2021年は平和……うおおドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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お久しぶりです鼻かぜがひどいですが生きてます。
INTERMISSION1 の幕裏になります。前話でなんでハジメたちが都庁にいたのかのお話です。



幕裏6. 出張! 東京都庁の修羅場!

 

 

 

『ハァイ! モーニングチェロンの時間だよ! トーキョーのみんなはもうウェイカップ? ドラゴンたちがカムアゲィンしちゃったけど、ドンウォーリィ! ここ議事堂にはヴェリヴェリ頼れるかっこいいヒーローがいるもんね!』

 

 

 朝の8時、スピーカーから飛び出す声でまぶたが持ち上がる。

 

 

『今これをリスンしてるキミも、きっとエニワンのヒーローになれるはず! 復興ヴォランティアはエヴリタイム募集中だよ! お問い合わせは世界救済会まで。カモンジョイナス!』

 

「ハジメ、そろそろ起きたらー? ニナたちもう朝ごはん済ませてるわよ」

 

「んー……」

 

 

 母の呼びかけに続いていろんな音が聞こえてくる。あくびに布団をたたむ音、誰かが着替えているのか衣ずれや、活発な子どもの笑い声。周りにあふれる十人十色の生活音。

 

 

「……平和だなぁ」

 

 

 平和じゃないけど、いやどっちだ、と自身にツッコみつつ起き上がる。

 竜災害下の、比較的平穏な議事堂の朝。ぐっすり眠れたことに感謝しつつ、ハジメは大きく伸びをした。

 

 DJチェロンのラジオを目覚まし代わりにしているのは自分だけじゃないようで、寝ぼけながら洗面台へ向かうとオクタとかちあう。寝ぐせが目立つ互いの髪をつかんで争い、なんとか歯磨きの順番を勝ち取った。

 帝竜が討伐されたこともあり、ここ数日の議事堂は雰囲気が明るい。配給される食料もいつもより豪華な気がする。一度目の竜災害が起きる前に比べればどうしたってさもしいが、三食食べられるだけありがたい。

 

 議事堂内で栽培されたというトマトをハムでくるんで口に放り込む。うん、うまい。

 一方、眠気に対抗してか冷水をがぶ飲みするオクタは、喉仏を上下させるたびに周囲を見回していた。気になることでもあるのだろうか。

 

 

「朝から何きょろきょろしてんの?」

「いやぁ……ユウコいないなと思って」

「ユウコちゃん?」

 

 

 鴨川(カモガワ) 有子(アリス)、もとい有子(ユウコ)。オクタの幼馴染である女の子だ。

 初めて会って挨拶を交わした日からたびたび顔を合わせることはあったが、最近は姿が見えない。ばりばりの緊張しいのユウコは付き合いの長いオクタとは気兼ねなく話すようだし、彼や彼女の家族と過ごしているものかと思っていたのだが、どうやらオクタもあまり顔を合わせていないみたいだ。

 ケンカでしもたのかと茶々を入れてみるも、首を振ってうんにゃとだけ返される。いつもならボケのひとつかますところなのに、なんだか覇気がない。というかさっきの洗面台争奪戦もだが、オクタに最近元気がない気がする。今の会話からしてユウコのことが心配なのかもしれない。

 

 

「あいつ、最近元気なかったんだよなー。近所の帝竜も倒されたってのにずーっと暗いままでさ」

「んー、まあ、まだ全部解決したわけじゃないっぽいし、他にも気になることがあったとかじゃね。帝竜って確か全部で七体いるんだろ?」

 

 

 丸ノ内の帝竜が討伐されたと報せが舞い込んだ時の議事堂はお祭り騒ぎだった。ムラクモ居住区にいるというバーテンダーが出張してきて酒宴が始まったくらいである。とはいえ帰還した13班は傷だらけで医務区は大わらわだったらしいし、用心深かったりネガティブな者は浮かれている者を冷ややかに見つめていたが。

 オクタが言うにはユウコは後者で、盛り上がる人たちとは反比例するように思い詰めたような顔をしていたそうな。

 

 

「おれも最初は残りの帝竜のことで気が抜けねーのかなって思ったんだけど、なんか違うっぽいんだよな。声かけてみても細かいことは教えてくんねぇし、ずっとスマホ握りしめて……、──、」

「……なんだよ? おい、どうした?」

 

「あ、リョウちゃん?」

 

 

 目を見開いて固まっていたオクタが飛ぶように振り向く。

 機敏すぎる動きにびくりと肩をすくめたのは鴨川家の夫人、つまりユウコの母親だった。ユウコがオクタのことを「リョウちゃん」と呼ぶのは知っているが、彼女の母も同じように呼んでいるらしい。

 おはようございますと挨拶を交わした後、ユウコの母は娘を見ていないか、と尋ねてきた。

 

 

「朝起きた後、朝食ついでに散歩して、議事堂を見て回ってくるって言ってたのよ。いつもより早い時間だったから、リョウちゃんたちと一緒に食べる約束でもしてたのかなって思ってたんだけど……違うみたいね」

「……そっすね。もしかしたら、どこかですれ違ったのかもしれないっす。あ、おれらもうすぐ食べ終わるんですけど、おばさんたちのところに寄ってもいいっすか? あいつに貸してたものがあったんだけど必要になって」

 

 

 鴨川夫人は快く頷いて朝食の配給を受け取りに行く。

 彼女を見送ってからこちらに向き直ったオクタは、朝の鈍さを感じさせない勢いで朝食の残りをかきこみ始めた。

 

 

「うおっ、がっつくなよ、喉に詰まらせるぞ」

おめふ(ごめん)っ、ひょっほはひはめはいほほがあっへ(ちょっと確かめたいことがあって)!」

「確かめたいこと?」

「ぶはっ、ごっつぁんでした!」

「おい、待てって! あ、ごちそうさまでした!」

 

