仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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 船内のとある一室にて。
 赤いシルクハットの少年と、緑のゴシックロリータファッションの少女がそこにいた。
 二人は笑いながら何事かを囁き合っている。
 そんな和やかな空気の部屋の中へと、ノックの音が転がり込んだ。

「何かトラブルでもあった?」
『会場の方で、我々の事を嗅ぎ回っている者がいるとモルガン様から通達が。如何しますか?』

 それを聞いて、少年ロッソと少女ヴェールは退屈そうに息をつく。

「『あの御方』はアダン教官とカリオストロ様に会場の事を一任してるから、僕らが動く必要ないよ。封魔司書の仮面ライダーだったら話は別だけどさ」
「ただの人間とか戯我なんて相手にしてもつまんないもんね~」
『……畏まりました』

 返答の後、足音は遠ざかっていく。二人もそれを理解して笑い合い、お喋りを再開する。

「本当に仮面ライダーが出たらどうするの、兄様?」
「もちろん、また痛めつけて彼女を僕らの恋人にするさ。あの御方の許可が降りたらね!」


第十八頁[優雅なる赤薔薇、華麗なる紫薔薇]

 ロゴス・シーカーが開催しているという遺物(ロステク)オークション。

 LOTの封魔司書である紫乃たちは、その開催場所を嗅ぎつけて乗り込み、調査を行う事となった。

 だが辿り着いた船内の会場で、一行は驚愕の光景を目撃する。

 

「アダン……!?」

 

 以前の戦いで紫乃たちを追い詰めた末、灰矢によって射殺されたかに見えた強敵、アダン・アルセニオ・エスカルラータ。

 その彼が今、仮面の群衆たちの前に姿を現したのだ。

 

「お初お目にかかる方も多いでしょう。私はアダンと申します。拉致した人間の子供に戦闘訓練を施し、それを売るのを生業としております」

 

 恭しく一礼すると、アダンは爽やかな笑顔を浮かべた。白々しい芝居染みた笑顔を。

 怒りが徐々に湧いて来たのか、歯を軋ませた灰矢が懐に手を伸ばす。

 

「あの、野郎!」

 

 それに気付いた紫乃は、彼を止めるべく慌てて声をかけた。

 

「やめろ灰矢、今は作戦中――」

 

 次の瞬間。会場内に銃声が響き、アダンのスーツと左胸に風穴が開く。

 発砲したのは灰矢でなければ紫乃でもなく、ましてロゼでもない。

 黒いスーツに身を包んだオークション客の内の一人が、凶弾を放ったのだ。

 

「……あ゛ぁ?」

 

 自分のスーツの胸部分から赤い染みが拡がって行くのを見下ろし、怪訝そうな顔をするアダン。

 さらに、撃った者の他にも十数名がアサルトライフルを構えて前に出ると、一斉に射撃を始めた。

 けたたましい銃声や轟く破壊音と共に、弾丸が壇上のアダンを何度も何度も貫き、鮮血と肉片を撒き散らす。

 

「くたばれアダン!!」

「死ねぇぇぇクソ野郎がァァァ!!」

 

 罵声を浴びせる男たちは、銃砲を一切緩めない。

 そして壇上へと、トドメとばかりに手榴弾が投げ込まれた。

 響く爆発音。何が何やら紫乃たちにも分からない内に、銃弾が尽きたらしく、男たちは高笑いし始める。

 

「ハハハッ! やった、やったぞ! 散々俺たちの縄張りを荒らしやがって、人間風情がよ!」

「思い上がったゴミクズめが! 我らの神の供物となれ!」

「これで、積荷もラジエルの書も俺たちのものだ……貴様らも海の藻屑となるのだ!」

 

 どうやら彼らは、LOTとは無関係な人間と戯我の集まりのようであった。

 アダンらを敵視しているらしく、オークション開催を狙って結託してロゴス・シーカーに牙を剥く事を決めていたらしい。そして今度は他の乗客たちに銃口を向けていた。

 だが、乗客や紫乃たちの視線は蜂起した集団には注がれていない。見つめる先にあるのは壇上だ。

 様子に気付いた武装集団のひとりが振り返ろうとした刹那、彼らの背後に目にも留まらぬ速さで血塗れのアダンが迫り来る。

 

