2021年は平和……うおおドラゴン狩りじゃぁぁぁ!!!   作:蒲焼丼

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前回と同じくアイドルの能力についての個人的解釈ありです。
なるべくゲームっぽさが出ないように解説のセリフを多少弄ってます。



幕裏4. ア イ ド ル ! ! !

 

 

 

 廃墟となっていた病院で13班に助けられてから、一か月ほど経った。

 明日は東京スカイタワーが再稼働する日。連日復興作業に右往左往していた人たちはみんな笑顔で言葉を交わしている。

 そんな中、相変わらずミナトとシキの二人は忙しそうに走り回っていた。竜災害のような非常時でなくても、市民からの依頼をこなすので時間があまりないのは変わらないらしい。今もスカイタワー復旧の最終準備やその他の用事で議事堂の中を行ったり来たりだ。

 

 

「やあ、13班。たまには寧子と遊んでやってくれ。あの子も会いたそうにしていたからね」

「こんにちは、アリアケさん。今から届け物をしに渋谷に行く予定なんです。何か伝言とかはありますか?」

「ミヤ、これ。頼まれてた特殊LANケーブル」

「おお、助かる」

 

 

「よく働くなぁ……」

 

 

 ムラクモ機関に入るのか入らないのか。決められないままなあなあに時間が過ぎて、気付けば働く彼女たちを遠目に眺める毎日だ。

 異能力者だと診断を受けた日、父がマネージしていたエンキドウが、近年彗星のごとくアニソン界に降臨した男前ボーカルだと知ってからは、自分たち二人は迷惑にならない程度に彼と行動を共にしている。エンキドウは異能力者でムラクモに協力を申し出ているので、彼が行くのならとハジメとオクタも二、三日に一度はムラクモ機関のフロアに向かうようになった。

 

 

「ハジメ、おまえたちもムラクモに入るのか?」

「わからない。でもじっとしてんのつまんないし」

 

 

 父はときどき同じことを尋ねてきては微妙そうな顔をしてあごひげを弄っていた。エンキドウがムラクモに協力すると告げた日から、色んな意味で考えを巡らせるようになって、四六時中眉間にしわを寄せている。そのせいか、眼鏡のレンズもご自慢のスーツの黄色もくすんで見えた。

 母もそうだ。頬杖をついて物思いにふけっている。妹たちは直接言葉にすることはないが、やめろと視線で訴えてくる。

「ムラクモの情報は口外しない」という約束のもと、マサキたちのもとに出入りさせてもらっているが、自分たちが持つ異能力の分析の結果が間もなく出るらしい。そろそろ線を引くときなのだろうか。

 

 

『ムラクモ機関はね、今こそ普通に知られているが、去年ドラゴンたちが来る前までは、国家機密の組織だったんだヨ。都市伝説として噂になることはあっても、一般人には絶対に見つけられない機関だっタ』

 

『知識や技術を独占するために情報統制しているなんて反イヌヅカ派の方々は言っているけどネ、じゃあ、我々と異能力者のことを世間に大々的に報じたら、どうなると思う?』

 

『……人間は自分と違う生き物を恐れ、それが少数だった場合は大衆の力を持って排除しようと動くことがあル。自己防衛のためだから、仕方がないとは思うガ。……最悪の場合、「魔女狩り」が起きるだろう』

 

『ムラクモの戦闘員である異能力者は、命をかけて我々を守ってくれル。そんな彼らを守るため、情報規制は必要なんダ。それが、一般市民と異能力者の間の壁になってしまうとしても、ネ』

 

 

「もちろんこの話も他言無用だヨ」とマサキは人差し指を立てて微笑んだ。話を聞いた今なら、ミナトが自分たちに能力を見せることをためらっていたのも頷ける。

 無論、ムラクモのことを漏らすつもりはない。自分たちの命を救ってくれたミナトたちを売る真似はしないと誓ったし、自分だって異能力者だから。

 ただそれゆえに、一度機関に入れば簡単に脱退することはできない。組織内で何かが起こっても、悩み事ができても、家族に相談することも憚られる。平時だろうが非常時だろうが、年齢も立場も関係なく、自分という人間に責任が生じる。国家の特務機関に所属するとはそういうことだ。