 

 空になったプレートを回収用の台車に置いてオクタを追う。食べ物を納めたばかりの胃がぐらぐら揺れて気持ち悪いが、いつになく真剣な顔をしている友人に自分の足も床を蹴る力が強くなる。

 オクタが向かったのは鴨川家の生活スペースで、彼はスリッパを脱いで飛び込むように奥へ進んだ。

 そういえばさきほど夫人との会話で貸した物が必要になったと言ったが、それを探しているのだろうか。にしたって探し物の手つきがなりふり構わずで穏やかじゃない。

 

 

「おい、そんな風にしていいのかよ、ユウコちゃんが戻ってくるの待った方がよくない?」

「いや、たぶん戻ってこない……っ」

「どういうこと?」

「あいつ……まさか、……やっぱり!」

 

 

 人目につかないような隅、まとめられた荷物の奥の奥からオクタが引っ張り出したのは二つのハードケースだ。旅行用のスーツケースではない、工具のような専門的な道具を入れるような、平たく横に伸びたタイプの物。

 太い両腕でそれを持ち上げ、オクタは重さを確かめるように体を上下させる。

 

 

「ロックされたままだ…………けど、やっぱ軽い。中身入ってない……かもしれない!」

「待てよ、話が見えてこないんだけど」

「……ユウコが銃撃てるって話はしたよな?」

「え? ああ、射撃で活躍してたんだっけ」

 

 

 ユウコと初めて顔を合わせた日だ。悲鳴を上げて逃げる彼女を追いかけるついでに親御さんと挨拶を交わし、あの子恥ずかしがり屋なのよと本人に代わって紹介を受けた。

 彼女とオクタの地元は自然豊かで、猟師が出入りする山が近くにあるらしい。祖父も猟師だった影響か、ユウコは小さい頃から射撃を始めて大会にも出場していたのだとか。

「年齢制限あるから実銃じゃなくて空気銃なんだけど、」とオクタが続ける。

 

 

「実銃とそんなに重さ変わらないらしくてずっしりしてんだよ。ケースに入れるとけっこう重くて、練習見学させてもらう時に持ち運び手伝ったことある」

「ただ、今持ってみる分には軽いと。……ユウコちゃんが持ち出したってことか? でもなんで?」

「あいつ、ムラクモが都庁を拠点にしてた時に家族一同で保護されて、そこでよくしてくれた人が議事堂には移動しないで都庁に残ったらしいんだよ。前までは携帯で連絡取れてたみたいだけど、今は電波全然飛ばねぇじゃん」

「──あ、」

 

 

 今まで聞いた話から要点を抜き出す。

 

 最近、ユウコには元気がなかった。

 彼女と仲の良い人物が都庁にいる。

 その人とは竜災害が起きてから連絡が取れていない。

 そして銃が持ち出されていて、

 

 

『朝起きた後、朝食ついでに散歩して、議事堂を見て回ってくるって言ってたのよ。いつもより早い時間だったから、リョウちゃんたちと一緒に食べる約束でもしてたのかなって思ってたんだけど』

 

 

「そんなん、十中八九……!」

「こっそり銃持ち出して都庁に行ったんだよ、くそ! 外にはドラゴンもマモノもいるんだぞ! エアライフルでどうにかできるわけねーだろ、普段は引きこもりのくせに変なところで根性出しやがって!」

 

 

 勢いのあまり唾と一緒に飛び出した憎まれ口が、朝の居住区にむなしく響く。楽観的な親友がここまで焦る姿なんて、マモノやドラゴンと遭遇したとき以外は見たことがない。

 赤みの消えた肌に流れる冷や汗が、死にかけている自分に必死に呼びかけていた妹たちを思い起こさせた。もし、ユウコが自分と同じ目に遭ったら、もし万が一があったら。目の前の親友は泣き叫んでしまうのだろうか。想像がつかないけれど、きっと今以上に……。

 そこまで考えて、慌てて頭を振った。悲劇を如実に想像するなんて趣味が悪すぎる。

 ケースを元の位置に戻したオクタと共に生活スペースを後にする。毎日早朝から活動している自衛隊員に加え居住区から市民が顔を出し始め、議事堂の中は少しずつ賑やかになり始めていた。

 

 

「でも、なんで一人で。自衛隊とかムラクモに相談すればよかったのに」

「慌てて頭が回らなかったのもあるだろうけど……遠慮したんだと思う。あいつ、13班とか自衛隊の人見ていつも大変そうって言ってたから」

 

 

 ちらりとオクタが視線を巡らせる。目に入るのは医療従事者やムラクモの作業員など、議事堂を「守る」側にいる人間たちだ。

 丸ノ内の攻略、帝竜討伐でムラクモと自衛隊には多数の負傷者が出た。彼らを治療するには医務区の整備と薬や包帯の補充が不可欠で、フロワロとドラゴンが減った丸ノ内から物資を調達する作業が開始されている。

 ある程度日が経っている今も、蓄えは十分とは言えない。けれど職業柄なのか、自衛隊は余程の重傷者を除いて市民に診察の順を譲るのだ。

 繰り返し怪我を負い、なおも危険な仕事に向かう者たちがいる。それを支えるために奔走する者たちがいる。

 そんな現状を見聞きして、彼らを駆り出すのは忍びないとユウコは考えたのかもしれない。オクタは苦い顔をした。

 

 

「表の広場には人がいるから、たぶん裏から出たんだ。電車なんて動いてねぇから歩きで……今なら追っかければ捕まえられるかもしれない」

「議事堂周りのマモノは倒されてて、道は拠点移す時に整備されてるだろうから、そこを辿って探せば……!」

 

 

