磐戸の商店街を走る、二つの人影。
まだ太陽が登っていると言うのに辺りは暗く、その上5月だというのにまるで秋か冬のように空気が冷たい。
そんな明らかに異常な街を駆け抜けるのは、紫乃たちのクラスメイトである柿根と学級委員長の海松野だ。
「はぁ、はぁ……さっきのアレ、まだ追いかけてきてるわ! まるで幽霊みたいな……」
「勘弁してくれぇー! アタシはホラーが大嫌いなんだよーっ!」
柿根の悲壮な叫び声が、誰もいない商店街に響く。
二人は、見てしまったのだ。半透明に揺らめく異形の騎士を。それが馬と共に過ぎ去るだけで、街路や建造物などから『色』が失われ、砕けるのを。
そしてその亡霊の騎士に気づかれてしまい、現在に至る。
「アレに触れたら、私たちも……!?」
「ひいいいいい!?」
震えながら、少女たちはただただアテもなく走り続けていた。
背後に迫る騎士の猟団は、弄ぶかのように二人を追いかけ回す。
そしてじわじわと距離を詰め、槍を掲げようとした、その時であった。
「これがワイルドハント……踏み鳴らした地を不毛の世界に変える行軍。まさか日本で目にする事になるなんて」
そんな声と同時に、宝石が飛来して幽霊たちを貫く。
恐る恐ると海松野が見上げると、そこには紫色の甲冑を纏う竜の女騎士が――仮面ライダーブリューナクがいた。
「逃げてください。図書館の中なら、安全ですから」
短く告げると、彼女は退路を確保すべく、その場で猟団たちを相手取る。
柿根は礼を言う余裕もなく、海松野は小さく頭を下げて、その場を足早に去った。
「……どこかで会ったかしら……?」
去り際に、そんな言葉を残して。
※ ※ ※ ※ ※
LOTの地下研究施設にて。
自室で養生していた紫乃は、部屋の外が騒々しくなるのが聞こえて、身を起こしていた。
そして僅かに扉を開けて聞き耳を立てると、どうやら地上で大規模な戯我の侵攻が起きているという。
「行かなくては……!」
自分の荷物の中から丸薬を取り出し、水と一緒に飲み込む。発熱を急激に抑え、症状を回復させる薬だ。
ただしその効果は一時的なもの。戦闘中に病症が戻ってしまえば、最悪の場合は命の危機に陥ってしまうだろう。
それでも構わず、紫乃は急いだ様子で部屋を飛び出した。
「きゃっ」
「!?」
直後、彼は曲がり角で何者かにぶつかってしまう。
誰かと思い目をやるが、見覚えがない。20歳ほどの、白い肌で紫色の綺麗な瞳に、左目の下にはホクロ。ワンピースを纏っている、可憐な女性だ。
紫乃は「すまない」とぶつかった事を謝罪し、そしてすぐに現場へ急行しようとする。
だが、そんな彼の腕をその女性、八重垣 菫がグッと掴んだ。
「なんだ?」
目を丸くし、怒鳴るでもなく心底驚いた様子で問いかける。
しかし菫の方も、紫乃を引き止めてしまった事を自分自身で困惑しているのか、言葉がしどろもどろになっていた。
「あ、ええと……一応ね、灰矢さんから伝言があるの。あなたは無理をしないで、って」
「……誰だか知らんが、たとえヤツの言葉でも聞き入れられないな。オレは行かせて貰う」
呆然とした様子の菫の手を引き剥がし、紫乃は駆ける。
その背中を、菫は何も言えずに見送る事しかできなかった。
「ヴォオオオオーッ!!」
突如として磐戸の街に到来した戯我の猟団、本来日本では起こり得ないはずの災害、ワイルドハント。
その戯我たちを率いるのは、古きブリテンにおけるあの伝説の騎士王、アーサーだった。
彼は黒い竜人のような姿の戯我となり、馬を駆って他の戯我と共に晴明へと突撃していく。
猟団の戯我は、大多数が幽霊型が占められている。
このタイプはまさしく霊のように半透明で、あらゆる物理的な攻撃をすり抜ける特性を持つが、実際にはインクをスプレーノズルで吹いたように粒子化したものである。それ故、Aウェポンのような破魔の武装ならば通用するのだ。
「急々如律令!」
対する晴明は、印を結んで指先をアーサー王の方に向けて叫んだ。
