空戦シミュレーターを極めたので異世界でエースとして君臨します 作:PlusⅨ
満州湖上空1万5千メートル。俺はトムキャットに乗り、戦闘空域を飛行していた。しかし今、俺に向かって襲い掛かってくる敵はいない。戦火を交えんとしているのは俺が居る場所よりもさらに50kmほど先の空域でのことだった。そこには味方である第2、3、4小隊の三部隊、計12機が、侵攻してくる反乱軍の大部隊に立ち向かおうとしていた。
味方でもっとも先を行く第3小隊の戦闘機四機と、敵である反乱軍の戦闘機十機が今まさに遭遇しようとしていた。その状況を俺はトムキャットの高性能レーダーによって詳細に把握することができた。
「キャットワンから第3小隊各機へ」と、俺の後席で、アビーが前方の味方部隊へ呼びかけた。
「敵は全部で十機、北西から四機、西から六機の二手に分かれて侵入中。北西の四機はきっと囮よ。気を付けて」
『了解!』という声とともに、味方の戦闘機部隊が散開する。
俺とアビーが見守る中、はるか前方で戦闘が始まった。第3小隊は敵の囮と思われる四機と接敵する前に反転し、一度南下し始めた。そのまま西から侵入してこようとする敵六機の側面を突くような針路をとった。いい判断だ。第3小隊は敵に囲まれること無く、逆に有利な位置から先手を取ることに成功した。
『第3小隊長より各機へ。中距離ミサイル発射用意。――発射』
第3小隊の先制ミサイル攻撃により西からの敵六機を一撃で全滅させることに成功した。第3小隊はそのまま囮役だった北西の敵四機へと突っ込んでいく。
「キャットワンから第3小隊へ。南西方面からさらに敵六機をレーダー探知。このままでは背面を突かれるわ。第2、第4小隊は援護せよ」
『第2小隊了解』
『第4小隊了解』
南西から侵入してきた敵六機を第2小隊と第4小隊が挟み撃ちを仕掛ける。その間に第3小隊が北西の敵四機へと接近していく。俺はその様子をレーダー画面で確認し、アビーに言った。
「アビー、第3小隊に敵を俺たちの方へ誘い込むように伝えろ。トムキャットの遠距離ミサイルで援護する」
「了解。第3小隊へ、ターンスタボード。敵をトムキャットの射程内へ誘い込め。こちらから援護する」
第3小隊は中距離ミサイルを撃ち尽くして短距離ミサイルしか持っていないはずだ。そのまま同じ数の敵と正面から当たるのは得策ではない、との判断からの指示だった。第3小隊が指示通り旋回しこちらへと引き返してくる。その背後を追って敵が針路を変えたのを確認し、俺は長距離ミサイルの発射準備にかかった。
「レイ、発射前に電子妨害をしかけて敵のレーダーを攪乱するわ。第3小隊へ、レーダーが乱れたら即座に北上せよ。レイ、発射タイミングを合わせて」
「分かった。敵機ロックオン」
「電子妨害開始。――第3小隊の北上を確認!」
「フォックス1」
長距離ミサイルを発射。トムキャットから放たれた大型ミサイルが、反乱軍の機体めがけて飛んでいく。
しかし、敵はすぐにそのことに気づき、回避行動を取った。長距離ミサイルは全て外れたが、しかし敵に回避機動を取らせたことでその編隊が乱れ無秩序な散乱状態にさせることができた。
第3小隊が反転。散乱し連携が取れなくなった敵を次々と各個撃破していく。
それから数分後、この空域での戦闘は終結した。生き残った機体は全て味方のものだけだ。
アビーが通信回線を開いた。
「こちらキャットワン。全機聞こえる? 被害状況を報告せよ」
すぐに返事があった。まず、第2、第3小隊は全員無事。しかし、第4小隊からは一機が撃墜されたことが告げられた。
「脱出は確認できたの? ……そう。残念だわ」
気落ちしたアビーの声。以前、ラックの死を目の当たりにして以来、彼女は仲間を失うことを恐れるようになった。それが例え、圧倒的な勝利を得た戦いであっても、たった一機、たった一人の兵士の死は、アビーにとって大きな重荷に感じている様だ。それがとりわけ、自分の指揮で生じたものならば尚更と言えた。
しかし、それが“普通”というものだ。平和な社会に身を置いていればの話だが。