 よしと頷きあって踏み出す。

 一度広場へ出てから新宿の方角を確認し、議事堂裏側に回る。以前、自分たちが異能力者なのかの検査で利用した場所だ。

 

 

「……ところで徒歩だと、向こうまで何分かかるんだろうな」

「そういうことは考えんな、大阪から東京まで徒歩で戻ってきた足を信じろ! あーでもバイクがあれば多少は楽になるけどよお!」

 

 

 そういえば、オクタはバイトや通学でスクーターに乗るため、バイクの免許を取っていたんだったか。

 乗り物があれば道中マモノと遭遇した際の逃げ足にもなるだろう。希望は薄いが、人命が関わる事態だ。迅速に、けれど入念に備えをしておかなくては。

 少しずつ遠ざかっていく人々の声を背に、自衛隊や市民の車両がまとめて停めてある駐車場に入る。カーキ色の高機動車に、迷彩模様が施された装甲車、戦車が整然と並んでいる様は圧巻だ。運転できるはずもないので今回は素通りさせてもらうが。

 あとは一部市民が自宅に帰って回収してきた物なのか、普通の乗用車が固まるエリアがある。平時に政治家たちが使っていたのだろうリムジンは土煙をかぶって輝きを失っていた。

 バイク、バイク、バイク、二輪でも三輪でもいい、なんなら自転車でもいい。徒歩や走りよりも早く動ける物を。

 

 

「あっ、自転車……くっそパンクしてる!」

「こっちはサドルがない、ブレーキも壊れてんな……やっぱり、ないか……」

 

 視線を巡らせて歩くたび、この場にあるはずのない時計の秒針の音が聞こえる気がする。嫌に時間の流れを早く感じてしまう。……これ以上は時間の無駄かもしれない。

 

 諦めて踵を返そうとしたところで、

 

 ブォンッ、という軽快なエンジン音と、

 

 

「おいジイさん、バイク動いたぞ」

 

 

 探し物の名前が確かに聞こえた。

 

 

「バイク!!?」

 

 

 天啓のように耳に届いたかすれ声を追って駐車場の奥に飛び込む。

 車両の影になっていて入口からは見えなかったスペースに、確かにバイクが二台並んでいた。どちらも透明な風よけがついた大きいスクーターで、同じ型の色違い。年季はあるがしっかり手入れされた車体が乗り手を待つようにエンジンを吹かしている。

 そしてその手前には、人影が二つ。

 

 

「……」

「んー? おまえさんの友だちか?」

「んなわけねぇだろ」

 

 

 気のよさそうな老人と、鬱陶しそうに自分たちを睨みつける青年。かすれ声の主は青年の方だった。

 同い年くらいだろうか。黒いタンクトップ姿で、伸びる腕は白くて細い。髪はさらに真っ白で、対照的に眼は鮮やかな紅だ。なんだか白うさぎを連想させる。

 彼はこちらに背を向け、タンクトップの上からブルーの上着を着直す。バサリと響く乾いた音も、長い裾が大袈裟に揺れるのも、明らかに拒絶の意思表示だ。

 けれどそれに怯むほど繊細な神経はしていない。オクタが構わず青年に歩み寄る。

 

 

「いきなりごめん! おれたち都庁に行きたいんだ、本当に悪いんだけどそのバイク貸してくれ!」

「嫌だね」

 

 

 間髪入れず、バッサリなんて幻聴が聞こえるくらい呆気なく切り捨てられた。心から絞り出した願いに、彼はちらりとでもこっちを見ようとしない。

 初対面の相手だ、好き嫌いではなく単純に興味を持たれていないし、厄介ごとの気配を感じて関わりたくないと思ったのかもしれない。オイルとすすで黒く汚れた頬を拭いながら、どこ吹く風というように青年は伸びをする。

 

 

「議事堂が嫌になって出ていくなら好きにすりゃいいだろ。協力してやる義理はねえよ」

「違う、そうじゃない! 人探し! 知り合いが都庁に向かったかもしれなくて、距離があるから移動手段として借りたいっつーか! もちろん借りたままになんてしないしちゃんと返すから!」

「それはあたりまえのことだろ。そもそも貸し出しなんてしてないっつってんだけど。こっちに何のメリットがあんだよ」

 

 

 お願いしますとボールを投げては即却下と打ち返されるばかりで取り付く島もない。見返りを用意できれば態度も変わるかもしれないが、議事堂で取引をする際に使われるのは日本円ではなくAzという資材になっている。ここに来て日の浅い自分たちはほぼ触れる機会がないため無一文だ。対価として渡せる物なんてない。

 

 

「第一、向かったかもしれないっつうことは断定できないんだろ? ちゃんと議事堂の中探せば。互いに移動してすれ違った可能性の方が高いだろ」

「そ、れは……!」

 

 

 そうかもしれない、が、実際銃が持ち出されている。いやケースの中身を見たわけではないのでこれも可能性だが、オクタが間違っているとは思えない。

 淡々と現実的な選択肢を提示していく相手は近付けさせる気もないのか、自分たちとバイクを隔てて退こうとしない。これではますます時間が過ぎていくだけだ。

 頭の中の秒針の音がまた大きくなり始める。ユウコは今どこにいるのだろうか。もしどこかで危険な目にあっていたら、傷を負っていたら……。

 

 

「くっそ、埒があかねぇ……! こうなったらライブの手伝い特権でもらったハジメとニナちゃんたちの激レアサイン色紙を出すしか、」

 

「色紙?」

 

 

 オクタが歯軋りをしたとき、間の抜けた声が駐車場にこぼれ落ちた。それまで自分たちを見守っていた老人からだ。

 青年とは対照的に、誰でも声をかけやすそうな柔和な雰囲気の老人は、こちらを上から下まで観察してもしやと続ける。

 

 

