その研究室では、晴明が十二種のモンストリキッドとインク液や戯我の素材などを机に置いて、手早く作業を進めていた。
ペルセウスとの戦いで倒されてしまった十二天将たちのため、内部の彼らに治療を施しているのだ。
そんな晴明の背後から、織愛が声をかける。
「一緒に行かなくて平気なんですか?」
「ええ」
「……一応、紫乃くんは日本支部長の息子さんでしょ? その、血の繋がりがないとはいえ」
「彼の事なら心配ご無用ですよ、私の息子は強いので。それに」
晴明は振り返り、誇らしげに笑みを浮かべた。
「彼に授けたあの武装は、私のとっておきですからね。今は本部の査察の方が怖いですよ」
磐戸の街に現れた、駿斗の肉体を乗っ取ったウロボロス・ギガ。
堕天騎士ペルセウスに変異した彼は、ムラサメのAパワーアーマーを破壊し、次は突然現れたクラレントを狩ろうとしていた。
しかしそこで、アーマーの残骸の下から新たな武器を携えたムラサメが現れる。
「チッ、まだ生きてやがったのかテメェ。しぶとい野郎だぜ」
言いながらペルセウスは、空間を斬り裂く魔剣たるクロケア・モルスを雑に振った。
斬撃によって空間の断層が生み出され、それがムラサメへと向かっていく。
このまま断層に触れてそれが閉じてしまえば、装甲など無視して肉体は真っ二つとなるだろう。
だがムラサメは慌てる事なく、刀身についている『
すると紋様が赤く発光し、素速い動作でトリガーが弾かれた。
《
瞬間、ペルセウスとクラレントの視界から、そのムラサメの姿が消える。
「なに!?」
「シィッ!!」
紫電を纏う白き戦士は、気づけば背後からペルセウスに斬りかかっていた。
まさか、あの剣には何らかの能力があるのか。瞬間移動して背後を取ったとでも言うのか。
ペルセウスはそんな事を考えながら、太い両腕で攻撃を防ごうとする。守り切ったところで、再びクロケア・モルスで斬殺しようというのだ。
しかしムラサメの一太刀が腕に命中するよりも前に止め、剣の振りを横薙ぎに変えた。
「グガッ!?」
凄まじい速度の斬撃により、よろめくペルセウス。そこに腹を目掛けて前蹴りが叩き込まれ、後ろへたたらを踏んだところで再び高速で移動されて掌底を脇腹に受けてしまう。
そう、この力は瞬間移動などではない。ただ単純に、途轍もないスピードで移動しているのだ。
ペルセウスはそれを理解すると、大きく自身の口を歪める。
「バカが! 多少スピードを上げたところで、俺様について行けるワケねェだろうがよ!」
言いながら黒き騎士は距離を取り、地面を蹴る。
ムラサメ以上の速さで撹乱する事によって、攻撃の回避と共にクロケア・モルスの一撃で確実に仕留めようというのだ。
避けなければ死は免れないが、その状況にあってもムラサメは冷静だった。ペルセウスの方は見ずに、静かに指で中央の七星紋を叩く。
《
「無駄だガキィ! くたばれェェェッ!」
七星紋が緑色に発光するのを確認してトリガーを引き込むのと、ペルセウスが魔剣を振ろうと動くのは同時だった。
瞬間、ムラサメのAウェポンから発せられた緑色の閃光が一帯に広がり、堕天騎士とクラレントの視界を奪う。
「ウッ!?」
「うお!?」
それでも剣を振り切ったが、クロケア・モルスは空間を裂く事ができなかった。
視界に映る空間のみを斬り裂く性質上、視界を遮られるだけでなく目を閉ざしても能力は失われる。
その弱点を突いて、ムラサメはAウェポンの機能を発動したのだ。
