2021年は平和……うおおドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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劇中でミロクが言っていた「35日と20時間ぶりの出動」をこんな風に解釈しました。
ゲームをやっているとニアラとの戦いから35日と20時間ぶりの出動というようにも取れるのですが、弊13班が負った傷は1か月で活動再開できる程度のものではなかったという感じです。
メインストーリー「Count」はシキ視点中心で進め、他の13班加入予定メンバーが加入するまでの流れはミナトとその他の視点で「幕裏」で書くつもりです。
+αを含めここで一気に他メンバー(予定)が出てきますがご容赦ください。



幕裏1. 35日と20時間前 / 胸に隕石

 

 

 

「ごめんね、ちゃんとした花じゃなくて」

 

 

 目の前に立つ手作りの墓標に、道すがら摘んできた小さな花を添える。

 そこに骨が埋まっているわけじゃない。ムラクモに参加してドラゴンと戦っている間に、竜災害の犠牲者たちは腐って溶けて、骨もなくなってしまった。

 

 真竜ニアラ率いるドラゴンたちが、地球を襲った日から一年。

 

 

「早いね。時間が経つのは」

 

 

 生まれつき「超能力(サイキック)」と呼ばれる力を持っていた自分は、生き延びて家族や友人を探すためにムラクモ機関に入った。パートナーの少女や仲間たちの力を借りて、なんとかドラゴンと戦う力を身に付けニアラを倒し、事なきを得た。

 

 復興計画が始まってから、時間と余裕があるときはキリノに許可をもらい、あちこちを回ったけれど。

 

 

「……」

 

 

 安否が確認できない人もたくさんいる。ただ、関東を中心に心当たりがある場所を徹底的に探しまわった甲斐あって、親しい人は見つけることができた。

 

 みんな、肉も骨も朽ちた状態で。

 

 珍しいことじゃない。身内や知り合いを亡くしていない者なんて、今の地球にはいないくらいだ。

 最善は生きていてほしかった。それは叶わなかったけど、死んだことがわかったのはよかったと思う。生死が不明ではきちんと供養することもできないから。

 乾いた血と泥で汚れた、看護師の制服の切れ端。そして身分証明のネームプレート。それらが転がっていた場所が、最愛の人の命が尽きた場所だと知って、花と飲み物を添えることにした。

 

 

「あのね、復興計画はそこそこ進んでて、今は通信状態を回復させるために、トウキョウスカイタワーの修繕に集中してるんだけど……」

 

 

 すっかり廃れてしまった病院の廊下で、ガラスをなくした窓から吹く風と日を受けながら、今まであったことを話す。

 パートナーや自衛隊の人たちには前もってどこに行くかを言ってある。身内の墓参りということもあって気を遣ってくれたから、付き添いはいない。

 新しい友だちの話、ムラクモ機関の本拠地が都庁から国会議事堂に移った話、去年の誕生日プレゼントのお礼。とりあえず頭に浮かんだことを言葉にして伝えていく。

 

 

「……ほらこれ。去年くれたやつ。似合う?」

 

 

 死してなお残してくれていた誕生日プレゼントの服を、一年経った今日、初めて身に着けた。

 事情を話したらナガレ夫人が貴重な化粧道具を使ってメイクをしてくれた。自分がするよりずっと上手い。

 廊下の壁に背中を預ける。小さな墓標にかけられているネームホルダーを見つめる。報告に応えてくれる人はいない。

 廃れた病院の中はとても静かだ。風はいつもより柔らかく、穏やかな気温は春の訪れを告げていて。

 

 このまま時間が止まりそうだなんて思えたそのとき。

 

 

「……?」

 

 

 か細い声が聞こえた。……ような、気がした。

 

 

「……誰かいる?」

 

 

 真っ先に「一般市民」「避難民」の単語が浮かぶ。

 自分が知る限り、拠地から外に出る人間はいない。いるとしても自衛隊かムラクモ、またはSKYの、戦う術を持つ人間だけだ。

 しかし、戦う術がないとはいえ生き残った人々はいる。各地の生存者がコミュニティを築いていてもおかしくない。実際、そうしてなんとかドラゴンとマモノから逃れていた者たちを保護したことがある。

 

 

「じゃあね、お母さん。私行くから」

 

 

 とりあえず母の墓標に踵を向けて、声が聞こえたほうに向かう。

 聞こえたというか、そんな気がしただけだけれど。誰もいないとは言い切れないから確認はしたほうがいい。大抵、嫌な予感ほどよく当たる。

 耳を澄ませて階段を下りていく。足音をたてないように二階、一階と降りていって、地下フロアの入り口前で通信機のスイッチを入れた。

 

 

『はい、こちらムラクモ本部』

「ミロク、こちらミナト」

『ミナト? どうした、何かあったのか?』

「病院にいるんだけど、何か気配がして……。地上の階には誰もいなかった。今から地下フロアに入るんだけど、生体反応の確認できないかな」

『わかった。ちょっと待っててくれ』

 

 

 キーボードの打たれる音が連続して聞こえる。病院全体を大雑把にスキャンした結果、地上の階には反応なし。そして地下には、

 

 

『本当だ、生体反応多数! 二十、三十、四十ぐらいか? かなり多いぞ……!』

「本当? マモノが大量発生してるとか?」

『かもしれないし、うちいくつかは生存者ってこともあるな。悪い。そこ地下だし、病院自体が議事堂から離れてるから、マモノか人間かの区別は時間がかかりそうだ』

「中に入ろうか? 目視の視界情報ならそっちもわかるよね」

『いや、電気も通ってないから視界は悪いだろうし、万が一も考えられる。単独じゃ危険だから、確認できるまでそこを動かないで──』

 

 

 ──助けてっ!!!

