2021年は平和……うおおドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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お久しぶりです幕裏の続きになります! 死んでないです生きてます!



幕裏7. HELP! 東京都庁の修羅場!

 

 

 

 小さなブラックホールが目を釘付けにして離さない。

 直径数センチ程度の丸だけれども、ここから飛び出してくるのは人の命なんて簡単に奪える鉛玉だ。知っているからこそ呼吸も忘れて体が硬直したし、思考も止まったし、何より訳がわからなかった。

 

 

「な──なんでっ!?」

「Shut up !」

 

 

 困惑をそのまま口にすると、全身黒尽くめの誰かはマスク越しに英語で怒鳴る。

 東京都庁の地上十階。ドラゴンによって再び壊滅してしまった世界の中で、なぜよりによってこの場所で人が人へ銃を向けるなんてことが起きているのか。

 銀行強盗にでもあったかのような状況だ。あたりまえだが銃を持つ相手に詳細な説明をしてくれそうな気配はない。意思疎通するつもりもないのか流暢な英語で「動くな」とか「静かにしろ」といったような言葉を投げつけてくる。

 

 

(ハジメ、どうする!?)

(どうするも何も従うしかねーじゃん!!)

 

 

 抵抗するなんて選択肢はない。自分たちは丸腰だし、武器はユウコが持っているが、本格的な装備の軍人相手じゃ手も足も出ないだろう。

 何より、真っ青になって震える彼女を前に立たせるなんてことはさせられない。

 逃げ場はない。力もない。できることは動かず、逆らわず、何も言わず、相手が自分たちに殺意を抱かないよう従うだけ。息が自然と浅くなっていく。

 

 破裂寸前の静寂の中、カチカチという小刻みな音だけが嫌に響いて、銃を構えた相手がヘルメットのグラス越しに睨みを効かせる。

 三白眼を向けられたユウコが肩を震わせて口に手を当てる。噛み合わせられない歯の震えをどうにか押さえようとして、それでも手の下からガチリガチリと漏れる音は止まりそうにない。固く閉ざされたまつ毛の下には涙が滲んでいた。

 

 

「っ……ふ、ぅ……」

「ユウコ、大丈夫だ。大丈夫だから息吸え」

 

 

 窒息しそうな幼馴染を宥めようとオクタが手を伸ばす。けれど硬直していた体を崩すのは強盗役の許容範囲を越えたようで、ヘルメットの下からくぐもった怒声が飛んだ。

 

 

「Freeze!!」

 

 

 ババンッと空気が甲高く破裂して鼓膜が痺れる。強烈な平手を食らったような錯覚を生んだのは至近距離での発砲音だ。目の前の彼が引き金に指をかけ、自身の斜め上……自分たちの頭上を撃ち抜いた。

 埃と屑が降ってきて髪を汚す。そんなことを気にしている余裕はない。今度こそ全身が石になって動けなくなる。

 

 

「I'll shoot if you move! Raise your hands! Put your hands behind your back!」

 

 

 研究室の天井に風穴を開けた彼は再度警告を口にする。

 何やら指示を出しているらしい。手を上げろ、だけは聞き取れたが、生きるか死ぬかの状況で海の外の言葉を理解しろというのは無理だ。

 完全に固まって動かない自分たちに舌打ちをすると、分厚いブーツを持ち上げ、彼は容赦なくオクタを蹴り付けた。

 

 

「いっで!?」

「リョウちゃん!!」

 

 

 転がるオクタに弾かれたようにユウコが駆け寄る。

 唯一の武器であるライフルを放置して幼馴染を支えようとする女の子。どこからどう見たって反撃の余地はないし、実際抵抗なんて考えてはいない。

 それでもこの場を支配する相手は気に食わなかったらしい。マスクから荒い息を漏らして大きく一歩踏み込んでくる。

 ガチャリと音を鳴らして、銃口がこっちを向いた。

 

 あ、撃たれる。

 

 痛いだろうか死ぬんだろうか。いくらなんでも気が短いんじゃないのか。最初に撃たれてしまうのは誰か。一瞬で思考が混線する。

 引き金に指がかかるのがやけにゆっくり見えた。

 覚悟も祈りもできないまま目を閉じるのと、

 

 バチリッ、と何かが弾ける音が響くのは同時だった。

 

 

「……え……?」

 

 

 銃声はしない。痛みはないし悲鳴も上がらない。

 恐る恐る目を開ける。

 目の前に立つ彼は銃を構えたまま静止している。その人差し指はほんのわずかに引き金に触れたり離れたりを繰り返し、カチャカチャと音を鳴らしていた。これはこれで危ない。

 けれどいつまで経っても引き金は引かれない。何が起きているのか、動いてもいいのか判断できない。ゆっくりと目だけを動かして隣のオクタとユウコを見るも、同じくわからないというように瞬きをするだけだ。

 

 

「……、あ、の……?」

 

 

 声をかけてる場合じゃないだろうとツッコまれそうだが、非常事態が続いていることは変わらないので、正常な思考ができないのも仕方がない。何度か静かに呼びかけてみるが、銃を持つ軍人からの反応はない。

 すると、立ったまま動かない彼の後ろから、ぬるりと三本目の腕が現れた。

 重厚な装備に保護された二本とは別の、生身の手。骨張っていてなまっちろく、爪は長い。シルバーアクセサリーで指を飾っていて、手首から後ろは見覚えのあるブルーの布に包まれている。

 あれ、と瞬きを繰り返す間に、手は男から銃を取り、ついでというようにポーチから予備の銃弾、太もものベルトからナイフを回収していく。

 みるみるうちに装備を外され、ついにはヘルメットも剥ぎ取られる。金魚のように口を開閉する、やや緊張感に欠けた顔が現れた。金髪に碧眼の外国人だ。

 瞳をひん剥いて、搾りかす並みの小さな声が漏れ出てくる。

 

 

「What the──fu──」

 

「あ? なんでこの状態で喋れんだよ」

 

 

 かぶさって日本語が聞こえたと思ったら、目の前の彼からブチンとケーブルが引っこ抜かれた。いや人間の体にケーブルなんてあるはずないけども、三本目の腕──新しく現れた第三者のもの──は、金髪碧眼の彼の体に青白く光る何かを刺していて、それを確かに引き抜いた。

 もしかしたら魂でも奪われてしまったのかもしれない。数秒前の威圧が嘘のように、男は目を回して昏倒した。

 大柄な体が地に伏したことで、その後ろに立っていた第三者の姿があらわになる。

 