「金髪の子。あんたあれかい。なんて言ったっけな、最近っちゅうか前に話題になってた、あの、アイドルの……」

 

 

 ヒゲを蓄えた口から出てきたのは自分が所属するユニット名だった。

 偽る必要もないので素直にはいそうですと答えると、老人はやっぱりと破顔する。そっけない青年とのやり取りでメンタルが削れていたので、場を和ませてくれる笑みがありがたい。

 

 

「婆さんがあんたたちのファンでなぁ。いい歳して写真載ってるうちわまで買ったりして……ライブに行きたいだなんて言ってたっけか。嫌じゃなければ、サインもらってもいいかい?」

「も、もちろんです。それで喜んでもらえるなら」

「ありがとなぁ、夢を叶えられそうでよかったよ。お返しっちゅうのは変だが、バイク使っていいよ」

「えっ」

 

 

 オクタと顔を見合わせて、次いで青年に視線を向ける。

 彼は眉間にしわを寄せて老人を振り返った。

 

 

「おいジイさん、正気かよ」

「わしゃまだボケてないぞ。いいんだよぉ、せっかくまた動くようにしてもらったんだから、試運転せにゃ」

「……あのー、そのバイク2台って、誰の……?」

「こっちはわしの。もう1台は婆さんの」

「どっちもおまえのじゃないじゃん!! 偉そうにメリットがないとか言いやがって!」

「っせぇなどっちも修理したのはオレだよ。直したそばから見ず知らずの他人の手垢つけられてたまるか」

「気持ちはわかるけどさあ!」

 

「わしはいいよ。悪い子たちじゃなさそうだしな」

 

 

 オクタが怒って青年が吐き捨てる様子を老人は微笑ましげに眺めながらヘルメットを持ち出した。

 出会って数分の相手が自身の作品に触れるのが耐えられないのか、隠しもせずに睨みつけてくる青年に「おまえさんも行けば?」と彼は言う。

 

 

「最近暇そうにしてただろ、バイクが気になるなら、一緒についていってやればいいんじゃないか」

「はあ? あぁまあ、暇だけど……、……じゃあ、監視ついでについていくか」

「え、まじ? 手伝ってくれんの?」

「誰もそこまで言ってねえ。バイクはジイさんが許可出してるから貸してやるけど、年代物で予備のパーツなんざ見つからないから壊すなよ。……あと、オレがおまえらと一緒にいる、いたってことは人に話すな。ジイさんもだからな」

「あいよ」

「お、おう? わかった、極力気を付ける。よしハジメ、後ろ乗れ!」

「よっしゃ!」

 

 

 改めて議事堂から都庁までのルートを確認し、ユウコが通りそうな箇所に目星をつけて走り出す。手を振る老人があっという間に小さくなっていく。

 徒歩では感じられない風を浴び、無事でいてくれと祈って崩壊した東京を見回した。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「結局……!」

「都庁近くまで来ちまった……!」

 

 

 空を背にした二又の高層ビルを仰ぐ。

 人命がかかっているのだから気も手も抜いたりしていない。ユウコの性格上、マモノやドラゴンに挑むこともないだろうから、オクタの意見を参考に進路も絞ることができた。

 それでも進む道のりに人の気配や痕跡は見つけることはできず、ユウコの捜索は東京都庁付近の中央通りまで及んでいた。

 

 

「ユウコちゃんもバイクか自転車見つけたか、運動ができて俺たちより早く移動したっていうのはありそうだけど、それでも追いつけないもんか?」

「いうておれたちエンジン全開にしてたわけじゃないし、マモノ避けてたから進むの遅かったし、ありえねーことはない、と思う……」

 

 

 どっしりとした建材に極太の有刺鉄線が組み合わされた、おそらく自衛隊が用意したのだろうマモノ避けの壁に身を潜めて通りを進む。

 ところどころが陥没、ひび割れした道路は絆創膏を貼るように最低限の舗装がされているが、そのコンクリートにもフロワロの花が根付いている。少し前まで落ち着いていた地上はすっかりドラゴンたちに上書きされてしまったのだ。

 人っ子一人いないどころか、目の前に広がるのは音も温もりも消えた銀灰色の廃墟の群れ。ゲームのシチュエーションでならわくわくできていたのに、現実は喪失感が内臓を冷やして、ひどく息苦しい。

 生まれ育った都会の惨状に、埃っぽい風と一緒に無力感が体に沁みていく。今度の真竜……フォーマルハウトと呼ばれていた気がする。あとは去年地球をめちゃくちゃにしてくれた真竜。あいつらさえいなければ、世界がこんな風にひび割れれてしまうことはなかったはずだ。

 無意識に悪態を呟きかける口を、「止まれ」と後ろから流れてきた声が止める。

 黙って自分たちについてきていた青年が都庁をじっと見つめている。出発前の言葉通りユウコの捜索に協力することはなかったのに、今になってしきりに周囲を見回し、どこにしまっていたのかおもむろにタブレットを取り出した。

 なぜ待ったをかけたのか、何をしているのか話してくれる気はなさそうだ。細い指先でカツカツ画面を弄り続けたかと思えば、また何の前振りもなく彼はバイクの首を回す。

 

 

「戻る。都庁に入るなら目立たない所にバイク停めて、あとは歩きで行け」

「え、いきなり!?」

「ついていくのは人探しの手伝いじゃないっつっただろ」

 

 

 エンジンがかかる音と同時に、背を向けた青年は何かを宙に放る。

 排気ガスに煽られるそれを確認することもなく、彼は通りを抜けてビルの角に姿を消してしまった。

 

 

「結局、何だったんだろなあいつ……バイクはいいのかな」

「さあー、よくわかんねぇ……つうかそれ何? さっき投げられたやつ」

「ああ、これ?」

 

 

