仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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 それはある日の、既に太陽が沈み夜になりつつある時間の出来事だった。
 ブレザーの学生服を纏った一人の少年が、首から下げた小さな白い毛の羽根がついたペンダントを揺らしながら、華奢な体躯で息を切らして懸命に走り続けていた。
 背には大きな学生鞄があり、中には当然教科書などの沢山の荷物が入っているのだが、それでも構わず少年は必死に足を動かしている。
 名は白多 駿斗(シロタ シュント)、中学2年生だ。

「なんなんだ、なんなんだよっ……あれは!!」

 その顔は恐怖に引き攣っており、長く黒い髪が乱れるのも構わず、涙を目に溜めてひたすらに走り続けていた。
 目的地があるワケではなく、振り返る事もしない。脇目も振らずにただ前へ前へと疾走する。
 しかし、それも駿斗にとっては当然だ。
 今立ち止まって道を選んだり、振り返ってしまっては、間違いなくあれ(・・)に追いつかれてしまうのだから。

「ヒ・ヒ・ヒ」

 後ろからの奇怪な笑い声が耳に突き刺さる。たったそれだけで涙が零れそうになり、駿斗は震えながらも脚に力を込めた。
 逃げ込んだのは、人の気配を感じられない廃工場。
 どうにかしてここで撒く。できなければ自分は捕まって殺されてしまうだろう、そう思っていた。
 事実、彼は目撃したのだ。背後から追いかけて来るこの怪物が、先程まで自分の後ろで歩いていた若いカップルに、その鋭利な両手の爪を突き立て引き裂く姿を。そして、その死体がガラスのように透けて粉々になってしまう光景を。

「ここなら……!」

 工場内には隠れる場所もある。そこでしばらくやり過ごし、すぐに出入口へ駆け抜ける。 
 それならきっと捕まらず逃げおおせる事ができるはずだ。
 だが駿斗のその願いは、怪物の愉快そうな笑い声と共に、容易に叩き潰される。

「ヒ・ヒ・ヒ・ヒ」

 怪物が天井スレスレまで跳躍した後、駿斗の目の前に降り立ったのだ。その体重と衝撃で、床に亀裂が走る。
 そして彼は見てしまった。その怪物の顔を、恐ろしい姿を。

「ヒィー・ヒ・ヒ・ヒ・ヒ!」
「あ、あっ……あぁぁあぁ……!?」

 まるで野猿のような姿のその怪物は、耳まで裂けて見える程に唇が大きく、全身が金色の体毛に覆われており、赤ら顔だが額の部分に白い点がついている。
 前肢は強靭で野太く、長く鋭い爪が生えている。その他、大きな口にはそれに相応しい尖った牙が生え揃っていた。
 怪物が奇妙な甲高い笑い声を上げ、長い舌を駿斗の頬に伸ばそうとしているので、彼は慌てて飛び退く。

「ヒ・ヒ・ヒ! 活きの良い旨そうな人間じゃ」
「しゃ、しゃべった……!?」
「ヒ・ヒ。なぁんと細身で白い肌か。おなごでないのは残念じゃが、たぁっぷり愉しめそうじゃのう」

 ゴリラのように拳と指を使って、怪物は駿斗に歩み寄る。そして大口をカァッと開くと、彼の身体に異変が起きた。
 右手から光の糸のようなものが飛び出し、ミミズめいて蠢いたかと思うと、それが目の前の怪物の口に吸い込まれていくのだ。

「う、わ……ひぃ、なにこれ……!?」

 さらに、糸が抜けていくと同時に手がモノクロに変わり、続いて指先から順にガラスのように透明になる。
 これはカップルが殺された時に見た惨状と同じだ。となれば、次に起こる事も想像がつく。
 錯乱した駿斗は手当り次第に物を投げつけ、野猿を止めようとする。
 しかしまるで通用せず、せせら笑っているばかりだ。

「い、いやだ、いやだぁぁぁ!」
「ヒ・ヒ・ヒ! 泣き喚き恐れ慄け、それが最高の愉悦じゃからのぉ!」

 ついに恐怖から駿斗が地に崩れ落ち、震えながら涙を流す。その間にも、色は着々と抜けている。手から腕、さらに肩へ。
 野猿の怪物は彼の姿を悦んで眺め、肉体から色を貪り続けた。

