空戦シミュレーターを極めたので異世界でエースとして君臨します 作:PlusⅨ
基地の滑走路に着陸し、フィアットのコクピットから降り立った私の元へ駆け寄って来たのは、先に帰投していたマオだった。
「クラリス、大丈夫? 怪我は無いよね」
「うん……ごめんなさい、心配かけて」
私は力無く答えた。マオは私の無事を確認した後、大きくため息を吐き、そして、私の耳元に顔を寄せて小さな声で言った。
「私には別に謝んなくてもいいけどさ、隊長には頭を下げといた方が良いよ。あんた、隊長の射線に割り込んだ挙句に、その敵機を逃しちゃったらしいじゃん」
あの時の状況については、帰投途中に基地へ無線報告していたため、先に離脱していたマオにも伝わっていた。
私は、敵機の背後をとることに夢中になって、カバーに入ってくれたレイ隊長の存在を失念していた……そう報告していた。もちろん嘘だ。
「あ、隊長が帰って来た」
最後に着陸したスカイレイが格納庫へ移動し、レイ隊長が降りて来た。そのそばにはアレックス先輩の姿もある。
「ほら、クラリス。謝りに行くよ。私も付き合うから」
マオが私の腕を引いて走り出す。
「隊長〜、隊長、隊長! ごめんなさいでしたー!!」
レイ隊長の前に着くや否や、マオは私の後頭部に手をかけ、そのまま無理やりお辞儀をさせながら、マオ自身も深々と腰を折って謝罪した。
「ーきゃっ!?」
こういう日本人的な謝罪の仕方は慣れてないので、あまりの突然の行為に、私は前へつんのめってしまった。そのまま目の前に居たレイ隊長めがけ飛び込んでしまう。
「おっと……」
私が倒れ込む一瞬の間に、レイ隊長が私を避けようとして、しかしすぐにその場に踏み止まったのがわかった。それがわかるのもスキルで得た常人離れした動体視力のおかげだ。でも私の体はバランスを立て直すことはできず、そのまま彼の胸に受け止められた。
「あっ……」
ぶつかられても微動だにしないレイ隊長の存在感を実感してしまい、私は頭が真っ白になった。
そんな私の耳元に、彼の声が降り注ぐように聞こえた。
「……先に謝ってからぶつかってくるとは斬新だな」
それは随分な呆れ声だった。
「…え、あ…そ、その…」
「ああああ!?隊長ごめんなさい隊長ぉぉ!?」
マオが慌てて駆け寄り、固まって動けなくなってる私をレイ隊長から慌てて引き離した。
「クラリスちょっと何やってんの、ってやったのは私だわ、ごめんクラリスマジごめん、隊長、ホントにすいませんでした! でもでも謝りたかったのはコレじゃなくて別のことなんですけどそっちはクラリスがやらかしたことって言うか、いやえっとなんて言えばいいのかえーとっおお!?」
パニックになったマオを前に、レイ隊長は静かな口調でこう言った。
「マオ、もういい。言いたいことはわかってる」
「ホントですか!? じゃ許してくれるんですね! さすが隊長!」
「お前はとりあえず基地の外周を三周走ってこい」
「ぎゃあああ!?」
マオは悲鳴を上げながら、その場に力なく崩れ落ちた。
航空機部隊の基地は広い。その外周は走っても一周するのに一時間以上はかかる。実戦で心身ともに疲弊した状態で帰還した直後にそこを三周走ってこいと言われたなら、倒れたくもなる。
しかし元はと言えば、これは私の責任だ。私は地面に蹲るマオのそばにかがみ込み、レイ隊長を見上げながら言った。
「罰は私が一人で受けます。六周走りますので、マオは見逃してあげて下さい」
マオは「クラリス!?」と驚いた様子だったが、私は構わず続けた。
「そもそも要撃管制官の指示を聞かずに格闘戦へ持ち込んだのは私のせいです。マオは悪くありません」
そう言って見上げる私を、レイ隊長は無表情に見下ろしていた。
「……いいだろう。ただし、俺も一緒に走るぞ」
「え?」
レイ隊長の意外な言葉に私は虚を突かれた。私だけではなく、マオや、アレックス先輩も目を丸くしている。
レイ隊長は私たちの様子を気に止めることなく、こう続けた。
「クラリス、お前のミスは、俺のミスだ。お前が何かをやらかせば俺も道連れになるということを自覚させてやる」
レイ隊長は厳しい目で私を睨みつけていた。私の罰に付き合うのは優しさや、隊長としての責任感からじゃない。私の性格を見越した上で、私に枷を嵌めるための行動なのだ。
アレックス先輩もそれに気がついたのだろう、彼女は呆れた表情で肩をすくめながら、レイ隊長に言った。
「だったら隊長どの。私も付き合いましょうか?」
アレックス先輩が冗談めかして申し出たが、レイ隊長はそれを手で制した。