「な、あ……は!?」

 

 眉間に穴が開いて血を噴いても、アダンはニィッと獰猛な笑顔をみせていた。

 

「ヒャハ! 盛大な拍手に感謝するぜェ、お客様よォ?」

「お……お、お、お前なんで生きてるんだよ!?」

 

 体中を弾丸で貫かれ、しかも手榴弾の爆発に飲み込まれたはずの男が、まだ生きている。

 しかもその銃創や焼け爛れた肌は、まるで録画映像を逆再生しているかのように徐々に修復されているのだ。

 

「ひ、ひぃぃぃっ!?」

「オイオイなんだその悲鳴は? テメェらがやった事だろうが、よ!」

 

 そう言ったアダンの拳が、銃を持つ男の一人の下顎を抉り、そのまま絶命せしめる。

 さらに他の反逆者たちさえも、拳一つで次々に屠る。まさしく獅子奮迅と評するべきその暴威に、観ている客たちは舌を巻くばかりだ。

 無論、それは潜入した封魔司書の三人も同じ。今の一方的な殺戮を目にして、灰矢は幾分か冷静さを取り戻していた。

 

「どういう事だ? あいつ、今明らかに致命傷だったよな?」

「オレにも分からない。だが……ヤツがあの戦いを運の良さで生き延びたワケではないというのは、これでハッキリしたな」

 

 混乱の広がる中でそんな会話をしていると、咳払いしたアダンが一度だけ大きく両手を叩いて話し始める。

 

「皆様どうか静粛に。不埒な無法者はこれで始末致しました、丁度良いデモンストレーションになりましたねェ」

 

 デモンストレーションという言葉に、疑問を感じる紫乃たち。

 するとアダンは壇上に戻り、あれだけの銃火の只中にいながら無傷でいるカリオストロの隣に並んだ。

 

「私の強さの謎、知りたいでしょう? 今回のオークションでは、その秘密のタネをお見せ致します」

 

 先程のサメのような笑顔とは異なる営業スマイルに変わり、カリオストロが厳重に密封された小瓶のようなものを持って来る。

 表面にラベルが貼られているが、判読不能だ。

 だがアダンは自信満々の態度で受け取った小瓶を見せ、解説する。

 

「これは英雄の髄液。摂取した者に、かつて戯我と対峙した英雄と同質の力を与える薬のようなものです。私はかの有名なギリシア神話の英雄、アキレスの髄液を飲んでいるのですよ。他にも色々とね。そして今回の商品は同じくギリシア神話で知られる、あのゴルゴーンを討伐した大英雄……ペルセウスの髄液になります」

 

 オオッと湧く会場。アダンの強さを知っているためか、人間も戯我も一様に感嘆していた。

 その様子を観ながら考え込んでいた紫乃は、ある事に気が付いて息を飲んだ。

 突然のマフィアの抗争さながらな一斉射撃に驚いて、今の今まで認識できていなかったのだが。

 いつの間にか、アダンの立つ壇上は爆発の焦げ跡どころか銃創すら一切存在しない、何も起きなかったのではないかと思える程に整然とした状態になっているのだ。

 一体どういう事なのか、考える時間を与えずにカリオストロが動き出した。

 

「髄液の素晴らしさはこちらのアダンくんが示した通り! 性能はこの私が保証します! そういうワケで、オークションを始めましょう!」

 

 カリオストロはそう言って金額を提示、それを受けて顧客たちは次々に価格を釣り上げ始める。

 次第に会場は興奮と狂騒で包まれていき、封魔司書の三人は焦燥を感じつつ、ヒソヒソと話し合う。

 

「どうする? こりゃラジエルの書どころじゃねぇ、下手すりゃ髄液だの遺物だのを手に入れた戯我共にやられちまうぞ。もう今すぐ仕掛けた方が良いんじゃねぇか?」

「アダンの実力の底も見えませんからね……このまま手をこまねいているよりは、いっそ」

 

