空戦シミュレーターを極めたので異世界でエースとして君臨します   作:PlusⅨ

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 クラリス視点から始まります。

 思ったより描写が増えてきた。これじゃまるでもう一人の主人公みたいだな。

 AIがクラリスに込み入ったバックボーンを付けたせいだ。


第6話・償いとは

 亡命用の船は、確かに私たちを待ってくれていた。私たち収容者を逃してくれたスパイは完璧な仕事をしてくれたのだ。ただ唯一の誤算は、生き残りが私一人しか居なかったことだ。みんな、死んだ。スパイ自身でさえも。

 

 あのスパイ自身は、私たちを脱走させたその日に、収容所で処刑されていた。

 

 船の船長は、私の姿を一目見て全てを悟り、黙って船出の準備を始めてくれた。船長五十メートルほどの貨物船だった。私たち脱走者の全員が身を隠すための偽装コンテナも用意されていたけれど、もうそれは必要なく、船員は私を個室へと案内してくれた。

 

 屋根のある場所と清潔なベッド、その両方を得たのはいつぶりだろうか。きっと祖国から連れ出されて以来だろう。いったいあれから何ヶ月、いや何年経ったのか、私はもう思い出せなかった。

 

 船が出港する。波のない穏やかな湖面を進む船の中で、私はベッドに倒れ込んで微睡んだ。

 

 全身が疲労を訴えて、意識が消えそうになる。私は心からの安堵を感じると同時に、この世にもう愛する家族が居ないことを実感して、どうしようもない喪失感に襲われた。

 

「お父さん…お母さん……」

 

 泣きたいのに、体が疲れ過ぎて涙も流せない。ただ、ぼんやりと薄れて行く意識の中で、私は、あの時頭上を飛び去っていったあの戦闘機の影を思い出していた。

 

(あいつに殺された…お父さんも、お母さんも…あの飛行機に殺されたんだ……)

 

 そのまま眠りにつきそうになった、その時、私は部屋の外から轟音が鳴り響いたのを聞いた。

 

 船のエンジン音じゃない。この音は聞き覚えがある。

 

 飛行機だ。戦闘機が飛んでいる。あの時と同じ音だ。私は飛び起き、部屋を出て甲板へと駆け出し、空を見上げた。

 

 満州湖を進む貨物船の上空で、数十機もの戦闘機が激しい戦いを繰り広げていた。

 

 

――――

 

 

「敵、三時方向より接近中! 距離五万、高度三千」

 

「敵機群、散開しつつ降下開始。こちらを包囲する気だぞ」

 

「こちら第一小隊長のレイだ。高度を上げて敵の頭を押さえる。ついて来い」

 

「第二小隊のサイモンだ。レーダーコンタクト、前方の敵機、速度マッハ1.2、突っ込んでくる。第三小隊と共に迎え撃つ。スパロー発射用意」

 

「第四小隊長、エナだ。私たちは左に回り込んだ敵をやる!加藤、フォローミー!」

 

「こちら加藤、ラジャー」

 

 一個小隊は四機編成、それが四つ。しかし第三小隊はアズラエルが既に撃墜されているため、三機編隊だった。こちらの総数は十五機。

 

 レーダーに捉えた敵機は十四機だった。カナード付きらしき敵がいない。今朝、アズを撃墜するために出撃したからもう出てこないのか、それともどこかに隠れ潜み、奇襲の機会を伺っているのか。

 

 サイモンのデルタダガーがスパローを発射。併せて彼が率いる第二小隊、第三小隊の各機もミサイル攻撃を仕掛ける。

 

 何本もの火線がはるか彼方の敵編隊へ吸い込まれて行く。命中まで残り十秒…九秒……

 

 ……四秒前。サイモンのデルタダガーが横ロール急旋回、チャフを撒きながら回避起動をとった。その直後、彼に続こうとした第二、第三小隊の六機が空中で爆散した。

 

 敵からの中距離ミサイル攻撃が直撃したのだ。回避に成功したのはサイモンのデルタダガーだけだった。

 

 だが敵機もサイモンたちのスパローミサイル攻撃によりその数を減らしていた。

 

「第一小隊、突っ込むぞ。サイモンを援護する!」

 

 俺はスロットルを開け、加速する。スカイレイが軋むような音をたてた。

 

 操縦桿を握る手に力を込める。

 

「アタック!」

 

 サイモンのデルタダガーを攻撃しようとしていた敵の先頭集団に向けて突撃をかける。

 