 

「……あ!」

「あー!? おまえ、おまえ!」

 

 

 オクタと一緒に人差し指を伸ばす。

「うるせえ」と片耳をふさいだのは、都庁までの道中、途中で帰ったはずの白髪の少年だった。

 

 

「あ、えっと……助かったありがとう!? なんでここに!? 帰ったはずじゃ……」

 

 

 とりあえず命の恩人であることは間違いないので、疑問に思いつつも礼を告げる。

 なぜここにいるかの問には答えず、白髪の彼は床に倒れる男を指差した。

 

 

「どういう状況だよ、これ」

「いや、わからん……英語しか喋ってくんなくて意思疎通できなかったから」

「英語?」

 

 

 ふーんとなおざりな相槌をして青年はしゃがむ。

 胸が上下しているので死んではいないだろう男のベストが遠慮なくひっくり返された。携行食にトランシーバー、何かの工具、ペンなどなど。道具が次々こぼれ落ちていく。

 床に広がる荷物をかき回し、細い指が摘みとったのは一枚のカードだ。文字の掠れ具合から長い間使われていることがわかる。

 アルファベットの羅列を見つめ、少年は顔をしかめた。

 

 

「特殊陸戦部隊? ……、……おい気絶させちまったじゃねぇか……なんでこんな奴がこんなとこで野盗まがいの真似してんだよ……」

「え、おかげで俺たちは助かったんだけど……何がダメなの。ていうか今はどういう状況?」

「アメリカの特殊部隊に危害を加えた状況」

 

 

 んえっ、と間抜けな声がこぼれた。

 どうやら床に倒れる金髪の男は、アメリカ合衆国からはるばる海を越えて来たらしい。

 

 

「なんでそんな人が日本の……よりによって東京都庁に?」

「つーかなんでおれら銃向けられたんだろうな……戦争してるわけでもないのに。竜災害に乗じた火事場泥棒とか?」

「それを今調べんだよ」

 

 

 白髪の少年はまた荷物を漁る。ピックアップされるのは使い込まれた手帳にたたまれた紙片、そしてスマートフォンによく似た端末。ベストの背面にくくられていた頑丈そうなケースからはノートPCが顔を出す。

 少年は真っ先にPCと小型端末に手をつけた。片手で器用に二つをいじりながら、紙片をこっちに放ってくる。内容を確認しろということだろうか。

 何かが書かれていたとしても英語だろうし、読み取れる自信がないが、とりあえず折り目を優しく持ち上げて広げてみる。

 やはり綴られている文字は英語、そして均等の幅をとって引かれた縦と横の線。あとはジグザグの線が紙の中を一周して、何やら見覚えのある形を描いている。

 

 

「これ、地図か……?」

「しかも東京じゃね? 書かれてる地名ほぼローマ字じゃん。……読める、読めるぞ!」

「ム○カの真似してる場合じゃないだろ!」

 

 

 ボケなければ息ができないオクタから地図を取り上げ、後ろにいた研究員たちに見せる。彼らも"TOKYO"の文字を見てああ確かにと頷いた。

 

 

「"Tokyo Metropolitan Government"がここ都庁のことだね。ほら、バツ印がつけられている」

「あとは、スカイタワーと議事堂にも印がありますが……もしかして、この人がここに来たのは偶然ではなく、何か目的があって……?」

 

 

 女性研究者が眼鏡の位置を直して、恐怖と困惑が混ざった視線を軍人に向ける。彼は今も倒れたままだ。その横に座る少年は黙々と作業を進め、現在進行形で眉間のしわを増やしていた。

 カツン、と長い爪で小型端末の画面が弾かれる。

 

 

「あー……クソ面倒くせぇ……おい、あんたたちムラクモの研究員だろ」

「え? ええ、そうですが」

「予備のUSBとかSDがあるなら、ここのPCから必要なデータコピーして隠しておけば。こいつらの狙い、ムラクモの研究データだから」

「え!?」

「時間がねぇ。やるなら急げ」

 

「そ、外付けHDDは!? 最後にデータ更新したのいつだっけ!?」

「一週間前に取ってあります! 他の記録媒体はPC一台にUSBが一つずつあるので、最近のデータはそれを確認しましょう!」

 

 

 白衣の研究員たちがバタバタと動き出す。状況についていけず、ムラクモの内情を詳しく知らない自分たちは未だ動くことができない。

 というか、もう時間がないなんて怖いことを言われたが、もしかして……もしかしなくても、まだ安全とは言えない?

 

 

「あのー……この後何が起きるんです?」

「聞くんなら片付け手伝え。できるだけ不利にならないようにアリバイを作る。使われてなきゃこの部屋にもタオルとか救急箱が備えられてたはずだ。誰か動ける奴、それ探してこい」

「わ、わかった」

 

 

 少年の指示通り、救急箱と清潔なタオルは部屋に常備されている物があった。

 すぐに持って戻ると、ようやく緊張がほぐれてきたらしいユウコが軍人の装備を整理している。ポケットの多さや大小はあるが迷うことなく道具を収納していく手つきに感心する。オクタと一緒にサバゲ―をしていたようだし、慣れているのだろうか。

 次いで彼女はPCを収納していたケースを閉じてベスト背面に固定し直し、それを恐る恐る軍人に着せていく。ヘルメットも被せられたが、顔を保護するマスク部分は少年の指示で開いたままにされた。

 

 

「こ、これでいいんですか? ちょっと寝苦しそう……」

「下手に装備外しすぎたままじゃ身ぐるみ剥いだのバレんだろ。ついさっき倒れて介抱始めますって風でいいんだよ。頭の下にタオル敷いて救急箱開いとけ」

「ああ、なーる。でもさ、倒れた理由尋ねられた場合はどうすんの?」

「複数のマモノと戦って頭打ったってことにする。マモノは下から連れてきて、こいつの銃で撃って殺す」

「連れてくる!? いやどうやって!? ちょっと待──」

 

 

「時間ねぇっつってんだろ」と一蹴して少年は部屋から出て行ってしまう。伸ばした手は彼のコートの端をつかむこともできず、中途半端に空を切った。

 バイクの貸し借りについて問答をした時と同じく、言葉が足りない相手だと思う。いや、それ以前に自分たちには何か説明するつもりはないのかもしれない。結局何が起きるのかもわからないままだし。

 いや、彼にばかり任せていてはダメだ。頭を回せ、自分でも情報の整理くらいはできるのだから。

 今までの少年の言葉を思い出す。

 

「アメリカの特殊部隊に危害を加えた状況」。彼は軍人を気絶させたことを悔やんでいた。もっと穏便な方法で止めるか、手出し自体しないほうがよかったとでも言いたげな雰囲気だった。

「こいつらの狙い、ムラクモの研究データだから」。ムラクモの研究員たちが口にしたように、軍人は元々、目的ありきで都庁へ……、

 

 ん?