 曲げていた指を伸ばす。ちくちくと手のひらを刺激しながら転がるのは丸められた紙だ。

 青年が投げたのを咄嗟にキャッチしたのだが、もしやただゴミをポイ捨てしただけなのではなかろうか。

 何かの筆跡が見えたため確認しようと広げてみると、線と文字と記号で形作られた何かの見取り図が顔を出す。紙は何枚か重なっていて、隅には1Fや2Fと記載があった。

 

 

「……これ、建物の地図?」

「……もしかして都庁じゃね?」

 

 

 手書きの簡易的な見取り図はところどころがかすれている。紙もほんの少し黄色く焼けているし、つい最近作られた物ではなさそうだ。

 大きな通路や部屋は数本の線でざっくりとしか描かれていないのに、非常階段や消火器や重要施設、壁や床に空いた穴なんかは細かく描き込まれている。屋内の全てを把握するというよりは、万が一の事態で役立ちそうな要素をまとめた内容だ。まさに今から役立ってくれそうな。

 もしかすると、あの青年はユウコのように都庁で生活していたのかもしれない。彼が何を考えて行動しているのかはわからないが、この地図を貸してくれるあたり、悪い人間ではなさそうだ。

 

 どの建物よりも大きくそびえ立つ都庁を振り仰ぐ。去年は帝竜の根城にもなっていたというが、ここで尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。

 

 

「ここまでの道ですれ違ってる可能性もゼロじゃねーけど……絶対見つけてやるからな、待ってろユウコ!」

「その意気だ、行くぜ!」

 

 

 青年に言われた通り目立たない場所を探して駐車し、遠くで動くマモノに注意しながら都庁の入口まで滑り込む。

 目を凝らしながら踏み込んだエントランスに人影はない。が、フロアの隅にある段ボールの山で四足歩行の影ががさごそ動いている。食べ物を漁っているのだろうか。

 

 ムラクモの検査で異能力者と診断されたとはいえ、戦うための技術なんぞ持ち合わせてはいない。気取られれば終わりだ。

 

 

(ここはエレベーター使えなさそうだな。階段で行こう)

(オッケー)

 

 

 一歩、二歩。息を殺し、足音を立てないように階段へ進む。

 うっすらと積もっている埃が舞って、窓から差す陽の中で儚げに輝いた。ゆっくりと息を吸うたび鼻や喉に入り込んできて、思わずくしゃみしそうになるのを堪える。

 

 

(やべえ、すげぇ息しづらい)

(埃もあるけど、これって)

 

 

 じっと宙を凝視すると、ほんのわずかに空間が色付いている気がする。階段から振り返れば、広いエントランスの奥は薄いヴェールをかけたように霞んで見えた。

 換気が行き届いていないだけでは説明できない、不気味な空気のよどみ。あちこちに咲いた赤い花……ドラゴンの花フロワロから生まれている花粉だ。

 2020年に大阪で見た物と寸分違わない毒の花。花粉を吸い込むと気持ちが悪くなるのは去年実際に体験している。確か、ミナトがフロワロは瘴気を発すると言っていた。帝竜が棲む地域を中心に、ドラゴンの数が多ければ多いほど、花の数も増えていくと。

 健康体の人間であれば抗体ができているため、無闇に接近せず、花弁から根まで丸ごと食べるなんて真似をしなければ問題ないとは聞いている。けれど都庁の中は、外よりもフロワロの数が多い。

 なんでこんなにという疑問は、二階に続く階段を上がり、踊り場まで来た瞬間に解けた。

 

 

「っ──!!?」

 

 

 叫びそうになった口に指先を突っ込む。

 前歯が手の皮を薄く抉り、大きく吸い込んでしまったフロワロの花粉がジクジクと喉を痛めるが、今は息を整えることも瞬きも許されない。

 一歩も動けず踊り場で立ち尽くす。

 残りの階段越しに見える二階には、どこから入ってきたのか疑問に思わずにはいられない、通路を埋める巨大な影。

 

 

(で、っか……)

(マモノじゃねえ、あれ、)

 

 

 ドラゴン。

 

 忘れもしない、忘れることなどできない、2020年3月31日の影がそこにある。

 

 手をついている壁が、埃っぽい空気が、階段の踊り場が遠ざかる。意識が過去に飛んでいく。

 

 屋外ライブの最中に現れた、空を覆う無数のシルエット。地上に降り立つ見たこともない生き物。

 最初に犠牲になったのは、ライブの興奮で顔を赤くしていた男性だった。へらへら笑って何だこりゃとその足を叩いて、次の瞬間頭から飲み込まれた。

 観客席の中央から舞台に届いたバキリという音は、巨体に踏み潰された椅子ではなくて、牙にすり潰された背骨の音だったのかもしれない。

 

 それを境に地獄が始まった。

 

 

『嫌だ置いてかないで! 誰か助けて!! 助け──』

『嫌だ、こんな死に方……! 死ぬなんて、──が、あ゛』

『……どうぞ、先、行ってください。俺、連れがみんな死んじゃったんで』

『っづ、うう˝っ……!! なんで、なんで、悪いことなんて何もしてないっ、してないのに……!』

『あああっ!! お父さん! お父さん!!』

『痛いっ、食べないで、やめてええーーっ!!!』

 

 

 尾から頭、さらに頭から生える大きな斧まで五メートルはあるんじゃないだろうか。

 去年見たドラゴンのうちのどれかに似ている、二足歩行の脅威。

 

 呼吸をするな。音を立てるな。

 今この時だけ、路傍の石になれ。自分という存在を極限まで殺せ。できなければ死ぬ。

 

 丸太のような尾が揺れる。百年樹と見間違う二本の足が着地して、その度に設計上想定されていなかっただろう重さに床がたわむ。

 がちり、がちりとドラゴンの黄色い眼球が回る。窓の外を、通路の壁を、……自分たちがいる踊り場の、天井に近い壁を順繰りに映して。

 ゆったりとした動きで背がこちらに向けられる。

 

