仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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 紫乃たちが修行に向かった後の磐戸の街。
 かつてここを狩場として夜を歩み潜んでいた戯我たちが、今は怯えた様子で逃げ惑い、縮こまっている。
 それというのも、あのAオートマータが現れてからだ。この街の戯我にとって、数で押して来るアレは仮面ライダー以上の脅威となっているのだ。

「封魔司書め、なんてもの作りやがる!」
「もうここから離れるべきじゃないかニャ?」
「弱気な事言ってんじゃねぇ! 何か、何か手があるはずだ! 例えば、そうだ……どっかの神とコンタクトを取ったり、あの噂に聞くロゴス・シーカーとかいう連中と手を組めば!」

 廃工場でそんな会話をしていたツチグモ・ギガとネコマタ・ギガであったが、しかし鉄扉が蹴破られる音で沈黙する。
 ビクッと驚き、振り向くと。そこには光を背にして立つ、一人の男がいた。
 白いLOT制服を着用する、龍仮面の人物。手に持つのは二色のモンストリキッド、腰にはレリックドライバー。
 それだけで二体の戯我には分かった。アレは仮面ライダーだ、と。

《バブル!》
「逃げ場などどこにもありませんよ」
《スープーシャン!》

 男、フェイがドライバーに起動したリキッドを差し込む。
 そして、グリップに手をかけた。

Loading Color(ローディング・カラー)! GRADATION(グラデーション)!》
「……変身」
BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 トリガーを引くと、パステルブルーとラズベリーパープルで彩られた陰陽魚太極図が、それぞれ彼の頭上と足元に出現。
 続いてそれらがインクの飛沫を上げ、フェイの身体を変質させる。
 紫のインクはアンダーアーマーとなり、その上から薄い水色の装甲が形を作っていくのだ。
 そうして完成したのは、トナカイを彷彿とさせる大きな双角を生やす、鱗のように全身に水色の玉模様が施された戦士であった。

《夢幻なる泡沫の仙獣! バブルスープーシャン!》
「仮面ライダー比翼、来了」

 名乗ると同時に踏み込んだその仮面の戦士、比翼は、拳による一撃でネコマタの頭を粉々に消し飛ばす。
 ツチグモは絶句し、後ずさりしつつも彼に指差して叫んだ。

「う……や、やれぇ!!」

 すると、物陰に潜んでいたコオニ・ギガの大群が現れ、金棒やドスなどを手に取り囲んで襲いかかって来る。
 尤も、その時には既に比翼も動いているのだが。

《バブル!》
「急々如律令」
Calling(コーリング)!》

 音声と同時に背後のコオニが金棒を振り切った瞬間、比翼の肉体が左右に分かれ、攻撃にかかった戯我を右腕が掴む。
 見れば断面が泡になっている上、身体そのものも泡と化しており、そのままインクであるコオニの体内にずぶりとめり込んでしまった。
 さらに残った比翼の左半身も泡へと変じて八方に散り、それらもまた周囲にいた他のコオニたちの中に潜り込んでいく。

「な……なんだ!?」

 ツチグモが困惑しつつ事態を見守っていると、入り込まれたコオニに異変が起きた。
 頭や腹に腕、身体のいたる所が風船のように膨張していくのだ。
 知っての通り、戯我はインクによって構成された怪物。ではそのインクが別の液体によって泡立たされればどうなるか。

「グ、ゲ、ゥボエエエエエッ!?」

 答えは簡単。肉体が分解し、破裂と同時に徐々に消滅するという末路を辿るのだ。
 ツチグモはその異常な光景に恐怖し、足を竦ませる。
 その間に、時間経過により泡への変化が解けた比翼は、元の状態に戻っていた。

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》
「もう戦意喪失したようですね」
「ヒィィィッ!?」
《バブルスープーシャン・クロマティックストライク!》
「では、せめて美しく散るが良い」

 必殺技を発動すると、頭部の角や掌からシャボン玉が吹き出し、無数のそれが逃げ出そうとするツチグモを一瞬の内に飲み込む。
 それを受けたツチグモは、全身のインクが泡立った上で綺麗に分解され、痙攣する薄い皮か肉片のような状態になってベチャリと床に張り付いた後、完全に洗い流された。
 全ての戯我が消えた事を確認した後、変身を解いたフェイはAガジェットで通信をかける。相手は当然、彼の主たるアレックスだ。

「御主人様、終わりました」
『ウムご苦労。しかしこんなにも手速く終わるなら、やはり君が行かなくても良かったのではないかね?』
「たまには私も戦いませんと、身体が鈍ってしまいますよ」
『ハハハ! まぁ、剣も銃も使わなくては無意味に錆びる一方だからな! 織愛支部長に報告して、今日は帰って来たまえ。確か同行しているのだろう?』
「はい、それでは後ほど」

 通話を終えると、背後から拍手の音が響いて来る。
 織愛だ。今回、本部の仮面ライダーの実力を直接目にしたいという事で、同行していたのだ。
 彼女の姿を目にするなり、フェイはグッと下唇を噛む。

「驚いたわ、確かに強い」
「……それはどうも」
「何よ素っ気ないわね、()()()()()()()()()()()()()()()()

 直後、織愛はフェイの前に回り込んで龍仮面を奪い取って顔を曝す。
 長い睫毛と二重瞼、うっとりとするような形の良く柔らかい目つきに、細い眉。
 まさしく眉目秀麗という言葉が相応しい、整った顔立ち。織愛によって白日の下となったその顔が、一気に真っ赤に染まる。

