空戦シミュレーターを極めたので異世界でエースとして君臨します   作:PlusⅨ

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第15話・雲の下にみえたもの

『こちら管制塔、進路クリア。スカイレイ、離陸を許可する。グッドラック』

 

 トムキャットが滑走路を駆け抜け、空中へと舞い上がる。俺はスロットルレバーを押し込み、トムキャットのエンジン出力を上げた。

 

 機体にGがかかる。エンジンの回転数が上がり、トムキャットが轟音を上げながら上昇する。

 

 トムキャットのコクピットから見える景色が変わった。

 

 青い空と白い雲、そしてどこまでも続く水平線が見える。あれは日本海だ。いつもの哨戒飛行とは反対方向への飛行ルートを取り、俺は訓練用の空域へと向かった。

 

 俺が操縦するトムキャットと編隊を組み、アレックスのF-100スーパーセイバーが付いてくる。今日の飛行目的はトムキャットの性能を評価するための模擬戦闘訓練だ。アレックスは仮想敵を務める。

 

「レイ、調子はどう」

 

 そう問いかけてきたのは、トムキャットの後席に座っているアビー・ミラーだ。

 

「悪くない」

 

 と、俺は答える。

 

「大型の機体の割に離陸が軽やかだ。エンジン出力が高いだけじゃないな。可変翼のコントロールが絶妙なんだろう」

 

「嬉しいこと言ってくれるわね」

 

 俺がそう評価すると、アビーは楽しげな声を上げていた。アビーは俺の部下として、今日から第1小隊の部下となる。

 

『ポイント到着。レイ、訓練空域に進入したわ。こっちはいつでも準備OKよ』

 

 と、アレックスから通信が入った。

 

「了解だ。編隊を解く。アレックスはこのまま西進し、200km離隔したのちに反転。それから模擬戦闘を開始する」

 

『こちらアレックス、了解』

 

「アビー、高度1万mまで上昇する。計測してくれ」

 

「了解、準備できてるわ」

 

「いくぞ、計測開始」

 

 俺はトムキャットを急上昇させた。その動作は非常に滑らかで、大型機であるにも関わらず上昇力も高い。機首をさらに上げ、垂直上昇に近くなる。

 

 途端に、機体が大きく揺れた。

 

「キャッ!?」

 

 アビーの悲鳴を耳にしながら、俺は操縦桿を戻し機体を水平飛行させた。

 

「計測中止。……仰角40°、速度0.8マッハで上昇中にフラッター(振動)が発生。上昇を取りやめ水平飛行とした」

 

 俺はボイスレコーダーに音声記録を残した後、アビーに問いかけた。

 

「今のフラッターの原因は分かるか?」

 

「えっと……恐らくだけど、速度の増加に対して可変翼の追従タイミングが遅れた可能性があるわね。水平飛行中での試験は問題なかったんだけど、上昇角度と関係があるのかしら。もう一度、同じ条件で上昇してくれたら原因がわかるかも」

 

「もう一度繰り返すのは気が進まないな。主翼の負担が大きそうな揺れだった。訓練中に墜落はごめんだ」

 

「慎重ね」

 

「他人事じゃないぞ。君の命もかかっているんだ。今回の模擬戦闘では仰角40°以上の旋回及び上昇は行わない。いいな」

 

「わかったわ」

 

「アレックスの現在位置を知らせ」

 

 俺の指示に、アビーは後席のレーダー画面を確認する。

 

「間もなく西約100マイル(約200km)の位置につくわ」

 

 トムキャットの最新型レーダーははるか彼方に離隔したスーパーセイバーの動静を詳細に捕捉し続けていた。文句をつけようが無い性能だ。これで長距離ミサイルがあれば、敵の射程圏外から一方的に攻撃することができる。

 

 アビーもそう思ったのか、彼女はポツリとこう呟いた。

 

「フェニックスミサイルの開発が間に合えば、まさに無敵だわ」

 

「射程200kmの超遠距離ミサイルか。確かにスペックだけみればそうかもしれないが、実戦はそんなに単純な話じゃない」

 

「どういうこと?」

 

「200km以上先の目標は補足できても、トムキャット単機では敵味方の識別が付けられないからな。敵と誤認して味方や民間機を撃ちかねん。レーダーやミサイルの射程だけじゃなく、識別装置も工夫する必要がある」