 

 

「んー……」

 

 

 マモノ討伐の専門家。前大戦を人間の勝利で終わらせた組織。

 言葉だけ並べてみれば羨望と憧れの塊だろう。が、その最前線に立ってみたいかと訊かれれば誰もが一歩後退る。

 ムラクモは異能力者がいれば声をかけるスタンスらしいが、徴兵なんてことはしない。本人の意思が伴わなければ、無理やり戦場に放り込んだって意味がないのだと彼らは言った。

 議事堂に身を寄せる者の大半は普通の人間。ムラクモ機関も同じく、大半が普通の人間。異能力者だって、戦わずに作業員としてサポートに回る者、マモノとまでなら戦える者、ドラゴンも相手にする13班など役割が細分化している。

 竜災害の渦中にいたミナトとシキは、見る限り上司との確執はないようだし、日々東京復興のために奔走する姿からムラクモ機関は悪の組織でないことはなんとなくわかるのだが……。

 

 

「何を悩んでいる」

「あー、ムラクモに入るべきか入らざるべきかで……そもそも俺、自分の異能力がどんなものかもはっきりしてないし……ってだあぁっ!?」

 

 

 いつのまにか背後にエンキドウが立っていた。自然に返事を帰してから驚いてひっくり返る。

 周囲の人々がおっかなびっくりエンキドウを見て行き来する中、彼の背からオクタが「よお」と顔を出した。

 

 

「マサキさんたちが来てほしいって言うから呼びにきたぜ。まーたシバさんのおっかけしてんのか?」

「おっかけじゃねえよ。遠目に眺めてるだけだって」

「世界はそれをおっかけと呼ぶんだぜ」

「サ○ボマスターの曲みたいに言うな!」

 

 

 いつも通りの掛け合いが始まる。そんな自分たちの周囲にいる人々がこっちに、特にハジメに視線を向けてきたことに気付き、エンキドウが「移動しよう。ついてきてくれるか」と手短かに言う。

 

 

「あまり目立つのはよくないだろう。ムラクモに移動する」

「あ、はい、すみません」

 

 

 エンキドウの後ろにつき、なるべく誰とも目を合わせないようそそくさとフロアから出た。「ねえ、あれ」「嘘、どこ?」という声から逃れて階段を下り、一般人立ち入り禁止のムラクモ管轄の階に入る。一息つくのと同時にオクタが肩に手を置いてきた。

 

 

「おまえも大変だよなあ。変装したら? 髪染めるとか」

「そんな贅沢品あるわけないだろ。あっても髪痛むから染めない」

 

 

 高校受験の終わりと同時にデビューを果たした芸能活動の名声は、世界が崩壊しても尾を引いていた。

 以前マサキに指摘されたように、時にはソロ、時にはユニット、妹たちと歌ってきた自分は世間に顔を出している。竜災害で途中断念したものの、去年には全国ツアーも行った。活動は軌道に乗っていると言えた。

 

 が、避難生活を送るにあたって、その知名度が少なからず支障になっている。

 激しく干渉してくることはないが、別の居住区の人間がこちらの生活スペースを遠目に覗きにくる、なんてことがたびたびあった。

 竜災害当時着ていたライブ衣装は脱ぎ、普段は居住区のフリーマーケットで手に入れた服で生活しているが、自分と妹たちは目立つ地毛が特徴だ。まずそこに注目されて、次に顔を見られて「あっ」と目を丸くされる。

 人に指をさされる前にその場を離れる(ときどき捕まる)のはもう日課だ。ムラクモの計らいで騒動にならずに済んでいるものの、やっぱり過ごしにくい。

 親や奥田家に迷惑をかけたくないというのもあって、ハジメはほぼ毎日エンキドウについて回っている。歌に異能力という共通点もあるが、彼にはあまり人が近寄らず、その巨体の陰に隠れやすいというのも理由の一つだ。エンキドウ本人にも許可は得ている。

「カミタカ殿と同じだな」とエンキドウが父親の名前を口にし、こちらを振り返った。

 

 