 

 

「こいつ()……?」

 

 

 間違いない。少年は「こいつ」ではなく「こいつら」と言っていた。つまり複数形。

 そして、「時間がない」、「できるだけ不利にならないようにアリバイを作る」ということは。

 

 

「……もうすぐこの人の仲間が来る?」

 

「おまえらの後にそいつらが都庁に入ったんだよ。エントランスから一階ずつしらみつぶしに調べて上がってきてる」

 

 

 結論を呟いた直後に挟まれた訂正に顔を上げる。直後にユウコがひっ、とひきつった悲鳴を上げた。

 いつの間にか戻ってきていた白髪の彼が、マモノを複数匹従えている。手段はわからないが本当に連れてきたのだ。それなりに苦労したのか、彼は汗を流し肩を上下させている。

 タヌキのような獣が三体。瓦礫やごみを透明な体内に取り込んだスライムが一体。極めつけは二、三メートルはあるだろう巨大な熊が一体。到底人間とは共存できない異形の生物たちが計五匹。ムラクモか自衛隊でもなければ逃げることすらできない数だ。

 反射で腰を落とすが、マモノが自分たちに向かってくることはない。鋭いはずの眼光は鳴りを潜め、武器である爪や牙はピクリとも動かない。でろりと垂れさがった舌が戦意のなさを示しているようで、とりあえず肩から力を抜いた。

 そうこうしているうちに少年は未だ目を回したままの軍人の腰からハンドガンを抜く。それがおもむろにユウコの前に差し出され、彼女はぴえっと飛び跳ねた。

 

 

「え、え?」

「そこのライフル。銃使えんなら安全装置の取り外しくらいできるだろ」

「あ、ああ、そういう。はい……」

 

 

 人やマモノ問わず自身を取り巻くすべてに怯えているのに、二丁のライフルには無警戒で触れている。そんなユウコを持ち主かつ銃に心得があると分析したのだろうか。

 ともかく人選は正確だ。ユウコは震えつつも慣れた動きでハンドガンを調整した。ついでにマモノたちを撃つことはできるかと尋ねられるが、彼女は震えを全身に伝播させて謝罪を口にする。

 

 

「ご、めんなさい。至近距離で生き物を撃ったことは、まだ、なくて……」

 

 

 弾を命中させられないという意味でないのはすぐにわかった。

 

 ユウコとオクタが暮らしていたのは山村と言っていいほど緑に囲まれた土地で、昔は猟師がたくさんいたらしい。ユウコの祖父もその一人らしく、彼の影響でユウコは銃を手に取ったのだと、彼女の母親は言っていた。

 昨年の竜災害はその技術が身を助けたというから、マモノやドラゴン相手に発砲した経験はあったのかもしれない。ただその時の得物はライフルで、敵とはそれなりに離れていたと考えると……。

 同じ人間でないとはいえ、相手は生き物。そして無抵抗だ。

 手を伸ばせば届く距離にいる命を、正面から撃ち抜く。そこには踏み込みたくないというように、彼女は自身の肩を抱いた。

 

 

「うっ、撃て、ない、です。ごめんなさい……」

「──あっそ」

 

 

 少年は紅い目でユウコを見ていたが、フォローもせず責めもせず、興味を失ったというようにハンドガンを取り上げる。

 

 

「弾数は」

「えっと、十発……」

「……ギリだな。タヌキと熊はともかく、こいつはどこ撃ちゃいいんだよ……」

「あ、そいつは真ん中の泡が集まってるところが弱いと思う。おれ何回か殴ったことあるけど、そこは触られるの嫌がってたわ」

 

 

 スライムに少年が目を細めたところでオクタが手を上げた。この姿のマモノは自分たちが関西にいた時にも見たしたびたび襲われたが、なんとか追い払っていた記憶がある。

 オクタの言葉を参考に少年はスライムを観察し、よしと頷く。

 

 

「研究員、データは」

「あ、必要な物は全部回収しました! PCはいっそ初期化か壊しちゃったほうがいいのかな……」

「やめとけ。収穫がなかったら腹いせに殺される可能性もある」

「な、なるほど……」

「というか、そのマモノたち……あなたは異能力者ですか?」

 

「え、おまえも!?」

 

 

 なるほど、異能力者。それならマモノが彼に大人しく従っているのも納得がいく。けれどなんの異能力者だろうか。

 ムラクモで得た知識と照らし合わせ始めた矢先、少年が自分たちに向けて片手を突き出してくる。握られている銃……ではなくて、彼の物らしいスマートフォンが画面に階段を映していた。

 見覚えがあると思ったら、ついさっき自分とオクタが必死に駆け上がっていた都庁内の階段だ。そこを同じ武装をした誰かが数人、まとまって進んできている。

 

 

「都庁の中の監視カメラとつないだ。今映ったのが七階の踊り場だ」

「じゃあ、あと八階と九階も調べて上がってくるとして……もうちょっとだけなら時間あるか」

「ただ、マモノを撃ったら発砲音が連中に届く。すぐにここまで突っ込んでくるからな」

 

 

 正真正銘、逃げ場はない。空気を重くするだけとはわかっていても眉が下がってしまう。

 つい数分前、自分たちは銃を向けられた。相手に弾を当てるつもりだったのかは予想できないけれども、害意は絶対にあった。

 この部屋に辿りついた援軍は、白目で倒れる仲間を目にしたどう思うのだろう。最悪、人数分の弾が放たれるかもしれない。

 

 

「これさあ、俺たち死ぬ確率……どのくらい?」

「知らねぇよ。そうならないようにアリバイ作って、PCも処分せずにこいつらの土産にしてやってんだ。あとは大人しく従って、」

 

 

 白髪の間から覗く伏し目が、開け放たれたドア、廊下の窓を越えて東京の街へ向いた。

 

 

「十分くらい持たせりゃ勝ちだな」

「十分……?」

 

 

