仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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「よっ、こらしょっと……ふ~」

 オノゴロ・リゾートホテルの中庭、その植物園にて。
 以前紫乃に御守を渡した老爺は、花の手入れに勤しんでいた。
 しかし腰が痛いのか、何度か腕でトントンと押さえている。

「うーん、もう僕も歳だな?」

 そんな風に独りごち、彼は空を見上げる。
 直後に、老爺は鼻をひくつかせて眉をしかめた。

「……この臭いは……」

 そこから先を言葉にする寸前。
 背後から、腐り落ちた異形の鬼が、ヨダレを撒き散らして飛び出して来る――。



『みんなー! 今日は来てくれてありがとー!』
「うおおおおおお!! ウズメたーん!! 好きだー!!」

 一方ホテル内のコンサートホールでは、綺羅びやかなアイドル衣装を纏った可憐な美少女が歌って踊り、その様子を観客たちがサイリウムを振りながら鑑賞していた。
 無論、その中にはアマテラスも含まれる。自身の手の指に光を集め、サイリウムのように振っていた。
 しかも、彼女の周囲の席には無理やり連れて来られたであろうツクヨミとスサノオ、さらに晴明と若葉・イシュタルもいる。

「すごい人気ですねぇあの神様」
「アメノウズメだっけ? 芸能の神様なんてものがいるとは、日本は面白いわね。それにアイドルというだけあって確かにかなりカワイイわ」

 ムムムと唸りつつ、イシュタルは自らの腕を組む。
 そうこうしている内にライブはクライマックスに迫り、ウズメは衣装を脱ぎ始めた。

「えっ!? 何してるんですかアレ!?」
「ウズメたんは脱衣(ストリップ)系アイドルであるからな!」
「聞いたことありませんよそんな区分!?」

 困惑する若葉。話している間にウズメは脱ぎ終わり、アイパッチのような形状の露出の多いセクシーなビキニ姿を披露している。
 そして、そのまま歌ってダンスを始めた。驚くべき事に、どんなに激しく体を揺らして踊ろうと、水着は一切解けない。
 凄いのかどうかよく分からない特技に、イシュタルすら舌を巻いていた。
 そんな折、ふと若葉が「あれ?」と目を瞬かせる。

「そういえば灰矢さんは? 菫さんもいない」

 だがその呟きは、ライブの演奏と歌声の中に消えていく。若葉も考えたところで答えは出ないと思い、再びステージの方に視線を向けた。
 背後からウズメの歌声すらも消し去ってしまうような爆音が轟き、悲鳴が木霊したのは、その直後だった。

「な、なんだ!?」

 見れば、そこには腐臭を放ちながら爪と牙で暴れまわる鬼の軍勢が、ヨモツイクサとヨモツシコメの集団がいた。
 会場はパニックに陥り、訪れていた神も人も恐れ慄いてしまう。
 すぐに動く事ができたのは、戦闘能力を持つ者たち。即ち、三貴神と晴明だ。

「今は十二天将を京都に配置していますが、私一人でも……!」

 呪符で黄泉の鬼どもを足止めしつつ、晴明は巨大化した折鶴の式神の背に乗り、若葉とイシュタルを同乗させる。

「まずは避難を優先! 若葉さんとイシュタルは私に付いて来て下さい!」
「は、はい!」
「それからこれも、ヤマト様に送り届けなければ……!」

 鬼たちは逃げ惑う女性客を中心に襲いかかろうとしている。
 そんな中で晴明が文書を書いて放った新たな折鶴は、避難客に紛れて外に出るために飛んでいく。
 中身は鬼たちにとっては不明だが、何か脅威になる可能性を察したのか、打ち落とすべく動き出す。
 しかし、それを閃光の薙刀や雷の剣が斬り裂いた。

「誘導は妾たちに任せよ!」
「黄泉國の亡者が現れた以上、敵の首魁は恐らく超獣戯我、あるいはそれに準ずる凶悪な力の持ち主ですね」
「全員纏めて叩きのめしてやるわ!」

 避難する者たちは三貴神が守り、それでもなお客人たちへ追い縋る黄泉の鬼たちを、晴明が阻む。

「陰陽師・安倍晴明の名に賭けて……ここから先へは通さない!」


第二十九頁[復讐の鬼子、赤き業火]

「答えろよ菫、なんでお前があのモルガンと繋がってるんだ?」

 

