仄暗い緑色の微光が照らす洋館の中、貴族のような豪奢な衣装に身を包んだ若い金髪の男が独りごちる。
室内には丸いフラスコや、さらにルーンの刻まれた宝石のような様々な魔術的道具が置いてあり、そこが何らかの研究のための工房である事は一目で分かった。
彼の手元には、ルビーレッドとエメラルドグリーンのガントレットのようなものがひとつずつ置いてあるのが見える。
ガントレットはそれぞれ、火炎と旋風を模っていた。
「そいつが『ギガノイドシステム』かい、カリオストロ伯爵よォ」
貴族風の男の背後から、そんな声がかかる。
扉に背を預けて立つその大男は、アダンだった。隣にはクロの姿もある。
男は、その端正な顔立ちだがどこか胡散臭い笑顔を二人に向けた。
「おおアダンくん、良いところに来た。これを彼らに渡してくれたまえ。我が愛する兄妹たちに」
「あいよ」
ニヤリと口角を釣り上げ、二人は共に研究室を去る。
そして二つの左手用のガントレットを彼女に見せびらかしながら、アダンが口を開いた。
「貰えなくて残念だったなァ? テメェにはこれっぽっちも資格がねェんだってよ、ヒャハハハハ!」
「その名前で呼ぶな……今のアタシはクリスチーナ・バグローヴィだ、大体アンタだって貰ってないだろうが」
クロ改めクリスが不満げに呟くと、アダンに首をグッと強く掴まれ、そのまま壁に向かって投げつけられる。
強かに背中を打ち付けられてしまい、クリスは足を震わせ尻餅をついた。
「ぐっ!?」
「勘違いしてんじゃねェよ雑魚が。俺にはまだ必要ねぇってだけだ、それに封魔司書共の使うベルト型の方が興味あるしなァ」
痛みで思わず出そうになる声を抑えつつ、アダンの顔を睨みつけるように見上げるクリス。
「オイオイオイ、ンだァその反抗的な目は……そんなに泣かされ足りないってか?」
目を細め、アダンがクリスの右脚を踏む。徐々に、徐々に力を込めながら。
踏まれた太腿が、メリメリと軋みを立てる。
「あ、グッ……が……!!」
「ヒャハハ! まだガキのクセに喘ぐのが上手いじゃねェか、興奮させてくれるぜ!」
愉快げに笑うと、足を離してクリスの側頭部に鋭い蹴りを放つ。
今度は床に転がされ、切れた口内から血が伝う。
「おら、もっと可愛がってやるよ」
「……クソ野郎が」
「最高の褒め言葉だぜ、ヒャーッハハハハハ!!」
言いながらクリスとアダンの両者がモンストリキッドを取り出そうとした、その時。
一筋の光が二人の間を通り抜け、床に小さく穴を開ける。
「こんな廊下で殺し合いを始めるつもりですか、アダン」
声と光の向かって来た方向を見ると、そこには烏の濡羽のような漆黒のドレスを纏った灰色の髪の女性の姿があった。
両肩と背中が開いている大胆なデザインで、スレンダーながら柔らかな膨らみを帯びた胸部が際立っている。顔立ちも美しく整っており、こんな緊迫した状況でなければ、同性のクリスですら思わず息を飲んでしまうほどだ。
彼女は手に長い杖を持っており、刺すような鋭い視線をアダンに向けて注いでいる。
「『あの御方』の手を煩わせるより前に、私が罰を与えても良いのですよ?」
「モルガン・ル・フェ……!」
モルガンと呼んだその女の姿を見るや、アダンは途端に不機嫌そうに舌打ちし、険悪な雰囲気のまま無言でその横を素通りする。
そして一方のモルガンはクリスの方に歩み寄って、手を差し伸べた。
「立てますか、クリス?」
「……こんなの平気だ」
「そうですか」
小さく手を払い除けて立ち上がり、血を拭うクリス。
そのまま足をかばいながら立ち去る後ろ姿を、モルガンは静かに見送るのであった。
夜、磐戸市の地下にあるLOTの地下施設。
その個室にある浴室にて、ロゼは湯船に浸かっていた。
入浴剤で白濁とした湯気の立つ水面には、赤と白の薔薇の花弁が散りばめられている。
「ふぅ」
ちゃぷん、と身を潤しつつ、短く吐息を漏らすロゼ。
