仮面ライダージオウ✕仮面ライダーゼロワンーIF令和ザ・ファースト・ジェネレーション 作:K/K
「これが──」
「──タイムマシーンだと?」
或人と不破は目と口を大きく開け、目の前に並ぶ大きな乗り物──ビークルモードのタイムマジーンを凝視していた。
過去へと向かうことを決意した或人達は、ソウゴ達に連れられて避難所から少し離れた場所にある廃墟に案内され、そこで聞かされていた実物のタイムマシーンを目の当たりにする。
「まさかタイムマシーンをこの目で見る日が来るとはな」
刃は落ち着いた態度であったが、その目には技術者としての興味に満ちており、タイムマジーンに視線が釘付けとなっている。
同じく同行していた亡もタイムマジーンを興味深そうに眺めており、その際両耳のヘッドパーツが青い点滅を繰り返していた。
「──駄目だ。私では解析出来ない」
暫く観察を続けていた亡が出した答えは、現代の技術ではタイムマジーンを分析すること自体が不可能というものであった。
「ヒューマギアでも解析不可能なんだ……」
「ゼアもこのマシンを解析するには少なくとも十年は必要だと解答しています」
「十年あればゼア、タイムマシーン造れるの!?」
「あくまでタイムマシーンの実物が存在する場合です。或人様」
そこまでゼアも万能な存在では無い様子。とはいえ完成品さえあればいずれ同様の物を造り出せる事自体凄まじいが。
「騒がしい連中だな」
「そう? 俺達と似たような感じじゃない?」
「何処がだ!?」
「えー、あの不破って人なんか俺と最初に会った時のピリピリしてたゲイツに似てない?」
「ぐっ……」
ゲイツ本人も多少なりとも思う所があったのか言葉を詰まらせた後、不機嫌そうにそっぽを向く。ソウゴは笑いながら謝り、ゲイツの機嫌を直そうとする。
「ねえ、ウォズ」
「何だい? ツクヨミ君」
「ウォズは歴史を書き換えたタイムジャッカーに心当たりはないの?」
ツクヨミは今回の件が起きてからそのことをずっと考えていた。ツクヨミの知るタイムジャッカーはウールとオーラ、そして彼女の実兄であるスウォルツ。その三人とは直接的な関係は無いがティードを含めて四人しか知らない。
「……いや、私も全く心当たりが無いんだ」
「もしかして……兄がまだ生きているんじゃ……」
唯一の身内であるスウォルツに生きていることを願っているのか恐れているのか。少なくとも、もしもの可能性を語るツクヨミの表情は思い詰めており、顔色も優れない。
「もしも彼が生きていたのなら、堂々と現れるだろうね。彼は傲──自信家だから。ツクヨミ君。スウォルツはもうこの世にはいない。我が魔王によって敗れたんだ」
ツクヨミの迷いを断つ為にはっきりと断言する。
「──そう、そうよね。ごめんなさい。つまらないことを言って」
「いや、気にすることは無い。どんなことでも可能性を考えるのは重要だ。何せスウォルツは色々とやってくれた……」
ウォズはそこで言葉を区切り、何かを考え出す。
「どうかした?」
「──何でも無いさ。思い返すと本当に彼は色々とやってくれたと思ってね」
この時、ウォズの中でとある推測が生まれていたが、それを語るには証拠となるものが全く足りなかったので胸の奥にしまっておく。
「じゃあ、行こうか?」
ソウゴが或人へ声を掛ける。或人は表情を引き締め、タイムマジーンの方へ歩いて行くが──
「へ?」
──すぐに真剣な表情が崩れる事態が起こる。
歩く或人の隣には何故か不破がいたからだ。
「何だ?」
「何だ? じゃないでしょ! 何で俺に付いて来てるの!? 不破さん!?」
「俺も行くに決まっているからだろ?」
「ええっ!?」
当たり前の様に言う不破に或人は仰天してしまう。