 

 

「人の声確認! ごめん、突入する!」

『あ、おい!』

 

 

 地下入り口の錆びた鉄扉を押し開ける。中に入って壁を調べると、ブレーカーか回線らしい装置に手が触れた。

 マナを調整しながら電気を生み出して送り込む。そのままスイッチを弄ると、運良く地下の電灯が復活してくれた。

 暗闇から明るい世界に切り替わって目が痛む。瞬きしながら見回すが、入り口周辺には何もいない。

 正面、右、左。どの通路を進めばいいのか。

 デコイミラーではなく、正真正銘の分身を作り出せればと焦る思考を導くように、もう一度助けを求める声が響いてきた。

 声を辿って右側に走り出す。道なりに進んで突き当たりを曲がると、ラビが数体奥の部屋に雪崩れ込もうとしていた。

 

 

「ストップ!」

 

 

 マモノのグループに遠慮なくフリーズを放つ。ニアラとの戦いで傷を負ってから本調子が出せないが、雑魚相手なら問題ない。壁と天井を伝って飛び出した氷は、問題なく標的の体を貫いた。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

 崩れ落ちるラビの向こうで戦々恐々としていた人々が固まる。死んだラビと自分を交互に見て、声をかけると、呆けた表情のまま頷いた。

 

 

「えっと、声が聞こえて、救助に来たんですけど……」

 

 

 救助、の言葉を聞いた途端、穴だらけになって崩れているドアの向こうにいる人々は一斉に涙を流し始めた。

 異能力を使っている人間を見たら普通は怖がるものだが、それを考えられないほど追い詰められていたみたいだ。彼らはただただ傍にいる人とひしっと抱き合う。

 とりあえず人数を確認しようとした瞬間、人集りの先頭にいた男が飛び出してきた。

 

 

「す、すんません! あの!」

「わっ」

 

 

 バンダナとヘッドフォンを身に着けた青年に肩をつかまれる。ここにいる人たちを守っていたのか、ひときわ全身ぼろぼろだ。彼は自身のことは意に介さずに必死に舌を回す。

 

 

「あの! 金髪の男と、よく似た女の子三人組見なかったっすか!? おれと同じ、高校生ぐらいの!」

「高校生ぐらいの……? 見てないですけど、もしかして、ここ以外にも地下に誰かいるんですか?」

 

 

 返事を聞いた途端、青年の顔がぐしゃりと歪んだ。目に涙の膜が張り、危うく目尻からこぼしそうになるのを彼はリストバンドで拭う。

 事情を聞いてみると、二十人近い大人数で東京をさまよっていた彼らは、傷薬などの物資を調達するためこの病院に入ったそうだ。その途端マモノに襲われたらしい。軍事組織でもない一般人の集まりは一瞬でパニックに陥り、地下に逃げ込んだ際に二手に別れてしまった。

 恐怖と混乱で痛覚が麻痺しているのかもしれない。青年は傷が重なって血が滴る腕を振り乱しながら説明してくれた。

 

 

「おれたちはなんとかなったけど、もう片方の人たちが……! そこに、おれのダチとその家族がいるんです!」

 

 

 確かに、今すぐにでも探しにいかなきゃいけない。最悪の場合、既にマモノに……。

 

 もう一度、ミロクに周囲の生体反応をスキャンしてもらう。この部屋の付近にマモノはいないそうだ。

 予備の通信機を青年に渡す。不思議そうな顔をする彼の腕を取り、傷を治療しながら使い方を説明した。

 

 

「今から、その人たちを捜しにいってみます。何かあったらこれで連絡をください」

 

 

「う、うす」と返事をしながらも、彼は自分の傷を塞いでいく治癒魔法の光に気を取られていた。後ろで座り込む人々も、夢を見ているような顔で非現実的な治療行為を見つめる。

 距離は離れているといえど、マモノはまだまだ地下にいる。気取られないように部屋の隅に身を寄せて静かにしているように伝え、傷薬を渡して部屋を出た。

 唯一の入り口である、ドアが外れた長方形の穴を氷で塞ぐ。彼らはまたまた目を見開いて口をぱくぱくさせていたが説明は全部後。今は人命救助が優先だ。

 

 

「ええと、応急処置、止血の仕方は……」

 

 

 医師や看護師たちに習った知識を復唱しながら廊下を駆ける。

 

