仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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「さぁて、十何年振りの我が家だねェ~」

 駿斗の体を奪った後、ムラサメ及びクラレントとの戦いに敗北し、逃亡したウロボロス。
 彼は今、緑色の光が拡がり大きな満月が浮かぶ世界の、洋館の前に来ていた。
 ロゴス・シーカーの本拠地である。

「機嫌直せよ宿主サマよォ、ようやく会えんだぜ? お前の愛しのオジイサマによ」
『うるさい……僕の身体を返せ……!』
「ヒャハハハ」

 心の内に感じるもうひとりの魂が憤るのを笑って受け流し、ウロボロスは扉を開けて中に入った。
 扉を入ると、床と壁や天井などに羅列している奇妙な計算式が確認できる。さらに窓からは中庭と、広大な農園が見て取れる。
 ふとウロボロスが、階段の方に視線を移すと、そこには白いローブを纏った男が立っているのが分かった。目深に被ったフードからは、綺麗な金髪が覗いていた。

「親父、戻ったぜ」

 若い男に向かって自分の肉体を乗っ取った蛇が言い放つのを聞き、駿斗は耳を疑う。
 ウロボロスは自身を生み出した父親と、駿斗の祖父が同一人物であると語ったはずなのだ。
 しかし、そこにいる男は孫を持つような年齢のようには見えない。

「よく帰った。我が息子たちよ」

 男はそう言ってフードを外す。
 そこに現れた顔は――老人のものだった。それも、駿斗の面影を僅かに感じる顔だ。

『じいちゃん……!?』

 何よりも、駿斗自身が会った、当時の記憶の中にあるものと相違ない顔立ち。死したはずの祖父そのものであった。
 フードの男、バルト・アンダースはフッと唇を釣り上げた。

※ ※ ※ ※ ※

 時を同じくして、LOTの息がかかった磐戸の病院にて。
 若葉は、自身の病室でずっと空を眺めていた。
 戦いは終わった頃だろうか。駿斗はどうなったのだろうか。
 自問しても、答えは帰って来ない。

「……?」

 ふと、風でも吹いたような、何かの気配を感じて扉の方を振り返る。
 しかし、当然ながら誰もいない。目の前の窓さえも開いていない。
 疲れているのだろうか。そう思って、瞳を閉ざす。
 自分の背後に、金髪で半分透き通ったような女の姿が現れているのにも気付かずに。


革命ノ章
第二十五頁[朱に染まる若葉]


 紫乃たち磐戸の封魔司書がワイルドハントの行軍を阻止してから、数ヶ月の時が過ぎ。

 季節は夏。街は人々を容赦なく照りつける眩い日差しと、汗が混じって嫌気が差すような湿気が支配している。

 そんな歩くだけで拷問となるような帰路を、紫乃とロゼは歩いていた。

 

「暑い……暑いわ、今日も。日本ってどうしてこう、蒸すのかしら」

「……本当にな。図書館の中は快適なんだが」

「帰るまでが本当にツラいわね」

 

 手でひらひらと自身を扇ぐロゼだが、気休めにもならない。額や頬から汗が伝い、半袖のブラウスを濡らしてシミを作る。

 紫乃の方も同じで、ひたすらに流れる汗をタオルで拭っているものの、止まる気配はない。

 

「どこかに寄らないか? このままでは到着する前に倒れかねん」

「賛成ね~……何でも良いから冷たいものが欲しいわ、飲み物でもアイスでも……」

「ならかき氷だなこの近くに話題の良い店があるからもう今すぐに行こう急ぐぞ」

 

 甘味と聞けば即座に飛びつくほど機敏になるのが紫乃だ。ダラダラと汗を流しながらも、その目は期待で輝いている。

 そんな彼の無邪気な姿にくすりと笑って、ロゼは後ろからそっと手を伸ばして指と指を絡ませる。いわゆる恋人繋ぎだ。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「あ、ああ」

 

 驚きつつも返事をする紫乃。先程よりも頬が熱を持っているように見えるのは、気温のせいだけではないのだろう。

 二人が恋仲となって付き合い始めてからそこそこ時間が経つが、まだ手を繋ぐのも慣れておらず、気恥ずかしさが勝っているのだ。

 今の関係になる前の紫乃であれば、腕に抱きつかれても平然としていた。その変化が、自分を恋人として意識しているという事実が、ロゼの心を浮き立たせている。

 かくいうロゼも、手を繋ぐだけでも照れているのだが。

 