「誰か、誰か……!!」

 縋るような、誰にでもなく助けを乞う声。それが野猿の興奮をさらに高める。
 が、その時だった。

「ヒッ!?」

 野猿に向かってひとつの人影が飛来し、そのまま頭を蹴って吹き飛ばした。
 そして、駿斗の腕の色と光が、失われた色彩が元に戻っていく。

「今の、は……!?」

 朦朧としつつある意識の中、駿斗がその影を見つめる。
 そこに立っていたのは、詰襟の学生服の上から裏地が紫色の黒いマントを羽織った少年。
 マントに付いたフードを頭に被っており、そこから見える髪は銀色で、顔の上半分は白い犬の仮面で覆われていた。
 また、腰部には何かをはめ込むような奇妙な形状のバックルがついたベルトを装備しており、右腰には銃がホルスターに収納されている。

「なんじゃ、何奴じゃ!?」

 野猿はすぐさま立ち上がり、少年に向かって怒りに吼える。
 しかし少年は、その恐ろしい怪物を前にしても恐れる事なく言い放つ。

「お前を塗り潰す色は決まった」

 その直後、少年のシルエットが変わり、周囲で紫色の稲光が瞬いたかと思うと、野猿の体が左右で真っ二つに分かれ、散滅。
 黒ずんだ液体が血飛沫のように散らばって、駿斗は少年の姿を一瞬だけ見た。そして、再び己の目を疑った。
 犬を彷彿とさせる白と紫で彩られた甲冑を纏う、侍めいた紫眼の戦士。少年はそのような風貌に変身していたのだ。

「君は、一体……?」

 薄れゆく意識の中で駿斗が呟くと、途端に視界が暗転する。
 再び目を覚ました時、いつの間にか彼は工場から自分の家のベッドの上で寝そべっていた。両親に聞けば、いつの間にか帰宅していたのだというではないか。
 悪夢のような出来事だったが、カップルが惨殺されたのは事実であったらしく、行方不明者として町で話題になっていた。夢でない事は容易に理解できる。
 行方不明者の事件は時と共に風化して忘れ去られたが、駿斗はこの日に起きた事を、あの白い犬の仮面の少年を、決して忘れる事はできなかった。

 そして――駿斗の体験した奇妙な事件から、実に3年の時が過ぎた……。


変身ノ章
第一頁[白き霊獣は夜天に吼える]


「……ねぇ駿(シュン)くん、聞いてるの?」

 

 2022年4月中旬、鮮やかな桜の舞う季節。磐戸(イワト)市にある磐戸高校にて。

 時間は既に放課後。高校2年生となった駿斗が、首から下げたペンダントを握り締めて歩いていると、隣から不意にそんな声を聞いた。

 そこにいたのは、彼の昔からの女友達。栗色の髪をツインーテール状にしている、小柄だが凹凸のくっきりしたボディーラインの女子生徒だ。顔立ちも可愛らしく、ぱっちりと開いた目が特徴的である。

 

「あ、ごめん。ちょっとボーッとしてた。何の話だっけ、若葉(ワカバ)

 

 駿斗の言葉を聞き、その少女、新山 若葉(ニイヤマ ワカバ)は唇をツンと尖らせる。

 

「だからさ、今年の新入生の話だよ。すっごいイケメンな子がいるんだって!」

「あぁ~……そう、なんだ」

「おや、興味がおありでない? そりゃもう目が覚めるくらいの、ときめくようなとびっきりの美形らしいんだけど」

「とびっきりて。大体男同士でときめいたりなんかするワケないじゃん。若葉、そんな子と会ってどうするの?」

 

 尋ねられて若葉は「むっふっふー」と愉快げに口角を上げ、グッと拳を握り込む。

 

「コスプレサークルに勧誘してイベントに出る! そしてマンガとか写真集売る!」

「あはは、本当に好きだよねーコスプレ」

「もっちろん! あたしの大好きな趣味だし!」

 

 自慢気に胸を逸らし、若葉はさらに駿斗の肩に手を回した。

 

「駿くんもさぁ、これから一緒に行って新入生クンを誘おうよ!」

「えっ、僕が!? しかも今から行くの!?」

「いーいーじゃーん! 前手伝ってくれた時も意外とノリノリだったでしょー?」

「そ、それは……その、君の頼みだし……」

 

 若葉と駿斗は高校1年生の頃に出会い、彼女はいわゆるアニメ好きで、駿斗も同じ趣味を共有する仲だ。

 駿斗は元々絵を描くのが趣味で、若葉はそのイラストに惹かれ駿斗と打ち解けあった。それが二人の馴れ初めで、以来すっかり意気投合して親友となっている。

 だが、駿斗には若葉への秘めた淡い想いがある。親友ではなく、さらに進んだ関係になりたいという想いが。

 悩んでいる彼の耳元へと、ニコニコと笑いながら若葉が声で囁きかけてねだり始めた。

 