「ちょっと!?」
「いやぁ、本当に顔が良いわ。紫乃くんも美形だけど、あなたも全然負けてないわね」
「やめてください、返して下さい! 面を取られると()は……!」
「フフッ。これで私より年上だって言うんだから驚きだわ」

 龍仮面を抱き、織愛はイタズラっ子のように舌を出す。奪うには、彼女の豊かな胸へと手を伸ばす必要がある。
 顔が熱くなるのを感じつつも、震えながらフェイは仮面を取ろうとする。
 それを、薄らと笑う彼女の言葉が阻んだ。

「あら、昨日あんなに揉みくちゃにしておいてまだ足りないのかしら? ケダモノ~」
「それはあなたが酒を飲ませて無理矢理……というか違います! ず、ずるいですよ!」
「ほんと可愛いんだから」

 くすくすと笑い、織愛はヒョイッと仮面を放って返す。
 そしてすぐに真剣な表情になり、仮面を着け直そうとしているフェイに尋ねた。

「ひとつ分からないんだけど、どうしてあなたの実力を知っているはずのブラウベルク卿は、仮面ライダーを排除しようとしているのかしら?」

 それを聞いて、フェイも龍面を装着して神妙な顔つきになり、質問に答える。

「あの御方はかつて、あなたのようにドイツ支部で仮面ライダーと共に平和を守っていたのですが……その霊装の所有者が、重い病気に罹って亡くなってしまったのです」
「えっ!?」
「御主人様にとって彼は旧知の仲、親友だったのです。そして後継者の心当たりも探す暇もなく、霊装は本部に返還。以来、病気も死も克服した究極の戦士を生み出す事を求めるようになったのです」
「……そんな事が」
「もし疑っておられるなら、見当違いですよ。御主人様にはやましい経歴など何もありません、潔白です」

 真っ直ぐに織愛を見つめ、フェイは強く断言する。
 この話が事実かどうかを確認する必要はあるが、少なくともフェイの表情に嘘はない。
 なので、織愛は一度彼を信用する事にし、頭を下げてしおらしく「ごめんなさい」と告げた。
 フェイも小さく頷き、頭を上げるよう促した。元より怒ってなどいない、アレックスの無実を証明したかっただけなのだ。

「ところで、今日また一緒に飲まない? お詫びも兼ねて」
「……業務が終わった後でしたら。それから、何もしないと約束して頂けるなら」
「やった♪」

 小さくガッツポーズを取る織愛を見て、フェイは呆れた様子で笑みを零し、肩を並べて帰還するのであった。


第二十八頁[黄泉の鬼]

「ん……」

 

 オノゴロ島のリゾートホテル、その一室で、横向きに寝ていた紫乃はパチリと目を開く。

 小鳥も鳴いて今は朝、であるはず。だというのに、彼の視界は真っ暗だ。

 また、妙に柔らかく温かい感触が目の前にあり、華のような甘い香りがして、金縛りにでも遭ったかのようにほとんど身動きが取れない。

 紫乃はカァッと顔を赤くし、その場から離れようともがくが、やはり全く動けない。

 それもそのはず、今目の前にあるのはロゼの身体であり、紫乃は彼女に抱きつかれた状態なのだ。

 

「お、おい……ロゼ、起きろ……!」

 

 少しでも腕から抜け出そうとするが、彼女の抱擁はとても強く固く、逃れられない。

 そもそも二人の間には多少ながら体格差があり、紫乃は身長166cmでロゼが172cm。しかも、紫乃の方は相手の身体を気遣って全力を出せずにいる。

 どうにかしてこの甘美な拘束から抜けなければならないと足掻いている内に、ロゼのハグが緩んだのか、紫乃は自分の右腕が自由に動かせるようになっていた。

 これなら起こさず抜けられるかも知れない。そう思い腕を解こうとする、その瞬間。

 

「んん~」

「むぐっ!?」

 

 ロゼはさらに自分の方へと引き寄せてしまい、紫乃の顔が柔らかい胸の中にさらに埋もれていく。

 しかも、再び右腕が抱擁によって固められ、その結果として今度は右手がロゼの尻を掴んでしまった。

 

「はっ!?」

「んぁ、う~ん……?」

 

 頭の上から艶っぽい寝息が聞こえ、耳まで顔が真っ赤になった紫乃は慌ててその手を離そうとするものの、ガッチリと固定されて動かない。

 しかも、今度はロゼの足までが紫乃の全身を挟み、抱き締めているのだ。

 このままでは豊かな胸に圧迫されて、窒息死してしまう。

 流石にこの状況で死にたくない。紫乃はそう思って、どうにか自らの手をロゼの桃尻から離し、背中をペシペシと叩いた。

 

「ぅあ? んあ、れ?」

「起きたか」

「し、紫乃くん……!? ご、ごごごごめんなさい!?」

 

 紫乃は安堵するが、ロゼは今の状況を見て真っ赤になりながら慌てて彼から一度離れた。

 

「本当にごめん、私から頼んでいるのにこんな事になって」

「気にするな。別に嫌というワケではない」

「そ、それなら良かったわ。ええと、改めておはよう」

「おはよう……先にシャワーを使っても良いか?」

 

 問いかけられて二つ返事で了承するロゼ。紫乃はすぐ、風呂場へと駆け込んだ。

 できる事なら何でもすると紫乃から言われ、それに対し「添い寝して欲しい」と頼んだのが五日前。

 そこから現在まで、就寝時には毎回紫乃と同じベッドで眠っているのだが、その度に気がつけば彼を抱き枕にしてしまうのだ。

 しかも、半ば暴れて解くので、毎度お互いの浴衣が乱れている。

 

「いい加減断られてしまうかしら」

 