 会場の騒ぎから少し時を遡り、灰矢と菫が泊まるホテルの室内。

 彼は失望の眼差しを送ってレリックライザーの照準をぴったりと合わせながら、そう問いかけた。

 銃を向けられている側である菫は、涼しい顔をしてその薄唇を開く。

 

「家族を人質に取られて脅されたから、仕方なく……と言えば納得して貰えるのかしら?」

「ハッキリ言うがそうは見えねぇ。真面目にやれよ」

「冷たいのね」

「だとしたらお前のせいだよ。これでも俺は本当に愛してたんだぜ、菫」

「……嘘ばかり」

 

 頬に汗が伝いつつも、菫は冷ややかな視線を灰矢に送る。

 

「私と同室にしたのは、既に怪しんでいたからでしょう? それよりももっと前に、私から情報源を聞き出そうともした」

「スパイが何を言ってんだ、お互い様だろ。能書きはもう沢山だ、なんでこんな事をしたのか、モルガンと……ロゴス・シーカーとどういう関係なのか。さっさと吐きな」

 

 銃口を突きつけ、半ば脅すように灰矢が言う。

 数刻の沈黙。菫は瞼を閉ざして小さく息をついた後、ゆっくりと語り始める。

 

「どうしてこんな事をしたのか、それは簡単な話よ。私の目的のためなのだから」

「……弟の話か?」

 

 レリックライザーを向けたまま問う灰矢に、菫は首肯した。

 

「15年前、生まれてすぐあの子は何者かに誘拐された。私はあの子と誘拐犯を探すため、情報屋として活動しながら必死で情報を集め続けて……LOTや他の大きな組織・企業ともコネクションを作って、ロゴス・シーカーに辿り着いた」

「その辺の事情は初めて聞くな。だが……いや、待てよ」

 

 話を聞いて、灰矢は僅かに眉間に皺を刻む。『生まれてからすぐ』『誘拐された』という話に、聞き覚えがあったからだ。

 だが思い出すよりも前に、菫は言葉を紡いでいく。

 

「モルガン様は私に教えてくれたわ。誘拐犯がキュクロプスの眼である事を、既に壊滅している事も、そしてその上にある組織がロゴス・シーカーである事もね」

「……オイ、まさか……お前の弟ってのは!?」

「そして今度はあの子を見つけた! あなたたちLOTの中に! だけどあの子は、もう戦いの中で生きる存在になってしまっていた!」

 

 動揺が走った瞬間、菫は背後に向かって疾走し、窓を割って外へ飛び出そうとした。

 隙を突かれて驚きつつも後を追うが、今度は彼女が自分の拳銃を灰矢に突きつけている。

 

「菫……何考えてやがる!!」

「灰矢、私もあなたを愛していたわ。だけど弟だけは誰にも渡さない、あの子を戦いに巻き込むようなLOTなんかに任せておけるもんですか!! 絶対に私が幸せにしてみせる!! いえ……私たちは、幸せを取り戻さなくちゃならないのよ!!」

 

 そう怒声を浴びせた後、菫は窓から落ちていく。

 ここは五階。落下すればひとたまりもない、というよりも地面に激突して確実に死ぬだろう。

 だが、灰矢が割れた窓から見下ろした頃には、菫の姿はもうなかった。死体も見当たらないため、どうやら何らかの手段で逃れたようだ。

 

「クソッタレ……!」

 

 ひとりきりの部屋で、灰矢は静かに悪態をついた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「ヒャッハハハハハ! いいねぇいいねぇ、クソ神どもと豚畜生な人間の悲鳴が聞こえて来るぜぇぇぇ!」

 

 オノゴロ島の大山にできた洞穴の中。

 落ちた首をヘソの緒で繋がれた赤子の神は、見開いた眼と歪んだ唇を震わせ、大笑いしていた。

 彼の目の前には焚き火があり、そこにはスクリーンのように、連れてきた黄泉の鬼たちの視界の景色が映し出されている。

 

「あとはあのクソ親父さえ見つかりゃ良いんだが、どこにいやがる?」

 

 無頭の断面から赤黒い炎を滾らせ、鬼角を生やした赤子が呟く。

 直後、出入口の方から一つの影が赤子の元に来訪する。

 

「派手にやっているな」

 

 声の主は、黒いスーツとタイトスカートを身に着けた金髪の女で、ロゴス・シーカーの幹部の一人。名をビヨンデッタという人物だ。

 その姿を見て、赤子は愉快げに笑い声を上げる。

 

「おう、あんたか。ロゴス・シーカーのお陰で大助かりよ、感謝するぜぇ」

「礼には及ばん。我輩も、生者を憎んでいるからな」

 