 高い位置から、敵の左斜め後方めがけ急接近、スパローミサイル攻撃。俺が狙っていた敵機はそれに気づきチャフを散布しながら回避起動を開始、俺の放ったスパローは空中のチャフ――大量の細かいアルミ片ーーにレーダーホーミングを引き寄せられ、あらぬ方向へと飛んでいった。

 

 だがそれは最初から織り込み済みだ。

 

「アレックス、今だ、やれ!」

 

「任せて、ドンピシャよ!」

 

 俺の後方を飛ぶアレックスのスーパーセイバーがサイドワインダーをすかさず発射。回避した直後を狙いすましたその一撃に、敵機はなす術もなく撃墜された。

 

「ナイスアシスト! 次、行くぞ」

 

「了解、レイ」

 

 俺たちはそのまま残りの敵に向かっていく。

 

「小隊長、援護お願いします! 右だ、右に回って、早く!?」

 

「くそっ、こいつら速い。振り切れない!」

 

 同じ第一小隊に属する仲間からの援護要請だ。

 

「すぐ援護する。そのまま右に旋回を続けろ。旋回半径を緩めるな!」

 

「くそっ……ブラックアウトしそうだ…っ!?」

 

 敵機を振り切るために高速で急旋回を続ける仲間の元へ駆けつけようとしたが、俺が辿り着く前に、仲間の機体は急に旋回をやめてしまった。

 

 おそらくブラックアウトで失神してしまったのだ。急旋回による遠心力と加速Gにパイロット自身が先にやられたのだろう。

 

 俺の目の前でその仲間が敵のミサイル攻撃で木っ端微塵にされた。だがそのために敵の軌道も単調なものになっていた。俺は愛機のスカイレイをその後方に急接近させる。

 

「仇は撃ってやるよ」

 

 機銃のトリガーを引く。四門の20ミリ機関砲が火を吹き、敵機のエンジンを貫いた。

 

 俺は、敵の撃墜を確認する前に即座に旋回、離脱を図る。直後にミサイル警報が鳴り響く。俺はすかさずチャフとフレアをばら撒いた。

 

 どこからともなく放たれた二発のミサイルがチャフとフレアに引かれて俺のそばを飛び去っていった。

 

 間一髪だ。この乱戦状態で目の前の敵にこだわっていれば、たちまち他の敵の餌食にされてしまう。

 

「第一小隊各機へ、一度東へ抜けて態勢を立て直す。サイモン、生きてるなら着いて来い」

 

「こちらサイモン、かろうじて生きてるよ。俺はとっくに東へ抜けてる。ダガーの高速性能のおかげだな。格闘戦はさっぱりだが一撃離脱にはもってこいだ」

 

「こちらエナ。だったらサイモン、もう一回突っ込んでこっちを援護してよ。こいつら手練れだ。手強いよ!」

 

「おう、任せておきな!」

 

 レーダー上でサイモンのデルタダガーが東の方向から再度接近を開始する。その時、アレックスから通信が入った。

 

「レイ、レーダーコンタクト! 北から高速目標が急速接近中!」

 

 スカイレイもその機影を捕捉していた。マッハ2近い速度だ。サイモンのデルタダガーの横っ腹めがけ突っ込んでくる。

 

 こいつはまさか。

 

「サイモン、回避しろ!奴だ、カナード付きが来た!」

 

「あん、マジか―――」

 

 通信途絶、デルタダガーがレーダーから消えた。サイモンがいた方向へ首を巡らせると、空中に黒いシミのように爆炎かポツンと浮いているのが見えた。

 

 そのすぐそばを、あのカナード付きが超音速で飛び抜けていく。

 

「畜生、あのスピードで突っ込んで一撃命中か。いい腕してやがる……っ!」

 

「レイ、どうする?」

 

「味方は今、何機だ?」

 

「第一小隊は私たち含め三機、第二、三小隊は全滅、第四はエナと加藤だけみたいね」

 

 俺はレーダーを確認。敵の数を数える。カナード付きを含めて四機だ。

 

「俺がカナード付きを引きつける。アレックスはマオと共にエナと加藤を援護しろ」

 

「了解!」

 

「了解しました!」

 

 アレックスと、そして第一小隊のもう一人である女パイロット、マオ・チーアンが、俺と分離し、加藤とエナの元へ向かっていく。

 

「行くぞ!」

 

 俺はスロットルを全開にし、加速。スカイレイは甲高い音を立てて軋むように鳴く。

 

