仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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第十頁[錆色の思い出]

「ハァァァーッ!!」

 

 まだ日の沈み切っていない、磐戸の街中にて。

 紫電の太刀と、鉄塊のように無骨な大剣が激しくぶつかり合う金属音が響いていた。

 戦っているのは紫乃が変身した仮面ライダームラサメ、その相手はアダンという名の男がモンストリキッドを使って変異したキュクロプス・ギガだ。

 その戦いを遠巻きに駿斗と若葉が見守り、ロゼと灰矢は変身して他の戯我たちの対処に当たる。

 

「喰らえ!!」

《サンダー! Calling(コーリング)!》

「急々如律令!!」

 

 掌から放たれた雷が、キュクロプスの大剣を伝って全身を痺れさせる。

 敵の身体が動きを止めたところを狙い、ムラサメは一歩踏み出し、袈裟に斬りかかった。

 破魔の水を帯びた刃は、分厚い筋肉に傷を作る。

 ――しかし。

 

「と・こ・ろ・がぁ~!? 効かねぇんだよォ、なァ!!」

「がっ!?」

 

 ケラケラと笑うキュクロプスが繰り出した前蹴りによって、胸に一撃を受けたムラサメは大きく態勢を崩してしまう。

 刃は確かに通ったのだが、キュクロプスの頑健な身体に深いダメージを負わせる程ではなかったのだ。

 そして、両手で握って振り上げられた大剣の刃が、今まさにムラサメに向かって襲いかかろうとしている。

 

「ヒャッハ! 死ィねやァーッ!」

 

 ムラサメは舌打ちしつつ、痛む身体に鞭を打ち、その怪力に任せた一振りを太刀で受け流すべく構える。

 

「オラァッ!!」

「が、あああ……!!」

 

 重い。

 狙い通りに攻撃を逸らす事はできたが、あまりの衝撃に指先が痙攣し、危うく刀を落としそうになっていた。

 このままでは、次の一撃は今のようには受け切れないだろう。

 

「ならば!」

《アイス!》

《セイレーン!》

「カラーシフト!」

《冴え渡る青氷の歌声! アイスセイレーン!》

 

 AウェポンTモードを逆手に持ち、忍者の姿となったムラサメは素速く動き回って、背後からすれ違いざまに斬りかかる。

 キュクロプスが反撃する頃には距離を取り、再度攻撃と退避を繰り返す。 

 いわゆるヒット・アンド・アウェイ戦法。敵が速さに劣ると見て、スピード勝負で立ち回る方面に切り替えたのだ。

 一撃一撃は軽かろうとも、これならば着実に追い詰めていけるだろう、とムラサメは判断したのである。

 

「しゃらくせぇ!!」

 

 その考えを真っ向から否定するように、キュクロプスは剣を水平に構えてその場で一回転。

 既に猛スピードで前へ飛び出していたムラサメは回避できず、だが咄嗟にレリックドライバーのセイレーンリキッドを押し込んだ。

 

《セイレーン! Calling(コーリング)!》

「急々如律令!」

 

 ムラサメの口部から超音波が放出、それを耳にしたキュクロプスの勢いが落ちる。

 しかし僅かに軌道の狂った剣は止まらずに振り切られ、間合いに入ったムラサメの肩を掠めた。

 ただそれだけで、ムラサメは吹き飛ばされて電柱に叩きつけられる。

 

「がぁぁぁっ!?」

「行雲くん! くうっ!」

 

 ダイモーンの槍とハッグの放つ炎の球が、フラッシュケンタウレスカラーのブリューナクを傷つける。

 ユーダリルはそんな彼女を光の矢で援護し、自分の前に出て来たケルピー・ギガを蹴倒して声をかけた。

 

「ありゃどう考えても一対一でどうにかなる相手じゃねぇ!」

「急いで倒して、加勢しましょう!」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

『カラーシフト!』

 

 二人は同時に、手にしたモンストリキッドをレリックドライバーのものと入れ替え、操作する。

 そして、その姿(カラー)を変化させた。

 

《恐るべき猛毒の魔女! ポイズンコカトリス!》

《豪快なる波濤の海賊! アクアクラーケン!》

 

