2021年は平和……うおおドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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弊世界線だとフォーマルハウト襲来は原作の発売日である4/18になってます。



Count 2. 2021.04.18 - Encount Arms of Fomalhaut -

 

 

 

 2021年4月18日の朝はざわめきに満ちていた。

 今日は日本一高い建造物、東京スカイタワーが再稼働される日だ。外を見れば真っ先に目に入る首都のシンボル、その復旧に浮き足立つ空気がムラクモ居住区にも流れ込んでくる。

 

 顔を洗って着替えている最中、ターミナルの起動音が鳴る。

 朝から一足早く作業をしていたらしいミロクの笑顔が画面に映った。「おはよ、13班」とあいさつをして、時計を指差しながらスカイタワーの方にも問題がないことを教えてくれる。

 

 

『これからタワーの電源復旧と、復興記念の式典が始まるみたいだ。本会議場で現地との中継をつなぐから、13班も参加してくれ。本会議場はエントランスの東側だ。ムラクモ本部とは逆だから間違えるなよ!』

「はーい。今からそっち向かうね」

 

 

 身だしなみを整え、はねる髪をなでつけて部屋を出る。

 見知った顔とあいさつを交わしてエントランスに上がれば、同じく式典に参加する大人たちが陽気に話しながら参議院側の会議場に向かっていた。参議院会議場の大部屋は連日の会議以上の声が飛び交っている。

 席を埋めているのは政治家をはじめ、ムラクモや一般市民の中から復興に尽力した者たちだ。中には開発班のケイマやレイミもいて、最前列にはイヌヅカ総理がうきうきといった様子で腰掛けていた。

 

 

「いよいよですな、総理!」

「ああ……いよいよ日本復興計画ののろしが上がる。これは偉大な一歩だよ!」

 

「おはよ。ケイマ、隣空いてるなら座るわよ」

「おっ、おはよう13班! いいぜ、埋まっちまう前に座れよ。いやぁ、長かったような短かったような……お、俺もこのプロジェクトに協力したんだよな……ちょっとだけだけど……。ううっ……なんか感無量だぜ……!」

 

 

 開発班の若手は情緒のエンジン全開で汗と涙を流す。

 対して、横にいるレイミは青色吐息気味だった。膝の上には祝いの場にそぐわぬ愛用の銃器があって、彼女は我が子を慰めるように銃身をなでていた。

 

 

「あ〜あ……レイミも記念式典、出たかったですぅ……せっかくレイミのグレネリンコたんを全国の皆さんにお披露目するチャンスだったのに〜」

「俺たち代表して、ジジイが行ってるだろ。つかグレネリンコたんはしまっとけ!」

「レイミさん、それ誰かに注意されなかったんですか……?」

 

 

 いつもより入念に磨かれて光を放っているライフルグレネードを指摘すると、レイミはてへっと舌を出した。愛らしさよりも底知れぬオーラが漂ってくるのはなぜだろう。

 もうすぐ時間になってしまうし、追及はしないでおこう。席に座って時間が進むのを待つ。

 

 数分経って、時計の針が予定の数字に重なった。

 アリアケ議員が前に出て、マイクをいじる。ハウリングが響いて何人かが顔をしかめたが、眠りかけていた者もいたのでいい目覚ましになっただろう。

 ご愛嬌、と言うように議員は微笑み、鼓膜のケアを意識してか穏やかな声で部屋全体に呼びかけた。

 

 

「皆さん、ご静粛に。間もなく、スカイタワーからの映像が届きます。スクリーンにご注目ください」

 

 

 巨大なスクリーンが会場全員の視線を浴びて点灯する。けれど画面は何も写さず、黒と灰色の砂嵐を流すだけ。

 最初は接続中か、電源を入れた際の待機状態だろうと思い、一同は待った。

 しかし三分経っても五分経っても、映像は流れない。

 

 

「どうしたんだね? 機材の故障か?」

「いえ……おかしい、キリノ君との通信が……」

 

 

 総理とアリアケ議員の会話からざわめきが大きくなっていく。

 周りの人間が顔を見合わせ首を傾げる中、すぐ隣から音がしてミナトは反射的に横を向いた。

 シキが机に手をついて立ち上がっている。流線を描くまつ毛を大きく持ち上げ、彼女はモニターを凝視していた。

 

 いや、凝視というより、そこから何かを感じとっているような。

 

 

「……シキちゃん?」

 

 

 他の人間が向けてくる訝しげな視線は意に介さず。少女の体は前に傾いて髪は流れ、その隙間から見える瞳は画面の砂嵐しか映していない。

 

 

「……いる」

 

「え?」

 

 

 何かを呟いたパートナーの顔を覗き込んで、ぞくりと背筋が震える。

 本能に警告を飛ばすような赤。命に直結する血の色がふたつ。

 出血でも充血でもない。シキの瞳の色が真紅に染まっている。

 少女の目は淡く薄桃がかった玉鋼の色だったはずた。何度も近くで見てきたのだから間違いない。

 けれど、まばたきをしても目をこすっても、彼女の瞳は血の色だ。光の角度でそう見えているわけでもない。

 

 何が起きているのだろう。少し、怖い。

 

 ミナトはゆっくり手を伸ばして、硬直している少女のまなじりに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 スカイタワーの展望台で、自衛隊員がただただ空を見上げている。

 昨日も今日も天気は晴れで、浮かぶのは水彩筆で優しく触れたような雲だ。加えて、春を象徴する桃色の花びらがちらほらと宙に舞っていた。人が手を加えた場所だけでなく、土壌や植物も去年の汚染から回復しつつあるらしい。

 

 穏やかな日差しがかぶっているヘルメットに熱を与える。

 彼らは静かに汗を流した。こめかみを伝い、震えるまつげに弾かれ、顎の先からしたたり落ちる。

 脂混じりのそれが地面と潰れ、ぼたり、と粘着質な音が響いた。

 