 溜め息と共に、ロゼが再び横たわる。

 そして浴室からのシャワー音に耳を澄ませながら、ベッドの上の毛布に顔を埋めた。

 

「紫乃くんの匂い……ふふっ」

 

 嬉しそうにへにゃりと頬を緩ませ、毛布に残った香りをくんくんと堪能する。

 そうして紫乃が出てくるまで嗅ぎつつ、二人は着替えて朝食と修行に向かった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「晴明、今日の修行は速めに切り上げるぞ」

 

 開口一番、山中の修練場でそう言ったのはアマテラスだった。

 既に紫乃はヤマトの元を訪れており、ここにはいない。

 そして突然その言葉を聞いて、晴明は驚いた様子で問いかける。

 

「アマテラス様、一体何を仰るのですか」

「深刻な事態なのじゃ。許せ」

「では、その事情というのをお話し下さい。いきなり言われても納得できませんよ」

 

 表情を引き締めた晴明が尋ねると、同じく真剣な顔でアマテラスは答えた。

 

「実はこの場所を修行場に指定したのには理由があってな」

「理由ですか」

「うむ。今日、神界アイドル日本一のウズメたんが、ホテルでライブを開催するのだ」

 

 アマテラス以外の全員がずっこけた。

 咳払いし、晴明は引きつった笑顔で再び尋ねる。

 

「えぇと……そのライブを見たいから、修行を速めに終わらせて欲しいと? というか、最初からそのためにここを?」

「そう言っておる」

「却下します」

「なに、何故じゃ!?」

「いや当たり前でしょう。諦めて、真面目に修行をつけて下さい」

 

 冷たくあしらう晴明。

 すると、アマテラスはゆっくりと俯いて震え始めた。

 

「あっ、これはマズいですね」

「ツクヨミ様?」

 

 隣に立つツクヨミの冷静な呟きを聞いて、若葉は首を傾げる。

 その直後、顔を上げたアマテラスは、涙目になって頬を風船のように膨らませていた。

 目を剥く一同。そして、彼女の感情は爆発した。

 

「やぁじゃぁぁぁ~!!」

「うわっ!?」

「やじゃ!! やじゃやじゃ!! やじゃやじゃやじゃ!! ウズメたんのライブ見るんじゃ!! 昔から妾の一番の推しなんじゃ!! やぁじゃ~~~絶対行くんじゃぁ~~~!!」

 

 地面に転がって手足をじたばたさせ、まるで駄々っ子そのもののようにアマテラスが泣き喚く。

 あまりの出来事にロゼたちは唖然とし、兄弟たるスサノオとツクヨミは頭を抱え、イシュタルすらも困惑していた。

 

「姉者ァ……」

「天岩戸の時と同じですね。こうなった姉上は、我ら二柱でも手がつけられません。最悪また引きこもります」

「こいつ私より駄女神なんじゃないの?」

 

 国を超えた三柱の神々がそれぞれ感想を述べてなお、アマテラスはワガママをやめない。

 すると、ツクヨミがくるりと人間たちの方を振り向いた。

 

「晴明、謝罪と許可を」

「えっ!? 私が謝るんですか!?」

「申し訳ありません、このままでは本当に引きこもりかねないので」

「う、うーむ……ツクヨミ様が仰るのであれば仕方ありませんね」

 

 ムスッと頬を膨らませたまま倒れるアマテラスに向かい、晴明は頭を下げる。

 

「アマテラス様、分かりました。私の配慮が足りず申し訳ありません。本日のライブが始まる前に修行を終えましょう」

「……うむ、妾も大人げない事をしたな、すまぬ。三貴神としての威厳を示さねばならぬのに」

 

 咳払いしてキリッと表情を引き締めるアマテラスを目にして、イシュタルはさらに困惑を深める。

 

「威厳という意味ではもうだいぶ手遅れだと思うわよ」

「なんじゃ~? 何か言ったか、駄肉め」

「フン、聞こえないわ。貧乳の僻みなんて……いたたたたたた!」

 

 緊箍児が起動し、頭を痛めるイシュタル。そしていつものように若葉がそれを慰めた。

 そんな二人の様子を流し見しつつ、晴明が手を叩いて注目を集めた。

 

「では修行を始めましょう。前回までと同様、アマテラス様・ロゼくん、ツクヨミ様・若葉さん・イシュタル、スサノオ様・灰矢くんのペアでお願いします」

「……ねぇ、前から思ってたんだけど私だけなんで呼び捨てなの? 神よ? 美の女神よ私?」

「スタートです」

「きっびし~」

 

 ぶーぶーと文句を垂れるイシュタルと、対照的に若葉が意気込みを見せる。

 そしてロゼは、ブリューナク エレガントヴァルキリーへと変身して槍を構えていた。

 

「それでは、お願いします」

「うむ……先程も言ったように、今日は用事があるので速めに終える。よって、その分妾からの修行も厳しくなるぞ」

 

 言いながら、アマテラスはその手に光を集め、それを長柄の武器へと変えていく。

 それは、光熱によって形成された薙刀であった。

 

「参る」

 

 静かなその言葉と同時に、アマテラスが素早く飛び込んで来る。

 まるで光そのもののような速度に目を見張りつつも、ブリューナクはエレガントミラージュを生み出して散開。そして回避の後、一斉に槍を持って襲いかかった。

 

「甘いわ!」

 

 アマテラスが叫んだ瞬間、その手の薙刀がバラバラに四散してレーザービームとなり、分身したブリューナク全てに向かっていく。

 避けられない、と判断できたワケではないが、ブリューナクはすぐに腕の小盾を構える。

 その咄嗟の行動は、しかし功を奏さない。盾は一撃で溶解し、真っ直ぐ後方に吹き飛ばされてしまう。

 