「それにさー、駿くんって顔カワイイしスマートでスタイル良いからすっごく衣装映えするんだよ? 着て欲しいなぁ~」

「でも……」

「手伝ってくれたら、ちゃんとお礼もするからさ。いいでしょ~、ねぇ~えぇ~」

 

 腕に抱きついて甘えるように若葉は言い、呆れながらも駿斗の方が折れる。

 

「わ、わかったから! そんなに引っ付かないでよ恥ずかしいな!」

「やりー! 流石あたしの親友! じゃあ早速、新入生クンを誘惑しにレッツゴー!」

「ちょっ、なに誘惑って!? その言い方ダメでしょ!?」

 

 こうして、駿斗と若葉は件の新入生に会いに向かう。

 若葉が聞いた噂によれば、件の彼はまだ部活に入っておらず、放課後になるとすぐに帰宅するか図書館に行くらしい。よって、二人はまず急ぎで一年の教室に向かう事になる。

 校舎は三階建てで、1年生の教室は最上階にある。二人が上階に到着すると、一人の男子生徒が静かに正面から廊下を歩いて来るのが見て取れた。

 それが噂の新入生だろうという事は、駿斗も若葉もすぐに理解できた。

 なぜなら。

 

「うわっ、すご……マジ人形みたい」

 

 若葉が思わず声に出し、逆に駿斗は何も言えずはっと息を呑んでしまう程、その少年は美しかったのだ。

 まるで陶器を思わせるように滑らかで白い肌と、光を吸い込むかのような漆黒の外ハネの髪。前髪は右目を覆い隠すように伸びている。

 切れ長の目から覗く瞳は紫水晶のようであり、睫毛が長く、顔立ちもどことなく艶やかで女性的な色香をも感じさせた。

 左目の下には小さなホクロが左右に二つ並んでおり、それも少年の魅力を強調しているようであった。

 

「超キレイじゃん、男子なのに。自信なくすなぁ……」

「若葉! 本題本題!」

「おおっと、そうだった!」

 

 コホンと咳払いした後、若葉はその少年に話しかけた。

 

「ねぇ君、コスプレとか興味ない?」

「その質問は直球すぎじゃないかな若葉!?」

 

 駿斗は慌てた様子で割り込み、まずは少年へと自己紹介する事にした。

 

「僕は白多 駿斗、こっちは新山 若葉。君、名前は?」

 

 すると年齢に似合わない落ち着いた物腰で、少年は短く答える。

 

行雲 紫乃(ユクモ シノ)

 

 それだけ言うと、紫乃と名乗った少年は唇を噤んで横を素通りし、歩き始める。

 続く言葉、あるいは先頃の質問に対する答えはない。

 駿斗と若葉は困惑しつつも、その後ろを追った。

 

「あー、えっと」

「……」

「紫乃くん、さっきの話の返事を聞かせて貰っても良い?」

「……悪いが忙しいんだ。後にしてくれ」

 

 それきり沈黙を貫いて、階段を下り歩き続ける紫乃。

 取り付く島もない。若葉はがっくりと肩を落とし、駿斗も苦笑いしている。

 

「帰ろうよ若葉、邪魔しちゃ悪いよ」

「ううううう~……折角の荒稼ぎチャンスが、もったいない」

「いやだから良くないってその言い方」

 

 呆れた様子で言うと、駿斗は名残惜しそうな若葉を引っ張って自分たちも帰宅すべく足を進める。

 その直前で、紫乃へとにこやかに声をかけた。

 

「もし気が変わったりしたらさ、いつでも来てね! 僕ら2年生だから!」

 

 言いながら手を振り、二人は去っていった。

 紫乃は視線を変えず同じように歩くが、やがて彼の懐から着信音が鳴る。迷う事なく懐から小型携帯端末、N(ネイバー)-フォンを取り出し、通話に応じた。

 N-フォンからは、何事かを話す女性の声が聞こえる。

 

「オレだ……分かった、すぐに行く」

 

 手短に返答すると、紫乃は颯爽とその場を後にするのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「うーん、やっぱりどうにかして紫乃くんを勧誘したかったなぁ~」

 