さらに視界が完全に回復しない内に、今度はGモードで発砲。それでも素速く飛び回るペルセウスには命中しないが、攻撃の手を止める事はできた。
「クソが! なんだってんだその剣……いや。北斗七星って事は、まさか!?」
「ようやく気付いたか。そうだ」
武器を太刀へと再変形させ、ムラサメは水平に刃を構える。
「SSSとは『セブンスターソード』! 即ち七星剣! これは晴明の破敵剣を素材に作られた……新たな魔剣だ!」
《
今度は奥から二番目の星に指先で触れると、刀身が黄色く輝く光を帯びる。
視力の戻り切っていないペルセウスだが、スピードはそのまま。素速い動作で後ろに飛び、斬撃を避ける。
その直後、刀身の光が僅かに伸びて刃となり、隙だらけの脇腹を裂いた。
「ぐっ!? クソが、良い気になってんじゃねェぞ……!」
しかしその傷も、ウロボロス自身の持つ能力によって徐々にではあるが治っていく。
「お前がな!」
視界が元に戻りかかっていたところで、それまで沈黙していたクラレントが背後から大剣の斬撃を浴びせる。
サイドステップで咄嗟に回避しようとするものの、ペルセウスは魔剣を持つ右腕に一閃を受けてしまった。
「ヘッ、面白いじゃねぇかムラサメ。それもアタシに寄越しな!」
「勝つのはオレだ。ウロボロスには駿斗を解放して貰うが……クラレント、お前の方はオレと一緒に来て貰うぞ」
「俺様をナメやがって、このクソクズ共がァ! 皆殺しにしてやる!」
三者三様に戦意を剥き出しにし、武器を構える。
直後、吼え猛る声と共に、自分が勝ち残るために三つの影はぶつかり合うのであった。
「ヤァァァーッ!!」
「ぐあああ!?」
一方。同じく磐戸の街で戦闘を繰り広げているブリューナクとユーダリルは、既にボルケイノドラグナーとスパイラルジャグラーを追い詰めつつあった。
と言っても、ほとんどのダメージは妙に張り切っているブリューナクによるものだが。
「ク、クソッ! どうしてだ!? 僕らも前回の反省を踏まえて鍛え直したんだぞ!?」
「なのに、なのに……なんでさらに差が開いてるの!? どうやってそこまでの力を手に入れたのよ、この女!!」
「なんだって言うんだ、この強さの秘密は!? 何が君をそこまで変えた、ブリューナク!!」
赤い鱗の付いた人差し指を突きつけ、問いを投げるドラグナー。
味方であるユーダリルも、正直なところこれほど差が生じるとは予想しなかったので、その答えを聞きたいと素直に感じていた。
すると、ブリューナクは地面に槍を突き刺し、凛とした声で理由を告げる。
「――愛よ」
「……は?」
「今の私の心は、愛で満ちている!! だからこそ無敵、私は必ずあなたたちに勝つわ!!」
声を張り上げて自信満々に宣言するブリューナクを前に、ドラグナーとジャグラーはただただ怯むしかなかった。
「ぐうっ……なんだか分からないがものすごい説得力だ」
「兄様、一体どうしたら!?」
「どちらにしても僕らだって負けられない! 伯爵を殺されてもう後がないんだ! 今度こそ、こいつらを倒すしかない!」
兄であるロッソからの言葉を聞いて、ヴェールの鎌を握る手に力が込もる。
そして二人は、同時にフォージバイザーを操作し、各々の持つ四種のモンストリキッドを取り出した。
《
「お前らを倒さない限り……!!」
「もう私たちには、戻れる居場所なんかないんだァァァッ!!」
《ドレイク! アンフィスバエナ! イフリート! アスモデウス!
《バンシー! アルケニー! ウェンディゴ! フレスベルグ!