 紫乃も自らの腕を組み、唸って考え込む。

 ロゼたちの言う通り、現場は既に大きく動いている。

 ならば、何もかも手遅れになる前にここで仕掛けてしまうべきかも知れない。紫乃はそう結論を出した。

 

「……会場の連中が今の落札を終わらせた、その瞬間を狙う。全員の緊張が解けて無警戒の状況になるはずだからな」

 

 その提案にロゼと灰矢も同意し、かくして三人は各々散開して機を待つ。

 値段は話している間にもどんどん釣り上がっていった。既に億を超え、金持ちたちがギリギリの額を攻め続けている。

 そして、アダンが木槌を振り下ろさんとするのを合図として、時が来た。

 

「これにてペルセウスの髄液は落札完了と――」

『変身!』

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

「あ?」

 

 アダンに迫る三つの影。ムラサメとブリューナク、そしてユーダリルだ。

 彼らの姿を目にするなり、アダンは再び獰猛に笑い、カリオストロが興味深そうに自らの下顎に手を添える。

 

「封魔司書ですか?」

「へェ、ついに嗅ぎつけて来やがったか!? 面白ェ、相手になってやるよガキ共ォ!!」

「ならば私も。久々に、この剣に新鮮な血を与えるとしましょうか」

 

 言いながら二人はモンストリキッドを取り出し、臨戦態勢となる。

 しかし。

 会場のスピーカーから発せられた声を聞き、二人はピタリと動きを止めた。

 

『待て』

「……!!」

「ボス?」

 

 訝しむアダン。ムラサメらも壇上で立ち止まってしまう。

 頭上からの声の主がボスと呼ばれていたので意表を突かれたというのもあるが、その男の声があまりにも厳粛かつ威圧感のあるものだったので、思わず聞き入ったのだ。

 そしてボスという事は、この人物こそがロゴス・シーカーの首領なのだろう。

 

『封魔司書の狙いは我らの所有する遺物だ。ならば、何を優先すべきかは明白のはずだろう』

「……了解いたしました、我が主」

「チッ、仕方ねェな」

 

 小さく肩を竦めると、アダンはカリオストロと共に背を向け、走り出す。恐らく、遺物を保管してある倉庫に向かうつもりだろう。

 無論、ムラサメたちがそれを許すはずもない。

 

「見逃しはせん!」

「うるせェよガキが! こっちはテメェの相手なんざしてる暇ねェんだ!」

 

 怒鳴って拳銃を抜くアダンだが、その右手を容赦なくユーダリルの矢が貫く。

 

「ぐっ!?」

「好き勝手やらせるかよ! 今度こそ、お前だけは生かして帰さねぇ!」

「クソがァ……!」

 

 ギリッ、と歯を軋ませるアダン。迎撃しなければ遺物の回収すらままならないと判断したのか、再びリキッドを出そうとする。

 だがその寸前、銃声と共にムラサメたちの足元に火花が散った。

 

「うおっ!?」

「なんだ!?」

 

 銃弾の飛んで来た方向に立っていた人物。

 それは、先頃に紫乃を救助した、燕尾服と仮面を纏うクリスであった。

 おまけに手に持っているものはレリックライザー、腰にはライズホルダーも装備されていた。

 

「テメェ、それは……いつの間に手に入れやがった!」

「さっさと行け、アダン。これは貸しだからな」

「チッ」

 

 促されるままに封魔司書たちに背を向け、アダンとカリオストロはその場を去る。

 ムラサメは、紫乃は動揺していた。先程助けてくれた人物が、今自分の前に立ちはだかっているのだ。それも入手経路不明なレリックライザーを携えて。

 しかし、躊躇している場合ではない。覚悟を決めて他の二人と頷き合うと、刀を水平に構える。

 

「悪いがそこを退いて貰う、オレにも譲れないものがあるからな」

「そうかい。なら、どこの誰だか知らないが……」

 

 言いながら、クリスはホルダーからリキッドを二つ抜き取る。

 ショッキングピンクのエレメントカラーと、ロイヤルブルーのフィジカルカラーだ。

 それらを起動し、ムラサメを睨む。

 