 肩を落としながら、通学路の途中で立ち寄った広い緑地公園のベンチに座り、不機嫌そうにぼやく若葉。

 放課後、ここで缶ジュースを買って飲みながら話をするのが駿斗と若菜のいつもの日常だ。

 今日は他に遊んでいる子供や散歩に来る者たちの気配もなく、二人きりの時間を過ごしていた。

 

「もう良いじゃん、本人が興味ないって言ったんだし。気が変わるまで待とうよ」

「むぅ~。でもまぁ、そうだね」

 

 ようやく観念したように、若葉は息を吐いてジュースを呷る。

 駿斗はそんな彼女の様子に苦笑しつつ、缶を持つのとは反対の手で羽根の形のペンダントを弄んでいた。

 そのペンダントを見た若葉は、首を傾げながら尋ねる。

 

「前から気になってたけど、そのペンダントって何なの?」

「あぁ、これはね……じいちゃんの形見なんだ」

 

 懐かしむように目を細めて羽根を優しく掌に乗せ、語り始める駿斗。

 彼の父方の祖父は考古学者にして冒険家であり、駿斗が幼い頃にも何度も冒険に出ていた。そして帰って来ると、いつも優しく力強い笑顔で旅先での話を聞かせてくれたのだ。

 その中で駿斗が最も印象に残っているのがこのペンダントに関する逸話で、曰くこれは『本物のペガサスの羽根』なのだという。

 

「『そこにロマンがあるのなら、目指さずにはいられない』……これを見つけたのが考古学者としての一番の自慢だって、じいちゃんいつも言ってた。だけどある時、旅先の事故で死んじゃったんだ」

「え……ご、ごめん。私、そんなつもりじゃ」

「いや、気にしないで。もう何年も前の話だし」

 

 優しく微笑みながらそう言って、駿斗は空になった缶をベンチに置いて立ち上がる。

 

「僕さ、じいちゃんみたいになりたいんだ。考古学者になって、色んなところを冒険したい」

 

 普通ならこんな話は、駿斗自身も『馬鹿げている』と一蹴するだろう。

 しかし、彼はかつて実際に恐怖と共に不思議な出来事を体験し、知ってしまったのだ。普通とは違う未知なる生物の存在を。

 あの時の出来事を忘れられるはずがない。

 

「それでさ、いつかこの羽根の元になった本物のペガサスを見つけるんだ。それがじいちゃんの夢でもあったから」

 

 胸に秘めていた強い決意を口に出し、晴れやかな表情で若葉の方を振り返る。

 話を聞いていた若葉はバカにするでも困惑するでもなく、駿斗の姿を見て嬉しそうに笑っていた。

 

「きっとできるよ、駿くんなら」

「……ありがと、若葉」

 

 頬を赤く染めて、照れ笑いする駿斗。

 だが、その時だった。

 

「ヒ・ヒ・ヒ!」

 

 いつか聞いたような、猿の鳴き声に似た奇怪な哄笑が耳に響いた。

 

「え――」

 

 ゾクッ、と背筋に悪寒が走り、駿斗は青褪めつつも咄嗟に若葉の手を取って振り返らずに走る。

 中学時代の帰り道。今のと同じ声が聞こえた時、後ろを歩いていたカップルは死んだ。それを思い出していたのだ。

 

「ど、どうしたの!? っていうか今の声は何!?」

「ごめん若葉、でも今すぐ走るんだ!! 急がないと、殺される……!!」

 

 心臓が激しく警鐘を鳴らし、背中からじわりと汗が吹き出るのを感じながら、若葉を伴って必死に走る。

 あの時と同じく夜が近づきつつある。追いつかれれば、立ち止まってしまえば確実に捕まって死んでしまう。

 たとえ自分がそうなったとしても、若葉だけは。若葉だけは、守りたい。

 駿斗はその思いから、命懸けで走り続ける。

 

「ケケケケーッ!」

 

 だが無情にも、公園の出口の目前で二人の体はピタリと止まってしまった。

 先程とは違う何かの鳴き声が聞こえたかと思うと、見えない何かが体に張り付いたような感覚に襲われ、そのまま身動きが取れなくなってしまったのだ。

 

「え、ええっ!?」

「きゃあっ、なにこれ!?」

 