 

「お、おい……嘘だろ……こんな……」

 

 

 ばさり、と風が屋上に吹き渡る。

 汗をさらうように吹いたそれは、自然のものではなければ人が起こしたものでもない。

 鳥など遠く及ばない、巨大な翼が空気を捉えて押し出す音だ。

 

 何度も嘘だと自身に言い聞かせる。しかし目の前のそれは消えてくれない。むしろ、ますます大きく近付いて──

 

 通信機に手を当て、ありったけの声を出した。

 

 

「屋内班!! 堂島陸将補、応答願います!! あいつが、あいつが──」

 

 

 一際強い風圧が押し寄せる。

 黒い何かが視界を埋め、頭蓋が軋む感触がした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 地響きのような重い音が響く。

 未だ国会議事堂と繋がらないモニターから天井に視線を移し、リンは首を傾げた。

 何やら様子がおかしい気がする。施設のどこかで不具合が起きているのだろうか。

 

 

「どうした? ゲーブルの断線か?」

「いいや、電圧が急激に低下しているようだ。機材の方は異常ないんだが……」

 

 

 ワジは素早く配線や機器を確認していくが、目視での異常は確認できない。

 その横でキリノも通信機の様子を見ながら、マイクの向こうに呼びかける。

 

 

「国会議事堂! 応答願う! ……おかしいな、通信も遮断されてる……」

 

 

 つい先ほどまでは何も問題なかった。発電装置も各機器も、トラブルなく稼働している。

 

 専門家でも原因が判断できない事態だ。いったいなぜ──

 

 

「っ!?」

 

 

 首を傾げる一同の横っ面を張ったのは、タワー全体を突き上げるように襲った揺れと、通信機から響く悲鳴だった。

 

 

『たっ……助け……あいつが……っ……あいつが、また……っ! ぎゃあああああ──……』

「お、おい……!? 屋上班! どうなってやがる!?」

『ど、堂島陸将補……ダメです……ここは……もう……奴らが──』

 

 

 激しいノイズが走り、マキタの呼びかけも虚しく通信が切れる。

 

 

「クソッ……! 大将! どうする!?」

「緊急避難を開始! これより本隊は非戦闘員を誘導し、スカイタワーから脱出する!」

 

 

 リンの判断は迅速だった。指示を聞いた部下たちもフロア中に散り散りになり、技術者や給仕の係員を素早く保護していく。

 通信機から届いた声。並のマモノ相手に、去年の災害を乗り越えた自衛隊員が出すものじゃない。

 焦燥を歯噛みして抑え、リンはマキタに安全第一だと前置きした。

 

 

「マキタ、おまえは屋上班の救出を頼む。……絶対に無茶はするなよ!」

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 まなじりに触れた指先に反応して、シキが目を閉じる。すぐに開かれた瞳は、いつもの色に戻っていた。

 けれど少女はミナトを見ずに踵を返す。同時に、ミロクの声が通信機を震わせた。

 

 

『緊急通信! スカイタワーからの通信が遮断された! 同時に未確認の飛行物体を観測! 何らかの異常事態が発生している可能性がある! 13班、急いで現場に向かってくれ!』

 

「ど、どういうことだ!? キリノ君……キリノ君!?」

「総理、落ち着いてください!」

 

 

 総理とアリアケ議員の声、そして一気に曇り模様になったざわめきを背に浴びながら会場を飛び出す。

 ムラクモ居住区の自室に戻って武器を手に取り、飛ぶ勢いでエントランスに出た。

 

 

「誰か! 車運転できる奴!」

 

 

 シキの呼びかけにいち早く反応したのは待機していた自衛隊員。そして好奇心旺盛なジャーナリスト。

「行かせてくださいっス〜!」と騒ぐジャーナリストが押さえられている間に車に飛び乗り、鞭で叩くように議事堂から発進した。

 

 進行方向、青空にそびえる銀色の塔。遠目からでは何が起きているかは判断できない。

 空に届かんばかりの建造物と異常事態。視界を横切る、去年変形したままの東京タワー。……嫌な物を連想してしまう。

 目を閉じて瞑想すること数分、土煙を飛ばし、車はスカイタワー前で急停止した。

 

 

『おい、13班! スカイタワー内部は通信障害が発生してる』

 

 

 それだけじゃない、とミロクの声が震えた。

 タワー入り口、舗装された地面や壁に、灯火のような赤い花が繁茂している。

 忘れもしない。赤は赤でも、二度と見たくなかった赤だ。ミナトは思わず目を閉じてしまう。

 

 

「そんな……、これって!」

『この赤い花は……まさか……! ……いや、なんでもない! 今はスカイタワーにいる奴らの救助を最優先で考えよう。どこまで電波が届くかわかんないけど、ギリギリまでナビするから、気を付けて進んでくれ!』

「あっ、シキちゃん、待って!」

 

 

 シキが何も言わずに、獲物を追う狼の如くタワーに飛び込んだ。

 

 

「13班現着した! リンとキリノたちは!」

「展望台付近の階になります! 技術者の避難誘導は、自衛隊にお任せを! 13班は先へ!」

 

「こちらA班! 天望デッキ340の避難誘導が終わりました。引き続き、B班との合流まで待機します。オーバー……」

 

 

 中は一昨日のマモノ発生時と同じく騒がしい。けれど空気がまるで違う。限界まで張り詰めて、今にも千切れそうな糸が悲鳴を上げているようだ。

 ひたすら廊下を走り続けると、グレーの装備で統一された自衛隊員たちに混ざり、白衣やブラウンのエプロンが視界に映る。キリノたち作業員の面々だ。自衛隊に守られる中、的確に指示を飛ばして避難誘導に協力している。