 

「それは戦闘機のスペックとは別問題じゃないかしら。どちらかといえばROE(戦闘規定)の範囲でしょ?」

 

「現行の戦闘規定だと敵味方がはっきりしないと攻撃できないからな。せっかくの長射程ミサイルも宝の持ち腐れだ。敵を殺すだけじゃなく、戦場で情報をいち早く収集するシステムも合わせて考えないとダメだろう」

 

「難しい要求ね」

 

「君には欲張りでわがままに思えるかも知れないが、現場に出て自分の身体で体感すれば納得できるさ。さて、そろそろ始めるぞ。訓練開始コードを発信しろ」

 

「了解。…コード発信完了。アレックスから応答信号を確認。模擬戦闘訓練開始」

 

「西約200kmのレーダー探知目標の識別信号を確認」

 

「識別信号無し。目標の国籍不明。こちらへマッハ1で接近中」

 

「民間航空機の航路と相関は取れるか?」

 

「えっと…いいえ、民間航路とは離れているわ。速力、高度、針路を考えればこれは敵よ。先制攻撃が適当」

 

「まだ早い。オープン回線で呼びかけろ。所属、飛行目的、行先を確認せよ」

 

「そこまでするの? もう間に合わないわ。これじゃトムキャットの性能がまったく活かせないわよ」

 

「そういうことだ。どんなに高性能でも条件次第では無用の長物と化す。この機体がどんな状況に対応できるか、できないのかを確かめるのも試験の目的だ」

 

「屁理屈に思えるわ」

 

「文句は後から聞いてやる。不明目標との距離を知らせ」

 

「不明目標との距離50km、尚も接近中。間もなく視界内」

 

「目視で敵味方を識別する。アビー、外をよく見ていろ。レーダーじゃなく、自分の目を信じるんだ」

 

「わかったわ」

 

 俺はトムキャットの機首を上げて、不明機に進路を向ける。その先に小さな黒い点が視えた。

 

「視えたわ。アレックスのスーパーセイバーよ」

 

「細部まで視えていない。思い込みで判断するな」

 

 俺がそう注意している間に黒い点はみるみる大きくなり、あっという間にすれ違った。

 

「機種を視認した。あれは確かにスーパーセイバーだ。敵機に間違いない」

 

「ホントに視えたの?」

 

「君は視てないのか?」

 

「計器に目を落としていた……こんなに一瞬だなんて思わなかったわ」

 

「ここから先は計器を見ている暇はないぞ。格闘戦だ。スーパーセイバーを見失うな」

 

「了解。って、アレックスは何処?」

 

「背後だ」

 

「え、うそ、もう回り込まれたの!? キャッ!?」

 

 左ロールから背面降下。旋回しつつ、速度を上げながら、反転して急上昇。

 

 アビーが悲鳴を上げるが構わず、スロットルレバーを叩きつける。トムキャットのエンジンが轟く。

 

 だが、アレックスも負けじとくらいついてくる。スペック的にはスーパーセイバーを振り切ることも、旋回力にものを言わせて背後に回り込むことも容易に出来そうだったが、ある一定以上の機動をさせようとしたその寸前に、わずかに挙動が不安定に感じることが多々あった。そのため、俺はそのギリギリ手前で抑えながら戦闘を継続した。

 

 しかしそのせいでスーパーセイバーを振り切れない。

 

『ほらほらレイ、どうしたのさ、今日は調子悪いね』

 

 背後のスーパーセイバーから、アレックスが煽るように言った。まるで彼女の笑い声のようにロックオンアラートがトムキャットのコクピット内に鳴り響く。

 

「可変翼の追従がコンマ数秒遅れるせいだ。かなり繊細な機体だよコイツは」

 

 俺は答えながら機体を左右に素早く切り返す。

 

『ドラ猫って噂だけど、今はさしずめ借りてきた猫ってところかしら?』

 

 スーパーセイバーはぴったりと張り付くように追従する。相変わらずいい腕だ。

 

 俺はアレックスから逃げ惑いながら、トムキャットの機体性能と、自分の技量を冷静に分析する。可変翼のフィードバックが鈍いのはある程度、把握できた。なら初めから動かさなければどうなるだろうか。俺は一度上昇し高度を稼いだ後、急降下に移行するわずかな間――速度が緩み機体への負荷が減るわずかな間に、可変翼制御装置を操作し、主翼を全開状態で固定した。