 天井が低くて窓がない。地下は閉塞感があるし、怖くて苦手だ。ましてや独りぼっちなんて状況は。

 でもそれは、足を止める理由にはならない。

 絶対に助けよう。彼らはまだ生きている。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 本業は高校生だが、社会で働いている者を社会人とするのであれば、一応その肩書きも持っていた。

 個人的にはアーティストやミュージシャンの方が好きだ。そりゃ歌って踊るけれど、楽器の演奏もできるしロックも歌う。

 しかし華やかな衣装が似合う妹たちの存在もあり、自分も、自分が所属する男性ユニットもアイドルと認識されていた。

 

 家族全員音楽が好きで、両親が芸能界で裏方の役職をしていたのがきっかけだ。ちょっとした興味から飛び込んだ業界だったが、幼い頃から体に染み込んでいた音感は世間に通じるものだったらしい。両親の援助もあって、妹たちと一緒にそれなりに上手くやれていた。

 

 波に乗って知名度が上昇し、2020年。ライブのために家族総出で友人も連れ、春に関西に行った。

 そこでドラゴンに襲われた。

 

 

「っつー……」

 

 

 ドラゴンから逃げることはできた。途中で何人も誰かが死ぬのを見たけれど。

 

 目に映るのは、オレンジの灯りが温かく照らす自宅のリビングではなく、マンホール下の真っ暗な地下水道。漂うのは大好きな料理の香りではなく、吐き気を催す腐敗した臭い。聞こえるのは家族の団らんではなく、ヘドロ交じりの汚水が流れていく音と誰かのうめき声。五感は全て、体験したことのない負で埋め尽くされていた。

 異形の牙の餌食にならないように、まずは安全を確保すること。

 妹たちが泣きじゃくる中、父が「絶対に生きよう」と言った。尊敬する社会人の先達であり、いつでも頼りがいのあった彼の声が震えるのを初めて聞いた。

 にこやかだった母も、毎日顔を合わせてバカなやりとりをしては大口開けて笑っていた友人も、下を向いて、じわじわと迫るそれをうっかり口にしてしまわないよう唇を噛んでいる。

 いつか訪れる「それ」、けれど実感を持てていなかった「それ」。

 

 

(……あ)

 

 

「死ぬ」かもしれない。

 生まれて初めて、命あるもの全てに寄り添っているそれを、最悪の形で感じてしまった。

 

 

 ひたすら隠れて、ひたすら逃げて、本当に危ない時は戦って。気が付けば、ドラゴンはいつの間にか地上から消えていた。

 高台に上って、あの巨大で凶悪な影がひとつもないことを確認して、嬉しさのあまり叫んでしまったことを覚えている。その後マモノに襲われて父に拳骨をくらった。

 

 

『……家に、帰りたい』

 

 

 誰が呟いたのだろう。たぶん末っ子のシホだ。

 我が家に焦がれているのはみんな一緒で、家を目指して東へ東へひたすら進み続けた。日本の首都の東京なら、人も物も集まっているはずだという予想もあった。

 

 いろんな人と出会い、別れ、気が付けばあの日から一年。

 マモノの存在もあって思うように進めず、それでも歩き続け、関東地方の手前まで来たあたりで、風の噂を聞いた。

 

「東京では『対ドラゴン戦線』が組まれ、多くの人間が集まっている」。

 

 自分たちの判断は間違っていなかったと足を速め、東京に着いた。そして食糧と薬を確保しようと病院に入って、

 

 

(矢先にこれかよ……)

 

 

 ウサギのようなマモノにやられた傷が熱い。

 旅の途中で合流して一緒に移動してきた人たちとはぐれ、マモノたちとの追いかけっこが始まって三十分。えぐれた右胸からはずっと血が流れている。転がり込んだ部屋の床には血溜まりと鉄臭さが広がっていた。

 部屋の外にはマモノが集まってきている。血の匂いに興奮したのか、壁越しでも激しい叫びが響いて耳に痛い。しっかりとした造りの扉も、何度も体当たりを受け止めて破られそうだ。

 

 

「おにい、おにい! しっかりしてよ!」

「なんで血が止まらないの!?」

「ハジメ、聞こえる!?」

 

 

 ああ、妹たちが揃って泣いている。

 思えば、血も繋がってないのによく慕ってくれたものだ。顔を合わせた日から「おにいちゃんおにいちゃん」なんて後ろをついて回って……まずい、これが走馬灯か。

 傷口を押さえてくれている両親はずっと汗を流している。

 せめてマモノがいなくなれば。治療なり出口を目指すなりできるのに。

 そう思いながら、血が流れすぎて意識が曖昧になり始めたとき。

 

 

『どこ……!? 誰か! 誰かいる!?』

 

「……は?」

 

 

 思わず声が出た。

 一瞬、はぐれてしまった人たちが来たのかと思った。けど違う。聞いたことのない声だ。

 というか、マモノが──、

 

 

『もう、どいて!』

 

 

 ガガガギギギンッ!! と硬い音が空気を揺らす。それを境に部屋の外が一気に静かになった。

 

 

『誰か! 誰かいますか!? 救助に来ました!』

 

 

 マジか。

 

 

(救助……?)