 なぜ十分と首を傾げるのをよそに、少年はユウコにハンドガンの構えを確認し、「やるぞ」と呟いた。

 もう後には引けない。発砲音が響けば流れに身を任せるしかなくなるだろう。緊張が生み出す生唾を呑みこんでその時を待つ。

 終始気怠げな表情をしていた少年が足でマモノを押さえつけ、その頭にハンドガンの銃口を埋める。

 

 白い指が引き金にかかって──

 

 

「ん……? あ!? はい!! ちょっと待った!」

「っ」

 

 

 ──オクタの挙手に少年がびくりと肩を震わせた。

 

 

「……何だよテメぇふざけんなおい……」

「だーごめんごめん! その青白いのバチバチさせんのやめてくれ!」

 

 

 危うく取り落しそうになったハンドガンを握り直し、少年が指先を光らせる。数分前に軍人を昏倒させた謎の光にオクタは両手を上げて降参した。

 

 

「マジでごめん。気になったことがあったんだよ。おまえさ──」

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 現在地は八階。エントランスからここまで、目立ったアクシデントも手強い敵もなし。時折遭遇する日本人は力のない一般市民ばかりで、探索は順調。

 問題はないはずだ、と静かに息を吐く。

 今回の出動は自分が班の統率を任されている。この場にいない我らがリーダーからの直々の指名だ。

 暴走しがちなメンバーをうまくまとめてくれ、とのオーダーは今のところ遂行できていると思うが……。意気揚々と先行して探索へ向かった仲間が、連絡をよこさない。

 真竜出現の報が入ってからこっち、早く東京で暴れたいとみんな前のめりになっていて、彼は特に血気盛んだった。報連相が頭からすっぽ抜けるくらい探索にのめり込んでしまっているのだろうか。余計なことをしでかしていないといいが。

 向こうから連絡がないなら、こちらからするしかない。声をかけてみようと胸ポケットの無線に手を伸ばす。

 親指で通話のスイッチを押そうとして、

 

 パァンッ、と銃声が響いた。

 

 銃を構えて顔を上げる。頭の上、天井を通り越した上の階で、発砲音が何度も空気を叩いている。

 仲間の一人がこっちを振り向いた。

 

 

「ウィル!」

「わかってる。急いで向かおう!」

 

 

 Dzの回収も目的の一つだ。ドラゴンは率先して討伐するのが隊の共通認識である。もし仲間が上階でドラゴンと遭遇、戦闘を開始したのなら、動きが制限される屋内での一対一は苦戦するかもしれない。早く合流して援護しなければ。

 八階の探索は一旦切りあげ、隊列を組んで階段を走る。すぐ上の九階に人の気配はない。ならもう一階上か。

 銃声はすでに止んでいる。戦闘が終わったのか、膠着しているのか……いずれにせよ、派手に突っ込まないほうがいいだろう。

 左右と背後を警戒しつつ、足の裏を床と並行に浮かせて滑るように進む。一本道でシンプルなはずの通路は、壁際に寄せられたダンボールや棚で猥雑としていた。アーマーで厚みを増した体の節々がそれらをかすめてガサゴソと音を立てる。

 圧のあるドラゴンの気配は感じない。けれど歩を進めれば嗅ぎ慣れた火薬の匂いが濃くなってくる。戦闘があったのは間違いない。

 一度壁に身を潜め、銃を構えたまま曲がり角から飛び出す。

 真っ先に目に入ったのは複数のマモノだ。ムジナにスライム、レイジーベアー。スライムはブクブクと本体を蒸発させ、それ以外の獣は頭部の風穴から鮮血を垂れ流している。

 そうして転がる死骸の中、人間のものと思われる二本足が投げ出されていた。自分たちの装備とまったく同じ軍靴。

 太ももから上は開かれた扉の中へ倒れ込んでいるようで見えないが、間違いない、もう一人の仲間だ。

 

 

「ケビン!」

 

 

 名前を呼んでも反応がない。まさかと逸る鼓動を押さえつけ、マモノが絶命していることを確認して接近する。

 仲間の正面まで駆け寄り部屋を覗く。仰向けになってぱかりと口を開けた彼を確認するのと同時に、周りに集まっている男女が一斉にこっちを向いた。例にもれず全員が日本人で丸腰だ。

 複数人いるとはいえ、武装した仲間を素手でどうこうできるとは思えない。生温かいマモノの死骸と転がる薬莢を見る限り、仲間はマモノと交戦して負傷、気絶したと見るべきか。

 

 

「おい、ケビンの奴伸びてんじゃねえか! ちくしょう、このジャップどもがやりやがったのか!?」

「落ち着け、マモノと戦っていたんだから、その時に何かあったんだろう。手荒な真似はするなよ」

「わかってるよ! おら、大人しくしとけ!」

 

 

 何があったにせよ、日本人たちに探索の邪魔をされては困る。下のフロアでもそうしたように、身動きをとれないようにさせてもらおう。

 電灯の光を銃に反射させれば、慌てた様子の彼らはぎくりと身をこわばらせた。多少強引だが、全員拘束して部屋の中央にまとめておく。

 子どもたちの服装に統一性はない。が、大人二人は共通して研究職と思しき白衣姿だ。おまけに左腕には見覚えのある紅い腕章が巻かれている。

 生活感のない無機質な部屋、埃の積もっていない精密機械たち。この場は他のフロアと明らかに雰囲気が違う。

 目的地はここだ、と直感が告げた。

 

 

「PCの調査と民間人の見張りを頼む。俺はケビンを診る」

 

 

 倒れた仲間は頭の下にタオルが敷かれて寝かされている。装備はほとんど外されていない。日本人のうち誰かが治療をしようとしてくれていたのだろうか。

 彼の姿勢を仰向けから回復体位に変えつつ呼びかけてみる。やはり反応しないが呼吸と脈は正常だ。瞳孔もライトを当てれば収縮するから生きている。アーマーに大きな破損はないから、彼の体が浴びている赤は……おそらく返り血だろう。

 部屋の外で息絶えているマモノたちを振り返る。赤い水面を広げ続けている死骸はいずれも銃創が少ない。廊下に落ちている空薬莢はすべて同じ物だ。近くにはハンドガンが転がっている。

 

 

(すべてハンドガンで片付けたのか。この数のマモノと混戦して他の銃は抜かれていない……。民間人に気を遣ったのか?)