『ううう……ウガアアアアアァァァァァーッ!!』
《
リキッドのリードにより、生命の危険を感じさせる程に肉体が膨張を始め、異形へと変わる二人。
それでも正気と肉体を保ち、これまで二人が出したものの中では最上の破壊力を持つ必殺技が発動する。
《ドレイク! アンフィスバエナ! イフリート! アスモデウス! ボルケイノ・クロマティックオーバーレイ!》
「灰と消えるが良い!!」
《バンシー! アルケニー! ウェンディゴ! フレスベルグ! スパイラル・クロマティックオーバーレイ!》
「刻まれて消えなよ!!」
巨大かつ無数の爆炎の球体と、暴れるように吹き荒れる刃の嵐。
街の全てを破壊し尽くさんばかりの暴威を前にしても、ブリューナクは、ロゼは不敵な笑みを浮かべていた。
『行ィけェェェェェッ!!』
そして、解き放たれる。
同時にブリューナクとユーダリルも、ドライバーを操作して必殺技の態勢に移った。
《
「あなたたちは既に私の勝利の構図の中よ!」
「こいつで仕上げだ!」
《エレガントヴァルキリー・クロマティックシュヴォーシェ!》
《ガイアトータス・クロマティックストライク!》
二人は跳躍し、右足を突き出して蹴りを放つ。
その際、ユーダリルの肩の装甲が分離し、ドラグナーとジャグラーの攻撃の威力を削ぎ落とす。
必殺技の激突の末に、打ち勝ったのは仮面ライダーたちだった。キックを受けた側の魔人の双子は、変異が解除されて断末魔を上げて倒れ込む。
「ぐ、うう……ウソだ、ウソだぁ……!」
「私たちが、負けるなんて……」
先程の技で力を使い果たしたのか、立ち上がる事さえできずにいるロッソとヴェール。
取り落してしまったモンストリキッドを拾おうとするものの、そこに槍の穂先が突きつけられる。
「持ってるリキッドを置いて、ここから失せなさい。命まで奪うつもりはないわ」
ブリューナクからの勧告。もう戦う力を残していない二人は、従う事しかできなかった。
「くそぉ……くそぉぉぉ!」
「私たちは諦めない!」
「必ずもう一度お前たちに挑んでやる!」
「その時こそ、必ず勝つわ!」
悔しい気持ちを正面からぶつけ、フォージバイザーを操作して二人は姿を消す。
残ったブリューナクは、小さく溜め息を付いて標的のいなくなった槍の行方を空に向けた。
「あとは紫乃くんだけですね」
「だな」
どうやら戦っている内に紫乃たちの戦場からは遠ざかっていたらしく、ロゼはそれに気づいてソワソワし始める。
それに感づいて、灰矢は「ははーん?」と声を上げた。
「なあロゼ」
「はい?」
「お前さっき愛がなんとか言ってたけど、そりゃもしかして紫乃と何か……」
「んなっ!? ななな、なんでもないですなんでも!! 出撃前にトレーニングルームで愛の告白とかされてません!!」
「いやもう全部言ったろソレ」
そして、それと時を同じくして。
「ガァァァッ!!」
怒り狂ったような声を上げ、ペルセウスはムラサメとクラレントに向かって高速で飛びかかる。
だが、クロケア・モルスによる斬撃が行われるその直前に、クラレントのドライバーが操作された。
《イリュージョン!
「ブチ込め!」
リキッドの能力が発動すると、ペルセウスはクラレントの緑に光る眼を見てしまう。
他者を眩惑するエレメント。その力により、ペルセウスの視界には人数の増えたムラサメとクラレントの姿が映った。
「チィッ!?」
これでは目が見えていても標的を斬る事ができない。またも、魔剣の弱点が露呈してしまったのだ。
しかし視界自体を遮られたワケではないなら、纏めて叩き斬れば良いだけ。そう判断したペルセウスであったが。
「オラッ!!」
またも背後からクラレントが、ペルセウスへと剣を突き出して一撃を加える。
「ぐっ!?」
「まだまだ行くぞォ!」
《ケットシー!