《イリュージョン!》

《ケットシー!》

「大人しくなって貰うぜ!」

Loading Color(ローディング・カラー)! GRADATION(グラデーション)!》

 

 装填され、グリップを引っ張った後に流れる音声。そして引き金を指で弾くと、クリスは叫んだ。

 

「変身!」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 瞬間、クリスの頭上にピンク色の龍の紋章、足元には青色の龍の紋章が現れる。

 そしてそれぞれが同じ色のインクの飛沫を上げ、身体を包み込んで姿を変化させていく。

 紅い鍔広帽を被ったような形状のヘルムと、その横から覗く長い三角耳のような装飾。帽子の下からは、猫のような鋭い眼光が覗く。

 ロイヤルブルーのアンダースーツの上にショッキングピンクの生体装甲が合着し、さらに背中には紅いマントが伸び、脚部はハイブーツのような形状になっている。

 

《化け乱す幻惑の剣士! イリュージョンケットシー!》

 

 音声と同時にクリスの変身した戦士は、右手に現れた大振りな西洋の両手剣、クレイモアの剣先をムラサメに向かって突きつけた。

 

A(アーティフィシャル)ウェポン2C(ダブルシー)!》

 

 当のムラサメは、そのクリスの姿に大いに驚いている。

 変身した事だけではない。ブーツや、僅かに丸みとくびれを帯びた体型。それはどう見ても――。

 

「女……!?」

「なかなか良い着心地だなぁこりゃ。確か『クラレント』だったか? じゃあ今からアタシは、仮面ライダークラレントだ」

 

 そんな困惑も構わずにそんな感想を述べ、仮面ライダークラレントはゆっくりと前進する。

 どうあれ、相手が恩人であっても封魔司書として戦わなければならない。ムラサメは改めて覚悟を決め、自身も前に出て行く。

 さらに、背後の二人に声をかけた。

 

「ここはオレに任せて、先へ行け」

「でも……!」

「今の口振りなら変身しての戦闘経験はないはず。ならば、オレに分がある」

 

 それでもブリューナクは躊躇っていたが、ムラサメ自身の確固たる決意と隣に立つユーダリルに促された事で、後ろ髪引かれる思いで頷いた。

 

「絶対に勝ってね!」

「分かっている」

 

 アダンを追い、クラレントの横を左右から通り過ぎる二人。

 彼女の方も特に妨害するでもなく、ただムラサメへと対峙していた。

 

「オレが聞くのも何だが、見逃して良かったのか」

「ハッ! ザコなんかに用はねぇよ、最初からアタシの狙いはアンタだからな」

「なに?」

「聞いたぜ。あのアダンをブッ飛ばしたのはムラサメ、アンタなんだろ? その時に使った例のリキッド、アタシに寄越せ」

 

 じりじりと二人は刀と剣を構えて互いに間合いを測る。

 周囲には人間と戯我が、余興だとでも思っているのか、騒ぎが起きても逃げずに戦いを見物していた。

 そして。見物者の内の一人、その男の手にあるグラスの中の氷が、小さく音を立てる。

 

「シィッ!!」

「ラァッ!!」

 

 直後、音を合図として示し合わせたかのように二人が同時に動き出し、刃と刃がぶつかり合った。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「待ちなさい、アダン!」

 

 ムラサメとクラレントの戦いが始まった頃。

 ブリューナクとユーダリルは、遁走を続けるアダンたちに追いつきつつあった。

 

「チッ! しつけェ連中だ!」

「困りましたねぇ。この辺りで振り切らなければ……」

 

 背後よりの銃弾や矢を回避しながらも、アダンたちは焦燥する。

 彼らからしてみれば、追いつかれてしまっても倉庫まで辿り着かれてもアウト。非常に厳しい状況なのだ。

 

「ぐっ!?」

 

 ついに矢がアダンの左手を掠め、その手に握っていた髄液入りの小瓶が落ちた。

 割れはしなかったが、その瓶は船の揺れにしたがってコロコロと転がり、ユーダリルの手に握られる。

 

「やっと追い詰めたぜ」

「野郎ォ……!!」

 