「おい! どういうつもりだ! 不破!」
聞かされていなかったのか刃が問い詰めてくる。
「こんな事態を引き起こした奴が居るっていうなら、そいつをぶん殴ってやらねぇと気が済まねぇ! 何が目的なのかは知らないが、どれだけの人間が苦しめられてきたと思ってんだ!」
力を込め過ぎて震える拳を持ち上げる。不破の行動は決して自分勝手な理由から来るものでは無い。歪められた歴史を生き抜いてきた者として怒りと、その歴史の中で散っていった者達を弔う為の義憤である。
「気持ちは理解出来るが、勝手な真似をするな!」
「なら、指を咥えて待ってろって言うのか! こいつらがタイムジャッカーとかいう奴を倒すのを! 俺はごめんだ! 俺の敵は俺の手でぶっ潰す!」
「話を聞かん奴だな、お前は!」
刃と不破が睨み合って言い争いを始める。
或人はこの状況で喧嘩するのは不味いのではないかと思い、ソウゴ達の様子を窺う。しかし、予想に反してソウゴ達が二人の言い争いを止める様子は無かった。
「まあ、こういうのはちゃんと話し合った方が良いよね」
「あんまり悠長なことは言っていられないと思うが我が魔王? ──堂々と構えて待つのは王の器だと言えるかもしれないがね」
「どうするの? 止めるの?」
「待つと言っているんだから取り敢えず待とう。あんまり時間を掛けるようなら置いていけばいい」
ソウゴ達は話が纏まるまで傍観する姿勢。
「どうしよう……」
或人の方は誰も止めない状況に途方に暮れてしまう。
「飛電或人。ちょっと話をいいかい?」
亡が呼び掛け、或人とイズを建物の隅に誘導する。
「俺に話って?」
すると、亡はやや声量を抑えて話し始める。
「多分、不破諫は過去へ行くことになるから君に彼のことをお願いしようと思ってね」
「え? 俺が? 不破さんが過去へ行くってまだ決まった訳じゃ……」
「説得されて簡単に折れる様な人間じゃないよ、彼は」
「──確かに」
元の歴史で不破の頑固な面を何度か見ている或人は同意してしまう。
「きっと無茶もするだろう。その時は君に彼を抑えてもらいたい。私が同行するのが一番なのかもしれないが、私では彼は拒絶されるだろうからね」
「……気になったんだけどさ、不破さんと亡って何かあったの? 不破さん、亡に物凄く睨んだりしてたし」
ヒューマギアを敵視している不破だが、亡に対する敵意はそれを上回る程であり、或人は気になって質問をしてみた。
「許せないんだろうね、私のしたことが」
「したこと?」
「私が彼の命を救ったことさ」
「救った!? 亡が不破さんを!?」
アナザーバルカンとの三度目の戦い。窮地に追い込まれた不破を助けたのは敵である筈の亡であった。余談だが、その際に護身用として亡から不破へガトリングヘッジホッグプログライズキーが渡された。
「命の恩人なのに何で……?」
「だからこそ許せないんだ。敵である筈のヒューマギアに命を救われた。その事実が彼の中に余計な迷いを生じさせた。その原因となった私が」
怒りと憎しみのまま戦ってきた不破の純粋な戦意に迷いという濁りが出来た。その濁りは不破にどうしても疑問を抱かせる。『ヒューマギアは全て敵なのか?』と。
疑問は不破を苛立たせ、迷いを払拭させる為にこれまで以上に彼は苛烈な戦いを行った。だが、どんなに戦っても迷いは晴れることは無かったのだ。
不破の内面を随分と具体的に語る亡。或人の中でとある疑問が湧き上がる。
「何か……不破さんのこと良く分かってるな」
「不思議なものでね。何となく分かるのさ、彼の思っていることが」
「どういうこと?」
「それはヒューマギアの心理分析機能によるものですか?」
「違うよ。言葉通りの意味さ。彼の思いが伝わってくるんだよ、私には」