 カナード付きは高速のまま離脱するかと思ったが、奴はすぐに旋回し、俺の方へと向かってきた。ここまでの戦い方から高速での一撃離脱を好む奴かと思っていたが、向こうから格闘戦を望んできたとなると認識を改めるべきかもしれない。

 

 奴は、カナード付きは、強敵だ。俺は歯を食い縛りながら、奴の背後を取るべく、スカイレイの機体を捻り、急旋回を開始した。

 

 

――――

 

 

 湖の上空で政府軍と反政府軍の戦闘機が、激しく戦い合う様子を、私は貨物船の甲板から見上げていた。

 

 どちらが政府軍で、反政府軍なのか、区別はつかない。少なくとも十数機以上もいて、それが空一面を目まぐるしく入り乱れている。

 

 飛行機の流線的な機影が太陽の光を浴びてキラキラと輝きながら、何本もの飛行機雲が幾つもの円を描き、その雲の線が混じり合うたびに、飛行機が黒煙を吐いて落ちて行く。その光景はまるで、花火のようで目が離せなかった。

 

 不覚にも綺麗だと思った。だけど時折、遠くから響く雷鳴のようなエンジン音と爆発音に、私は胸を締め付けられた。

 

 人が、死んでいるのだ。この空で、人と人が殺し合っていた。

 

「おい、嬢ちゃん、そこは危険だ。船内に戻れ!」

 

 駆け寄って来た船員に腕を掴まれ、私はハッとなった。船員は私を引っ張りながら叫んだ。

 

「流れ弾があちこちに落ちてきてる。ここまで来て死んじまうなんて、そんな馬鹿な真似だけはするんじゃねえ!」

 

「ご、ごめんなさい…っ!?」

 

 確かに、湖の湖面のあちこちに水柱が上がっていた。空中戦で放たられた機銃弾やミサイル、そして撃墜された戦闘機の破片が、高速で飛散しているのだ。

 

 その時、私は高い空から、二機の戦闘機が急降下してくるのを見た。

 

 先を行くのは、細長い円筒形の機体に三角の大きな羽を付けた機体。その後ろから、角ばった機体が追いかけている。

 

 後ろの機体、遠目からでも私はその機体に見覚えがあることに気がついた。後部の縦に伸びる羽の上に水平の翼が付いている、特徴的なその機体はまさしく、あの時――

 

 ――父と母が死んだとき、私の頭上を飛び抜けていった、あの戦闘機だった。

 

 その機体が、羽の下から白い煙を放った。ミサイルだ。その直後、隣に居た船員が私を突き飛ばし、甲板に倒れた私の上に覆い被さった。

 

 先を行く円筒形の機体が船のすぐそばで爆発した。爆風に船が煽られ、破片が高速で船体に当たる音が響き渡る。私たちの頭上を、あの戦闘機が飛び去って行く。

 

 あいつだ。私はまた、あの戦闘機に殺されかけたのだ。あいつは、死神だ。人の命を刈り取ることをなんとも思っていない悪魔だ。私は遠ざかっていく機影を恐怖と怒りに震えながら睨んだ後、自分にのしかかる重さに気がついて、ハッとした。

 

「船員さん!?」

 

 私はその時、船員に父の姿を重ねていた。あの時、私を庇って死んだ父のように、彼も…っ!?

 

「俺は大丈夫だ。嬢ちゃんは無事か? 無事だな、よし!」

 

 私が気遣う暇も無く、船員はすぐに体を起こし、周囲を見渡した。

 

「空の上の連中はいつも足元がお留守で困る。……おーい、船長、船に穴は空いてないか!?」

 

 甲板の上から、船の後部にある船橋に向かって船員が呼びかけた。船橋の横のウィングから船長が顔を覗かせ、叫び返した。

 

「平気だ! だがトンビ連中のドンパチよりもっと厄介な奴らが来たぞ」

 

「どうした、何が来た!?」

 

 船長が後ろを指さす。私と船員がそちらへ顔を向けると、遠くから白波を蹴立てながら、数隻の小型船がこちらへ向かって走って来ていた。

 

 その内の一隻から小さな光がフラッシュのように瞬いた。

 

「クソっ、砲撃か!」

 

 船員が私を抱えるように船橋のドアめがけ走り出した。耳元に風切り音が聞こえ、それはどんどん大きくなってくる。

 

 ドアを開く寸前、船のすぐそばに爆発音と共に大きな水柱がそそり立った。砲撃だ。雨のように降り注ぐ大量の湖水を浴びながら、私たちは船内に避難した。

 