「くぅ……!?」

「どうした、もう音を上げるか?」

「まだまだです!」

「よし、その意気じゃ!」

 

 再び光の薙刀を形成して、アマテラスが飛びかかって来る。

 ブリューナクもまた分身を生み出し、散った。

 

「まだ分からぬか! その手は通用せん!」

 

 薙刀が散って光が迸り、ミラージュが消滅していく。

 しかし、その中に本体のブリューナクの姿はなかった。

 

「む!?」

 

 周囲を見渡して探すアマテラス、そしてすぐにハッと目を見張る。

 自身の頭上から、突然影が差し込んだのだ。

 見上げれば、そこにいたのはブリリアントヴィーヴルカラーになったブリューナク。無数のブリリアントジェムを、雨のように放つ。

 

「くっ、薙刀を作る時間は……」

「貰った!!」

 

 さらに、ブリューナクは槍をライフルに変形。

 アマテラスは頭上からのジェムと弾丸を、光を纏う手で撃ち落とし続けるが、当然防御は追いつかない。

 防ぎきれない宝石が、アマテラスの肩や腿を裂く。

 

「むぅ……!」

「よし、これで!」

「やらせはせぬぞ!」

 

 武器を槍に再変形させて肉迫するブリューナクであったが、防御を捨てて両掌から閃光を放ったアマテラスにより、遮られてしまう。

 これより墜落してしまうが、同時にアマテラスの方もさらに負傷した。

 

「今のは惜しかった、お主に足りぬ積極性が増して来たな。その調子でどんどん攻めて来るのじゃ!」

「……はい!」

 

 初めて明確な手応えを感じたロゼは、柔らかに微笑むアマテラスに頷き、またぶつかり合うのであった。

 一方灰矢の変身するユーダリルも、スサノオを相手に苦戦を強いられている。

 

「クソッタレ! 全然当たんねェ!」

 

 ガイアトータスカラーとなって矢を放ち続けるものの、天候を操るスサノオの能力によって局所的な濃霧が発生し、狙いが定まらない。

 仮に霧の中のスサノオを見極めて射ったとしても、彼自身の高い身体能力のせいで、どれだけ矢を放っても切り払われてしまう。

 そして、気象操作によって発生する雷がユーダリルを襲う。その繰り返しで、一方的な展開になるのだ。

 

「インチキ過ぎんだろアンタ!」

「ガハハッ! お前もそろそろ下らぬ意地など張らず、晴明から貰ったものを使った方が良いのではないか?」

 

 スサノオの指摘を受け、ユーダリルは唸る。

 修行の前にバルバトスのリキッドを事前に受け取っていたのだが、スサノオとの訓練において一度も使っていない。

 それには彼なりの理由があった。

 カリオストロが現れた際、完全な不意打ちとはいえ灰矢は一瞬で倒されてしまっている。ペルセウスの相手も『あのスピードでは矢が当たらない』という理由から、紫乃に任せる形になったのだ。

 何より、それ以前にもアダンを自分の手で倒せなかった。

 磐戸の仮面ライダーたちの中では一番のベテランだというのに、今では力不足。その事実を認められず、まずはガイアトータスやアクアクラーケンのような通常のリキッドによって、一本でも良いからスサノオに矢を的中させたかったのだ。

 

「でもまぁ、確かにそうだよな。意地張って時間ばっか使ってちゃ勿体ねぇ」

 

 言いながら仮面の奥で皮肉気味に唇を釣り上げると、ユーダリルはそのガンメタルグレーのリキッドを握る。

 

「下らねェプライドはもう捨ててやる! ガキ共にゃ負けてらんねえんだよ!」

《バルバトス!》

 

 リキッド起動の直後に、カートリッジの端子からオリーブドラブカラーの流体金属が溢れ出し、それが小さな鷲の形に変化した。

 日本国内の別の支部で試作された『メタルリキッド』の技術を応用して生み出された、変身を拡張する新たなアイテムだ。

 鳴き声を上げる鳥のその背にはリキッドの装填口があり、ユーダリルはそれを確認しつつ鷲を手に取る。

 

《ワイルドイーグル!》

「こいつを……!」

 

 ワイルドイーグルと名乗りを上げたその鷲の翼を折り畳み、バルバトスのリキッドを空いた背に装填。

 

GET READY(ゲット・レディ)!》

 

 その音声が鳴ると同時に、今度はドライバーにワイルドイーグルをセットする。

 続けて素早くトリガーを引くと、灰矢の眼前と背後に照準(クロスヘア)が出現し、目の前からはガンメタルグレーのインクが、後ろからはオリーブドラブの液体が噴出する。

 

Weathering Color(ウェザリング・カラー)! MILITARY GRADATION(ミリタリー・グラデーション)!》

「カラーシフト!」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 二つの色彩に挟み込まれ、ユーダリルの姿が変わっていく。

 ガンメタルグレーのアンダースーツの上にオリーブドラブの金属装甲が装着され、さらにその上にはフードの付いた外套を纏う。

 外套の模様は緑系のスプリッター迷彩。頭部の形状はハットのようであり、さらに側頭部には黒い羽が付いており、眼光はオレンジ。

 また、両腕部・両脚部には悪魔の翼の意匠が盛り込まれていた。

 

《嘶け! 深き森に羽撃く百発百中の悪魔! ワイルドバルバトス!》

「行くぜ」

《AウェポンA/B-W(ダブリュー)!》

 