「……ぐ、っあ!」

 

 

 血が喉に押し寄せる。堪らず吐くと、母と父が自分に呼びかけ、「ここだ!」と声と足音が近付いてきて、

 

 

「……いた! って、やっぱり怪我人!!」

 

 

 一人の女性が扉をこじ開けて現れた。

 

 言葉が出なかったのは、驚きと、自分たちと違う綺麗な出で立ちに少し見惚れたのもあると思う。

 柔らかそうな干したてのブラウスに、スリットの入ったAラインのスカート。クロスストラップのパンプス。いつの間に電気が通っていたのか、白熱灯に照らされる彼女は道を尋ねやすそうな柔和な雰囲気をまとっていた。崖っぷちの状況で助けに来てくれたのもあって眩しく見える。

 

 あ、違う。視界が白く霞んできているんだ。

 

 こっちに駆け寄って声をかけてくれる彼女に返事もできない。口から血が流れ続けて止まらない。

 女性が両親をどかせて、腰に下げていたバッグをひっくり返す。

 

 

「大丈夫!? 私の声、聞こえますか!?」

 

 

 治療を始めてくれるみたいだ。でも、もう意識がほとんどはっきりしない。頭から足まで、全身の背面が濡れるほど血が流れてる。たぶん間に合わない。

 俺はいいからみんなを助けてと言おうとして、ひゅーひゅー喉が鳴る。目の裏側が熱くなって、不意に涙がこぼれた。水滴で目の霞が少し取れる。

 女性は冷や汗を流していた。八の字になった眉と歪んだ目尻。おまけに声が少しだけ震えていて、やはり自分は助からないのかもなと実感する。

 

 もういいから、俺のことはいいから、逃げて。家族を、みんなを、少しでも安全な場所へ。

 ああでも、こんなところで死にたくないな。地面の下で死ぬなんて、地獄に堕ちたみたいで嫌だ。

 世界から色が失われていく。どれだけもがいても意識がすりつぶされるように崩れ、寒気が自分を引きはがしてどこかへさらっていこうとしている。

 死んだらもうなにもできない。誰にも会えないしどこにも行けない。歌うこともできなくなってしまう。

 今まであたりまえに自分を囲んでいたもの全てが、途方もなくまぶしく見えた。同時に、失ってしまえばもう手が届かない物なのだとようやく気付いた。

 

 後ろから肩をつかまれて、もっと深いところに引きずり下ろされるような感覚に襲われる。

 

 死にたくない。嫌だ。

 誰か。

 

 

(助け──)

 

「大丈夫だよ」

 

 

 目にかかっていた髪が上げられる。

 自分の額をなでて顔を覗き込みながら、女性が笑った。

 

 

「よく頑張ったね。絶対助けるから、もうちょっと踏ん張って!」

 

 

 ぐいっと汗が拭われる。同時に、胸に溜まっていた嫌な気持ちも拭き取られた気がした。

 本当はそっちだって不安だろうに。

 応えなきゃいけないと思って、なんとか頷く。女性はまた笑ったあと、真剣な顔に戻った。

 

 

「ミロク、医務室と繋げてくれる? さすが、ありがとう。ナミさんユキさん、治療始めます。指示お願いします!」

 

 

 家族と周りの人が見守る中、白い手が赤く濡れるのも構わず女性は手当てを始める。

 不思議な光が傷口を照らす熱さと、薬が染みる痛みに翻弄されながら、絶えずかけられる励ましの声をたぐり寄せて必死に意識を保つ。

 どのくらい経っただろう。包帯を巻かれて、汗をかいた女性が「お疲れ様」と微笑む。

 ありがとうと言おうとしたけど、血を流しすぎたからか体が動かない。疲労に誘われるまま、目を閉じて息を吐いた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 目が覚める。いつの間にか寝ていたみたいだ。天井が見えるから、自分はまだ生きている。

 やけに温かくて身動きが取れないと思ったら、両隣と頭を囲うように妹たちがくっついて寝ていた。

 どっちにしても傷が痛んで動けない。目だけを動かしてあたりを確認すると、壁際にアホ面で熟睡してる友人がいた。

 

 

「オクタ……!?」

「んあ……?」

 

 

 マンガみたいに膨らんでいた鼻ちょうちんが割れて、友人のオクタは目をこする。寝ぼけ眼と目が合って、小さく叫んでこっちに寄ってきた。

 

 

「うおあハジメ! 目ぇ覚めたんだな!」

「おまえ……いつこっち来たんだよ。大丈夫だったのか……痛って、」

「生死ギリギリの怪我人に言われたくねーよ」

 

 

 いつも通り脳天気に笑って、オクタは説明を始める。自分たちの救助の前にオクタたちのほうにあの女性が来て、自分の治療を済ませたあとに彼らをこっちに連れてきたらしい。大部屋の中にはオクタと一緒にはぐれてしまった人たちの姿も見えた。みんな体を寄せあって眠っている。