直後、大きな咆哮と共に頭上から猟団へとひとつの影が素速く襲いかかった。
真っ白な羽衣を纏う、牛角を生やした美しい天女で、左手には方位磁針を持って微笑んでいる。
ふわふわと宙を舞いながら右手から赤と青光の球体を放ち、敵勢の戯我を攻撃した。
「グオオオ!?」
アーサーを含めほとんどの面々が避ける中、頭上からの攻撃を受けた死霊の戯我、レイス・ギガの猟兵は吹き飛ばされて落馬してしまう。
そればかりか、そのまま分散した赤い光が身体を覆い、さらに円を描くように青い光が足元に敷かれると、戯我たちはまるで全身に鉛を付けたかのようにズシリと沈んで地に拘束された。
十二天将、貴人。方角神の一柱であり、彼女のいる方角を荒らすと祟りが起こると言われている。
その能力は『磁力操作』で、生物・非生物を問わず対象となるモノに特殊な磁気を与える事により、引き寄せたり逆に反発させたりする事ができるというもの。
赤い光と青い光は互いに引き寄せ合うため、レイス・ギガたちは拘束されてしまったのだ。
「グガァァァ!!」
しかし、それでも敵を全て制圧できたワケではない。亡霊たちは騎馬に跨って進軍し、突撃槍や弓を構えた。
止まらない他の軍勢を見て、さらに晴明は命令を下す。
「護れ、六合」
すると彼の頭上を飛び越え、一羽の巨大な白兎が降り立った。
十二天将、六合。平和と調和を司るこの神がピクッと耳を逆立てると、五芒星の陣が目の前に出現し、光の障壁となって晴明たちの身を守る。
放つ矢の尽くが弾かれ、槍も光の壁を破れない。
これならば攻撃をしばらく凌げるだろう、と晴明が思った、その矢先。
激しい数度の爆発音の後、灼炎が障壁に咲き、一瞬で砕け散る。
「うっ!?」
驚き怯みながらも、晴明はその爆発の原因を探って周囲を見渡した。
そして、すぐに気づいた。上空に、ワイルドハントによって引き起こされた暗雲とは異なる巨大な『何か』があるのを。
巨影の正体を認識したのは、それから数秒も経たなかった。風にはためく旗を目にした瞬間、それがガレオン船、それも海賊船である事が理解できたからだ。
「幽霊船!? まさか、フランシス・ドレークまで来ているのか!?」
空から砲撃を繰り返す船が、再生した障壁を一撃で破砕する。
かつてのイングランドの海軍提督、フランシス・ドレークもまた竜人と化しており、ワイルドハントを率いる一員となっていた。
このままでは、六合の護りが追いつかなくなってしまう。
しかし。晴明は、そんな状況でも冷静に分析する。
ワイルドハントを率いるアーサー王もフランシスも、決して本人というワケではない。彼らが生命を落とした際、死体に残った『色』を喰らい、亡霊の戯我が変化したというのが真相だ。
つまりは姿形を似せただけの紛い物、本来の彼らが持ち得るポテンシャルを発揮できていない。未だに誰一人欠けず対抗できているのがその証拠だ。
「ならば……薙ぎ払え、青龍!」
晴明の判断は速かった。
次に現れたのは、蛇のように長く大きな体躯を持つ、鹿に似た枝角と立派な二本の髭を生やした青い鱗の龍だ。
右手に宝玉を持ち、巨体に見合った大きさの口で一吠えすると、風の刃と雷の槍が幽霊船に降り注ぐ。
「ギアアアアアッ!?」
船員の亡霊たちが悲鳴を上げ、多くが消し飛ぶ。
だが船も
このままではいずれ、アーサーの騎馬隊の突撃や矢の連射にも対処できなくなってしまうだろう。
そうなる前に、と晴明は印を結んだ。
「集え十二天将!」
晴明の指先が輝き、天に赤い光が昇る。自分の位置と状況を知らせる事で、残る十二天将をこの場に集めようというのだ。
当然、アーサーもフランシスもそれを許すはずがなく、早々に決着をつけようと攻め手を激化させる。
「すまないが六合、もう少しだけ耐えてくれ!」
兎の生む護りの障壁に合わせ、晴明も光の障壁で防御を固める。さらに青龍の攻撃は地上に向け、貴人は磁力操作を船に対して発動しようと動く。