「公私の線引きがしっかりしている。自分も『仕事はいつでもできる。私生活をちゃんと過ごせ』とよく言われた」

「そうそう、家族一同、仕事とプライベートはきっちり分けようって決めてるんです。ときどき思いっ切り歌いたくなるんですけど」

「わかるぞ。喉が鈍っていないか心配だ」

 

 

 歌うのは好きだ。歓声を浴びるのもファンサービスをするのも好きだ。生活スペースの隅で綺麗に畳まれているお気に入りの衣装を見るたび、それを着てマイクを手に取りたくなる。

 しかし、一度動いてしまえば今度こそ人が押し寄せてくる。集団生活の中で自分はずっと人目を気にして過ごさなければいけなくなるだろう。

 中学と高校で諸々を経験したからわかる。歌手として人前に立つ自分と、ただの一個人として生きる自分。両立できてこそどちらも充実するのだ。

 

 防音加工がされた部屋が欲しいななんて実現しそうにないわがままを思いながら研究室に入る。

 

 イッキが部屋の中央で仮○ライダーのようなポーズを決めていた。

 

 

「待ってたぜ、異能力者の諸君!」

「……イッキさん、なにやってんすか?」

 

「来たか。待っていたぞ」

 

 

 イッキを鬱陶しいと一蹴し、初めて見る顔が前に出てくる。

 輝く金髪に和洋折衷のような不思議な服を着た少女。かなり小さいが小学生だろうか。それにしてはなんだか威厳のある立ち姿だ。

 いや、そうじゃない。なぜ幼い子どもがこんなところに?

 

 その場で棒立ちになる自分たちを見て、幼女は「またか」とため息を吐く。彼女は鋭いまなじりを囲むまつげを持ち上げ、胸を張って存在を主張した。

 

 

「私はムラクモ機関最高顧問を務めるエメルだ。外での仕事が終わり、この議事堂に戻ってきた。諸君ら三名が異能力者……内二人は新しい職業だと判明したと聞いてな、様子を見に来た」

「へー、最高顧問。……へ、最高顧問!?」

「ああ、最高顧問だ」

 

 

 自分達のリアクションもどこ吹く風、彼女は端的に「結果が出たぞ」と言った。

 

 

「適性検査の結果だ。おまえたちの異能力の職業、及びそのランク……新しいタイプの二人は時間がかかったが、なんとか形にすることができた。エンキドウとアサヒナだったか。協力感謝する」

 

 

 あどけない容姿にそぐわない存在感をまとう声に礼を言われて背筋が伸びる。早速というようにマサキが脇から出てきて、「それじゃあ発表会だヨ!」とグラフと文字が所狭しに詰められている資料を掲げた。

 

 

「オクタ リョウゴくん。たびたび予告してはいたが、君はデストロイヤーだ。サバイバル生活の実体験もあることだし、シキとの組手のデータもある。S級であることは間違いないネ! ムラクモ試験に呼ばれてもおかしくないだろう!」

「マジっすか!?」

「で、どうだい……受けてみる気は?」

「えっ」

「ハッハッハ、冗談サ」

 

 

 朗らかに笑うマサキだが、ほんの一瞬目に鋭い光が宿ったのは気のせいじゃないだろう。彼は脇に立つイッキを軽く小突いた。

 

 

「ほらイッキ、次はアサヒナくんとエンキドウくんへの説明ダ。君がやってくれるんだろウ?」

「もちろんだ! おまえらよーく聞けよ!」

「説明……。俺たちも異能力者としての分類ができるってことっすよね」

 

 

 首を傾げるハジメとエンキドウに「ああそうさ!」とイッキが胸を張る。彼は部屋の隅に置いてあったホワイトボードを引き寄せ、黒いペンをぎゅっぎゅと押し付けて文字を書く。

 

 

「身体能力のサムライ。俊敏性のトリックスター。運動能力のデストロイヤー。超感覚のサイキック。情報技能のハッカー。……この五種類に加え、俺たちムラクモが新たに発見した力。研究とデータの収集、精査を重ね定義付けた新型の異能力者!」

 

「それがおまえたち──カリスマ性Sランク!」

 