振り向き様に回転しながらクロケア・モルスを振ったペルセウスだが、その一撃は空を斬る。
クラレントが、猫を彷彿とさせる見事な高い跳躍によって攻撃を回避したのだ。
だが上空に逃げ場などない。今度こそ空間断裂の餌食にしようと、剣を振り被った。
「させん!」
《
七星紋に触れ、引き金を弾くムラサメ。
すると両足の裏が紫に発光し、真っ直ぐ前に高速で身体が跳んで行く。
ケットシーと同じく、跳躍力を大きく高める力。しかし、それだけではない。
「フッ!」
「ぐぁっ!?」
ムラサメがペルセウスの顎を蹴り上げると、その黒い鎧のような体はバウンドしたゴムボールのように容易く真上に吹き飛んでいく。
さらに、ムラサメ自身も上空へ跳ぶ。そうしてペルセウスの高さに追いつくと、まるで空中に見えない壁があるかのように、真横へと跳躍した。
「ガァァァッ!?」
渾身の頭突きが腹に命中し、今度は地面に叩きつけられる。
このまま一気呵成に畳み掛けるべきだ、とムラサメは判断するが、それをクラレントが許さなかった。
落下の勢いと重力を利用して、彼の頭上から大剣で斬りかかって来る。
「ラァッ!」
「シィッ!」
一閃を身に受ける前にAウェポンで押し返し、二人は空中で距離を取ってから着地。
先に地面に墜落していたペルセウスは、獣のような怒声を吐き散らして空間に穴を開け、魔剣を中に放り投げた。
「このクソ共がァァァッ!」
「ハッ、魔剣捨てて良いのかよ?」
「使い慣れねェモンに頼ったのが間違いだ、こんなモン無くたって俺様は強いんだよォ!」
苛立ちのままに喚くペルセウス。そして拳を握り、再び高速で接近してクラレントへと殴りかかる。
「うおっ!?」
桁違いのスピードにクラレントは愕然として、背後に跳躍して拳を避けようとするが、それを察知したペルセウスはさらにもう一歩踏み込んで拳を押し込んだ。
「ガハッ……!?」
「どォうだクソガキィ!! オラオラオラァァァッ!!」
「チィッ!」
そのまま高速で拳打のラッシュを仕掛け、クラレントを追い詰めていく。
初めの内はAウェポンでいなす事ができていたが、次第に身体が拳速に追いつけなくなり、ガードの空いている箇所に突き刺さる。
「ぐ、くっそ……!」
「ヒャハッ! 終わりだぜ!」
「ガッ!?」
強烈な打撃の連続を浴びて朦朧としているところへ、トドメとばかりに顔面に拳を受けるクラレント。
そのまま吹き飛ばされ、仰向けで大の字に倒れ込んでしまう。
ペルセウスはそれだけでは満足せず、命を奪うべく拳を握ってにじり寄って行く。
「やらせない!」
《
瞬間、ムラサメは手前から二番目の七星紋をタッチし、トリガーを入力。
すると青い光の障壁がクラレントの周囲を覆い、振り抜かれたペルセウスの鋼の如き拳から彼女を守った。
「チッ、鬱陶しいぞテメェ!」
「……貴様に言われたくなどない、速く駿斗を解放しろ」
「イヤだ、ねェッ!!」
今度はムラサメが、ペルセウスの凶猛な連打を受ける事になる。
先程は魔剣の斬撃を切り抜けていたが、今回は違った。ハイスピードのラッシュが、致命傷こそ避けているものの命中してしまっている。
七星紋に触れて発動する『
つまり、高速化の貪狼ノ型を発動するには、クラレントへの守りに使っている巨門ノ型を消す必要があるのだ。
「……ならば」
一度距離を取り、刀を構えるムラサメ。
しかしその背後には、まだダメージから立ち直れていないクラレントの姿があった。
「ついに観念したか!? じゃあその女ごと死になァ!!」
言いながら、真っ向からの一点突破の拳で打破せんとするペルセウス。
避ければクラレントは木っ端微塵だ。ムラサメはその瞬間、迎撃のために再び七星紋に手を伸ばす。
《
電子音と共に白い光が発せられ、ムラサメの両眼に宿る。
そしてペルセウスが肉薄した刹那、一歩も動かず必要最小限の動きで身体を反らし、拳を回避した。
「なっ!?」
「シィィィッ!!」