 

 こうするとスピードは落ちる代わりに旋回能力が大きく向上する。急降下に移ったトムキャットは加速を抑えられた代わりに、これまでとは比べ物にならない旋回力で一気にスーパーセイバーの背後へと回り込んだ。

 

『へー、そんなことできるんだ?』

 

「この機体の弱点はだいたいわかった」

 

 俺はそう言うと、今度は主翼を最大限まで後退させながら一気に加速し、スーパーセイバーに食らいつく。背後から急接近、機銃の射程内。ロックオン直前でスーパーセイバーは急ロールで背面飛行に移り、直後、俺の視界から消える。

 

「背面急降下したのか…いや、逆か、上だな!」

 

『ご名答♪』

 

 上方からの声。スーパーセイバーは背面飛行で俺を惑わしながら上昇したのだ。頭に血が上りそうな機動だ。

 

 だがそれを予想できていたので早めに反応できた。俺はその攻撃をひらりとかわす。

 

『やるね、レイ!』

 

 スーパーセイバーは再び宙返りをして背後に回ろうとする。それを読んでいた俺はスーパーセイバーの後ろを取ろとしたが、主翼が後退したままでは旋回能力が落ちる。だが、再び可変翼を開くには時間的余裕がもう無かった。

 

 スーパーセイバーに背後へ廻られ、ロックオンアラートが無慈悲に鳴り響いた。

 

『フォックス2』

 

 アレックスがミサイル発射を宣言する。俺はトムキャットを水平飛行に戻し、安定させた。

 

「こちらレイ、俺の負けだ。状況中止、模擬戦闘を終了する」

 

『了解、お疲れ様、良い訓練だったよ』

 

「アビー、記録終了だ。聞こえているか?」

 

 俺の問いかけに、アビーが大きくせき込んだ。ヘッドセットからは苦しげな咳の音だけが聞こえる。

 

『レイ、アビーは大丈夫なの?』

 

「気絶はしてないようだ」

 

『そう、なら大したものね』

 

 アレックスの言葉を余所に、アビーが大きく深呼吸をした。

 

「うぅ~、まだ頭がふらふらするわ……ドッグファイトがこんなにも激しいものだとは思わなかった」

 

「これでも半分以下の性能だろう。可変翼の追従が完璧に機能すればもっと激しい動きが可能になる。それは君が一番分かっているはずだ」

 

「えぇ、そうね。でもそうなったら人間が耐えられるのかしら。頭では理解していたつもりだけど、こうして自分自身で体験してみるとこのドラ猫の恐ろしさがよくわかるわ」

 

「まだこいつは仔猫さ。アレックスに言わせれば借りてきた猫だそうだ。それを育てるのが君の仕事だ」

 

「そうね、一緒に育てていきましょう、レイ」

 

「ん?」

 

 何気なく当然のようにそう言われて、俺は一瞬戸惑ってしまう。いや、アビーが別におかしなことを言っている訳でも無いのだが。

 

『アビー』

 

とアレックスが割り込んできた。

 

『無駄口叩いていないで、データを整理したらどう? レイも早くこの後の指示をしてよ。この訓練の責任者でしょ』

 

 何処か不機嫌な口調だ。

 

「そうね、アレックス、ごめんなさい。すぐに取り掛かるわ。……ところで、私が何か、あなたの気に障ることでもしたかしら?」

 

『別に何も』

 

 二人の間に言い知れない不穏な空気が漂った気がした俺は、咄嗟に割り込んだ。

 

「訓練終了、これより基地に帰投する」

 

 宣言し、基地へ針路を向けようとしたとき、別の仲間から通信が入った。

 

『レイ、こちらサイモンだ。聞こえるか』

 

「こちらレイだ。どうしたんだ? たしかそっちは今、攻撃任務の最中じゃなかったのか」

 

『ああ、ちょうどさっき終わったところだよ。戦果は上々てやつさ。ただな、第三次攻撃隊に参加していたラックが帰投中に針路を見失って日本海に出ちまった。敵味方識別装置も故障して現在地がわからん。おそらくお前たちの訓練海域の近くに居るはずだ』

