空戦シミュレーターを極めたので異世界でエースとして君臨します 作:PlusⅨ
接敵から数分、五機いた敵機は、レイ隊長が瞬く間に二機を撃墜し、残り三機となっていた。
「マオ、敵への攻撃に五秒以上かけるんじゃ無い。背後に別の敵が回り込んで来ているぞ。クラリスはマオを援護しろ」
「こちらクラリス、了解しました」
ホワイトさんからの指示に従い、私は敵機に狙いを定める。
私のバディであるマオが一機を追っているうちにその背後を別の敵機に突かれていた。私はホワイトさんの指示に従い、さらにその背後から敵機に迫った。
短距離ミサイルロックオン。それに気づいた敵機が慌てたように急旋回し回避運動に入る。それに合わせて私も急旋回、敵機にさらに接近する。
敵のMiG -17は格闘戦能力に秀でたMiG-15の発展版だが、ミサイルや電子兵装などの装備を増強した分、重量増加により最高速度や格闘戦能力が低下していた。その上、増強した装備も西側諸国の装備に比べて見劣りすることから、西側諸国では旧式機として分類されている。
もっとも、私のフィアットもMiG17とほぼ同世代の旧式機だった。しかし第八八隊特有のKPによる機体改装や私自身へのスキル取得があるので、基本スペックの低さをそれで充分に補い、敵よりも優位に立つことができる。
敵機との相対距離が縮まるにつれて視界が狭まっていく。敵機の動きがスローモーションのように見えてくる。意識だけが異様に研ぎ澄まされ、まるで自分の肉体から切り離されたかのような錯覚を覚える。
ミサイルロックオンを知らせる電子音に重なるように別の警報が鳴り響いた。爆発危険界に侵入していることを示す警報だ。ロックオン目標との距離が近すぎて、ミサイルが目標付近で自爆した際に自機も巻き込まれる恐れがある。
しかし私は、そんなことは承知の上で距離を詰め続けた。
敵機まで距離200mを切ったことを確認し、私は武器選択スイッチを機関砲に切り替えた。コクピット内のHUDに表示されたターゲットマーカーは旋回を続ける敵機より下方に位置していた。私は操縦桿をさらに手前に引き込み、フィアットをさらに鋭く急旋回させる。機首が相手の進行方向へ向き、それと連動してターゲットマーカーが機体の中央に重なった。
私は敵機を見据え、ターゲットマーカーの位置がブレて主翼に移動した瞬間を狙ってトリガーを引いた。機首から放たれた弾丸が敵機を捉える。
敵機の主翼に穴が空き、フラップの一部が落剥した。それでも旋回を続けようとしていた敵機は主翼へのダメージによりバランスを崩して失速し、海面へ向かって急降下していった。
もう充分だ、トドメを刺す必要は無い。私はフィアットを旋回させ、再びマオの援護に戻る。
しかしもう援護の必要は無さそうだった。マオは私がさっきの敵と戦っている間に、彼女が追っていた敵機をミサイルで撃墜していた。その様子は、私のチートスキルである三次元高速演算とステータス・オープンで把握することができた。
私の脳裏に広がる三次元俯瞰イメージ図には、敵機はもはや一機しか残っていなかった。
視界には敵パイロットのステータスが表示されているが、それも既に二人に減っている。このうち一人は私が撃墜した機体のパイロットだ。墜落する機体から脱出できたらしい。
残る一機はレイ隊長のスカイレイと巴戦を繰り広げていた。けれど、私とマオが援護に回るまでもなく隊長機があっという間に追いつめていった。
あれが推力偏向ノズルの効果なのだろうか、レイ隊長の機体・スカイレイは敵機を追って旋回している最中、まるで横滑りするかのような異様な空戦機動を行いながらジリジリと高度を下げていた。
敵機の方は懸命に逃げ回っているが徐々に追い詰められていく様子が見て取れる。そして次の瞬間、隊長機の機関砲攻撃を受けて空中分解を起こし、四散した。
スカイレイの20ミリ機関砲四門の一斉掃射の破壊力は強大だ。その威力を示すかのように、ステータス表示から敵パイロットの表示が消えた。
(神よ、赦し賜え)
心うちで無意識にそう呟いていた。誰への赦しを乞うているのかもわからぬままに。
「捉えたぞ、南南西だ──」
通信機からホワイトさんの声が響き渡った。
「──敵味方識別信号を受信、レーダー補足目標と方位一致。間違い無い、政府専用機だ。間に合ったな」
ホワイトさんがそう告げると同時に、安堵のため息をついたのが聞こえた。
けれど、
「まだ終わってないぞ。ここからが本番だ──」