 散々マモノに追いかけられて、逃げ場のない地下に追い詰められたところに差し伸べられた手。九死に一生を得たのだ。

 

 

「で、その助けてくれた人が言うには、おれたち大人数だから、あの人単独で誘導すんのは危険。救助の応援を要請したからそれが来るまでもう少し待つってよ」

「……今何時?」

「動いてる時計ないからわかんねーけど、昼過ぎたくらいじゃね? おまえあんだけ血ぃ流してよく生きてたなー」

「……」

 

 

 そういえば、彼女はどこだろう。そして今さらだがマモノは? あれだけたくさんいたのに。

 自分の視線に気付いたオクタが、この大部屋唯一の出入り口である扉を指差した。

 マモノの体当たりを喰らってくの字に曲がっていた扉は、今は透明な固体で補強されて枠にはまっている。あれは何だろうか。……氷?

 

 

「まだ奥のほうにマモノがいるみたいだから、そいつらがこっち来ないように外で見張りしてくれてる。この病院広いから、うかつには動けないって。てかあの人すげーよ、魔法使いだぜ。あっというまにマモノ倒した」

「……は? マモノを、一人で? てか、魔法?」

「氷をぽんぽん出すんだよ。氷魔法! ……いや、超能力か? どっちだ?」

 

「それ、私もわからないんだよね。一応超能力者って呼ばれてるよ」

 

 

 会話にするりと別の声が流れ込んでくる。

 噂をすれば、件の女性が部屋の中に入ってくるところだった。自分たちと同じように休眠を取っている人々の中、口の前に人差し指を立てて歩み寄ってくる。

 一度扉の方を注視し、こっちに向き直った目が優しく自分たちを映した。

 

 

「様子見にきたんだけど特に問題ないみたいだね。……ごめんなさい、病院めちゃくちゃだし、私は医者じゃないからさすがに輸血みたいな本格的な処置はできなくて」

 

 

 自分に謝っているのだと気付き、そんなことはないと返そうとして咳き込む。「喋らなくていいよ。無理しないで」と囁き、彼女は適当な場所に腰を下ろした。

 廃墟を歩き回ったためか、ブラウスの白は薄汚れてしまっている。けれど、布地には長い間厳しい環境にさらされたような傷みはない。

 やはり、東京には人間が生活できる拠点があるのだ。女性はそこから来たのだろう。

 彼女の手は自分が流した血で赤黒く汚れていた。オクタが気遣わしげに声をかける。

 

 

「あの、いろいろ大丈夫すか? 疲れてるみたいだし、ちょっと休んだ方が……」

「平気平気。ドラゴンやマモノでてんやわんやだった時に比べたら全然。それより、君たちのほうがへとへとでしょう。お疲れ様。どこから来たの?」

「大阪っす。おれたち、家がこっちにあるんで」

「大阪!?」

 

 

 女性は驚き、慌てて両手で口を塞いだ。眠っている人々を見回し、今の大声で起きてしまった者がいないか確認して、ほっと息を吐く。

 

 

「関西からここまで来たんだ……徒歩で?」

「ほぼ歩きっす。ときどきバイクとか車に乗ったんすけど、エンジン音でマモノたちに気付かれることが多くて、全然進まなくて」

「そっか……ならやっぱり疲れてるでしょう? まだ時間があるから、休んで──」

 

 

 女性が言い終わらないうちに外から凄まじい雄叫びが響いてきた。人間ではなく、マモノの。

 安堵に和らいでいた空気が一瞬にして破裂する。部屋にいた人間全員が弾けるように目を開け、くぐもった悲鳴を上げた。

 

 

「な、なに、今の……!」

「マモノ? あのウサギのやつじゃない!」

「やだ、もう嫌!」

 

 

 人から人へ不安が伝染していく。誰かの金切り声に妹たちが起こされ、泣きそうな顔で体を寄せてきた。

 女性が立ち上がる。静かにするように呼びかけ、変わらず笑顔で「安心してください」と周囲に語りかけた。

 

 

「落ち着いて。もうすぐ救援が来ます。マモノもすぐに討伐されます。自衛隊の方が避難誘導をしてくださるので、動ける方は負傷している方を支えてあげてください」

「きゅ、救援……?」

「私たち、助かるの?」

「もちろんです。もしマモノがこっちに来ても私が必ず守ります。なので、何かがあった時すぐ動けるように準備をお願いします」

 

 

 女性は笑顔のまま頷いた。縋るように繰り返される質問に丁寧に答え、少しずつ人を落ち着かせていく。大丈夫という声が温かく響いて、毛布のように人々を包んでいく。

 幸い凍ってしまった空気はほぐれ始めたが、さっき聞こえた叫びは、あのウサギ型のマモノのものじゃない。もっと凶暴で、巨大な……。

 思わずオクタが女性に尋ねた。

 

 

「あ、あの、まさか……戦うんすか?」

「え? うん。……あはは、そんな顔しないで」

 

 

 さらっと彼女は頭を縦に振る。

 

 