 良く目を凝らしてみれば、駿斗と若葉の身体には細長く白い糸のようなものが張り巡らされており、それが絡まって動けなくなっているようだった。

 さらに目の前の地面には黄色と黒の斑模様のインクのような水溜りが拡がっており、それが徐々に立ち上がって人型のシルエットを成す。

 手足の他に背中から四本の触腕が伸び、八つの目を持つ黒と黄の縞模様の毛を生やす異形の怪人。

 まるで蜘蛛のようなその異形は、陰気に笑いながらゆっくりと駿斗たちに歩み寄って来る。

 だが、背後にいる金毛の大猿のような怪人は、怒声を浴びせてそれを許さなかった。

 

「おのれツチグモ! わしの獲物を横取りする気か!」

「ケケケッ! 知らんなぁヒヒ。俺の張った罠にかかったのはこいつらの方だ」

「わしの縄張りで勝手な真似を……貴様から先に食うてやろうぞ!」

「そんなもんこっちのセリフだ! ケケケーッ!」

 

 ケタケタと笑いながら口から糸を吐き出す蜘蛛と、豪腕を振り回して暴れる野猿。

 二体の争いに巻き込まれては死は免れないが、自分たちに意識が向いていない今こそ、駿斗はチャンスと捉えていた。

 急いで鞄の中からカッターを取り出すと、足や体に絡みついた糸を切断しようと試みる。

 しかし、突如として足を掠めた細糸によって、その試みは失敗に終わった。

 

「うわぁっ!?」

「駿くん!?」

 

 ガクリと崩れ、駿斗は脚の出血を手で抑える。若葉はそれを目にして、悲壮な声を上げた。

 

「動くなよ! お前らは後でゆっくりと俺が頂くんだ!」

「貴様! 獲物が死んだらどうするつもりじゃ!?」

「関係ねぇぜ! 先にてめぇが死ぬんだからなぁぁぁー!」

 

 二体が互いを罵り合いながら、相手を打ちのめさんと攻撃を続ける。

 ただ浅く掠めただけで、出血は少ない。だが、動けば本当に殺されるという恐怖は染み付いてしまう。

 事実、争いの間も駿斗と若葉は震えて戦いの終わりを待つ事しかできなくなってしまった。

 

「死にたくない、死にたくないよぉ……」

 

 零れ出る涙を拭う若葉。一方の駿斗も、二人とも死んでしまうという最悪の事態を想定して震えるばかりだ。

 3年前は自分だけ生き残り、そして今度はこうして好きになった女の子さえ守れずに惨めに死んでいく。

 とても不甲斐なく悔しい気分になって、駿斗は歯を軋ませた。

 

「誰か、誰か……!!」

 

 そして、かつてと同じように。誰にでもなく、助けを乞う。

 助けが来るはずなどない、と分かっていながら。

 だが。

 

「ヒィッ!?」

「ぐぁっ!?」

 

 突然何かが頭上を通り過ぎたかと思うと、二体の怪物を突き飛ばして怯ませた。

 そこにいたのは、黒い軍服の上から裏地が紫のマントを羽織った、犬の仮面の少年。かつて駿斗が出会ったのと明らかに同じ人物だ。

 たちまち、失われかけていた駿斗の意識がハッキリと戻る。

 夢ではない。当時よりも背丈が大きくなっているが、明らかにあの変身していた少年だと分かった。

 

「君は……!?」

 

 駿斗が声をかける前に、仮面の少年は右肩から腰に向かって提げたナイフホルダーに収納されている短刀を取り出し、それを二人に向かって投擲。

 瞬間、二人の体を拘束していた蜘蛛の糸が解けた。

 

「危険だ。下がっていろ」

《レリックライザー!》

 

 それだけ言って、少年はさらにホルスターから、銃身の右側面に何かを二つ装填するような窪み(スロット)がある奇妙な形状の黒い銃を手に取る。

 

「貴様、何者じゃ!?」

「俺らにこんな事をして、タダで済むと思ってんのかよ!!」

 

 ツチグモと呼ばれた怪物とヒヒと呼ばれた怪物が、少年に詰め寄って来る。

 しかし、彼に恐れる様子は微塵もなく、左腰から弾丸(カートリッジ)のようなものを二つ取り出す。透明な薬莢の内側に液体(インク)が詰まっており、色はそれぞれ、マジックヴァイオレットとピュアホワイトだ。

 そのまま少年は、それらの底部に備わったスイッチを起動した。

 

《サンダー!》

《ハウンド!》

 

 起動と共に音声が流れ、仮面の少年はさらにそれらをレリックライザーというらしい銃の側面のスロットへセットしていく。

 レリックライザーからの音声を聞きながら、少年はフォアエンドを握る。

 そして銃身を前後にスライドさせて手を放すと、再び銃が音を発した。

 