しかしその瞬間、銃声が響いて貴人の右膝を貫く。
「なに!?」
驚いてそちらを見れば、ラッパ銃を持った髭面で鷲鼻の狩人がそこにいた。
緑色の衣服とハットを被ったその男を見て、晴明は唇を引き締める。
「ソロモン72柱の悪魔、バルバトス・ギガか!」
アーサー王、フランシス・ドレーク、そしてバルバトス。いずれも上級に位置する戯我だ。
如何に晴明と言えど、これらに中級を交えた集団で一斉に襲って来られてしまっては歯が立たない。
「……持ち堪えられない……!?」
十二天将集結までには、未だ時間を要する。
何か対策はないか。晴明は心を落ち着けながら施策するも、やはり相手が待つはずなどなく。
「ガァァァッ!!」
アーサー王の持つ槍の一突きが、六合の眉間を刺した。
一瞬速く飛び退いたので傷は浅く済んだが、それが決定的な隙を生み、バルバトスや頭上の幽霊船がすかさず照準を合わせる。
もはやこれまでか。晴明が歯噛みした、その時。
「どけどけどけェー!」
無数の光の矢が、晴明の正面にいる軍勢に向かって降り注ぐ。
飛んできたのは背後からだ。振り返って見れば、そこには巨大な人型のロボットが、ユーダリル仕様のAパワーアーマーがあった。
手に持つ巨大な弓の形をした専用兵器、Aウェポン
地上から流星を放ったかのように光の一矢はぐんぐんと空を目指したかと思うと、途中でバラバラに解け、それらが地上の戯我たちへと向かっていく。
数えるのが億劫になる程の攻撃に、猟兵たちは大慌てで盾を上に構えて凌いだ。
「待たせたな日本支部長、こっからは俺に任せな!」
バリスタからさらに矢の雨を降らせようと構えるユーダリルだが、晴明がそこに静止をかけた。
「弓立くん! 君は上空の幽霊船を!」
「あっちはどうすんだ?」
「大砲さえ止まれば、騎馬の軍団だけなら抑え切れる! あと少し持ち堪えれば十二天将も揃うからね!」
「なるほどね……任せな、船を沈没させんのは得意なんでね!」
小気味の良い返事と共に、バリスタを放つ。
すると、今度は矢が拡散せず、巨大な光が船底を深々と抉った。
「グアアアッ!?」
幽霊船から悲鳴が上がるが、沈む様子はない。穴の開いた箇所が戯我の船員によって素速く修復されているからだ。
「なぁるほどね。そっちがそう来るなら、こっちも思いっきりやらせて貰うか!」
《トータス!
「ターゲット・ロックオン!」
リキッドと共にドライバーを操作すると、Aパワーアーマーの両眼がギラリと輝き、その体が変形していく。
どっしりと地面に足をつき、甲羅の上にバリスタを背負った姿は、まさしく巨大な陸亀のようであった。
可変武器の代わりにパワーアーマーに備わった機能のひとつ、変形。仮面ライダーが搭乗した場合に発動でき、ドライバーにセットしたフィジカルカラーに対応した姿へと変わるのだ。
「乱れ射ちだ!」
その言葉ど同時に、バリスタ以外にも備わった弓弩が自動で動き出し、絶え間なく矢を放つ。
船からも砲撃と銃撃が飛び、矢を相殺。バリスタの一撃も、今度は船がぐるりと動き回ってしまい、避けられた。
「チッ、だが地上にはもう手出しさせねぇぞ!」
威嚇のように攻撃を続けるユーダリル。地上の戦力も青龍の放つ雷によって勢いを抑えられ、状況は再び拮抗し始める。
だが。
ユーダリルが狙いをつけて再度バリスタを放った瞬間、遮るようにして『流星』が射線上に飛び出し、光が散らばってしまう。
驚いて目を凝らすと、そこにいたのは星などではなかった。翼を生やし、青い炎を纏う蛇竜、リントヴルム・ギガである。
それが、続々とワイルドハントの猟団の後ろから飛来していた。
「ウソだろオイ……どこから湧きやがった!?」
驚きつつも、ユーダリルは迎撃のために矢を発射。
リントヴルムたちは矢を受けながらも青い炎を噴いて降下し、パワーアーマーや晴明らの立つ地に、爆音を奏でて直撃する。
地面が削げて抉れ、Aパワーアーマーも損傷。障壁は一撃で砕けた。