 我慢の限界に達したとばかりに、アダンはユーダリルを睨めつけた。

 そんな時、廊下からアダンたちの前に二人の少年少女が出現する。

 以前に戦った強敵、ロッソとヴェールだ。

 

「お待たせしました。ここは我々が受け持ちましょう」

「あれぇ~、ムラサメいないじゃぁん! もう、ガッカリ! 弱っちいの相手にしても戦果にならないんですけどー!」

 

 ロッソがニヤリと笑い、ヴェールは頬を膨らませる。二人とすれ違う際、アダンは大きな声で指示を出した。

 

「確実に殺せェ!! 手は抜くなよ!!」

『了解』

《フォージバイザー・ボルケイノ!》

《フォージバイザー・スパイラル!》

 

 前回と同じく、二人はそれぞれ二種類のリキッドを取り出してユニットにリード。

 

Clang(クラング)! Clang(クラング)!》

「さぁ」

Mixed Color(ミックスド・カラー)! AMALGAMATION(アマルガメーション)!》

「はじめるよっ!」

COLLAGE-UP(コラージュ・アップ)!》

 

 ロッソとヴェールの肉体は別々の二色に染まり、インクに飲み込まれていく。

 

《怒り猛る獄炎の魔人! ボルケイノ、Rollout(ロールアウト)!》

《狂い裂く獄風の魔人! スパイラル、Rollout(ロールアウト)!》

 

 そして、二人はボルケイノドラグナーとスパイラルジャグラー、ふたつの魔人(ギガノイド)へと変貌を果たした。

 ドラグナーは変異してすぐに剣を振り上げ、ブリューナクに向かって行く。

 

「また会えて嬉しいよブリューナク! 今度こそ僕の恋人になって貰おうか!」

「誰が!!」

 

 斬撃を槍の穂先でいなし、続け様に突き出した石突がドラグナーの喉に深く食い込む。

 

「ぐっ!?」

「ヤァーッ!」

「この!」

 

 怯んで態勢を崩したドラグナーだが、すぐに前蹴りで反撃に転じる。

 しかしそれを予測していたブリューナクは、バックステップで回避した後に右に飛ぶ。

 その先にいたのは、弓を構えるユーダリルだ。放たれた矢が、ドラグナーへと向かって行く。

 

「くっ!?」

「兄様!!」

 

 そう言ってドラグナーの前に割って入ったのは、ジャグラーだ。ユーダリルの一矢を、鎌を振り下ろして軌道を変えて撃ち落とす。

 床に大きな穴が開くが、それでも両者は手を止めない。

 ユーダリルは矢を射ち続け、ジャグラーがそれを止める。その度、壁や床や天井に風穴が出来上がった。

 ようやく連続射撃の手が止まると、ジャグラーは首を僅かに動かして問いかける。

 

「大丈夫!?」

「平気だよヴェール。けど」

 

 ドラグナーは、自身の攻撃の手応えに妙な違和感を持っていた。

 前回は簡単に対処できていたはずの相手に、今はなぜか一撃を当てる事すら困難になっているのだ。

 

「こいつら前より動きが鋭くなっている……!?」

「あの戦いの後、今の今まで私たちが何もしていないとでも思った?」

 

 仮面の奥で笑った後、ブリューナクは穂先を向ける。

 トレーニングルームで続けていた、対ギガノイドを想定した鍛錬。今、その成果が表れているのだ。

 すると、ドラグナーはくつくつと笑い、ジャグラーも愉快そうに声を挙げてフォージバイザーのボタンを押した。

 

Pile(パイル)!》

「だったら、こちらもまだ見せていない戦法で行こうか」

「やっちゃおやっちゃお!」

 

 続いて二人が手に取ったのは、モンストリキッド。今回は三種だ。

 

《ドレイク! アンフィスバエナ! イフリート! Forcing(フォーシング)!》

《バンシー! アルケニー! ウェンディゴ! Forcing(フォーシング)!》

「さぁ、喰らえ!」

 