 

 

「みなさん、落ち着いて! はぐれないように気を付けてください! 全員揃って脱出しましょう」

「な、なんでこんなことに……全て順調に進んでいたはずが……」

「オレなんか、十年ぶりに作業着をおろしたってえのにさ。はぁ~あ……」

「……おまえら、無駄口はやめておけ。これからでけぇ嵐が来るぞ」

「嵐いぃ……?」

 

「キリノ! 出口への退路は確保した。技術者たちの誘導、任せてもいいか?」

「ああ、もちろん! 君たちはどうする?」

「屋上班の救出に向かったマキタの部隊との連絡が途絶えた……今から加勢に──」

 

「待った、私たちが行く!」

 

 

 背を向けようとするリンにシキが割り込む。強張っていた面々の表情がこちらを見て和らいだ。

 

 

「13班! 来てくれたのか……!」

『キリノ……堂島陸将補……! 聞こえるか? そこは危険だ。後は13班に任せて、撤退してくれ』

「……わかった。残りの自衛隊員たちは屋上にいるはずだ」

 

 

 ミロクの指示にリンが銃を持っていた腕を下ろし、一度目を閉じて、開ける。

 覗く眼光は目的をしっかり定めていて揺るぎない。これなら屋内は彼女に任せて問題ないだろう。

 

 

「アタシたちは技術者を連れてスカイタワーの入口まで避難する。……頼んだぞ、13班!」

「任せて」

「皆さん、気を付けてください!」

 

 

 互いの無事を祈って走り出す。

 階段を駆け上がり、時折飛び出してくるマモノを蹴散らし、疾駆する中、シキは前を向いたままミナトに呼びかけた。

 

 

「去年、ムラクモ選抜試験が都庁で実施されたのはなんでだか知ってる?」

「え、マモノが大量発生したからでしょう? 候補生だった人たちの実力を確認するために、討伐も兼ねて……」

「それよ。マモノは都庁のどこに発生した?」

「どこって……屋、内」

 

 

 屋内で間違いないはず。自衛隊が市民の避難を完了させてマモノが外に出ないよう閉じ込めていたと、後にリンから聞いている。

 今も昔も頼もしい自衛隊だが、ムラクモ試験当時に現場にいた戦力では、多数の暴れるマモノを屋内に誘導して閉じ込める、というのは無理があっただろう。

 

 マモノはフロワロが放つ瘴気によって、異形に、凶暴になってしまった地球の原生生物。花も自立して移動する姿になり、汚物や微生物さえもスライムになって人間を襲う。煙のように現れる存在ではない。

 正確に表すのなら、2020年の3月31日、大量のマモノたちは屋内に自然発生したのではなく、外から都庁の中へ入り込んだということ。

 

 

「そう。てことはあいつらのほとんどは、わざわざ『屋内』を巣にしたってこと。人質とった逃亡犯でもあるまいし、本能でそこに入って、居座ってたはずよ。で、その日、」

「……都庁に、あいつが来た」

 

 

 言葉を引き継いで口にする。シキが頷く。

 

 あの赤い怪物が現れる数時間前に、大量のマモノは集まった。まるで、主が舞い降りる舞台を整えるように。

 マモノがドラゴンに襲いかかるところは目撃されたことがない。

 その爪と牙を、明確な害意と共に向ける相手は、自分たち人間だ。

 

 一昨日、局所的に発生したマモノの群れ。そして一際凶暴な個体の出現。

 去年の、あの赤い悪夢をなぞって再現しているような。

 そんな、まさか。

 

 震える肩を押さえつける。前を走るシキが振り返った。

 

 

「戻る?」

「へ……平気! 行こう!」

 

 

 戻るなんてタチの悪い冗談、シキが口にするわけがない。

 気を遣わせてしまったことを情けなく思い、自身の頬を叩いて前を向く。

 緩やかなカーブを描く通路を進むと、取り乱した様子の自衛隊員がいた。恥も外聞もなくし、身を寄せ合って腰を抜かしている。

 

 

「大丈夫ですか!? 怪我は!?」

 

「う、嘘だ……信じない……奴らは、一年前に13班が……」

 

 

 呼びかけにも応じず、ぬいぐるみを盾にする子どものように突撃銃を抱え、自衛隊員はひたすら首を振るだけ。

 

 

「あ、あいつらが……あいつらが、また……うわあああああーっ!!」

 

 

 決壊する絶叫を合図に、空間が赤とオレンジに満たされた。

 暖色の花弁に、煌々と燃える光の粒子。

 これは、一年前にも見た光景だ。

 

 周囲が闇に覆われ、空気がこの場から逃げるように破裂し、巨大な影が通路をふさぐ。

 激しくキーボードを叩く音が聞こえる。ミロクが何度もそんなと繰り返した。

 

 

『う、嘘だろ……だけど、この姿……! この反応……!』

 

 

 心臓を食い破るような衝撃が体を襲う。電流と錯覚するほどに激しく鳥肌が立った。

 

 ズグン、と体中に刻まれた傷痕が疼きだす。

 

 

「……ちょっと……」

 

 

 精神が感情を削ぎ落とし、思考が生存のためだけに研ぎ澄まされていく。

 

 

「嘘でしょ……?」

 

 

 つい先日まで何事もない日常で笑っていた自分が干からび、殻になり、中から本能が顔を出す。

 

 間違いない。目の前のこいつは──!