 流体金属を浴びて形を変えた弓を手に、仮面ライダーユーダリル ワイルドバルバトスカラーはスサノオを睨む。

 リムと持ち手は緑に染まって僅かに大きくなり、必殺の際に本来リキッドをリードする部位は形を変えて装填式になっている。しかも、二本までセットできるようだ。

 

「なるほど、確かに強力そうじゃな。では次は我に力を示せィ!」

 

 再び霧が立ち込める。結局のところ、この能力を打破できなければ一切の勝ち目はない。

 すると、それを分かっているのか、ユーダリルは自らのマントを翻す。

 その瞬間。彼の姿は周囲に溶け込むように、完全に消えてしまった。

 

「ム!? これは……ステルス迷彩というヤツか?」

 

 あまりにも見事に消えたので、スサノオの顔が驚愕に染まるが、その感情はすぐに萎んでいく。

 こんな事をしても何の意味もないのだ。

 互いに姿が見えなくなっただけで、向こうからの攻撃が当たらない事には全く変わりはないのだから。

 

「言っておくが、姿が見えずとも攻撃する手段はいくらでもあるぞ。このように、な!」

 

 スサノオの周囲に数え切れない程の雷の矢が降り注ぎ、一帯を焼き尽くす。

 何度も、何度も。

 激しい雷鳴が奏でる容赦ない破壊の旋律に興じ、スサノオは鼻歌すら発していた。

 

「ガハハハーッ! さぁ、そろそろ音を上げたらどうだ……いや、そもそも生きとるか!?」

 

 ハッとしてスサノオは攻撃と霧の発生を中断する。これで死なせてしまったら、もはや特訓どころではない。

 ユーダリルからの返答はなし。だがその理由は、スサノオの危惧とは異なっていた。

 

「よう、攻撃は終わりかい?」

「ム!?」

 

 前方から声が聞こえると同時に、ユーダリルは姿を現した。

 ほとんど目と鼻の先。武器を双斧に切り替え、既に射程範囲まで迫っている。

 即座に理解した。ユーダリルはその斧で雷を弾いて逸らす事により、ゆっくりと接近し続けていたのだ。

 そして今まさに斧を振り上げ、霧を解き隙を見せているスサノオに襲いかかった。

 

「ヌゥ……!」

 

 このままでは喰らってしまう。霧を出しても無意味だ。

 スサノオはそこで意を決し、掌に雷を集めて大剣の形を作って、斧の一撃を防ぐ。

 

「やるではないか、我に剣を抜かせるとは!」

「まだまだこんなもんじゃねェさ」

 

 言いながらスサノオの腹に前蹴りを食らわせ、距離を開ける。

 さらにAウェポンをBモードに再変形し、横向きに構えた弓から何度も光の矢を放った。

 また霧を生み出せないように、絶え間なく攻撃を続けるつもりなのだ。

 

「ムゥン!」

 

 対するスサノオも矢の弾幕を剣で斬り払い、一瞬でも攻め手が止まるのを狙って凌いでいる。

 そして、その機会は訪れた。ユーダリルの矢の手が途切れたのだ。

 

「ここだぁ!」

「甘いぜ」

 

 フッと笑い、狩人はホルダーから二本のリキッドを手に取り、それをAウェポンにセットする。

 

《ガイア!》

《クラーケン!》

「喰らいな!」

Getting Color(ゲッティング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 二色のリキッドの力を帯びて発射口が煌きを放ち、一本の矢が飛び出した。

 

《ダブルカラー・クロマティックスナイプシュート!》

 

 ローシェンナとワインレッドの二色が絡み合った光の矢を、スサノオの豪剣が真正面から打ち据える。

 激しい音を響かせ、砕けたのはスサノオの雷の剣。だがそれと同時に、必殺の一矢も地に落ちた。

 

「貰ったぞ小僧!」

 

 拳を強く握り、徒手空拳に持ち込まんと踏み込んで来る。

 その時。矢が刺さった地面が変質し、無数の触手が伸び出してスサノオに絡みついて動きを中断させた。

 今の必殺技は最初から、叩き落される事も予想して使われたものだったのだ。

 

「ヌ!?」

「かかったな」

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 瞬きほどの間でも、隙を作る事ができた。故に、ユーダリルはドライバーのグリップを引き込み、必殺技を発動する。

 

《ワイルドバルバトス・クロマティックバスター!》

「喰らいやがれェェェーッ!!」

「ヌゥオオオ!?」

 

 ようやく土の触手が砕けるも、眼前ではユーダリルが全身の装甲を展開し、排熱しながらエネルギーを纏う右足を突き出さんとしている。

 スサノオは自らの屈強な両腕を交差させて守りに入るが、やはり受け止め切る事はできず、思い切り吹き飛ばされて行った。

 

「本当は菫に見せてやりたかったが……決まったぜ」

 

 これまでと違う確かな手応えを感じ、拳をグッと握り上げるユーダリル。

 そこへ、砂煙を巻き上げながら復帰したスサノオが、大笑しながら歩いて来た。

 

「ガハハハハハ!! 我を相手に、よもやここまでやるとはな!! じゃが修行はまだ始まったばかり、気を抜くなよ!!」

「ヘッ、当たり前だ!」

 

 厳しい修行を続けるべく、再び両雄が激突する。

 そんな荒々しい戦いの傍ら、若葉はツクヨミの見守る後ろで、目を閉ざして座禅を組んでいた。

 イシュタルの姿はない。何故ならば、今かの女神は重要な役割を果たしている最中なのだ。

 

「……」

 

 若葉の呼吸の音は、耳を研ぎ澄ませなければ聞こえない程に小さくか細いが、それは弱っているためではない。

 むしろその逆で、彼女の全身から徐々に金色の霊気のような、力強い生命の息吹を感じさせるものが立ち上っている。

 瞬間、若葉はカッと目を見開く。

 