 

「アイドル」。

 白い長方形に書かれた四文字は、自分が持つ肩書きだった。

 

 

「ア イ ド ル ! ! ! これぞ新職業! 仲間を自在に動かすワガママ☆ボーイ&ガール!」

 

「ワガママ……」

 

「アイドルのカリスマ性は、他の職業にはない離れ業をやってのける。第一の特徴……俺たちは『オーダー』と『フォーメーション』と呼ぶことにした。こういう経験はないか? 文化祭やら体育祭のイベントでまとめ役のようなポジションになって、頑張ろうなんて声をかけたら思ったよりも盛り上がった、普段静かな奴もノリが良くてびっくり、みたいな」

「え、あります」

 

 

 思わずまばたきを繰り返してしまう。イッキのたとえ話はそっくりそのまま体験したことがあるのだ。

 高校入学後最初の学校行事でのことだ。制服を着ているときはクラスメイトと同じ一学生なのに、アイドルであることを引き出されてクラスのリーダーを任された。

 押しつけやがってとやけくそになってあちらこちらに指示を飛ばすと、なぜだろう、普段授業で騒いでは教師に叱られる同級生たちは素直に従ってくれる。

 どうせ「ちょっと男子ぃ!」的な展開になると思い込んでいたが、高校生らしいテンションで賑やかになりながらも作業は進む。他のクラスが追い込まれてひいひい言うのをよそに、自分のクラスだけ余裕を残して準備を終えられた。完成度も高く、いやおまえらそんなに協調性あったか? と首を傾げたほどだ。

 結果大成功という形で行事は終わり、それ以降、何かがあるたびあの時盛り上がったしとまたリーダーに任命されるようなことが続いて大変だった記憶がある。

 

 そういやそうだったなぁと同じクラスだったオクタが頷いた。

 

 

「おまえ、それでクラス委員長にも任命されそうになってダッシュで逃げたもんな。うちのクラス騒がしかったし、先生から『君が声をかけてくれればまとまるから!』て言われて」

「委員長なんて柄じゃないって。仕事とかレッスンだってあんだから暇じゃないのに……」

 

「うん、まさしくそれだ! おまえの持つカリスマ性が発揮されていた瞬間だろう。もちろん、アイドルだからという先入観はあったんだろうが……さらにエンジンがかけられるような効果が、その『声』にはある。これがお前たちアイドルの異能力だ」

 

 

 タイヤがスリップするような音を立て、イッキの持つマジックが勢いよくボードに簡易的な人の絵を描く。

 

 

「オーダーは、仲間に行動を促す技術。フォーメーションは、戦況に応じて態勢を整えるための技術。どっちも自分の指示で人を動かすものだろ?」

「聞く限り、指揮系統の能力といったところか」

「そう。ただ、普通の人間がやるのとは引き出せるものが全然違う。より効率よく、より良い成果へ仲間を導く、理想のコントロールがアイドルの力だ。ハッカーが肉体的な支援型だとしたら、アイドルは精神的な支援型って感じか?」

 

 

 エンキドウとイッキが揃って腕を組んで頷く。

 ハッカーは見たことがないが説明なら受けている。文字通りのハッキング能力を持つ、アイドル、サイキックと同じ後衛に分けられる異能力者だ。ただしその対象は生物にも及び、行動の制限から肉体の強化、弱体化さえ可能だという。

 立ち位置としては似ているが、能力の使い方は明確に違う。一度その技を近くで見てみたい。

 

 

「基本的にはこんな感じだな。まだ確認中の内容もあるんだが……こんな都市伝説があったな……スーパースターがなんとか、ていう」

「スーパースター? こいつ結構有名っすよ。エンキドウさんもジャンルは限られるけどその界隈だと……」

 

 

 おとなしく説明を聞いていたオクタが不意に自分とエンキドウを指差して言った。

 音楽の業界で売れているという自負はあったが、こうもさらっと言ってもらうと……癪だが照れる。

 それを察してかニヤニヤ笑ってこっちを見てくる友人を小突いていると、「知名度のことじゃないぞ?」とイッキが訂正を入れた。

 

 