 

「ラックの奴が迷子だって? ざまみろだ。あいつ、この前の麻雀で独り勝ちしやがったからな。それで運を使い果たしたんだろう」

 

『ダブリ―ツモ上がりチーホウで役満とかふざけた強運だぜ。おかげ大損だったな。このまま勝ち逃げさせてたまるか。レイ、意地でも連れて帰って来てくれ』

 

「こちらレイ、了解だ。リベンジ戦でラックに吠え面かかせてやろう」

 

『あぁ楽しみにしている』

 

 交信を終えると、背後からアビーがクスクス笑う声が聞こえた。

 

「ざまみろ、だなんて言うからてっきり見捨てるのかと思ったわ。仲がいいのね」

 

「ラックと卓を囲んでいたら殺してやりたくなるぞ。君は麻雀はできるか?」

 

「やったことないわ」

 

「そうか、なら勝てるかもな」

 

「どういうこと?」

 

「ビギナーズラックに期待できるかもしれないってことさ。ラックのバカみたいな強運に対抗するにはそれぐらいしかない」

 

「そんなものなのかしら……」

 

 アビーが呆れたように呟く。俺はアレックスにもこのことを伝え、二機揃って針路を変更した。

 

 ラックが彷徨っていると思われる空域は、訓練海域の北の方角だった。下手をするとソ連の領空に入ってしまう恐れもある。サイモンとは軽口を叩き合っていたが、それは内心で渦巻く嫌な予感を誤魔化すためのものだった。

 

「高度を上げてレーダーの範囲を広げよう。アビー、捜索開始だ。さっきの訓練を思い出せ。民間航路以外を飛んでいる国籍不明機を探し出すんだ」

 

「わかったわ。やってみる」

 

 俺たちは編隊を組み直し、北へと機首を向けた。

 

「レーダー探知、見つけた。きっとこれよ!」

 

 しばらく飛んでいると、アビーが叫んだ。俺もレーダー画面に目を落とす。そこに目標が一つ映っていた。どうやら低空で飛んでいるようだった。

 

「アビー、目標情報を確認。識別信号の有無、民間航空路との相関、それから――」

 

「――オープン回線で国籍、針路、行き先を確認すればいいんでしょ。識別信号は受信できないわ。でもこれは距離があるせいかもね。民間航空路とは相関が取れない。高度がかなり低いわね。通信設定を行う」

 

 てきぱきと手順を進めていくアビー。呑み込みが早い。

 

「ポイントC-2付近を高度1500ft、速力0.5マッハで東北東へ向けて飛行中の航空機、応答せよ。こちらは満州国水上警察航空隊軍用機である。繰り返す――」

 

『こちらラック、お仲間か。助かった!』

 

 すぐに回答が来た。間違いない、あの目標はラックだった。

 

「よおラック。こちらはレイだ。早めに見つけることができてよかった。お前、ソ連の防空識別圏のギリギリを飛んでいるぞ」

 

『ヒュー、怖い怖い。レイ、ありがとな。被弾して電子機器のほとんどがイカレちまった上に燃料も心細くてよ、今日こそはもう駄目かと思っていたんだ』

 

「まったく運が強い奴だよ、お前は。針路を230度に取れ。それが最短での帰投コースだ」

 

『了解だ。ソ連のおっかない連中からいちゃもん付けられる前に、とっととオサラバだ』

 

「大丈夫よ」と、アビーが割り込んだ。

 

「今のところはソ連空軍機が飛んでくる気配はないわ」

 

『そうかい? ならいいんだけどな。ところでレイ、その女の子は誰だい?』

 

「私のこと?」

 

『そうだ。あんたのこと。アレックスじゃないな』

 

「私はアビー・ミラー。ダグラス社から派遣されたVFX-14トムキャットのテストパイロット。レイの相棒を務めているわ。よろしくね」

 

『俺はラックだ。おいおいレイ、機体だけじゃなく女まで乗り換えたのかよ』

 

 ラックが笑いながら言った冗談を聞きながら、俺は背筋が寒くなりそうだった。横を見ると、編隊を組んでいたスーパーセイバーの風防越しに、アレックスがこちらに向けて中指を突き立てていた。

 

