仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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「……騒がしくなって来たな」

 遺物オークションが行われている豪華客船、そのVIPルームにて。
 一人の男が、黒いドレスを纏う女性と共にワインを楽しんでいた。
 男は白いローブにフードを被っており、金髪を前に垂らしている。

「そろそろ私も、LOTに挨拶でもしに行くとしようか」

 にわかに騒がしくなる船内で、グラグラと揺れる中。ワイングラスを置いて、男は立ち上がる。

「君もどうかな? モルガン」
「お伴させて頂きます」


第十九頁[白と黒の交叉]

 ブリューナクとユーダリル、そしてロッソとヴェールが交戦している頃。

 下階の廊下にて、アダンとカリオストロが走りながら自分に向かって来る戯我に応戦していた。

 

「だァッ、クソが!! ゾロゾロと目障りなんだよ!!」

 

 現れる敵は全員、二人に向かって攻撃して来る。

 アダンが素手で殴り倒しているが、下級だけでなく中級の戯我も混ざっており、数が多いのもあって一筋縄では行かない。

 

「なぜこんなにも戯我が!?」

「っつーか、こいつら会場にいたヤツらじゃねぇか! なんだってんだ一体!」

 

 悪態をついていると、カリオストロが前に出て腰に帯びた剣を手に取った。

 

「仕方がありませんねぇ。この剣を抜きましょう」

 

 そう言ったカリオストロの剣から黄色い靄のようなものが発せられ、鞘走らせた刹那、彼の姿も人ならざるものに変貌する。

 しかし、それもほんの一瞬の出来事。再び鍔鳴りが響いた時には、元の人間の姿に戻っていた。

 カリオストロが放った一閃により、その場にいた戯我たちの首や胴が落ちていく。

 だが。

 

「あ」

 

 その中に紛れていた者の中に、大量の手榴弾とダイナマイトを抱えている人間が数名いた。

 安全ピンは既に抜かれ、地面に落ちている。

 

「やっ……べ!?」

 

 驚き、アダンはその人間たちに向かって走り出す。

 自分の身を心配しての事ではない。この近くには倉庫があり、しかも艦底にも近い。

 もしも爆発で穴が開いてしまったら。そうなる前に、なんとかしなければならないのだ。

 

「あ、が!?」

 

 しかしその願いは無情にも、頭上から突如として降り注いだ矢が首に突き刺さった事で、砕け散ってしまう。

 アダンもカリオストロも、身動きが取れない。

 

「ぐおおおおおおっ!?」

 

 直後、廊下で爆発が起こる――。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「そぉら!!」

「フッ!」

 

 オークション会場で始まった、紫乃が変身するムラサメとクリスが変身するクラレントの対決。

 Aウェポン2Cから振り抜かれる猛撃を、ムラサメは捌き続ける。

 直撃は避けているが、しかし彼自身はその守勢が長くは保たないと感じていた。

 クラレントの一撃はそれ程に重く、そして速いのだ。

 

「く、この太刀筋……!?」

「中々やるな! だが避けるだけじゃアタシにゃ勝てねぇぞ!」

 

 大きく剣を振り上げた瞬間、それを狙ってムラサメが一歩前に踏み込み、切っ先を突き出す。

 その突きは咄嗟に後退した彼女の左肩に命中するが、かなり浅い。

 さらにムラサメ自身も、攻撃寸前のクレイモアの間合いに入ったために側頭部の装甲に僅かな傷を作ってしまった。

 

「技量は五分ってところか?」

 

 愉快げなクラレントの声。しかしムラサメは、今の攻防で仮面の中の眉根を寄せていた。

 彼女の剣術や戦法。荒々しいがどこか自分と似ていて、何故だか刃を交えた事がある気がするのだ。

 それがどこでいつの話なのかは、彼自身にも思い出せない。女性でこれ程の剣の使い手は、記憶にない。

 

「クラレント、お前は一体何者だ……!?」

「どうでも良いだろそんな話。もっと来いよ、アタシと戦え! そしてリキッドを寄越しな!」

 

 言いながらクラレントはドライバーに装填されたリキッドに手を伸ばし、押し込む。

 それとほぼ同時に、ムラサメも底部を押して起動した。

 

