人食いの化け物に殺されるかと思われたその時、彼らを助けたのは、かつて駿斗の命を救った仮面の少年だった。
そして倒されたツチグモによって明らかとなった素顔を見て、駿斗たちは驚愕する。
その正体は、髪の色こそ違うものの、学校で会った新入生の行雲 紫乃なのだ。
「あ、あの~……」
戦いの後、駿斗と若葉は紫乃に連れられ、ケガを治療された上でマイクロバスに乗っていた。
あれから紫乃と同じ軍服と形の異なる仮面を着用した人物が何人も駆けつけ、ヒヒとツチグモの遺骸を処理し、瞬く間に公園の荒れた状態を元に戻したのだ。
そればかりか、今こうして車を用意して半ば拉致のような事をしている。
リムジンのような内装の広くゆったりとした空間の中、駿斗は恐る恐る挙手すると、今は黒髪に戻った紫乃に問いかけた。
「君は紫乃くんだよね?」
「そうだ」
「僕らをどこに連れて行こうとしてるの?」
「オレの所属する組織の拠点だ。少しばかり付き合って貰う」
組織という単語を耳にして、駿斗と若葉の顔が青ざめる。
怪物と戦う事ができ、さらに容易く街の破損を隠蔽する工作技術。二人とも、怪人以上に恐ろしいものに関わってしまったのではないかと思い始めていた。
「紫乃くん、君は一体!?」
「ていうかあたしたちをどうする気!? まさか口封じに殺したりなんか……」
堪え切れずに若葉の口走った言葉で、ますます不安になる駿斗。
しかし紫乃は、慌てる様子もなくゆっくりと頭を振って応対した。
「口止めはさせて貰う事になるだろうが、お前たちに危険が及ぶような状況にはならない。オレたちはそんな事のために存在しているのではない」
「ほ、本当に?」
黙って頷く紫乃。それを知って幾許か冷静になったのか、二人とも安心して息をつく。
思えば、本当に口封じのために命を奪うような組織であれば、最初から紫乃が駿斗たちを助ける意味などない。当たり前の話だ。
命の恩人を疑うような事をしてしまった己を恥じ、駿斗が俯く。それを知ってか知らずか、紫乃は特に怒るでも叱責するでもなく、ただ座って外を眺めている。
そしてそんな空気のまま、車の動きが止まった。
「目的地に到着した。降りるぞ」
「う、うん!」
車のドアを開き、三人は外に出る。その場所を見ると、駿斗は目を丸くした。
「ここは……磐戸図書館の駐車場?」
磐戸市には、膨大な種類の本と資料を貯蔵した巨大図書館が建造されている。
資料が潤沢なだけではなく内装も美しいため、この施設を目当てに磐戸市を訪れる者も少なくない。
しかし一体何の用があってここに来たのか。問いかけても、紫乃は短く答えるだけだった。
「すぐに分かる」
紫乃が二人を先導し、駐車場から図書館のスタッフ用通路へと移動する。
おっかなびっくり歩く駿斗を案内しつつ、エレベーター内に入ると、カードキーを取り出して操作盤にかざした。
すると扉が閉じ、地下が存在しないはずであるにも関わらず矢印が下を向いて、エレベーターそのものも動き始める。
「ウソ……!?」
当然、駿斗も若葉も目を剥いた。だが彼らが本当に驚く事になるのは、このすぐ後だった。
エレベーターから外へ出ると、そこには図書館の内装とは異なる、しかしそれに比肩する広大な施設があった。
そして仮面は被っていないものの、職員と思しき者たちはやはり全員が紫乃と同じ黒の軍服を纏っている。
「ここは一体!?」
驚きながら設備を見回す駿斗、若葉など言葉すら出ず口をパクパクさせている。
そんな折、三人の前にひとりの女性が姿を現す。
サラリとなびく美しい茶色の長髪に、優しげな印象を与えるぱっちりとした両目、長い睫毛に薄紅色の唇など、女性的な魅力溢れる美女であった。