「反乱軍の哨戒艇か。どうやらこの船が亡命者移送船と気づかれたようだな。…嬢ちゃん、こっちだ」

 

「は、はい……」

 

 私は船員に連れられて、船の奥へと進み、通信室のすぐ隣の部屋に案内された。ここは船の重要区画で、一番安全だと船員は言ってくれた。

 

「貨物室の方が防弾効果はあるかも知れないが、万一船が沈むとなったら逃げ場が無くなるからな。ここならいざと言う時、外にも逃げやすい。でもとりあえず壁際には近づくんじゃないぞ。いいな?」

 

 船員さんそう言って、隣の通信室へ向かった。

 

 開け放したドアから、船員さんと、通信員のやりとりが聞こえてきた。

 

「国際無線でSOS信号を打て! 民間船が巻き込まれていることを連中に示すんだよ!」

 

「でもそんなことしたら反政府軍の機体にやられますよ!?反乱軍の哨戒艇が追いかけて来たってことは、その空軍だって我々が亡命の手助けをしてることに気づいているはずだ」

 

「だからだよ。政府軍の戦闘機を味方につけるんだ。こっちの正体を明らかにして反政府軍から俺たちを守らせる。それしかない」

 

「船長の許可取ってくださいよ。いくら政府の工作員だからって、船の責任者は船長だ」

 

「船橋の内線電話は、これか。――船長、私だ、三木だ。オープン回線で政府軍に援護を呼びかける。そうだ、上空の戦闘機に俺たちを守らせるんだよ。巻き込んだ責任を取ってもらう」

 

 私は部屋を出て、通信室の入り口から中を覗き込んだ。あの船員さん――本当は工作員のミツキと言うらしい――その彼が、通信機のマイクを握りしめていた。

 

「満州湖上空で戦闘中の政府軍、聞こえるか! こちらは満州湖を航行中の民間貨物船、新高丸だ。本船はただいま満州政府の要請を受けて難民を移送中だ! 繰り返す、本船はただいま難民を移送中! 反政府軍の攻撃を受けている。至急救援を要請する!」

 

 

――――

 

 

 俺が操るスカイレイと、カナード付きとのドッグファイトは熾烈を極めていた。

 

 相手の機体は、格闘戦でも高い運動性を示していた。おそらくその特徴的な機首のカナード翼が高速域での安定性を高めていることに加え、水平尾翼や主翼のフラップと連動して動くことによって旋回能力を高めているのだろう。

 

 だがその高い運動性を確保するためか、機体の固定武装はかなり貧弱なようだった。主翼のパイロンはミサイル用が二つのみ、一発はサイモンのデルタダガーの撃墜に使用したらしく、残るミサイルは一発のみだ。だが、それもさっき俺に向かって放たれ、俺はそれをなんとか回避していた。

 

 これで奴に残る武器は機銃のみだ。しかしその機銃も固定武装では無く、外付けのガンポット式であり、その流線形の優美な機体に、異形の瘤のような機銃が付いている様は妙に不恰好に思えた。

 

 こいつは試作機だ。本来、戦うための機体では無いのだ、という直感を抱きながら、俺はスカイレイを急旋回させる。

 

 相手の後ろに回り込み、ロックオンしようとした瞬間、敵はバレルロールでこちらを翻弄し、回避行動を取った。キレのある鋭い旋回だった。正面に捉えていたはずの奴の機影が、一瞬にして搔き消えた。

 

 何処に行ったのか、それを探す前に俺は反射的に左足でフットペダルを踏み込み、機体を水平姿勢のまま左方向へ滑らせた。

 

 直後に右側面を曳光弾の列が追い抜いて行く。バレルロールで俺の背後に周り込んだカナード付きからの機銃攻撃だ。あの一瞬で正確に真後ろに付かれていた。いい腕だ。ほんの一瞬でも回避が遅れていたら撃墜されていた。

 

 俺がスカイレイを横滑りさせた事で、カナード付きは俺の進行方向を見誤ったようだ。俺がスロットルを戻し速度を落とすと、奴の機体が再びオーバーシュートして俺の前方に出た。俺は即座にトリガーを引く。

 

 20ミリ機関砲四門の弾幕が奴を包み込む。カナード付きが、きりもみを打ったように激しく回転して急降下した。

 

 堕とした訳じゃない。全弾避けられた。なんて奴だ、失速上等で回避しやがった。

 