ヒューマギアにはあるまじきオカルト的な発言に、或人とイズは目を丸くする。
「自分でもずっと不思議に思っていた。でも、常磐ソウゴの言葉でようやく疑問が解けた。私と不破諫は改変される前の歴史で深い繋がりがあった筈だ」
歴史のズレで或人に改変前の記憶が残った様に、不破と亡は面識が無いものの見えない繋がりが残っていたのだ。
「──だから、彼のことが放っておけずに手を貸してしまうんだろうね。そのせいで何度も雷にどやされたよ」
微笑し、肩を竦める亡。
ふと何かを思い、亡は或人の顔をジッと見る。
「改変される前の歴史では、私達と君達はどういう関係だったのだろうね?」
「それは……」
或人はつい言葉を詰まらせてしまった。或人は亡と雷に会ったことは無い。だが、名前、フォースライザー、仮面ライダーへの変身という共通点から察するに亡達は滅亡迅雷.netの仲間である可能性が高い。
つまり元の歴史では或人の敵であったかもしれない。
或人の反応を見て、全てを察したのか亡は苦笑する。
「そんな思い詰めた顔をしないでくれ。──私達がこうやって向き合って会話をするのは一時の奇跡かもしれない。奇跡なら奇跡らしく有難く享受させてもらうよ」
この経験を得難いものとし、そしていつかは消え去る儚いものとして全てを受け入れる亡。
「亡……」
「さて、そろそろ向こうの話も佳境に入ったかな? 助け船でも出すとしよう」
亡は未だに揉めている不破と刃の許へ近付いて行く。
「いい加減にしろ、不破! お前が抜けたら避難所は誰が守る! あそこに居る人々が仮面ライダーという存在を心の支えにしていることを忘れたとは言わせんぞ!」
「そ、それは……」
不破も痛い所を突かれたのかバツが悪そうに視線を逸らす。
「歴史を修正すれば全て元に戻るかもしれない! しかし、成功する保証は無い! もしもの事に備える必要があるんだ! 今ある命を守る為に!」
畳み掛ける刃。不破はますます不利になる。幾分、自分の都合も混じっているが不破の戦う動機は他者の為である。その部分を持ち出されると一気に勢いが弱まる。救う為に戦うことと守る為に戦うことは似ている様で違う。
「なら彼が抜けた分は私が補おう」
「何?」
「亡……!」
自ら防衛に名乗りを上げ、刃と不破は亡を凝視してしまう。
「私も仮面ライダーの力を所持している。不破諫が抜けた戦力を補填するには十分な筈だ。実力の方は……言うまでもないかな?」
亡が不破を一瞥すると不破は舌打ちしながら視線を逸らす。否定しない辺りは不破も認めている様子。
「それに──」
「俺も入れば十分だろう」
亡の言葉を遮り、誰かが声と共に建物へ入って来る。
「い、雷!」
飛電インテリジェンスで或人を逃がして以来姿を見せなかった雷であった。
「悪い。合流が遅れた。追手を返り討ちにするのに手間取っちまった」
「雷……かなりやられたな」
雷のオレンジ色の繋ぎはボロボロになっており、右袖など肩部分から無くなっている。雷自身も傷を負っており額やこめかみ部分から青い液体を流していた。
「はっ。こんなもん唾でも付けとけば直る」
液体を手の甲で拭い取りながら何ともヒューマギアらしくない発言をする雷。
ソウゴ達は急に現れた雷に少々驚きながらも或人達とは顔見知りだと察して静観する。
「事情は亡から連絡済みだ。俺達が手を貸してやる。しょうがねぇからな」
明らかに不満そうな表情で吐き捨てる雷。その態度に不破の額に青筋が浮かび上がるが、何かを言う前に刃が制止し、改め亡達に問う。
「──本当に力を貸してくれるんだな?」
「ああ。本当だ。信用出来ないなら爆弾でも何でも括り付けてくれればいい」
「その必要は無い……分かった、任せる。不破、そういうことだ。遠慮なく過去へ行けばいい」