《サンダー! Calling(コーリング)!》

「急々如律令!」

《イリュージョン! Calling(コーリング)!》

「ブチ込め!」

 

 音声が鳴り、ムラサメは右手を前に掲げる。

 すると掌から激しい雷光が迸り、クラレントへと向かう。

 一方、クラレントの方はその緑色の両眼が怪しく光ったのだが、一瞬ムラサメの体が眩んだ程度で特に雷撃を防ぐ事はなかった。

 

「ぐっ!」

 

 両腕で自分をかばうように雷を受けつつ、彼女はくつくつと笑う。

 

「何がおかしい」

「後ろを見てみな」

 

 そう言われても素直に視線を外さないムラサメだが、不意に背後から殺気を感じると、ハッとして振り返る。

 見れば、半ば発狂したような状態の人間や下級・中級戯我たちが、武器を携えて襲いかかって来ていた。

 

「なんだと!?」

 

 驚きつつもムラサメは刀を使って銃やナイフを破壊し、さらに戯我としての本性を現した者たちは斬り裂いて調伏、人間には峰打ちする。

 これがイリュージョンリキッドの能力だという事にはすぐ気がついた。他者を眩惑し、意のままに操る力なのだ。

 

「そらそらぁ!」

 

 そしてそれらを相手取っている間にも、クラレントの攻撃は継続し、防御が間に合わなくなったムラサメは徐々に攻撃を受けて装甲に傷を作ってしまった。

 

「く……!? ならば!」

《ファイア!》

《フェニックス!》

「カラーシフト!」

 

 リキッドを起動して攻撃を回避し続けながら、ムラサメは早急にドライバーのカートリッジを入れ替える。

 そしてグリップを引いた後、すぐに引き金を弾いた。

 

《壮烈なる赤炎の天昇! ファイアフェニックス!》

「シッ!」

 

 姿が白と紫の侍のものから、赤い鎧武者に変わり、翼のような形状の大袖がクラレントからの攻撃と戯我たちの強襲を止める。

 そして双方を弾き飛ばした後、ムラサメは戯我を刀で斬って捨て、人間たちを柄で殴って昏倒せしめた。

 カラーシフトによって変化した姿を見た彼女は、舌打ちして不機嫌そうに肩で剣を担いだ。

 

「あーあーあー、違う違う違う。アタシが欲しいのはソイツじゃねぇんだよなぁ。本気で来いよ」

「ふざけろ! こんな狭所で使ってたまるか……!」

「へぇ、そーかい。じゃあ使いたくなるようにしてやるよ」

 

 言いながらクラレントが取り出したのは、また異なるエルムグリーンカラーのモンストリキッド。

 しかし手に取ったのは一本だけで、エレメントカラーだった。

 彼女はそれを、Aウェポン2Cの鍔の中央に空いた穴へと装填してトリガーを引く。

 

《バインド! Enhancing(エンハンシング)!》

「そぉら!」

 

 クレイモアの刀身がリキッドと同色に淡く発光したかと思うと、それを振り被った瞬間、その光から鎖が伸び出てムラサメの体を拘束した。

 

「なっ!?」

 

 両腕が塞がり、大袖も雁字搦めになってしまうムラサメ。そこへ、続けてクラレントの連続斬りが襲いかかる。

 

「そらそらァ!」

「ぐぁあ!?」

 

 クラレントの力強い攻撃で鎖は解けたが、防御形態であるというのに手痛いダメージを受けてしまった。

 恐らくリキッドやドライバーを使った戦闘経験はないはずなのだが、それでもこの実力。さらに変形機能を廃している代わりに、通常のAウェポンとは異なる運用が可能な剣。

 ムラサメは彼女を、心から末恐ろしい存在だと認識していた。

 

「やってくれる……!」

 

 立ち上がって刀を構え直すムラサメ。それでも、彼はソニックペガサスには手を付けない。

 

「諦めてそれ使っちまえよ。手加減して勝てる相手じゃないって、まだ分かんねぇのか?」

「勘違いするな、別に手加減してるワケじゃない。お前には分からんだろうがな」

「あぁん?」

 

 ムラサメの言葉が癪に触ったのか、クラレントは乱暴に剣を振り下ろすと、装填したリキッドを抜いて別のものを手に取る。

 やはり一本だけだが、今度はフィジカルカラーだ。

 