完全に無防備になった喉へ、痛恨の一刀が斬り込まれる。
その一撃を受けて吐血するが、それでもペルセウスは拳を握って振り被った。
だが、呼吸の整っていない煩雑な拳打など今のムラサメに命中するはずもなく、容易く避けられて反撃の拳を顔面に受ける。
「こ、この野郎……! この野郎ォォォがァァァッ!」
怒りのままに、今度は右足で素速く蹴りを繰り出すペルセウス。
その一撃さえ読み切って、ムラサメは最奥の七星紋にタッチした。
《
待ち構えていたムラサメが黒い光を帯び、胸に蹴りを受ける。
ほくそ笑むペルセウスであったが、すぐに異変に気付いた。全身から脱力してまるで鉛のように体が重くなり、そしてその体がムラサメの方に引っ張られていく感覚に襲われたのだ。
破軍ノ型の力。それは敵から受ける物理的な攻撃を完全に無力化し、全てを自身の力に還元して跳ね返す、カウンターの能力なのだ。
ムラサメはその吸収した力を刀に込め、思い切りペルセウスの胴を薙いだ。
「ガハァッ!?」
精神的にも、肉体的にも今の一撃はペルセウスにとって重かった。
ソニックペガサスのスピードと英雄の髄液によって得た膂力、そしてウロボロス・ギガ自身が持つ再生能力。
それらが組み合わされば、まさしく無敵のはずだったのだ。だが今、その布陣が崩されようとしている。
「ざっけんなよ……負けるか……この俺様が、ガキ如きに負けるワケがあるかァァァッ!!」
驕慢な怨嗟の怒声を吐き出して、再びペルセウスが爆発するような速度で突撃する。
ムラサメは冷静に、ペルセウスを見据えながら七星紋を手前から奥へ向かって一筆書きの要領で指先でなぞっていく。
しかし、このままでは間に合わない。万が一当てる事ができたとしても、相討ちになるだろう。そうなれば、再生能力を持つペルセウスが有利だ。
紫乃がそう思った、その時だった。
《バインド!
その音声と共に、ペルセウスの身体が鎖で拘束される。
見れば、クラレントが倒れたまま自身のAウェポンにリキッドを装填し、能力を発動しているのが分かった。
「この、ガキィ……!!」
歯を軋ませて睨みつけるペルセウス。
そして既にムラサメは、必殺技の準備を終えている。
「お前を塗り潰す色は決まった」
《
「これが貴様の最後の景色だ――ウロボロス!!」
《セブンスターズ・クロマティックメテオスウォーム!》
全ての星を点灯させてトリガーを引いた瞬間、ムラサメとAウェポンは七色の輝きを纏って装甲が展開され、その光条が巨大な斬閃となって黒き騎士に向かう。
その凄まじいエネルギーの奔流と無数の光の刃に呑み込まれ、爆炎と共についにペルセウスの変異は解除された。
「く、マジかよ……クソガキ共め!」
駿斗の顔で汚い言葉を口走りながら、ウロボロスがソニックペガサスを再起動させようとするが、それは銃形態になったムラサメのAウェポンの弾丸によって阻まれる。
「負けを認めろ。そして、駿斗を放せ」
またも降伏の勧告。苦々しい表情になったウロボロスは、ゆっくりと頭を垂れた。
だがその直後、堰を切ったようにケラケラと笑い出す。その手には、いつかアダンと戦った際にも見た液の入った小瓶が握られているのだ。
「それは!?」
「どうやらナメ過ぎてたみたいだな、不本意だがこれで帰らせて貰うぜ。次に出会う時……完全な俺様と戦り合う時がテメェの最期だ」
「くっ、待て!」
「ラジエルの書を巡る争いを! いずれ来る世界の終焉を! 『神と人との大戦争』を楽しみにしてな! ヒャーッハハハ!」
そして、止める間もなく瓶が割れる。
瞬く間に駿斗の姿は煙のように消えてしまい、もはや追う事はできない。
「逃げられた……!」
若葉やロゼと約束したというのに、駿斗を元に戻せずに終わってしまった。
変身を解いた紫乃は、悔しそうに強く拳を握り締める。
そんな彼の背中へ、声が投げかけられた。変身を解いたクリスだ。
「シロ。アタシもまだ終わっちゃいない……次こそ勝ってやる、そんで封魔司書もアダンもブッ潰す」
