空戦シミュレーターを極めたので異世界でエースとして君臨します   作:PlusⅨ

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第16話・ブラックスワン(1)

 戦闘機パイロットの朝は早い。

 

 クラリス・フェルナー女史の起床は午前5時30分、そこから手早く洗顔と歯磨きを終え、6時には格納庫へ入ります。

 

 格納庫は広く、中には数機の戦闘機が並んでいます。同じ機体は滅多になく、世界各国のさまざまな戦闘機がここには配備されています。

 

 

――フェルナーさんの機体はどれですか?

 

「この小さな青色の飛行機です。フィアットというイタリア製なんですよ」

 

――整備員が見当たりませんが、いつもご自分で整備を?

 

「いいえ、専門の整備員の方々がいらっしゃいますよ。ただ、あの人達は、その、恥ずかしがり屋なもので取材はNGなんです。申し訳ございません」

 

――いえいえ。しかしご自分でもこうして毎日、機体の様子は確認されているんですね。

 

「私たちパイロットにとっては、自分の機体の状態を知る大切な機会です。整備員に任せきりにせず、必ず自分で確認しろ、と小隊長から教えていただきました」

 

 フェルナー女史はコクピットに入り、点検項目に従って各箇所を確認していきます。

 

 戦闘機パイロットにはとても高い能力が求められますが、しかしフェルナー女史はこれをたった二週間でマスターしたといいます。

 

「それは私だけの力ではありません。パイロット養成所での訓練がとても効率的なおかげですね。私のような素人の女性でも戦う力を得られることは素晴らしいことだと思います」

 

――出撃は怖く無いですか?

 

「ええ、恐怖は常に感じています。しかし、私の祖国を奪い、家族を奪ったコミンテルンを追い出すためならば、私は死を覚悟して戦います」

 

――フェルナーさんにとって、愛国心とは?

 

「そうですね……やはり国を愛しているからこそ命を懸けられるのだと思います。私達は、国が無ければ生まれませんでした。だから、もし私が死んでも、誰か別の人がこの国の未来を守ってくれると信じて戦い続けます」

 

――それでは、最後に視聴者に向けて一言お願いします。

 

「みなさま、どうかこの国に勝利をもたらしてください。そして、私達の分まで生き抜いてください」

 

――ありがとうございました。

 

 テレビニュースのドキュメンタリーコーナーが終わりCMに切り替わる。それでようやく、私はテレビの前で緊張を解くことができた。

 

 代わりに、どっと疲労感が胸の内に押し寄せてくる。テレビに映っていた私の姿はまるで人形のようだった。自分自身という気がしない。

 

「はぁー…」

 

 私の隣で、マオがため息をついた。

 

「…クラリスってやっぱりテレビ映りいいよね〜。肌もきめ細やかで綺麗だし~、マジでお人形さんみたいだったよ」

 

「…そ、そう」

 

 私の内心とは真逆の評価だったけれど、マオ自身は褒めているつもりなのでやめてとも言えない。なので私は曖昧に笑って受け流した。

 

 他人に合わせて自分の内心を抑えるのは良くない癖だ、と父からよく嗜められていた。古き良きドイツ人は己の感情に正直に、そして理路整然と主張したものだ、と懐かしそうに語っていた。

 

 けれどドイツが敗戦し社会主義国となったことで、公的な場では監視や密告が当たり前になってしまい、そんな社会で生まれ育った私たち若い世代は、内心や感情を抑えて生きるのが常識になってしまった。両親はそれをよく嘆いていたものだ。

 

 その点、パートナーにして友人でもあるマオは、大陸のおおらかな気質で育ったこともあってか、思ったことをそのまま素直に口にする性格だった。

 

「うん、うん。クラリスのお肌に比べたら私なんかニキビだらけだよぉ」

 

 その言葉に、近くに居た男性が声を上げて笑った。

 

「そりゃあマオ、お前が食べ過ぎだからだよ」

 

「うっ!……まあ、そうなんですけど、サイモンさんにだけは言われたくありませ~ん!」

 

 マオは自分のお腹を手で押さえながらその男性、サイモン=ケンジさんに反論した。

 

 サイモンさんも私やマオと同じこの第八八隊のパイロットの一人だ。年齢は20代半ばぐらいだろうか。まだ若いけれど、この基地ではレイ隊長に次ぐ戦歴をもつベテランパイロットだった。

 

「俺は太らない体質なんだよ。筋肉が発達してるからな、消費カロリーが多いんだ」

 

「嘘ですぅ~、だってこの前、飲みに行ったときも『明日からダイエットしよう』とか言ってましたよね~」

 

「あの時はたまたま体調が悪くて食欲が無かっただけだ。俺が食いたい時に食わなくてどうすんだ」

 

「またそうやって誤魔化そうとする~。私、知ってるんですからね。こないだ、しゃがみこもうとしてパンツのお尻のところビリッて破いたでしょ」

 

「なんで知ってやがんだよテメエ!?」

 

「うるせえぞ二人とも。もう少し静かにできないのか」

 

 そう不機嫌そうに嗜めたのは、同じくパイロットの男性、ミッキーこと三木 光さんだった。

 

「「はぁーい」」

 

「まったく……それにしても相変わらずつまらん取材だったな。中身が空っぽの台本を読み上げるだけのインタビューになんの価値があるってんだ」

 

「私のような経歴の人間がこの部隊に居る。それを世界中の人々に知らせることができれば、言葉の中身は何でもいい。広報部の方はそう仰っていました」

 