まるでミサイルのような殺人的な突撃は、蛇竜の数と命の続く限り繰り返される事だろう。
「なんという脅威だ、これほどの規模の災害が西欧では毎年起こっているのか……しかし」
蛇竜着弾の余波でよろめきながらも、晴明は不敵に微笑む。
空から攻撃するリントヴルムが放つものではない、一陣の風と複数の足音や鳴き声がすぐ傍まで来ている事に気付いたのだ。
それを察知したかのように戯我たちは攻め手を激化させるが、そこへ蛇竜の青炎よりも荒々しく燃え盛る紅炎の球体が飛び出し、リンドヴルムを撃ち落とした。
「うおっ!?」
「こちらも間に合った!」
たった今口腔から炎を吹いたのは、十二天将の騰蛇。全身が赤い炎に包まれた蛇であり、鱗も真っ赤で、羽を生やして飛んでいる。
見た目通り炎を操り、騰蛇は戯我を焼滅していく。
無論、現れたのは騰蛇だけではない。大地を駆ける白虎はその鋼のような爪で亡霊を刻み、朱雀が翼を広げて爆炎を巻き起こし、玄武が怒涛の勢いで巨大な氷塊を発射し幽霊船を貫く。
金色の大蛇、勾陳は敵方に強大な重力場を作り、貴人の磁力操作と共に敵を封殺。航海を司る天后は荒れ狂う大津波を生み出して戯我たちを一掃する。
それでもまだまだ敵の攻撃の勢いは衰えず、障壁の防御はもはや形だけになっていた。
「太陰、太裳! お願いしますよ!」
叫ぶと、羊の角を生やした文官の男、太裳の両手が波動を放ち、晴明の合図と同時に光の防壁が即座に修復され、さらに六合や貴人の負傷が癒えていく。
さらにその隣で鳥の翼を背負う老婆の太陰が、同じく力を発すると、戦闘中の十二天将の技の威力が増加した。
ならばとばかりに、空のリントヴルムたちは一斉に高く飛び、そして炎と共に急速降下する。
「それを待っていたぞ! 機は熟した、天空!」
晴明の呼ぶ声に応えて、残る十二天将、茶色い毛並みの猟犬が吠える。
瞬間、周囲から突然にもうもうと砂塵が立ち込め、リントヴルムの視界からLOTの一行を覆い隠した。
「ギッ!?」
黄砂で狙いが定まらなくなり、しかし止まれずに地面へと突き刺さっていく。
気づけば直撃どころか掠める事もできず、LOT側は一切手傷を負う事なく攻撃をやり過ごしていた。
そしてまんまと地上に降りて来たリントヴルムたちを、白虎と天空の爪牙が襲う。
「いよし! このまま船も一気に片付けて……!」
言いながらユーダリルはバリスタを作動させようとするが、そこへアーサー王の軍団とバルバトスが、間隙を縫うように突き進んで来る。
さらに亀の身体に配備されている弩を破壊し始め、船への攻撃も妨害していく。
「チィッ!? これじゃ狙いがつけられねぇ!」
反撃しようにも、パワーアーマーの巨体に比べて素速く動き回る小さな相手を、的確に攻撃するのは難しい。
だがその時、頭上から光り輝く『何か』が降り注ぎ、亡霊たちを消滅させる。
ユーダリルの矢ではない。それは、色とりどりの宝石だ。
見れば頭上には、ロゼが変身したブリリアントヴィーヴルカラーのブリューナクが飛んでいた。
「お待たせしました! こちらは私が引き受けます!」
「よし。ユーダリル、君は引き続き幽霊船を射ち落とすんだ。バルバトスは私が止める」
破敵剣を構え、晴明が言った。
ワイルドハントの行軍は今もなお数を増やしているが、それでも諦めていない。
その思いに応えるべく、Aパワーアーマーに乗った灰矢は「了解!」と叫び、亀の形態から人型に戻す。
さらに直接船に向かって跳躍すべく、助走をつけ始めた。
無論、フランシス側もそれを許すはずがない。すぐに砲弾を発射し、ユーダリルを妨害せんとする。
「させっかよ!」
《ガイア!》
「ターゲット・ロックオン!」
内部でカートリッジを操作すると、周囲で土の壁が迫り上がり、爆発による被害を防いだ。
それだけではなく、能力によって土でてきた登り坂が作られていく。
「行くぜ!」
強靭な人工筋肉によって、ユーダリルを乗せた鎧が凄まじい速さで坂を疾駆する。