 豊かな胸を支えるように腕を組み、ビヨンデッタが呟いた。

 巨大な赤子はヘソの緒と頭を揺らしつつ、目の前の人物に問いかける。

 

「ところであんた、何者だい? 黄泉國に侵入するだけじゃなく、あそこから俺を連れ出せるなんて」

「……」

「神にしろ仏にしろ、余程の力の持ち主でない限りそんな事できるワケがねぇ。だとしたら、あんたの正体は……」

 

 品定めするような視線と推察の言葉。

 ビヨンデッタは目を細め、カツンッとヒールを鳴らす。

 その音でビクッと頭を引っ込め、赤子は身を竦めて両手を振った。

 

「わーってるよ! 余計な詮索はしない、恩人を敵に回してまで知りたかないからな」

「賢明だな。代わりにお前の邪魔もしない事を約束しよう、ただしこちらの仕事も手伝って貰う」

「契約通りにな」

 

 言った後、ビヨンデッタは背を向けて歩き出す。

 

「少し外をふらついて来る、気になる事もあるからな」

「気になる事?」

「大した話ではない。ただ何やら、どこかから『懐かしい匂い』を感じるだけだ」

 

 出口に向かうその姿が消えていくのを確認すると、赤子はその長いヘソの緒で繋がった頭をもたげる。

 

「外の国にはあんなのまでいやがるってのか。へへへ、こいつは面白くなってきたぜぇ」

 

 赤子は焚き火を眺め、舌なめずりするように口から炎をちらつかせてひとりごちた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「オンナ……オンナ……」

「ウツクシイオンナ、ニクイ……ミニククシタイ……」

 

 山の中に響く、黄泉の鬼たちのおぞましく恐ろしい声。

 紫乃の変身するムラサメの追走を振り切ったと判断した彼らは、ロゼの身体を担いで歩いていた。

 彼女に意識はあるが、レリックライザーの入った鞄は奪われており、無数にいる鬼たちの目を掻い潜るのも難しい。下手を打てば、すぐに殺されてしまうだろう。

 隙を見つけ、鞄を奪うしかないのだ。

 そうしてヨモツイクサとヨモツシコメたちはしばらく山を歩いていたのだが、前触れもなく突然立ち止まる。

 

「な、何……? きゃっ!?」

 

 どさり、と唐突に鬼の手から放り出され、仰向けに転がされて両側から腕を拘束されるロゼ。

 処刑でもされるのかと思って視線を上げると、彼女の正面には二体の鬼がいた。

 しかし彼らはヨモツイクサたちと違って綺麗な衣服を纏っており、どちらかといえば以前交戦した藤原 千方の四鬼に似た姿だ。片方は真っ赤な炎のような肌の三本角の女の鬼で、もう片方は茶色い肌で眼鏡を掛けている筋骨隆々の一本角の男の鬼だ。

 ロゼの姿を見ると、茶色い鬼が大口を開けて笑う。

 

「ハハハッ! 上手く行きましたよ、火鬼(カキ)! これで任務遂行ですね!」

「何言ってんだい土鬼(ドキ)。あの方の要望は人間の女ひとりだけってワケじゃない、体質に合う女が必要と言ったんだ。まだまださらって来ないとダメだよ」

「そうでしたね。では、ホテル襲撃班の方も待たなくては」

 

 土鬼と呼ばれた戯我は大きく頷き、どかっとその場に座り込む。

 いきなり連れ去られた事もあって事態を把握し切れていないロゼは、鬼たちを睨みながら問いかける。

 

「あなたたち……一体……」

 

 ロゼの言葉を受け、土鬼と火鬼が彼女を見下ろしつつ答えた。

 

「私たちは藤原 千方様の側近だった鬼です」

「普段は主様を傍で守り、四鬼たちの身に何かが起きた時には代わりに手足として動く。アタイたちはそういう役目を負っていたのさ」

「尤も、かつての主様は既に亡くなってしまいましたがね。今は別の方に仕えているのです」

 

 別の何者か、というのは誰なのか。

 それを尋ねようとして、しかしロゼの言葉は、クンクンと鼻をヒクつかせる火鬼に阻まれてしまう。

 

「ところで嬢ちゃんよ、アンタひょっとして生娘かい?」

「なっ!?」

 

 カァッ、とロゼの顔が耳まで紅潮し、沈黙を肯定と受け取った火鬼は舌打ちする。

 