 

「おいウィル、ビンゴだ! ドラゴンのデータが入ってる。ここがムラクモのデータベースで間違いなさそうだぜ!」

「オッケー、できるだけ抜き取ってくれ」

 

 

 USAよりずっと小さいとはいえ、日本は昨年の竜災害を生き抜いた数少ない国。中でもムラクモ機関がため込んだ情報となれば正確性も高いだろう。今後のドラゴンたちとの戦いで役に立つはずだ。

 リーダーに良い報告ができそうだ。キーボードが叩かれる音を聞きながら、マスクの中で頬を緩める。

 倒れた仲間は沈黙したままだが致命傷はないようだし、おそらく目を回しているだけだろう。ドラゴンを相手にしたわけでもないのに倒れるなんて、とからかわれてしまうかもしれないが、実質被害はゼロ──

 

 

「……うん(Huh)?」

 

 

 待てよ。

 

 もう一度、倒れている彼の状態を確認してみる。

 腕、胴、足。すべてが装備の表面にかすり傷がある程度で、肌には届いていない。

 彼の頭を持ち上げてヘルメットを外す。頭皮を触るが傷やこぶはない。大して負傷していないのに気絶しているのは、殴られるか吹き飛ばされるかで頭に衝撃を受けたからだと思ったが……。

 廊下に出て周囲を確認してみる。目立つのはマモノの血しぶきのみで、傷はない。仲間が頭や体を打ち付けたような跡はなく、窓ガラスも割れていない。

 屈んでマモノの死骸をひっくり返す。血を吸った毛皮を分けてみるが、こちらも皮膚に目立つ傷はない。死因となったのは頭部にのみ空いた風穴だ。

 

 

(撃ち抜かれているのはすべて急所だ。雑魚のマモノ相手なら当てるくらいはわけないだろうけれど)

 

 

 ここは開けた場所ではない。弾をばらまくタイプの銃だと、流れ弾が民間人に当たる可能性がある。

 ハンドガンでマモノ数匹を相手にする中で攻撃を喰らい、マモノをすべてを仕留めるも彼は気絶した。

 自然と仮定していたが、そうだとしても()()()()()()()()()()()()だ。銃創以外の痕跡がほぼほぼないと言っていい。

 

 

「ウィル、データは回収できた。こいつらのボディチェックもしたぜ。あとはケビンを起こすだけだ!」

「ああ、わかった……」

 

 

 仲間の声に上半身をひねる。しゃがんでいたため視界は上向きになり、廊下から振り返った部屋はさっきよりも天井が広く見えた。

 白い素材は滑らかで……入り口に近い場所に、無秩序に空けられた穴がくっきりと残っていた。

 

 

「おい、いつまで寝てんだケビン! ……ダメだなこりゃ。完全にノックアウトされてやがる。よいせっと……よし、さっさとずらかるか」

「いや」

 

 

 踵を返す仲間と入れ違いで部屋に入る。

 天井に空いた穴は二つ。経年劣化の崩れではない、突き破られたような開き方。間違いない、銃によって開けられた穴だ。

 廊下に転がるマモノたちは、ムジナも熊も、顔の前側か上側に銃創がある。下ではなく、正面か頭上から弾を撃ち込まれたのだ。スライムは溶けかけて原型をなくしているけれど、銃で撃てば体の一部が周囲に飛び散るから、それを確認すればどういった風に戦ったのかが予測できる。

 部屋の壁や天井にはそういった痕跡は微塵もない。だから、天井の銃痕はマモノたちとの戦闘とは無関係だ。

 ざっと床を見回す。歩くスペースの確保のためか、左右には動かせるタイプの仕切りが立つ。

 その足もと、分厚い素材のカーテンと床の隙間。わずか数センチの隙間で何かが光った。

 

 

「おーいウィル、どうした? ジャパニーズのことなんて気にしなくていいだろ? ……何だ、それ」

「薬莢だ。ハンドガンのものじゃない」

 

 

 拾い上げた金属を手に転がす。連射式の銃の弾、それを収める薬莢だ。おそらくもう一つが部屋のどこかに転がっているだろう。

 天井の穴は威嚇射撃だ。二発分、ハンドガン以外の銃が使われていた。

 威嚇の対象はマモノだったのか日本人たちだったのか定かではない。だが部屋の中で発砲されたのは確かだ。

 廊下にマモノ、部屋に人間。マモノと対峙すれば自然と人間に背が向く。銃弾が真後ろに飛ぶなんてことはないから、小機関銃もアサルトライフルも遠慮なく使えただろう。

 複数の敵を相手に、連射性のある銃からハンドガンに持ち替える必要性を感じない。

 

 努めて穏やかに、ゆっくりと呼びかけてみる。

 

 

誰か、英語を話せる者は(Does anyone speak English)?」

 

 

 返事はない。日本人たちは黙ってこちらを見ている。話せないのか、あえて話そうとしないのか。

 いや、そこはわからなくても問題ない。揺れ始めた目が、彼らの焦りを物語っている。

 

 

「なら、日本語で話そう。上手くはないけど、通じるはずだ」

 

 

 リーダー、サブリーダーとの会話で学んだこの国の言葉を口にすれば、彼らはわかりやすく目を見開いた。

 いたずらに危害を加えるつもりはない。だがことと次第によっては、放置するわけにもいかない。

 

 

「俺たちの仲間は、なぜ倒れていたんだ?」

 

「ウィル!」

 

 

 名前を呼ぶ声と同時に、ダダンッ、と銃声が響く。

 反射で銃を構えるが、誰にもどこにも着弾することはない。音自体もかなり遠くから響いているため、自分たちが標的になっているわけではないようだ。

 窓から外を見下ろす。2020年から時が止まっている東京の街中、砂煙を巻き上げて都庁へ向かってくる影がある。

 双眼鏡を覗けば深いカーキの車体が確認できた。ボディもタイヤも分厚く、荒地も難なく進めそうな造り。民間人が使う一般車両のはずがない。

 

 

「ちっ、JSDF(自衛隊)だ! もう嗅ぎつけて来やがったか!」

「敵じゃないと言いたいところだが……数が多いな。必要なもんは手に入ったし、退散した方がいい。どうする、ウィル?」

 

 

 負傷者が出ていなければ、もう少し活動する余裕があったかもしれない。だが、気を失った仲間を抱えてマモノを駆逐しきれていない屋内を移動するのは時間がかかるだろう。

 足踏みをしていれば自衛隊と鉢合わせる可能性が高い。成果は上げたのだから、面倒なもめごとが起きる前にここから去るのが最適解だ。

 