「大丈夫。一年前の大変な状況を、私もあなたたちも乗り越えてこられたでしょう? 自分を信じよう。もう少ししたら、私の友だちが助けにきてくれるから」

 

 

 女性は頭上を見上げて目を細める。薄汚れた天井を透かして太陽を見るように。

 つられて上を見る。目に入るのは星ではなく蛍光灯の明かり。けれど、廃れてコンクリートがむき出しになった天井を越えて、青い空が見える。そんな気がした。

 

 

「大丈夫。みんなで一緒に安全な場所に行こう」

 

「私たちはマモノ討伐が先だけどね」

 

 

 飛び込んできた声に、女性があれっと振り向く。部屋の入り口に女子が立っていた。

 

 

「お疲れ。迎えにきた」

 

 

 長い髪とセーラー服のスカートを揺らす中高生らしき女子に、全員が呆けてぱちくりと目を瞬かせる。

 対照的に、女性は顔を輝かせて女子に駆け寄った。

 

 

「シキちゃん! 早いね、助かるよ。他の人は?」

「今来る。道が荒れてるから、途中から車降りて走ってきた」

 

 

 女子は左腕に青い籠手を着け、見間違いじゃなければ腰に剣を下げている。現代日本では見慣れない格好だ。銃刀法に引っかかったりしないのだろうか。

 突然の闖入者(しかもよく見れば目鼻立ちが整った美少女)に全員が沈黙する中、ヘルメットにアーマー装備、銃を抱えた大人が部屋に入ってくる。今度はひと目で分かった。自衛隊だ。

 

 

「生存者発見! 負傷者多数、重傷者一名!」

「安全な場所へご案内します。みなさん、ついてきてください!」

 

「じ、自衛隊だ!」

「俺たち助かったんだ!」

 

 

 担架が広げられ、真っ先に自分が乗せられて運び出される。

 移動する途中、女性と、シキと呼ばれた女子が途中で列から離れた。そしてあろうことかこの地下の奥、マモノの叫びが響いてきた通路に入っていく。

 思わず体を起こそうとして自衛隊員に怒られる。でも叱るなら自分より先にあの二人を叱ってほしい。マモノの討伐なんて危険は、それこそ自衛隊しかできない仕事なのだ。たとえ魔法使いでも超能力者でも、自分の恩人が危険な目に合うのは嫌だ。

 

 

「何……してんすか!? あの人、俺を助けてくれたのに!」

「人命救助が第一だ。中でも君は今とても危険な状態なんだ。喋らないで寝ていてくれ」

「女の人囮にして助けてもらったって嬉しくねえよ! あの人たちも一般人だろ……っ、ゲホッ」

「ハジメ、動いちゃダメよ!」

 

 

 妹のニナに担架に押さえつけられる。女一人にも押さえ込まれるなんて、自分はどれだけ弱っているのか。

 話が聞こえていたのか、通路の奥に進もうとしていた女性が振り返った。名前も知らない彼女は「大丈夫」と口を動かし、ひらひらと手を振る。

 

 

「……君の言う通りだ。女性を囮にするなど、褒められたものではない。だが、彼女たちは例外だ。囮ではない。むしろ彼女たちに頼むしかない」

「……どういう意味っすか……」

「彼女たちはマモノ討伐の専門家だ」

 

 

 オクタが言っていたことを思い出す。

 

 ──あの人すげーよ、魔法使いだぜ。あっというまにマモノ倒した。

 

 女性が女子と肩を並べて進み出す。二人とも、左腕に赤い腕章を巻いていた。

 深く鮮烈な色に目を奪われる。

 

 

(何だそれ……そんなの、)

 

 

 マモノ討伐の専門家。まるで、都市伝説のあの組織みたいじゃないか。

 その背中が廊下の角を曲がって見えなくなった瞬間、ブツリと意識が途切れた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「これで、よし……と」

 

 

 獣の死骸を観察し、脅威がちゃんと絶命していることを確認する。

 ラビ及びベアの討伐完了。一年かけてリハビリを続けてきた甲斐あって、去年の全盛期には届かずとも、大型のマモノ相手でも問題なく戦えた。

 一息つくと、ミロクが優しく自分たちの名前を呼んでくれる。

 

 

『ミナト、シキ、お疲れ。大丈夫か?』

「ありがとう。私たちは大丈夫だけど……重傷の男の子いたでしょ? あの子、大丈夫かな」

『大急ぎ医務室に運び込んで、今手術してるって。ミナトの応急処置がなかったら死んでたと思うぞ』

「そっか」

 

 

 ため息が引っ込まない。止血と手当をしたとはいえ、輸血もできずに数時間過ごしたのだ。死んでいてもまったく不思議じゃない。

 どうか、どうか助かってほしい。彼には家族も友人もいた。彼が死んでしまったら、その人たちはどれだけの悲しみと空虚に苛まれてしまうのか。

 

 

「もう、一年前のこの季節も散々だったなぁ……」

「……ああ、そういや去年のムラクモ試験から一年くらい経つわね」

 

 