「ハッ!!」

 

 裂帛の声と同時に大気が震え、ほんの一瞬若葉の姿が変わったかと想うと、木から舞い落ちた葉や地面の小石が粉々に砕け散った。

 それと同時に若葉の中から吹き出していたオーラも消え、彼女の身体からイシュタルがゆっくりと分離する。

 若葉とイシュタルは、融合を完全なものとする訓練を行っていたのだ。

 

「だいぶできるようになって来たようですね。あなたには才能がありますよ」

「ありがとうございます、ツクヨミ様!」

「後は神血を励起させるまでの時間をもっと短縮し、さらに維持の時間を延長できるようにしましょう」

「はい!」

 

 心からの嬉しそうな笑顔を零す若葉。そして今度は、欠伸をするイシュタルを振り向いた。

 

「すごいですね、この『神我合一』って! どうしてイシュタル様は今まで使わなかったの?」

「そりゃそうでしょ。この力は肉体を失った神が、人間と呼吸を合わせて行使するの。つまり人間は神から力を、神は人間から肉体を、それぞれ委ねて道を共にするという決意があってのものなのよ。誘惑して洗脳しても発動しないから、普通は一方的に体を乗っ取った方が速いの」

「なるほど~……今は一緒に戦ってくれてるから使えるんだ」

「まぁね。ただし、この条件に当てはまらずに発動できるヤツもいるわ」

「それって?」

 

 若葉が目を丸くして尋ねると、イシュタルは懐かしむように目を細めた。

 

「神と人間の血が混ざってるヤツよ」

 

 

 

「向こうは派手にやっておるようだな。少しは進歩したというワケだ」

 

 川辺の大きな岩に座り込みながら、ヤマトが言った。

 僅かな振動や遠くから聞こえて来る音から、状況を察知したのだ。

 彼は小さく溜め息を吐くと、自身の背後を振り返った。

 

「それに比べて……こっちはまだまだじゃな。既にリキッドの方は完成しているというのに」

 

 視線の先では、紫乃が倒れている。

 剣を握ったまま、ドライバーを装着したまま。

 しかしヤマトの言葉を聞いてピクリと反応を示すと、身を震わせながらもゆっくり立ち上がる。

 それを見て、また溜め息を漏らした。

 

「気概は買ってやるが、ここまでにして今は休め。成果が出ない以上、もうやるだけ無駄だ。体力も保たんぞ」

「そんなハズはない……オレは、オレは!」

「散々負けて既に分かっておるだろ」

「オレは……強くなったんだ! 強くなるんだ!」

「違う。お主は弱い、そしてこれが今のお主の限界だ」

 

 突きつけられた言葉。

 刃で胸を刺すようなその断定的な一言に、激情に駆られた紫乃は瞳を鋭くし、二本のリキッドをドライバーに装填する。

 

《ファイア!》

《フェニックス!》

「変身!」

《壮烈なる赤炎の天昇! ファイアフェニックス!》

 

 紫乃が選んだのは、防御に特化した組み合わせのカラー。

 激しい攻撃を受け止め耐えるため、この形態にしたのだろう。

 だが、冷静さを欠いて憤激のまま対峙して来るムラサメに、ヤマトは失望をあらわにする。

 

「やれやれ。もっと現実を見せねば分からんのか? で、あれば……そろそろワシも本気を出してやるとしよう」

「なに!?」

「――神我合一」

 

 その呟きと同時に、天へと三つの光が昇り、ヤマトの姿が変わっていく。

 まるでそれは、仮面ライダーたちの変身のようであった。

 

「なん、だ……と……!?」

 

 眩い閃光が消えた時、そこに立っていたのは『白鳥』の如き戦士。

 右手には大蛇の装飾がされた長剣を握り、左腕には全てを映し出す鏡のような輝く盾。その背には真っ白な翼を負い、首には緑色の勾玉を提げている。

 鍛え磨き抜かれた筋骨でありながら、美麗な天女をも彷彿とさせるその美丈夫は、ゆっくりとムラサメへと歩む。

 一方、絶大な神秘と圧倒的な力を目の前から感じ取って、ムラサメは思わずたじろいでいた。

 

「ワシの中にある神血を励起した。三貴神様の力を扱うとはこういう事じゃ、お主は『これ』を超えねばならん」

 

 川原の石を蹴り転がしながら、その戦士『日輪武皇ヤマトタケル』が躙り寄る。

 

「ただの人間が超獣戯我に、しかも体調すら万全でない者が。神に勝てると思うのか?」

 

 タンッという音が響いたかと思うと、ヤマトはムラサメの眼前まで一息の間に距離を詰め、右手の剣を振り抜いた。

 一瞬反応が遅れつつも、ムラサメは翼のような大袖で防ごうとする。

 しかし、堅牢な装甲はたった一太刀によって貫かれ、さらに刃が右胸の装甲にまで達する。

 僅かに剣先が掠め血が噴き出すが、まだ倒れない。

 

「それでもオレは!」

《ファイア! Calling(コーリング)!》

「急々如律令!」

 

 左掌から火炎が放出され、ヤマトの身体を焼かんとする。

 だがその炎は命中する事なく、鏡へと吸い込まれてしまう。その様を見て、紫乃は仮面の中で目を見開いた。

 

八咫鏡(ヤタノカガミ)……!?」

 

 吸収された炎の塊は、光を反射するかのようにそのままムラサメに跳ね返される。

 悲鳴を上げる間もなく、炎を浴びてまたもや変身が解除。紫乃は地に膝をつき、肩で息をしながらヤマトを睨んだ。

 