 その巨体が通路の奥へ遠ざかっていったところで、壁に寄りかかって腰を抜かした。

 

 

「っは……!!」

「や、べえ、何分、息してなかった?」

「分は、いってない……たぶん……」

 

 

 ドラゴンに追いかけられたことならある。その時は街中で、建物の中に飛び込み裏口から抜ける、マンホールの下に潜るなど小回りのきく環境だったため、命からがら撒くことができた。

 けれど、都庁の中では自由に動けない。青年がくれた見取り図では、エントランスより上のフロアは中央に部屋があり、その周囲が通路というシンプルな構造だ。

 ぐるりと部屋の外壁をなぞる形の一本とそこを塞ぐドラゴン。マモノの気配だってそこかしこからする。探索なんてできる気がしない。もし奴らに見つかってしまえば、窓を割って屋外に飛び出ても、追いかけてこないとは限らない。

 

 背筋を撫で上げる恐怖と共に、地雷原に踏み入ってしまった実感が強く大きく圧し掛かる。

 だが、ここにユウコがいるのであれば。

 

 

「放っておけるわけねえだろ、くそ……! あいつ、無事じゃなかったら許さねーからな!」

 

 

 オクタが声を振り絞り、震える膝に拳を叩きつける。

 そうだ、自分だって友人を置いて帰りたくはない。頰を叩いてドラゴンに踏み潰されてしまった気合を入れ直す。

 

 

「ドラゴンはどうする。そこらへんに植木鉢とか椅子とかあるから、音立てて誘き寄せるか? その間に片方が部屋の中を覗くとか」

「これで部屋の中にもドラゴンいたらお手上げだけどな……しかも都庁って50階くらいあるんだろ、一階ずつ確認していくとしたら何時間かかんだよ」

「一か八か電話かけてみるか? 都庁と議事堂の間は通信通らないみたいだけど、同じ建物の中ならもしかしたら……」

「……やんないよかマシだよな」

 

 

 オクタがかがめていた身を起こす。汗まみれの手を鞄に突っ込みスマホを取り出し、友人は震える指で画面をタップし始めた。

 爪が割れかけた親指が受話器マークのボタンを押す。通話は彼に任せ、こちらはマモノとドラゴンの影を探すことに集中する。

 

 

「ユウコ、おい、聞こえるか? どこにいる? 返事してくれ!」

 

『──……』

 

 

 まずはエントランスと2階をそれぞれ覗き、危険な気配が近付いていないことを確認する。同じく、オクタの方も特別変わった反応は見られない。

 

 

「くっそ、やっぱ無理か?」

「なあ、ユウコちゃんが心配してる相手ってどんな人か聞いてたりするか? ムラクモの関係者とか、俺たちと同じ一般人かとか」

「……そういや、話聞いた気がする。何かの研究してる人、みたいな」

 

 

 手の中の地図を開く。

 拠点が議事堂に移ってからは、都庁にいるのは機材の管理ができる技術者、研究者、警備を行う自衛隊員の数名程度らしい。一般市民は原則議事堂に居住し、特別な事情がある時のみ都庁に戻ることが許される、と居住区の隣人が説明してくれた。

 なら、その人員の中でも研究者が常駐していそうなフロアにユウコはいるかもしれない。

 2階から5階までは医務室、自衛隊、ムラクモ関係のフロア。6階は研究室……の文字の上に線が引かれている。誤記だろうか。

 残りの紙をめくると、10階の「居住区C」の名前が同じように線で潰され、「現研究室」が新しく記載されていた。研究者であれば研究室にいるはずと見込んで、まずはそこを目指すことにする。

 足を前後させては付近に脅威がいないことを確認し、その間にオクタが通話を試みる。息切れと衣擦れと、オクタの呼びかけだけが、仄暗い踊り場にこもって響く。

 低い姿勢で進み続け、腰が痛くなってきたとき、踊り場にザッとノイズの音が走った。

 

 

『も……──…………、し? そ──の……声、リョウ……!?』

 

「!!」

 

 

 繋がった。

 ほぼ殴り合いの勢いで互いに拳をぶつけて肩を組む。

 ひどく途切れてしまうものの、耳に届くのは聞き覚えのある少女の声だ、間違いない。スマホは自分たちとユウコを確かに繋げていた。

 

 

「おっ、ま──ふざけんな! やっぱり都庁に来てたんだな!? 今どこだ!」

『そっ……ちだって──な……んで…………なんで、っ、じゃな──いか……ご……めん』

「いいから、何階にいる!?」

『今──じゅ…………い、10階……! み──な研究……集ま……──』

 

「あ、切れた! くそ!」

「でも場所は特定できたな! 行くぞ!」

 

 

 太陽が東から中天に昇り、少しずつ視界が晴れていく屋内を無心で進む。不幸中の幸いとでもいうのか、フロアと違い階段にはマモノもドラゴンもいない。

 登って踊り場で折り返してを何度か繰り返し、窓から見える景色が広く高くなっていくことしばらく。壁に刻まれた10の数字が自分たちを出迎えた。

 

 

「つ、着いた……!」

 

 

 肩を上下させながら辿り着いた10階は、空に近い分日が差し込んでいて明るい。他フロアと違い人がいることもあって通路にはそれほど埃が積もっていない。フロワロも除染されているからか空気が清潔だ。

 緩みかけた頰をペチンと叩く。ここからはフロアの中に踏み入るのだ。マモノが潜んでいるかもしれないのだから、まだ油断はできない。

 

 

「右!」

「敵影なし! 左!」

「同じく敵影なし! 嫌な音は!」

「……鳴き声も吐息も足音もなし! な、はず!」

 

 

 昨年ドラゴンと戦うことを選んだ人間も、今みたいに吐き気が湧くほどの緊張感を味わっていたんだろうか。13班のあの二人は?