Loading Color(ローディング・カラー)!》

 

 その音声を聞いた後、少年は機敏な動作で照準を野猿へと定め、引き金に指をかける。

 

「急々如律令。轟け、サンダーハウンド」

Calling(コーリング)!》

 

 トリガーを引き込むと、銃口から紫の雷を纏う白い霊犬が姿を現し、大猿に向かって真っ直ぐに飛びかかる。

 

『ウォオオオーンッ!』

「ぬおおおっ!?」

 

 雷犬の牙はヒヒの腕に深く食い込み、電流が毛を焼く。そして爪や牙でひとしきり猿に攻撃を続けると、そのまま消滅した。

 一連の動きと凄まじいばかりの威力を目にして、ツチグモは大層驚いていた。

 

「この……術は!? それにそのモンストリキッド、てめぇまさか!?」

 

 少年は何も言わない。だが言葉の代わりにレリックライザーからモンストリキッドと呼称されたインクカートリッジを引き抜く。

 そしてホルスターではなく、バックルの方に装着する。

 

《レリックドライバー!》

 

 直後、少年は先程と同じように二色のモンストリキッドを起動した。

 

「お前を塗り潰す色は決まった」

《サンダー!》

《ハウンド!》

 

 紫と白に発光したそれらが、レリックドライバーとなった銃のスロットに装填される。

 そしてグリップと反対側にあるバックル部のハンドルを握って引っ張ると、そのベルトから先程とは少々異なる音声が流れ出した。

 

Loading Color(ローディング・カラー)! GRADATION(グラデーション)!》

 

 銃身のエネルギーラインが紫と白の光を放ち、インクカートリッジも同じく左右で交互に発光する。

 ツチグモとヒヒが唸り声で威嚇する中、少年はグリップを手にしたまま、引き金を指で弾く。

 

「変身」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 瞬間、少年の頭上から紫色の五芒星が、足元には白い五芒星が描かれ、二つの光が重なり合おうとするかのように上下へ動き始める。

 さらに、少年自身の身体にも変化が起きた。

 白い星が通り抜けると同時に全身が白いインクのような液体で包み込まれ、細胞組織のようになったそれが少年の身体と合身して『上塗り』し、身体を変質させつつ外骨格を描き出す。

 続いて紫の星を潜ると、生体装甲が電気を帯びて肩や腕、脚部などが紫に染まっていき、両眼が同じく紫色に強く発光。

 そうして五芒星の消失と共に完成したのは、頭部に三角の耳のようなものを生やした、犬を彷彿とさせるような姿の甲冑の戦士だった。

 

《天を裂く紫電の咆哮! サンダーハウンド!》

『ウォオオオーンッ!』

 

 雷鳴と咆哮がベルトから鳴り響き、口部(クラッシャー)に備わった鋭い牙を煌めかせ、仮面の狩人は腕を前に掲げる。

 すると、日本刀のように反り返った研ぎ澄まされた刀身の剣が右手に握られ、その刃が薄く露気を帯びた。

 

A(アーティフィシャル)ウェポンT/G(ティー・ジー)!》

「仮面ライダームラサメ。お前たちを調伏する」

 

 ムラサメと名乗りを上げた少年剣士はそう言いながら、刀を中段に構えて切っ先を怪人たちに向ける。いわゆる、霞の構えだ。

 ヒヒは忌々しげに舌打ちし、ツチグモの方も歯を軋ませて戦闘態勢に移った。

 

「『LOT(ロット)』の封魔司書!?」

「しかも霊装使いの殺し屋かよ、うざってぇ!」

「じゃが……ヒ・ヒ! 我らの同胞を殺した貴様を食うてやれば、わしにも泊が付くというものよ!」

 

 今この瞬間に、二体の怪人が優先的に倒すべき相手は変わった。

 ツチグモは糸を吐いてムラサメの右腕と両脚を絡めて封じ、その間にヒヒが豪腕を振り被って迫る。

 しかし、ムラサメはまるで動揺する事なく、左腕で(サンダー)のモンストリキッドのスイッチを押し込む。

 

《サンダー!》

「急々如律令」

Calling(コーリング)!》

 

 左手の指先で器用にトリガーを弾くと、仮面の狩人の全身から雷光が走り、糸を全て消し飛ばしてヒヒの右目をも焼き切る。

 

「ギャアッ!?」

 