水面にはたわわに実った柔らかな胸が僅かに浮かんで、しかしそれを気にも留めず、どこか上の空といった様子で天井を眺めている。
現在LOTでは、ソニックペガサスリキッドの解析情報からブリューナク及びユーダリル用の新たな装備を開発中であり、紫乃・ロゼ・灰矢の三人は出撃任務のない日にはその運用試験に携わっている。
しかし彼女を今悩ませているのは、それについての問題や運用試験の疲れではない。
「行雲くん……」
ぽつり名を呟き、ロゼはつい思い出してしまう。
少し前に見てしまった、今も脳裏に焼き付いて離れない、シャワーを浴びた後の彼の姿を。
「――うううぅぅぅ~!?」
丁度良い湯加減でほんのり赤くなっていた彼女の頬が、途端にボッと真っ赤に染まる。
両手で顔を覆うようにパシパシッと叩き、必死に頭から振り払おうとするが、どうしても忘れられない。
そればかりか、今までに彼が見せてきた表情や、かつて紫乃に口付けをした事も思い出してしまった。
気がつけば紫乃の事を考え、その度に伸ばした足をバタつかせて水面を激しく波立たせる。
「あうう……私は乙女なのに、はしたない! はしたないわよロゼ・デュラック!」
自分を戒める言葉と共に、ロゼは羞恥で赤くなった頬を再び自ら叩く。
そして浴槽からゆっくりと出た後、髪を乾かし水の滴る肢体の上にバスローブを着てそのままベッドへ向かう。
ベッドの上でも、紫乃の事は頭から離れなかった。物憂げな深い吐息を吐いて、ロゼは天井を見上げる。
「こんな気分、生まれて初めてだわ」
顔と身体が火照っているのは、風呂上がりのせいばかりではない。
初めて彼と出会った時の事。学校で再会した時に半ば強引に関わって、叱られた事。テスカトリポカの復活を阻止した折、瀕死の彼を助けるために口づけをして霊薬を飲ませた事。コスプレ姿を見た時の事。自分を殺せと言った彼の頬を叩いてしまった事。彼の凄惨な過去を聞いて、哀しむ彼を抱き締めた時の事。
まだ1ヶ月と短い期間ではあるが、紫乃と触れ合ったそれら全ての思い出が、ロゼにとって既にかけがえのないものになっていた。
「でも」
ふと、ロゼは思う。
紫乃の方は自分をどう感じているのか? 向こうも、自分を思ってくれているのだろうか?
イシュタルとの一件でロゼ自身も痛感したが、彼に恋愛的な意味で好意を向ける学友や先輩たちはいくらでもいる。とどのつまりモテるのだ。紫乃自身は恋愛に興味はないと否定していたが、どんな気紛れが起きるか分からない。
紫乃にとって、自分はどういう存在なのか? 気持ちが複雑に絡まって膨らんでいき、悶々として、落ち着かなくなる。
「はぁ」
幾度目かの溜め息。しかし先程とは違う、甘く蕩けるような声色。
「……行雲くん、好き……」
本人を前したら出せない言葉を呟き、ロゼはベッドの上で熱を帯びた体を溶かしていく。
一方、紫乃はロゼと同様に自室のベッドで横になっていた。
既に沐浴を終えた後で、部屋着の涼し気な甚平に着替えている。
「……」
奇しくも、ロゼが紫乃を思っているのと同じように、彼もまたロゼの事を考えていた。
しかし紫乃の場合、彼女とは抱いている感情がまた異なる。
思い出しているのは、共に戦った時の記憶。死にかかった時には霊薬で治して貰い、アダンとの一件では叱咤され、今回も危ないところに駆けつけてくれた。
「オレは、あいつに助けられてばかりだな」
自嘲気味に呟き、ベッドの上でごろんと寝返りを打つ。
彼女に対して今の今まで何も礼を返していないという事実を認識して、改めて申し訳ない気持ちになっているのだ。
今までの紫乃であれば、そんな考えに至る事もなく普段通り接していただろう。しかし、様々な出会いを経て彼の心情は変わりつつあった。
「だが……」
しかし、それでも今一歩踏み込めない。
戦いの中でしか生きて来れなかったこんな自分に、一体どんな恩返しができるだろう? 何か贈るとして、ロゼが喜ぶようなものとは何だろう?