さらにそのまま大きく飛び上がり、爆撃の嵐を抜けて幽霊船を縦に揺らして乗り込んだ。
ユーダリルはバリスタをすぐさま甲板に向け、矢を連続で突き刺していく。
次第に幽霊船は矢によって針の山となり、徐々に高度を落とし始めた。
「ギィィッ!」
自身の船に乗り上げられた事で、当然フランシスの亡霊は憤る。
各船員が取り囲んで近距離からの銃撃と砲撃を開始し、アーマーを破壊しようと動いた。
しかし対するユーダリルは、弓の照準を亡霊海賊には向けず。
代わりに帆柱を殴り、圧し折った。
「ギ!?」
「ちょいと借りるぜ、そんで纏めて吹っ飛べ!」
言いながらその巨大なマストを抱えたパワーアーマーが、ぐるぐると甲板上を勢い良く回転する。
野太い丸太で叩くようなものだ。船員たちは皆その猛撃を受けて消し飛ぶが、亡霊型の戯我に物理攻撃は通じない。
よって、ユーダリルは帆柱を甲板へ叩きつけた後、霧散したその場所に向けてバリスタを発射した。
たちまちガス状の戯我たちは完全に消え去り、あっという間にその場に残ったのはフランシスのみとなった。
「さて。そろそろ決着付けてやるよ」
「ギィィィ……ッ!!」
沈みつつある船上にて、カトラスと銃を握ったフランシスが、歯を噛み締めながら飛びかかる。
アーマーの視界の外に入って、関節部などの脆い部位を狙って斬撃と銃撃を繰り出す。
瞬間、ユーダリルは自身のドライバーのリキッドを手早く変更した。
《アクア!》
《クラーケン!》
「カラーシフト!」
《
その音声と共に刃が足の関節を捉えるが、直後にグニャリと柔らかく曲がり、攻撃を凌ぐ。
「ギッ……!?」
「海賊の天敵、クラーケンだぜ。たっぷり味わいな」
うねる四肢が伸び、崩れて行く船を圧壊。
完全に浮遊状態を維持できなくなり、ただの木の塊となったそれを潰した。
だが、フランシスは残骸から飛び出して生き延びていた。絞め技を見抜いて既に回避していたのだ。
パワーアーマーが重力に従って落ちていく中、フランシスは駆け上がるようにアーマーを蹴って移動し、コックピットへと辿り着く。
「ギィッ!!」
そして容赦なく、カトラスを突き立て穴を開ける。続けて、刃によってできた裂け目に、何度も何度も銃弾を撃ち込んだ。
狭いコックピットに逃げ場などない。勝利を確信し、竜頭のフランシスは天を仰いで咆哮する。
直後、その後頭部に斧が叩き込まれた。
「アガッ……!?」
振り返れば、そこには無傷のユーダリルが立っていた。
コックピットのハッチは閉じたまま。では、如何にして攻撃を受ける事なく脱出したのか。
答えは単純明快。フィジカルカラーのモンストリキッド、クラーケンの能力で咄嗟にパワーアーマーの中へ潜行していたのである。
フランシスは、誰もいないコックピットの中を攻撃していたに過ぎない。
《
「思い描いた通りだぜ」
《アクアクラーケン・クロマティックストライク!》
「こいつで仕上げだ!」
「ギィィッ!!」
ユーダリルの装甲が展開し、ダクトが露出。
鞭のようにしなる右足が、振り下ろされたカトラスを叩き割り、そのまま竜の顎を打ち据えた。
「グ、ガ」
頭部が粉々になり、膝をついた後に幽霊船長は完全にその場から消滅。
塵となった姿を見届け、次の戦いに備えるべく、ユーダリルは急いでパワーアーマーに再び乗り込む。
「急々如律令!」
一方地上では、十二天将を率いる晴明と、ラッパ銃で迎え撃つバルバトスと猟団の死闘が繰り広げられていた。
弾丸が正確に獣たちに向かって飛び、しかし結界によって阻まれる。晴明たちの攻撃も、バルバトスには回避されてしまう。
「……これでは埒が明かないな」
向かって来る猟団の一太刀を破敵剣で受け止めつつ、晴明は呟く。
そして小さく息を吐いた後、距離を取って呪符を投擲する。
寡黙な狩人の悪魔は、その札を警戒して銃撃。弾丸が紙をいとも容易く貫いた。
だがその瞬間、呪符は大きく爆ぜて炎を撒き散らす。
「!?」
