仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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「やっっっと終わった……」

 紫乃たちが戦いに向かい、そして駿斗が支部から出て行った直後。
 織愛は、突伏するように机に倒れ込み、白目を剥きそうな勢いで放心していた。
 その様子を見ていた若葉は苦笑し、彼女へ「お疲れ様です」と声をかけてコーヒーを差し出す。

「んー、ありがと。それはそうと、白多くん平気かしらね。戯我に襲われてなければ良いけど……」

 苦いコーヒーを啜り、織愛は言う。
 本来は彼女が完成したリキッドを渡しに行くつもりだったのだが、急いで完成させるために色々と無理をしたせいで、歩けばすぐにでも気絶しかねない程の疲労に苛まれてしまったのだ。
 そこで駿斗が名乗りを上げ、他の封魔司書に車で送って貰い、紫乃へと届けに向かったのである。

「駿くんならきっと大丈夫ですよ」

 確信に溢れる笑顔と共に頷き、若葉は自らの右手の親指を立てる。

「だって、私たちには仮面ライダーっていう心強いヒーローがいるじゃないですか!」

 それを聞いた織愛も微笑み、しかし力尽きてそのままゴツンと机に頭をぶつける形でダウンした。

「お、織愛さーん!?」


第十二頁[閃く白銀の翼]

 同じ頃、磐戸の街にて。

 強大な力で封魔司書たちを苦しめる単眼の怪人、キュクロプス・ギガに対抗する戦士がいた。

 白い翼を背負う甲冑の将。紫乃が変身した仮面ライダームラサメ、ソニックペガサスカラーだ。

 この形態のリキッドには駿斗が所持していたペガサスの羽根が使われている。彼のペンダントが消えていた事で、ムラサメはそれを察していた。

 

「オオオーッ!」

「ドォラァッ!」

 

 刀を振り上げ、斬り込むムラサメ。両翼を拡げて一瞬で間合いを詰め、素速い斬閃を何度も繰り出す。

 しかし、キュクロプスは一つしか無い眼で確実にその攻撃を見極めると、大剣を使った必要最小限の動きで全てを捌き切る。

 

「ヒャアァハッ、大見栄切った割には大した事ねぇなァ!?」

 

 挑発するようにそう言って、接近するムラサメを振り払う動きでキュクロプスが剣を振る。

 ムラサメはその一撃をバックステップですぐに回避するが、想定以上に挙動が速くなり、そのせいで極端に大きく距離が空いてしまった。

 あまりにも出力が高い。今のムラサメが運用するには、とても難しい代物だ。

 

「なんて暴れ馬なんだ、制御が……!?」

「どうやら使いこなせてねェようじゃねェかァ! まさにこれこそ! 付け焼き刃ってヤツだよなァァァ!!」

 

 覚束ない戦闘をするムラサメに対し、キュクロプスは真っ向から剣を振って激しく攻め立てる。

 猛襲して来る大剣を腕と太刀を使って捌くが、やはりぎこちない動作では限界があり、次第に斬撃を浴び始めた。

 

「くっ!」

「ヒャッハハハ! さぁ、諦めて死にな!」

「こうなったら……!」

 

 意を決した様子でムラサメが頷き、その大きな両翼を再度開く。

 すると翼の装甲も展開し、開いた翼の隙間から銀の光の粒子が噴出、上からコーティングするように銀光の翼を形成する。

 そのまま天馬の将軍は、キュクロプスへと超常的な加速度で真っ直ぐに飛びかかった。

 

「ガッ!?」

 

 やった事はただの体当たり。

 しかしたったそれだけの一撃で、単眼の怪物は吹き飛ばされてビルの壁面に叩きつけられていった。

 その姿を見ていた灰矢は唖然として、ロゼも仰天している。

 

「なんて速さなの!?」

「こりゃマジに今までのリキッドと全然違うぜ……行けるかも知れねぇ!」

 

 だが、その加速力はムラサメ自身にも大きな負担をかけてしまう。

 自分の体がバラバラになってしまうのではないかと思えるほどの衝撃を身に受けつつも、刀を構えて再び飛翔。

 それをキュクロプスが迎え撃とうと、大剣を掲げる。

 

「来やがれクソガキィ! ド派手なホームランかましてやるぜ!」

 

 言いながらキュクロプスは両手でしっかりと柄を握り込み、片足を上げてバッティングフォームで待ち構える。

 ムラサメはあえてその挑発に乗り、またも両翼を展開してジェット機のように凄まじい速度で接近していく。

 