「クロ……いやクリス。一体なぜだ? アダンはともかく、お前がオレたちと敵対する必要がどこにある?」
互いに敵意はなく、レリックライザーをホルスターに装填したまま話し合う。紫乃の望んだ状況だ。
「そりゃこっちのセリフだよ、シロ。なんでお前LOTになんか入ってんだよ。遺跡や遺物をかっぱらって独占するような連中なんかに」
「違う。オレたちは危険な遺物を悪事に利用されないように封印し、真実を曝さないよう保全しているんだ」
「じゃあ封魔司書が正しいって保証があんのか?」
虚を突かれた様子で、紫乃の言葉が詰まる。それを見逃さず、クリスは追及を続けた。
「お前自身がそのために働いたとして、上層の連中まで同じ考えって確実に言えるのかよ? そいつらがその気になって掌を返せれば、遺物を自分の欲望のために使うようになれば」
「真実が曝け出されるばかりか、LOTが人の世界の支配者として君臨する……か」
「そうだ。だからアタシと一緒に来いよ。最初からお前とアタシが組めば、封魔司書だろうがアダンだろうが、バルト相手だろうが負けねぇ! 負けるはずがねぇ! 最強コンビの復活だ!」
「ロゴス・シーカーに……」
紫乃はそう呟いて、目を細める。
キュクロプスの眼が壊滅し、晴明に拾われた頃から、妄信とまでは行かないが紫乃は封魔司書の行為を信じていた。
遺物を回収し続ける事で人々の安寧が保たれているのだと、疑っていなかった。
だから異なる視点から封魔司書を見るクリスの言葉に、小さくない衝撃を受けているのだ。
しかし。
「それでもオレは封魔司書であり続ける」
「なんでだよ! お前、キュクロプスにいた時の事を忘れちまったのか!? あんなに騙されて、裏切られて……みんな殺されたのに! また騙されてるかも知れないって考えないのかよ!? LOTがあいつらと同じじゃないって言い切れんのかよ!!」
「確かにオレも組織の全貌を完璧に把握してはいない、お前が言った事も可能性としてはあり得ると思う」
「だったら!」
「だが、もうオレは人として生きるべき道を決めた。この街を、友を……大切な人を守ると決めた」
だから、と紫乃は続ける。
「もしもLOTが世界を支配すると言うのなら、オレたちの大切なモノを奪うと言うのなら。その時はオレの手で阻止するのみだ」
「……そうかよ」
「なぁクリス、お前こそオレと共に来い」
ピクッと眉を上げ、クリスは真剣な紫乃の顔に目を見張った。
「オレの大切な人の中には、家族は、お前も――」
「ダメだ」
紫乃の説得を遮って、下唇を噛み震えを押し殺すクリス。
そして、紫乃の目を見つめて静かに首を横に振った。
「アタシにだって……大事なモンくらい、ある。この道は譲れねぇよ」
「……そうか」
二人がそんな会話をしている内に、クリスの背後から声が聞こえて来る。
ロゼと灰矢だ。戦いを終え、救援に駆けつけようとしているのだ。
話す時間は終わった。クリスは紫乃の横を通り過ぎ、この場から立ち去ろうと歩み出す。
その去り際で、ぽつりと彼に囁いた。
「次に会う時はもう手は貸さねぇ。本当に敵同士だ、シロ」
彼女からのそんな言葉を聞き、紫乃は背中越しに声をかけた。
「シロじゃない。その名はオレがただの
言いながら拳を握り、続けて紫乃はクリスを振り返る。
「今のオレは行雲 紫乃……仮面ライダームラサメだ」
クリスの方は背を向けたままフッと笑みを見せ、今度こそ磐戸を後にするのであった。
※ ※ ※ ※ ※
翌朝。
紫乃は戦いを終えてすぐ、駿斗を連れ戻せなかった事を若葉に告げた。
一部始終を聞いて、彼女は笑うでも泣き出すでもなく、ただ空を見上げるばかりだった。
今回の一件は彼自身の心にも大きな後悔の念を残す結果となり、また力不足を痛感させる事になった。
「……待っていろ。駿斗、若葉、クリス」
だが、それでも紫乃は諦めない。むしろ、心に火が灯ったかのように張り切っている。