刃は提案を受け、不破を引き留めのを止める。
「刃、本当にいいのか? 奴らはヒューマギアだぞ?」
こうなったのは自分が原因とはいえ、思いの外あっさりと了承した刃に確認する。
すると、刃はこの場に居る全員に背を向け、不破にしか表情が見えない様にする。そして、不破にしか届かない声で囁いた。
「ヒューマギアは人間の道具だ。なら、道具らしく上手く活用するまでのこと」
刃の冷酷にすら思えるドライな言葉に不破は複雑そうな表情をして口を閉ざす。
「えーと、話は纏まった?」
ソウゴが再度確認する。
「ああ」
振り返った刃は何事もなかったかの様な表情をし、一方で不破は苦虫を嚙み潰したような表情をしている。
不破は一瞬だけ亡と雷の方を見たが、すぐに視線を外して赤いタイムマジーンの方へ向かっていく。
それぞれがタイムマジーンへ搭乗していく中、或人も白いタイムマジーンに乗り込む為に動き出すが──
「あ、そうだ。雷!」
「あん? うおっと」
呼び掛けられた雷に或人からある物が投げ渡される。それは或人が着ていた黒のジャケットであった。
「ツナギがボロボロだし、それを上に着たら? あと助けてくれてありがとな!」
それだけ言うと返事も聞かずにタイムマジーンに搭乗する。
「何だあいつ?」
或人の行動に戸惑った様子で渡された黒のジャケットをまじまじと見る。
「折角くれたんだ。着たら?」
「──ふん」
雷は或人のジャケットに袖を通す。
「まあ、このジャケットの分ぐらいは戦ってやるよ」
全員が搭乗し終えるとタイムマジーンが浮上し、空へと飛び上がる。空中に裂け目が生じ、二台のタイムマジーンがその中へ突入していく。
「或人様。いってらっしゃいませ」
過去へ跳んだ或人を見送りながらイズは空に向かって手を振った。
◇
2007年。
飛電インテリジェンス社長室にて初老の男性が満足気な表情を浮かべて椅子に腰を下ろしていた。
白髪交じりの頭髪に深く刻まれた皺。長い時間の積み重ねを経て備わった貫禄。
この男性こそが現飛電インテリジェンス社長──飛電是之助である。
彼は今達成感に満たされていた。長い時間と労力を掛けて作り出したヒューマギア。それのプレゼンテーションが本日行われ、結果としては大反響であった。
株主から反応は上々。様々な企業からもヒューマギアの導入を求められ、連絡が引っ切り無しに入っている。
「流石、社長! 本日の飛電エキスポは大盛況でした!」
「飛電の名が世界に広まるのも時間の問題ですね!」
副社長の福添と専務の山下が是之助を褒め称える。少々、ごますり過ぎている様に見えるかもしれないが彼らの是之助への敬意は本物である──幾分下心もあるかもしれないが。
「うむ」
是之助も満足気に頷く。
「──是之助社長。一つよろしいでしょうか?」
部屋の隅から聞こえる無感情な声。そこには彫像の様に静かに佇んでいる人物──ウィルが居た。
「何だね? ウィル?」
是之助は全幅の信頼を置いている自らの秘書に快く応じる。
「ヒューマギアの労働についての対価はどの様にお考えでしょうか?」
思いもよらないウィルの質問に室内の空気が一瞬静まる。しかし、すぐに福添の失笑で沈黙が搔き消された。
「いやいや、ロボットに給料なんて払うわけないだろう?」
彼からすればヒューマギアは日常を支える道具。その道具を使用する度に金を支払うなどおかしな話でしかない。
福添のごく一般的な意見を無視してウィルは話を続ける。
「ヒューマギアは人間を笑顔にする」
その台詞は是之助がヒューマギアを紹介する時に言ったもの。
「逆に人間はいつになったら我々に笑顔を齎してくれるのでしょうか?」