そんな事ばかりが頭の中を駆け巡ってしまい、紫乃は結論を出せずにいた。
「オレは一体どうすれば良いんだろう」
※ ※ ※ ※ ※
「――というワケで、教えてくれ。オレはどうすれば良いと思う?」
翌朝。
紫乃は休日を利用し、駿斗と若葉を図書館近くのオープンテラスの喫茶店に呼び寄せていた。
鞄の中には、晴明の式神である小狐の姿もある。彼の方は呼んだワケではなく、勝手に現れたのだが。
問いかけられた二人はというと、困惑した様子で顔を見合わせてから、再び紫乃に視線を合わせる。
「どうもこうも……」
「相手がキミだったら、プレゼントの中身が何であれロゼちゃんは絶対喜ぶと思うよ?」
若葉に同意し、駿斗が頷く。だが、紫乃は承服しなかった。
「何でも良いはずがないだろう。というか、どんなものがプレゼントに相応しいか分からないから聞いているんだ」
「そう言われてもねぇ~」
「若葉、例えばだがお前は何を貰ったら嬉しいんだ。女性側としての意見が欲しい」
その話題になると、駿斗の耳がピクッと反応を示す。
尋ねられた若葉の方は、両腕を組んで唸りつつ、人差し指を立てて再度口を開いた。
「ドスケベコスプレの生写真とか」
「真面目に答えろ」
「あははは、ごめんごめん。今のは流石にウソ。そうだなぁ~、無難に花とかどうかな」
「ふむ、なるほど。ならロゼの名に因んで薔薇を贈るというのはどうだ?」
おおっ、と紫乃の結論を聞いた駿斗と若葉が感心した声を上げる。
これ以上ないプレゼントだと思われたが、しかしそこへ晴明が口を挟んだ。
「それはあまり良くないかも知れないね」
「どういう事だ?」
「だってさ、考えても見なよ。名前に由来した花をそのまま贈るなんて、ありきたりで誰もがやってる事じゃないかな? それこそ、彼女の両親とかさ」
「あ……」
「現に織愛くんから聞いたところによると、今月の頭にロゼくんの部屋には御母上から薔薇風呂セットが仕送りされたようだよ?」
「そ、そうか」
日々の仕送りに薔薇風呂セットを用意するというロゼの母の奇行に若干の戸惑いを感じつつも、これで薔薇を贈るのは廃案になってしまったため、再び考え込む一同。
気の利いた結論が出ない中、駿斗がふと口を開く。
「僕だったら、形に残るアクセサリーとかが良いなぁ。二人の思い出にさ」
直後、若葉と晴明が彼に注目した。当の発言者である駿斗は、驚き目をパチパチさせている。
「駿くんそれ! それだよ!」
「え、え?」
「さっき言った『二人の』ってトコが重要! ペアネックレスとかどうかな!?」
小狐の式神も、うんうんと何度も頷く。余程二人の意見が気に入ったようだった。
「仮に他の友人からのアクセサリーの贈り物があったとしても、それなら二人の絆の証として特別な意味を持つだろうね」
「そういうものなのか……では、早速買いに行こう」
言いながら立ち上がろうとする紫乃であったが、そんな彼を三人とも大慌てで引き止めた。
「待って待って待って! 買ったものをいきなり渡すのはどうかと思うよ!」
「そうだよ! こういうのはその場のムードっていうのも大事なの!」
「せめてどの店のものが良いか調べてからにしよう!」
必死に駿斗たちが騒ぎ立てるので、紫乃は渋々座り直す。
すると、改めて若葉が何か思いついた様子で「はいはーい!」と元気良く挙手をした。
「私、いい事思いついちゃった!」
自信満々に眩しい笑顔を見せる若葉。小首を傾げつつ、紫乃は彼女の言葉に聞き入った。
それからしばらくの後、昼を過ぎた頃。
紫乃は、図書館の方に戻ってロビーで四角いソファーに座っている。
少しの間そうして待っていると、待ち人である一人の少女が姿を現した。
もちろんその相手は、ロゼだ。三人との会議の後、紫乃が呼び出したのだ。
そのせいなのか、彼女は普段以上にめかし込んでいた。