 毒を操る魔女と、水の力で戦う海賊。二人はそれぞれ、ハッグとケルピーに相対した。

 敵の戯我たちも威嚇するような声を発して、ダイモーンを伴い攻撃を仕掛けて来る。

 

《コカトリス! Calling(コーリング)!》

神器解放(レリクス・ドライブ)!」

 

 その動きに先んじて、ブリューナクがリキッドを操作。彼女の背後に光を発する球体が出現し、その光でハッグとダイモーンたちをその場で停止させる。

 さらに、ユーダリルも既に動いている。

 

《クラーケン! Calling(コーリング)!》

「ターゲット・ロックオン!」

 

 ケルピーが生み出した水圧弾が、ユーダリルを四方八方から取り囲む。

 そして彼へと直撃する、かに思われた瞬間、ユーダリルの身体は地面の中へと溶け込んでしまった。

 これがクラーケンリキッドの能力。地面や壁などのあらゆる場所で、水中のように潜行する事ができるのだ。

 

「ギッ!?」

 

 目の前にいたはずだった相手を見失い、ケルピーとダイモーンたちがキョロキョロと辺りを探し始める。

 そして敵勢が混乱している間に、ユーダリルはハッグの背後から出現し、至近距離で光の矢を連発。

 矢は身動きの取れなくなったハッグを射抜き、さらに弓はケルピーらにも牙を剥く。

 

「グギャッ!?」

「よし! 必殺技で一気に終わらせるぞ!」

《ガイア! トータス! Charging Color(チャージング・カラー)!》

 

 言いながら、ユーダリルは二種のリキッドをAウェポンにリード。

 ブリューナクも武装をライフルに変形させ、同じようにリキッドを読み込ませた。

 

《フラッシュ! Charging Color(チャージング・カラー)!》

「これで!」

Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 銃口と大弓がそれぞれ戯我の軍勢に向けられ、二つの必殺技が轟いた。

 

《モノカラー・クロマティックブラスト!》

「終わりよ!」

《バイカラー・クロマティックシュート!》

「狙い射ちだぜ!」

 

 灼熱の閃光がハッグたちを貫き、弓を引いた瞬間に放出された無数の岩がケルピーたちを押し潰し、消滅させる。

 これで戯我は調伏できた。残るは、ムラサメが相手取っているキュクロプスのみ。

 

「ムラサメ、待っていて! 今すぐ助けに――」

「必要ない!!」

 

 ブリューナクの言葉を遮って、ムラサメは力強く叫ぶ。

 今のムラサメはファイアフェニックスカラー。防御に特化した形態で、両翼の大袖で敵からの攻撃を防ぐ事ができるのだ。

 

「こいつは……こいつだけは、オレが倒さなければならないんだ!」

 

 AウェポンGモードでキュクロプスを撃ちながら、ムラサメが言う。

 しかし、銃弾は全て大剣を盾に防がれてしまっている。

 

「効かねぇなあァァァ、こんな鉄砲玉ァ」

「くっ!」

「そぉらお返し行くぜェ!?」

 

 ダンッ、と大きく前へ跳躍し、一気に間合いを詰めるキュクロプス。

 その巨体に見合わぬ速さで、ムラサメに向かって剣を突き出した。

 当然、ムラサメは両翼を使って防御を試みる。

 

「甘ェんだよ!!」

 

 キュクロプスの嘲りと同時に、堅牢なはずの大袖は砕け散り、剣先が胸に叩き込まれる。

 それでも、ムラサメは諦めずに次の手を打っていた。

 

「まだ、まだ終わりではない! カラーシフト!」

《吹き荒ぶ緑風の神通! ウィンドキマイラ!》

「ハァァァッ!」

 

 形態を再度変化させ、右腕の蛇を鞭のように振るって剣を持つキュクロプスの手に巻きつける。

 

「おおっ!? だがこんなモン引き千切ってやりゃあ……」

 

 力任せにキュクロプスが蛇を掴もうとした刹那、ムラサメはリキッドを操作した。

 

《キマイラ! Calling(コーリング)!》

「急々如律令!」

 

 筋肉が増大し、蛇の絞めつける力も格段に強くなる。巨大な丸太さえ潰しかねない程に。

 