 ここにいるのは武器はおろか防具のひとつもない民間人だけれど、だからこそ、戦う者の姿を想像して皮をかぶる。ごっこ遊び程度の気休めでも、自分をごまかさなければ恐怖心が麻痺してくれない。

 青年がくれた地図を指でなぞって記憶する。フロア入口にあった観葉植物の鉢とパイプ椅子をつかみ、体の前に構えて一気に飛び出した。

 

 マモノとドラゴンが一斉にこちらを振り向く。大丈夫これは嫌な想像力が働いているだけだ。周りには何もいない。

 ドラゴンが吐き出した火炎をもろに浴びる。大丈夫この熱さは太陽の光だ。肌は一切ただれちゃいない。

 背後から迫る牙が、つめが、ナニカが、首の裏を引き千切る。大丈夫ただの悪寒だ。足をもつれさせるな。

 

 足の裏全体を吸いつかせるように床につけ、服の腕と脇がこすれないよう肩を持ち上げ、大口を開けて酸素と二酸化炭素が行き来する気配すら漏らさないように。できる限り音を殺して廊下を進む。段ボールと金属棚が並ぶ角を曲がれば、研究室の札がかかる扉はすぐそこのはずだ。

 ほとんどドラゴンの口に飛び込むつもりで体の向きを90度変える。目に飛び込んできたのはぞろりと並んだ牙……ではなく、一層明るい、廊下だ。左側は東京の街並みが見渡せる大きな窓がいくつかあって、右側には壁。少し進んだところには、閉ざされた扉と、サビひとつない綺麗なドアノブ。あそこが、研究室、の、はず。

 着いたのだ。勢いのまま議事堂を飛び出し、化け物が跋扈する街を駆けて、ここまで。

 

 マモノの声は聞こえない。ドラゴンの咆哮も、今はまだ。

 ただただ穏やかな日差しだけが、自分たちを包んでいる。

 

 

「ここ、だよな?」

「違ったら泣くわ、おれ」

 

 

 オクタが息切れと震えを深呼吸で押さえこんで、今にも腰が抜けそうな足取りで扉の前へ進む。

 きつく握られ骨の盛り上がった拳がノックをすると、いつか聞いたことのある、引きつった悲鳴が向こう側から漏れてきた。

 おれだよとオクタが呼びかけると、止まっていた時間が動き出すように、ゆっくり、慎重にノブが回って。

 数センチ開いたドアの隙間から、紫のポニーテールにハリのあるおでこ、そして潤んだ瞳が現れた。

 

 

「リョ、リョウちゃん……アサヒナさんも……?」

「……はあ゛ーーーもお゛ーーーーーっ!! 心配させやがってこのアホ!」

 

 

 盛大に息を吐き出してオクタが研究室に体をねじ込む。

 お邪魔しますと入った室内はお世辞にも綺麗とは言えない。PCや謎の実験器具の周辺は片付いているがそれだけだ。紙に段ボール、筆記用具に簡易食の容器が雑多に積み上げられて、ここに勤める人の生活能力の低さが垣間見える。

 

 

「あなたたちは……自衛隊やムラクモでは、なさそうですね?」

 

 

 部屋の奥にいた女性研究員がそっと手を挙げた。理知的な雰囲気にきらりと光る眼鏡のフレームがよく似合う。説教するオクタと縮こまるユウコの会話を聞く限り、ユウコが心配していた研究員が彼女らしい。

 特徴的な腕章をつけているから彼女もムラクモの所属だろうか。地図を見る限り、都庁でも一般人とムラクモ関係者の生活圏は区切られていたようだが、何をきっかけにユウコと研究員は接点を持ったのだろう。

 なんてことを考えている間に、部屋の机の下、ロッカーの中、はがれかけた壁紙の影から他の研究員が顔を出してきた。安全が確認できるまで息を潜めていたらしい。

 集まってくる白衣たちは揃って首を傾げて八の字眉を作る。疑問と喜色と落胆が入り乱れる微妙な表情。なぜ子どもがここにという混乱が二割、外から人が来てくれたことに対する嬉しさが三割、しかしこの状況をひっくり返せるような戦闘員ではないことへのがっかりが五割といった顔だ。

 彼らを代表し、女性研究員が口を開く。

 

 

「私たち、真竜が来た日から議事堂へ救難信号を発信しているんです。議事堂にいたカモガワさんが来てくれたものだから、やっと信号が届いたのかと思ったのですが……そもそも、なぜ戦闘員ではない彼女が真っ先に来たのか、疑問に思うべきでした。救難信号はその設備を使えるムラクモか自衛隊の方でないと把握できないだろうから、まだ届いてないのかしら……。あなたたち二人は、どうやってここに?」

「あ、俺たちはこっちの……ユウコちゃんがいなくなってたから、探してこっちに来たというか」

「腕章もないし、それらしい装備もしていない……君たちは一般人だね」

 

 

 女性の肩越しに男性の研究員がこちらを覗く。彼は光明を見つけたような笑顔で「好機じゃないか?」と言った。

 

 

「戦闘員ではないけど、一般市民の子どもが議事堂からここまで来られたのなら、今は都庁も街中も安全に移動できるかもしれない。それにカモガワ君もいるんだ。万が一の時も対処が……」

「いけません。ドラゴンもマモノも置物じゃないのよ、見つからない保証はない。それにカモガワさんはムラクモではないのに、危険な目にあわせるわけにはいかないでしょう? 本来なら、私たち大人は無茶な真似をしたこの子たちを叱らなければいけないのよ」

 

 