 

「わかった。行こう」

 

 

 列になって走り出す仲間の最後尾に立ち、最後にもう一度、部屋の中に疑問を投げかける。

 

 

「ケビンは、仲間には何をしたんだ?」

 

 

 返答はない。日本人たちはただただこちらを見ているだけ。

 彼らの真意を確認する時間はない。釈然としないまま背を向ける。

 

 

「……おそらく彼は、マモノとの戦いで倒れたんだろう。そうでないのなら、たとえ丸腰の人間相手でも、僕らは銃を抜かなければいけなくなる」

 

 

 仲間たちが自分を呼んでいる。もう行かなければ。

 最後に、部屋の中にいる彼ら……ムラクモ機関の研究員と思われる男女に、残りの子どもたちをしっかり見つめる。

 

 

「もう少しで自衛隊が救助に来てくれるはずだ。……君たちに戦う力がないなら、危険には近付かず、安全な場所にいたほうがいい」

「おいウィル! おまえだけ捕まるつもりか!?」

「すまない、今行く!」

 

 

 しびれを切らした仲間の怒声に応えて駆け出す。

 手足を縛られ始終抵抗は見せなかった五人だが、手負いの獣が牙を剥く寸前のような気迫がわずかに匂っていた。

 彼らのうち誰からかはわからない。けれど、日本人がみんな銃を前におとなしく従ってくれる相手というわけではなさそうだ。もしかしたら、この先競争相手として対峙することもあるかもしれない。

 大人二人に子ども()()()()全員の特徴を頭に刻み込み、数段飛ばしで都庁の階段を駆け下りた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

『私は勝手に議事堂の外へ出て皆さんに心配と迷惑をかけました』。

 

 蛍光色のマジックででかでかと書かれたプレートを首から下げて、今日も今日とて議事堂での生活が始まる。

 

 

「さあ、がんばってね! いってらっしゃーい!」

「はい……」

「うっす……」

「いってきます……」

 

 

 ニコニコ笑顔の母親に見送られる。掃除用具一式を握りしめて、ハジメ、オクタ、ユウコの三人は重い一歩を踏み出した。

 

 都庁でのデッドオアアライブ事件をなんとか切り抜けた後、ムラクモ13班に救出され、全員が無事に議事堂へ帰還した。

 ほっと一息つけたのもつかの間、待っていたのは説教の大嵐だ。自衛隊・ムラクモ・家族のそれぞれに経緯を報告すれば三者三様が噴火して、正論でぶん殴られる。その後は反省文を書かされ、解放されたのは日が沈んだ後。固い床での正座数時間耐久にさらされた両脚はほぼ感覚がなく、ひいひい泣いて自分たちの生活スペースに這って戻ったことはもう思い出したくない。

 

 その後、朝比奈家、奥田家、鴨川家の間で協議がされた結果、三人には「これから一週間、一般人が行き来できるエリアを隅から隅まで掃除するように」と罰が課せられたわけである。気持ちが先走った結果死にかけたと骨身にしみてわかっていたから、抗議はできなかった。

 ちなみに首から下げるようにと渡された私は○○しましたプレートはハジメの妹たちのお手製だ。「これある意味サイン色紙じゃね?」といらんことを呟いたオクタは説教一時間コースが追加された。

 

 

「でもよー、データを持ち帰れたことについては褒めてくれてもいいんじゃねえ? おれらはなにもできなかったけど……ユウコは準MVPの活躍したんだからよお」

「あたしはただ隠れてただけだよ……」

 

 

 唇を尖らせるオクタにユウコが苦笑いをしてうつむく。

 アメリカの軍人たちはムラクモのPCから根こそぎデータを持って行った。コピー&ペーストではなく、切り取り、抜き出すという形で記録をかっさらっていったのである。

 また彼らは抜け目なく全員のボディチェックを行い、ポケットや靴の底に隠していた記録媒体も回収されてしまった。

 

 まあ、それらはダミーなのだけれども。

 

 マジでぎりぎりだったなぁ、と昨日の修羅場を思い返す。

 

 

 

 

 

 少年が銃でマモノを撃つ直前、オクタが手を上げて首を傾げた。

 

 

『おまえさ、都庁前までおれたちと一緒に来て、いったん引き返していったよな。んでおれたちの後にこのやばい人たちが都庁に入ったって言ったけど、どこかから見てたってことか?』

『あ? だったら何』

『いや、それで結局都庁に入ってきたんなら、どうやってその人たち追い越してここまで来れたんかなって。もしや……ニンジャ?』

『老朽化とフロワロの根が張ったことによる傷みで、都庁の壁も床もあちこち腐り始めてる。特に損傷のひどい箇所が崩れてつながって、フロアを行き来できる抜け穴になってたんだよ。去年からあったっつうのに、誰も気付いてなかったみてぇだな。修繕されずに残ってたから、そこ潜って来た』

『やっぱニンジャじゃねぇか!? え、じゃあそれ使えば脱出……』

『オレがギリギリ通れる程度の隙間しかない。少し身動きするだけで物音が立つ。三から五階あたりであいつらがドラゴンとドンパチしてたからそれに紛れて追い越せただけだ。そんときと比べりゃここも八、九階も敵性体がほとんどいないからごまかせねぇよ。あいつらにもマモノたちにも察知される可能性が高い』

『……じゃあ、隠れるのは?』

『隠れる? だから、潜って大人しくするのも難しい狭さなんだよ』

 

 

 何を言っているのかわからないというように首を傾げる少年から、部屋の隅で縮こまっていた少女にオクタは視線を移した。

 

 

『おまえがギリ通れるんだろ? じゃあ、ユウコならいける』

『は……え!? あた、あたし!?』

 

 

 指名されたユウコの顔からざっと血の気が引く。一瞬で顔を青くしたり赤くしたり、大量の汗を流したりと健康状態が心配になってくる慌てようだ。

 確かに、彼女はこの場にいる六人の中で最も華奢ではある。少年が抜け穴を通れるのなら、ユウコであればもっと余裕をもって潜ることができるとは思うが。

 

 

『ムラクモはデータを持ってかれたら困るんだろ? 今から来る奴らはパソコンの確認だけじゃなくておれらが何か隠してないか確認してくるかもしれねえじゃん。だからデータの入ったUSBとかはユウコが持って、抜け穴の中に隠れる。そんで軍人たちが帰っていくのを待つ。このほうが安全だと思う』