「異能力者としての能力のことだ。アイドルと見られる力を持っていた奴らは共通して、『運がいい』って特徴もあったんだ」

「運がいい?」

「ああ。去年の竜災害で運よく大きな傷病を負わずに俺たちの拠点まで来られたとか。まあ今まで生きてこられた奴らみんなラッキーだろうけど、それ以前にも日頃から幸運と思うことが多かったとか。スーパースターとは何なのか……アイドルがその力を極地まで極めたら何が起きるのか……ここらへんは曖昧だから要研究。また何かわかったら伝えるよ。アイドルの大きな特徴は以上だが、攻撃可能、補助可能、スキルの宝石箱みたいな職業だ」

「宝石箱や……」

「オクタ彦○呂の真似やめろ」

 

「結 論 ! アイドルは『カリスマ司令官』! オーダーとフォーメーションで敵を翻弄せよ!」

 

 

 両腕と胸を広げ、スポットライトを浴びるように職務を果たした己を誇るイッキ。だが降り注ぐのはただの蛍光灯の光だ。シュールに感じながらもとりあえず拍手をしておく。

 正直まだ実感できていないのだが、自分は最初から最後まで研究に協力したわけではないから仕方がないのだろう。対して、毎日積極的にムラクモに通っていたらしいエンキドウは納得がいったように頷いている。

 ホワイトボードを脇に押しやり、始終黙って話を聞いていたエメルが腕を組んだ。

 

 

「うむ、指揮と補助中心の異能力者か……バランスを考えれば、前衛型の異能力者とチームを組ませる必要がありそうだな。……エンキドウ」

「なんだろうか」

「職業を定義付けられただけで、異能力者としてのアイドルのデータはまだまだ足りないのが現状だ。特に、戦闘でな」

 

 

 ぴくり、と全員の動きが止まる。

 戦闘。たった四つの音を聞いただけで緩んでいた空気が一気に張り詰めた。

 今流れる平和な時間を築くために必要だった命のやりとり。つい一年前までは縁がなかった危険。日本に暮らす一般人のほとんどは関わるはずもなかった世界。

 それを象徴するような、血潮を思わせる濃い赤の目で、エメルはエンキドウの前に仁王立ちする。

 

 

「キリノたちから説明は受けているとは思うが、ムラクモは、『常人にはない、特殊な潜在能力を持ち、引き出すことのできる者』を異能力者だと認識している。身体能力などの基礎を含め、おまえの『声』で発揮される力が戦闘でどのように使えるのか、これからさらに研究する必要がある。……おまえは自らムラクモに参加すると言ったが、この先13班のようにマモノと対峙し、最悪ドラゴンを相手にすることになるとしても、その意志は変わらないか」

 

「ドラゴンと……!? ドラゴンは消えたはずなんじゃ……」

「例えだヨ。静かにしてくれ、最高顧問はいつだって真剣なんダ」

 

 

 身を乗り出そうとしたオクタをマサキがそっと止める。

 険しい目付きで見上げるエメルをエンキドウは無言で見下ろし、やがて慇懃に頷いた。

 

 

「若い女性の背に隠れているだけは性に合わん。助けられた恩を返す。そのために必要なら、自分はここから戦い始めよう」

「……決まりだな」

 

 

 エメルが灰色の腕章を取り出して持ち上げた。エンキドウはそれを手に取り、ムラクモのマークが見えるように左腕に巻き付ける。

 

 

猿鬼堂(エンキドウ) 吟路(ギンジ)。今からおまえを訓練生としてムラクモに歓迎する。新しい異能力者の先駆けとして、これからも協力を頼むぞ」

「うむ。邁進しよう」

「本当は本日のムラクモ試験に参加させたかったが、知識も経験もなく戦闘に放り込むのは無理だろう。しばらくはマサキのもとでスキルと戦術の研究をしてくれ」

 

「え、試験?」

 

 

 すっかり置いてかれている状態からなんとか口を挟む。そういえばとマサキが壁にかけてあるカレンダーを見た。

 

 

「今日は作業員の中でも素質のある三人を戦闘員に転換させるかどうかの試験があったネ。加えて市民の中から見つけた一人も受験者として参加することになったらしいけど、さてさて上手くいっているかナ?」