 リキッドの力を受けて二体のギガノイドの力が増大し、姿が大きく変質する。

 ドラグナーは脚の巨大化と頭部・尻尾の異形化に加えて、今度は上半身の筋肉が膨れ上がり炎を帯びて強化。

 ジャグラーも風を纏って開口し、蜘蛛の八つの節足を背負った後、その姿が透過し始めた。

 炎と暴威による猛撃と、不可視の鋭い連撃。それらの脅威を予測して、ブリューナクは織愛から貰ったあのリキッドを取って起動する。

 上下で二色に分かれている、織愛曰くデュアルリキッド。その発動を妨害させないため、Aウェポンを双斧に変形させたユーダリルが守りに入った。

 

「初陣、行くわよ……優雅(エレガント)に、そして華麗(ブリリアント)に!」

《エレガントヴァルキリー!》

 

 起動したデュアルリキッドを、ローズレッド側の端子でレリックドライバーに接続し、グリップを引き込む。

 すると、普段とは少し異なる音声が流れた。

 

Turning Color(ターニング・カラー)! GRACE GRADATION(グレイス・グラデーション)!》

「カラーシフト!」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 トリガーを引くと同時に、ブリューナクの周囲から蔦が伸び出し、全身に巻き付いて真っ赤な薔薇の花を咲かせる。

 しかし、カラーシフトが完了する前に仕留めてしまおうと、炎の吐息と風の刃が迫った。

 炎はガイアトータスカラーのユーダリルから分離した装甲が防ぐが、不可視の風と蜘蛛の爪は蔦を斬り裂く。

 すると。

 

《舞え! 優雅なる赤薔薇の戦乙女! エレガントヴァルキリー!》

 

 そんな音声が流れて薔薇が輝きを放ち、中からローズレッドの装甲を纏う影が頭上に飛び出す。

 背に白い翼を負い、左腕にラウンドシールドを装備した戦乙女(ヴァルキリー)。槍を携え、優雅かつ軽やかに漂っている。

 

「新しいリキッドか!?」

「キャハッ! そんな付け焼き刃で本気の私たちに勝てるワケないじゃーん!」

 

 そう言うと、透明化が解けたジャグラーは自身も翼を広げて鎌を振り上げ飛び立とうと動く。

 だがそこをユーダリルの装甲が妨害し、背中に斧が叩き込まれた。

 

「うっ!?」

「行かせねぇよ、こっちの相手をしてろ」

「目障りだよおじさん!」

「俺は24歳だ!」

 

 抗議するように、再度双斧が彼女を襲う。

 そしてユーダリルがジャグラーを引きつけている内に、ブリューナクは地上のドラグナーに向かって行った。

 ドラグナーは飛行ができない。故に頭上の有利を取られてしまい、自身の得意な近接攻撃は届かないが、攻撃方法なら他にもある。

 

「喰らえ!」

 

 それは火炎放射だ。尾の竜頭と自身の口部から、極熱のブレスを吐き出した。

 炎は真っ直ぐにブリューナクに向かって行き、その姿を覆い尽くす。

 

「ハハッ、呆気ない!」

「そうかしら?」

「……な!?」

 

 驚き、慌ててドラグナーが振り返る。そこには、たった今炎に包まれて焼かれたはずのブリューナクが立っていた。

 一体何が起こったのか、尋ねる前に彼女は次の手を打つ。

 

「ヤッ!」

「く……!」

 

 駆け出しての槍の一突き。

 ただそれだけだが、先程のフラッシュケンタウレスカラーよりもスピードもパワーも段違いに高まっており、強化されているはずのドラグナーはたたらを踏む。

 

「バカ、な!?」

「まだまだ!」

「クソッ! オモチャ如きが調子に乗るなよ!」

Melt(メルト)!》

 

 喚くようにボルケイノドラグナーが叫ぶと、彼は自身の持つフォージバイザーの左右のボタン両方を押し込んだ。

 瞬間、強化された肉体がさらに赤く発光し始め、噴火寸前の火山のように膨張する。

 それでも構わず、今度はグリップのボタンを押した。

 

Remixed Color(リミックスド・カラー)! Last Forcing(ラスト・フォーシング)!》

「ウオオオオオッ!!」

《ドレイク! アンフィスバエナ! イフリート! ボルケイノ・クロマティックオーバーレイ!》

「ラアアアアアアーッ!!」

 