「オオオオオオオッ!!」

 

 風や音を斬ろうとしているかのように、ムラサメは高速飛行しながらすれ違いざまに刀を振る。

 攻撃を受ける前に斬り倒そうとしていたキュクロプスであったが、相手の速度は先程よりもさらに増しており、もはや目視すら叶わない。

 たちまち高速斬撃を受け転倒し、後頭部を地面に打ち付けてしまった。

 

「ぐあっ!? 野郎ォォォ、なんてデタラメなんだ……!」

「気をつけろよアダン。この力、今のオレでは全く制御し切れん」

「ああ!?」

 

 ギロリ、とキュクロプスの単眼がムラサメを睨みつける。

 しかしムラサメは冷静に、そして睨み返すように首を下げて腰を落とした。

 

「加減を間違えれば、油断したお前をうっかり殺してしまうかも知れないからな……!」

「寝言は寝てから垂れやがれェェェ!!」

 

 ムラサメがまたも飛翔したのを見て、キュクロプスが叫ぶ。

 今度は全身から雷を放出し、自身の周囲を攻撃した。これならば、いくら速くとも関係なく攻撃できると判断したのだ。

 するとムラサメの方は、一切翼の光を止める事もなく、ただひたすら真っ直ぐに突き進んでいく。

 降りかかる雷撃をも、全て突き破りながら。

 

「なァッ!?」

「オオオオオーッ!」

 

 ブレーキが壊れているかのような全力の殺人的スピードに任せ、ムラサメの刀が大上段から振り下ろされる。

 咄嗟に攻撃を大剣で防ごうとするキュクロプスだが、その刃は太刀によって真っ二つに切り裂かれてしまった。

 

「あり得ねぇ! 俺の技が、雷も剣も通用しねぇだとォ!? 一体なんだ!? なんなんだこの力は!?」

「知りたいだろうが、オレにも分からん。ただひとつ間違いないのは、このリキッドは貴様を倒せるだけの力を持つという事だけだ」

「ガキが……調子くれてんじゃねぇーぞ!!」

 

 またも雷を発し、折れた剣を投げつけるキュクロプス。

 ムラサメはすぐに剣を回避するが、不規則に地上へ落ちる稲光とキュクロプス自身が放つ雷によって包囲され、逃げ場を失った。

 

「死ィねやァァァァァーッ!!」

 

 殺意溢れる叫び声と共に、迫り来る雷の檻。

 それでもムラサメは一切恐れる事なく、檻を破壊するように飛び出かかっていく。

 突き出した拳は一撃で雷を散らし、その先にいたキュクロプスの顔面に深く打ち込まれる。

 

「ガァァァッ!?」

 

 重い一撃を受け、頭が地に叩きつけられるキュクロプス。

 さらに続けて二撃目・三撃目と次々に拳が飛び、今度は速すぎる連続攻撃を見切る事ができず、されるがままになってしまう。

 その上、キュクロプスからの攻撃は全く当たらない。ムラサメのスピードが圧倒しているからだ。

 

「ぐ、が」

「ハァァァッ!」

「ぐうう!?」

 

 得意の正面からの打ち合いであるにも関わらず、圧倒的に力負けしていしまっていた。

 すぐに立ち上がるものの、その足取りは覚束ない。決定的な隙ができあがっている。

 

「ク、ソが……!!」

「どうやら反撃できないようだな」

 

 無理な高速飛行に体を軋ませつつも、勝機と見てムラサメはグリップに手をかけた。

 必殺技を発動するつもりなのだ。

 それを察してキュクロプスも反撃すべく強く拳を握り込み、しっかりと構えを取った。

 

「終わらせてやる、アダン!」

Reloading Color(リローディング・カラー)!》

「これが……これが、貴様の!」

Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 グリップを引き込み、トリガーを弾くムラサメ。

 すると南蛮甲冑のような天馬の装甲が展開し、口部や翼の内側に仕込まれていた放熱器官が露出。

 白銀の光粒子と熱を排出し、煌めく翼を大きく拡げて空へ飛翔した。

 

「最後の景色だ!」

《ソニックペガサス・クロマティックストライク!》

 

 ゴゥッ、と吹き荒れる灼熱と銀光の嵐が、単眼の怪物の身体の自由を奪おうとする。

 しかしそれでもなお、キュクロプスは拳と全身に雷を纏わせ、頭上のムラサメを見上げて咆哮した。

 

「最期なのはてめぇだクソガキィィィ!!」

 