リブ生地の白いスカラップネックTシャツに、紺色の膝丈フレアスカート、髪型も低めの位置で纏めて肩に垂らすサイドポニーにアレンジしている。
「来たか」
そう言って立ち上がった紫乃の方も、先頃に駿斗たちと会った時の服装から着替えている。
七分丈の薄いベージュのジャケットに白いシャツ、さらにローライズのデニムスキニーパンツといったファッションだ。
また、二人とも鞄を提げている。用心のためらしく、中身はレリックドライバー一式だ。
「ごめんなさい、待たせてしまったかしら?」
「いや、そんな事はない。それより、早速行こう」
紫乃が出口に向かって歩きだし、ロゼがその後を追う。
緊張しているようで、ロゼの頬は僅かに赤く染まっており、歩く姿すらどこかぎこちなく見える。
すると少し先を歩いていた紫乃が振り返り、歩調を合わせて隣に並んだ。
「……似合っているな」
「え?」
ふと、隣からそんな声がかかると、彼女はキョトンとした表情を紫乃に向けた。
「その服と髪型。良いじゃないか」
「え、あ……あり、がと」
突然に褒められた事に照れながらも、ロゼは頬が緩むのを抑え切れない。
緊張が少しずつ解れて表情が明るくなり、楽しげに紫乃の隣を歩き始める。
そんな二人の様子を、こっそりと尾行する影が三つ。
「ふっふーん。出だしは好調っぽいねぇ、その名も『お出かけデートで一気に急接近大作戦』」
「うんうん。流石は若葉くんだ」
「良いのかなぁコレ……」
若葉と式神の小狐、そして呆れ顔の駿斗。
ペアネックレスをプレゼントしようという結論が出た時、若葉は紫乃に『それなら一緒に買い物や食事に誘えば良い』と吹き込んだのだ。
互いに気分転換にもなるので紫乃は快くこれを承諾。謂わばデートなのだが、紫乃に意識させないためという名目で若葉は敢えて教えていない。ロゼの方は明らかに意識しているが。
その上で若葉は、様々な知識やアドバイスを授けている。紫乃がロゼのファッションについて触れたのもそれが理由である。
これによって二人の距離感は一気に縮まり、さらにプレゼントまで渡すとなれば、友達を超えた関係になれるはず。それが、ロゼの恋を応援したいという若葉の狙いなのだ。
事が上手く運ぶかを見届けるべく、駿斗は難色を示しているものの、三人はこっそり後をつける。
「何やってんだお前ら」
だがそんな時、いきなり三人の背後から声がかかった。
明らかに不審な行動に目をつけられてたと思って駿斗が振り返ると、そこに立っていたのは明らかに困惑した様子の灰矢だ。
若葉も振り向いて、そして安心したように溜め息を吐く。
「なんだ、灰矢さんか」
「なんだって何だよ……お前ら、なんで紫乃たちをストーキングしてんだ」
「ストーキングとは失礼な! 恋のキューピッドですよこちとら!」
「はぁ?」
意味が分からない、とばかりに肩を竦める灰矢。
その灰矢の隣にサングラスをかけた見知らぬ黒髪の女性の姿があるのを見て、駿斗は目を丸くした。
「そちらもデートですか?」
駿斗の質問を聞いて、期待で若葉が目を輝かせる。
しかし、灰矢はそれに応えず首を横に振った。
「違う違う、こいつは俺が贔屓にしてる……情報屋ってヤツだ。キュクロプスの眼の事を教えてくれたのもこいつさ」
灰矢の紹介と共に白いワンピースを着たその女性は頭を下げて、サングラスを外す。
美しい顔だった。白磁器のような白い肌に、瞳は宝石を思わせる紫色。左目の下には小さくホクロがある。
年齢は思った以上に若く、20歳そこらだろうと類推できる。しかしそれを忘れさせるような色香も同時に醸し出していた。
「初めまして、私は
「ど、どうも」
「よ、よろしく!」
ニコッと微笑む彼女に、ボーッとしていた駿斗と若葉が慌てて返事をする。
しかしすぐにハッとして、もう一度紫乃たちの方を振り返った。
そこに彼らの姿は、既に存在しない。