 つくづくついてないと、愚痴がこぼれてしまう。

 去年は帝竜ウォークライの炎に焼かれて、重傷で寝込んでいる間に誕生日を迎えてしまったし、今年は……、今年は。

 

 

「あっ」

「何よ」

「ううん、なんでもない」

 

 

 そうだ、ウォークライに負けた日の翌日。自分は年を取った。

 つまり、そろそろ誕生日だ。生まれてから20回目の。

 今日は3月12日。あと3週間ほどで成人してしまうじゃないか。すっかり忘れていた。

 

 

(……今言うようなことじゃないか)

 

 

 お祭りムードになっている場合じゃない。誕生日を祝うなんて、いつでもどこでもできる。

 

 ……げん担ぎや、願掛けというわけではないが。あの青年が助かったら、バーテンダーにカクテルでも作ってもらおう。もちろん、アルコール摂取が許される誕生日以降に。

 夜に一人でこっそり、静かに彼の存命と自分の誕生日を早めに祝う。慎ましやだけれど、とても素敵だ。

 大丈夫。きっと助かる。目の前の命を取りこぼさないために、自分は徹底的に治癒魔法や応急処置の特訓をしてきたのだから。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「うああぁぁああおにいー!!」

「いでぇっ!!?」

 

 

 目覚め一番、妹たちが顔面を崩壊させて飛びついてきた。

 ベッドの上で女三人に揉みくちゃにされる。周りの人たちが羨ましそうに見てくるが、どっこいこっちは細腕の割に腕力と握力が強い相手に締め付けられて悦になんか浸れないのだ。痛い。怪我が痛い。死ぬ。

 

 妹たちを宥めて離してくれたのは両親だった。その隣には鼻をかむオクタがいて、だらしない顔でよかったよかったと頷いている。

 

 

「ハジメ。具合どうだ?」

「ああ、怪我が痛くて体がだるい、ぐらい……あれ、ここどこだ?」

 

 

 部屋の中には医療器具が並んでいて医務室に見える。自分が気を失った場所も医療施設の中だったが、あそこは薄汚れた廃墟でこんなに清潔じゃなかった。

 ベッドの前を行き来するナースに、他にもいる患者らしい人たちを見ていると、オクタが話したくてたまらないという顔で身振り手振りをする。

 

 

「ここな、国会議事堂だって。この部屋はその医務室」

「国会議事堂?」

 

 

 なぜそんな、政治家が集まるような場所に。

 

 

「ほら、『東京にドラゴンと戦うための組織がある』って噂。あれマジだったんだよ。最初は東京都庁を拠点にしてて、次にここに移ったんだって。ていうか、すげーぞハジメ!」

「な、何が……」

「『ムラクモ機関』! 前に話しただろ、都市伝説の組織! ドラゴンと戦う組織っていうのがそのムラクモ機関だったんだよ。つまりここ、本拠地!」

「むら……え、嘘だろ!」

「嘘じゃねーってマジだって!」

 

 

 高校入学直後、オクタと仲良くなったときにネットで見聞きした都市伝説。凶暴なマモノや事件に対処する戦闘組織、ムラクモ機関。噂の一例としては、数年前に報道されたハイジャック事件、その解決に彼らが絡んでいたという話がある。

 学校の休み時間にマンガさながらの評判を見聞きし、「マジかよかっけぇな」と二人で盛り上がっていた気がする。

 まさかそれが、本当に実在していたなんて。しかもここが本拠地。

 

 

「なんで死にそうになってたのにそんなに盛り上がれるの?」

「男の子はよくわからないね」

 

 

 うおーっと握る拳を見て、長女のニナと次女のミウが呆れたようにため息をついた。いつの時代も異性の間ではロマンの理解がされにくいものだ。

 

 

「そんでな、ムラクモ機関は本当にドラゴンと戦ってたんだと。自衛隊と協力して生存者の保護もやってたらしくて、おれの親も無事だったわ!」

 

 

 言葉を続けようとして、オクタの顔がぐしゃっと歪む。

 感極まって鼻水を垂らし始めた友人は、声をかすれさせて腕で顔を覆った。

 

 

「マジでよぉ……ムラクモ機関は実在してるし、ドラゴンのせいで人類滅亡しかけて、でもなんとかなったし、家族も生きてたし、おまえも助かったし、よかったなぁ……よかった……」

「……そだな」

 

 

 そうだ、自分たち一家と共に関西に来ていたオクタは、家族の安否が確認できないまま、それでも一緒にここまで来てくれていた。家族全員が無事だった自分に比べ、肉親と連絡も取れない生活はさぞ不安だっただろう。彼も彼の家族も無事でよかった。

 両親と妹たちが同じタイミングでティッシュを差し出す。オクタは「あざっす」と笑って全部受け取り、一気に鼻をかんだ。

 

 

「それにな、それに、病院の中でおれらを助けてくれた人、覚えてるか?」

「病院の中で……あ、おねーさん」

 

 

 そうだ。病院の地下で死にそうになっていた自分は、あのとき……、

 

 