黒い詰襟の軍服を着ているが、ボタンが全て締り切っておらず、その胸は窮屈そうに大きさを主張している。
「ようこそ、封魔結社
薄く笑みをたたえ、女性は二人に語りかける。
若葉とは違うタイプの、大人の魅力を持つ彼女にドギマギし、駿斗はペコリと頭を下げた。
「え、えっと。あなたは?」
「私はLOT磐戸支部の支部長、封魔司書の
「了解」
織愛はそう言いながら二人を伴って移動。短い返事をした紫乃も、別方向へと歩いて行く。
そして三人は支部長用のオフィスルームと思われる場所に到着、織愛によって扉が開かれた。
机の上にハイボールやワインボトルなどが散らかっているのが二人の目に飛び込んだが、その視線に気づいた織愛は素速く飛び込んで酒類を片付ける。
「……さ、さぁどうぞどうぞ、座って座って。色々と訊きたい事もあるでしょう」
促されるままに、駿斗も若葉もソファーに着席する。
突然の状況が続いて二人ともしばらく困惑していたものの、やがて若葉が先に手を挙げた。
「その、ロットとか封魔司書って何なんですか?」
「そうね。まずはそこから始めましょう」
コホンと咳払いし、織愛は真剣な顔になって話し始める。
「私たちLOT――
「世界規模で活動してるんだ……じゃあ、あの怪物は何者なんです? ギガ、とか言ってた気がするんですが」
駿斗の問いに頷くと、織愛は机の上のタブレット端末を操作し、資料を投影した。
そこには、紫乃が戦った相手である大猿と大蜘蛛の姿が映っている。名称はヒヒ・ギガとツチグモ・ギガというらしい。
「
ゴクリと駿斗が息を呑む。
実際、目の当たりにした事があったからだ。人間が透明になって、壊れてしまう瞬間を。
続いて、その話に疑問を持った若葉が再び挙手する。
「どうして戯我は妖怪の姿と名前をしてるの?」
「逆よ。戯我が後から生まれたんじゃなく、古来から伝わりあなたたちも知る妖怪や悪魔そのものなの」
「えっ!? じ、じゃあ色んな本に載ってるああいう怪物って、全部実在するってこと!?」
「そうよ。当時は今ほど技術が発達してないし完全な形で隠蔽できないから、伝承とか都市伝説みたいな架空の存在として扱う形で、人類の歴史から秘匿して来たのよ。だから表の世界の神話や歴史と少し齟齬があったりするけど」
信じられないとばかりに目を瞬かせて、若葉は唸る。
すると今度は、それを聞いた駿斗が新たな質問を投げかけた。
「戯我たちはどうして人を襲うんですか? 一体何が目的なんです?」
「そうね……彼らも人間みたいに個体差とか性格の違いとかがあるからなんとも言えないけど、多くは彼らが自由に闊歩していた頃の、つまりは『神話の時代』を取り戻そうとしているの」
「神話の時代?」
「詳しい歴史の流れとかを説明すると長くなるし掻い摘んで話すけど……今よりずっとずっと昔、神と呼ばれるモノが統治していた時代では、戯我も普通に生息していたの。だけど人の時代に移り変わると、表立って人間と敵対する戯我が増え始めた。そして私たちのように戯我に抵抗する組織が生まれたってワケ」
興味深そうに若葉も駿斗も頷き、そして遠慮しながらももう一度駿斗が詰めるように問う。
「では、戯我の存在を……というか事実を公表しないのはどうしてなんです? 周知すれば、力のない人だってもっと対策ができるはずじゃないですか」
「残念だけど、それはできない」
「どうして!?」
「存在を公にすれば、人々は恐怖し混乱する。好奇心に駆られ面白半分で真偽を確かめる者もいるでしょう。戯我は狡猾にそんな人間の心理に付け込むわ、戯我や遺物の力の悪用を目論む人間だっている。そうならないよう立ち回るのがLOTの方針よ」