「そりゃあいけないねぇ、未通じゃあのお方が()()()()()()()可能性があるじゃないか。やっちまいな土鬼」

「私ですか? 人間、しかも乳臭い小娘には興味ないんですがねぇ」

「てめーの趣向の問題じゃねーだろうがよ、邪魔なとこ破るだけで良い」

「だったらあなたが指でやれば良いじゃないですか」

「ざっけんな! 女同士で気持ち悪いだろうが!」

「趣向の問題じゃないって今……」

「ごちゃごちゃうるせーぞ、使わねぇならその粗末なモン握り潰してやろうかクソメガネ!」

「なっ!? い、良いでしょう! 私のが粗末じゃないというところを証明して差し上げますよ!」

 

 ゴソゴソと自分の衣服を脱ごうとする土鬼を見て、次に何が起こってしまうのかを察したロゼは、激しく抵抗し始めた。

 

「い、いや……いやぁぁぁっ!! いや、やめなさい!」

「おっと、暴れないで下さいよ。すぐに済みますからねぇ」

「やめて!! 離して!! 助けて……!!」

 

 脚で暴れるが、それも火鬼の腕によって押さえられてしまい、完全に身動きが取れなくなる。

 さらに、彼女の衣服がヨモツイクサの爪によって引き裂かれていき、徐々に白く滑らかな肌が外気に晒されていく。

 それでも必死に恐怖を押し殺し、鬼の狼藉から身を守らんと必死で暴れ、ロゼは叫んだ。

 

「助けて紫乃くん!!」

 

 悲鳴にも似たその声が森の中に響いた瞬間、銃声と同時に土鬼の露出した臀部ごと股間が抉れて爆ぜ、インクが飛び散る。

 

「んぐぇっ!?」

「土鬼ィッ!?」

 

 突然の出来事に火鬼がぎょっと目を剥き、土鬼の方は股間を両手で押さえて悶絶。

 そして銃声のした方向を見れば、そこには白い装甲を纏う霊犬の戦士――仮面ライダームラサメの姿があった。

 現在の形態はハイブリッドカラー、ウィンドハウンドだ。

 銃形態のAウェポンを構えて悠然と近づきながら、ムラサメは怒りを孕んだ声を上げる。

 

「今すぐロゼから離れろ、戯我ども!!」

「紫乃、くん……! 紫乃くん、紫乃くん!!」

 

 愛する人が必死に駆けつけ、危機を救ってくれた。その事実に、恐怖で折れそうになっていたロゼの心は快復していく。

 一方、火鬼は目の前の事態にただただ困惑し、後ずさりしていた。

 

「バカな! 鼻が良いのは知ってるが、ヨモツイクサたちの腐臭のせいで辿れないはず!? どうやってアタイらの場所を嗅ぎつけた!?」

「簡単な事だ。ウィンドの能力を使って腐臭を祓い、風の中に残るロゼの匂いを見つけ出した。あとは貪狼ノ型を使って高速移動し、ここまで着いた」

 

 話を聞き、ロゼは納得する。

 リキッドの組み合わせで最もハウンドと相性が良いエレメントカラーはサンダーだが、人探しのみに目的を絞り込むならば、最適なのは確かにウィンドなのだ。

 そんな会話が全く聞こえていないのか、それとも関係ないと思っているのか。土鬼は自らの牙を噛み砕かんばかりに歯を軋ませ、ムラサメを睨みつけていた。

 

「よ……よくも、よくも私の……火鬼ィッ!! こいつは殺していいですよねェッ!?」

「女じゃないなら問題ない、思う存分やっちまいな!」

 

 返答を受け、土鬼は自慢の筋肉を膨らませて飛びかかる。それに随伴して、ヨモツイクサとヨモツシコメも武器を手に左右から挟撃を仕掛けた。

 リキッドを入れ替えて防御するか七星紋の力で回避しなければ、この局面は凌げない。

 だが紫乃は風を巻き上げてヨモツイクサ・ヨモツシコメたちの目に木の葉を貼り付け視界を妨げると、そのまま前に飛び込んで土鬼の足元を潜り抜け、銃撃によってロゼの周囲にいる黄泉の鬼たちの頭を撃ち抜く。

 あまりに鮮やかな手並みに、火鬼も土鬼も愕然とするばかりであった。

 

「チィッ、小癪ですね!! だが今に見ていなさい、すぐに貴様の股座も引き千切ってやりますよ!!」

「やれるものか」

「キィィィーッ!!」

 