ミッキーさんが深刻な声で言った。
「──オープン回線で暗号が流れてる。こいつは政府専用機から緊急支援要請だ。大統領からの直接通信だぞ。みんな、俺が今から言う周波数に合わせろ!」
ミッキーさんの言葉に私たちはすぐに行動に移った。
周波数を切り替えた通信機から、ノイズ混じりに声が聞こえてきた。
『……こちらは政府専用機01号に搭乗中の満州国大統領、シミュラクラ=パライドリアである。満州国戦闘機部隊よ、聴こえているか。応答せよ』
その問いかけに、ホワイトさんがすかさず応答した。
「こちら満州湖水上警察第八八隊部所属、リリィ・ホワイト軍事顧問です。任務は大統領閣下の捜索及び救助。周辺の敵機は片付けましたが、そちらの状況は如何ですか?」
『貴官らの迅速な対応に感謝する。私は現在、コクピットに立て篭り機体の制御はこちらが確保している。しかし敵はまだ機内にたくさん残っている。……機外からの支援攻撃を要請する』
「支援攻撃? しかし、どうやって…」
『撃て、この機体を』
その言葉に、私を含めた全員が驚愕した。
『連中は今、コクピット後方の区画に集まっている。そこを機関砲で狙い撃て』
「危険過ぎます」
ホワイトさんが動揺を隠しきれない声で訴えた。
「戦闘機の機関砲は20ミリ弾を高速発射するものです。そんなもので機体を撃てば、ハイジャック犯だけではなく機体そのものをへし折りかねません」
『知っているさ。でも、20ミリではない機関砲を装備している機体が、そこにいるじゃないか』
その時、私は大統領がニヤッと笑みを浮かべるのがわかった。
「まさか……」
私は、彼がこちらを指差したことさえ感じとっていた。
「ああ、そうだ。クラリス=フェルナーの愛機、フィアットG.91。搭載しているのは口径12.7ミリの機関銃。これなら機体をへし折らずに済む」
「っ!?」
大統領の声が、耳元すぐ近くに聞こえた気がして、私は身震いした。
(何? 何なのこれはっ!?)
ヘルメットの通信機とは明らかに質感が違う、これは生の声だ。まるで大統領が私のすぐそばにいるかのような───
──そうか、ステータス画面だ。私の視界の隅に、自分でも出した覚えのないステータス画面が表示されていたことに気が付いた。
それは、大統領と、そして他にも十数人にも及ぶ人たちのステータス画面だった。
(そうだ、これは政府専用機に現在乗っている者たちのステータスだ。私も含めてね)
「っ!?」
今のは現実の声じゃない、心の声だ。でも、私の心じゃない。大統領のものだ。彼の思考が直接伝わってくるのだ。
(あなたは何者なの!? 私に何をしたの?)
私の問いに、大統領は愉快そうに笑いながら答えた。
(私は転生者だよ。君達と同じチートスキル持ちさ)
(テレパシースキル? でも、そんなスキルは聞いたことが無い)
私が問うと、彼は否定した。
(テレパシーというなら君のスキルこそそうだろう。スキル・ステータスオープンは簡易テレパシー能力だ。私も似たようなスキルを持っていてね。だからこうして君とチャンネルを合わせることができた。サクラもそれを見越して君を派遣したのだろう。流石、私の娘の一人だ。有能な子だ)
(……)
黙り込むと、また大統領の声が響いた。
(さあ、早くしてくれ。でないとコクピットは制圧されてしまう)
(……撃てと言うのですか。私に、人質ごと)
(ほう…君にもこちらの様子が見えていたか)
(見えているのは貴方の記憶です!)
そう、私の脳裏には政府専用機内に居る大統領の様子と、その記憶が流れこんできていた。
フィリピンでの訪問を終え飛行場を離陸した直後、政府専用機はハイジャック犯に占拠された。しかしそのハイジャック犯の正体は、大統領側近の部下たちだった。
彼らは反乱軍から送り込まれたスパイたちだったのだ。彼らは反乱軍に内通し、大統領であるシミュラクラ大統領を暗殺すべく政府専用機に潜り込んでいたのである。
(手引きしたのは内閣の連中だろう。反乱鎮圧のために大統領に権限を集中させたことへの不満が高まっていたからな。まったくあの老害どもめ、自分らの利益しか考えていないくせに余計なことばかりしてくれる。まあいい、今更どうしようもないことだ)
私は目を閉じ、心を落ち着けようとした。けれど、できなかった。こんなことは初めてだ。
(撃てないのか、クラリス=フェルナー。人質がそんなに気になるか)
(当たり前です。それに……子供じゃ無いですか、貴方の!)