 雷の拳がムラサメ目掛けて飛んでいき、頭上で轟音と共に大きな光が瞬く。

 勝利を確信し、キュクロプスは口角を歪めた。が、直後に再び熱と光の風が襲いかかる。

 

「なっ!?」

 

 見れば、既に目前までムラサメの右脚が迫っていた。

 もはや回避は間に合わない。避けようと思った瞬間には、既に必殺の一撃は胸に叩き込まれているのだ。

 

「ご、お……おおおおお……!?」

「オオオオオーッ!!」

 

 放熱音と共に強く叫ぶムラサメ。

 上空からの超速の蹴撃を受けたキュクロプスは紙のように吹き飛び、ビルの壁面に叩きつけられた後、強かに地面へと落下した。

 舞い上がる砂煙、湧き上がる駿斗とロゼの歓声。

 しかし、変身が解除された紫乃と灰矢の視線は、砂煙の先に立つ影に注がれている。

 そこにいたのは、やはりアダンだ。キュクロプスへの変異は解除され、吐血するほどの重傷を負いつつも、立って紫乃たちを見据えていた。

 

「なんてこった。まさか、ここまで強力なリキッドを作りやがるとはな。ちょいとナメすぎたぜ」

「……このまま貴様を拘束させて貰うぞ」

 

 言いながらレリックライザーを突きつける紫乃だが、彼の足取りも重い。高速機動や必殺技の反動が大きく、そのダメージがまだ彼の身体を苛んでいるのだ。

 それでも、諦めずに銃口で狙いを定めている。

 アダンはその姿を見て、喉奥でくつくつと笑い、紫乃だけでなくこの場にいる封魔司書全員に語りかけた。

 

「俺様を追い詰めた褒美に……少しばかり、良い事を教えてやるよ」

「なに?」

 

 ピクッ、と紫乃が眉をひそめて指を止める。

 ここでアダンを捕らえるのは難しく、仮に身柄を確保できたとしても、簡単に口を割るとは思えない。

 ならばここである程度喋らせて時間を稼ぎ、機を見て仲間たちと共に捕縛するのが有効と判断したのだ。

 アダンはそんな紫乃の考えを知ってか知らずか、ニヤリと笑って話し始める。

 

「今までにこの街で起きた騒動。テスカトリポカの召喚や、ヤマタノオロチの降臨は、どっちも俺様が企てた事なのさ」

「なんだと!?」

 

 紫乃だけでなく、灰矢もこれには驚いていた。

 その話が事実だとすれば、アダンは神の召喚に必要な貴重な品々を集めていた事になる。独自のルートがあるのだとしても、キュクロプスの眼がそれ程に大規模な組織であるとは考えられなかった。

 すると、アダンはニヤついた表情のまま話の続きを語る。

 

「キュクロプスの眼ってェのはな。俺たちにとって都合の良い手駒を、武器を作るための……単なる『下部組織』だ」

 

 瞬間、全員が言葉を失う。

 つまり、アダンはキュクロプスの眼という組織を管理するリーダーという立場にあったというだけで、真の首謀者は別にいるという事だ。

 

「分かるかァ? お前らが触れてたのはただの氷山の一角。そして俺様は、キュクロプスの眼を設立した上層部側の人間なんだよ。だから、ちょっとばかり計画を潰されたからって全部終わるワケじゃねぇのさ」

「お前らは何者だ、本当の目的はなんだ!?」

「てめぇらLOTと同じさ」

 

 大きくバッと両腕を拡げ、勝ち誇ったかのような笑顔で、アダンは答えを放つ。

 

「――『ラジエルの書(セファー・ラジエル)』」

 

 その名を耳にして、紫乃たち封魔司書の表情が強張る。

 

「世界中に散らばった、その遺物の断片(ページ)。そいつを見つけるためにLOTが設立されたんだろ? そいつを探しているから、お前らは司書なんだろ?」

「アダン、貴様どこまで知っている!?」

「知ってるぜェ、何もかも。例えば、ラジエルの書は人間にも戯我にも力を与えるって事もなァ」

「そんな事まで……!」

「メタトロンとなったエノク! 方舟を建造したノア! そして、叡智を得てさらなる遺物となる魔術書をいくつも書き上げたソロモン王! その書物を拝読した者は、何者だろうが全てを超越し神の領域に昇り詰める! それこそ禁断の果実を口にした原初の人類のようになァ! 俺様はそいつが、その力が欲しい!」

 

 出血を全く気にする様子も見せず、喜々とした様子でアダンが叫び続ける。

 