「必要ない。これは俺とクラリスの問題だ。……司令への報告後、正門で集合だ。行くぞ」
レイ隊長は私に向かって顎をしゃくるとそのまま踵を返し、歩き出した。
それから数十分後、私はレイ隊長と二人きりで、広い基地の外周をひたすら走り続けていた。もちろん全力疾走などしていないが、それでも息が上がりそうになる。
レイ隊長の背中を追って、ただ黙々と足を動かす。
しかし不意にその背が近くなった。レイ隊長がペースを落としたのだ。彼は走り続けながら、私を振り返った。
「どうした?もうへたばったのか?」
無言のまま首を横に振る。そんなことはないという意味を込めて。
「ふん……」
私の反応を見て、レイ隊長は再び前を向いてしまった。それからしばらく、沈黙が続いた。一周を終え、二周目がまもなく終わろうという頃には、もう太陽も沈んでしまい、空には夜の星空が広がっていた。
そろそろ疲労で体が重たくなってきた。夕食も食べていない。しかしこのペースでは六周を走り終える頃には真夜中を回ってしまうだろう。
こんな目に遭うのが私一人だけなら気が楽なのに、けれど目の前には、同じ状況で走り続けるレイ隊長の背中があった。
私を先導するように走ってくれているけれど、彼も呼吸がかなり荒くなっていた。レイ隊長をそんな目に合わせてしまったのは私の責任だ。彼の思惑通り、この併走に私は大きな負い目を感じていた。
体力の限界よりも先に良心の痛みにこらえきれなくなった私は、意を決して口を開いた。
「あの……」
「なんだ」
「ごめんなさい」
「……」
返事はない。
「私が悪かったです。だから、隊長はもう休んでください」
「……それは無理な相談だな」
「どうしてですか」
「お前のミスは、俺のミスでもあるからだ」
「それはもう十分実感しました。今後、もうご迷惑はかけません」
「迷惑をかけない、とはどういう意味だ」
「それは……」
口籠もった私に、レイ隊長は前を向いて走りながら、さらに私に問いかけた。
「躊躇わずに引き金を引けるのか、そう訊いているんだ」
その言葉の意味を理解したとき、私は思わず足を止めた。レイ隊長も立ち止まり、私に向き直り、言った。
「新兵が引き金を引けないことはよくあることだ。俺も初出撃のとき、そうだった」
「……」
「だが、そのせいで仲間が死んだ」
突き刺すような、冷たい声で彼は続けた。
「俺は敵機に追われている仲間を助けようとして、その敵の背後についた。だがその時、俺は躊躇った。引き金を引けなかった。ほんの一秒か、二秒か、その間に、追われていた仲間は撃墜された」
レイ隊長の口調は淡々として、怒りや憎しみといった感情は感じられなかった。しかしだからこそ、彼の気持ちが伝わってきた。
「仲間の撃墜を目の当たりにした時、俺は反射的に引き金を引き、その敵機を撃墜した。……それが俺の最初の戦果だ。俺はあの時、二人の命を奪ったんだ。敵と、そして仲間の命だ」
レイ隊長はそこで言葉を切った。
「クラリス。お前は以前、俺に言ったよな。誰かを殺すことよりも、誰かを守る方がずっと難しい、と。…お前がその考えに従って何をしようが俺には関係ないが、ただこれだけは覚えておけ。誰かを殺す覚悟ができない奴は、誰かを守るどころか、自分の命さえ守れやしないってな」
そう言って再び走り出したレイ隊長の背中を、私は見つめることしかできなかった。
それからも私たちは足を引きずるようにしながら夜通し走り続け、真夜中を過ぎてようやく完走した。
「これで分かったか?」
「はい……。すみませんでした、隊長。……ありがとうございます」
「礼なんかいらん。行動で示せ」
「……はい」
レイ隊長は私に背を向けると、そのまま基地の中へと戻っていった。
私はその場に座り込んで、乱れる息を整えながら、ぼんやりと星空を見上げた。
「私は、間違っていたのかな……」
主よ、私に力を授け給え。そう口の中で祈りを呟く。敵も味方も無い、傷つき死んでいく人々を救いたいと願う、私の信念を貫くための、心の強さをお授けください。
「どうか、神よ……」
私は、星空に向かって祈り続けた。
―――第11話あとがき―――
当初のプロット。
「クラリスが謝罪。レイは無視」
「クラリスは自室で、眠れない夜を過ごす」
「眠れずに星を見に行こうと屋上へ上がったとき、そこでレイと出くわす」
でした。
しかしAIにより、クラリスがレイに抱き着いたり、マオがギャグキャラと化したり、罰走を与えたらレイまで一緒に走ると言い出したり、と全く違う展開になりました。