「それで、そのお店はどんなかき氷があるの?」

「今は容器の底にタピオカを敷いて周りにフルーツを盛った上に、かき氷にエスプーマをかけたものが人気だな」

「あー、パフェ風な感じなのね。SNS映えも意識しているのかしら?」

「その辺りの話にはあまり詳しくないが、味も良いらしいぞ。メロン味が特に美味そうだ」

 

 甘く冷たいかき氷に思いを馳せ、二人は会話を弾ませながら店舗に向かい歩いていく。

 

「夏休みも目の前だし、計画立ててその間に色んなところに行きたいね」

「フフッ、そうだな。とはいえオレたちには任務もあるんだが……む?」

 

 だが、そこへ。紫乃のN-フォンから、着信音が鳴り響いた。

 取り出して確認すると、相手は織愛である事が分かり、紫乃の脳裏に嫌な予感が過ぎる。

 そして、その予感は的中した。

 

『紫乃くん、下校中ね? ロゼちゃんも一緒にいる? 寄り道せずにすぐ帰って来て欲しいんだけど』

「……。……わかった……」

 

 躍っていた心が一転して沈んでいく。

 そして通話を切ると、どうやらロゼにも話が聞こえていたらしく、彼女も落ち込んでいた。

 

「せっかく一緒にかき氷を食べに行きたかったのに」

「仕方あるまい。名残惜しいが、支部長の呼び出しとなればな」

「うう~……」

 

 渋々、二人は図書館に向かって歩き出す。

 そして気持ちを切り替えて、道中にて真剣な顔つきで話し合う。

 

「支部長、突然どうしたのかしら? 緊急事態でなければ良いのだけど」

「ああ。ウロボロスの……駿斗の居場所が分かった、というのなら話は別だが」

 

 紫乃の言葉にはロゼも同意した。

 あの戦い以降、駿斗とは再会できていない。若葉も登校できる程度には心が回復したが、未だに表情には陰が差している。

 もう一度ウロボロスに出会ったなら、今度こそ駿斗を取り戻さなくてはならない。紫乃たちはそう心に決めていたのだ。

 しかし、図書館に到着して地下にあるLOT磐戸支部の拠点に戻った二人に告げられたのは、衝撃的な報せであった。

 

 

 

 

「よくぞ戻って来たな、諸君」

 

 夕刻、支部長の執務室にて。

 灰矢を含んだ三人に対し、支部長の織愛ではなく、椅子に座した40代の男がそう言った。

 金髪で見事なカールを描く口髭を蓄えており、背が高く同時に恰幅の良い体型だ。また彼の纏うLOT制服は上下共に白だが、首元のみ青いスカーフが金色のカフスボタンで留められていた。

 無論、三人にとっては見知らぬ人物だ。一体何者で何故偉ぶっているのか意味は分からなかったが、灰矢の隣に立つ織愛の苦虫を噛み潰した表情で、おおよその見当は付いている。

 そして、問うまでもなく本人の口から素性が明かされた。

 

「私の名はアレックス・フォン・ブラウベルク。元LOTドイツ支部の支部長にして、現在はLOT本部に勤める封魔司書である。今回査察を任され、本部からわざわざ来てやったのだ。私のような高貴な血筋かつ凄腕の超々エリート封魔司書に一瞬でも出会えた事を最上の光栄に思うが良いぞ! むはははは! 今は前線を退いているが、これでもかつてはドイツに蔓延る某残党どもを根こそぎ叩き潰してだな……遺物の回収も……で、あるからして……」

 

 誰一人聞いてもいない自慢話を口走り、大笑いするアレックス。

 正直に言って早々に帰って欲しいという本音を呑み込み、紫乃はただ黙って話を聞いている。ロゼも無表情でそれを聞き流し、灰矢など欠伸を堪えていた。

 そんな本音を知ってか知らずか、ともかくアレックスはようやく本題に入る。

 

「結論から言おう。君らの持つ封魔霊装全てを本部に返還し、街から退去したまえ。これより磐戸支部の指揮は私が執る、仮面ライダーの出番はない」

『……は?』

 