 右目を押さえて怯んだ隙に、ムラサメは刀を再び両手で持って疾駆し、すれ違いざまにヒヒへと斬りかかる。

 僅かに濡れた刃は、身を守ろうとしたヒヒの左腕を、まるで豆腐のようにするりと両断した。

 断面からはドロリと流血めいてインクが落ち、分かたれて地面に落ちた腕も、黒ずんで溶けてしまう。

 

「何ィ……!? わ、わしの腕が!!」

「お前たち戯我(ギガ)を狩るために造り上げられた、破魔の水気を発する刀だ。その身体には良く効くだろう」

 

 ヒュンッ、と返り血のように刀に付着したインクを振り払い、ムラサメは剣先をヒヒに突きつけた。

 ツチグモには完全に背を向けている。それを面白くないと思ったらしく、蜘蛛の怪物は怒りをあらわにしながら口から糸を放つ。

 

「野郎! この俺を無視するんじゃねぇ!」

 

 しゅるしゅると音を立て、粘糸が白き狩人を取り囲む。

 今度は完全に身体を拘束するつもりだろう。しかし、ムラサメは焦らずに素速くスイッチを入力していく。

 

《ハウンド!》

「急々如律令」

Calling(コーリング)!》

 

 トリガーを引くと、今度は白い霊犬がドライバーから飛び出し、その爪と牙で糸を引き裂いてツチグモの右脚に噛み付いた。

 

『ガァァァゥッ!』

「ぐぅっ!? こ、この犬が……どけぇ!」

 

 背中の四本脚についた鉤爪で犬を振り払おうとするが、霊犬は身を振って逃れる。

 ムラサメは続けてAウェポンの刃を折りたたんで銃口を露出させ、柄の角度を変える事で銃形態、G(ガン)モードに変化させた。

 そして、発砲。大鎚のような右腕を振り下ろそうとしていたヒヒの胸を、霊犬に手間取っているツチグモには右肩を撃つ。

 命中の瞬間、二体の戯我の着弾箇所が爆ぜるように溶けて吹き飛び、斬られた時と同様にインクを撒き散らす。

 

「ま、まずい! このままでは……」

 

 負傷した身体を押さえ、苦悶するヒヒ。インクを流出する度に、肉体が徐々に黒ずんでいるのだ。

 人間がヤツらに色を奪われて透明になってしまうのと同じく、この怪人たちも傷を負えば鮮やかな色彩を失うのだ。これはそういう生き物なのだと、駿斗は理解した。

 

「この大地に芽吹いた光は、誰にも奪う権利などない。喰ったもの全部この世界に還せ」

「く……させん! この世界の色はわしのモノじゃあああっ!」

「そうか」

Reloading Color(リローディング・カラー)!》

 

 ムラサメはヒヒの咆哮にも怯まず、ドライバーのグリップを握り、変身した時と同じように引っ張った。

 豪腕がムラサメの目前に迫り、戦いを見ていた駿斗と若葉は思わず顔を強張らせる。

 しかしムラサメには焦った様子もなく、刀に戻したAウェポンをヒヒの頭目掛けて投げた。

 

「あ、が……!?」

 

 刀はヒヒの額の白い点に正確に命中。

 その一撃に動きが止まる刹那、狙い澄ましたようにムラサメは指先でトリガーを弾く。

 

「なら、これがお前の見る最後の景色だ」

Last Calling(ラスト・コーリング)!》

「セァッ!」

 

 ドライバーから手を放したムラサメの両眼が煌々と輝き、クラッシャーが開口。両肩や脚部の装甲も展開し、放熱ダクトのような生体器官が露出される。

 熱と共に紫と白の光を噴出し、白き霊犬の戦士は高く跳躍した。

 

《サンダーハウンド・クロマティックストライク!》

 

 ――オオオオオォォォォォーンッ!!

 それはまるで、檻から放たれた獰猛な獣のように。

 牙を見せて開いたクラッシャーから吼え声めいた音が鳴り、雷を纏う右足の一撃が胴を穿つ。

 その姿に恐怖を感じたのか、ヒヒの顔は引き攣って硬直した。

 

「ヒ、ィ……!?」

 

 雷の落ちる音と共に、猿の身体に亀裂が走り、大きな風穴が空いてその内側をムラサメが潜り抜ける。

 貫かれたヒヒの身体が、徐々に色を失い黒ずんでいくと、すぐに爆散。爆風を背中で受け止めるムラサメの展開された装甲が、元の状態に戻る。

 ヒヒの顔に刺さっていたAウェポンだけは無傷で落ち、次なる標的であるツチグモを見据えながら素速くキャッチしてG(ガン)モードに変形させた。

 銃となったAウェポンの弾丸が、ツチグモへと向かっていく。

 