周囲の猟兵が数体消滅するのを間近で目の当たりにして、バルバトスは目を剥く。
晴明の使う呪符には様々な力が宿っており、この起爆符もその一種だ。起動状態で触れるか破壊されると即座に爆発し、敵を殲滅する道具である。
破敵剣を振りつつ、晴明は起爆符を再度投げつけ、脅威を目撃していたバルバトスは素速く撃ち落とす。
当たらなければ爆発も無意味。事前に起爆させるという判断は、実際に正しい。
しかし、バルバトスは失念していた。相手が晴明だけではないという事を。
「これならばどうだ?」
無数に呪符を手に取り、それを宙に放る晴明。
すると、青龍によって強風が吹き荒び、呪符がその動きに合わせて猟師の悪魔を取り囲んだ。
「……!!」
起爆する前に破壊しなければ、バルバトスは爆炎に飲まれて消えるだろう。
そうなるより先に、行動を起こす。鷲鼻の悪魔の影の中から、四つの物体が飛び出した。
それは、悪魔の翼を生やしたトランペットだ。当然単なる楽器ではなく、ラッパ銃のようにベルから弾丸が発射される。
呪符はやはり、簡単に破れてしまった。
「なるほど、そういう能力か」
しかし晴明に焦った様子はなく、むしろ計算通りとばかりに微笑んでいる。
瞬間、破れた呪符から黒い鎖が飛び出し、バルバトスの五体とトランペットを拘束した。
「!!」
「驚いているようだね。そう、これは罠だ」
晴明が見せた、先程投擲したものと同じ札。それは起爆符ではなく、鎖縛符という異なる呪符だ。
名の通り、これも接触か破壊によって起動し、鎖を生み出して敵を縛りつけるもの。
起爆符に気を取られて破壊したために、バルバトスはこの呪符に引っかかったのである。
「ぐ、く……!?」
「これで終わりとしよう」
必死に藻掻く悪魔を見ながら、晴明は破敵剣の刀身を指でなぞる。
するとその刃に十二天将らが吸い込まれて行き、北斗七星の紋様が輝きを放った。
「フッ!!」
身動きの取れないバルバトスに向かってそのまま剣を縦に振り下ろすと、鷲鼻の戯我は大きな断末魔を発した後、断面からインクを噴き散らす。
その直後、晴明は色を持たないインクカートリッジを取り出し、印を結ぶ。
モンストリキッドだ。バルバトスの身体が、その容器の内部へと見る間に収容されていく。
「調伏……完了」
ソロモンの悪魔が完全に姿を失い、リキッドの中に密封されたのを確認すると、晴明は静かにそう呟くのであった。
「ハァァァッ!!」
上空から輝く宝石を放ちながら、ブリューナクが叫び、地上の戯我たちを攻撃する。
多くの猟兵はその魔弾によって消滅するが、しかし中には全く無傷で切り抜ける者もいた。
竜頭の戯我、アーサー王の思念だ。
「ガァッ!」
「うっ!?」
アーサーが哮り、口腔から火炎を吹く。飛び来る宝石が溶解し、焦げカスが地に落ちた。
「押し切れない……!」
「グルァッ!」
「きゃあああ!?」
続けて放たれた炎が、今度は直接ブリューナクへと放たれる。
今度は球形で、追尾するタイプだ。その上で数は五つ。
命中しないよう飛び回るが、火炎球は猛スピードで彼女を追跡し、二発が爆炎を起こしてその背を焼いた。
あまりの破壊力に悲鳴を上げそうになるが、グッと唇を引き締めてデュアルリキッドを反転させる。
《豪華廻転!》
「カラーシフト!」
《
紫竜に蔦が絡みついて、蕾が開くように赤い薔薇が咲く。
すると中から、赤薔薇と同じ色の鎧を纏う戦乙女が飛び出し、炎を槍と盾で防いで舞い降りた。
《
「ヤァッ!」
続けて、ブリューナクは飛び回りながら頭上からアーサーに襲いかかる。
槍による空中でのヒット・アンド・アウェイ戦法は、馬を駆るかの王にとって非常に相手取りづらいものであった。背後に回られて馬を反転させた頃には、既に次の一撃を突き出されているのだ。
だが致命的な一撃にはならず、そればかりか同じく槍を使いながら攻撃を寸前で捌き切っている。ロゼも槍の扱いには長けているはずなのだが、アーサーに比べれば年季と技量の差が顕著に出ていると言えるだろう。