「おっ!? おおおっ!?」

 

 キュクロプスの右腕もメリメリと音を立てて軋み、ついには大剣を取り落した。

 これを決定的な隙と見て、ムラサメは三つのリキッドを手に取って大きく動き出す。

 

《ハウンド! セイレーン! フェニックス! Charging Color(チャージング・カラー)!》

「これで終わりだ!」

Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 Tモードに再変形した武器を手に、ムラサメは飛びかかる。

 三種の光を帯びた刃を、素手となったキュクロプスの喉元を狙って振り抜いた。

 

《トライカラー・クロマティックスラッシュ!》

 

 三体の幻獣の力を宿し、キマイラの効果で膂力の増した破壊的な一撃。

 その一刀は、キュクロプスの左拳によって妨げられてしまっていた。

 流石に全くの無傷ではないものの、討ち倒すまでには至らない。

 

「くっ!?」

「おお、痛ぇ。だが思い出して来たぜ……お前の太刀筋」

 

 強引に蛇を振り解き、キュクロプスはコキコキと首を鳴らす。

 

「昔、俺が鍛えてやったガキ共と同じ動きだァ……『キュクロプスの眼』の武器工場でな」

 

 その言葉を聞いて、ユーダリルがハッと声を上げる。

 しかしそれに気づく事なく、キュクロプスはムラサメに話し続ける。

 

「お前まさか、そん時に訓練に加わってたガキの一人かァ? まだ生き残ってやがったヤツがいるとはな」

「……そうだ!」

 

 柄を握り潰さんばかりに、刀を握る手に力が込もる。

 

「貴様のせいだ!! 皆が死んでしまった!! アダン……オレは貴様を絶対に許さない!!」

「オォイオイ、何言ってやがる? 武器として役に立たねぇ廃棄品を処分しただけだろ。それに」

 

 太い人差し指を、キュクロプスは嘲笑うようにムラサメへと突きつける。

 

「結局のところ勝手に殺し合ったのはお前らだ」

「……!!」

「自分でも分かってんだろ? 所詮お前も俺と同じ、人殺しって事をよ!」

「貴様!!」

「それよりだ。お前があの時のガキの一人なら、アイツがどこにいるのか教えな」

 

 そう言って、キュクロプスは大剣を拾い上げて地面に突き刺した。

 先程までの余裕そうな表情と違い、その単眼には怒りと愉悦の混じった光が灯っている。

 

「LOTの日本支部長……安倍 晴明(アベノ セイメイ)を!!」

 

 戦いを見ていた駿斗と若葉は、その名を聞いて目を見張る。

 日本において、彼を知らぬ者はいない。

 卓越した知能・知識と超常的な秘術を操り、鬼の調伏や悪しき者を退治するという数多の伝説や逸話を残す最強の陰陽師。

 以前に出会った、安倍と名乗った男。紫乃を引き取って師となり育てたと語った、彼がそうだったのだ。

 

「あの野郎は俺様が丹精込めて作り上げた武器工場を潰しやがった! リベンジしてやらねぇと気が済まねェよなァァァ!?」

 

 叫びながら、キュクロプスは剣を何度も何度も地面に突き刺し、苛立ちをあらわにする。

 

「お前が死に損なったのも、どうせあのクソ野郎が助けたからなんだろ? 俺様に差し出せばお前の命は見逃してやるよ!」

「ふざけるな!!」

「そうかい。だったらお前よぉ……死ぬしかねェんじゃねえかァ!?」

 

 鉄塊めいた剣を引き抜いて、それを叩きつけんとするキュクロプス。

 ムラサメは一歩バックステップして回避を試みるが、その動きは先読みされており、さらに大きく踏み出したキュクロプスの間合いに入ってしまっていた。

 そして斬撃を受け、さらなる追撃も逃れ切れず。ムラサメは、その場で両膝をついてしまう。

 このままではムラサメの命が危ない。一度彼自身に制止されたとはいえ、ブリューナクは動かざるを得なかった。

 

「まずい、ユーダリル! 速く救助しましょう!」

「……」

「どうして動かないんですか、見ているだけなんて……!?」

 

