空戦シミュレーターを極めたので異世界でエースとして君臨します   作:PlusⅨ

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第16話・ブラックスワン(2)

 模擬戦の取材の当日。私たちは、日本海上空の訓練空域を飛行していた。私と共に編隊を組んでいるのは、ミッキーさんだ。

 

 ミッキーさんの機体は私と同じイタリア製の軽戦闘機・フィアットG.91。開発国のイタリアでは空軍のアクロバットチームにも採用されている軽快な運動性能が特徴の、全長11m程度の小柄な機体だ。武装も12.7㎜機関銃が2丁と、ミサイル用パイロンが2基のみと低火力で、私がこの機体を選んだ時、一緒に養成所で訓練していたミッキーさんから「こんな機体じゃ戦えたもんじゃない」と猛反対されたものだ。

 

 でも私はこれが良かった。現代ジェット戦闘機は20㎜以上の機関砲を高速連射するのが主流だけど、それだと相手を木っ端みじんにしてしまう。でも12.7㎜機銃なら、コクピットに直撃でもしない限りパイロットを殺すことは無い。ミサイルは持ってさえいれば相手に対する牽制になる。

 

 いくら戦争だからって、相手を必ず殺さなければいけない訳じゃない。追い返せさえすれば、それでいい。それが私の闘い方だ。でも、私はそれを他の仲間にまで押し付ける気は無かった。だから、ミッキーさんまでフィアットを選んだと知ったときは驚いた。

 

 しかも機体の色まで一緒。私とうり二つな紺碧のフィアットだ。ミッキーさんは、国のプロパガンダとして最前線に立つ私の影武者を引き受けてくれたのだ。

 

「クラリス、そろそろ来る頃だ」

 

 ミッキーさんのその言葉とほぼ同時に、空の向こうから新たに二機の航空機が現れた。サイモンさんのF102デルタダガーと、エナさんのMiG21フィッシュベッドだ。

 

 サイモンさんのデルタダガーは、その名に「デルタ」とついているとおり、尾翼の無い三角翼が特徴的な機体だ。アメリカ空軍では既にその後継機が部隊配備され始めたことから、不要になった機体が満州国に大量に流れてきたらしいのだけど、その大半が練習機として使用されていたものなので八八隊パイロットたちの間ではあまり人気がない機体だそうだ。

 

 そのせいで機体の売買を担当しているマッキーおばあさんは大量の在庫をさばくために価格の値引きや抱き合わせ販売なんかもやっている。そのため最近では乗機を故障や撃墜で失ったパイロットたちが取り敢えずの間に合わせとして乗ることも増えてきたらしい。

 

 サイモンさんのデルタダガーも練習機を改装したもので、そのコクピットには座席が横に並んで二つ存在している。なので取材クルーはパイロットの隣に乗って撮影するようだ。

 

 エナさんのフィッシュベッドは、先日、カフェでの世間話でエナさん本人が話してくれたように、もともとはマッキーおばあさんが戦場で墜落した部品をかき集めて再現した非正規の戦闘機だそうだ。訓練の仮想敵役が本来の用途だというのだから、今日の模擬戦はある意味、正しい使い方ともいえた。

 

 私とミッキーさんは、サイモンさんとエナさんと一度合流し、同じ針路に向けて四機で編隊飛行を行った。

 

 私のすぐ横にサイモン機が並び、そのコクピットに居るカメラマンがハンディカメラを私へと向けた。無線からそのカメラマンが呼びかけてくる。

 

『クラリスさん、こっちに視線下さい。ヘルメットのバイザーもあげて……ん~、ちょっと絵が遠いなあ。ねえパイロットさん、今これで距離何メートルぐらい? え、20m? もっとさあ寄れないの? せめて10mぐらいまでいってよ』

 

『あほか、これ以上近づいたら空中衝突しちまうわ!』

 

『えぇ~、アクロバットチームの編隊飛行は1mぐらいまで近寄ってたのに? 別の同僚が取材した時はそう言ってましたよ』

 

『俺は曲芸師じゃない。サーカス野郎どもなんかと一緒にするな。ここは戦場だ。好き好んで敵に近づくやつなんか居るかよ』

 

 ぶっきらぼうに答えるサイモンさんの声は刺々しかった。

 

『仕方ないなぁ、じゃあこの距離で我慢しますよ。このまま並んで真っ直ぐ飛んでください。…あ、そこのもう一機の青い飛行機、カメラに映り込んじゃってますから下がって下がって! なにやってんですか、もう!』

 