離れ離れになってしまった、友を救い出すため――。
紫乃は洗面所で顔を洗い、そのやる気に満ちた心のまま自身の部屋を出た。
「あ」
「あ」
その直後、ばったりとロゼに出くわす。
二人の脳裏に過ぎるのは、例のトレーニングルームでの告白。
たちまち紫乃の頬が赤く染まり、ロゼも視線を逸らしてしまう。
「お、おはよう」
「え、ええ。ごきげんよう」
二人とも探り探り、しどろもどろになりつつ挨拶を交わす。
その後沈黙が訪れるが、これではいけないと思ったのか紫乃から口火を切った。
「なぁ、ロゼ。あの時の事だが……」
「ちょっ、ちょっと待って! 今どういう風にOK出そうか考えてるから!」
「え?」
「え? ……あっ!?」
ハッとロゼが自身の口を塞ぐが、もう遅い。
緊張のあまり、あまりにもおかしな事を口走ったのに気づいたのだ。
そのまま、彼女は「やっちゃった」とへなへなとしゃがみこんでしまう。
「お、おい?」
「ちちち違うの! いや返事は違うくないんだけど違うの、今のは! もっとその……ロマンチックでカッコよくスマートな感じで返事をしたかったのよ、ほんとは!」
「……」
「だからその、今のは忘れて!? ね!? やり直し!! やり直しを要求します!!」
「ふ、ふふ……ははは」
心の底から楽しそうに。
紫乃は、僅かに目を濡らしながら、笑っていた。
あまりにも無邪気な笑い顔だったので、ロゼも呆気に取られている。
「ふふ、すまん。本当に面白くてつい……な」
「も、もう! こっちは真剣に悩んでいたのよ?」
「ああ悪かった。だが本当に良いのか? あんなロマンもへったくれもない場所で、しかもあんなタイミングで告白したのに」
内心ヒヤヒヤしていたんだ、と付け加えて問いかけると、ロゼは深呼吸した後に紫乃の腕に抱きついた。
「良いとか悪いとかじゃなくて、私があなたを心から好きなんだもの。だから、嬉しかったわ」
「そう、か。そうか……」
自分の腕にしがみつくようなその手を、紫乃はきゅっと優しく握る。
そして鼓動を高鳴らせながら、照れながらも小さく微笑んで囁きかけた。
「……ありがとう」
ロゼは一瞬驚いた後、自身も紫乃に笑みを見せた。
――そんな少年少女の様子を、遠目に見守る者が二人。
「上手く行ったみたいだな、あの二人」
部屋の扉を僅かに開き、隙間から紫乃たちの歩く廊下を覗き込んでいるのは、下着姿の灰矢だ。
室内には、同じく下着だけになっている菫がいる。
「あ、告白したとか言っていた子たち?」
「青春してるよなぁあいつら。俺と違って」
扉から離れてソファーにもたれ、灰矢は言う。
するとそこに後ろから菫が近寄り、見上げた灰矢の唇に何度も自身の唇を重ね合わせる。
「んっ……ふふ、羨ましくなくなった?」
「満足だよ。ところで、仕事の話だけどよ」
「依頼された情報の事なら、もう端末に送ってあるわ」
それを聞いて、灰矢はヒュウッと口笛を鳴らした。
「流石、仕事が速いな。しかし、いつもどうやってこんな情報を仕入れて……」
感心して問いかけようとしたところで、再び菫の唇が灰矢を黙らせる。今度は舌が絡み合う、激しい口吻だ。
やがて互いが唇を離すと、その舌先からは銀の糸が引いていた。
「企業秘密。分かるでしょ?」
「まぁ……な。こっちも深く聞くつもりはねぇさ」
頬を上気させ、笑う菫。
その後、二人とも自身の服を着て、部屋を後にする。
さらに菫は図書館からも出て行った後、逆風を受けながらN-フォンで通信を始めた。
『情報収集は順調ですか?』
「はい――モルガン様」
付録ノ二十四[ウロボロス]
死と再生を司る蛇龍。ギリシア語で『尾を飲み込む蛇』を意味する言葉。
蛇は古くから不老不死の象徴であり、脱皮による成長や飢餓にも耐える性質から、自らの尾を食らうこの蛇は完全無欠の存在と語り継がれて来た。
また、ウロボロスには一匹のみが輪になって自身を食むものと、二匹が輪を作って互いの尾を食らい合うものがあるという。