「間に合わなかったが……ある程度訓練を積んで戦闘に参加可能という確証が取れたら、おまえにも試験を受けてもらうぞ。いいな、エンキドウ?」

「構わない。元よりそのつもりだった」

 

 

「それで」とエメルがこちらに視線を移す。子どもの瞳が自分とオクタを映した。

 

 

「おまえたちはどうするのだ? ムラクモに入るか、入らないのか」

 

 

 同じ空間にいるはずなのに、どこか別の場所に立っているように感じる。

 目に見えない壁に隔てられたこっちと向こう。

 たかが一歩、されど一歩。動けば文字通り大きな変化が訪れる。

 

 踏み出すほどの「何か」は、まだ、ない。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「みんな度胸あるよなぁ」

 

 

 同じく誘われている身でありながら、他人事のような感想がこぼれる。

 エメルの問いかけにうんともすんとも言えないまま研究室を後にしたハジメとオクタは、医務区の中庭であぐらをかいて呆けていた。

 ここには土と草花がある。武装した自衛隊員が立ち、見晴らしが良いとはいえ荒れた町しか見えない議事堂前広場よりはのんびりできるスポットだ。

 変装用のキャップを目深にかぶりながら、ハジメはエンキドウを思い出していた。

 

 

「元よりそのつもりだった、か……すげぇな……」

「さすがだぜ。伊達に特撮物の主題歌とか歌ってねーわ」

 

 

 どっしりと構えその場でムラクモに参入したエンキドウの姿は、彼が歌う熱い曲を体現しているようだった。使命を負っているというわけではなく、元からそういう性分なのだろう。

 ……ますます、自分たちがムラクモに入る必要はあるのだろうかと考えてしまう。

 

 

(そもそも、俺たちはムラクモに……)

 

 

 入りたいのか、入りたくないのか。今になって考えが振り出しに戻る。

 オクタはS級、自分は詳細不明だが異能力者の判定をもらった。ムラクモへの参入は自由だ。

 13班の女性二人が頭に浮かぶ。彼女たちの場合はどうだったんだろう。家族はどんな風に反応したのか。

 

 

(そういや、あの人たちの家族って見てないな)

 

 

 議事堂に来て印象に残ったのが、大体の人間が家族連れで行動していることだ。竜災害で身内の安否に対する恐怖が残っているのか、普段は生活スペースに一家で固まり、離れるときも細かく連絡を取り合って動いている。

 そうでないのは自衛隊とムラクモの人間だ。特にムラクモのメンバーは一般とは別のムラクモ居住区に住んでいるため、家族といるより一人か同僚と行動していることが多いように見える。13班もそうだ。

 彼女たちは何のために戦うのか。家族や友人のためか。または違う目的があるのかもしれない。

 一度、去年の話を詳しく聞いてみたい。訪ねていけば会えるだろうか。

 

 よし、思い立ったが吉日だと腰を上げようとしたところで、

 

 

「リョーウっ!!」

 

 

 と、甲高い女性の声が飛んできた。

 

 

「んあっ」

 

 

 草の上に寝転がってまどろんでいたオクタがびくりと跳ねる。上体を起こして目をこする友人の名前と女性の声が重なり、ハジメは瞬きした。

 

 

「リョウ? もしかしておまえのこと?」

「たぶん。つか、この声……」

 

 

 オクタは慌てて振り返る。

 扉のない中庭入り口、壁に開いたアーチをくぐり、一人の少女が大股で歩いてきた。

 彼女とオクタの目がばちり、と合う。途端に少女は目を潤ませ、こらえるように下唇を噛んだ。

 

 

「やっ、ぱり……!」

「……あ、アリス?」

 

 

 オクタが少女のものと思われる名前を口にする。

 瞬間、少女は涙を散らして走り出し──

 

 

「アリスって呼ぶなああーっ!!」

 

 

 ──見事なタックルを彼の腹にかました。

 

 

「ぐふぉえ!!」

 

 

 ごろごろごろーと二人は団子になって転がっていく。背中と頭を壁に打って目を回すオクタに馬乗りになり、少女は涙を拭わず拳を振り上げた。

 