「もう一度言うぞ。今は休め」

「く、そ……」

 

 歯を軋ませる紫乃。ヤマトも自身の血の力を鎮めると、元の姿に戻って背を向けた。

 

「こう見えても今のワシは、全盛期に比べれば弱くなっておる。その上でここまで力の差があるという事が、どういう意味を持つのか分かるじゃろ」

「……」

「今のお主では力を手に入れる事はできんのだ。これ以上続ければ、死ぬぞ」

 

 冷たく突き放すような言葉。

 だが、紫乃は尚も立ち上がる。

 

「人間では超獣戯我に勝てないと言うのなら……オレが人間を超えれば良い、という事なんでしょう」

「……」

「オレはもっと、もっと強く……そのためなら人間を――!」

 

 その言葉が最後まで続く事はなかった。

 ヤマトが紫乃の背後に回り、当て身を繰り出して気絶させたためだ。

 

「不正解じゃ。いい加減眠れ」

 

 幾度目かの溜め息を発すると、その後に小さく笑って紫乃の頭を撫でる。

 

「全く、放っておけんヤツだの」

 

 呆れたようにそう言って、ヤマトは衣服を脱ぎ捨て、川で水浴びを始めた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「では今日はここまでだ」

「……ありがとうございました」

 

 夕刻、本日の修行を終えた紫乃はヤマトに向かって一礼する。

 結局今回も、彼に一撃を浴びせる事はできなかった。心の中でもやもやとした気分が溜まり、気分が淀んでいく。

 

「そんな顔のまま帰るつもりか?」

 

 背を向けるよりも前に、ヤマトがそんな声をかけて来た。

 どうやらは自分で思っている以上に落ち込んでいるようだ、と紫乃は思いつつも、どうする事もできず俯く。

 するとヤマトは、何やら思索するように視線を夕暮れに向け、そしてビシッと紫乃に向けて指先を突きつける。

 

「しょうがないのうお主は。良し、いつまでもこのままではつまらんし、ひとつだけ助言してやろう」

「え……?」

「強力な太刀と培った剣術のみに頼るな。それらを研ぎ澄ませるだけでは、お主は単なる『刀』に過ぎん。他にも戦う術があるだろう……忘れておるかも知れんがな」

 

 他の戦う手段。

 彼には見当もつかなかったが、せっかくのヤマトからのアドバイスである以上、参考にしない手はない。

 一度深くお辞儀をすると、紫乃は改めてその場を去る。

 

「紫乃くん!」

 

 そしてホテルに向かって歩き出すと、前方の木陰に佇んでいる者がいた。

 ロゼだ。彼女は紫乃の隣に並んで、水の入ったペットボトルを渡す。

 

「そっちはもう終わっていたのか」

「まぁ……諸事情あったの。アマテラス様がね」

 

 ロゼが何やら思い出した様子で苦笑し、その事情を語り始める。

 アマテラスのワガママで修行が短縮され、その分厳しくなったという話を。

 話を聞き終えて、当然紫乃も呆れ顔になっていた。

 

「日本の太陽神が一体何をやっているんだ」

「あはは……」

「だが、その様子なら修行の方は上手く行ってるようだな。オレと違って」

「……難航してるの?」

「かなりな」

 

 隣を歩きながら、紫乃は眉を下げる。

 

「さっきヒントを貰ったが、正直自分の力に限界を感じている。せめて、例の新型リキッドを貰えればな」

 

 それを聞くと、先程まで共に歩いていたロゼがピタリと足を止めた。

 何事かと思って、困惑しつつも紫乃は振り向く。

 すると彼女は形の良い唇を引き結び、じとっと彼の顔を見据えていた。

 

「どうした?」

「今のはなんだか、紫乃くんらしくないわ」

「なに?」

 

 ロゼから不満そうに言われ、紫乃は驚く。

 そしてすぐに反論しようと口を開くが、すぐに次の言葉が飛んで来た。

 

「ウロボロスと対決した時、あなたはソニックペガサスがなくたって諦めなかったじゃない?」

「それは……そうだが、今回は相手が」

「たとえ勝ち目の薄い戦いでも必ずやってみせる、みんなの『生きる景色』を守る。それが使命だって、あなた言ったでしょ?」

「……よく覚えているな」

 

 バツが悪そうな彼とは対照的に、ロゼは微笑みながら「あなたの言葉だもの」と答える。

 夕暮れを背に受けて髪をなびかせる彼女の姿が、紫乃にはとても眩く、この世の何よりも美しく見えた。

 

「私はいつでも信じてるし、どんな時だって紫乃くんのことを支えるから。だから、まだ諦めないで。一緒に方法を考えましょう」

 

 ゆっくりと手を伸ばし、ロゼはそう言った。

 紫乃はその姿に見とれつつも、彼女に向かって歩み出し――。

 直後に、ロゼの背後から野太い腕が伸び、それが体に組み付いて捕らえた。

 

「え」

「ロゼッ!?」

 

 咄嗟にレリックライザーを抜く紫乃、しかしそこへ異形の怪物たちが立ち塞がる。

 角を生やした鬼の戯我の軍団。だが以前に戦ったものとは、どこか様子が違う。

 青い肌は爛れているどころか腐ったように崩れており、体には矢や折れた刀の一部などが突き刺さっている他、斬り傷なども目立つのだ。

 また、全員が刀や槍で武装しているのも特徴的だ。

 

「どけぇ!!」

 