「それは……」
確かに、と駿斗は半分納得する。だが完全に飲み込みきれず、きゅっと唇を締めて押し黙ってしまった。
織愛はバツの悪そうな顔をし、話題を探そうとしているように視線を泳がせる。
だが、その前に若葉の方が口火を切った。
「あたしたちはどうなるんですか? もう、この世界の裏側を知っちゃいましたよ」
それは駿斗も知りたい事だった。
紫乃はああ言っていたが、真実を秘匿する組織と聞いてしまった以上、ただ口止めするだけでは済まないのではと考え始めているのだ。
しかし織愛は、それを見透かしているかのように首を横に振った。
「安心して、秘匿すると言っても乱暴な手段に訴えるつもりはないわ。ただ、当然LOTの事を外部に漏らしてはダメよ。約束できるかしら?」
「約束……できなかったら、どうなるんですか?」
「さっきも言った通り、私たちは暴力的な手段に出る事はない。けど真実を秘匿するため、そして戯我からあなたたちを守るために。二人が帰った後、これから先ずっと監視させて貰う事になるわ」
「ええっ!?」
心底驚く駿斗と若葉に、織愛は慌てた様子で両手を挙げて補足する。
「もちろん、約束を守れるならこんな事する必要はないのよ? 私だって厳しく取り締まりたいワケじゃないし」
本意からの言葉でないのは確かなようで、駿斗から見た彼女の表情は暗いものだった。
駿斗と若葉は頷き合い、そんな織愛へと優しく声をかける。
「分かりました。僕も若葉も、知った事は全部内密にします」
「良かった、ありがとう」
「ただ……その、頼みがあるんですけど」
そう言いながら駿斗が差し出したのは、首から提げた羽根のペンダントだ。
「これを調べて貰えませんか?」
受け取った織愛は、不思議そうに羽根へじっと目を凝らしながら「これは?」と尋ねる。
「じいちゃんの形見なんです。本人からは、本物のペガサスの羽根って聞いてます」
「なんですって!?」
織愛が驚き、その目の色が変わる。そして視線が駿斗に移り、神妙な面持ちで彼に再び声をかけた。
「確かに普通の鳥の羽根とは違う……白多くん、おじいさんはこれをどこで?」
「分かりません。じいちゃんは冒険家の考古学者で、色んな国を飛び回ってましたから」
駿斗からの返事を聞いて、自らの腕を組みながら頷く織愛。この羽根に興味を示している様子だ。
さらに、駿斗は頭を下げて懇願する。
「僕はじいちゃんの夢を叶えたい。いつかペガサスを見つけるって。もしかしたらその正体は戯我だったのかも知れないけど、それでも……お願いします!」
「君の気持ちは十分伝わったわ、それで約束を守って貰えるのならお安い御用よ」
「じゃあ……!」
「少しの間預かるわね。解析が済み次第、多分明日・明後日くらいには返せると思うわ」
駿斗の表情が明るくなり、再び深く頭を下げた。それに続く形で若葉も一礼する。
ようやく自分の、祖父の念願が叶うかも知れない。そう思ったら、駿斗は感激せずにはいられなかったのだ。
「ありがとうございます!」
「お礼は調査が終わってからよ」
そう言って織愛はウィンクし、ペンダントをデスクの上に置いた。
直後、若葉は時計を見て「あっ」と焦ったような声を発する。
気付けば既に時刻は19時。駿斗も、急いで帰らなければならない時間だ。
それを察してか、織愛は微笑みながら人差し指を立てる。
「今日はここで解散にしましょう。実は、念の為に護衛も兼ねてもう車を手配してあるの」
こうして織愛自らの案内で二人は再び駐車場へと向かい、この日は図書館から去るのであった。
駿斗と若葉が帰宅した後。