「何だか知らねぇが変な意地張りやがって! 死にたいのかよ!」

《バジリスク! Enhancing(エンハンシング)!》

「そぉら!!」

 

 2Cが今度は毒々しい紫色に染まり、毒素を宿した鋭い剣閃が両断せんとする。

 触れてはならないと見て素速い斬撃をムラサメも捌き続け、しかし積極的に反撃はしなかった。

 

「なんだなんだ? 腰が引けて……!?」

 

 追撃を食らわせようとして、その手がピタリと止まる。

 ムラサメがなぜ反撃をしないのか、理解したからだ。彼の後ろには、先程の峰打ちなどで気絶した人間がいるのだ。

 眩惑され未だ正気を失った者たちも、彼は守り続けている。だから防御用のファイアフェニックスにカラーシフトしているのだろう。

 

「お前、さっきからずっとそんな風に戦ってたのか!?」

「悪いか」

「バカ野郎!! こんな連中、お前には何の関わりもないだろうが!? 放っときゃ良いじゃねぇか!?」

「昔のオレならお前の言う通りに、お構いなしに戦っていたかも知れないな」

 

 自嘲するように呟き、そして再び刀を構えてクラレントに対峙する。

 

「だがこいつらは戯我じゃない。人間の命を奪い、見捨てるのは……オレの仕事じゃない!」

 

 真っ直ぐに彼女を見据えるムラサメ。

 すると、クラレントは大きく息をついて、自身のドライバーを操作した。

 

《イリュージョン! Calling(コーリング)!》

 

 再び両眼が光を放ち、ムラサメは双翼を動かして自身の眼を覆う。

 が、最初からクラレントの狙いは彼ではなかった。

 見れば、光を浴びた者たちが会場から退室を始めた。イリュージョンの能力により、操られているのだ。

 

「これで人払いは済んだだろ」

「クラレント、お前……」

「勘違いすんな。全力じゃないお前と戦って、後で文句を言われたくねぇからな。それに」

 

 言いながら、クラレントはさらにもうひとつエレメントカラーのリキッドを取り出し、剣に装填。

 そして、グリップエンドのパーツを強く引っ張った。

 

Boosting Color(ブースティング・カラー)! Last Enhancing(ラスト・エンハンシング)!》

「アタシは絶対にアダンを殺せる力を手に入れるんだ、このくらいやってのけないとな……!」

 

 クレイモアを大きく上段に振り上げ、クラレントは次の攻撃に全神経を注ぐ。

 ムラサメは一度頷き、リキッドを手に取って再度サンダーハウンドにカラーシフト。

 そして、彼女の求めるカートリッジの片割れをAウェポンへとリードした。

 

《ソニック!》

「受けて立つ」

Charging Color(チャージング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 低く下段に構え、迎え撃つ姿勢のムラサメ。

 両者睨み合い、そして必殺のエネルギーが頂点に達した瞬間、大きく踏み出した。

 

「お前を塗り潰す色は……決まった!」

《モノカラー・クロマティックスラッシュ!》

《ブリッツ・クロマティックザンバー!》

「ブッた斬る!」

 

 クラレントの剣から黒い稲光が迸り、ムラサメの刀とぶつかり合う。

 超高速で放たれた両者の一撃は、膨大なエネルギーによって衝撃波を生み、会場内の壁や天井が軋み始めた。

 

「オォォォォォーッ!!」

「ラァァァァァーッ!!」

 

 それでも二人は目の前の相手に集中し、互いの持てる力を全て使い切らんばかりに叫ぶ。

 両者の力は完全に拮抗していたが、先に崩れたのは――。

 

「ぐあああ!?」

 

 ムラサメだった。斬閃を顔面と胴に受け、変身が解けて膝をついてしまう。

 一方、クラレントの方も無事で済んではいない。彼女も刃が直撃し、元の姿に戻っていた。

 

「が、く……相打ち、かよ」

 

 言いながら、クリスは砂煙の向こう側にいる紫乃の姿を見上げる。

 そして、互いに硬直した。

 着用していたマスクが今の戦いで破損し、ドレスや燕尾服も破れて、染料の効力も消えてしまっていたのだ。

 そのため紫乃は黒髪に戻って素顔を晒してしまい、胸の部分が裂けて詰め物もなくなっている。クリスも元の銀髪になっており、顔が明らかとなっていた。

 顔を見合って二人ともしばらく沈黙していたが、やがてほぼ同時に口を開く。

 