 怒りに声を震わせて、土鬼は我を忘れて拳を振るう。

 火鬼の方は増援を呼ぶため一時撤退を図ろうと動くが――。

 

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)! 舞え! 優雅なる赤薔薇の戦乙女! エレガントヴァルキリー!》

「乙女の身体を傷つけようとしておいて、どこへ行くつもりかしら?」

「チッ……!」

 

 そこに変身したロゼが、ブリューナクが立ちはだかる。

 ムラサメが銃撃の際に鞄を持った鬼を撃墜した事で、レリックライザーを取り戻したのだ。

 彼女を倒さなければ撤退は不可能。火鬼は鎖鎌を手に取り、口から火を周囲の草木に吹いて威嚇しながら飛びかかる。

 

「無駄よ」

 

 周囲や眼前の炎を見ても恐れず、ブリューナクはエレガントミラージュを生み出し撹乱。

 これによって攻撃目標が分散してしまったが、火鬼は迷うことなく鎌に繋がっている鎖分銅に火を灯して振り回す。

 ミラージュは脆く、一撃を受けると消えてしまう。その欠点がある以上、広い射程を持つ攻撃に対しては、本体への直撃回避だけでなくミラージュ自身の防御行動にも気を配る必要がある、というのがこれまでのロゼの考え方であった。

 しかし、修業を経た今の彼女は違う。

 

「そこ!」

 

 広い範囲を攻撃する際、多くの場合にアクションまで力を溜めたり振りが大きくなるために、隙が生じる。

 エレガントミラージュの真価は、その大振りの攻撃を誘発できる事にあるのだ。

 本体のブリューナクはすぐに武装をライフルに切り替えて飛翔し、分銅を避けて火鬼の両肩に一発ずつ弾丸を打ち込む。

 

「ぐあっ!? こ、このアマ……!」

「まだよ」

《絢爛廻転!》

「カラーシフト!」

《輝け! 華麗なる紫薔薇の竜乙女! ブリリアントヴィーヴル!》

 

 薔薇の花弁が舞い、ブリューナクが竜翼の乙女に姿を変えた。

 そして火鬼の両腕が使えなくなっている間に、先手を打ってブリリアントジェムを雨霰と放つ。

 口から炎を吐いて撃ち落とそうとしていた火鬼は、炎で宝石を消し炭にしてブリューナクにもダメージを与えた後、跳躍し燃え上がる牙を突き立てんとする。

 

「テメェの両手脚食ってでも! あのお方の前に連れ出してやる!」

「やらせはしないわ!」

 

 武器を槍に変え、ブリューナクが投擲。

 しかしそれは外れてしまい、火鬼はついに頭上を取る。

 

「低く飛んだのが災いしたみてぇだな!? アタイの牙で泣いて命乞いしやがれェ!」

 

 そう叫び、炎を噴きながら大口を開けたその時、ブリューナクが動いた。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

「あなたは既に、私の勝利の構図の中にいる!」

《ブリリアントヴィーヴル・クロマティックストレイフ!》

 

 必殺技により無数の宝玉が飛び、至近距離から火鬼の五体を貫く。

 さらにブリューナクはダクトから排熱しながら、煌めく右拳を顔面に叩き込み、地に向かって振り下ろした。

 

「がふっ!? こ、のアマ……もういっぺん跳んでそのツラ醜く――」

 

 口汚く罵ろうとする火鬼であったが、それは突如として鮮血(インク)を噴いて口内に走る激痛により、遮られる。

 

「ぎ……ゃああああああああっ!?」

 

 ブリューナクが地面に向かって投げた槍の石突が、火鬼の後頭部を深々と貫いて口から飛び出したのだ。

 槍を抜いて立ち上がろうにも、手足は先程の攻撃でまともに動かない。

 そして、既にそのブリューナク自身が傍まで来ていた。

 

「ヒィッ!?」

「終わりよ」

 

 身動きが取れない火鬼へと、再びブリリアントジェムの乱打が襲いかかり、消滅へと導く。

 時を同じくして、ムラサメと土鬼の戦いも終わりが近づいていた。

 現在のムラサメの形態(カラー)はアイスとキマイラ。またもやハイブリッドだ。

 それでありながら、息ひとつ乱さずに土鬼を相手取っている。

 

「く、くそ……なぜだ!? この私が押し負けているだと!?」

 

 苛立ち混じりに地団駄を踏み、土鬼は瞼をヒクつかせてムラサメを睨む。

 続いて右腕をバッと前に掲げると、土の塊が地面から浮かび上がって砲弾のように射出される。

 その様子を見ながら、ムラサメは素速くドライバーを操作した。

 