LOTの地下施設にある自室にて、紫乃はベッドの上で寝転がっていた。既にシャワーを浴び、着替えを済ませてある。
戦いの後という事もあって、その両目が眠気から徐々に閉じかけていく。
「やぁ、紫乃」
しかし、微睡みに溶けそうになった意識を、そんな男の声が呼び戻した。
視線をそちらに向けると、そこには白毛の小狐が座っている。
「……オレに何の用だ。今は休むように指示されている」
「いやぁ~。お疲れのところ申し訳ないね、君の力を見込んで頼みがあるんだ」
「お前本当に労う気はあるのか?」
「報酬払うよ?」
「そういう問題じゃない」
頭の後ろで腕を組み、煩わしそうに言い放つ紫乃。
だが話を聞くつもりはあるのか、扉の前に座ってカラカラ笑う狐を見つめ、話の続きを促した。
「またこの街に戯我が現れたようなんだ。そして今も、どこかに潜んで人の色を喰う機会を窺っている」
「今度はその戯我を見つけて狩れ、という話か」
「察しが良くて助かるよ。明日以降、行動を開始してくれ」
「了解」
「あ、それと」
狐の口角が悪戯っぽくニヤリと歪み、尻尾が左右に揺れる。
「たまには直接会いに来ないかい? これでも私は君の父親のつもりなんだが」
「日本支部長が何を言う。真面目に仕事をしろ、私情を挟むな」
「おやぁ、父さんのお仕事の邪魔はしたくないって事かな? それともプライベートなら会いに行っても良いって? 可愛いところもあるじゃないか」
「違う」
「素直じゃないなぁ君は」
「帰れ」
「フフフッ。じゃあおやすみ、紫乃」
狐がそう言うと同時に、その姿はドロンと煙のように消えてなくなる。
紫乃は狐が消えたのを見届けた後、深く息をついて天井へと目をやった。
「……オレに家族など不要だ」
段々と眠たさが戻り、その目がゆっくりと閉じ始める。
「オレはただの、戯我を調伏する刀。それだけで良い……」
その言葉の直後、紫乃は深い眠りの中に落ちるのであった。
※ ※ ※ ※ ※
翌日。
学業が終わり、紫乃は小狐から与えられた任務を果たすべく行動を開始していた。
急ぎ戯我への対処に向かおうと鞄を手に取り、教室の外へ出る紫乃。
しかし、その彼の前に、再びあの二人が現れた。
「あ、紫乃くん!」
駿斗と若葉だ。階段を降ろうとしたところで、出くわした。
また意味の分からない勧誘に来たのだろうと思った紫乃は、以前と同じように横を素通りして去ろうとする。
「オレは忙しい。話は後にしてくれ」
「待って!」
だが、駿斗はそんな紫乃の腕を掴んで呼び止める。
どうにも昨日と様子が違うので、訝しみつつも話を聞いてみる事にした。
「昨日の事、ちゃんとお礼言えてなかったから。本当にありがとう」
「あたしも! 助けてくれてありがとう!」
そう言って、二人とも頭を下げる。
紫乃は溜め息と共に首を横に振って、また降りの階段へと足を進める。
「礼を言う必要はない」
「でも、僕が君に助けられたのはこれで二度目なんだ。君は覚えてないのかも知れないけど。だからちゃんとしたお礼を……」
「どうだって良い。任務だから、仕事だからやっただけだ」
「仕事?」
「ああ。組織に雇われていれば生活するのに困らないからな。報酬も稼げる」
階段を下る紫乃の後ろを、駿斗と若葉が付いて行く。そして若葉が、不思議そうな顔をして尋ねるのだった。
「でもさ、それだけならわざわざあんな危険な事しなくて良くない? 死んじゃうかも知れないのに」
「知った事じゃないな。オレは今までずっとこうして生きて来た、これからもそうする。ただそれだけの話だ」
さも当然であるかのように言い放つ紫乃に、耳を疑ったのは駿斗だ。