「おまえを助けてくれたそのおねーさん、ムラクモ機関の人だったんだよ!」

「え……そうか、自衛隊の人がマモノ討伐の専門家とか言ってた……って、マジかよ! 俺ムラクモの人に助けられたの!? ああいう女の人もいんの!? ス○ークみたいなおっさんだらけかと思ってたのにギャップ!」

「だよな! なんか胸熱だよな!」

 

『……』

 

 

 ついさっきまで目に涙を溜めていたはずの妹たちがチベットスナギツネのようなジト目になっている。

 聞こえよがしのため息を聞き流して話を続けていると、医務室のドアが開いて、縦に積み重ねられたダンボールが運び込まれてきた。

 

 

「失礼しまーす。ナミさん、ユキさん、ムサシさん。追加の薬品です」

「わ、大荷物じゃない! 重かったでしょう?」

「いえいえ。運動にもなりますし、これぐらいなら問題ないですよ」

「助かるわ。ありがとうね、ミナトちゃん」

 

 

 いくつも積まれていた箱が医者とナースの手でどけられていく。荷物のタワーは少しずつ低くなっていき、運んできた人間の顔がひょっこりと現れた。

 

 

「あ」

「あ!」

 

「ん? あっ」

 

 

 見覚えのある顔に声が出る。続いてオクタも声を上げ、相手もこっちに気付いて口を開いた。

 

 女性だ。あのときの。

 

 

「シバさん! こんちわっす!」

「こんにちは。オクタくん。アサヒナさんたちも」

 

 

 元気よく腰を折るオクタに、女性も会釈して歩いてくる。その目がさっと自分の全身を見回して、ナースと同じ優しそうな笑顔が作られた。

 

 

「目が覚めたんだね。傷の具合は?」

「え、あ……少し痛むけど大丈夫、です」

「そっか! ……議事堂に運び込んだときに、出血しすぎてて危ないってお医者さんが言ってたみたいでどうなるかと思ってたけど……よかった」

「そうだよ。おにい、この人が助けて応急処置してくれなかったら死んでたんだからね!」

「なんでシホが威張るんだよ」

 

 

 我がことのように胸を張る妹につっこむ。ぶーと頬を膨らませて唇を尖らせるシホに女性がくすくす笑った。

 

 ……あのとき、自分を助けてくれた人がそこにいる。

 服装はあの日と違い、活動しやすそうなパンツスタイルだ。清潔感のある服装をしつつも足には自衛隊と同じ軍靴を履いていて、かなり使い込まれている。余所行きというよりは、体を動かして働くための格好。

 彼女は受身になって家族やオクタの話を聞き、相槌を打っていた。ときどき、傍を通る看護師や離れた場所にいる患者の挨拶にも笑顔で応える。

 目立つわけでもないのに人を惹きつける姿に、「やっぱムラクモの人だな」とオクタが囁いてきた。彼女の左腕、赤い生地にかっこいいマークが刻まれた腕章。あれがムラクモ機関の証らしい。

 

 一通りの話と挨拶を終えて、彼女はこっちに向き直って背筋を伸ばした。

 

 

「初めてじゃないけど、あのときは挨拶してる状況じゃなかったから……。改めて、初めまして。志波 湊です。よろしくお願いします」

「ど、どうも。朝比奈(アサヒナ) (ハジメ)っす、よろしくお願いします。……あ、握手」

 

 

 こっちに伸ばされて空中で止まっていた手を慌てて握る。

 自分より小さい女の人の手。少しかさつきはあるけど、爪の形が丁寧に整えられている柔らかい手。ほんのり伝わってくる肌の温かさは優しい感じがする。

 穏やかな笑顔に浮かぶ小さなえくぼを見ると、不意に胸が締まった。

 

 

『大丈夫だよ』

 

「……」

 

 

 この人が命を救ってくれたのだ。この手で血を拭って、傷を癒してくれた。

 

 

『よく頑張ったね。絶対助けるから、もうちょっと踏ん張って!』

 

 

 倒れて意識が朦朧として、それでも死にたくないともがく中、何度も呼んで自分を繋ぎ止めてくれた声と、頭を撫でて安心を与えてくれたのも、彼女の……。

 

 

(……やばい。これ、)

 

 

 うなじのあたりがじわじわ熱い。頭がくらくらする。握る手の感覚だけがどんどん熱く鮮明になる。

 世界が切り離されて遠くに飛んでいってしまったみたいだ。オクタや家族が向けてくる視線も、「ほぉ~」とか「ちょっと……?」とか「あらー」なんて声も右から左。目の前の女性の眼差しを受けるだけで自分の五感はいっぱいいっぱいだ。

 

 

「あ、あの」

「うん?」

「ありがとうございました。おかげさまで……今、生きて、るんで」

 

 

 変な顔にならないように意識しながら、しどろもどろになって礼を言う。

 

 優しく返された「助けられてよかった」に、ズドンと胸の奥に隕石が落ちたような気がした。

 

 




前作の終盤、望遠鏡で東京タワーを見上げていた彼らが議事堂へ合流。
ちょくちょく出てくるけど13班参戦はまだまだ後予定です。
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