 驚きのあまり、三人の声が揃う。織愛は溜め息を吐き、頭をくしゃくしゃと掻いた。

 その反応も当然だと分かっているようで、アレックスは仰々しく咳払いしてから事情を明かし始める。

 

「少し前から報告は受けていたが、ラジエルの書の頁を発見しておきながら、例のロゴスなんたらとかいう組織から奪えなかったそうじゃないか?」

「それは……」

「挙げ句に新型リキッドまで奪われる体たらく! 酷い失態だ、なんとも嘆かわしい! そんな役立たずの戦力はLOTには不要なのだ!」

 

 ビシッと紫乃たちを指差し、厳しい顔を作って言い放つ。

 そこへ、すぐに織愛が口を挟んだ。

 

「お待ち下さいブラウベルク卿。確かに私どもは失敗もしましたが、遺物オークションやワイルドハントからの防衛そのものには成功しているはずです。それを無視して失敗だけを見て判断するというのは、あまりにも――」

「無論、功績そのものは私も認めている。数々の戯我を打倒し、悪しき組織の陰謀を打ち砕いたのは紛れもなく評価に値するとも」

 

 しかしながら、とアレックスは付け加える。

 

「そのオークション船破壊も遺物の確保には繋がらず、ワイルドハントも従来のものに比べれば遥かに小規模だと聞いている。にも関わらず君たちはAパワーアーマーを二機も大破させられる損害を被ったようじゃないか」

「ぐ……!!」

 

 何も言い返せない。織愛は口を噤んでしまい、さらにアレックスの演説めいた語りが続く。

 

「そもそも『直接自分の身体を使って戦う』というのが仮面ライダーの、実にアナクロでリスキーなところだ! しかもこんな子供まで無理矢理に鍛えてコキ使う! 私ならば、そんな愚かしい危険を冒さずとも戦う事ができるぞ!」

 

 断言した後、執務室の扉にノックの音が響く。

 それを聞いてアレックスが入室を促すと、ドアが開いてひとりの長身の人物が入って来る。

 アレックスと同じく本部仕様の白いLOT制服を着用しているが、何よりも目立つのは彼の被っている仮面。龍の顔を模したそれは、顔の上半分を覆っており、正体を隠しているのだ。

 深緑の長髪を三編みにして左肩へ垂らし、仮面から覗く青い瞳で紫乃たちを一瞥した後、アレックスへと一礼した。

 

「彼は翡龍(フェイロン)。元は中国支部の封魔司書で、私に仕えている本部の封魔司書兼執事だ。彼も仮面ライダーなのだよ」

「フェイとお呼び下さい。よろしくお願い致します」

 

 紹介を受けて今度は紫乃たち、礼儀正しく織愛にお辞儀するフェイ。

 そして再度アレックスに視線を移し、中性的な高めの声で話しかける。

 

「御主人様。例のモノが配備完了しました」

「そうかそうか、ご苦労だった……君たちも見れば納得するだろう」

 

 アレックスが指を弾いて言うと、虚空にホロモニターが出現し、映像が流れ始めた。

 どうやら事前に撮影していた他国での戦闘映像らしく、戯我の群れへと立ち向かうべく、いっそ恐怖さえ感じる程綺麗に足並みを揃えて大軍が押し寄せている。

 

「これが、私が封魔霊装不要論を唱える根拠であり、我が故郷ドイツ支部と本部の有志による共同開発で生まれた、ギリシア神話のタロースやユダヤの伝説にあるゴーレムから発想を得た究極の対戯我専用自律戦闘無人兵器……」

 

 話を聞きながらじっと見れば、それは人間ではなかった。人間の姿を模して作られた、ロボットだ。

 

「その名も封魔人形『A(アーティフィシャル)オートマータ』! 見たまえよ、この圧倒的な戦闘能力! 機械故にあらゆるAウェポンを持たせて扱わせる事ができ! 最新鋭のAIを搭載し、簡単な操作で命令を与えて戦術を即座に切り替える事も可能! 当然、人が中に入っていない以上は人的な被害が起こらない!」

 

 武装した機械人形たちは、あっという間に戯我の軍勢を消滅させていく。

 そして完全に制圧せしめたところで、アレックスはその場に浮かんだモニターを消した。

 

「この無敵の軍団がある限り、私やこの拠点を防衛してくれる仮面ライダーは優秀な彼一人だけで良い。不要なものは処分する。君たちの役目は、終わりだ」

「そんな……」

 