今までずっとこうして来た。つまり、それは自分たちと出会うよりもずっと前から、つまりもっと幼い頃から戦って来たのだという事を意味する。
「一体、いつから……?」
「なに?」
「いつからそんな戦いばかりの生活を?」
「さぁな、覚えていない。きっと生まれた時からそうだったんだろう」
肩を竦めるでもなく、怒るのでもふざけるでもない。
まるで人形のように無表情、無感情にそう言う。
駿斗はそれ以上何も言えなくなり、ただ紫乃の顔を見つめる事しかできなくなってしまった。
「急ぎなんだ、もういいだろう」
そう言って紫乃は、ようやく駿斗たちの傍を通り過ぎる。そして、調査が始まった。
※ ※ ※ ※ ※
その夜。
学校で戯我の出現の一報を受けた紫乃は、現場である建設工事中の建物へと侵入していた。調査の結果、ここに潜伏している事が分かったのだ。
崩れて鉄筋が剥き出しになったコンクリートを避けて、足を進めていく。
「ここのようだな」
奥から僅かに水音のようなものが響いて来るのを聞き取り、仮面と軍服を装備した紫乃は呟いた。髪色も、学校にいる時の黒ではなく銀髪になっている。
そこにいるのは、リスのような姿をした怪人だ。ラグビーボールのような楕円に見える物体を手に取り、長い前歯の飛び出した口を開き、そこから色を抜き取っていた。
「ラタトスクか……」
紫乃の発した声が聞こえたらしく、碧いリスの怪人――ラタトスク・ギガが立ち上がって、手に持っていたものを放る。
それは、首を齧られて千切り落とされた人間の頭だった。色が完全に消えて透明になっており、地面に落ちると同時に砕け散った。
「チチチッ、ラッキー! 愚かな人間が自分から現れたか!」
カチカチッと歯を鳴らして笑い、大きな尻尾を揺らしながらラタトスクは素速く紫乃の前に接近する。
だが紫乃もAウェポンT/Gを手にして、尖った爪の貫手を防いで距離を取った。
「チチィッ!」
「フン……」
追撃が来るよりも先に、紫乃は短刀を四本同時に投擲。ラタトスクはそれらを回避するが、その動作が隙が生む。
一瞬の光明を見逃すはずもなく、紫乃はAウェポンを地面に突き刺し、二本のモンストリキッドを手に取った。
《サンダー!》
《ハウンド!》
レリックドライバーは既に装着されており、紫と白のモンストリキッドはすぐにそこへ装填される。
《
「変身」
《
『ウォオオオーンッ!』
獣の咆哮と同時に、五芒星とインクの波を潜り抜けた紫乃の姿が変化する。
紫の雷に煌めく白き霊犬、仮面ライダームラサメへと変身し、その手で刀を抜き取って真っ直ぐにラタトスクへと斬りかかった。
「おぉっと!?」
だがラタトスクは素早く身を翻し、斬撃を回避。そして壁を伝って天井を這い、そこに前歯で穴を開けて上階へ移動する。
「逃さん」
ムラサメもAウェポンを銃形態に変えて天井に穴を開け、跳躍。
すると、そこにはラタトスクだけでなく十数体もの戯我の影があった。
緑の体色で頭に二本の角や尖った耳を生やした、小柄だが凶暴そうな怪物だ。
「コオニ……いや、ゴブリン・ギガだな」
慌てる様子もなく言い放ち、ムラサメは銃口をそのゴブリンたちに向ける。
「かかれっ!」
そしてラタトスクの合図と同時に、ゴブリン軍団も一斉に襲いかかって来た。
銃撃によって一体が頭を撃ち抜かれて消滅するものの、残る敵勢はまだまだ多い。
トゲのついた棍棒を振り上げ、それを乱暴に叩きつけて来る。
「フン」
《サンダー!》
「急々如律令」
《
ムラサメは多少の傷を意に介さず、武器で攻撃をいなしつつドライバーのリキッドについたスイッチを押し込む。
続いてトリガーを引き、周囲に雷を撒き散らして接近していたゴブリンを一掃せしめた。