ならば、リキッドの能力で差を埋めるしかない。そう考え、ブリューナクは自身と同じ姿の幻影を、エレガントミラージュを形成する。
「これなら!」
数体の分身と同時に肉迫し、LモードのAウェポンを振るうブリューナク。
四方八方から槍で突き、少しでも状況を好転させようとする。
そして、待ち望んだ好機は訪れた。
ミラージュ三体を囮に突撃し、Aウェポンを変形させて背後から銃撃したのだ。
銃弾はアーサーの左腕を捉えて裂き、王の槍を取り落とさせる。そこで怯んだ隙を狙い、ミラージュたちが馬を刺して消した。
幽霊馬が消滅した事により、王は地面に倒れる。攻め込むのならば、今がチャンスだ。
「ヤァァァッ!」
武器を再変形し、ブリューナクは全力でAウェポンを突き出す。未だ健在の幻影たちもそこに加わり、槍衾が完成した。
しかし。アーサーが腰に佩いた剣を抜刀するなり、その横薙ぎの一撃で全てのエレガントミラージュが消滅する。
本体は盾で防御していたが、あまりの破壊力にブリューナクは仮面の中で目を見張っていた。
「エクスカリバー……じゃ、ないのよね?」
たったの一閃で亀裂の走った装甲や小盾と敵の剣を見比べ、ブリューナクは呟く。
その間にも竜頭の王は再び剣を構え、再攻撃の機会を窺っていた。
一撃でも受けてしまったら、次にこの傷を受けるは自分の方、というよりも確実に死んでしまうだろう。本当の戦いはここからだ、警戒しなければならない。
心の中で自身に言い聞かせつつ、ブリューナクはAウェポンを握る手に力を込めた。
「エレガントミラージュ!!」
分身が生まれ、戦乙女たちはもう一度、槍を手に突撃する。
アーサーはその直線的な攻撃の全てを悠々とかわし、すれ違いざまに剣で喉を掻き斬るか頭を貫き、遠距離射撃をするものに対しては炎を吹いて消滅させ続けた。
目にも留まらぬ剣捌き。紫乃との特訓で対剣士には慣れているのだが、眼前の亡霊王はそれを超える桁外れの力量の持ち主だ。
「だったら……!」
《フラッシュ! ケンタウレス! コカトリス!
新たに分身を生み出しつつ、ブリューナクは必殺技の態勢を整える。
どれ程の手練と言えども、剣一本で重い一突きを受け流す事はできないはず。たとえ致命傷を免れたとしても、無事では済まないと判断したのだ。
「勝負は、今!」
残る分身たちが隊列を組み、槍を突き出して王へと向かう。その後ろで、本体のブリューナクも翔けた。
だが密集陣形で立ち向かおうとも、アーサーには火炎のブレスがあるのだ。たちまち、ミラージュは炎に飲まれて消滅してしまう。
そして、吐き出された炎が勢いを失った直後。薄い火の壁を、無数の宝石が打ち破った。
「ギッ!?」
見れば、既にブリューナクがブリリアントヴィーヴルにカラーシフトしている。
分身と炎で視界が遮られている隙に、デュアルリキッドの特性を活かし、一瞬の内に形態変化させていたのだ。
今度は防御が遅れて被弾し、さらに宝石が砕けると同時に閃光が迸って目を眩ませる。
再び訪れたチャンスを、ブリューナクは決して見逃さない。螺旋を描くようにひねりながら、甲冑の胸部目掛けて突きを放つ。
《トライカラー・クロマティックスクリュー!》
「ヤァァァーッ!!」
「グゥッ!?」
驚きつつも、アーサーの行動は的確であった。槍を弾くように佩剣を逆袈裟に振るい、直撃を避けようとしたのだ。
しかし、渾身の一撃から身を守るには、その剣はあまりにもか細く脆かった。
軌道こそ僅かに外れたものの、剛槍は剣を破壊して脇腹を抉り、アーサーの右半身をほぼ消滅に追いやるほどの深手を与える。
とはいえ、これでブリューナクにも隙が生まれた。半分に折れた剣を、王はそのまま喉元へと突き立てんと力を込めた。
「まだ……まだ!!」
アーサーの眼前から聞こえる、小さな声。
よく見ると、ブリューナクは直撃の瞬間から既にAウェポンから手を離し、ドライバーに手をかけていた。