 動揺し、ロゼは織愛とアレックスの顔を交互に見比べる。

 直後、今度は紫乃が異を唱えた。

 

「そんな急な話、飲み込めません。ここはオレたちの街なんです、オレたちが自分の手で守りたい景色なんです。それをいきなり出て来て、退去だなんて……」

「フム……まだ納得できないと。まぁ確かに退去までは私の独断では不可能であるし、言い過ぎかも知れない」

 

 キィ、と椅子の軋む音と共に紫乃の方を見据えて、アレックスは指を組む。

 

「君たちが有為な戦力と証明して貰おう。無論、戦いの中でな。そうすれば本部へ打診するのはやめると約束する」

「その証明の方法とは?」

 

 強気な姿勢で紫乃が尋ねると、アレックスは頬を釣り上げてフェイを顎でしゃくった。

 それを受け、彼は再びホロモニターを点け、説明を始める。

 

「先日、日本支部……即ち京都の方で報告があり、容疑者不明の奇妙な連続殺人事件が起きているとの事です。本来であればこのような事態、警察が対処するものなのですが」

「何か事情があると?」

 

 紫乃の問いに、フェイが首肯する。

 

「敵の正体が戯我である可能性が高いのです。被害者には刀傷があり、その上で体内には血液が一滴も残されていなかったとか。そして警察でも、日本支部の封魔司書でも未だに犯人を捕まえる事はできていない」

「そりゃ、確かに戯我が色を喰ったんだろうなあ。だがよ、なんでそんな証拠が残るような真似してんだ?」

「それを含めて調べるのがあなた方に課せられた任務ですよ。学生のお二人に合わせ、期限は夏休みの間としましょう」

 

 面倒臭そうな灰矢の質問にもサラリと答え、京都の被害状況が映ったモニターを消すフェイ。

 異を唱える事などできるはずもない。話が概ね纏まり、その場は解散となる、その時。

 思い出したように、アレックスが口を開く。

 

「そうそう。ユーダリルに配備される予定だったデュアルリキッドだが、アレは私の判断で本部預かりとなった。よって改修してこちらのフェイが使う事になる」

「は?」

「優秀な人間にこそ優秀な力は必要なのだよ。ま、君は君の力で頑張りたまえ」

 

 唖然とする灰矢。

 こうして紫乃たち磐戸の仮面ライダーは、夏休みの間街を離れる事になった。

 

 

 

「……っざけやがってあのクソデブ野郎!!」

 

 どかっ、とソファーに座り込んで灰矢は悪態をつく。紫乃もロゼも、彼ほどではないが憤慨している。

 ここは紫乃の部屋。先程会議に参加していた三人のライダーのみが集まった形であった。

 

「ようやく俺も新型使えるかと思ったのによぉぉぉ~! なんなんだよマジで!」

「全くだ。あまりに横暴が過ぎる」

 

 そう言った後、紫乃はロゼと一緒にイチゴ味のアイスクリームを頬張る。

 さらに、灰矢は投げ出すように足を拡げて柔らかいソファーにも埋もれていく。

 

「あのフェイってヤツもいけ好かねぇ! 現場に出てねぇ本部のモヤシ野郎どもに、一体何ができるってんだ!」

「いえいえ、アレで彼らは本当に優秀な封魔司書なんですよ」

 

 突如、三人とは異なる何者かの声が聞こえる。

 見れば、部屋の入口に白い小狐がちょこんとおすわりの姿勢で待機していた。

 晴明の式神。紫乃たちと会話する際、日本支部から遣わされるものだ。

 

「私では本部の意向を完全に覆す事はできず……申し訳ない」

「そんな、謝らないで下さい日本支部長! 大丈夫です、私たちが成果を出せば済む話なんですから!」

 

 励ますようにロゼが言い、グッと天井に向けて親指を立てる。

 しかし小狐はどこか小難しい表情になると、背筋をピンと伸ばして三人に向き直った。

 

「率直に言いますが、今のままの三人では厳しいかも知れません」

「……何故だ? オレたちは曲がりなりにもアダンやイシュタルのような強敵を倒し、ワイルドハントの阻止にも成功しているんだぞ?」

「今回の相手はそれほど厄介なんですよ。私の睨んだところ、恐らく『超獣戯我(ギガロード)』が関わっていますからね」

 