残りのゴブリンたちは今の雷を警戒し、距離を取っている。ラタトスクもその雷撃には目を見張っていた。
「チチッ!? やるねェ。話には聞いてたが、やっぱりお前がツチグモとヒヒをやった封魔司書か」
「知っているという事は……お前、連中の仲間か? 結託でもしているのか? 少し話を聞かせて貰うぞ」
「チチチチチ! 話なんかする義理はないなぁ?」
「ならば答えたくなるようにしてやる」
今度は碧のリスに銃口を向けるムラサメ。だが、その直後。
ムラサメの背後の壁が破壊されたかと思うと、飛散する瓦礫と共にもう一体の戯我が躍り出た。
「何っ!?」
「チチチッ! バカめ、簡単にやられてやるワケねぇーだろうがよー!」
立派な角の生えた牛頭の巨男の剛拳が、ムラサメの脇腹に突き刺さる。
よろめきながらも立ち、刀形態に変えた武装を杖のように使ってその敵を睨んだ。
「ミノタウロスか……!」
名を呼ばれたその戯我は拳を強く打ち鳴らし、天井に向かって強く吠えた。
「ブオォォォォォッ! オマエ、オレサマが倒す!」
「ほざけ……!」
拳を振り上げて向かってくるミノタウロス・ギガと、その横脇から素速くムラサメの背後に回ろうと動くラタトスク・ギガ。
ゴブリンたちも、牛怪人の背後で敵の動きを注視している。
対し、ムラサメは真っ直ぐに疾駆しミノタウロスへと立ち向かった。
「ブオォーッ!」
「フッ!」
跳躍して拳を足で踏み、さらにもう一度跳んで回り込んだ雷犬の戦士は、レリックドライバーからマジックヴァイオレットのモンストリキッドを、ホルダーからファイアレッドのものを抜き取る。
さらにそれらを、手速い動作でGモードのAウェポンへと一度ずつリードした。
《サンダー! ファイア!
重い一撃が来る、その事を察知したミノタウロスも反撃に移ろうと背後に向かって裏拳を振るう。
「ブモォッ!」
「遅い」
《
クラッシャーと装甲が展開し、咆え哮る獣めいた排熱音が発され、紫の雷と赤い炎を同時に宿す一振りが右拳に叩き込まれる。
その一刀が拳を右肩まで炎雷によって溶断し、ミノタウロスの右側の大角をも破砕した。
地面に落ちたそれらは、黒ずんだ色となって地面で溶ける。
「グ、モ……!?」
右腕を失い、ガクリと体勢を崩してしまうミノタウロス。刀を構え直したムラサメは、さらに追撃をかけようとしている。
しかし、ゴブリンたちの指揮を執るラタトスクはそれを許さなかった。軍勢をムラサメへけしかけ、対処している間に助け起こす。
「チチィッ! ダンナぁ、大丈夫か!」
「おのれLOTめ!」
インクを固めて流出を無理矢理止め、ミノタウロスはゴブリンを全滅させたムラサメを睨む。
そして、今度はラタトスクがムラサメの前に立ち塞がった。
「お前じゃ俺のスピードには追いつけねぇよな!?」
ケタケタ笑いながら鉤爪で斬りつけては離れ、殴っては飛び回って逃れるを繰り返す。
単なるヒット&アウェイ戦法で、ムラサメを直接的に倒せる戦闘力ではない。
しかし、ミノタウロスが体勢を立て直すまでの時間稼ぎにはなった。
「ダンナぁ! チャンスだぜ、やっちまえ!」
「ブオォッ!」
ラタトスクが離れると同時にミノタウロスの拳が再び襲いかかり、その豪快な一撃はムラサメを壁ごと吹き飛ばしてして隣の部屋まで送り込む。
勝利の雄叫びを上げる二体。今の一撃で確実に仕留めたのだと思い、歓喜に湧いている。
だが。壁に大きく開いた風穴の奥で、二つの音が響いた。
《アイス!》
《セイレーン!》
「スピードが足りないと言ったか?」
《
冷気を伴う風が、穴から吹き込んで来る。何やら背筋に怖気を感じ、ミノタウロスもラタトスクも身構えた。