「てめぇらLOTがそのページを何枚も保管してる事には調べがついてんだ! 単なる一枚の紙切れでも、人間と戯我を異常な進化に導くほどの究極の遺物……そいつを人目から()()のがお前らなら、俺たちは()()のが目的なんだよ!」

 

 唇を歪め、ゆっくりと自らの懐に手を入れるアダン。

 その中に仕込まれているのは、拳銃とインクの入った小瓶だった。

 

「硬ぇ脳味噌に刻んどけ!! 俺たちはロゴス・シーカー、真理の探求者!! てめぇらの並べるクソ下らねぇ均衡をブチ壊し、混沌の神話を築くのさァ!!」

 

 瞬間、アダンは素速く拳銃を抜いて発砲する。

 ハッとしてすぐに回避に動く紫乃だが、僅かに反応が遅れた。そのせいでレリックライザーを銃弾に弾かれ、取り落してしまう。

 

「しまった!?」

「油断したな甘っちょろいクソガキがァァァ!! これで終い……」

 

 アダンが再度凶弾を放とうとした、その時。

 一発の銃声と同時に、その胸から赤い液体が噴き出す。

 その視線の先にいるのは、灰矢だった。彼のレリックライザーが、アダンを貫いたのだ。

 

「油断したな、ゲス野郎が」

 

 フッと銃口に息を吹きかけ、死に顔から眼を背けまいとして睨む灰矢。

 アダンは全身を痙攣させつつも、ニヤリと口角を歪め、懐から小瓶をひとつポロリと落としてその場に倒れる。

 割れた小瓶から流れた液体はアダンの身体を包み、眼前から消失させてしまう。中に入っていたのは、人間を別の場所に転移させるインクだったのだ。

 

「何のつもりか知らねぇが、胸をブチ抜いてやったんだ。これで終わりだな、あの野郎は」

 

 そう言った後、灰矢が紫乃と向き合うように立つ。

 場に流れる沈黙。アダンが死んだ今、ここに残る彼にとっての仇は紫乃のみ。

 先に静寂を破ったのは、灰矢の方であった。

 

「覚えとけ紫乃。俺は今……お前を守ったんじゃねぇ。奪ってやったんだ、お前の命の行く末を」

 

 レリックライザーを右腰のホルスターに戻した灰矢は、そう言って紫乃に近づき、静かに肩に手を乗せる。

 

「死んでも良いだとか、自分を殺せとか勝手抜かすな。自分を卑下するのも許さねぇ。俺が生きてる限り、お前の命は俺の手の中だ。それを忘れんな」

「灰矢……」

「これが俺の答えだ。文句は言わせねぇぞ」

 

 フイッと背を向けた後、灰矢は言う。

 紫乃もその後に続こうとするが、身体の痛みが未だに続いて、上手く動けず転倒しそうになる。

 するとそこへ、右側から担ぐようにしてロゼが支え、さらに反対側に駿斗が駆けつけた。

 

「行雲くん、大丈夫!?」

「ロゼ……」

「ひとまず図書館に帰ろう! 僕らが連れて行くから!」

「駿斗……」

 

 片や自分を受け入れてくれた少女、片や自分のために大切な祖父の形見を捧げた少年。

 紫乃は二人の友人たちに体を預けて歩きながら、ぽつりと一言声を発した。

 

「ありがとう」

 

 それを聞いた駿斗は、心の底から驚愕した様子で何度も瞬きし、ロゼと顔を見合わせる。

 彼女の方もキョトンとしている。あの紫乃の口から素直な感謝を伝えられるのが、余程以外だったのだろう。

 さらに紫乃は、ロゼに視線を向けて再び礼の言葉を述べる。

 

「お前にも本当に感謝している。こんなオレに、生きても良いと言ってくれた」

「あ」

「……ありがとう」

 

 僅かに、本当に微かにフッと笑みを浮かべた紫乃。

 その表情を見て、さらに自分が彼にした事を思い出して、ロゼの顔が徐々に赤くなっていく。

 ロゼは悲しみに満ちた紫乃の心を落ち着かせるためとはいえ、勢いで思わず抱き締めてしまったのだった。

 別段それが嫌という事でも後悔しているのでもない。ただ単純に、深く考えず勢いに任せた自身の行動に羞恥を感じているのだ。

 

「おい、どうした?」

 

 紫乃が不思議そうに顔を覗き込む。それだけで、ロゼは赤面して声が上擦ってしまう。

 

「んにゃ!? なー、なんでもないですよぉーっ!? ほ、ほら! 速く行きましょう! ね!」

 