 もう一機の青い機体、というのはミッキーさんのことだ。私を挟んでサイモンさんとは反対側を飛んでいたから一緒に映ってしまったのだろう。ミッキーさんは即座に機体を旋回させて、サイモン機の背後にピタリとついた。

 

『おいミッキー、なんでその位置についた?』

 

『別に、他意はない』

 

『真後ろにまわること無いだろ! 銃口をこっちに向けるんじゃねえ!』

 

『考えすぎだ』

 

 サイモンさんとミッキーさんが言い合っているのを余所に、カメラマンは私に次の要求を告げた。

 

『クラリスさん、今度は手を振ってください。あ、バイザーは上げたままでお願いしますね。はい、そのまま。次は機体を少し傾けて……いいですね、それじゃあ、いきましょう。3、2、1、ハイッ!』

 

 私は指示通りに動いた。

 

『いいですよ、その調子です。あともう少し右に寄せてもらえれば、コクピットの中が見えるんですけどねぇ……。クラリスさんの方からこっちに近づいてもらうってできますか?』

 

「できません」と私ははっきりと拒絶した。

 

「編隊飛行時の距離は規則で決まっているんです。それを破ることはできません」

 

『お堅いなあ。でもこれじゃ視聴者は退屈しちゃいますよ。規則の問題ってんならボクが上と掛け合いますよ。プロデューサーが基地で待機してますから、無線で連絡とってくれますか』

 

「そういう問題ではありません。命を守るための規則です」

 

『はあ、仕方ないなあ』

 

 呆れたような溜息が無線機から漏れ聞こえてくる。私もつられて溜息が出そうになった。広報部が選定して送り込んでくる取材班というのは、なぜか、ここが最前線で戦う部隊であることをあまり理解してない人が多い気がする。

 

 それもそのはず、彼らは日本のテレビ局の人間だった。太平洋戦争でアメリカに条件付き降伏した日本は、その後、満州国をアメリカに差し出す代わりにソ連や中国共産党との対立までアメリカに押し付け、その国力を国内経済の再発展に傾注していた。その甲斐あって日本は空前絶後の経済発展を遂げ、また満州国での内乱も対岸の火事として、平和な世を謳歌していた。

 

 第八八隊のパイロット養成所は日本にあるので、私も養成所で訓練中に一度だけ外に出たことがあった。そこは高層ビルが立ち並び、店は物であふれ、人々は誰もが着飾り明るい表情で他愛もないことで笑い合う……そんな、とても敗戦国とは思えない光景が広がっていた。

 

『おい、テレビ屋さんよ。あんた、ここにいったい何しに来た?』

 

 サイモンさんの声だ。

 

『何って、戦争の取材に決まってるじゃないですか。国際社会にこの満州国で何が起きているか、その真実を届けるのが報道の使命ですよ』

 

『だったら実戦の出撃に付き合ったらどうだい。さぞかしいい画が取れるぜ』

 

『そういうのは戦場カメラマンの仕事ですよ。僕は番組ディレクターでね』

 

『は? どう違うんだよ』

 

『あなたが曲芸師じゃないと同じくらいの意味で、違いますよ。人の死体を撮影する趣味は無いね。視聴者はそんなを求めていないんですよ。悲惨な映像は却って逆効果だ。視聴者の共感を得るには、あなた達パイロットも親しみやすい人間だと知らせるのが一番いいんですよ』

 

『だったら飛ぶ必要なんかねえな』

 

『可憐な美少女が戦闘機を華麗に操って、空を駆ける。最高の題材じゃないですか』

 

『………』

 

 その会話は、サイモンさんの大きなため息を最後に終わった。

 

 そこへ、今まで黙っていたエナさんが口を開いた。

 

『あのさあ、そろそろ模擬戦の時間なんだけど、はじめちゃっていい?』

 

『ええ、ええ、早いところお願いします!』

 

 勢い込む自称番組ディレクター・カメラマンの返答を得るや否や、エナさんがフィッシュベッドを急上昇させてサイモン機の後部上方に移動した。

 

『んじゃ、打ち合わせ通りにいくよ。先ずは奇襲から。サイモン、機体を動かすんじゃないよ』

 

 言うや否や、エナ機は急降下を開始した。そのまま私とサイモン機の間をすり抜ける。衝撃波で私たちの機体が大きく揺れた。

 

 一呼吸遅らせたタイミングで、私は急バンク、背面急降下でエナ機を追いかける。私とエナ機の追跡劇をカメラに収めるべく、後ろからサイモン機が同じく急降下してついてくる。