 

 

『──ドラゴンだ!!』

 

 

 黒い表皮に稲妻、ひび割れのように走る青色。ヤギのように反り曲がった屈強な角。赤くぎらつく複眼。

 闇の名残をまとったドラゴンは、牙を剥き出しにして炎を吐き出した。

 

 

「っ!!」

 

 

 シキとミナトは同時に前に飛び出し、拳と氷を放つ。

 吹き裂き、蒸発させ、広がる火を押し殺し、後ろの自衛隊員の無事を確認した。

 

 

「安全確保!」

「了解!」

 

 

 絶望する自衛隊員を連れて、ミナトが通路の奥へ走っていく。

 くすぶり、焦げた臭いを放つ絨毯を蹴り上げ、抜いた剣を間髪入れずに竜の首へ叩き込んだ。

 刃と鱗が衝突して火花を散らす。自身の体がひび割れる感触に黒いドラゴンは猛り、素早く回転して尾の鞭を繰り出した。

 

 

「ちっ!」

 

 

 この巨体で暴れればタワーがどうなるかなど、ドラゴンは考えもしない。去年と同じく破壊と殺戮を尽くすのみだ。

 

 腰を落として地面と平行に剣を凪ぎ、頭上すれすれをかすめる尾に刃を立てて勢いを削ぐ。

 それでも止めきれずに足が床を離れ、壁に叩きつけられるのと同時に窓ガラスが尾に砕かれて宙を舞った。

 光を散らすガラスの粒を浴びながら、再びドラゴンは火炎を吐こうと口を開いた。

 

 

「ダメ!!」

 

 

 パートナーの声と冷気が飛び出し、竜の舌を凍らせる。

 生まれた隙は逃さない。中途半端に開いたままの口に剣を滑り込ませ、体ごと回って振り抜く。黄金の業物は下顎を切断し、支えをなくした舌が床まで垂れた。

 絶叫しても哀れみなど不要。がら空きになった上顎に突進し、喉の奥から脳天を突き破る。

 紅眼から光をなくし、黒竜の生体反応が視覚情報から消えた。

 

 

「シキちゃん、大丈夫!?」

「問題ない。……こいつ、間違いなくドラゴンね。普通のワイバーンとは違うけど」

『確かに、ドラゴン……だった……。だけど……ドラゴンはもう倒したはずだろ? なのにどうして……』

 

 

 思い当たる節は一つしかない。

 エメルが言っていた、ニアラ以外にも六体の真竜がいるという事実。

 ミナトと顔を見合わせる。考えていることは同じようで、パートナーは顔に苦渋を浮かべて頷いた。

 

 

「……考えたくないけど……真竜が……」

「また来たってこと? ……!」

 

 

 タワーが揺れる。緊急の赤いランプと警報が轟き、それをかき消すように咆哮が響き渡った。

 

 

『……!? もう一体、ドラゴンの反応を捕捉! 展望台付近だ……急げ!』

「了解!」

『急に妨害電波が濃くなったな……なんとか展望台までもってくれよ……!』

 

 

 タワーの上を目指して走る。

 目的地に近付くにつれ、通信機のノイズがひどくなり、事切れた自衛隊員まで目に入る。

 やめてくれという願いも虚しく、展望台への出口前には複数の遺体が折り重なっていた。

 

 唯一自分の足で立っていたマキタはうつむき、傷だらけになったヘルメットを床に叩きつけた。

 

 

「……五人、やられちまった。あの……ドラゴンに……」

「ま、マキタさ──」

「なんでドラゴンがここにいる!? おまえらが全部倒しちまったはずだろ!?」

 

 

 そのはずだ。間違いない。ゆえに、詰め寄ってくる彼に返せる答えがない。

 数時間前まで生きていたはずの仲間たちに黙祷する。マキタは深く呼吸をして、ゆっくりかぶりを振った。

 

 

「いや……悪い……おまえらのせいじゃないのは、わかってる。何が起こったかまったくわからねぇけど、リンや技術者たちは無事に逃げたんだよな……?」

「非戦闘員の避難誘導を頼んだ。タワー脱出を目標に動いてるだろうから、危険な場所には行ってないはず」

「……なら、よかった。俺たちは地上へ降りる。先行隊と合流できれば御の字だ。……お互い、生きて会おうぜ」

 

 

 一人分の足音が重く響いて遠のいていく。

 入れ替わりにミロクから通信が入るが、ノイズはますますひどく、途切れた単語が聞こえるだけだ。

 

 

『こ……から屋上……出ら……る……ドラゴン……反応は……の先だ……』

「ちょっとミロク、大丈夫?」

『クソ……ど……やら通信……限界みたい……な……絶対……無理は……るな……!』

 

 

 視覚に表示される情報が徐々に薄くなっていく。ムラクモ本部との連携もこの先は望めないだろう。

 互いに目を合わせてうなずく。武器を構えながら扉を開け、展望台に出た。

 直後、屋内でも戦った黒いドラゴンが舞い降りて吼える。

 

 

「やるわよ! とりあえず、殺された奴らの分は返してやる!」

「うん、絶対許さない……!」

 

 

 竜が炎のブレスを吐く。

 ミナトも対抗して火をぶつけた。炎熱は絡み合い、踊るようにして自分たちを避けていく。

 

 

「こ、っの!」

 

 

 サイキックの指示に従い、火の濁流は向きを変えて竜に殺到した。竜巻となって敵を囲むそれを目眩しに、剣を下段に構えて走り出す。

 狙うのは、翼竜の前足の代わりである部分。風を巻き起こし、ソニックブームも放てる強靭な翼の膜。

 ステップを踏み、剣の重量を活かして回転する。

 触れる空気を喰らい、呼応するように天叢雲剣は輝いた。

 

 

「千切れろ!!」

 

 

 切っ先が真空波を放った。無数の切り傷が走り、追い討ちで剣を突き込んで切り裂けば、青い膜はだらしなく剥がれて役割を失う。

 風を捕まえることができずにバランスを取れなくなった巨体が不安定に揺れる。

 火傷で脆くなった皮膚に剣を突き立てて抉るが、体の奥に刃が届いてもまだ倒れない。ワイバーンを超えるしぶとさだ。

 