私は、泣きそうな声で叫んだ。
政府専用機の中には、ハイジャック犯に捕らえられたシミュラクラ大統領とその家族たちが居た。その人数は十名ほど。皆、十代前半から半ばくらいの子供たちである。
その母親たちは、ハイジャック犯たちにより既に皆殺しにされていた。
(ああ、確かにこの子達は幼い。だから何だというんだ? 私の子だ。私が生き延びるために犠牲になるなら本望というものじゃないか)
(ふざけないで! 貴方はそれでも人の親なんですか!? 子供を何だと思っているんですか!?)
(私の資産だ。大切な宝物だよ。ハイジャック犯もそう思っているようだ。子供を人質にして私にコクピットから出てこいと要求している。バカな話だ。私を殺した後、証拠隠滅のためどのみち皆殺しにされるというのに…)
大統領のため息と共に、急に私の体が強張った。まるで、誰かが私の体を操り始めたかのように──
(さて、それではそろそろハイジャック犯の要求に応えてやろうかな。これ以上時間稼ぎしても仕方がない)
(待って、体が動かない、何をしたの!?)
(別に何もしていないよ。ただ、私の命令を君に伝えただけだ。私がハイジャック犯の姿を目視したら、その場所を撃て、とね)
私はその言葉を聞いて愕然とした。
操縦桿を握る手が勝手に動き、機体を政府専用機の方向へ向ける。私自身の視界に、遠くから飛来する政府専用機の姿が見えた。
スロットルが押し込まれ、フィアットが加速して政府専用機に近づいていく。私の体は、私自身の意思を完全に無視していた。
(やめて!?)
(さあ、もうすぐ射程距離だ。準備はいいね)
大統領が操縦系統を自動操縦に切り替え、機長席から立ち上がった。そう、機は大統領自身が操縦していたのだ。振り返ったコクピット内には、機長と副機長の死体が転がっていた。
(機体の爆破に失敗したハイジャック犯が、次に狙ったのがパイロットたちだったのさ。私は後部の貨物室で爆弾を解除した後、敵から奪った銃で戦いながらコクピットへ向かったが、辿り着く前に機長と副機長は殺されてしまった。制御を失って墜落する前にコクピットを奪還するのには随分と苦労したよ)
大統領は笑いながら、コクピット後方のドアに手をかけた。
ドアの向こうから誰かの声が聞こえる。子供の命が惜しければ出てこい、と叫んでいる。
大統領は、わかった、今から出ていくから子供達には手を出さないでくれ、とまるで泣きそうな声をあげながらドアを引いた。
そこに、座席に座らせた子供達に銃を突きつける男たちの姿があった。
(敵は五人か。機体前方のドアから数えて二つ後方の窓から七つ目あたり、だな)
(嫌だ、お願い止めて!)
私は心の中で悲鳴を上げた。しかし無情にもフィアットは大統領が確認したとおり、政府専用機の真横から、その前部側ドアめがけ12.7ミリ機関銃の照準を合わせていた。
大統領が扉を開けてからここまで全てが一瞬のことだった。時間は間延びし、開けた扉の向こうで数人のハイジャック犯たちがスローモーション映像のように構えていた銃をゆっくり持ち上げている光景が見える。
(ああ……)
私の指が、私の意思とは無関係に引き金を引いた。
フィアットの機首に装備されている12.7ミリ機関銃四門が火を噴き、曳光弾の群れが狙い違わず政府専用機へと飛んでいく。
他の戦闘機に装備されている20ミリ口径の機関砲と比較すれば、この12.7ミリは小口径だ。当然、威力だって低い。
だけど、それはあくまで高速戦闘する全長十数mもの航空機を撃墜するために必要な威力という意味だ。人間を狙って撃つにはあまりにも過大な武器だった。
歩兵用の対人ライフルである7.62ミリ弾ですら、当たりどころが悪ければ手足がちぎれ飛ぶのだ。シベリア収容所からの逃避行中、共に脱走した仲間たちは追っ手からの激しい銃撃をその身に受けて、目も当てられないほど悲惨な死に方をしていった。
そして今、それよりも酷い光景が、大統領の目には映っていた。
毎秒百発近い弾丸が政府専用機の前部側ドアと周辺を貫通し、その付近にいたハイジャック犯たちを撃ち倒した。いや、それは撃ち倒したなんて生易しいものじゃ無い。彼らは肉片となって飛び散っていった。
(あ……ああ……!)