 オクタの予想通り、ユウコは議事堂のケースに収められていたであろう長銃を抱えている。研究職の人間ばかりの場では銃一丁でも大きな戦力に見えるのか、男性研究員はかなりユウコを頼りにしているみたいだ。……申し訳なさそうに床にへたり込んでいる本人は、到底戦えそうにないが。

 そんなユウコを庇うように女性研究員はぴしゃりと言い放つ。肌荒れに目の下のくま、汚れてほつれた髪。ろくに休めていないのだろうが、それでも彼女は背筋を伸ばし、まっすぐ自分たちの目を見て言った。

 

 

「カモガワさん、それから二人。あなたたちは自衛隊でもムラクモ機関の機動班でもなく、一般居住区で生活している子ですね? あなたたちがにここに来たのはなぜ? 戦えない子を向かわせるように誰かから指示があったの?」

「え、いや、……独断で、来ました」

「ご家族や議事堂から外出許可は出ていますか?」

 

「──あ」

 

 

 そういえばユウコを追いかけて議事堂を出たものの、それを誰かに相談することは一切していない。とんでもない忘れものを思い出すのと同時に、めまいがするほど血の気が引いた。

 大馬鹿が。ミイラ取りがミイラになってどうする。

 ちらりとオクタを横目で見る。独断で動いたユウコに怒っていた彼も、自身がそっくりそのまま同じ、いやそれ以上のやらかしをしたのだと悟ったみたいだ。顎が外れているうえに顔が青い。

 研究室の扉を開いた時の、ゴールにたどり着いたという安堵は瞬く間に萎んでいく。

 女性研究員は自分たちの返答を待たず、どれだけ無謀なことをしたのかをこんこんと言い聞かせてくる。追い詰められていて苛立っているというわけではなく、大人として、子どもである自分たちに身を守るための判断をしろと説いているのだ。反論なんてできるはずもなく、気付けばユウコ、オクタ、自分の順で横に並んで正座をしていた。

 

 

「人を思いやって動けるのは素晴らしいこと。特にこんな状況下ではそれが誰かの助けになったりもするでしょう。でも、それであなたちちに何かあったら意味がありません。せっかく三人とも竜災害が起きても無事だったのだから……」

「まあまあ、そのへんで。あとは議事堂へ戻った時に保護者の方が言い聞かせてくれるだろう。ところで君たち、外出許可はもらってないってことだけど、ここに来ることを誰にも話してないってことかい? 救難信号が議事堂に届いてなければこのまま君たちも要救助者になるわけだけど……まさかそんなはずはないよね?」

 

 

 痛い質問がつむじにぶつかって汗が流れる。

 やってしまった。まさに自殺行為だ。白髪の青年が言うとおり、一度冷静になって議事堂へ戻れば、自衛隊なりムラクモになり事態を報告していただろうに。これではユウコを助けにきたなどと言えやしない。

 手近な壁に頭を打ち付けてこのあほらしさと無能感と羞恥心を発散したい。それすらできやしないから、歯の間から息を吸うたびに心臓があばらへ体当たりしている。

 言い訳すら思い浮かばない。もうここまできたら、土下座くらいしかできることがない。

 視線を上げる。熱暴走でほとんど停止した頭に思い浮かんだのは、緊張しすぎると視界ってぼやけるんだななんてどうにもならない感想だった。

 

 

「ごめんなさい、俺たちも──」

 

 

 要救助者その1とその2ですと頭を下げかけて。

 

 ガチャリと背後の扉が開いた。

 

 

「ああ、なんだ、自衛隊は呼んでくれていたんじゃないか!」

 

「──は?」

 

 

 男性研究員の言葉をすぐに理解できずに脳が処理落ちする。自衛隊って何だっけ。

 彼の輝く目に倣って後ろを振り返れば、黒い服に黒いアーマー、黒いヘルメットに黒いマスク。全身黒尽くめのせいでどこかの暗黒卿を思わせる人間が立っていた。

 男性研究員がやったと飛び跳ねる。

 

 

「でかしたぞ、君たち! これで僕らも議事堂へ合流できる、何日ぶりかにぐっすり眠れるぞ!」

「え、え?」

「いや、おれらは……」

 

 

 連絡はしていないはず。であれば自分たちが出発した直後に議事堂が救難信号に気付いたのだろうか。

 どちらにせよ助かったのだからいいか。いや、助かったのか? もうわからないし考えられる体力もない。体から力が抜けて正座を崩す。

 

 

「議事堂帰ったら怒られるんだろうなー……」

「もうそこは諦めようぜ。ユウコもおばさんに怒鳴られんの覚悟しとけよ……おーい、ユウコ?」

 

「違う」

 

 

 ぽつりと否定の声がこぼれて首を傾げる。

 はしゃいでいた研究員も目を瞬かせ、声を漏らしたユウコを見下ろした。

 

 

「違うって……何かあったのかい?」

 

 

 ユウコは答えない。というより、答えられないと言ったほうが適切かもしれない。

 ただでさえ青ざめていた彼女の肌がもっと血の気を失っていく。依然、黙ったまま銃を持って佇む誰かを見開いた目に映して、震える唇から言葉が紡がれる。

 

 

「自衛隊の、装備じゃない」

 

「え」

 

 

 軍隊の武装をしていながら自衛隊ではない。

 腕を見る。特徴的な腕章を巻いてはいないから、ムラクモ機関の人間でもない。

 なら、この人は?

 

 誰、と改めて問おうとするのと同時に、

 

 

Hold it(動くな)

 

 

 ガシャッと音を立て、武装した誰かは自分たちに丸い銃口を向けた。

 

 





クリスマスプレゼントに修羅場をお届け。え、いらない? そっか……。
やらなきゃいけないことは今年中には負えられませんでした!! 来年中には、来年中には何とか! 何とか!
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