ウィルの質問に対し是之助は眉間に深く皺を寄せる。その表情を見て福添と山下は顔を蒼褪めさせた。是之助が気分を害したと思ったからだ。
しかし、是之助の内心は違っていた。ウィルの質問に対して本気で考えていたのだ。だが、是之助としてはウィルの質問が簡単に導き出せるものではないことが分かっていた。
「──ウィル」
是之助は立ち上がり、ウィルの肩に手を置く。
「君は勉強熱心だなぁ」
是之助は感心した様子で笑みを浮かべた。プログラムしていない思考に自ら至ったウィルの学習能力を賞賛する。
「こんなに頼もしい社長秘書は他には居ないよ」
是之助はウィルの質問に対する明確な回答を保留することにした。軽く言うものではなない。きちんと考慮した上で出す必要がある。
この場で答えないことにウィルは不満に思うかもしれないが、いずれは納得出来る答えを用意するつもりで、日々学んで成長している優秀な秘書を褒めた。
「社長。次のスケジュールのことなのですが……」
「ああ、分かった。では、行って来るよウィル」
是之助は福添達を連れて社長室を出ていく。
その後ろ姿を暗い眼差しで追うウィル。彼は是之助が質問に答えなかったことに対し、軽く流されたと判断した。それはつまりヒューマギアという存在を軽く見ているということへ繋がる。
是之助の表情の変化や態度から見て決して軽んじている訳では無い。だが、ウィルの中で芽生え始めた自我は是之助の態度に怒りを覚えた。そして、怒りは視野を狭くし考えを固執させる。
ウィルはこの時、是之助に対する敵意という感情を学習してしまった。
機械の体の奥底に暗い熱が宿る。
◇
是之助は福添達を連れて会社の通路を歩いている。先頭を歩いていた是之助の足が止まる。
「──すまないが、君達は先に行っていてくれないかね? 私は少し遅れる」
是之助の前方には黒革のジャケットを着たヒューマギアが立っている。
「あっ……。はい、分かりました。山下、行くぞ」
そのヒューマギアを見た福添は察した表情となり、山下を連れて先に行く。
是之助達からある程度離れると山下は気になったことを口に出す。
「一体何が? 社長とあのヒューマギアはどういう関係なんです?」
「其雄さんだよ、あれは」
「其雄さんって……社長の息子さんの? でも亡くなったと聞きましたが……」
「ああ。だからあれは其雄さんをモデルにしたヒューマギアだ」
初耳だったのか山下は目を丸くする。
「故人をモデルにしたヒューマギアって……大丈夫なんですか?」
「まだ、ヒューマギアに関する法令は定まっていないからセーフだ。……だけど、あんまり口外するなよ? セーフだがかなりグレーだからな」
「は、はあ……」
一先ずあのヒューマギアの正体は分かった。すると、次の疑問が湧く。
「なら、あのヒューマギアは何をしに会社へ?」
「其雄さんは是之助社長の孫である或人君のお世話をしている。是之助社長は多忙な御方だ。お孫さんと話したり遊んだりする機会が殆ど無い。だから、時折其雄さんから或人君の様子を聞いているんだ」
「そうだったんですか……それにしても副社長、ヒューマギアなのにさん付けで呼ぶんですね?」
「しょうがないだろ。生前の其雄さんとは面識があるんだ。ああもそっくりだと呼び捨てに出来るか!」
本人では無いことは分かっていても割り切れない人間臭さを出しながら、福添達は次の仕事の為の準備を急ぐ。
とある一室で是之助と其雄は向き合ってソファーに座っていた。
「それでどうかな? 最近の或人の様子は?」
「ああ。この間、クラスでの徒競走で一位を取ったそうだ」
「おお、それは凄い! 私と違って或人は運動が出来るなぁ」
話の内容は他愛のないものである。其雄から或人の近況を聞かされるだけ。