 慌てた様子で顔を背け、懸命に彼を運ぼうとするロゼ。

 鈍感な紫乃は何も分からずに再び首を傾げ、そんな二人の様子を、駿斗は微笑ましく見守るのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 その後。

 妖しい光を放つ満月の下にある、とある薄暗い洋館にて。

 血塗れのアダンが、ダイモーン・ギガによって内部に運び込まれていた。

 

「キィッ! キィッ!」

 

 急いだ様子で腕を引くダイモーンたち。館内には、至るところに奇妙な数式が手書きされている。

 そんなダイモーンの頭を、胸部から流血しているアダン自身が掴んだ。

 

「キッ!?」

「ア゛ー……ったく、意外と強かったなあの野郎ども。危うくマジで死んじまうところだったぜ」

 

 メリメリと音を立てるダイモーンの頭。アダンはそのままそれを捩じ切り、文字通り齧りつくように断面から『色』を自身の口内に取り込む。

 色を食らう事で傷は段々と治っていくが、しかし完治した直後に、不満げに地面に頭部を投げ捨てた。

 

「チィッ、ダーメだダメだ! ちゃんと人間の色食ってねぇなこいつ!」

「傷の割には動けるようで安心だ」

 

 洋館のエントランスにある階段の上から、そんな声が聞こえる。

 見上げれば、そこにはふたつの人影があった。

 一人は、汚れ一つ無い真っ白なローブを纏った男。目深に被ったフードの中からはウェーブがかった長い金髪が出ており、さらに奥からはモノクルのレンズが光を反射していた。

 彼の隣に立つもう片方の影の正体は、銀色の短髪の若者だ。スキニーダメージジーンズや黒いメンズジャケットから一見すると男のようにも見えるが、身体の凹凸から少女である事が分かる。

 

「よぉ、ボス。頼まれた通りに戦って来たぜ」

 

 男の方を見るなり、アダンは気さくにそう話しかける。ボスと呼ばれた男はフードから僅かに見える口元の角度を変えないまま、ゆっくりと頷く。

 

「ご苦労だったな。こちらでも観測していた、お陰で彼らの使うレリックドライバーとやらの細かいデータを採る事ができた」

「クククッ! ならよぉ、そろそろ本格的に動いても良いんじゃねぇか?」

「焦るな。いずれその時が来れば、君たちに声をかけよう」

 

 そう言いながら、正体不明の男は本を取り出し、そのページをめくっていく。

 書物のタイトルには『Nuctemeron(ヌクテメロン)』とあった。

 

「『数』の持つ魔力は偉大だ。故に、二つのリキッドを扱えるレリックドライバーの力が上級に近い君を、キュクロプスを上回ったのだろう」

「……ヘッ」

「何、心配する必要はない。数を信じ給え、創始者ピュタゴラスのように」

 

 男はもと来た場所を振り返り、その場を去っていく。

 取り残されたアダンは、少女の肩に腕を乗せてもたれかかり、耳元に顔を寄せて話しかける。

 

「次はお前にも声がかかるかもなァ、オイ。96番……いいや、クロって呼んだ方が良かったかァ?」

 

 するとクロと呼ばれた少女はギロリとアダンを睨み、その腕を振り払った。

 

「アタシをその名で呼ぶんじゃねぇ」

「ヒャハッ! 怖い怖い」

 

 ニヤつきながら肩を竦め、アダンはその場を去る。

 取り残された少女は、深く溜め息を吐いて拳を握り込む。

 

「絶対に壊してやる。あいつも、こんな穢れた世界も」

 

 そう呟いた後、彼女は目を細めながら、静かに天井のシャンデリアを見上げた。

 

「なぁ、シロ……」




付録ノ十二[封魔結社LOT]

 正式名称『Library Of Thoth(ライブラリィ・オブ・トート)』。
 人々を戯我や遺物から遠ざける事により、世界の均衡を保つ事を目的とした組織。
 この組織が設立された背景には、天使ラジエルの記したとされる禁忌の魔術書(グリモワール)、ラジエルの書の存在がある。
 当初はこの書物の断片やソロモン王の書き記したレメゲトン、さらにネクロノミコンといった遺物を管理していたため、図書館に拠点を構えていた。
 なお、組織の本部にはトート神の威光を継いだヘルメス・トリスメギストスによって記された魔術的碑文のひとつ、エメラルド・タブレットが保管されているという。
 ただしLOT本部の詳細な位置を知る者は少ない。
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