ここは戦場だ。死は日常的に訪れる。自分自身にもだ。俺は他人の死を悼む感情よりも、自分が生き延びたことへの安ど感の方が先に立ってしまうようになった。アビーもいずれそうなる。そうなりたくなくても、だ。
基地の要撃管制官から状況終了が宣言され、俺たちに帰投命令が下された。俺は機体を帰投針路に向けたあと、後席とだけ通じる専用回線に切り替えて彼女を呼んだ。
「アビー、よくやった。周辺警戒は俺が兼ねるから、帰投まで休憩することを許可する」
「あら、気を遣ってくれているの? ありがとう。でも大丈夫よ。着陸するまで任務は続けるわ」
「短時間でもいいから気を抜くのも大切だ。集中力が途切れればミスが増える」
「……分かったわ」
「……黙っていても気が晴れないって言うなら、喋っていてもいいぞ。操縦の片手間なんで聴くだけだが、それでいいなら相手になる」
「ふふっ、どうしたの。妙に優しいじゃない」
「仲間を失ったとき、感情がぐちゃぐちゃになるのは覚えがある。……笑っていても、声が震えているぞ」
「………」
バックミラー越しに、アビーが俯いたのが見えた。そして、しばらくしてから顔を上げて言った。
「ねえ、レイはどうして強くいられるの?」
「……強いわけじゃない。ただ、慣れてしまっただけだ。死んだ奴のために泣いてやりたいが、涙は枯れちまった」
「そう……」
「泣きたいなら泣けばいいさ。同情だとか、罪悪感だとか、そんなものはどうでもいい。涙が枯れちまった連中の代わりさ。そう思えばいい」
「うん」
「アビー、お前はよくやってくれた。だから、今は休め。後のことは全部、俺に任せろ」
「ごめんね、レイ」
「気にするな」
「ありがと」
アビーが鼻水をすする音が聞こえた。その後、彼女は何も言わなかった。俺は通信を切り操縦に集中した。
彼女の涙もいずれ枯れる。ここで生き延びるというのは、人間として大切な何かと引き換えにすることなのだ。
だけど、生き延び切ればそれもいつか取り戻せる。俺はそう信じる。信じたい。
基地の滑走路が見えてきた。俺は他の仲間を先に着陸させ、最後まで空中に残り続けた。そして、アビーが泣き止んだことを確認してからトムキャットを着陸させた。
帰投後、俺はアビーに自室で休むように指示した後、司令への報告の為に各小隊長とともに司令室に向かった。同行する小隊長は第2小隊長のエナ、第3小隊長のサイモン、そして第4小隊長のアレックスだ。アレックスは今回、損耗によって空席になっていた第4小隊を臨時で率いていた。
指令室へ立ち入ると、そこには狭山司令の他に、軍事顧問であるリリィも待っていた。俺たちが狭山司令へ口頭で簡単な戦況報告をしている間、リリィは要撃管制官がまとめ上げた詳細な戦況報告資料を読みふけり、分析にかかっていた。
司令への口頭報告の席で、狭山司令はこう言った。
「トムキャットを早期警戒機代わりに使うという案は悪くなかったが、しかしこれは宝の持ち腐れというものだな。本物の早期警戒機があればトムキャットを最前線に投入できて、さらに効率よく戦うこともできたろうに」
俺はそれに答えた。
「そうしたいのは山々だが、まだ矢面に立てるだけの性能じゃないな。可変翼の機構やプログラムが複雑すぎて調整に難儀している。まあ、実戦データが取れただけでも良しとするしかないだろう」
「今日の指揮も悪く無かったぜ」
そう言ったのはサイモンだ。彼はこう続けた。
「アビーに指揮を任せると聞いた時はどうなるものかと思ったけど、あの子も大したもんだぜ。このまま専属で鍛えて行けばいい戦力になる。エナもそう思うだろ?」
「どうかしらね。試作機のフライトオフィサやりながら前線部隊のナビゲートなんて荷が重いんじゃない? アビーが頑張っているのは認めるけれど、今回よりも規模が大きいと彼女が潰れるでしょうよ。ね、アレックスもそう思うでしょ」
「まあね」
と、アレックスも頷いた。アレックスは一瞬、俺に目を向けてから、すぐに目を逸らしてこう言った。
「アビーをこのまま最前線に出し続けるのは私は反対。彼女はあくまで開発要員よ。トムキャットの試験に集中させるべきだわ」