 問われても、ユーダリルは何も返事をせず立ち止まって何もしようとしない。

 痺れを切らしてブリューナクが、自分の銃を使って発砲し、ムラサメを援護した。

 だが、やはりというべきか全く通用していない。

 

「なんだ一対二でやるのか? 俺様はどっちでもいいぜぇ?」

 

 余裕を見せつけ、笑うキュクロプス。

 だが、ブリューナクはとっくに理解していた。相手が負傷しているとはいえ、このまま戦っても今の自分に勝てる相手ではないという事を。

 それでも彼女はムラサメのため、紫乃のために立ち向かう。

 

《コカトリス! Calling(コーリング)!》

神器解放(レリクス・ドライブ)!」

「おおっと!」

 

 二つの眼からのサーチライトが、キュクロプスに迫る。

 触れてはならないと即座に判断したようで、単眼の怪物はすぐに回避に動いた。

 全く命中する気配はないが、その隙にブリューナクはもうひとつのリキッドを発動させる。

 

《ポイズン! Calling(コーリング)!》

神器解放(レリクス・ドライブ)!」

 

 紫色の毒霧の攻撃だ。戯我にとって害となるだけでなく、目眩ましにもなる。

 その一手はキュクロプスを怯ませる事に成功し、ブリューナクは即座に踵を返す。

 

「ムラサメ! ユーダリル! ここは撤退しましょう!」

 

 二人に呼びかけると、ムラサメは渋々と言った様子で痛む身体を動かし、ユーダリルは静かにその場を離れる。

 駿斗と若葉も、長宗の協力を得てパトカーに乗り込み、逃亡した。

 既に警察の手によって、民衆たちの避難も終わってしまっているようだ。

 取り残されたアダンは舌打ちし、変異を解いてリキッドをポケットの中に戻した。

 

「ふー……いかんな、遊びすぎたかァ?」

 

 必殺技を受けて痙攣する左腕を右手で掴みつつ、アダンが言う。

 深刻なダメージではないが、最初から三人がかりで来られたら思わぬ深手を負っていた可能性もあっただろう。

 

「まぁ良い、ちょいとばかし休ませて貰うか。どうせこの戦いは本命じゃねぇんだからなァ」

 

 頬を釣り上げてそう呟くと、アダンは放置されているバイクを盗んでその場から姿を消した。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「それで。一体どういう事なのか説明して貰えるかしら、行雲くん? 弓立くんもよ」

 

 キュクロプスとの戦闘後、紫乃たちはLOTの拠点にある織愛の執務室へと戻っていた。

 その場に集まったのは、紫乃とロゼと灰矢、さらに長宗に加えて駿斗と若葉がいる。

 長宗はソファーに座って事態を静観し、駿斗らは緊張した顔だ。ロゼは心配そうに紫乃を見つめ、灰矢は黙って腕を組んで壁に背を預けている。

 

「弁明するつもりはない、一人で戦おうとした事についてなら処罰を受け入れる」

「そうじゃなくて。私は事情を説明しなさいと言っているのよ、そしてこれは命令」

 

 紫乃から出た言葉を容赦なくバッサリと切り捨て、織愛は言い放つ。

 

「オレの過去など、話す必要はないはずだ。任務には何も関係ない」

「はぁ……あなたが日本支部長に拾われた子だっていうのは知っていたけど、まさかキュクロプスの眼にいたなんてね」

 

 織愛が頭を抱えて項垂れると、話を聞いていたロゼが挙手した。

 

「その、キュクロプスの眼というのは?」

「……私もそこまで深く知ってるワケじゃないんだけど、簡単に説明するなら『人間兵器』を作る事を目的とした組織よ」

「え!?」

 

 彼女自身も他人から聞いた話でしかないというが、織愛曰く。

 キュクロプスの眼という組織は、誘拐した子供を使って残虐な人体実験を行い、武器として鍛える活動を行っているという。

 そうして『鍛造』された兵器たちは、様々な場所で取引されるのだ。ある時は遺物回収の用心棒、またある時は暗殺者として。

 

「そんな……本当に実在するんですか、そんな恐ろしい組織が」

「いるさ」

 

