 幸い今日は風が弱く、砂嵐もない。視界は良好で相手の動きも捉えやすい。

 伸ばされた前足をつかみ、腕を回して獣を宙でひっくり返す。

 

 

「──っふ!!」

 

 

 丸見えになった胴に思い切り肘打ちを入れ、下敷きにして砂地に叩きつけた。一切緩めず肘を食い込ませればバキッと骨の砕ける感触が伝わる。

 圧迫された骨肉は形を変えて容れ物を破裂させる。折れた骨が紫の皮膚を突き破り、デスジャッカルは抵抗する間もなく息絶えた。

 

 

『生体反応消失。戦闘終了。……もう、びっくりさせるなよ』

「剣は使うけど格闘を捨てるなんて言ってないでしょ。キリノたちにも許可は取ってる。私はやりやすいように戦っていくから」

『あああ、そっちに行けないのがもどかしい……! シキちゃん怪我してないよね?』

「余裕よ、舐めんな」

 

「……おまえ、今あの人が何したかわかった?」

「え、いえ、まったく……」

「わ、私はわかったわよ。あのくらい、当然よ……」

 

 

 昨年のムラクモ試験の開始時と同じく、秒で終わったデモンストレーションと肉塊と化したマモノに候補生たちは呆けるだけだった。生理現象か冷汗かわからない滴が彼らの頬を伝う。

 次はおまえらの番だとヒムロが手を叩いて空気を切り替えた。

 

 

「ターゲットはデスジャッカル! ターゲットを撃破した後、ここまで戻ってくる。これが採用の条件だ! 無理だと思えば素直に戻ってこい! それでは一同、散開!」

 

 

 それぞれの背を見送り、さてとヒムロが振り返る。視線が心配性の大人たちと同じように脚に向かっていたので、膝を叩いて問題ない旨を示した。

 

 

「いきなり武器を仕舞うから驚いたぞ……悪いがもう一仕事、手伝ってくれるか? あいつらプライドだけは一人前だから、無理して突っ込んで、へばってるだろう。マモノに食われちまう前に、へばった新人たちを回収して回りたい」

「了解。手分けでいいの? 四人いるから二人ずつ?」

「ああ。危なっかしいと思う奴から見に行ってくれ。何かあったら呼べよ。そこまで離れてなければ瞬間移動(テレポート)ですぐに行ける」

 

 

 会話もそこそこに散らばり、候補生たちの様子を見に行く。

 去年は自分とミナト以外の候補者もスムーズにマモノを倒していたが、今回、息巻いて試験に挑んだ者たちの実力は……、

 

 

「ちょ、ちょっとお待ちなさい! この白旗が見えませんか? か、完全降伏しているというのに……! 攻撃をやめないとは……卑怯です! も、もう……ぜぇっ……自分は……」

 

「うぉあああああッ! クソッ……出でよ、究極奥義ッ! スカイハイイリュージョンッ!! って、出ねえ……出ねえよ! だってそんな技……持ってないんだもんよおおッ!」

「馬鹿野郎! 無茶して突っ込むなって言っただろ!」

 

 

 ……そこかしこから流れてくる発言とヒムロの怒声を聞く限り、現時点ではいまひとつと言ったところか。

 途中、斜に構えていたトリックスターの女も見えたが、ターゲットを討伐後、相打ちという体でダウン。漁夫の利で襲いかかろうとしていたマモノを蹴散らし、ヒムロに預けた。

 

 残るはあと一人。他三人と比べて始終黙っていたのであまり印象に残っていないが。

 

 

「確かこっちに……あ、」

 

 

 いた、という呟きは乾いた風にさらわれる。

 風上から流れた声を聞き取ったのか、風下にいる四人目の受験者はわずかに顔を動かしてこちらを見上げた。

 派手な服装だ。他三人の機能性重視のつなぎとは違う。表が青、裏が紅色のネオンカラーのコートに、手首に輝くメタルアクセサリー。ムラクモよりはSKYになじみそうな出で立ち。

 そして自分の黒髪とは正反対の、色素のない白い髪。

 男にしては線が細い方で、なんだか不健康そうな印象を受ける。ターゲットのデスジャッカルを前に構えもとらずに棒立ちしているし……見る限りでは、戦闘に向いているとは思えない。