 私の答えに、ミッキーはさんは面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。

 

「だからと言って、あんなドキュメンタリー仕立てにしなくてもいいだろうに」

 

「仕方ありません。この番組を見た人々が私達の部隊に興味を持つことは間違い無いのですから」

 

「しかし、君の過去を何も知らない連中に同情されるのも気に入らないな。単なる悲劇や美談にしていい過去じゃない」

 

「それは……」

 

「おい、あんまりクラリスを困らせるんじゃねえ。こいつはただでさえ目立つことが苦手なんだ。インタビューを受けただけでも十分すぎるほど頑張ってくれたさ」

 

「ふん……そういえば、貴様もいたんだったな、サイモン」

 

「忘れていたみたいな言い方をするじゃねぇか」

 

「実際、忘れかけていたよ」

 

「へっ、言っとけ」

 

 サイモンさんとミッキーさんは粗暴な口調で言い合っていたが、不思議と険悪という雰囲気は感じなかった。

 

 ミッキーさんは苦笑しながら、私に目を戻して言った。

 

「クラリス、いい加減パイロットになったことを後悔してないか。こんな馬鹿どもと四六時中一緒なんだからな」

 

「ふふ、お気遣いありがとうございます。でも、皆さんとても良い人ばかりなので、それほど苦労しているとは感じていません。むしろ、毎日が楽しくてしかたがないという気持ちが強いですね。戦場にいるというのに、不思議ですよね?」

 

「……そうか」

 

 ミッキーさんの苦笑が、微かに和らいだ笑みに変わったような気がした。

 

「あー、またミッキーがクラリス口説いてるー」

 

「ちげぇよ!」

 

 マオにからかわれて、ミッキーさんの顔が今度は赤くなった。

 

 パートナーのエナさんからは、内心で何を考えているかわからない男、と厳しめに評価されてしまっていたけれど、私はそんなことは全然無いと思う。単に優しさを表に出すのが苦手なだけだと思う。

 

 そうやって四人で賑やかに過ごしていたところに、また別の人物がパイロット控室にやってきた。

 

「ふむ、相変わらず騒がしいな」

 

 私たちより少し年上のその女性の名はリリィ・ホワイト。アメリカ合衆国からこの部隊に派遣されている軍事顧問だ。私たちパイロットに戦闘技術を指導してくれる教官でもある。

 

 その彼女が、私に言った。

 

「クラリス、さっきまで放送していたドキュメンタリーを観たか?」

 

「ええ、ちょうど今、この四人で観ていました」

 

「ならちょうどよかった。この取材の続きをしたいという依頼が広報部から来ている。しかも今度は実際に操縦して飛んでいるシーンも撮りたいそうだ」

 

「そうですか。私は別に構いませんが、しかしどうやって? 私のフィアットは単座型ですから取材クルーは同乗できませんよ?」

 

「取材クルーを乗せた別の航空機と一緒に並んで飛ばそうと思っている。最初は旧式のレシプロ観測機にしようかと思ったが、それだと速度が遅すぎてな。だから…」

 

 と、ホワイト教官はサイモンさんの方へ顔を向けた。

 

「俺か?」

 

「サイモン、君のデルタダガーは並列複座型だったな。カメラマンを乗せて取材に協力してくれ」

 

「ほぉー、珍しい依頼もあったもんだ。まあいいぜ。面白そうだ」

 

「ありがとう。それとミッキー」

 

「何だ?」

 

「君にはクラリスの護衛を頼みたい。場合によっては代役も兼ねてもらう」

 

「代役……なるほど、つまりスタントマンか。模擬戦闘でもやらせようってのか」

 

「そうだ。広報部がよこした台本では訓練中に突如、敵機が乱入し、クラリスはそれを見事に返り討ちにする、という筋書きらしい。なんともドラマチックなドキュメンタリーじゃないか」

 

「バカバカしい限りだな」

 

 それを聞き、ミッキーさんは軽蔑した様なニヒルな笑みを浮かべた。

 

「まあいい。依頼は受けよう」

 

「助かる。仮想敵役はエナが務める。当日の打ち合わせをしたいのでクラリス、サイモン、ミッキーは後で私のオフィスに来てくれ」

 

 そう言って立ち去ろうとしたホワイト教官に、マオが「待って待って!」と声をかけた。

 

「私は? 私は何をすればいいんですか? クラリスのパートナーとして彼女をカッコよく助ける役とか大歓迎ですよ!」

 

「ああ、君は……」

 

 ホワイト教官は、そういえば忘れていた、という顔でマオに言った。

 

「エナの代わりに哨戒パトロールに出てくれ」

 

「そんなぁ、なんで私だけ!?」

 

「たださえ人手不足なのにこんな取材に四人も取られて、猫の手も借りたい状態なんだ」

 

「私は猫扱いですか!」

 

「猫は嫌いか?」

 

「大好きです!」

 

「なら問題ないな。頼んだぞ」

 

 ホワイト教官はそのまま去っていった。

 

「え、ちょっと待って、なんか今の会話おかしくなかった? ねえ! ねえ!?」

 

 去っていったホワイト教官にマオが恨みがましい視線を送っている横で、サイモンさんが大声で笑い出し、それでまたマオが憤慨して騒がしくなったところをミッキーさんが嗜める……

 

 ……そんな何気ない日常の一コマに身を置いて、私は心が休まるのを感じていた。

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