《アイス! Calling(コーリング)!》

「急々如律令」

《貪狼ノ型!》

 

 ムラサメの前に分厚い氷の壁が出現し、それが土の砲弾から身を守る。

 しかしグラデーションカラーではないためか、全ては防ぎ切れず、氷の壁は崩れ去った。

 そこへ、土鬼が疾駆して飛び込む。

 

「無駄な抵抗でしたね! この拳で終わりに……!?」

 

 土鬼の表情が、驚愕で強張る。砕けた氷の先にムラサメの姿がなかったのだ。

 彼は攻撃を防げない事を承知の上で、既にその場を離れていた事になる。これでは土鬼の方が良いように狙われてしまうだろう。

 そう考えた直後、案の定脚が凍りついて地面に固定され、土鬼の首に蛇のような鉄鞭が巻き付いて締め上げた。

 

「ぐっ、ぁが……!?」

「次はこれだ」

《ファイア!》

「カラーシフト」

Loading Color(ローディング・カラー)! HYBRID(ハイブリッド)!》

 

 土鬼の後ろで言いながら、ムラサメはリキッドを起動してエレメントカラーを差し替える。

 

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)! 交わる双つの色彩! ハイブリッドカラー!》

 

 続けて、今度は七星紋のひとつをタッチし、その入れ替えたリキッドも操作して力を行使した。

 

《武曲ノ型!》

《ファイア! Calling(コーリング)!》

「急々如律令」

 

 武曲ノ型は攻撃範囲の延長能力を持つ。

 これにより鉄の鞭が黄色い光を帯びて伸び、締め付けたままムラサメは背負い投げの要領で鬼を地面に叩きつける。さらに猛る熱が鞭を伝い、炎が爆ぜて頭部を焼いた。

 しかし、それでもなお上級戯我たる土鬼は健在で、立ち上がって烈火の勢いに負けない怒りを滾らせ、ムラサメを睨んでいる。

 

「貴様ァ……お遊びはここまでだ、今度こそ私の力で捻じ伏せてやる!!」

「まだ遊びのつもりだったか。最初から本気を出しておけば良かったものを」

「黙れェッ!」

 

 土鬼はムラサメの声を掻き消すように叫んで、自らの拳を力強く握った。

 

「この一撃で砕け散れェェェ!!」

 

 そしてそのまま土の壁をムラサメの正面以外に生み出し、大きく踏み込んで拳を突き出す。

 周囲に逃げ場はなくなっているが、それでもムラサメに焦りは見えない。

 むしろ、この状況は彼にとって好都合だった。

 

《破軍ノ型!》

「お前を塗り潰す色は決まった!」

《サンダー! アイス! Charging Color(チャージング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 素速く七星紋のひとつに指で触れた後、二本のリキッドを太刀にリード。その後、武器を手に真正面から土鬼の拳を待ち構える。

 そして、激突。拳は見事、ムラサメの顔面に直撃した。

 だが土鬼は、その異様な感触に目を剥いて困惑している。

 それもそのはず、七星戯・破軍ノ型は反撃の機会を与える能力。所有者への攻撃は無力化され、一切の衝撃を受け流された事で今の土鬼は攻撃が空振りしてしまったかのように手応えを感じ取れず、ただ前のめりに倒れ込むような感覚に苛まれているのだ。

 絶対的な隙が生じた。その瞬間を、好機を、ムラサメが見逃すはずもない。

 

《バイカラー・クロマティックハードスラッシュ!》

「シィイィィィッ!!」

 

 反撃に放たれた縦の一太刀が、土鬼の胴を真っ二つに両断。

 驚愕に表情を染めたまま、土鬼の身体は黒ずんでいく。

 

「ば、バカ……な……!?」

 

 やがて半身は地面に落ちて砕け、消滅する。

 森の中に戻る静寂。脅威がなくなった事を確認して、紫乃は変身を解除すると、同じく戦闘態勢を解いたロゼへと向かっていく。

 先程鬼たちに引き裂かれたために、彼女の衣服はボロボロで、ほとんど下着姿も同然だった。

 

「ロゼ!!」

「紫乃くん、ありが――」

 

 そんな彼女の身体を、紫乃は強く抱き締める。

 もう離さない、放したくないとばかりに。

 

「ロゼ……本当に良かった、無事で……!」

「あ……」

 