 

「この、バカ、バカ! なにのんびり寝てるの!? なんでこっちに来ないの!」

「あだ、いで、いで! やめ、痛い! やめろってアリ……わーわー気のせい! ユウコ、ユウコさんやめてください!!」

「バカあ!」

「げふっ!」

 

 

 容赦のない肘鉄が決まる。アリスまたはユウコと呼ばれた少女は一旦脇に退き、咳き込むオクタを涙目で睨み付けた。

 

 

「一か月も前に議事堂に来たんだって?」

「お、おう……」

「あたし、去年からムラクモさんたちと一緒にいたんだけど」

「え!? おれたちよりもずっと前じゃん!」

「だからなんで一言もくれないわけ!?」

 

 

 今度は手加減された握り拳がTシャツに当てられる。少女は声を震わせながら、オクタが議事堂にいるとついさっき初めて知ったこと、本当なら一か月前に再会できただろうに連絡のれの字もなかったこと、奥田家のことが心配すぎてこの一年でかなり痩せてしまったことをまくしたてた。

 

 

「なのに、なのに、あんた今何してたの? 何のんびり昼寝なんかして……あ、あた、あたしのこと探そうとか、ほんの一度も思ってくれなかったの?」

「い、いや、議事堂広いし、あんま出歩くなって言われてるしよー……いやおまえのことはもちろん心配だったけどさ! そうだ、おじさんとおばさんは……無事だよな……?」

「無事だよ。ムラクモさんに保護してもらうまでの間、あたし、頑張って他の人たちと一緒に……」

 

 

 脇に三つ編みを垂らした紫のポニーテールが揺れる。ジャージー素材の赤い上着を着る肩が小刻みに震え、鼻を啜る音が静かな中庭にこぼれ落ちた。

 

 

「頑張ったけど……あんた、関西行ってていなくて……ケータイ通じなくてメールもダメで……あんときの、『土産持ってくるから』って言ったのが最後になっちゃうんじゃないかって、気が気じゃなかったんだよ。なのに……こんなところでぐーすか寝てるって……心配して損した! あたしの一年返してよ!」

「えええ、おい、」

 

 

 珍しい。普段ボケまくりで人を振り回す立場のオクタが逆に振り回されている。しかも女子と話をしている。学校では自分含めいつも男同士とつるんでいたので貴重な一場面だ。

 アリスと呼べばいいのかユウコと呼べばいいのか、スポーティな出で立ちの少女は睫毛を震わせて訴える。

 

 

「っ……無事でよかった、無事でよかったよお、リョウちゃぁん……」

「おわ、泣くなって……」

 

(ほーお……)

 

 

 リョウちゃん、とオクタの意外な呼び名を頭の中で転がす。

 ただの友だちでもそんな呼び方するだろうか。パーソナルスペースも近いように見えるし、これはもしかすると……。

 しゃくりあげる少女の肩越しにオクタと目が合う。彼は顔をしかめて「何ニヤニヤしてんだよ」と言った。

 

 

「別に? リョウちゃん、そんな仲の良い女の子がいたのかー」

「うっせえゲスい笑み浮かべんじゃねえ! こいつはあれだ、幼なじみ! 家が隣で付き合い長いんだよ!」

「そっかそっか。とりあえずよかったなリョウちゃん。可愛い幼なじみに会えて」

「あああその笑いむかつく! おま、後で覚えとけよ!」

 

 

 自分たちのやりとりに少女がこっちを振り返る。目が合った瞬間「はひゃあ!」と個性的な悲鳴を上げ、二、三歩後退った。一部始終を見られていた照れ隠しか、反射という感じでオクタに拳が飛ぶ。

 

 

「もう! 誰かといるならいるって言ってよ!」

「え、おれのせい!?」

 

 

 しばらく騒いで落ち着いたらしく、少女はホットパンツから伸びる白い脚を折って中庭に座り込む。

 初対面の人間相手は緊張するのかもしれない。気まずそうに視線を泳がせ、深呼吸を繰り返してぐぐぐと頭が下げられた。

 