アレックスの意見に、サイモンが「じゃあ、早期警戒のナビゲートは誰がするんだよ?」と反論した。
「本物の早期警戒機や人員がありゃ解決だけどよ、無いものは無いんだ。だったら手元にあるものを活用するしかないだろ。アビーは優秀だ。遊ばせるにはもったいない」
「遊ばせてる訳じゃない」と、俺は反論した。「俺もアビーをこれ以上、前線に出すのは反対だ。彼女には彼女にあった戦場がある。敵を殺すだけが戦いじゃないさ」
「おいレイ、なんだよお前、カッコつけたこと言うじゃないか。まさか惚れたか?」
「阿保言うな」
「なんだ、つまらん」
サイモンの益体の無い冗談は即座に否定しておかないと後が怖い。俺は隣に居るアレックスからの妙なプレッシャーを必死で無視しながら、狭山司令に言った。
「アビーは出さないが、トムキャットに引き続き早期警戒をさせることは良策だとは俺も思う。サイモンの言うとおり無いものねだりをしてもしょうがない。あるものは活用したい。代わりのナビゲーターについては……これから考える」
すると、それまで黙っていたリリィが、読んでいた資料から顔を上げて口を開いた。
「それなら私がやろう」
「ホワイト教官が? 軍事顧問が前線に出ていいのか?」
「軍事顧問だからこそ、最前線で状況を分析したいと常々思っていたところだ。それに最近は養成所の設備や教育体系も整ってきて、私が直接戦術を指導する機会も減ってきていたしな」
リリィは冗談めかしてそう言った後、真面目な顔つきになってこう続けた。
「正直なところを言うと、米国でも本格的な早期警戒機の開発、運用が始まったばかりでね。この戦場での運用実績は重宝がられている。私としてはトムキャットの開発を進めながら、同時に早期警戒機の運用方法も確立したい。一石二鳥という奴だ」
「なるほど、それは名案だな」
狭山司令は頷きながら、あっさりとその案を承諾した。そしてほんのわずかに考え込んだ後、俺の顔を見てこう言った。
「ついでだ。レイ、貴様もトムキャットを降りろ」
「は? あんたいきなり何を言ってるんだ?」
「誤解するな。腕利きのエースを早期警戒にだけ使うのも勿体無いという話だ。トムキャットを実戦で使う際には別のパイロットにやらせる。どうせ後方で遊覧飛行するだけだ。新入りの補充兵に任せても良いだろう」
「ああ、そういう話か。驚かせないでくれ。いきなりクビにでもされたかと思ったぞ」
「戦力外通告されるのが怖いのか。後方勤務になれば少なくとも死ぬ思いで飛ばなくても済むぞ?」
「必要最低限のKPしか支給されずに一生こき使われるのは御免だ」
俺の言葉に、アレックスやエナ、そしてサイモンも同意するかのように頷いた。別に好き好んで命を懸けている訳じゃないが、ここまで生き延びてKPを稼いできたんだ。契約を満了して除隊する権利を捨て、奴隷に成り果てるつもりは俺たちには無かった。
「そうか。ま、その話は後にしよう」
「後?」
「新入りの補充兵だが、遊覧飛行とはいえウチの重鎮であるリリィを預けるんだ、それなりの腕前が必要だと思ってな。それでちょうどいい奴が来ると思い出したんだ。レイ、これがその資料だ。明後日には到着するからトムキャットについてしっかり申し継いでおけ」
狭山司令はそう言って、司令室にある書類棚に並べられたファイルから人事資料を抜き出して俺に差し出した。俺はそれを受け取って目を通す。
――鷹峰 徹(たかみね とおる)。それが新入りの名前だった。年齢は22歳。この男のどこがちょうどいいというのか、それはどうやら経歴が理由のようだ。
鷹峰は転生者ではなく、この世界の日本で生まれ育った人間だった。彼の元の所属は日本空軍。その第8航空団・第六〇飛行隊・F-104スターファイターのパイロットだ。 日本空軍飛行予科練習生として十四歳からパイロット養成教育を受け、十八歳で正規軍パイロットして入隊。その後わずか二年で腕利きが集まるアグレッサー部隊へ配属された天才エリートパイロットらしい。
「なんというか……凄いな。本当に大丈夫なのか? この男」