見れば、ムラサメが既にアイスブルーとマリンブルーのモンストリキッドをレリックドライバーへと装填しているのが見える。
そして二体がそれを阻止するよりも前に、ムラサメは引き金を弾いた。
「カラーシフト」
《
身も凍えるような冷風がさらに強くなり、ムラサメの頭上と足下に五芒星が展開。
続けてそこからアイスブルーのインクとマリンブルーのインクが流れ出し、霊犬の姿を大きく変貌させていく。
《冴え渡る青氷の歌声! アイスセイレーン!》
『――♪』
透き通るような美しい歌声と同時にインクの飛沫の中から飛び出したのは、先程とは打って変わって流麗な風貌の戦士だった。
両腕や両足の各所に魚のヒレのようなものが伸び出し、首には鱗模様のマフラーを巻いている。
サンダーハウンドに比べて軽装で、その姿はまるで忍者と人魚とを組み合わせたかのようだ。
「ムッ!?」
「姿が……変わっただと!?」
二体の戯我が驚く間に、ムラサメは刀形態のAウェポンを逆手で構えて疾駆する。
瞬きする間に目前まで迫って来たので、ラタトスクは驚いて飛び退くが、ムラサメは容易く追走。慌てて繰り出された爪をも回避し、太刀で斬りかかった。
「ぐげっ!?」
僅かに濡れた刃はラタトスクの脇腹を裂き、浅いながらも傷を負わせた。
「こ、こいつ! さっきより速いぞ!?」
腹を押さえて驚愕するラタトスク。
ムラサメは刀を構え、油断なく二体を見据えて語り始める。
「レリックドライバーは、二色のモンストリキッドの組み合わせによって変身者の戦闘形態を大きく変化させる力を持つ。文字通り……多彩にな」
「なに……」
「このグラデーションカラーは二つのリキッドの特性を最も高く引き出せる組み合わせだ。サンダーハウンドは優れた視覚・聴覚・嗅覚を備え、雷の力と均整の取れた戦闘能力を持つバランスタイプ。そして」
タンッ、という蹴り出す音と共に氷の上を滑るように動き、ムラサメは一気にラタトスクとの間合いを完全に詰めた。
「ううっ!?」
「このアイスセイレーンはスピードタイプだ」
逃げようと走るリス怪人だが、青き忍はそれよりなお疾い。たちまち、正面へと回り込まれてしまった。
同時に、ムラサメは既にセットしてあるアイスブルーのリキッドを素速く起動させる。
《アイス!》
「急々如律令」
《
ムラサメの周囲に冷気が吹き付けられると共に、氷柱が生み出されてラタトスクとミノタウロスを攻撃する。
それ自体は各々難なく回避するものの、身を守る隙に距離を詰められてしまう。
「ひっ」
再び逆手に持った刀が振り被られている。ラタトスクは恐怖から、思わず両腕で身体を守るように動かす。
その判断が裏目に出た。視界から外れた瞬間、ムラサメはその肩を踏み台にして大きく跳躍する。
「しまっ!?」
跳んで行く先にいるのは、ミノタウロス。まずはこちらを始末しようとしていたのだ。
拳を滅茶苦茶に振り回す牛人に対し、ムラサメは冷静にレリックドライバーにセットしてあるモンストリキッドを入力する。
《セイレーン!》
「急々如律令」
《
ムラサメの口部から放たれた強烈な音波が、暴れ回るミノタウロスの耳を襲撃して視覚・聴覚を歪ませ、動きを止める。
たった一瞬でもその動作が止まってしまえば、それは絶好の反撃の機会となる。
だが、ミノタウロスもやられるばかりではない。体勢を立て直し、青き忍に向かって思い切り拳を打ち込んだ。
「ブモォォォッ!」
砕け散るような音と共に、ムラサメは木っ端微塵になる。
左腕を高く天井に掲げ、牛の怪人は勝利を確信して鬨の声を発した。
その直後、背後から音声が鳴り響く。
《ハウンド! サンダー! ファイア!