 答えたのは紫乃ではない。灰矢だった。

 彼は忌々しそうに紫乃を顔を睨みつけると、レリックライザーの銃口を彼の頭に向けて突きつけた。

 

「弓立くん!?」

「なにせ、俺の両親と妹はそいつらに殺されたんだからな!!」

 

 紫乃が僅かに目を見開き、ロゼや織愛たちも動揺していた。

 強い憎しみの宿る鈍い眼光が、紫乃の瞳に突き刺さる。

 

「家族が殺されたその日、キュクロプスの眼の人間を殲滅すると誓ったんだ!! かつて所属していたというなら、お前も俺の敵だ!!」

「……そうか」

 

 くるり、と紫乃が振り返る。

 その虚ろな目は、全てを受け入れたかのように真っ直ぐ灰矢を見据えている。

 

「撃て、抵抗しない。お前にはその権利も理由もある」

「待ちなさい二人共!? 弓立くん、銃を下ろして!!」

 

 織愛の命令を聞く事なく、しかし紫乃の発言に驚いてトリガーを引ききれない灰矢。

 彼らの困惑を無視し、紫乃はさらに言葉を紡いだ。

 

「元々オレは生きてはいけない人間だ。ヤツも言っていただろう、ただの人殺しだと」

「そんな……!?」

「人を殺めた時から、刀として生きると決めたから、幸せに生きる資格などない。オレはここで死んでも構わな――」

 

 その時。

 混乱した空気の広がる室内に、大きな打擲音が響き渡った。

 ロゼが平手で、紫乃の頬を打ったのだ。

 突然の出来事で静寂が訪れる中、ロゼの両目からはらはらと雫が流れ始める。

 

「幸せになる資格がないとか、死んでも良いとか!! そんな事を勝手に決めないで!!」

「……オレ自身をどうしようとオレの勝手だ、どうでも良いだろう」

「何も良くない!!」

 

 夢中で叫びながら、ロゼは紫乃の両手を固く掴んだ。

 

「まだ私はあなたの過去を何も知らない! 出会ってから一月も経ってないかも知れない! でも、あなたが殺されると分かって見過ごせるはずがないでしょう!?」

「何故だ。何故そこまで……」

 

 徐々に紫乃の表情が苦悶で彩られ、狼狽し始める。

 心が揺れ動いているのが、手を握るロゼにも分かるようであった。

 そして我慢ならなくなったのか、駿斗と若葉も立ち上がって叫びだす。

 

「僕だって君が死んだら嫌だよ。悲しいよ! 君がなんて言おうと、僕らは友達だから!」

「そうだよ! 私だって、紫乃くんが事情もなくそんな事するワケないって信じてる!」

 

 彼らの言葉を聞いて、灰矢は深く息を吐き出し、ゆっくりとレリックライザーを下ろした。

 その様子を見計らって、織愛も立ち上がって再び紫乃に話しかける。

 

「……私たちは、あのアダンという男を倒さなきゃいけない。キュクロプスの眼の構成員という点もそうだけど、戯我を率いているから」

 

 泣き止まないロゼを落ち着かせるように背を撫で、織愛が話を続けた。

 

「そのために、少しでも多くの情報を集める必要がある。辛いのは分かってるけど、教えて欲しいのよ。あなたの過去を」

「オレの持つ情報を知ったところで、どうなるというワケでもないぞ」

「それでも、よ。あなただって今の精神状態で勝てると思っていないでしょう? 話せば少しは落ち着くでしょ」

 

 目を閉ざし、俯く紫乃。

 しばらくの間考え込んだ後、彼は再び瞼を開き、ロゼの手をそっと解いてゆっくり語り始める。

 

「……オレがいつキュクロプスの眼にいたのかは覚えていない。物心ついた頃には大人たちから『46番』と呼ばれ、剣の腕を磨き続けていた」

「名前すら貰えなかったって事!?」

「オレだけじゃない。同じ部屋の仲間たちは皆そうだ」

 

 仲間という言葉を発した時の紫乃の顔を見て、駿斗は唇を引き締める。

 心から懐かしんでいるような、どこか寂しげにも思える横顔。彼にとって本当に大切な存在だったのだと理解できたのだ。

 