 

 こいつやる気あるのかと疑った瞬間、突風が吹く。彼の四又に分かれたコートの裾がバタバタはためくのと同時に、デスジャッカルが砂地を蹴った。

 

 

「あ」

 

 

 今までの受験者が苦戦していたこともあって反射的に飛び出す。

 しかし砂丘を下りきる前に、突然デスジャッカルが宙で動きを止めた。牙は剥いたままなのに目は虚ろで、崩れるように砂漠に着地する。

 何が起きたか把握する前に、受験者がすっと手を上げた。指先には青い光が宿り、またマモノの周囲にもわずかにその粒子が浮かんでいる。

 彼が指を横に滑らせると、デスジャッカルはその向きに進む。逆に向ければまた従う。体を無理やりというより、命令を発する精神を弄っているのだろう。

 人形のように対象を操る異能力。これは、

 

 

(ハッカーか)

 

 

 電子のブルーライトを媒介に、対象に干渉する特殊な職業。知識はある程度あるが出会ったことはほぼない。間近で戦闘を見るのは初めてだ。

 彼はハッキングしたマモノをしばらく遊ばせ、おもむろに取り出した円月輪(チャクラム)を投げる。武器は陽光に煌めきながら、毛皮に潜って獣の喉を裂いた。

 暑さの中に血の臭いが加わって顔をしかめる。危機感なくマモノをしとめてみせた受験者も顔の前の空気を手で払い、気怠げな足取りでこっちに歩いてきた。砂にまみれた白髪をフードに仕舞い、舞い戻ってきた武器をキャッチする。

 

 

「これでいいんだろ」

「戻るまでが試験」

 

 

 初めて交わす言葉はなんとも味気ない。そもそも教官の真似事なんてしたことがないから、こういうときに何を言えばいいかも知らない。労いの言葉でも贈ればいいのだろうか。いや、特に必要ないか。

 デスジャッカルが絶命していることを確認してさっさと戻る。国分寺の入り口で他の三人を介抱していたヒムロがこちらに気付き、ほうと顎に手を当てた。

 

 

「そっちはどうだった。見たところ怪我はしてないみたいだが」

「問題なし。ターゲットの討伐は確認できた」

『特に苦戦してなかったぞ。ちゃんと倒して戻ってこれたし、基準は満たしてるんじゃないか?』

 

 

 ミロクと一緒に結果と詳細を伝える。通信機の向こうでミナトが小さく拍手をした。

 

 

『無傷で倒せたんだね、すごい!』

「あんただって楽勝でしょ?」

『いや、私が試験受けたときと比べたら全然違う』

「ああ……」

 

 

 去年のムラクモ試験を思い出す。シキが半ば強引にパートナーにしたミナトは確かにへっぽこだった。戦闘経験がなければ根性も体力も技術もなく、自分の火で自分の服を焦がして半べそになっていた姿が懐かしい。

 合格者が出たのは喜ばしいが、自分が面倒を見ていた三人が結果を出せなかったのが少し悔しいのか、ヒムロは額に手を当てて息を吐いた。

 

 

「四人中三人脱落、か……見ての通り、散々な結果だ。まだまだシゴキが足りなかったみたいだな」

「ラビならともかく、デスジャッカルはハードル高かったかもね。しかたないんじゃない」

「機動隊の人員を増やして少しは13班を楽にと思ってたんだが、まだまだ隠居には早そうだ。しばらくは不動のエースで、間違いないな。協力感謝する。それじゃあ議事堂に戻るぞ! 各員、車に乗れ!」

 

「てわけで、今から帰るから」

『うん、お疲れ様ー!』

『おつかれ! 人助けもいいけど、今日は、そろそろ体を休めた方がいいぞ』

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 議事堂へ帰還後、シズカに呼び出されてムラクモ本部に向かう。

 先に戻っていたミナトと話していた相手が顔を向ける。ツンツンととがったまなじりが特徴的な幼女。けれどその尖った唇から紡がれるのは大人顔負けの語彙だ。初対面の人間は必ず目を丸くするだろう。

 

 

「久しぶりだな、シキ。実戦復帰したと聞いたが、どうだ、調子は?」

 