 走りながらレリックライザーの引き金を弾き、ロゼを救出しようと動く。

 弾丸は命中し鬼たちの胸を貫くものの、敵は倒れず悲鳴すら上げない。どうやら、異様に痛みに対して鈍いようだ。

 手間取っている間に、ロゼは連れ去られて離れていく。さらに、追い打ちのように新手が出現した。

 長く白みがかった髪を垂らす鬼女。前髪で顔が完全に隠れており、頭には角が生え、手には包丁を持つ。

 腐臭を放つそれらの姿を見て、紫乃はハッと目を見開いた。

 

「まさか、この戯我たちは……ヨモツイクサとヨモツシコメ!?」

 

 名前が上がったそれらの戯我は、本来であれば地上には現れない『黄泉』の世界の住民。

 神々の住まう神界も様々に分け隔てられており、特に死せるものを管理する場所を作っているのはどの国の神にも共通している。

 日本においてはそれが黄泉國(ヨモツクニ)、そこに住まう鬼こそがヨモツイクサ・ギガとヨモツシコメ・ギガだ。

 これらがなぜ今このオノゴロ島にいるのか、紫乃にもそれは分からない。

 ただひとつ理解できるのは、絶対にロゼを連れて行かれてはならないという事だけだ。彼にとって、何より重要な事実である。

 

「ロゼから離れろ亡者ども!!」

Calling(コーリング)!》

「急々如律令!! 燃えろ、ファイアフェニックス!!」

 

 リキッドを素速くセットし、トリガーを引き込む。

 すると銃口から燃え上がる鳳凰が出現し、自身に向かって来る黄泉の鬼たちを燃やして侵攻を足止めする。

 だが、本来ならアンデッド系には効力の高いはずの炎の攻撃はあまり通用しておらず、鬼の数が多い事もあって未だに健在。

 力を振り絞り、紫乃は別のリキッドを取り出してレリックライザーに装填、バックルと合着させて疾走しながら操作した。

 

《ウィンド!》

《キマイラ!》

「変身!!」

《吹き荒ぶ緑風の神通! ウィンドキマイラ!》

「邪魔だァッ!!」

《貪狼ノ型!》

 

 選択したのはパワータイプのグラデーションカラーだ。

 強靭なボディとAウェポン、さらに鉄鞭の破壊力を以て進撃し、生ける鬼の屍を破砕し続ける。

 それでも既に離れた捕らえられたロゼに追いつくのは、至難の業だった。おまけに無理に進もうとすれば、ヨモツイクサの槍や刀、ヨモツシコメは包丁と牙で襲いかかって来るのだ。

 

「鬱陶しい!!」

《サンダー! アイス! ハウンド! Charging Color(チャージング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

「消えてなくなれ!!」

《トライカラー・クロマティックラッシュバレット!》

 

 銃形態に変えて三つのリキッドをリードし、トリガーを引く。

 そうして解き放たれた無数の氷犬と雷犬の獣爪牙が、黄泉の屍鬼を尽く喰らい、殲滅していった。

 前方の道は開いた。後はロゼを追うだけだが、既に姿は見えない。

 

「ならば……!」

 

 呟きながらムラサメはサンダーとハウンドのリキッドに差し替えようとして、ピタリと一度手を止める。

 確かにサンダーハウンドは嗅覚が増すため、索敵能力の高い形態である。しかし、本当にこの組み合わせで良いのか?

 今、そこら中にいる屍鬼たちのせいで腐臭が立ち込めてしまっているのだ。これではロゼの匂いを辿れない。

 そう考えた直後に、紫乃の頭脳にはある閃きがよぎっていた。

 

「まさか、ヤマト様はこの事を……?」

 

 ロゼの身に何が起こるか分からない以上、猶予は少ない。

 故に、ムラサメはその賭けに打って出る事に決めた。

 

「やるしかない」

《ハウンド!》

 

 リキッドの起動音が森の中に響き、ムラサメはまた駆け出していく。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……えぇ、既にバルトが動いているようです。我々の事にまで気付いているとは限りませんが」

 

 その頃。菫はホテルの室内で、ひっそりと電話をかけていた。

 通話先の相手はモルガン。紫乃たちが修行で不在の間、こうして隠れて連絡を取り合っていたのだ。

 

『そうですか。ちょうどあの子たちにも指示を出したところです。例のリキッドの所在は後回しにして、合流して下さい』

「了解しました」

『くれぐれもLOTにも気づかれないよう、頼みましたよ』

 

 それだけ会話を交わした後、菫は深く息を吐いて窓から外を見下ろす。

 そして、この場にいない誰かに向けてなのか、それとも単にひとりごちているだけなのか、ぽつりと呟いた。

 

「待っていて。必ず、あなたを取り戻すから」

「そりゃあ誰の話だい?」

 

 直後、そんな言葉が背中から突き刺さった。

 振り返って見れば、そこにはレリックライザーの銃口を突きつけている男がいる。

 

「俺の事じゃなさそうだな」

「灰矢……!」

「ただ良い女ってだけの情報屋だと思ってたんだけどなぁ。何モンだよ、お前」

 

 眉間に皺を寄せ、灰矢は菫を睨めつけた。




付録ノ二十八[バルバトス]

 ソロモンに使役されていた七十二柱の悪魔の一角、魔界の公爵にして伯爵である。
 トランペットを持つ姿なき王を伴い、鷲鼻の狩人の姿で軍隊と共に現れるのだと言われている。
 魔術師の財宝の隠し場所を知る、動物の言葉を解する、過去・未来を良く知る、友情を回復させる、など多彩な能力を持つ。
 一説によれば、バルバトスの元々の正体は天使であるとも、かの有名なロビンフッドであるともされている。

 ちなみに、ロビンフッドも北欧神話のウルと同じくイチイの弓の使い手であったという。
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