「大丈夫なのか、とはどういう意味だ?」
「エリート中のエリートがこんな傭兵部隊に来るんだ。そうとうヤバいことをしでかして日本を追い出されたとしか思えないだろ」
俺がそう言うと、狭山司令は鼻を鳴らして笑った。
「安心しろ。鷹峰は人格的には問題ない。ただの馬鹿だ」
「なんだそりゃ」
「ちなみに女性関係も派手だ。既に五人の女があいつのベッドで泣いている。ちなみにその一人は軍高官の愛人だったとか」
「うわぁ……」
そりゃ追い出されるわけだ。そう思わず声を漏らしたのは俺だけじゃなかった。アレックスとエナもドン引きしている。サイモンはケタケタと笑い転げていた。
そしてこんな男と組まされる肝心のリリィはと言えば、なんと意外なことに、とても楽しそうな表情を浮かべていた。
「なかなか性根が腐っているな。これはしごき甲斐がありそうだ」
「……ああ、そういうこと。なんというか、頼もしいな…」
「当たり前だ。私は教官だぞ」
そう言って胸を張るリリィ。教官としての仕事が少ないとも言っていたし、まさにそっちの意味でもちょうど良かったわけだ。なるほど、納得した。
狭山司令が言った。
「しかし、人格はともかく腕は確かだ。足りないのは実戦経験ぐらいだろう。トムキャットで経験を積ませて鍛えれば、すぐに使い物になるはずだ。レイ、貴様はしばらくその男に付きっきりになって指導してやれ」
「えぇ……。また面倒な仕事を押し付けやがって」
「文句を言うな。敵を殺すだけが戦いじゃないとは貴様が言ったことだ。リリィと協力して後進を育てるのもトップエースの戦いさ」
ふと、狭山司令の表情が優しくなったような気がした。それはほんの一瞬で、単に俺の見間違いだったのかもしれないが、けれど俺は彼女が俺を信頼してこう言っているのだと、無意識にそう思ってしまったのだろう。
「……わかった。鷹峰の指導も請け負うよ」
と、素直にその指示を受け入れた。
「よし、話は終わりだ。各自持ち場に戻ってくれ」
「はい」
俺たちは立ち上がり軽く敬礼すると、司令室を後にする。扉を閉める寸前に見えたのは、狭山司令が満足そうに微笑む顔だった。
その日の夜のことだった。俺はガンルームの自分のデスクで、これまでの戦闘記録を見直していた。
ガンルームというのは、パイロット控室とはまた別の、俺達パイロット用の仕事場所だ。パイロットと言っても戦闘機に乗って飛ぶだけが仕事じゃない。飛ぶ前は飛行計画の作成、分析、機体の整備計画、帰還後も詳細な報告書の作成など、やるべきことは山積みだ。それらをこなすための仕事部屋である。
とはいっても、ここに数時間も居座って仕事をしているパイロットなどほとんどいない。みんな自分に関わる必要最低限の仕事しかしないからだ。俺も少し前まではそうだったが、クラリスという国家の広報搭みたいな特別扱いのパイロットを部下に持ったこと、そしてトムキャットの試験評価の担当者になったこと、さらに鷹峰とかいう新入りの指導まで請け負うことになって、このところ仕事が激増していた。
お陰で俺は誰も居ない静かな広い部屋で、独りきり、紙ファイルの束をめくりながら気になった箇所に鉛筆でメモを書き込むという作業に追われていた。
この世界にはパーソナルなコンピュータという便利な代物はまだ存在しない。ワードプロセッサー、いわゆるワープロはようやく欧米で開発されたばかりだ。漢字変換能力をもったワープロが日本で開発されるのは、前世では1970年代後半のことだ。史実とは違う歴史を辿っているこの世界でもこういった民生品レベルの発展度合いは大差ないらしく、俺がワープロの恩恵に預かるのは恐らく十数年後のことだろう。それまで生きていればいいが。
いや、十数年たってもこんな書類仕事に追われているような人生は嫌だな。と、ふと思い直す。俺は自分の人生を取り戻したくてここで戦っているんだ。仕事の奴隷みたいな人生は勘弁してほしい。俺は鉛筆を置き、ファイルの束を閉じて椅子の背もたれに背中を預けて大きく背伸びをしながら、部屋の壁に掛けられた時計に目を向けた。