「クロ!? クロなのか!?」

「シロだったのか!? っていうか……」

 

 さらにもう一度、二人の言葉は重なった。

 

「お前、女だったのか!?」

「お前男だったのかよ!?」

 

 再度訪れる、間の抜けたような沈黙。

 紫乃は頭を振り、クリスを指で差した。

 

「い、いや今はそんな事どうでも良い! クロ、なぜお前が生きているんだ!? どうしてロゴス・シーカーの仲間に……!?」

「なぜ、ってそんなもんこっちのセリフだ!! どうなってんだシロ、なんでお前が封魔司書なんかになってんだよ!?」

 

 クリスも、非難するかのように紫乃に追及する。

 その時だった。荒れた会場の空気が、突如としてひやりと変わるのを、二人とも感じ取った。

 

「ほう。君たちは知り合いだったのか」

 

 見れば、そこにはローブについたフードを目深に被っている男と、その隣に黒いドレスを纏った女が立っている。

 男の方が例のロゴス・シーカーのトップである事は、放送されていた時と同じ声というだけでなく、その姿で理解できた。

 アダンやカリオストロとは異なる、圧倒的な存在感と威厳。ただそれだけで十分なのだ。

 

「こうして顔を合わせるのは初めてだったな。私は……そうだな、バルト・アンダースと名乗っておこう。恐らく君の想像している通り、ロゴス・シーカーの首領を務めている」

「貴様が!」

 

 息を呑み、レリックライザーの銃口を向けて引き金を弾く紫乃。

 しかし銃弾は命中せず、バルトの目の前で静止した。

 見れば、隣に立つ女が杖を掲げて障壁を作っているのが分かった。

 

「くっ!?」

「紹介しよう、彼女はモルガン・ル・フェ。私の部下だ」

 

 それを聞いて紫乃は瞠目する。

 モルガン・ル・フェは、あのアーサー王伝説にも登場する魔女であり、アーサー王の姉にして最大の敵だ。

 凄まじい魔術の使い手で、聖剣エクスカリバーの鞘を盗む、王との近親相姦によってモルドレッドを産むなど暗躍した人物。

 何より――彼女も、ロゼの先祖同様に湖の乙女の一人である。

 

「さて。私を倒せばロゴス・シーカーは解体するだろうが……どうする? 戦えるのか、その体で」

 

 バルトが満身創痍の紫乃を見下ろし、そう言った。

 確かに今の攻防で体力を消耗してしまい、決して浅くない傷も負っている。満足に戦える状態ではない。

 それでも。

 

「それでも敵の首魁を前にして、何もせずに逃げ帰る事などできるはずがない!」

「素晴らしい」

 

 小さく拍手をすると、バルトはさらに紫乃の背後を指差した。

 すると数刻の後、廊下からブリューナクとユーダリルが駆けつける。

 

「ムラサメ、無事!?」

「おい、どういう状況だこりゃ。あいつは何者なんだ……!?」

 

 ただならぬ雰囲気のローブの男、バルトの姿を目の当たりにして、二人も表情を引き締めた。

 紫乃は背を向けたまま、ブリューナクたちに対して簡単に事情を打ち明ける。

 

「ヤツがロゴス・シーカーの首領だ! 名はバルト・アンダース……ここで確実に倒すぞ!」

 

 その言葉にブリューナクもユーダリルも頷くと、Aウェポンを構えて敵勢を睨む。

 バルトは微笑みながら彼らの様子を眺めた後、自らの右手に書物を持ち、パラパラと捲って行く。

 

「君たちの勇気を称え……直々に相手をしよう。ただし、ほんの30秒だ」

「なんだと?」

「お互い時間を無駄にしたくはないだろう、船にも穴を空けられているようだしな。この戦いで何か学び取りたまえ……生きていられれば、だが」

 

 そう言ったバルトの右手に抱えられている書物のタイトルを見て、紫乃は目を見開いた。

 