 その単語を耳にした瞬間、紫乃たちの顔つきが変わった。

 超獣戯我。上級さえも超越し、神の領域に至った戯我――あるいは神そのものが、そこにカテゴライズされる。

 ロードが現出するとは、即ち人間界の存亡の危機に直面しているという事を意味する。神の領域に至った存在は、その力によって人間の星である地球の法則を捻じ曲げ、意のままに支配する事ができるからだ。

 

「確かなのか?」

「まぁ、まだ完全に目覚めてはいないはずですがね。超獣戯我の復活、あるいは覚醒が狙いと見て間違いないと私は思っています」

「やはりロゴス・シーカーの仕業なのか?」

「そこまでは流石に分かりません。しかし……それもあり得るでしょう」

 

 何せ、と付け加え、晴明は神妙な声で続ける。

 

「一瞬ですが、本部で所有しているラジエルの書と同一の反応がありました。京都にページを持つ戯我か人間がいる証拠です」

「……なるほど。それなら、確かに超獣戯我を生み出すのが目的だろうな」

 

 尚更急いで京都に向かわなくてはならない。

 口に出さずとも、三人の意思はそれで一致していた。

 しかし、そこで晴明が厳しい口調で「待った」をかける。

 

「皆さんはまず、京都ではなく別の『とある場所』に向かって頂きます」

 

 別の場所。

 それは一体どこで、何をするというのか。何故そうしなければならないのか。

 尋ねるより前に、晴明はふわりと尻尾を振る。

 

「諸々の話は、また夏休み当日に連絡します。では私は色々と用事がありますのでこれで失礼を」

「あ、おい!」

 

 灰矢が呼び止めようとするが、その頃には既に小狐は消えてしまっていた。

 結局、何が何やら分からないまま、一同はその日を待つ事になった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃。

 緑色の空間が広がる世界の、バルト・アンダースが根城としている館の門前にて。

 三人の男女が、そこで邂逅していた。

 

「……よう。あんたらもご帰還かい」

 

 一人はかつてキュクロプスの眼の頭目として紫乃やクリスを鍛えていた男、アダン・アルセニオ・エスカルラータ。

 ロゴス・シーカー五大幹部の一角であり、一度はLOT磐戸支部の仮面ライダーたちに敗北したものの、復活を遂げて暗躍を続けている。

 アダンが話しかけると、向かい合う二人の内、片割れの男が頷いた。

 ボロボロになった黒い袈裟の上にカソックを横一線に裂いたものを羽織っている、非常に罰当たりな服装の男だ。首には鎖で繋がれた真っ二つの十字架を提げ、右の手首に赤黒く変色した人骨の数珠を身につけており、また怪我をしているのか額には包帯が巻かれている。

 しかしその顔立ちは美青年と言って差し支えなく、黒々とした髪は特に手を加えず、獣のようにボサボサのまま膝裏まで伸ばされていた。

 

其方(そちら)も元気そうで。拙僧がいない間、何か変わりはありましたか?」

 

 アダンの表情が曇り、そして躊躇いがちにぽつりと一言だけ答える。

 

「カリオストロが封魔司書に殺られた」

「なんと……」

 

 驚き、破戒僧めいた男が袖で口元を覆う。

 その直後に、彼の隣に立つもう片方の人物が口を挟んだ。

 柔らかく豊かさを感じさせる淫靡な身体つきを、フォーマルスーツとタイトスカートで覆った女。綺羅びやかなブロンドヘアは、後ろ側が悪魔の羽を模したクリップで留まっている。

 見た目麗しい眼鏡の美女であるが、その真っ赤な眼はどこか人間味を感じさせない異様な雰囲気を漂わせていた。

 

「バルトから血と魔剣を与えられたとはいえ、所詮はただの人間。我輩はこうなると思っていた」

「拙僧は哀しい、これで四幹部になってしまいましたからね」

「フン、心にもない事を」

 

 仲間が死んだと言うのに、そんな事実を感じさせない程に破戒僧のような男とスーツ姿の女は笑っている。一方のアダンは、モルガンと相対する時以上に表情を強張らせていた。

 そんな三人の元へと、別人の声が届く。

 

「アダンに天海(テンカイ)僧正、それにビヨンデッタ。三人とも良くぞ戻った」

 