時刻はフタサンマルマル…夜11時を既に回っていた。出撃から帰還した日だというのに我ながら残業のし過ぎだ。そろそろ切り上げようか、と思う反面、どうせ明日は非番だしもう少しやってもいいかな、なんて考えも片隅にあったりする。
こんなことを想う自分が、自分でも少し意外だった。前世では社会人として生きることさえせずに引きこもっていた俺が、だ。
この世界には前世みたいな娯楽は無い。科学技術も1960年代レベルで、しかも日本ではなく内乱中の新興国だから生活だって不便ばかりだ。なにより自分が生き延びることに精いっぱいで、引きこもる余裕なんてなかった。そんな俺が、いつの間にか自分以外に関わる仕事を抱え込んで自ら進んでデスクワークなんかやっている。それが良いことか悪いことか俺にはよくわからないが、少なくとも転生した当初には思いもしなかった変化であることは確かだった。
そのことに妙な感慨を抱いていると、ふと、ガンルームの扉が開き、ある人物が室内に現れた。
「レイ、まだ仕事していたの?」
アレックスだ。彼女は俺の姿を認めると驚きと呆れが入り混じった表情を浮かべた。
「お前こそ珍しいじゃないか。いつもならとっくに寝てる時間だろ」
「ええ、まぁね」
そう言って、彼女は肩をすくめた。
「ちょっと眠れなくて、一人で時間を潰してたところ。貴方もでしょ? こんな時間に明かりが点いてるのが見えたもの」
「まあな。寝たほうがいいとは分かっているが、資料を読み込んでいると止まらなくなってな」
「それ、今日の資料?」
「いや、この前のさ。ブラックスワンを撃墜した時の資料だ。ほら、ここを見てみろよ。あの時は必死だったからあまり気にしていなかったが、冷静になってみると色々と見えてくるものがあるんだよな」
そう言いながら、俺はファイルを彼女に手渡そうとした。
「いやよ、夜中に細かい文字なんて読みたくない。それに私はあの時、戦場に居なかったから文章だけ読んでもピンとこないわ。レイ、あなたの口から聞かせてよ」
「ふむん、それもそうか」俺はファイルをデスクの上に放り投げた。
「ま、かいつまんで言うと、なんでブラックスワンは俺たちに気づかなかったのかってことだ?」
「俺たち?」
と、アレックスは首を傾げる。俺とアビーのこと、と言い直すとアレックスの眉間に皺が寄った。どうした、いったい。
「頭でも痛いのか」
「気にしないで。……ブラックスワンを撃墜した時って、確かクラリスが囮になってトムキャットが攻撃しやすい位置まで誘い込んだんでしょ? トムキャット自体は離れた場所に居たんだし、それなら気づかれなくても当然じゃないの?」
「確かに気づかれないように距離を取って大きく回り込んだから、それがうまくいったと思っていたんだ。ただな、トムキャットのレーダー記録を見返していて気づいたんだが、ブラックスワンはこちらのレーダーレンジ限界の位置から、正確にクラリスや救助ヘリの位置を目指して高速で飛来していた」
「ふんふん、それで?」
「つまりブラックスワンも、トムキャット並みの遠距離レーダーを装備していた可能性があるってことだ。こちらの動きを遠距離で捕捉していなければ、こんな芸当はできない」
「はあ、なるほど……ん? ああ、そういうことね。だとしたらブラックスワンがトムキャットに気づかなかったのは確かにおかしいわ。こっちは不安定だったとはいえステルス構造のブラックスワンをある程度捕捉できていたのに、同程度のレーダーを持っているブラックスワンがこちらを捕捉できないなんてこと、あるはずないもの」
「ましてやトムキャットはステルス性を考慮していない設計だからな」
「じゃあレイは、ブラックスワンがどうしてあんな油断しきった機動をしたと思っているの?」
「そいつがわからんからずっと記録を読みふけっていたんだよ」
「それもそうか」
アレックスは肩をすくめて、そして俺のデスクに並べられている他の仕事に関する多くのファイルにも目を向けた。
「いっぱい仕事を任されるようになったんだね。私のデスクとは大違いだわ」
「敵に殺されるより先に仕事に殺されるかもしれないな」