 咆哮と共に、ドラグナーの両掌から先程よりも巨大な炎の塊が発射される。

 至近距離から高速で放たれた必殺、回避は困難を極めるだろうと彼は認識していた。

 だがブリューナクは、冷静に槍を頭上に掲げて立ち向かう。

 

「エレガントミラージュ!」

 

 その掛け声と同時に、彼女自身の周囲に同じ姿をした半透明のブリューナクが五人ほど出現。

 内三人が盾を構えて飛翔し、炎を抑え込んで壁に逸らす。残る二人は、必殺技を発動して元の状態に戻ったドラグナーの動きを止めるべく動く。

 

「な、なにィッ!?」

「これがエレガントヴァルキリーの能力! 影なる戦乙女、エレガントミラージュを生み出すのよ!」

 

 二体のミラージュの槍が、ドラグナーの身体を捉える。要は分身だが、攻撃も可能のようだ。

 

「こ……こんな!?」

「ハッ!!」

 

 本物のブリューナクも戦列に加わり、槍撃が炎の魔人の眉間へと命中。

 続けて、怯んでいる間に彼女はドライバーのグリップを引き込む。必殺技の発動だ。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

「これで決着よ」

《エレガントヴァルキリー・クロマティックシュヴォーシェ!》

 

 出現していたミラージュが全てブリューナク本体と同化。

 すると彼女は赤く発光し、残像を描きながら飛翔して高速移動によってドラグナーを撹乱しつつ、四方八方から槍による突撃を食らわせる。

 最後に、苦悶するドラグナーの真正面から、凄まじい速度で右足の飛び蹴りを放った。

 

「ぐあああ!?」

 

 攻撃を防ぐ事も叶わず、それを胸で受けてしまう。

 直後に燃料となる色が底を尽いたのか、変異が解除されてロッソは地面を這いつくばった。

 

「クソッ!? なんなんだ、この強さは!?」

「兄様! ここは私が!」

 

 無防備になった兄をかばうべく、動いたのはスパイラルジャグラーだ。

 相手をしていたユーダリルを大鎌で強引に押しのけ、叫声を発しながら背後から襲いかかる。

 

「死になさいよ女狐ェ!!」

 

 さらに風の刃を伴う竜巻がブリューナクの周りを囲み、逃げ場がなくなった。

 エレガントミラージュは強力だが攻撃を防げなければ一発で砕け散ってしまうため、防御困難な素速い攻撃を繰り返すスパイラルジャグラーには通じないのだ。

 しかしブリューナクは臆する事なく、ドライバーにセットしたデュアルリキッドに手を伸ばし、それを半回転させてローズパープルを端子側に向ける。

 

《絢爛廻転!》

 

 その音声を聞いて、すぐにグリップを引く。

 すると、先程とはまた別の音声が流れ始めた。

 

Turning Color(ターニング・カラー)! BRIGHT GRADATION(ブライト・グラデーション)!》

「カラーシフト!」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 続けてトリガーを弾くと、再び蔦が伸びてブリューナクの身体を繭のように包み込む。

 そして、今度は紫色の薔薇が開花した。

 

《輝け! 華麗なる紫薔薇の竜乙女! ブリリアントヴィーヴル!》

 

 蔦の内側で紫の光が閃き、現れるブリューナク。その姿を確認する前に、ジャグラーは鎌を振り下ろす。

 だが、その一撃は紫色の装甲に容易く止められる。

 ブリューナクは、ヴァルキリーの時とは異なる竜の甲殻に似た装甲となり、翼も皮膜のある爬虫類系で紫に変わっていた。

 額には真っ赤な宝石が埋め込まれており、右手にはR(ライフル)モードのAウェポンが握られている。

 

「一瞬で変わった!?」

「バカな!?」

 

 これが新たに開発された、デュアルリキッドの特性。

 形態は二つに絞られてしまうが、ドライバーからカートリッジを抜き差しする必要なく、素速くカラーシフトが可能となるのだ。

 

「ブリリアントジュエル!」

 