『ちょっとリョウちゃん、勝手に決めないで! むむむむ無理、無理だよあたしなんかじゃ見つかっちゃうって!』

 

 

 白羽の矢が立った当人は首から上がもげそうなほど頭を振っている。白髪の少年も懐疑的なジト目になっているが、オクタはやたら自信満々だ。

 

 

『大丈夫だって。こいつ隠れるのマジで上手いから。子どもの頃からかくれんぼしてたらこいつだけ見つからずに日が暮れて解散ってことが週に一回は──ぐヴんッ!』

 

 

 ユウコの恐ろしく早い手刀がオクタの丹田に叩きこまれる。「俺、何かやっちゃいました?」と謎のフレーズがプリントされたネタTシャツがへこんだ。

 自分では無理だとしかくりかえさない彼女に対し、オクタは彼女のサバゲ―での活躍や、祖父たち猟師の仕事を手伝っていたためそういった立ち回りの心得があるなど具体的な根拠を指折り列挙していく。

 

 

『大丈夫だ、戦えなんて言ってるんじゃない。動いたり喋ったりもしなくていい。抜け穴の中に入って……()()()()()()()()()()()()よ』

『で、でも……無、……ううぅ……』

 

 

 部屋に響いていた拒否の声が徐々にしぼんでいく。代わりに両手の指先をいじり始めたユウコは、期待の眼差しを送る研究員たちを見て、自身の代わりにマモノに銃を向ける少年を見て、揺るぎない信頼の姿勢を崩さないオクタを見て……ぱたり、と両手を膝の上に置いた。

 元々頼み事は断りにくいタイプなのだろう。きゅっと引き結ばれていた唇がのろのろと開き、観念した様子で小さく「わかったよ」とこぼされる。

 

 

『は、入るだけ……壁の中に入るだけ、ね? やるけどさ……リョウたちも、絶対無事でいてね? 誰かが撃たれちゃうなんてやだよ……』

『だーいじょうぶだって! ほら、時間ないし早くしようぜ!』

 

 

 

 

 

 ……そうして記録媒体を託して抜け穴に潜んでもらい、結果ユウコは誰にも気取られることはなかった。直後に救助に来てくれた13班の二人も気付かず、おそるおそる抜け穴から出てきたユウコにぎょっとしていたくらいだ。

 PCは軍人たちによって空っぽになってしまったが、データ自体は守ることができた。よほど大切なものだったのか、帰ってからの説教はムラクモ側だけ手心が加えられていた気がする。それでも天秤にかければ人命の方が重いのだから、よくやったなんて自分たちを労ってくれる言葉はなかった。

 

 

「しかもよぉ、一人はちゃっかりバレずに済んでたみたいだし」

 

 

 オクタが不満気に箒で肩を叩きぐるりと辺りを見渡す。都庁での危機を一緒に乗り越えたもう一人を探しているのだろう。

 つられて議事堂の中を見回してみるが、件の人物はどこにもいない。

 名乗ってくれることもなかった、自分たちと同じく異能力者らしい白髪の少年。彼は軍人たちが去った後、都庁への出発前にも言っていた「自分と一緒にいたことは誰にも言わない」ことを念入りに言い聞かせてきてから一人で出ていってしまった。それが説教とペナルティを避けるための予防線だと気付いたのは、議事堂で怒り心頭の大人たちに囲まれた時だ。

 火の玉ストレートの叱責の雨。ノーガードでそれを浴びつつ謝ることしかできない苦行。なんだなんだと集まってくる野次馬。

 それらを尻目に、素知らぬ顔で視界をてくてく横切っていく彼。道連れにしてやりたいという邪心が湧いたが、危ないところを助けてもらったことへの恩がギリギリ勝った。

 

 

「どこから掃除する?」

「うーん、広場のほうかなぁ。後回しにしてたら風で砂埃とか入ってきそうだし」

 

 

 沈んだ気分でふらふら歩けば、反省文プレートが振り子になって両腕に当たる。「あれなにー?」と指をさしてくる子どもと生温かく咎める大人のやりとりにいたたまれなくなってくる。オクタは問題なさそうだが、人見知り・コミュ障を自称しているユウコは周囲からの視線に敏感かつ繊細で、すでに虫の息になりつつある。

 まだ罰は始まったばかりなのだ。ただでさえ三人だけでは手に余る広さを掃除するのに、彼女に倒れられてオクタとの二人だけになりでもしたら真夜中までかかってしまうかもしれない。

 全員がメンタルに引きずられて体力も尽きてしまう前に、さっさと広場の掃除を終わらせて、人気の少ない場所へ移動しよう。

 

 とりあえず目の前の落ち葉を拾おうとして、「おや、あんたたち」と声をかけられた。

 

 

「昨日の子たちだね。探してた子は見つかったのかい?」

「あ、どうも」

 

 

 近付いてきたのはバイクを貸してくれた老人だ。おかげさまでと頭を下げてユウコを紹介する。

 

 

「昨日はありがとうございます。助かりました。バイクは問題なく動いてたと思うんですけど、その後大丈夫でした?」

「おお、問題ないよ。坊主が様子見てくれたしな」

「坊主……ああ、あいつか……。そうだ、おじいさん、これ」

 

 

 老人への恩はもちろん忘れていない。昨日リクエストされたサインはちゃんと準備済みだ。少しでも喜んでもらえるといいが。

 色紙ではないけれど、なるべくしっかりした紙を選んでクリアファイルに挟んだものを礼と共に手渡す。

 いつもより丁寧に書いたサインを見て、老人はああとはにかんだ。

 

 

「はいはい、これがサインな。あんがとなぁ、婆さん喜ぶよ。あとは花か赤福も一緒に供えられりゃよかったんだが、今のご時世贅沢は言えんからなぁ」

「供える? っあ……」

 

 

「渡す」ではなく「供える」。流れた言葉を復唱して、意味に気付いて、箒を持つ手に汗がにじむ。

 彼は既に伴侶を亡くしているのだ。珍しいことじゃない。今の世界は健康に生きていられるのがあたりまえではなく奇跡に近い。

 オクタとユウコも老人の境遇を察したらしい。三人の間にひやりと冷たい風が吹いて、陽気に温められた体温がほんの少し下がった気がした。

 閉口した自分たちを見て、老人は驚いたように目を丸くする。次いで作られたのは邪気のない朗らかな笑顔だ。「いいんだよ」という一言が緊張していた体を優しくなでてくれる。