見れば、そこには砕けて死んだはずのムラサメがおり、装甲と口部を展開して排熱している。
ミノタウロスは、そこで思い出した。自分が音波によって感覚を狂わされていた事を。
そして、気づいた。自分が殴ったものがムラサメではなく、彼の生み出した身代わりの氷柱であった事を。
《
「これが最後の景色だ」
三色の輝きを放つ一閃が、ミノタウロスの身体を両断。
上半身が地面に落ち、断面からインクがドボドボとこぼれ、巨躯の牛人を散滅させた。
「さて」
「ヒ、ヒィッ……」
「お前を消す前に、少し質問させて貰う」
刀身についたインクを払い、銃形態に変形させるムラサメ。
銃口を震えてへたり込むラタトスクの眉間に突きつけ、言い放つ。
「お前たちの背後にいるのは何者だ? 誰の指示で人を襲う? 戯我か、あるいは人間の術者がいるのか?」
武器を突きつけられたまま、ラタトスクはぐっと言葉を飲み込む。
「そ、そんな事……俺が答えると思ってんのかよ?」
「答えなければ地獄を味わって貰うだけだ。2秒で決断しろ」
ゆっくりとトリガーを引き込む指に力が入っていくのが、ラタトスクにも分かった。
すると大層慌てた様子で、観念したように叫び散らす。
「うわぁぁぁっ! わ、分かった! 話す、話すよ! 俺たちのバックにいるのは――」
両手を上げながら答えようとした瞬間。
ラタトスクの顔が、どろりと溶けて変形し始める。
「え、げ」
「なに!?」
「お、おれ……どうなって……」
情報を吐き出そうとした途端に起きた異変を見て、ムラサメは察する。
この怪人を使役している何者かが、口封じを行ったのだと言う事を。
ラタトスクが粘液の怪物に、スライムのようになっていくのを憐れむような目で見ながら、ムラサメは静かにレリックドライバーに手を伸ばす。
《
「お前を塗り潰す色は決まった」
《
音声と共に再度クラッシャーと装甲が展開し、青い光の粒子と冷気が噴出。
肥大化した粘液の怪物は凍結し、凄まじい超音波が氷の塊と化したスライムを微塵に粉砕した。
そうして消滅する姿を静かに見届け、変身を解いた紫乃は、N-フォンを手に取って織愛に通話をかける。
「調伏完了、情報収集は失敗。だがこれで何者かが事件を起こしているのはハッキリした」
短い報告の後、マントを翻した彼は再び街へと戻るのであった。
「任務を継続する」
付録ノ二[モンストリキッド]
元素の力や
モンストリキッドには『エレメントカラー』と『フィジカルカラー』の二種類が存在し、エレメントは雷や氷などの属性を付与するもので、フィジカルは戯我の五体を表す。
レリックライザーによる召喚では、エレメントの力を得た戯我が召喚されて戦列に加わる。レリックドライバーを使用した場合、使用者は戯我と融合した戦士、仮面ライダーに変わる。
融合しても戯我に乗っ取られたりせず本人の意識を保っていられるのは、弾殻にそのような戯我の力を抑制する効果があるため(孫悟空の緊箍児のようなもの)。
また、そもそもLOTが管理するモンストリキッドには人間と敵対的な行動を取る戯我が封入されていない事も大きい。