『ラック、あんた、帰ってきたら覚えておきなさい』

 

『げ、アレックス!? お前もそこに居たのか!』

 

『アビー、あんたもよ。軽々しくレイの相棒だなんて口にしないで!』

 

「あら、ごめんなさい」

 

 アビーは口ではそう答えながらも、コクピットのバックミラー越しに目が合ったその表情は、悪戯っぽく微笑でいた。

 

 彼女が何を考えているのか、どうもよく分からない。ただ、アビーがアレックスをからかっているのは確かなようだ。なら、ここはきちんと叱っておくべきだろう、そう思って口を日開こうとした矢先のことだった。

 

『…光?』

 

 と、ラックがポツリと呟いた。

 

「どうした、ラック」

 

『いや、北の方角で一瞬、何かフラッシュのような―――』

 

 言いかけた途中で通信が不自然に途切れた。

 

「ラック!?」

 

 俺はレーダー画面に目を落とす。さっきまで存在していたラック機のシンボルが消滅していた。

 

「アビー!」

 

「ラック機、レーダーロスト! まさか、墜落したの!?」

 

『ラックは、何か光ったと言っていたわ。敵の攻撃で撃墜されたのかもしれない』と、アレックス。

 

「でも、トムキャットのレーダーは他に何も探知していないわ。敵はいない」

 

「アビーはレーダーによる捜索を継続しろ。ラックの再探知及びソ連領空からの近接目標に注意するんだ。アレックス、いまからラックがレーダーロストした地点に向かう。未探知の敵が出てくる可能性も高い。ロスト地点付近に到着後、俺は低空で海面を警戒するから、アレックスは高度を上げて後方でカバーしてくれ」

 

『それだったら、私が低空でラックを捜索するわ。いざ敵と遭遇した時、試作機じゃ心もとないでしょ』

 

「いや、逃げ帰るだけならこいつの方が足が速い。そのとき俺の背中をカバーしてくれるのは、アレックス、お前だけだ」

 

『……了解っ!』

 

 アレックスの力強い返答を聞きながら、俺はスロットルを押し込み、ラックが消えた地点へと機体を向けた。

 

「ラック……無事でいろよ」

 

 向かう先には低い雲が立ち込めていた。雨雲だ。ラック機の墜落予想地点に近づきつつある。しかし眼下は雲海に閉ざされ視認できない。

 

 俺は先に打ち合わせた通り、アレックスを後方に残し、高度を下げて雲の下に入った。そして、そこで見たものは……。

 

「うおおおおお!!??」

 

 目に入ったモノが何かを判断するよりも早く、俺は反射的に操縦桿をいっぱいに引いてトムキャットを急上昇させた。

 

『ちょっとレイ!? 何があったの!?』

 

「戦闘機だ! それも超高速で突っ込んできた!!」

 

『どこよ? 私には何も見えないけど?』

 

「レイ、レーダには何も映ってないわ!」

 

「雲の中だ! アビー、後ろを振り返れ!」

 

「えっ…あ、居たわ、真っ黒な機体!」

 

 バックミラー越しに黒い影が一瞬映ったのを見た俺は、即座に急旋回し、再び高度を落とした。海面ギリギリめがけダイブする。主翼は全開で固定、エアブレーキをかけ、海面スレスレを飛びながら機体を立て直す。

 

 そのトムキャットの頭上を、背後から急接近していた謎の機体が追い越していった。

 

「何だ、こいつは…?」

 

 機体色は漆黒に近い黒。水平尾翼の無いクリップドデルタ翼だ。垂直尾翼も無く、代わりに二対の尾翼が外側に大きく傾いて装備されていた。機首は異様に長く、その全長は恐らくこのトムキャットよりも大きいだろう。その謎の機体は双発のエンジンから長大なバーナー炎の尾を引きながら高度を上げ、あっという間に雲の中へと消えて行った。

 

 俺はスロットルレバーを操作し、主翼を後退させ、操縦かんを引く。

 

 機体の速度と高度が上がり、視界が一気に流れていく。

 

 やがて、トムキャットは再び雲海の直上に躍り出た。敵機の姿を探す。だが、いない。見失った。

 

「アレックス、不明機の姿を見たか?」

 