俺も思わず苦笑した。殺しあうよりマシか、とちょっとでも思ってしまったあたり俺も相当毒されてきている。
「レイはさ」と、アレックスは言った。「パイロット、辞められるものなら、辞めたいって思ったこと……ある?」
「どうした、唐突に」
「今日、狭山司令が言っていたでしょ。後方勤務になれば少なくとも死ぬ思いで飛ばなくても済む、って。私、あれを聞いてさ……司令、案外本気なんじゃないかなって思ったんだ」
「本気って…じゃあなにか? 司令は俺をクビにしたがっているってことか?」
「いや、そうじゃなくてさ。…その、上手く言えないんだけど、レイを最前線から下げたがってるんじゃないかなって、こと。こうやって色んなことを任せたりしてるのも、レイをいずれはホワイト教官みたいな立場にしようとしているのかもって……う~ん、まあ根拠は無いんだけど。女の勘って奴かな」
「ふむ……」
俺は腕を組んで考え込む。なにやら買い被られているような気もしないでもない。ただ、パイロットをクビにされるのではなく、パイロット技能を活かす形で後方勤務になるというのであれば、KPを減らされること無く、安全に任期満了まで軍役を果たして堂々と除隊できるかも知れない。そういうことならば悪い話じゃない。
だけどそれは希望的観測という奴だ。俺はアレックスの、少し不安に表情を曇らせているその顔を見ながら肩をすくめた。
「正直、俺はパイロットを辞めるだの辞めないだのと、そんなことを考えたことなんてなかったな。そもそも先のことも考えちゃいなかった。目の前の戦いを生き延びることで精一杯さ。司令が俺をどう評価してるなんて気にもしてなかった」
「自分にも他人にもあんまり興味ないもんね、レイは。でも、トップエースとして頼られているって自覚は持ったほうがいいよ」
「けなされているんだか、褒められているんだか……でもトップエースってのは俺一人の評価じゃないだろう。アレックス、俺とお前の二人そろっての評価さ」
「え、そ、そう?」
「もしだ、仮の話だが司令が俺を後方に下げようと思っているなら、その時はお前と一緒じゃなきゃ断るって言うよ」
俺の言葉に、アレックスは一瞬呆けた表情をして、そしてすぐに顔を真っ赤にした。
「ちょ、ちょっと! なに言ってるの、いきなり!?」
「なんだ? なにか変なことを言ったか?」
「言ったわよ! そ、それってさ、私一人を最前線に置いていかないとか、そ、そういう意味だよね…?」
「もちろんだ。俺たちはバディだろ。デスクワークなんていうバカみたいな最前線に俺一人で立ち向かうなんてやってられるか。アレックス、お前の手が必要なんだよ」
「え?」
「なにせ今でさえこの様だからな」
俺はため息を吐きながら、デスクにずらりと並んでいる大量のファイルに向き直った。戦闘記録分析の他に、トムキャットの改良案、鷹峰の指導計画、クラリスの広報スケジュールの管理まで、まだまだ仕事は山積みだ。
「アレックス、手を貸してくれないか。一緒にこの強敵に立ち向かおう……って、おい!」
振り返ったとき、アレックスは既にガンルームから出て行こうとしているところだった。
「おいこらアレックス、相棒、俺を置いていくつもりか!?」
「ごめん、金にならない敵とは戦わない主義なの。サービス残業とか真っ平だわ」
「この傭兵根性め」
「骨ぐらいは拾ってあげるわ。じゃあまた明日。おやすみ~」
アレックスは手をひらひらさせて、逃げるように去っていった。
「くっ……薄情な奴」
戦場では背中を預け合える心強い相棒だというのに、こういう時はあっさり見捨てていく。俺は再びため息をついて、しかしもう一度ファイルに目を向けた。
「まあ、仕方ない。やるしかないか」
俺は書類仕事を片付けるべく、再び鉛筆を手に取ってファイルと向き合った。
――第18話あとがき――
また新キャラ増えた。ここから先どうやって動かしていこう?
こんな風に先の展開に悩んだらサイコロ振る感覚でAIに任せていくつか書かせてみて、面白そうなのを選んでいます。
ヒロインとの恋愛模様どころか登場人物の生死も割とサイコロ次第。