「ああーっ!? 見失っちゃったー!?」
※ ※ ※ ※ ※
「ふふっ、美味しい?」
「美味い」
若葉たちが紫乃を見失って探している頃。
二人はショッピングモールのフードコートに立ち寄って、そこでテーブルを挟んで向かい合い、パフェを食べていた。
甘いものが大好物な紫乃は、表情はほとんど変わっていないが目を輝かせてクリームを頬張っている。
その姿があまりに可愛らしいので、ロゼの頬から自然と笑みが溢れるのだ。
「そんなに美味しいなら、私もそれにすれば良かったかしら?」
ロゼは自分が頼んだストロベリーパフェを食べつつ、そう言った。
すると紫乃は自分のチョコレートパフェと彼女のそれを見比べ、スプーンでチョコとクリームを掬い取る。
そして、ロゼに向かってそのスプーンの先を差し出した。
「少し分けてやろう」
「へぇっ!?」
「いらないのか?」
首を傾げる紫乃。これでは間接キスになってしまうのだが、気にしている様子はない。というか、気がついていないのだろう。
突然の行動に驚きつつ、彼の好意を無下にするワケにも行かないと心の中でちょっとした言い訳をして、ロゼはそのスプーンにゆっくりと口を近づける。
そして、覚悟を決めて頬張った。甘い味が口の中に広がるが、心中はそれどころではない。だが不審に思われても良くないので、顔を赤らめつつもなんとか感想を述べた。
「甘くって美味しい、わね」
「それは良かった」
紫乃はそう言いつつ、スプーンを戻す……前に、ロゼのグラスからイチゴを一つ掠め取っる。
「あっ!?」
「交換だ」
「も、もうっ! 意地悪ね!」
頬を膨らませるロゼに、微かにフッと笑みを見せる紫乃。
やがて食べ終える頃、ロゼは彼へと問いかける。
「それで、この後はどうするの?」
「ああ。ちょっと服を見に行って、それから……」
今日のプランを話そうとしている、その途中。
突然、施設内で大きな爆発音が鳴り響いた。
「戯我か!?」
「行きましょう!」
トラブルが起きてからの二人の対応は迅速であった。
人々の避難誘導を行うよう警備員に促し、念のためLOT職員へ連絡。そして自分たちもレリックドライバーを装備し、変身して現場へ急行する。
「もう、折角のデー……もとい、休日が台無しだわ!」
「全くだ。しかし、まだ日の落ちていない今仕掛けるとはな」
ムラサメとブリューナクがそう言いながら、ハッと顔を見合わせる。
前回のイシュタルの時にも、同じような事が起きた。ひょっとして今回もロゴス・シーカーの仕業で、結界が破壊されたのではないかと考えたのだ。
だが織愛からの連絡によれば、まだ結界は現存中だという。
「どういう事だ? まさか、また上級戯我が……?」
『私にも分からないわ。とにかく急いで!』
「了解」
短く返答して通話を切り、二人は現場である駅前の繁華街に到着する。
そこで目撃した光景に、ムラサメとブリューナクは絶句した。
街の建造物が破壊されているというだけではない。住民たちが老若男女問わず襲われ、そして色を失った状態で倒れているのだ。
小さな女の子がブリューナクの姿を見つけると、縋るように手を伸ばす。
だがその幼い体は、完全に透明となった後に無情にも踏み砕かれてしまった。
「な、あ……」
仮面の中でロゼの表情が悲壮に彩られる。紫乃の方は、怒りで拳を握り締めていた。
そんな彼らの前に姿を現したのは、仮面ライダーたちとそう年齢の変わらない少年少女の二人組。
体型はどちらも低めの身長かつ細身であり、少年はシルクハットと赤いパンクゴシックスーツ姿で、少女は緑のゴシックロリータワンピースを着ている。
また、双方とも奇妙な形状のガントレットを装着しており、男の方は炎を模ったルビーレッド、女の方は風を彷彿とさせるエメラルドグリーンだ。
人々の色の輝きは、その腕甲に吸収されている。