『ダメ、視認できなかった。ただ一瞬だけだけど、雲の切れ目を何かの影が凄い速度で飛んで行ったのは視えたわ』

 

「こちらもレーダーでは全く掴めなかった。ステルス機なのか。まさか、そんな……」

 

「レーダーステルス技術は、グラマン社でも研究が進んでいるわ」と、アビーが言った。

 

「私も不明機を目撃したけど、あの形状はステルス形状を意識したもので間違いないと思う。でも、まだ完璧じゃない。雲の下で私たちを追い越した後、離隔する短い時間だけだったけれど、レーダーでは捕捉できていたわ」

 

「そうか。なら奴がどこへ行ったか分かるか?」

 

「針路は北北西、ソ連の領空へ向かって行ったわ」

 

「ソ連機……っ!?」

 

「多分、間違いないでしょうね。その速力は驚くべきことにマッハ3、しかもレーダーロストする瞬間もまだ加速していたから、最大速力はまだ速いはずよ」

 

 俺は言葉を失った。あのカナード付きをはるかに超える化け物が現れたということか。にわかには信じられなかったが、しかし、自分の目で見てしまった以上、現実として受け止めるほかない。

 

 ラックは、その謎のソ連機に墜とされたのだろう。

 

「アレックス、アビー。もう一度、ラックが消えた付近を捜索する」

 

『了解』

 

 アレックスが冷静に答えたのに対し、アビーが狼狽えた様に言った。

 

「レイ、あの黒い機体がまた襲ってくるかもしれないわ」

 

「わかっている。だから捜索はあと10分間だけだ。それで見つからなければ……帰投する」

 

「……了解」

 

 俺は再び雲の下へと降下する。そして数分後、海面に散乱する機体の残骸を発見した。その周囲にパイロットらしき漂流者は無く、救助ビーコンの受信や、パラシュートのような脱出の痕跡も見当たらなかった。

 

「ラック……よりにもよってこんな形で運が尽きちまうなんてな……」

 

 ラック機の墜落位置を確認した俺は、それを地上基地へと通報し、併せて帰投を宣言した。

 

 その帰路の途中、アビーが俺とだけ回線を開き、言った。

 

「ごめんなさい」

 

「…なんで急に謝る?」

 

「ラックの捜索を続けようとしたとき、私、反対しようとしたわ。あの黒い機体がまた襲いかかって来るんじゃないかって思って、怖くなったの。……ラックがまだ生きてたかもしれないのに、見捨てようとしたんだわ」

 

 アビーの声は震えていた。

 

 俺は言った。

 

「間違っちゃいないさ。俺だって同じように思っていた。だけど自分を無理やり納得させるために10分だけ捜索したのさ。俺は、仲間を見捨てなかったと、自分に言い聞かせるためにな」

 

「ラックは死んだの? ……ううん、もしかしたらまだ海上を彷徨っているかもしれない。さっきまで会話していた相手が、もうこの世に居ないだなんてまだ実感ができないわ。――ねえ、レイ、お願い、もう一度あそこへ戻りましょう。ラックは、きっと…っ!」

 

「あいつは死んだ」

 

「レイ!」

 

「死んだも同然だ。あの海域は雨雲が立ち込めて天候が急速に悪化している。海上部隊が救助に行くだろうが、辿り着くのは何時間以上も後の話さ。救助ビーコンの反応も無かったんだ。流されてしまったら、もうどうにもならない」

 

「そんな……だったら、どうしたら……」

 

「どうにもできん。これが戦場だ。君が気に病む必要は無い。……明日は我が身さ」

 

「……」

 

 返事は無い。バックミラー越しに後席を見ると、アビーは俯き、微かに肩を震わせていた。

 

 目を前方に戻すと、その先に見慣れた基地の滑走路の景色がある。生きて帰ってきた証だ。だが、俺はそれを素直に喜ぶ気持ちにはなれなかった。

 

 ラック、安らかに眠れ。俺は心の中でそう呟きながら、トムキャットを着陸コースへと向けたのだった。

 




―――第15話・あとがき―――

 また新しい機体を出しちゃった。

 AIに架空戦闘機のスペックを書かせようとすると必ずステルス戦闘機になる。まあ現代の最新鋭機が軒並みステルス機だから当然かもしれないけど、もっとこう、浪漫が欲しいなぁ。
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