 そうブリューナクが唱えると、額の宝石が輝き、周囲に色とりどりの宝石が飛び出す。

 と言ってもソフトボール大のサイズで、形も様々だ。

 指揮を執るように手を前に掲げると、それらはまるで弾き出されたかのようにその場で散開し、壁に跳ね返りながら高速で何度も何度もジャグラーの体を打ち付ける。

 

「キャアアア!?」

 

 無数の宝石の弾丸に穿たれ、回避も反撃も許されず。ただただ、緑風の死神は攻撃を受け続けるしかなかった。

 スパイラルジャグラーは身軽で飛行能力があるが、その分装甲は薄い。故に手数が多く逃げ場のない攻撃を繰り出せば、その動きは止まるのだ。

 しかし反射を繰り返したためか、ジュエルも砕け散ってしまう。

 

「こ、こいつ……!!」

「そこ!」

 

 怒りを露わにしたジャグラーが鎌を握って突撃しようとした頃合いを見て、ブリューナクはライフルから弾丸を放つ。

 無論それは回避されるが、その一瞬の隙を狙って、レリックドライバーが操作された。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

「あなたは既に私の勝利の構図の中よ」

「うるさいうるさぁい!! さっさと死んでよ、ねぇ!!」

Melt(メルト)! Remixed Color(リミックスド・カラー)! Last Forcing(ラスト・フォーシング)!》

 

 先程のロッソと同様、必殺技を発動するジャグラー。

 ブリューナクの方もトリガーを引き込み、両者は睨み合う。

 

《ブリリアントヴィーヴル・クロマティックストレイフ!》

「ハァァァァァーッ!!」

《バンシー! アルケニー! ウェンディゴ! スパイラル・クロマティックオーバーレイ!》

「死ね死ね死ね死ね、死ねぇぇぇぇぇ!!」

 

 紫竜が飛翔しながら再び無数に宝玉を連射し、さらに自身の右手に眩い輝きを纏わせる。

 それを風の刃の嵐で迎え撃つ緑の死神。しかし宝石を破壊した瞬間、その両眼は室内を埋め尽くす程の閃光に覆われた。

 

「あっ!?」

 

 今回の宝玉は目眩ましの罠。本命は、ブリューナク自身の拳。

 全てを悟った時には、既に彼女の顔面は煌く右拳に打たれていた。

 

「あああああああ!?」

 

 変異が解除されたヴェールがドサリと床に仰向けで倒れ、ブリューナクも地面に降り立つ。

 

「私の勝ちね」

「……クソッ!!」

Cut(カット)!》

 

 見下され、苛立った様子でロッソがフォージバイザーを操作して妹と共にその場から姿を消す。

 またも逃げられてしまったが、今回は何もかもが違う。確かな勝利の実感を胸に、ブリューナクは安心した様子で息をついた。

 だが、そこでユーダリルから声がかかる。

 

「ボーッとしてる場合じゃないぜ?」

「そうでしたね、急いでアダンたちの後を追わないと……!」

「いや、そっちは必要ねぇ。ムラサメを迎えに行くぞ」

「へ?」

 

 キョトンとして首を傾げるブリューナク。

 瞬間、船内が大きく揺れ動き、自分たちの立つ床のさらに下から大きな水音が聞こえる。

 よくよく周囲を見渡してみれば、床も壁も天井も穴だらけだ。先程ユーダリルが、光の矢でジャグラーに攻撃を防がれてしまった時に空いたのだろう。

 そこで彼女は気付いた。ユーダリルの狙いは、船に穴を開けてアダンやオークション会場ごと海に沈める事だったのだと。

 

「な、な……何をやってるんですかぁーっ!?」

 

 怒りの声を上げ、ブリューナクは大急ぎで彼と共に反転し、ムラサメの元へと急ぐ。

 ユーダリルのホルダーには、まだ英雄の髄液の入った小瓶がぶら下がっていた。




付録ノ十八[ヴァルキリー]

 北欧神話に登場する戦乙女。ワルキューレとも。
 戦場で名誉の死を遂げた者たちの半数を、主神オーディンの治めるヴァルハラに導くという。
 オーディンの給仕や英雄たちの恋人としても登場する他、彼女ら自身が武器を取り白馬を駆る戦士としても描かれる。
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