 声を聞くと、僧侶姿の男、天海はすぐに跪く。

 そこにいたのはフードを目深に被った白いローブを纏った人物、バルト・アンダースだ。

 アダンもそれに続くが、ビヨンデッタというらしい女は動かず自らの腕を組んでいた。

 

「久しいなバルト。またラジエルの書の一部を集めてやったぞ、ありがたく思え」

 

 その上、事もあろうに総帥に向かって不遜に言い放つ。

 しかしバルトは特に咎めもせず、その報告を聞いて満足そうに頷いていた。

 さらに今度は天海が膝を折ったまま紙束を取り、差し出す。

 

「拙僧の回収したラジエルの書の断片です。お収め下さい」

「ご苦労」

 

 またバルトが首肯し、それを手に取った。

 アダンも同じようにページを取り出そうとした、その寸前。

 

「よォ! 久し振りだな!」

 

 そんな言葉が、館の入り口の方から聞こえて来た。

 

「あ?」

 

 この場に相応しくない、まるで少年のようなその声を耳にして、アダンは眉をしかめてその方向を睨んだ。

 果たしてそこにいたのは確かに少年で、アダンにとっても見覚えのある人物だった。

 

「お前、どこかで……そうだ、確かムラサメと一緒にいたガキじゃねェか!? なんでここにいやがる!?」

 

 その正体は駿斗。正確には彼を乗っ取った蛇の戯我、ウロボロスだ。

 アダンが立ち上がって詰め寄ると、ウロボロスは面倒臭そうに自身の耳穴を指で塞ぐ。

 

「テメェとは話してねェんだよ木偶人形」

「なに?」

「もう良いだろ、聞こえてんなら()()()()()

 

 意味が分からず、アダンは困惑する。

 が、その時。

 ゴボゴボ、と激しく水の溢れるような音が聞こえ始めた。

 

「うっ!?」

 

 驚きのあまりアダンは耳を塞ぐが、それでも音はハッキリと聞こえて来る。

 そして、すぐに気付いた。その音は外からではなく、身体の内側から響いているのだという事に。

 一体自分の身体に何が起きているのか。疑問が湧き上がる中、()()は答えを示した。

 

『ヒャハッ! ようやく最高の身体が出来上がったのか、俺様よ!』

「な!?」

 

 それは、その声は、自分の口の中から出て来た。

 血のように赤い、蛇の形をとったインクの塊。

 

「なん、だ……これは!?」

 

 アダンは、自分の体から力が徐々に抜けていくのを感じながら、ただただ驚く事しかできなかった。

 そして見ている内に、その喋る赤黒い蛇は、駿斗の体内へと飲み込まれて行き。

 胸にある『尾を喰らう蛇の紋様』が『二匹の蛇が互いの尾を喰らう紋様』に変化した。

 

「――よし。これで俺様は完全体だ」

 

 首をコキコキと鳴らし、楽しげに笑うウロボロス。

 戸惑うばかりのアダンであるが、彼以外の面々はその事態を何でもない事のように見ている。

 つまり、全員何かしらの事情を知っているという事だ。

 

「おい! 今のは何なんだ、俺に何をした!?」

「うるせェな廃棄品如きが……親父、どうする?」

 

 ウロボロスに尋ねられると、バルトは頷いて「私から説明しよう」と言い、アダンと向かい合う。

 

「アダン・アルセニオ・エスカルラータ。お前はそこにいる我が子、ウロボロスの片割れを育てるために用意した器だ」

「なに……!?」

「恐らく『私に見初められてロゴス・シーカーに入った』と考えている……いや、そう記憶していただろうが、それは違う。君はヴィクター・フランケンシュタインの遺した記録を元に、私とカリオストロの手で造られた人造人間なのだ」

 

 絶句するアダン。しかし彼の頭の中には、生まれてからこれまでのあらゆる記憶が――。

 

「……あ……?」

 

 ない。

 否、どういったものであったかを思い出す事はできる。頭の中で映像として流れてもいる。少なくとも、キュクロプスの眼の頃の事は鮮明に。

 しかし、それ以外は『記憶』ではなくまるで『妄想』であったかのように、自分のものであるという確信が持てないのだ。

 

「蛇とは囁き、唆す生き物だ」

 

 焦燥と当惑の最中、目の前でバルトが告げる。

 