 

「ミナト!」

 

 

 降ってくる牙を躱して下がる。血があふれる傷口を示せば、パートナーがありったけの冷気をそこに集中させた。

 血飛沫が開いた花のように固まる。

 根を張るように氷は広がり、全身を包まれ体温を奪われたドラゴンは動かなくなった。

 

 

「生体反応は……くそ、ミロクがいないと不便ね。たぶん死んだとは思うけど」

「はあ……ダメだね、やっぱり前より疲れやすくなってる……ちょっと休憩……」

 

 

 ミナトが汗をぬぐってマナ水を飲む。

 

 タワーを駆け上がる中、ざっと確認できただけでも十人近い犠牲者が出てしまった。自分たちのものでもドラゴンのものでもない、壁や床にこびりついていた血に手を合わせ、間に合わなかったことを謝る。

 他に敵影はない。が、今までの経験と情報からして、ドラゴンは真竜ありきの生物だ。雑魚数体が偶然地上に迷い込んだとは考えにくい。

 他の場所に出現している可能性もある。早くタワーから出てリンやキリノたちと合流しよう。

 

 

「一息つくのは後。まずはここから出──」

 

 

 扉まで戻ろうとして、

 

 ズッ、と視界がずれた。

 

 

「……っ!?」

 

 

 地震、いや違う。大気が鳴動している。

 空間が歪み、宙の一点がねじれていく。

 屋内でドラゴンが出現した時と同じだ。何もないところから闇が生まれ、凝縮し、形を得て顕現する。

 

 

「ミナト!!」

 

 

 名前を呼んだ時には既にパートナーは動いていた。

 太陽かと見紛うほどの炎熱の塊が一直線に飛んでいく。ウォークライの剛火球もかすむ熱量だ。

 しかし、火炎は着弾した瞬間、霞のように払われてしまう。

 ミナトが咳き込み、大量の汗を流す。今出せるありったけの力を放出した証だ。

 なのに。

 

 

「効いてない……!!」

 

 

 炎を霧散させた闇は、髑髏を思わせる左右対称の紋となっていた。中空に浮かび、黒い光を放ちながらこちらを睥睨している。

 

 

「こいつ──」

 

 

 空気がどす黒く穢れていく。

 星ごと圧縮させて潰してしまうような威圧感。地球の裏側にいても感じられそうな存在感。

 前に味わったことがある。遥か彼方の宇宙から、自分を見下ろしていたあいつと同じ。

 

 隙を見せるな。無駄な動きはするな。

 四肢を失いたくなければ目を逸らすな。

 

 

「シキちゃん。扉、開けるね」

「頼んだ」

 

 

 ミナトが指先を震わせる。

 生み出された氷が扉を吹き飛ばす。その音を合図に靴底を鳴らして転進した。

 唯一の逃げ道に体を滑り込ませようとした瞬間、悪寒が肌を襲う。

 

 

「離れろ!」

「っうわ!?」

 

 

 風、いや、黒く淀んだ波が押し寄せる。それが触れた瞬間、出入り口の穴を赤黒い草花がふさいだ。

 特徴的な花弁に暗色の茎と葉。フロワロだ。けれど色が違う。禍々しい、生命が絶えた焦土を想起させる黒。

 青かった空が血の色に染められていく。地面も壁も、一面にフロワロが繁茂していく。

 

 咆哮が轟く。竜が青空を喰らって舞い踊り、次々と展望台に降りてくる。

 文字通りの四面楚歌。無傷で歩けるような場所はない。

 

 にじり寄る圧に後退し、パートナーと背中を合わせた。

 

 

「……これは」

「まずい……!」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 湧き出るマモノを退け、自衛隊員たちに前後左右を固めてもらいながらキリノたちはタワーから出た。

 遅れて合流してきたマキタによれば、13班は展望台に進んだという。

 去年の死闘をくぐり抜けた二人だ、簡単に死ぬはずはない。

 けれどこの状況はまずい。一年前の東京都庁での惨事の再現だ。

 634メートルの高さを見上げても彼女たちの姿が見えるわけではないが、それでもキリノはタワーを仰いだ。

 

 仰いで、それが目に入った。

 

 

「な、何だ……? あの紋章……」

 

 

 遠目に見てもわかる不気味な紋章。暗くなってしまった空の中、一際暗いそれが視線を奪う。

 心臓のように大きく脈打ち、放たれた闇が目を襲った。

 

 固められた空気がのしかかり、体が石のように固まってしまう。

 

 

「くっ……あ、頭が……頭の中に言葉が……」

 

 

 ガリ、ガリ、と見えない爪が、五感を通して脳に情報を刻みつけていく。

 呼称。名前。絶対的な強者を表す音の列。

 其の名は。

 

 

「……フォーマル……ハウト……?」

 

 

 地上を覆うフロワロと光。体を囲む光の円環。

 それすらも目に入らない。冷たい鉤爪で心臓を握られたみたいだ。精神の自由が奪われていく。

 

 

「フォーマル……ハウト……」

「フォーマルハウト……?」

 

「っ……! ぼけっとしてる場合じゃねぇだろ! 早く、脱出だ!」

 

 

 頭の中に響く宣告を振り切り、マキタが踏み出す。

 乱暴に揺さぶられ、あるいは叩かれ、面々の視界に景色が戻ってきた。

 その景色も地球全体が覆い隠されてしまったような暗天で、リンが弱々しく首を振る。

 

 

「だ……だけど13班が……」

「このままここにいたら、全滅だぞ!」

「シキ……ミナトくん……13班……」

「ぼけっとすんな! 車まで走るぞ!」

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

『何……てん……!? 早……逃……ろ!』

 

 