それも、アーサーが彼女の喉を裂こうとするよりもさらに前に。
《
「紫乃くんが待ってるのに、ここで負けるワケにはいかないのよ!!」
《ブリリアントヴィーヴル・クロマティックストレイフ!》
装甲が開いてダクトが露出し、紫色に輝く右拳が、竜頭へと向かう。
嘶くアーサーも刃を返すが、その苦し紛れの一撃はブリューナクの首を僅かに掠めるのみに終わり、逆に相手の拳は自身の消えかけの頭部にクリーンヒットした。
「グッ、ガァ……!?」
「ヤァッ!!」
「ギ、ィィィ!!」
口腔から炎を吐き出そうとするも叶わず。
竜頭の騎士王は、緩やかに色を失って消滅した。
「お、終わった。なんとか倒せた……」
長い溜め息と共に、変身を解除したロゼはへなへなとその場でへたり込む。
極限まで高まった集中状態が切れた事で、疲労が押し寄せて来たのだ。
だが、まだワイルドハントは終わっていない。呼吸を整え、傷を癒やすために薬を口に含み、ゆっくりと立ち上がる。
「どうやらロゼくんの方も終わったようですね」
すると、背後からそんな声が聞こえた。
バルバトスたちとの対決を終えた晴明が、一度合流すべく駆けつけたのだ。
それに加えて、Aパワーアーマーに乗った灰矢も到着する。
「俺もだぜ、日本支部長。海賊は全員死んだ……いや、元々死んでたんだったな」
「よし。厄介な戯我たちは殲滅できましたが、まだ油断してはいけません。後続にも警戒しつつ、残党を倒してワイルドハントを終わらせましょう」
ロゼが首肯し、灰矢もアーマーの中から「了解」と返事をしようとする。
しかし、その時だった。
突如として、そのパワーアーマーの首が両断され、大きな音を立てて地面に落ちてしまった。
「え!?」
「なっ……!?」
目を剥くロゼと晴明。灰矢は言葉さえ発する事が叶わなかった。
直後、まるで止まっていた時間が動き出したかのように、アーマーの腕や足、身体の至る部分が斬り刻まれて地面に落ちて行く。
何が起きたのか、どちらにも分からなかった。灰矢が無事なのかさえも。
「全員――そこを動かないで頂きますよ」
狼狽する二人を、そんな声が正気に戻した。
ロゼにとっては覚えのある声、それもつい最近聞いたものだ。
声のした方を向くと、そこには奇怪な姿の戯我に囚われ、首筋に刃を突きつけられている若葉の姿があった。
「先輩!?」
「おーっと」
剣を持つ戯我は、ニヤリと笑って若葉の首の皮を薄く斬る。僅かに血が滲み出て、その戯我はほくそ笑みながら長い舌で血を舐め取った。
全身が真っ赤で角の生えた頭に金色の王冠を被っており、足は二本だが下半身が馬のようになっている。これまでに出会った事のない戯我のはずで、晴明もロゼも見覚えがない。
しかし、ロゼは思い出した。そこに立つ戯我の持っている剣は、以前船上オークションで見た事があるのだ。
「まさか……カリオストロ!?」
「動くなと言ったはずですよぉ~? 彼女をこの『
若葉の肌を舌で湿らせながら、その戯我は、カリオストロは封魔司書たちを嘲弄するのであった。
付録ノ二十一[アーサー王]
多くの物語で語られ、誰もが知る伝説的なブリテン王。理想の騎士。
他の誰にもできなかった『ブリテン全土を統一する正当な王』にしか抜く事のできない剣を抜き、戦乱を鎮めて円卓の騎士を創設した大人物である。
姉と
聖剣エクスカリバー以外にも数々の遺物を保有していた事実から、複数の封魔礼装を戦況に応じて変更、あるいはAウェポンの前身となる遺物を使い分けていたのではないかと見られている。
また、現在知られているアーサー王や円卓の騎士の物語で、時代や地域ごとに『ランスロットがいない』など細かく違って伝わっているのは、真実を秘匿するべく歴史家たちにバラバラに書かせたため。
アーサー王は既にこの世にいないが、LOTにはかつて円卓の騎士を導いたマーリンも所属しており、騎士の血筋の者たちの助言者となっているという。