 スピンしながら高度を落としていく敵機めがけ、俺は追撃をかけるべく降下を開始する。このまま機体制御を失って墜落するかと思ったが、奴はそんな間抜けな奴じゃない。

 

 俺の予想通り、カナード付きはすぐに水平姿勢に戻し、機首を上げて急上昇に転じた。ほとんど真上を向くような急角度の上昇だ。パイロットには凄まじいGがかかっているはずだ。

 

 俺も奴を追って操縦桿をめいっぱい手前に引き込み、急上昇に転じる。6Gを超える負荷が俺の全身に襲いかかった。俺はスキルのおかげで7Gまではなんとか意識を失わずにいられるが、それでも目の前が暗くなり、ブラックアウト寸前まで陥った。

 

 カナード付きが旋回径を緩めないまま水平旋回に移った。俺も同じく水平旋回に移る。

 

 これは我慢比べだ。Gに耐えきれず旋回を緩めた方が負ける。俺は歯を食いしばり、必死に機体をコントロールした。

 

 だが旋回能力はカナード付きの方が上だった。じわじわと奴の機影が俺の背後へと迫って行く。しかし機体の能力はともかく、パイロットがこの状況でまだ冷静に機体を操っていられるというのは驚嘆に値する。おそらく俺以上のGに晒されているはずなのに、とんでもない奴だ。

 

 カナード付きにいよいよ背後を取られそうになったその時、通信機が急に喚き出した。

 

『満州湖上空で戦闘中の政府軍、聞こえるか! こちらは満州湖を航行中の民間貨物船、新高丸だ。本船はただいま満州政府の要請を受けて難民を移送中だ! 繰り返す、本船はただいま難民を移送中! 反政府軍の攻撃を受けている。至急救援を要請する!』

 

 オープン回線の国際無線だ。誰彼構わず無差別に語りかけている。

 

 しかし、なんだって? 難民移送船からの救援要請だと? そのあまりにも荒唐無稽な呼びかけに対し、思わず呆気に取られた。

 

 その難民移送船、新高丸は無線交話の構文など無視してさらに叫び続けた。

 

『この船の難民は、シベリア収容所から命からがら逃げ出して来た亡命者だ。仲間も家族も皆殺しにされ、たった一人きり生き残った17歳の少女だ。そんな子がここまで来て殺されるなんてあっちゃならねえ。そうだろ、なあ!』

 

 知るか、と叫び返したかった。こっちはそれどころじゃない。自分の命の瀬戸際なんだ。他人まで構ってられるか。そう言ってやりたかったが、凄まじいGに押しつぶされて声が出せない。

 

 カナード付きがついに真後ろに周り込んだ。ロックオンアラートが鳴り響く。拙い。奴にはもうミサイルは無いが、火器管制レーダーは機銃とも連動している。ロックオンされたなら、こちらの動きを見越した射撃をされてしまう。そうなったら逃げ場は無い。

 

 加藤機が反乱軍の哨戒艇に攻撃をかけた、とエナの声が聞こえたのはその時だった。

 

「加藤、何やってるのさ!? まだ命令は出てないよ!?」

 

「あの子だ――」

 

 加藤が呟くように答えた。

 

「――俺が巻き込んだ子だ。間違いない。あの船の甲板に居たんだ」

 

「加藤! 待って、勝手に行かないでよ!?」

 

「俺には責任がある!」

 

 アラートが鳴り止んだ。バックミラーに目をやると背後からカナード付きの姿が消えていた。旋回を続けた俺の視界内に、アフターバーナーを噴かせて俺から遠ざるカナード付きの姿が見えた。

 

 奴の向かう先に、加藤のヴードゥーが居た。湖面ギリギリを低空飛行しながら、機銃掃射を行なっている。湖面には加藤が破壊した哨戒艇が黒煙を上げながら沈もうとしていた。

 

 その加藤めがけ、敵の生き残りが背後をとって攻撃を仕掛けようとしていた。そこへエナのフィッシュベッドとアレックスのスーパーセイバーが援護に入ってなんとか追い払うが、当の加藤はそんなことなどまるで目も暮れず、哨戒艇への機銃掃射を続けようとしていた。

 

 哨戒艇はまだ二隻残っていた。ヴードゥーがその一機を仕留める。しかし、もう一隻が、例の貨物船、新高丸にかなり近づいていた。哨戒艇からの銃撃を受け、新高丸の甲板上にいくつもの火花が散っている。

 

 ヴードゥーが一旦上昇し、その哨戒艇へ機首を向けて降下を開始する。しかし、その単純な軌道は、敵の良い的だった。

 