 辛うじて聞こえたミロクの声もすぐに途切れた。

 逃げられるならとっくに逃げている。だか屋内への道を断たれ、左右はドラゴンに挟まれ、空にはあの日のように無数の翼の影が舞っている。こんな状況でどこを目指せというのか。

 

 何より、思考はナビからの警告よりも、すぐ後ろから響く音に奪われていた。

 甲高い破砕音。硬い物が圧力をかけられたミシリという悲鳴。さらには液体をぶちまける不協和音が悪寒を煽る。

 デコイミラーが砕かれ、骨が軋み、パートナーが血反吐を吐いたのだと気付くのに数秒かかった。

 

 

「ミナ──」

 

 

 ゆっくり倒れる彼女を呼ぶより先に、ゾッと肌が逆立つ。ほぼ無意識に片腕が跳ね上がった。

 轟音が鼓膜を貫く。

 真正面から衝撃を受け止めた剣がミナトと同じく背後へ吹き飛ぶ。つかんでいた右腕ももげる勢いで反転し、一本釣りされた魚のように体が浮いた。

 

 

「っ、あ゛……!!?」

 

 

 地面に叩きつけられる。体のすぐ下で亀裂が走り、全身がゴム玉のように弾んだ。

 見えなかった。知覚もできなかった。ここ数分の戦いで掘り起こされてきていた一年前の勘が砂一粒分働いて、なんとかもろにくらうことは免れた。

 

 立て、と本能が神経を叩く。けれど体は節々が錆びついて動かない。

 動け。この程度の攻撃が何だ。去年はすぐに立ち上がれていただろうが。

 

 

「──ごけ、うごけ、ってば……!!」

 

 

 腕に力を込めた。いや、込めているつもりなのに、関節が笑って機能しない。すべきことは明確なのに、簡単なそれにも体がついてこない。

 

 

「あ……っ、げ、ほ、っは……ぁ゛!」

 

 

 ビシャリと、生温かい液体が散って頬にかかる。辛うじて動く眼が、すぐ傍に倒れているミナトを捉えた。

 外傷は少ないが激しく咳き込み、鮮血を吐き続けている。彼女もまた体を起こそうともがくが、手足は無様に地を掻くだけ。打ち上げられた魚みたいだ。

 

 

「ミナト……!?」

「ぃき……息……でき、なっ……くるし──」

 

 

 ミナトは必死に酸素を取り込もうとして目を見開き、また激しい咳と吐血を繰り返す。

 彼女の口に空気と共に黒い瘴気が吸い込まれるのを見て、反射的に互いの口をふさいだ。

 体が動かない理由が分かった。焦りで気付かなかったが、この黒い瘴気……周囲に咲き乱れるフロワロの毒がずっと自分たちを蝕んでいたのだ。

 炭化したような花弁に触れて猛毒と化した空気が、最小限の呼吸で全身に針地獄のような苦痛をもたらす。

 体の内外からじわじわ嬲られ、二酸化炭素と一緒に血が口から流れ出た。

 

 

 ダメだ、これは、

 

 

(勝てな──)

「っ……!!」

 

 

 舌を噛み、バカなことを考えかけた頭を黙らせる。 

 認めてたまるか。仮にそうだとして、おまえはここであっさり首を落とされるのか。違うだろう。

 諦めるな。たとえ地獄の災禍に沈められようが、生を手放すことを是とするな。

 

 

「ミナト」

 

 

 目の前ではパートナーが呼吸を堪え、痛みに涙をこぼして悶えている。

 倒れたまま手を伸ばし、頬をつねって呼びかけた。

 

 

「自分のことだけに集中してろ。追い詰められてるのわかるでしょ。いいわね、ここを生き抜くことだけ考えて」

 

 

 ほんのわずかに音が聞こえた。クロウを着けた指先が、カリカリと地面をひっかく。

 意識を失う瀬戸際なのだろう。声は一切聞こえず、けれど独りにはしないというように、セーラーの裾が握られた。

 

 目を閉じる。呼吸は最小限にして、心臓があばらを叩く音と感覚をつなぐ。

 

 

「──っ!!」

 

 

 一際大きな鼓動と共に、麻痺した神経に撃鉄を落とした。

 熱い。無理やり限界を越えさせたことで血が煮えて全身が燃える。

 だったらなんだ。これは自分の体だ。持ち主が思い通りに動かせなくてどうする。

 

 

「っの、いうこと、きけ……!!」

 

 

 脳が焼き切れる錯覚も、血肉や骨の絶叫も無視して起き上がった。

 目の前で浮遊する髑髏が明滅しては歪む。コケにされているようで胸糞悪い。

 舌打ちが漏れる。敵もそうだが自分にも腹が立った。

 致命傷を負っていたとはいえ、どこかに緩みがなかったとは言い切れない。一度撃退したことのある相手だという油断がわずかに存在していた。

 

 金色の剣をかざして空を照らす。鏡となって自分の顔を映す剣身は、この闇の中にあって少しもくすんでいなかった。

 対して、使い手はほんの数分でこのザマだ。かつての持ち主がこの場にいたら、きっと鼻で笑われる。

 

 

『こんなんじゃ、正義の味方は名乗れねぇぞ……?』

 

 

 ああ、そういえばそんなことを言われた気がする。

 別に正義の味方なんて目指していないし、ただ目の前に障害があれば邪魔だから打ち倒すだけだ。

 でも、どうだ。目の前の趣味の悪い紋には傷をつけるどころか接近すらできていない。

 一方的な嬲りで限界を迎えた自分と、余裕綽々と主張する武器の輝きの差はなんとも滑稽で。

 手に握る天叢雲剣にこんなものかと言われた気がした。

 

 やられっぱなしで終われるか。踏み出せ。

 あいつにも、目の前のこいつにも、負けてたまるか。

 