 

「初めまして、鴨川です。カモガワ……あ、あり、す、と言います。有利の有に子と書いて読みがアリス……です」

「こいつさ、名前が恥ずかしいってんで、アリスじゃなくてユウコってあだ名で呼ぶようにしてんだよ。ほら、有子ってユウコって読めるじゃん?」

「あーそうか。でもその漢字でアリスって読み珍しいよな」

 

 

 アリス。日本ではメジャーとは言えない響きの名前だ。珍しくて何度か相づちを打つと彼女は顔を赤くし、土下座するように地面に伏せてしまう。

 

 

「ひいぃすみませんそうですよねやっぱりおかしいですよねこんな名前……親が胎教にデ○ズニー映画視てマタニティーハイのファンタジー脳になってアリスなんて海外産の名前を純日本人のあたしにいぃ……おこがましいというか元祖アリス様に失礼というか」

「え、いやそこまでは言ってないよ! それにアリスだって今の日本じゃ滅多にない名前ってわけでも……」

 

 

 アリス、もといユウコは風船が少しずつ空気を漏らすようなうめき声をあげる。オクタが頭を横に振って「やめたげて」と呟いた。

 

 

「ときどきからかわれることがあったからさ、地雷になっちゃってんだ」

「そうか……じゃあ、ユウコちゃん、って呼べばいいのかな?」

「ぃいああそんな、あたしごとき苗字で充分でございます……どうぞカモガワ、いえいっそモブとお呼びくださいい……」

「おいユウコ、ハジメ引いてるから」

 

 

 いやいや腰が低すぎる。たじろぐハジメを見てオクタがユウコの肩をつかんで引き上げた。

 とりあえずこっちも挨拶を返さねばなるまい。キャップを取って、なるべくフレンドリーに見えるように笑って会釈してみる。

 

 

「どうも、朝比奈 一っす。オクタとは高校で同クラで。どうぞよろしく」

「リョウちゃ……リョウゴと同じってことは年上ですね。あたしひとつ下で……。……、……ん?」

 

 

 かしこまって下げかけた頭を止め、上げ、ユウコはハジメを見上げた。

 

 

「アサヒナ……ハジメ? さん?」

 

 

 張りのあるおでこの皮が眉間に寄り、彼女はまじまじと自分の顔、髪を見つめてくる。

 ああそういえば、変装用のキャップを外してしまった。でも目深に被ったままじゃ失礼かもしれないし、なにより信用できるオクタと親しい人間だ。たぶん大丈夫だろう。

 ユウコは隣にいる幼なじみにゆっくりと視線を移す。

 

 

「え? ちょっと待って、ハジメって……」

「あー言ってなかったっけ? あのアサヒナ ハジメ」

「……」

「そうそうハジメ、こいつおまえとニナちゃんたちの大ファンでよー」

 

 

 なんの気なしに話を続けるオクタの横で、ユウコは目を見開いたままこっちを見つめ続ける。

 とりあえず笑いかけると、彼女は顔中に汗を浮かべ、まばたき一つしないうちに上着を翻した。

 

 

「びゃーーーーーーーっっっ!!?!?!?」

「あ」

 

 

 大きな星マークの入った背中が高速で遠ざかっていく。興奮した猫のような悲鳴を上げてユウコは走り去っていった。

 

 

「あーあ、行っちまった。あ、安心していいぜ。あいつ良識あるから、周りにおまえのこと言いふらしたりとかしねーし」

「いや、うん……わかってるけど、おまえさ、もうちょっと周りに色々伝えておけよ」

「え、何を?」

「自覚なしか!! ていうか久々に再会できたんだろ!? 追いかけるぞ!」

 

 

 のんきに笑う友人を叩いて走り出す。

 すぐに追いつけると思ったが、オクタの幼馴染はなかなか足が速い。ぎゃあぎゃあ騒ぎながら議事堂中を駆け回り、彼女の家族とも挨拶を交わしていると、その日はあっという間に夜になってしまった。

 




プロローグ幕裏はここで終わり。
あとはあらすじの投稿になります。CHAPTER1以降は……なるべく早く書けたらいいな……。
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