私は、震えていた。自分がやったことが信じられなかった。けれど、現実に私の手は引き金を絞り続けている。
窓ガラスがいくつも砕け、そのガラスは外へと吸い出されていく。高高度の空は気圧が低い。一気圧に保たれていた機内は、外部との気圧差で空気が激しい勢いで吸い出され始めた。
吸い出されていくのは空気やガラス片だけじゃない。粉々になったハイジャック犯の肉片や、まだかろうじて原型を保っている死体、そして、巻き込まれ、座席に座らされていた子供たちも一緒に外へと放り出された。
一瞬、子供特有の甲高い悲鳴が聞こえたような気がした。大統領の耳が捉えた声だったのだろうか。しかし、大統領は銃撃が始まるとすぐにコクピットのドアを閉めていた。
私が今、目の当たりにした光景は、大統領がドアを閉めるほんの一、二秒の間に起きたことだった。大統領はドアを閉め、それに背中をもたれながら、ガタガタと全身を震わせていた。目の前で起きた惨劇に耐えられず、失禁さえしていた。
「おお、神よ。我を許したまえ」
(狂ってる! あなたは正気じゃない!)
(狂人には罪を問えない。責任能力が無いからな。私は大統領として、この罪を背負い続ける責任がある。狂うことは許されない)
そう語る彼の肉体は恐怖に震え失禁さえしているのに、私に向けたその心の内は酷く冷徹だった。
この男は、正気なのだ。何もかも理性的に思考し、自らの子供たちごとハイジャック犯たちを葬り去った。そのことに恐怖し、悲しみ、殺した子供たちへ懺悔する気持ちもある。
だが、この男はそれを感じる己の心に、同時に満足さえしていた。
(私は昔から、無感動というのかな、そういうところがあったんだ。周りが盛り上がろうが、悲しもうが、全て他人事のように思えてしまう。だけどアスペルガーのような精神疾患とか、そんな大袈裟なものでは無いんだな。こうやって悲惨な光景を目の当たりにするたび、ちゃんと感情を揺さぶられる自分が居る。そのことにとても安堵するんだ)
この男の言葉を聞いているうちに、私の中で何かが壊れていく音がした。
(あなたは怪物よ、人間じゃない)
(狂人でなければ怪物とはね。ふふふ、内乱国家の大統領なんてものを長年やっているんだ、怪物にもなるさ。だがね、君だって同類さ)
(私は貴方とは違う…っ)
(戦場で不殺の信念を貫き続けるなんて、狂人で無ければ怪物さ)
大統領があざ笑うように言った後、不意に、私の体に自由が戻った。
フィアットは既に射撃を終え、政府専用機から離脱していた。
『ご苦労、クラリス。こちらは大統領だ。君の勇敢な行為によりハイジャック犯たちは殲滅された。ありがとう』
政府専用機が旋回し、朝鮮領空から離脱するコースを取った。
「キャットワンから各機へ」
リリィさんからの通信だ。
「政府専用機内の制圧を確認。政府専用機は大統領ご自身が操縦される。我々はこれより政府専用機護衛の任務に就く。以上」
私は、どうすればいいのか分からなくなっていた。
自分の手は汚れている。人を撃ったのだ。それが大統領に操られた行為とはいえ、私はハイジャック犯だけではなく子供さえ殺してしまったのだ。こんな手で、これからどうやって生きていけば良い?
呆然としながらも、私の体はまるで自動機械のように機体を操り、政府専用機を取り囲んで飛ぶ仲間たちに加わって、寸分の狂いもなく編隊飛行を始めた。
こんな芸当ができてしまうのも、チートスキルのおかげだろう。養成所でのたった二週間という短期間の基礎訓練にも関わらず戦闘機乗りとして必要な技能を全て身につけることができたのも、チートスキルによるものだ。これさえあれば、体は勝手に動く。
そういえば、チートスキルは元々大統領のみが身につけていた力だったという噂を思い出した。私たちパイロットのスキルは、それを分け与えられたものに過ぎないのだ、と……
「キャットワンから各機へ。我々はこれより南下して日本の領空に向かう。山口県にある在日米軍岩国基地が迎え入れてくれるそうだ」
リリィさんの指示で、私たちは針路を変えた。
対馬海峡を越えて日本海へと向かう途中、私はコクピット内で独り、何度も嘔吐を繰り返した……