 

『うわぁっ! ちょ、ちょっと、待って、ひぃい―――』

 

 カメラマンの悲鳴。

 

 エナ機が水平飛行に移行し、私も同じく操縦桿を戻す。

 

『どう、上手く撮れた?』とエナさん。

 

『まあ、なんとか……』とカメラマン。

 

『じゃ、次行こうか。今度はサイモン機に対して正面からヘッドオンで突っ込むから、よろしくね』

 

『え、へっどおん…そ、それなんですか…う、うわあああああ!!??』

 

 サイモン機とエナ機が真正面から高速ですれ違う。

 

『ほらサイモン、そこで反転して上昇。追いすがってみてよ』

 

『よっしゃ任せておけ!』

 

 サイモン機が機首を急激に上げ、フルスロットルで上昇する。

 

『ひいいいいいい――ぐぅ……ううう……』

 

 カメラマンの絶叫が聞こえてくる。それが途中で苦し気なうめき声に変わった。大G旋回によるブラックアウトに襲われたのだろう。この分では撮影どころではないかもしれない。

 

『やれやれ』

 

 と、私たちから離れた場所を飛んでいたミッキーさんが呟いた。

 

『こんな動き、事前の打ち合わせに無かっただろう。規則を破っているのはどっちだよ』

 

 そのとおり、ヘッドオンから先は計画に無い勝手な動きだった。エナさんとサイモンさんは私とミッキーさんを放置して勝手に模擬戦闘を始めていた。

 

「ええっとその、どうしましょうか?」

 

『ほっとけ。カメラマンに対する嫌がらせだ。吐くか気絶するかしたら止めるだろう』

 

「取材も中断ですね」

 

『君もそうしたかったんだろう。俺もだ。あいつらがやらなかったら俺がサイモンごと撃墜していたところだ』

 

『おいミッキー、今の聴こえたぞ。てめえやっぱり俺を撃つ気満々だったんじゃねえか!』

 

 エナ機を追撃していたサイモン機が急旋回し、こちらへと向かってくる。

 

 ミッキー機も急旋回し、フィアットの軽快な運動性能を活かしてあっという間にサイモン機の背後に回り込み、機銃を撃った。

 

 曳光弾がサイモン機から離れた場所を追い越していく。それでもコクピットから見ればさぞや肝が冷える光景だろう。

 

『ひいいいいいい、撃たれた!?撃たれた!?』

 

 どうやらカメラマンはまだ意識を保っていたようだ。それに被せるようにサイモンさんが大声で笑い声をあげた。

 

『ひゃーはっはっは、どうだテレビ屋さんよぉ、迫力満点な映像だぜ。しっかり撮んな! それはそうとミッキー、マジで撃ちやがったな、てめえだけは許さねえからな!』

 

『誤解するな、模擬戦のシナリオにあった警告射撃だ。当てる気は無い』

 

『それはエナ相手にやるシナリオだろうが!』

 

 そう言ってサイモンさんが急に機体を横滑りさせた。

 

『きゃあああ!!』

 

 カメラマンが悲鳴をあげる。

 

『ほらもう一回いくぜ。次はミッキーの野郎に向けて突っ込む!』

 

『仮想敵役はアタシだよ。忘れちゃ困るね!』

 

 ミッキーさんのフィアット、サイモンさんのデルタダガー、エナさんのフィッシュベッドが入り乱れるようにドッグファイトを行っていた。私は巻き込まれないように高度を上げ、その様子を見下ろす。

 

「…これ、私がカメラを持っていたらいい画が撮れたんじゃないかしら?」

 

 ふと、そんなどうでもいいことを考えてしまう。続いて思い浮かんだことは、後で司令とホワイト教官に怒られるな、という事だった。取材は大失敗だろう。報酬も払われず燃料代や整備費用も各自負担になるだろうけれど、多分、あの人たちはそんなことはきっともうどうでもいいのかもしれない。私も巻き添えだけど、まあ仕方ない。多少なりともウンザリしていたのは事実なのだから。

 

「ふふ……楽しそう……」

 

 私も混ざろうかしら。憂いも何もかもを忘れて、ただ自由に空を駆け抜けるのも悪くないだろう。

 

 そう思って操縦桿を傾けかけた時、不意に別の人間から通信が入った。

 

『こちらレイだ。取材対応チーム、聴こえるか。訓練空域で遊んでいる場合じゃないぞ!』

 

「レイ隊長?」

 