「キャハハッ! ロッソ兄様、封魔司書だよ! 来たわ来たわ!」
「そうだねヴェール。やぁ、まずは自己紹介を――」
ロッソと呼ばれた男がゆったりと近づこうとした、その瞬間。
獣めいた咆哮を発して、ムラサメが飛びかかる。
「おっと、せっかちな人だな」
「貴様らが何者だろうと関係ない!! 今!! この場で、叩きのめす!!」
「やれやれ」
攻撃をかわし、芝居がかった所作で笑いながら肩を竦める少年。そしてロッソとヴェールは同時に、自身のポケットからあるものを取り出す。
それは、モンストリキッド。どちらも二本取り出しているが、ムラサメたちとは決定的な違いがあった。
「うそ、ドライバーもなしに!?」
「しかも……フィジカル二色だと!?」
ムラサメの言った通り、二人の持つリキッドにはどれも怪物の姿が彫刻されているのみ。エレメントカラーが存在しないのだ。
驚く封魔司書たちをよそに、ロッソとヴェールがガントレットを構える。
《フォージバイザー・ボルケイノ!》
《フォージバイザー・スパイラル!》
「改めて、自己紹介だ。僕はロゴス・シーカーのエリートエージェント、ロッソ」
「同じく妹のヴェールよ!」
二人は同時にガントレットの
さらに、右手に持ったモンストリキッドも起動させた。
《ドレイク!》
《アスモデウス!》
「ところでヴェール、あのブリューナクは中々良いと思わないかい? 僕らのオモチャに相応しいじゃないか」
《バンシー!》
《フレスベルグ!》
「ダメよぉ、なんだか生意気っぽくてヤな感じだもん! それより兄様、ムラサメの方の声がとってもキュートだと思うの! 私たちの恋人にしましょ!」
「やれやれだね、ワガママな妹はこれだから困る。じゃあいつも通り……」
「うん!」
兄妹は笑い合うと、次の段階に移る。
起動したそれらのリキッドを、ひとつずつガントレットの上部にあるユニットへリードしているのだ。
《
「先に気に入らない方を始末して~!」
「生き残った方は僕らの
《
叫び、ロッソとヴェールは再びボタンを押し込む。
すると二人の全身が、音声と共に二色の液体によって包まれていく。ロッソはバーガンディレッドとカーディナルレッド、ヴェールはアンティークグリーンとフィヨルドグリーンだ。
それは初め人の形をしていたが、徐々に異形への変貌を開始する。
《
「ボルケイノドラグナー」
ロッソの方は、悪魔めいた真っ赤な炎を纏う、無骨な漆黒のブロードソードを携えた二本足で立つ翼のない黒竜の姿に。
《
「スパイラルジャグラー!」
ヴェールは、背負った緑の翼を畳んでローブのように纏う、死神を彷彿とさせる大鎌を持った黒い顔の鷲へと変異する。
「これぞ二つの戯我の力を併せ持つ究極兵器、ギガノイド」
「さぁ、一緒に遊んじゃってよぉ!」
大鎌を振り、攻撃を仕掛けるスパイラルジャグラー。狙いはロゼ、即ちブリューナクだ。
引き起こされた突風が、彼女の体を吹き飛ばした。
「くっ!?」
「まずい、ブリューナク!」
このままでは大鎌の痛烈な一撃を受けてしまうだろう。
阻止するべくすぐさまムラサメが救援に向かおうとするが、そこへ鍔の広い剣が割り込んだ。
黒竜、ボルケイノドラグナーだ。
「余所見はいけないなぁ
「貴様……!」
歯を軋ませ、ムラサメはAウェポンTモードで自身への攻撃を受け止める。
新たなる恐ろしい敵との戦いが、幕を開けた。
付録ノ十五[ドレイク]
翼を持たないドラゴンの総称で、西洋の竜であるリントドレイクに由来する。
イギリスやドイツ、スカンディナヴィアなどにおいては他にも大蛇・翼竜をリントヴルム、翼があって二足を持つ竜をワイバーンとするなど使い分けている。
竜は神にも近しい強大な力を持つ存在として、東洋など地域によっては神として奉られている場合もあるが、討ち滅ぼすべき強欲な魔王としても語られている事も。