「『ヌクテメロン』だと、まさか貴様は……!?」

「目覚めよ。第九刻に宿りし精霊(ゲニイ)が一柱、烈火のスクラグス」

 

 瞬間、詠唱と共にバルトの左手に光が宿り、あるものが握られる。

 それは、一本の透明なモンストリキッド。彼は今この場で、魔術書以外の何の道具も必要とせず、即座に生成したのだ。

 

「あり得ない!? こんな事、できるはずがないわ!?」

「できるのだよ。この私には」

《ゲニウス・ナインス……スクラグス!》

「ヌクテメロンよ、我に力を」

 

 赤い光を帯びたリキッドを持った左拳を握り締め、真っ直ぐに突き出す。

 

『うわあああああああああっ!?』

 

 ただそれだけで爆炎の嵐が巻き起こり、紫乃は負傷、ブリューナクらも変身が解除されてしまう。

 

「終わりか。結局、時間の無駄だったようだな」

 

 いつの間にかリキッドが消失し、くるりと踵を返して、バルトは退屈そうに右手を挙げる。

 するとモルガンが自身の杖を置いて、大きな葉に似た形状の扇を取り出した。

 

「中国の仙女、鉄扇公主の芭蕉扇。味わってみなさい」

 

 言いながら扇を振り上げて一あおぎすると、今度は台風の最中にいるかのような突風が吹き荒れ、紫乃たちは窓から外へと一気に飛ばされていく。

 

「あの傷で海に投げ出されては生きてはいられまい。普通なら、だが」

 

 そうバルトが呟いた直後に、船全体が再び大きく揺れ動く。

 

「相当派手に暴れたようだな」

「こっそり爆弾でも仕掛けていたのかも知れません」

「じき沈むな、これでは。脱出するか」

 

 バルトとモルガンは冷静にそんな話をしながら、ゆったりと脱出の準備を始めた。

 一方、クリスは呆然と、紫乃の飛んで行ってしまった割れた窓から外を眺めている。

 

「シロ……」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「ぶはぁーっ!!」

 

 船から風で飛ばされた後。

 封魔司書の一行は、磐戸市近郊にある砂浜に漂着していた。

 灰矢がユーダリル ガイアトータスカラーへと変身し、装甲分離によって小さなイカダのようなものを作って、自身は泳ぎながら陸地を目指していたのだ。

 

「おい、お前ら無事か!?」

 

 咳き込みながら変身を解除し、灰矢は先に流れ着いた二人に声をかける。

 ロゼはヘアゴムが取れて海水でズブ濡れになる程度で済んでいるが、紫乃の方はボロボロになったドレスがほとんど流されてしまって半裸の状態だった。

 

「ああ」

「な、なんとか」

 

 それでも命を永らえる事は辛うじてできたため、疲弊しつつも砂浜に座り込んで二人は返答した。

 灰矢も二人の前で寝そべり、クタクタになっている。

 

「結局見逃してしまったな」

「ラジエルの書のページも向こうの手に渡ったまま。任務は失敗ね」

 

 紫乃とロゼはそう言って溜め息を吐き、しかし灰矢がそんな二人を慰めるように笑いかけた。

 

「けど、海上オークションはこれでしばらく運営停止だ。さっきスクリューとエンジンにも矢をしこたまぶちこんでやったぜ、もう火の手も回って沈んでる頃さ」

「殺す気満々じゃないですか……」

「あのアダンやらが乗ってんだ、このくらいしねェとだろ。それに、ペルセウスの髄液だって奪ってやった。それでひとまずは良しとしようぜ」

 

 横になったまま、右手を挙げて自らの親指を立てて笑う灰矢。

 その姿を見て紫乃もロゼも笑って夜空を見上げるが、すぐに紫乃の表情は引き締まる。

 

「クロ、どうしてお前がロゴス・シーカーに……」

 

 船の中で邂逅した、クリス(クロ)。遠く離れた友を思い、砂を握り締める。

 

「――っくしゅん!」

 

 後日、紫乃は風邪を患った。




付録ノ十九[ケットシー]

 欧州各地に伝わる、猫の妖精。
 二足歩行で歩く上に、人語を解し二ヶ国語を話すなど知能が高い。
 こういった猫に関する民話は様々な形で伝えられており、長靴をはいた猫もその一種であると考えられている。
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