 心から安堵する紫乃の声を聞いている内に、彼の温もりに触れている内に。

 段々とロゼの心に、戦いのために奥底へ放り込んでいた恐怖が、徐々に押し寄せて来る。

 気がつけば、彼女はポロポロと涙を零し、紫乃の胸の中で嗚咽を漏らしていた。

 

「怖かった、怖かったよぉ……」

「もう大丈夫だからな」

「うん……!」

 

 その後、紫乃は彼女が泣き止むまで抱き締め続け、背を撫でて落ち着かせる。

 数分が経つとロゼも気分が安定して来たようで、今は座った状態で、紫乃の腕の中で瞼を拭っていた。

 

「もう大丈夫か?」

「ええ、ありがとう……なんというか、とてもカッコ悪い姿を見せてしまったわね。あなたの服だって、その……汚してしまったし」

 

 自分の涙と鼻水で濡れてしまったシャツを見ながら、ロゼは申し訳無さそうに項垂れる。

 しかし紫乃の方は気にしておらず、また彼女の背をそっと撫でた。

 

「そんな事を気にするな。また洗えば良いだけだ」

「ん……そう、なのだけれど」

「それより今は問題に対処しよう。なぜ、ここに鬼が現れたのかを調べるべきだ」

 

 紫乃からの提案に、ロゼは真剣な表情になって頷く。

 戯我が攻め込んで来たという事は、ロゴス・シーカーが動いているのか? はたまた、それとは関係のない何者かの仕業なのか?

 この襲撃事態にどんな意味があるのか。そこまで考えたところで、ロゼはふと思い出した。

 

「そういえば鬼たちは、女性を狙って拐っているというような事を話していたわ。あと『あの御方が産まれ直すために』みたいな事も」

「産まれ直す……? どういう意味だ?」

「私にも分からないけれど、恐ろしい事を考えているのは確かだと思う」

 

 紫乃は首肯し、立ち上がる。それに続いて、ロゼも。

 

「ともかく一度ホテルに戻るぞ、若葉たちも危ないかも知れない。それに……」

「それに?」

「……その、お前も着替えないと、だな」

 

 頬を赤らめて視線を逸らし、紫乃は小さな声で言った。

 ロゼの持つ抜群のスタイルと美しい肌があらわになって、目のやり場に困っているのだ。

 彼女も思わず、赤面して自分の胸や下半身を腕で隠してしまう。その仕草がまた、紫乃の心を乱す。

 

「ええい……とにかく、すぐ行くぞ」

「え、ええ」

 

 ぎこちないやり取りの後、二人は誰にも見つからないように気をつけながら、ホテルに向かって歩き出した。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「ふむ。なんだこいつらは?」

 

 紫乃がロゼの救出を成功させた一方、川で釣りをしていたヤマトは、背後から襲いかかって来た鬼の戯我を殲滅し終わったところだった。

 それらの正体が黄泉國の住人である事は分かっている。だが、なぜ彼らがここにいて、目的が何なのかは見当もつかないのだ。

 晴明たちにも報告した方が良いだろうか。ヤマトがそう思った直後に、噂をすればとばかりに晴明の折鶴が飛んで来た。

 

「なるほど。どうやら向こうも、襲撃されておるようだな」

 

 コキコキと首を鳴らしつつ、ヤマトはホテルに向かって歩き始める。

 晴明から送られてきた文の内容は、作戦を立てたいので一度合流して欲しいというもの。

 鬼の戯我程度であればヤマトの敵ではないが、首謀者の正体が気にかかる。故に、合流の指示に従う事にしたのだ。

 

「恐らく日本の神なのは間違いないが、この島でそんな不届きな真似ができる者などおったか……?」

 

 歩きながら腕を組んで考え込む。しかし、やはり答えは出て来ない。

 ならば、今は一刻もLOTの面々に早く会いに行くしかないだろう。

 そう考えながら足を進めていると。

 

「……む!?」

 

 不意に立ち止まって、ヤマトは驚いた様子で周囲を見渡した。

 まるで何か恐ろしい気配を感じ取ったかのように。

 視線の先では、スーツを纏った金髪の女が佇んでいた。

 

「初めましてだな、ヤマトタケル。我輩の名はビヨンデッタ、一応はロゴス・シーカーの幹部を務めている者だ」

「涼しい顔をして途轍もない気配を持っておるな、貴様。何者か? 人間でない事は間違いないが」

「当然だ。我輩は神にして神に非ず、まして人に非ず。ただ世界に死を振り撒き、汚辱の限りを尽くす、不浄と悪霊の王よ」

 