 そういえば飛行前のブリーフィングでも、私たちが取材対応している間、レイ隊長たちは今日もVFX-14トムキャットの試験飛行のために近くを飛ぶと情報を知らされていたのを思い出した。

 

「こちらクラリスです。どうかしましたか?」

 

『今、トムキャットの広域レーダーが200㎞先に不明航空機を捕捉した。お前たちの空域から北に130㎞の位置だ。真っ直ぐそちらに向かっている』

 

「了解。取材対応を中止し、空域から離脱します」

 

『急げ。こいつは恐らく、このまえラックを撃墜したあの黒い不明機だろう。レーダーの捕捉が不安定で、その上恐ろしく速い。武装は不明。交戦しようと考えるな。とにかく逃げろ!』

 

「了解しました。ミッキーさん、サイモンさん、エナさん!」

 

 私がバンクを打って旋回し帰投針路に向けた時は、他の三人は既に、私よりも先に基地へ向かってまっしぐらに飛んでいた。さすがと言おうか、なんと言うべきか。いや、感心している場合じゃなかった。私もフルスロットルでその後を追う。

 

『不明機、レーダーロスト』レイ隊長が重い声で告げた。『ロスト前の最終速力マッハ3.5。しかもまだ加速していた。…化け物め。ロスト位置から考えて、このままだと数分で追いつかれるぞ。高度を下げて雲の中へ逃げろ!』

 

「了解」

 

 先を行く三機が高度を落とし、近くにあった巨大な積乱雲へ向かって行く。私もその後を追う。

 

 しかしフィアットの最高速度は、改装したこの機体でもマッハ1に届くかどうかといったところだ。一方、サイモンさんのデルタダガーとエナさんのフィッシュベッドはマッハ1.5以上の速度を出すことができた。私とミッキーさんのフィアットは、サイモン機とエナ機からじりじりと離されていく。

 

『不明機、再探知!――クラリス!』レイ隊長が叫んだ。『君の背後から急接近している! ブレイクポート、急降下旋回で回避しろ!』

 

「はいッ!!」

 

 私は、機体を横滑りさせるように捻り込み、操縦桿を引きつけた。

 

 後ろを振り向く余裕はない。レーダー画面を見る限り、確かに後方から猛烈な速度で迫ってくるものがあった。それが敵機であるかどうかは分からない。だが、その速度は尋常ではない。とてもではないが振り切れないだろう。後は私の回避スキルに賭けるしかない。

 

(AMEN!)

 

 胸のうちでそう唱えた瞬間、私の視界に青い影が迫っていた。

 

「!?」

 

 青いフィアット、私と瓜二つの機体、ミッキー機だ。私と位置を入れ替えるように、急減速したのだ。

 

 身代わりになる気だ。

 

「ダメ、ミッキーさん!」

 

 ミッキー機を追って背後を振り向いた私の視界に、片翼を吹き飛ばされたフィアットの姿が映った。フィアットの風防が外れ、コクピットからパイロットが射出される瞬間がまるでスローモーションのように見えて、そして……

 

 ……その更に背後、遠い空から、黒い点がみるみると大きくなり、それは巨大な戦闘機の姿となって、私を追い越していった。

 

 長く突出した機首と、後方に大きく広がった無尾翼のデルタ翼のシルエット。それはまるで白鳥のようだった。

 

(ブラックスワン……)

 

 それは衝撃波で私を揺さぶりながら追い越していくと、先をゆくサイモン機とエナ機に急接近していった。その主翼の下から閃光とともにミサイルが放たれ、サイモン機へと吸い込まれていく。

 

「―――!?」

 

 全ては一瞬だった。私が何かを叫ぼうとして、それが声となって喉から出る前にサイモン機は火球に包まれ砕け散っていた。

 

 その直前、エナ機は積乱雲に逃げ込むことに成功していた。ブラックスワンは速度を落とさないまま大きく旋回し、そのまま彼方へと去って行った……

 

「サイモンさん……」

 

 沈黙する無線。誰もが何も言わない。

 

『訓練中止』レイ隊長の声だけが静かに響いた。『クラリス、エナ、直ちに帰還せよ。繰り返す、即時帰還だ。いいな?』

 

 

 

 

 




―――第16話あとがき―――

 プロパガンダ的な受け答えをAIに書かせたらお手本みたいな薄っぺらいセリフをすらすら書いてくれた。

 新型機の名称はブラックスワンに暫定的に決定。外見はフィヤーフォックスの丸パクリですけどね。エナはドイツ人だからドイツ語的な名前にしようかと思ったんですけど、Schwarzer Schwanだとピンとこないので止めました。
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