 

 そう、久しぶり。この幼女とは昨年から面識がある。依頼を通して研究室で顔を合わせたのだが、印象が強すぎて忘れたくても忘れられない。

 その時理不尽に怒鳴られたことを思い出し、約半年越しの意趣返しとして口角を片方だけ上げてみせた。

 

 

「見たことないお子様がいるわね、どちら様?」

 

 

 幼女の隣に控えるシズカがぎょっと目を見開き、ミナトが苦笑いでこっちを見る。

 まなじりをわずかに痙攣させ、幼女──エメルは錆びついた笑いを浮かべた。

 

 

「…………。おもしろい冗談を言うようになったな。それとも、久しぶりすぎてこのエメルの顔を見忘れたのか?」

「冗談よ。久しぶり、エメル。調子は悪くはない」

「悪くはない、も結構だが、常に絶好調とあってほしいものだ。人員を補強したとはいえ、対ドラゴン戦において戦力になるのは、実質13班だけなのだからな」

 

 

「いつもこんな感じです」とミナトがシズカに耳打ちしている。棘で互いをつつくようなコミュニケーションを見慣れていないのか、シズカは半信半疑といった様子だ。

 エメルがキリノと同じく組織でも高い地位についているからか、彼女は恐る恐る声をかけた。

 

 

「実は私、エメルさんにお会いするの初めてなんです。ムラクモ機関最高顧問……ですよね? 前アメリカ国防長官で、先の竜災害の時に来日したと伺いました」

「ここ数か月は東京を離れていたからな。知らない顔もずいぶん増えた。……それにしても最高顧問とは大層な肩書きがついたものだ」

「で、ですが……アメリカが七匹の帝竜の殲滅に成功したのは、エメルさんの功績だって……」

「勘違いするなよ? 私は戦闘員ではないからな。ただ、アメリカ軍に知識と策を与えただけだ。それはムラクモでも同じこと。……13班。私が長期間、議事堂を留守にしていた理由を伝えていなかったな」

 

「そういえば、何かやってるとは思ってたけど」

「特に詳細も告げずに出ていっちゃったもんね。何も知らない」

 

 

 ミナトと顔を見合わせて頷く。エメルは年始の拠点移動後もしばらくムラクモと共に活動していたが、春が来る前に用事があると言って姿を消した。

 非現実的ではあるが、彼女はドラゴンに滅ぼされてしまったどこかの星から流れてきた「ヒュプノス」という存在らしい。昨年、SKYと行動を共にしていた不思議な青い髪の女性、アイテルもヒュプノスで、二人は姉妹だそうだ。

 その経緯ゆえ誰よりドラゴンに詳しく、誰よりドラゴンに憎悪を燃やすエメルは、当然のようにムラクモ機関にも手を貸すようになった。今回の数か月の外出も、ドラゴン関係の仕事だとか。

 

 

「……おまえたちが『真竜ニアラ』を倒してのち、ドラゴンはこの地球上から姿を消した。だが、真竜はあと六体存在する」

「そういやそんなこと言ってたわね」

 

 

 去年散々殴りつけてやった金色の竜、ニアラ。あいつが自身を表す言葉として使っていた「真竜」というのは、ドラゴンたちを統べる親玉という意味らしい。

 てっきり竜災害を乗り越えて後は復興だけと思っていたのに、そんな竜が残り六体……すなわち未来で竜災害が六度発生するのだとエメルは言う。驚きと怒りで手入れ中だった剣を床に突き刺してしまった。

 真竜がお行儀よく順番に来るとも限らない。二体以上が同時に攻めてくることだって考えられる。

 何事も、壊すのは一瞬だが築き上げるにはかなりの時間が必要だ。復興にだってまだまだ足踏みしている状態なのに、また来られては地球がもたない。

 

 ミナトが若干顔を青くしてエメルを見る。自分と同じく対ドラゴンの最前線に立っていたのだ、竜の再来なんて言葉を聞いていつものようににこにこ笑うことはできないだろう。

 

 