 黒いフロワロを踏みつけ切っ先を向ける。宙に浮かぶ紋が、笑みを浮かべた気がした。

 赤黒い嵐が吹き荒れる。

 自分たちを囲う竜巻の向こうで、翼竜たちが勝利を宣言するように吼え猛っている。

 東京の街が赤と黒に沈む。積み上げてきた復興の印がごっそりと薙ぎ払われていく。

 残るのは濁った音だけが響く世界……いや、

 

 

「……シ、……ゃ……」

 

「聞こえてるわよ。心配するな」

 

 

 今にも消えそうなかすれ声。けれど何よりも信頼できる命の灯り。

 確か一年前は、ウォークライに突っ込んだところを背後に突き飛ばして庇ってもらったんだったか。

 乾いた笑いがこぼれた。

 

 

「あの時と逆ね」

 

 

 返事はない。

 大丈夫、まだ死んではいないだろう。だからこそ、さっさと終わらせて帰らなければ。

 

 

「……その、センスのかけらもないツラ、覚えたから」

 

 

 ミナトを背後に庇い、剣を構える。

 

 

「絶っ対、倍返しにしてやる。首洗って待ってろ」

 

 

 息ができない。四肢に力が入らない。

 瘴気の波が押し寄せる。

 

 くそ、くそ。

 

 

「くそおぉっ!!!」

 

 

 振り下ろす刃は、届かない。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 天から降る黒い閃光が大地を撃つ。見えない何かが一瞬で地平線まで駆け抜けたと思えば、後を追って大地にフロワロが咲き乱れた。

 

 一年前、地上が赤く染まった時を思い出す。

 その赤が、スカイタワーを覆う稲妻を映して黒く染まっていく。

 

 視界を埋める毒花の嵐。この世のものではない光景にリンは目を見張った。

 

 

「これは……フロワロ、なのか……!?」

 

 

 次々と花が開いては瘴気を放つ。体が上げる悲鳴にキリノは口を覆い、胸を押さえた。

 窒息とは違う、傍にいるだけで全身を蝕む苦痛。昨年とは段違いの毒性だ。

 

 

「いけない……早く車へ! 瘴気が……ゴホッ……」

 

「早く乗りこめ!」

 

 

 目の前にバンが駐車し、運転席からマキタが顔を出す。

 13班は、とは誰も口にできない。今この場にいない者の安否を知る術はない。根拠もなく生きていると断言できる希望は、生き地獄の中で根こそぎ奪い取られていた。

 青空が見えない。白い雲は血を吸ったように赤く染まり、化け物が踊り、どこまでもどこまでも、晴れない悪夢がそこにある。

 

 女性の作業員が涙を流し、腰を抜かしてへたり込んだ。

 

 

「も……もうダメです……私はここで……」

「馬鹿野郎! こんなところで諦めてどうすんだ!」

 

 

 ワジが一喝して女性へ寄ろうとする。瘴気を飛ばして行手を遮るフロワロに、キリノは彼を引き止めた。

 

 

「ワジさんは先に車へ!」

「キリノ!? おまえ……」

 

 

 同じように自分の肩をつかみ返すワジにキリノは大丈夫だと言い聞かせる。

 もちろん、何の保証もない空元気だ。けれど、ムラクモを縁の下で支え続けてきた彼に何かあったら、ケイマやレイミに顔向けできない。

 

 誰よりも過酷な場所で今も戦っているだろう少女と女性の背中が浮かぶ。

 彼女たちなら、きっとためらいもなく踏み出すだろう。

 目の前の命が取りこぼされないように手を伸ばす。その意思は、戦えない自分とて同じ。

 

 

「皆さんの……技術力は……これからのこの国に……必要な力です……! 必ず無事に……議事堂へ……!」

「キリノ、やめろ! 生身じゃ無理だ!」

 

 

 リンの制止も、ブレーキをかけようとする恐怖も振り切り、嘲笑うようにたゆたう瘴気へ突っ込んでいく。

 電撃とも、火傷とも言えない未知の痛みが体を襲う。白衣など容易く貫通し、全身を苛む激痛に生理的な涙がこぼれた。

 

 

「ぐっ……は……やく……手を……!」

 

「ひ……ああ……」

 

 

 足から力が抜ける。なんとか感覚の残る腕を駆使し、這って進む。

 腰を抜かしたままの女性へ手を伸ばす。絶望に暮れる瞳に向けて、大丈夫と念じるように笑顔を浮かべる。

 

 

「あなたも、僕も……こんなところで死んだりしない! さあ……帰りましょう、議事堂へ……!」

 

 

 震える手は皮膚が黒く変色しつつある。それでも痛みなど悟らせないよう、キリノは笑った。ほんの少しでも、希望の代名詞となっている彼女たちを思い出してもらえるように。

 懐中電灯くらいの光にはなれたかもしれない。女性が歯を食いしばり、体を縫いとめる暗闇から抜け出して手を伸ばしてきた。

 まともに動かない体を引きずり、瘴気の中から抜け出した自分たちを叱咤激励しながらリンたちが担ぎ上げる。

 全員が生きていることを確認して、キリノは意識を手放した。

 

 一同はなるべく呼吸をしないよう、汗を流してバンへ駆け込む。

 

 復興の象徴から一転、監獄に変貌してしまったスカイタワーを見上げ、リンは歯痒さに唇を噛んだ。

 

 

「13班……絶対に……こんなところで終わるなよ……!」

 

 

 壊れんばかりにアクセルを踏む。車は暴走する勢いで走り出した。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 嵐が止み、紋章は消え、ドラゴンもどこかへ飛び去った頃。

 暗雲を裂いて鉄の塊が空を飛ぶ。障害が多すぎて近付けなかったスカイタワーの展望台へ機体を寄せると、プロペラが生む風に黒い花弁が巻き起こされた。

 