「訓練を受ける者たちは半月に一度、試験として施設の闘技場に出てくる下級の戯我をチームで討伐する任務を与えられる。これに失敗した者は、以降の訓練を受ける事ができなくなる」

「どういう意味?」

「……結論から言う」

 

 紫乃は躊躇いながらも、その事実を打ち明ける。

 

「ヤツらは人間の体内に戯我を埋め込む事で、その力を自由に扱う事のできる兵器を作ろうとしていた」

「なっ!?」

「理屈としてはモンストリキッドと同じようなものだ。人間の身体という容器を使い、自在に体外へ出して戦う。身体検査や金属探知機にも引っかからない、まさに理想的な暗殺兵器というワケだ」

「そん、な」

「そしてヤツらは試験に失敗した訓練生たちを実験台にし、次の試験に使う戯我として送り込むんだ。オレたちには知らせずにな」

 

 誰も何も言えなかった。あれほどまでに憎しみの視線を送っていた灰矢でさえ、絶句して紫乃の話に聞き入るばかりであった。

 

「自分を人殺しだと言った意味が分かっただろう。オレの手は、同胞の血で汚れているんだ」

 

 戯我になってしまったとはいえ、その相手は同じ境遇の仲間だ。

 何も知らずに彼らの命を奪い続けた紫乃は、ずっとその苦しみに苛まれ続けていたのだ。

 そしてロゼには、彼が周りの人間を必要以上に遠ざけ続けた理由も分かってしまった。

 また失ってしまう事を、恐れているのだ。

 

「それから織愛の話にひとつだけ訂正を入れておく。アダンは構成員じゃない、キュクロプスの眼の首魁だ。オレは、ヤツが死んで組織も滅んだものとばかり思っていたがな」

「アダンを倒す手段はある?」

「オレの技は全て見切られてしまう。元々ヤツが教えた剣術だから、当然だがな。勝てる相手ではない」

 

 むぅ、と織愛は唸る。そこで、涙を拭いたロゼが口を開いた。

 

「私と弓立さんの二人が戦いに加わっても?」

 

 一瞬の沈黙の後、考え込んだ上で紫乃は答えを出す。

 

「それでも勝算は低い。オレの負傷はまだ癒えていないし、次はヤツも戯我を多く引き連れるだろうからな」

「だけど、少しでも勝ち目があるのなら私はあなたと一緒に戦いたいわ」

「オレは……人殺しの同胞殺しだぞ?」

「そんな事関係ない」

 

 頑としてロゼが言い切る。その確固たる意思に押されてか、紫乃は何も言えなくなっていた。

 そして続く形で、灰矢が紫乃を見据えて話に加わる。

 

「俺はまだお前を許す気はない。何と言い繕おうが、お前は家族の仇の一員だ」

「……そうか」

「だが、あのアダンとかいう野郎がキュクロプスのトップなら。まずはあの野郎を倒す! お前の事はその後で考える!」

 

 その言葉が余程意外であったのか、紫乃は目を瞬かせる。

 こうして仮面ライダーの三人は、次にアダンが現れるまでの間、武器の調整と作戦会議のため別室に向かう事になった。

 彼らの背中を見送ってから若葉も席を立つが、駿斗は座ったまま考え込んでいる。

 何事かと思って声をかけようとすると、突然立ち上がり、意を決した様子で織愛に向かって行く。

 

「織愛さん。お願いしたい事があるんです」

 

 そう言った駿斗の手には、ペガサスの羽根が握られていた。




付録ノ十[キュクロプス]

 サイクロプスとも。ギリシア神話に登場する一ツ目の巨人の一族で、下級ながら神でもある。
 本来はウラノスとガイアの間に生まれた存在であり、雷の精にして優れた鍛冶師や製鉄師なのだが、時代が下るとその神性が失われて人食いの粗暴な怪物として扱われるようになった。
 また、ゼウスの雷によってアスクレピオスを失って悲しむアポロンに八つ当たり気味に殺されてしまうという逸話もある。
 日本の神である天目一箇神(アメノマヒトツノカミ)や妖怪一本だたらと共通項が多い事も大きな特徴である。
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