「……本当に、あと六体も? あんな事件があと六回も起きるの?」

「ああ。ニアラを退けたとなれば、なおさら目をつけられるだろう。奴らがいつ、またこの星に狙いをつけ飛来するかわからん。私はその時に備えて、各国に残る殺竜機関と連携して次へ向けた研究、開発を進めている。いずれ、おまえたちにも協力を仰ぐことになるだろう。心構えをしておいてくれ。……よし、話は以上だ。スカイタワーはキリノに任せておいて問題ないだろう。ご苦労だったな」

「そ、それでは、13班はお部屋に戻ってお休みください──」

 

「ちょーっと待っタ」

 

 

 エメルが切り上げ、シズカが頭を下げる前に待ったがかけられる。

 この独特なイントネーションからしておのずと相手は限られる。嫌な予感がして回れ右をしようとしたが、それよりも早く肩をつかまれた。

 歓迎していない様子もお構いなしに出てきたのは研究員のマサキだ。他と同じように久しぶりと声をかけてくる彼は、今も異能力者のスキル研究・開発を担当している。

 昨日の任務も今日のムラクモ試験の詳細も、ナビ達と一緒に見ていたヨとマサキは目を輝かせた。

 

 

「13班、おやすみなさいの前に戦闘についての話をしよウ! シキもミナトくんも、現時点で問題はないようだが……生きるための人間の機能というか、キミたちの体は肉体の再生、機能の回復にほぼ全てのエネルギーを回していたようだからネ、昨日今日と戦ってみて、あまり力が出なかっただろウ?」

「……まあ」

「そうですね。去年みたいな本気はまだ出せないです」

「うんうん、真竜すら返り討ちにして見せたキミたちの能力は今も眠ったままダ。それを呼び覚ますことができるように私から餞別だヨ!」

 

 

 白衣をひるがえしたマサキは何やら怪しい動きをして自身の体をまさぐっている。

 知らんふりして帰りたかったが、こちらの体を気遣ってのことだ、突っぱねるのはよろしくないだろうと思って待ってみる。

 どこにやったかな、なんていい加減なことを言いながら彼がとりだしたのは、やはりというかハズレであってほしかった注射器だった。

 

 

「ムラクモ特製注射-Ⅱダ! 研究班が改良を重ねた特別栄養剤、体に害がないことは証明済み。さあ、早い者勝ちだゾ~」

「いや、いい」

「失礼しますおやすみなさーい」

「なんで逃げるんだい!? こんなに素晴らしい即効栄養剤、ムラクモ以外じゃ発明できないヨ!」

「いいって言ってんでしょ! こっち来んな!」

「だからなんでそんなに針が太いんですか!? どうしても打たなきゃいけないなら医務室勤務の方に打っていただきたいです!」

 

 

 パートナーと肩を並べてムラクモ本部から飛び出す。

 異能力者の脚力で引き離せると思ったが、マサキは通信機を使って指示を出し、行く先々で他の研究員が「大丈夫だよ! 痛くないから!」と繰り返して追いかけてくる。

 ついには弱みでも握られているのかヒムロまでもが駆り出され、瞬間移動には勝てずに捕まってしまった。

 

 南無、と両手を合わせるミロクとミイナ。ご愁傷様、と目を逸らす自衛隊。打たれたことがあるのか見なかった振りをして遠ざかっていく他のムラクモたち。

 電灯を反射して光るのは、ある意味真竜よりも驚異的な、極太の銀の針。

 

 シリンダーに映る自分たちのひきつった顔が、息を荒くするマサキが迫る。

 

 

「痛くない、痛くないからネ……!」

「やめろバカ、放せ!」

「嫌だ、嫌だぁぁぁ注射は嫌ぁぁぁ」

 

 

 ブスリ。

 

 

 ッギャーーーーー!!?