 風にさらわれないよう、お気に入りのサングラスをかけ直して展望台に降り立つ。

 目の前で倒れている女二人は、わずかに背を上下させていた。肌には血の気もある。そこまで出血もしていないし、瀕死というわけではなさそうだ。

 

 

「……息はあるみてーだな。さすがに、ここでくたばるタマじゃねえか。しっかし、先の戦役の英雄──ムラクモ13班を瞬殺とはな……」

 

 

 遠く離れた地からでも観測できた反応はどこにも見えない。昨年の人竜ミヅチよろしく、ご丁寧に世界中の人間へ自己紹介をしてくれた真竜は、今はここから離れているようだ。

 頭の中に刻まれた文字をなぞってその名を口にする。湧き出てくるのは怒りではなく喜び。いずれ自分たちが超え、ヒーローへの踏み台になってくれるだろう最終目標に胸が躍る。

 

 

「フォーマルハウト……狩りごたえありそうじゃねーか。サイパンからヘリ飛ばして来たかいがあったぜ」

「ショー兄は13班のこと、過大評価しすぎだよ。こんな奴ら、ショー兄の足もとにも及ばないのに」

 

 

 続いて降りてきた妹がため息をつきながら言い切った。展望台に転がる女性、そしてそれを庇うようにかぶさって倒れる少女を一瞥し、期待外れだと鼻を鳴らす。

 

 

「一撃も返せずこのザマなんて……これで世界を救ったヒーロー面してるんだから情けないを通り越して、笑えるね」

 

 

 2020年の竜災害で、自分たち以外に唯一ドラゴンと戦い抜き、真竜を撃退したという、小さな島国の狩る者。

 かつての大統領も、その補佐をしていた金髪の女性も評価していた戦士、の、はずだが。一見、華奢な体にそこまでの覇気は感じられない。

 真竜と相対して生きているのだから、それで十分素質はあるのだろうが。昨年から抱き続けていた期待は、惨敗した姿を見てしおれてしまった。

 

 

「ま、大衆向けのデモンストレーションはこいつらに任せるさ。本物のヒーローが誰なのかは、神のみぞ知る、だ。ほら、とっとと回収するぞ。ブラックホークの燃料が限界だ」

「オーケー、ショー兄」

 

 

 倒れる二人を担ごうとして、視界の端で何かが光る。

 光源は、黒髪の少女が目を伏せている今もしっかりと握っている長物だ。そこらへんに転がる端材を拾ってフロワロの絨毯から掘り起こすと、星のような輝きが現れる。

 波紋のような意匠が彫られた長剣。刃こぼれ一つない光は、剣を武器にする自身の目に彗星のように焼きついた。

 

 

「へぇ……剣の趣味は悪くないじゃん。これキレイ──」

 

 

 手を伸ばして触れてみようとした瞬間、ヒュッと耳もとで風が唸る。

 首の皮に触れる冷たい感触。視界に収まっていたはずの金色の剣が、自分の頸動脈に添えられている。

 

 赤いスカーフを風になびかせ、倒れていたはずの少女が目を開いてこっちを見ている。垂れ幕のような黒髪から覗く玉鋼の瞳が、まっすぐ自分を射抜いていた。

 

 

「敵か、味方か」

 

「は……? なっ、」

 

「敵か、味方か、それだけ答えろっ!!」

 

 

 立ちこめる瘴気も、真竜顕現の名残で荒れていた風の流れも、雷切のような声がすべてを斬り払う。

 静まり返る展望台で、パートナーの女性を庇い立つ少女の荒い息だけが空気を揺らす。

 

 一番先に動いたのは兄の方だった。

 

 

「驚かせて悪い。俺たちは敵じゃない。おまえたちの同業者みたいなもんさ」

 

 

 害意はないと両手を上げてアピールする。向けられる刃にそっと手を添え、妹の首根っこを引いて下がらせた。

 

 

「ムラクモ13班、救助に来た。真竜はもういない。脱出するなら今のうちだぜ? 足はあるから安心しな」

 

 

 顎をしゃくって後ろに控えるヘリを示す。

 兄を睨み、妹を睨み、傍に倒れる女性を確認して、少女は剣を鞘に納める。

 ふっ、と息を吐いたかと思えば、彼女は糸が切れたように昏倒した。

 空いている片手は変わらず仲間を守っている。揺るがない姿勢に無意識に口笛を吹いていた。

 

 

「なにがなんでも……って形相だったな、いいねぇ。ただの女の子ってわけしゃなさそうだ。ほら、いつまで腰抜かしてんだ?」

「な、ぬ、抜かしてない!」

 

 

 顔を赤くして妹が立ち上がる。完全に沈黙している少女を忌々しげに睨む目に、手荒にするなよと釘を刺しておいた。

 パイロットに急かされて13班を運びこみ、ヘリは展望台から離れていく。

 

 タワーの先端に浮かぶ真竜の紋様が人間の敗走を見送り、舌なめずりをした。

 

 

 

 

 少年たちが空を見上げる。少女が目を見開いて口を覆い、男は固い表情で暗雲を睨み、女性はああと息を吐く。

 やがて戦いに身を投じる者も、そうでない者も、世界中の人間が等しく2020年を思い出していた。

 桜が自然と違う法則で散るのはこれで二度目。地上も海も、フロワロに覆われるのは、これで二度目。

 

 これは人と竜の物語。数多あるうち、どこかの可能性(せかい)で戦っていたムラクモ13班の記録。

 異界の花に全てが沈む時、今度こそ人類は滅亡する。

 

 

 2021年4月18日。飛鳥馬(アスマ) (シキ)志波(シバ) (ミナト)は、二度目の竜災害に身を投じることになる。

 

 

 

 

 

 SEVENTH DRAGON 2020-II

 

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