「お前の脳の中にある大半の記憶は、ウロボロスが仕込んだ紛い物に過ぎない。瞼の奥に映る風景も、身についた言葉遣いも。何もかも、全て私が用意させた」

「う……嘘、だ……」

 

 徐々に息苦しさを感じ始め、自分が自分でなくなるような、気の遠くなっていく感覚に苛まれるアダン。

 やがて荒い呼吸のまま、突きつけられた現実から逃れんがために、モンストリキッドを手に取った。

 

《キュクロプス!》

「デタラメを言うなァァァァァッ!!」

 

 起動の後にそれを体に差し、半狂乱の怒号を上げてキュクロプスは大剣を振りかぶる。

 だがバルトはまるで動じる事なく、三つのモンストリキッドを取り出し全てを起動した。

 

「目覚めよ、第二刻・第一刻・第十一刻に宿りし精霊(ゲニイ)たち」

《ゲニウス・セカンド……サクルフ!》

《ゲニウス・ファースト……ヘイグロト!》

《ゲニウス・イレブンス……アエグルン!》

 

 直後、地中から植物が伸びてキュクロプスの身体に絡みつき、雪の嵐が蔦ごと凍りつかせる。

 最後に稲妻が轟くと、自身の放つものより強力な雷光の直撃を受けた単眼の戯我は、黒焦げになってその場で倒れ伏す。

 数秒と経たず、それだけでアダンは戦闘不能になってしまった。

 

「が……き、傷が……治らねぇ!?」

「当然だろう? お前の不死性と再生能力は本来ウロボロスによるもの、アキレスの髄液から得た力も全て息子に与えたものだ」

「あ、ぐぅ……」

「お前は、単なるフランケンシュタインの怪物の模造品に過ぎん」

 

 そう言ってバルトはラジエルの書のページをアダンの懐からひったくると、くるりと踵を返す。

 

「始末しておけ。もう用済みだ」

「はいよォ、親父」

 

 アダンの背後の空間に穴が開き、ウロボロスはその巨体を無理矢理に起こし、そこへ蹴って出した。

 

「がっ!!」

「あばよォ出来損ない! ヒャーッハハハハハハ!」

「おのれ……おのれェェェェェッ!!」

 

 断末魔と高笑いが混ざり合う中。

 クリスは顔面蒼白になって、館の陰で彼らの姿を震えながら眺めていた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 そして――夏休み前日。

 一学期最後の授業を終えた紫乃たちは、若葉に会いに向かっていた。

 磐戸を離れる事になるため、その挨拶をしようと考えたのだ。

 幸いにも彼女の方から連絡があり、裏門の前で待ち合わせて会う事になった。

 

「若葉のヤツ、元気になってくれていれば良いんだが」

「本当にね……あ、先輩!」

 

 ロゼが、校舎から出て来た若葉を発見して声をかけようとして、そして絶句する。

 何事かと思い紫乃も視線を向けると、同じく言葉を失った。

 若葉の傍に、見覚えのある女性の姿があったからだ。それは幽霊のように漂う、かつてLOTと相対した女神。

 

「ハァ~イ、久し振りねぇ封魔司書さんたち」

「貴様……イシュタル!?」

 

 愛美と豊穣の女神、イシュタル。頭に金色の円環を嵌めた彼女は、微笑みながら手を振っていた。




付録ノ二十五[フランケンシュタインの怪物]

 生命の創造に取り憑かれた学徒、ヴィクター・フランケンシュタインの手で造られた人間。
 化学と錬金術を駆使して造られたソレは、彼の理想に反して醜い怪物の容姿となってしまったため、ヴィクターは研究所を放棄してしまった。
 後に怪物は言葉を学び、ヴィクターの周囲の人間を殺しつつ、彼に対し『自分の伴侶を造れば姿を消す』とほとんど脅迫に近い依頼をするが、新たな怪物が産まれる事を恐れたヴィクターは逃走。
 報復のために怪物は周囲の人間を殺し続け、ヴィクターもまた怪物に対し復讐を決意するも、ヴィクターは死亡。怪物はその遺体を目撃してしまい、自殺したという。
 怪力が強調されるが、言葉を学ぶなど知能も高い。後の創作の中では、心優しい存在というイメージも付いている。

 なお、ヴィクターと出会った際に怪物は自らを『あなたの労働者アダム』と名乗った事があるという。
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