 ペロリと長い舌を出し、自らの指を卑猥な所作で舐めるビヨンデッタ。

 その妖艶な姿に惑わされる事なく、ヤマトは彼女の姿を見据えて対峙する。

 

「単刀直入に聞くが……お主が今回の騒動の首謀者か」

「それは違う、我輩は見張りのためにここにいるに過ぎんからな。今も少し戯我たちの様子を見に来ただけだ」

「ではついでに教えて貰おう、真犯人は何者じゃ?」

「教えるワケがあるまい」

「力尽くで答えさせると言ったらどうする」

 

 パチッ、と周囲を舞う木の葉が弾け飛んで粉々になる。

 ヤマトの放つ気迫が空気を震わせ、風を呼んで葉を散らし、川の水面に波が立つ。

 だがビヨンデッタは惑わされず、そんなプレッシャーなど一切無視して、背を向けた。

 

「やめておこう。負ける気は一切しないが、今日は戦いに来たワケではない。勝手な真似をしてバルトに目をつけられるのも困る」

「そんなに首領のバルトとやらが恐ろしいか」

 

 背を向けたまま、その挑発に頭を振る。

 

「我輩とバルトは同格だ、恐れるはずがあろうか」

「ではなぜそやつと行動している?」

「単なる利害の一致だ。全てが終われば決着をつける、それがヤツとの協定よ」

 

 そう告げた後、虫の羽音と共にビヨンデッタは姿を消した。

 漂っていた緊張感が抜け、残されたヤマトは、額から冷や汗を垂らして大きく息をつく。

 

「この分なら残りの幹部とやらも……一筋縄では行かなさそうじゃのう。ありゃ、全盛期のワシでも勝てるかどうか分からんぞ」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 それから十数分後。山道を下って、ホテルの入口が見える位置まで辿り着いた頃。

 紫乃とロゼは、道中であるものを発見し、愕然としていた。

 消滅した戯我の、ヨモツイクサとヨモツシコメの無数に飛び散った残骸。それだけでなく、戦闘の痕跡も凄まじかった。

 均されていたはずの地面は抉れて巨大なクレーターが点々と出来上がっており、木々は如何な怪力によってか広い範囲で薙ぎ倒されている。

 

「一体何が戦ったらこんな事に……!?」

 

 まさか灰矢や三貴神の誰かの仕業だろうか。

 二人はそんな考えを巡らせるが、すぐに振り払った。

 スサノオならばあり得るかも知れないが、アマテラスやツクヨミはここまで荒々しい戦い方はしない。灰矢についても、ユーダリルの力でこんな事ができるとは思えないのだ。

 それに、彼らならば外には出ずにホテル内で避難を優先させるはずなのだ。

 

「まさか……オレたち以外に、誰か――」

「紫乃! ロゼくん!」

 

 考えている間に、そんな声が二人にかかった。

 晴明だ。どうやら紫乃たちの姿を見つけて、飛び出して来たようだ。

 それを見て、ロゼは咄嗟に紫乃の後ろに隠れる。

 

「晴明、丁度良かった。そっちにも黄泉の鬼が現れたんだな」

「ええ……ロゼくんはどうしたんです?」

「鬼に捕まって服を引き裂かれた、だから部屋に戻って、そっちの安否の確認もするつもりだったんだ」

「そうでしたか。ではまず着替えて来て下さい、情報共有はその後で」

 

 言われて、ロゼは安心した様子で「ありがとうございます」と頭を下げる。

 そしてホテルに向かう途中、晴明はあるものを差し出した。

 晴明の手に握られた、大きく長いそれを見て、紫乃は目を見開く。

 

「これは……!」

「以前から話していた、君用の新たなリキッドです。その名も……『オリエンタルトリニティ』です」

 

 (R)(G)(B)の三色で彩られたその新型は、スプレー缶の形状をしていた。




付録ノ二十九[アメノウズメ]

 日本神話の芸能の神。
 アマテラスが岩戸の中に引きこもった際、彼女を呼び戻すために乳房や陰部を露わにする裸踊りを披露したという。
 そして少し戸を開けた瞬間に「あなたより尊い神が生まれた」と挑発し、他の神との協力もあって外に引き摺り出す事ができたのだ。
 神の世界のアイドルであり、少々過激なパフォーマンスも目立つが人気者。伝承のように流石に全裸では踊らないが、限りなくそれに近い露出をするため、脱衣(ストリップ)系アイドルと呼ばれる。
 ちなみに既婚者、夫はサルタヒコ。
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