 

 

 嗚呼無常。神は死んだ。こんな痛みが世に存在していいのか。いやよくない。

 リハビリ中にも何度か注射は打たれたが、ムラクモの人間にされるそれはわざとかと疑うほど痛い。

 悶絶する自分たちとは対照的に、マサキはやりきったと汗をぬぐっていた。

 

 

「ざっとこんなところサ! 技をもっと極めて去年の輝きを早く取り戻すんダ。期待しているヨ!」

「このヘタクソ! 栄養剤だけじゃなくて注射器と注射の腕も改良しろ!」

「死ぬ……いだい、死ぬ……」

 

 

 栄養剤を打ったはずなのに疲労が押し寄せてきた。さわやかに笑って去っていくマサキにヤジを飛ばし、クエストオフィスに依頼完了の報告をして自室に飛び込む。

 

 

「くそ、大して運動してないのに疲れた」

「そんなことないよ、マモノとの戦闘があったでしょ?」

 

 

 寝支度がなあなあにならないうちにシャワーを浴びてベッドに倒れる。ミナトが髪をとかしながら渋谷の様子を話して、そっちはどうだったと尋ねてきた。

 

 

「今日のムラクモ試験の合格者ってどんな人だったの? 私音声通話だけだったから顔は確認できなくて」

「どんなって……。男」

「男……もうちょっと何か」

「青い服着た男。ハッカーだった」

 

 

 ハッカーかぁ、と間延びした声を出しながら、ミナトはドライヤーのスイッチを入れる。熱風に押されるように首を傾げるあたり、彼女もあまり詳しくないのだろう。

 

 ハッカー。情報技能S級。重度のメカマニアから選出されるサポーター。

 その力はサイキックに似た特異性を持つが、操るのは属性ではない。ハッカーという名の通り、彼らは対象に干渉する能力を持つ。

 機械の操作だけなら一般人と変わらないが、彼らを異能力者たらしめるのは、生物や空間にも及ぶ干渉力だ。実際、今日の試験でフードのハッカーは敵へのクラッキングを成功させていた。

 敵をジャックし、味方の能力を底上げする技。サイキックがマナそのものを操る魔術師なら、ハッカーはマナを介して特定の対象を操る電子の術師。物理以外の手段で戦況を整える、トリッキーなポジションだ。

 

 しかし、あの男、何だろう。

 頭の隅で何かが引っかかる。去年、SKYとの接触で自分の過去を思い出していった時のような、時をさかのぼるような違和感。

 

 

「何だ、どこかで……」

「……? もしかして知り合いだったりする?」

「知り合いじゃない。でもまったくの初対面でもない、気がする」

「んー、まあ、合格したならどこかの任務で一緒になるかもだし、その時にあいさつすればいいんじゃない?」

「ん」

 

 

 それもそうか。すぐに思い出せないことに貴重な睡眠時間を割くのはもったいない。今日は早めに寝てしまおう。

 電気を消してふとんをかぶり、天井をぼんやりと見つめる。

 昨日今日と久々の戦闘で気が昂ったからか、マモノを屠った感触がまざまざと体に残っている。

 相手の肉体を破壊したときの、臓器がひしゃげて破裂する衝撃、骨の折れる音。眠ろうと目を閉じても何度もフラッシュバックして収まってくれない。

 

 痙攣する腕を握って力を込める。鈍い痛みと熱を与えれば、嫌な感覚は時間をかけて引っ込んでいった。

 

 

「……」

 

 

 寝返りを打ち、枕もとに立てかけてある武器を手に取った。

 音を立てないように鞘をずらし、灯火のような黄金色に自身の瞳を映す。

 ひたりと剣身に触れれば手の熱が瞬く間に吸われ、不自然に強くなっていた鼓動も鎮まる。剣を戻して、極力動きを抑えてもう一度ふとんをかぶった。今度はちゃんと眠れそうだ。

 

 

(ったく、毎日何なんだか……)

 

 

 ここのところ……いや、今年に入ってからだろうか。かなり前から嫌な夢を見る。

 誰かが死ぬ。目の前で命が貪られていく。それが何度も繰り返される、吐き気を催す悪夢。

 最後には決まって、視界が真っ赤に染まったところで目が開く。鳥肌が立って、体温が上がって、五感が異常に過敏になる感覚が続く。

 気持ち悪くてたまらない。体の中に自分の知らない誰かが入っているみたいで嫌だ。

 

 夢も見ないくらい深く眠ってしまおう。睡眠をしっかり取れば、この違和感も消えるはずだ。

 枕に後頭部を押し付け目を閉じる。

 

 しつこくこびりつく疼きを無視して、シキは眠りに落ちた。

 





ちなみに前作終盤に出てきたハッカーはこのフード君です。
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