 加速したカナード付きが一気に接近し、機銃を放つ。ヴードゥーから破片が飛び散り、黒煙が上がった。

 

 そこはエナのフィッシュベッドが駆けつけ、カナード付きへ攻撃を仕掛けた。カナード付きは即座に機体を捻り、離脱する。

 

 加藤は――まだ飛んでいた。エナが叫ぶ。

 

「加藤! 脱出して! 早く!?」

 

 

――――

 

 

 周りの様子がどうしても気になり、船橋へ上がった私は、窓の外に、こちらへ近づいてくるあの戦闘機の姿を目の当たりにした。

 

 私を二度にわたって殺そうとした、あの死神。今度こそ私は殺されるのか。

 

 私は迫る戦闘機を見据えたまま、硬直していた。

 

 時間の感覚がおかしくなり、全てがスローモーションのようにゆっくりと動いていた。

 

 あなたはどうして私を付け狙うの? どうして私を殺そうとするの? 私は、私たちは、どうして生きてはいけなかったの!?

 

 理不尽、不条理な運命に対する怒りをぶつけるように見つめた私の視界の中で、その戦闘機が破片を飛び散らせ、黒煙を上げた。それはまるで、私の怒りが彼を傷つけたようで――そうだ、彼だ。私はコクピットに座る男と目が合った気がした。

 

 それほど近くを飛んでいたのだ。船橋スレスレを掠めるように戦闘機は飛び去り、そして……

 

 ……この船に向かって攻撃を続けていた、反乱軍の哨戒艇と衝突し、大爆発と共に湖の底へ消えて行った。その光景を見て私はようやく我に返った。

 

 全身の力が抜けていくようだった。

 

 ああ……神様……私は……私は……過ちを犯したのかも知れません。

 

 

――――

 

 

 反乱軍の哨戒艇は全滅した。新高丸は銃撃を受けていたものの、大きな損傷も無く航行を続けている。

 

 カナード付きは、新高丸へは攻撃を加えることなく、敵の生き残りを連れてそのまま空域を離脱していった。

 

 前線地上基地の要撃管制官からの帰投指示を受け、俺も味方の生き残りを集め、帰投進路についた。

 

 出撃時には十五機いた第八八隊の生き残りは、俺と、アレックス、エナ、そしてマオ。この四機だけになっていた。

 

 多くの仲間たちがまた散っていった。そのことを思うと、俺の心の中には、いつも得体の知れない感情が渦巻いてくる。

 

 胸が締め付けられるような、それでいて、何かがふつふつと湧いてくるような、不思議な気分だった。

 

 仲間の死に対する悲しみか、それとも生き延びたことへの喜びか、戦いを終えて生き延びるたびに抱くこの感情の正体を俺は未だに掴めないでいた。

 

 僅かな仲間と共に編隊を組み、帰投進路に着いた俺たちに、通信機から狭山司令の声が届いた。

 

『諸君、よくやってくれた。君たちの奮戦のおかげで満州湖上空の航空優勢は守られた。そのために多くの機体を失ってしまったが、いくつもの救助ビーコンが発せられているのを救助部隊が探知したそうだ。人的被害は予想より少なそうだ』

 

 その言葉に、俺は安堵しつつも、それでも言いようの無いこの気持ちは消えることは無かった。

 

 何故だろう。そう思った時、エナが言った。

 

「加藤は…脱出しなかった……アイツ…死んだよ…っ!」

 

 その一言で、胸に渦巻くものが消え去った。代わりに、今まで感じたことも無いほどの喪失感が胸を占めた。

 

 別に死んだのは加藤だけじゃない。脱出できなかった奴は他にも居た。だけど、アイツは、加藤は、自分から死を選んだ。それが自己犠牲なのか、自殺なのか、いやその違いになんの意味があるのか、俺はそれを言葉にできなかったし、そもそも何故、加藤の死にこんなにも胸をかき乱されているのかも、よく分からなかった。

 

「加藤の…バカ……バカだよ…バカ…」

 

 通信機から漏れ聞こえるエナの涙声を聞きながら、俺たちは基地へと帰投した。




 サイモン、あっさり撃墜。加藤も死亡。男キャラに厳しいな。そんなに主人公ハーレムがしたいのか。

 新キャラ、三木(みつき)登場。AI任せにしてたらクラリスをかばうモブの船員として登場後、なぜか船長とタメで会話しだしたやべー奴。面白そうだったので名前を付けて新たな登場人物としました。
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