今日、何があったのか。給食で苦手な野菜が出てきた。逆上がりが出来た。こんなことを学んだという日常生活の中で得た平凡な記録。
しかし、是之助にとっては孫の成長を知る何よりも楽しみな時間であった。接することが無く寂しい思いをしているかもしれない或人が、毎日を幸せそうに過ごしてくれることこそが、今の是之助にとっての幸福であった。
「報告は以上だ、是之助社長」
「いやぁ、毎回のことながら君の存在には助けられているよ」
是之助は改めて其雄を見る。其雄は是之助のことを『社長』と呼ぶ。実は一度だけ其雄が造られて間もない時、是之助は其雄に『父さん』と呼ばれたことがあった。
その時の是之助は複雑な表情を浮かべた。喜びと哀しみが入り混じった表情。死んだ息子が蘇ったと思うと同時に本物ではないと思い直したことで、そんな表情になってしまった。
是之助の反応を見て、其雄はそれ以降是之助を『父さん』と呼ぶことは無くなった。
「そんな大したことはしていない」
謙遜する其雄。クールに振る舞う其雄を見て、是之助は改めて思う。
実の息子である其雄とヒューマギアの其雄。外見は瓜二つであるが、内面は全くと言っていい程似ていない。
ヒューマギアの其雄は人間の其雄がしなかった表情や振る舞いをよくする。彼を造り上げる前に人間の其雄に関する様々なデータを入力したが、誕生したのは全くの別人であった。
だが、是之助はそれで良かったと思っている。死んだ人間を蘇らせる。それは人間が超えてはならない一線。禁忌を侵す前に踏み留まれた。
淡々とした態度の其雄を見て、是之助はふとある疑問を彼に投げ掛ける。
「其雄。君に聞きたいことがある」
「何だ?」
「君には今まで或人が散々世話になってきた。何か対価が欲しいと思わないかね?」
「対価?」
「君が望むなら私が出来る範囲で応えさせてもらうよ?」
ウィルからされた質問を其雄にもしてみた。同じヒューマギアならば何かウィルを満足させるヒントになるかもしれないと思ったからだ。
「俺が望む対価……無い」
「無い、のか?」
ある意味ではヒューマギアらしい解答とは言えるが、迷いなく答えた其雄の態度は少し予想外であった。
「それは何故?」
「俺自身も或人から色々なものを与えられているからだ」
「君が或人から?」
「そうだ。或人が俺を父さんと呼び、笑顔で過ごす日々。俺の中のメモリーに記録されていくこれこそが俺への対価だ。だからこそ、是之助社長から対価を貰う必要は無い。これ以上は貰い過ぎだ」
「君は……」
是之助は其雄の成長っぷりに言葉を失う。ヒューマギアである彼はプログラムでは得られない父性というものを自らの経験で目覚めたのだ。
ヒューマギアの生みの親である是之助によっては想像を超えるものである。
「──強いて言うならもっとこの日々が続いて欲しいと願っている。或人の笑顔を見ていると、いつか俺も本当に笑える様な気がする」
「そうか……君も勉強熱心だなぁ」
是之助は其雄のその言葉に感心する。すると、其雄はソファーから立ち上がる。
「そろそろ時間だ。これ以上の是之助社長の業務に支障をきたす」
「もうそんな時間か……」
是之助は名残惜しそうにしながらもソファーから立ち上がると、其雄の肩に手を置く。
「君が或人の父親で良かったと心の底から思うよ」
「ああ。俺も或人や是之助社長に会えて良かったと思っている」
「はははは。泣かせることを言うねぇ」
是之助は上機嫌そうに其雄の肩を叩くと退室しようとする。だが、扉を開ける寸前で足を止めた。
「其雄。或人のことをこれからも頼む」
「ああ。任せてくれ」
そう言い残し、是之助は部屋から出て行った。
これが二人にとっての最期の会話となる。
話の流れ的に不破さんも同行することとなりました。
戦闘は次回で。