「くっ!」

 

 蜘蛛の巣を張り、跳躍して銃撃から逃れるツチグモ。

 自身の負傷を癒やすため、一時撤退しようというつもりなのだ。

 だがムラサメは焦る事なく、左腰のホルダーからファイアレッドのモンストリキッドを抜き取って起動。それをドライバーのサンダーのカートリッジと交換し、グリップを引っ張った。

 

《ファイア!》

「逃しはしない」

Loading Color(ローディング・カラー)! HYBRID(ハイブリッド)!》

 

 そのままトリガーを引き、ムラサメの頭上と足元に再び五芒星の印が刻まれる。今度はファイアレッドとピュアホワイトだ。

 

「カラーシフト」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)! 交わる双つの色彩! ハイブリッドカラー!》

 

 ムラサメの紫色の装甲が真っ赤な炎の赤色に変わり、さらに再度モンストリキッドのスイッチが入力される。

 

《ファイア! Calling(コーリング)!》

「急々如律令」

 

 左掌を掲げると、今度は燃え盛る炎の礫が放出され、蜘蛛の糸を焼き払ってツチグモの左脚を火の手に包んだ。

 

「ぐぇぇぇっ!?」

「お前にも見せてやる。最後の景色を」

 

 続いて手に取ったのは、アイズブルーカラーのモンストリキッド。

 ムラサメはそれを、Tモードに再変形させたAウェポンにする一度リードする。

 

《アイス! Charging Color(チャージング・カラー)!》

 

 するとその音声と共に武器のエネルギーラインが水色に発光し、再びクラッシャーと全身の装甲が展開した。

 脚を失って体勢を崩したツチグモは、そのまま真っ逆さまに落ちていく。

 

「ヒッ!? た、助け……」

「ダメだ」

 

 ダクトから排熱しながら、刀を掲げたムラサメは銃爪を強く引き込んだ。

 

Last Calling(ラスト・コーリング)! モノカラー・クロマティックスラッシュ!》

「ギャアアアアアアッ!?」

 

 大気すら震わせるような冷気が背中を貫き、裂傷から徐々にインクの身体を凍結させていく。

 そうしてツチグモの五体は砕け散り、頭や手足が地面に落ちた。

 

「調伏完了」

 

 その宣言と共に、カートリッジを抜いてバックルからレリックライザーを外し、少年は元の姿に戻る。

 圧倒的な強さや不可思議な力に加え、怪物相手にも怯まないタフな精神力。

 自分とそう変わらない年齢でありながらそれらを備えるその少年を見て、駿斗は驚きや戸惑いと同時に、感謝や憧憬といった念を抱いていた。

 そして彼に対して礼の言葉を告げようとした、その時だった。

 

「ケケケッ……道連れ、だ!」

 

 頭だけになったツチグモの口部から、嘲るような笑い声と共に糸が射出されたのだ。

 糸は少年の頭に向かうが、身を反らした彼の体には命中せず、犬の仮面だけを断ち切ってしまう。

 直後にレリックライザーから弾丸を放ち、今度こそツチグモを消滅させた。

 

「き、君は!?」

 

 その少年の素顔を目の当たりにして、駿斗も若葉も目を剥いた。

 髪の色こそ違うが、長い睫毛に紫水晶のような瞳、女性的な色気も感じさせる人形のように精緻で端正な顔立ち。そして左目の下にある二つの泣きボクロ。

 間違いなく、学校で会ったあの行雲 紫乃だったのだ。

 




付録ノ一[レリックドライバー]

 仮面ライダームラサメが変身する際に使用するベルト型のアイテム。
 銃型の武装も兼ねた『レリックライザー』を、フォアエンドを固定する『ライズホルダー』のバックルに装着する事で完成。
 二色のモンストリキッドをスロットにセットし、組み合わせた色によって異なる形態に変化する。
 この時、相性の良い組み合わせであれば『グラデーションカラー』となり、そうでない場合は『ハイブリッドカラー』という亜種形態になる。
 使用者の神話生物に対する解釈次第で、変身後の姿だけでなく強さや能力も大きく変わる。そのため、想像力(イマジネーション)創造力(クリエーション)――すなわち『思い描く力』が鍵となるのだという。
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