 

 

「もともと体が弱いのもあったけど、去年、肺炎でぽっくりとな。天寿を全うしたのとほぼ変わらんよ、そんな悲しそうな顔せんでいいから」

「あ、そ、そうなんですか」

 

 

 竜災害による悲惨な死ではなかったらしい。よかったと言っていいのかわからないが、昨年の惨劇を経験した身としては、五体満足で息を引き取れるだけ幸せに思えてしまうのだ。

 気付かれないようにほっと息を吐く中、「んでなぁ、」と老人が口を開いた。穏やかな陽気に気分もほぐされているのか、昨日よりも人当たりの良い笑顔でゆったりとした語りが続けられる。

 

 

「あの坊主知らんかね? バイクがちゃんと二台返ってきたはいいんだが、昨日おまえさんらと出ていってから顔見せてねぇのよ」

「そうなんすか? 昨日議事堂に帰ってきてるのは見ましたけど」

「おうおうそうかい。そんなら大丈夫そうだな。どこかでのんびりしとるんじゃろ」

 

 

 ある程度交流がありそうな男性も詳しい動向はつかめてないらしい。彼の言葉もあってなんだか野良猫みたいだ。

 結局彼は何者だったんだろう。渋りつつもバイクを貸してくれて(そういえば都庁付近にバイクを停めたまま放置だったが、回収してくれたみたいだ)、都庁の見取り図をくれて、協力はしてくれたけども、どう言う立ち位置なのかいまいちわからない。

 

 顔を見合わせていたところで遠くから声がかかる。議事堂入り口で瓦礫撤去をしている自衛隊員たちのうち一人が手を振って自分たちを呼んでいた。地面になだらかに積もった砂埃や小石を掃除してほしいらしい。

 一週間罰掃除、の現実に引き戻されてがっくりと肩が下がる。がんばってなぁ、と手を振る男性に見送られて三人は重くなった足を踏み出した。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 だるい。頭が重い。吐き気がする。

 

 人の喧騒も遠い、窓のない薄暗い地下フロアのどこか。無機質な冷たさを持つ壁に体重を預けてじっとやりすごす。

 こうしてから何分経ったか考えるのもきつくて、痰交じりの深呼吸をした。

 ここまで疲れるのは久しぶりだ。自分の限界値はおおむね把握できているから、今まではそれなりに加減して上手くやれていたけれど、昨日のあれで久々に消耗した。生物複数体は無理がある。

 やっぱり、ちゃんと組み立てればいうことを聞いてくれる機械の方がいい。

 

 そう考えると、先日試験に飛び入り参加したのは早計だったか。いや、そうしないと最前線にしか顔を出さないような機器やデータには触れられない。機動班じゃなくて情報支援班か開発班希望に配属されるといいが。

 

 などと考えていたところで、誰かの声を耳が拾う。

 

 

「ああ、いたいた」

 

 

 比較的耳障りのいい高さに少し早くなる足音。平和な町中でもないのに待ち合わせをしていたような言葉が地下の空気をやわらげて……目の前で止まるものだから、沈みかけていた意識に待ったがかかる。

 

 

「えぇーと……イチノセ、 一ノ瀬(イチノセ) 椎名(シイナ)くん……で、合ってます? とりあえず、これどうぞ。飲んだらいくらか楽になるから」

 

 

 すぐ鼻先でたぷりと音がして、ようやく目を開けば薄青の液体が入った小瓶が揺れる。体がダルくてうまく動けないだろう、と勝手知ったる指摘と同時に、手に小瓶を握らされた。

 あとはこれも、と体を支えるベンチの横に置かれたのは一台のタブレット。記憶違いでなければ、昨日外で放置したはずのものだった。

 

 

「都庁からのSOS信号を受信できたのは、議事堂から向かう道中にこの端末があって中継地点になっていたから。持ち主がわからなかったから、機械に詳しい子に調べてもらいました。そうしたらかなり難しい仕掛けがされていて、『怪しいぞ、ここまでできるのはハッカーの異能力者くらいだ』って」

 

 

 何重にもかけたプロテクトが逆に突き止めるための材料になってしまったらしい。やりすぎたか。余計な真似だったらごめんなさいという謝罪は受け流してため息を吐いた。

 目の前の女は手に持ったバインダーを見下ろしながら、先日に飛び入り参加した試験は合格であること、能力開発やら配属のために最短でも明日からムラクモ居住区、および研究区へ来るよう告げる。

 それじゃあ、と踵を向ける彼女を呼び止める。片手に握らされた小瓶を持ちあげて振れば意図は察してくれたようで、簡潔な説明が返ってくる。

 

 

「マナ水って呼ばれてます。詳しいことはわからないけど、昨日何かしてくれて消耗してるんでしょう? 後衛系の異能力者は力がマナ依存だから、慣れていない内はマナの消耗で起きる疲れが激しいの。それはマナを補充するためのお薬です。あんまりおいしくないけどそのまま飲んでね。水で薄めたりはしないように、効果が落ちちゃうから。あとは、ちゃんとした装備を使えばマナの消耗はもっと抑えられるので、やっぱり早めにムラクモに顔を出してほしいかな。……あ、ごめんなさい、よりによって自己紹介を忘れてました」

 

 

「志波 湊です。これからよろしく」と付け足して、今度こそ女性は離れていく。

 静かになった廊下で、小瓶を目の前に持ちあげる。もったりとした液体を閉じ込める容器に、想像以上に顔色の悪い自分が映った。

 ふたを開けるのにも数秒苦戦し飲み込んだ薬は、化学調味料のような甘さと過剰な清涼感と余計な苦みが混ぜこぜになっていてしっかりまずい。これからはこの味と付き合っていかないといけないと思うと、すっと軽くなってきた体とは裏腹に胸中は気怠くなった。

 退屈な一般人の生活に飽きて刺激を求めてみたはいいが、早まっていたかもしれない。

 まあ踏み出してしまったものは仕方なし。一番危険な仕事はベテランの彼女たちに任せればいいんだし。

 

 とりあえず休みがてら昼寝でもしようと思い立ち、居住区で自分に割り当てられたスペースに戻ろるために腰をあげた。

 

 

 





これにてINTERMISSION1は終わり。あらすじ挟んで次からは地獄のCHAPTER2に入ります。
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