仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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 京都山中。
 詠唱と儀式を始めてから今日この日まで、一切動かずに血を垂れながら瞑想を続けていた天海。
 その両の眼がカッと開き、そして額に一本の筋が通ると同時にこれも開く。
 額に現れたのは、菩提樹の実のような色の眼だ。神々しくも恐ろしい、悟りを開いたかのような超然的な光が、京都の街を見下ろしていた。

「ククフフフ、LOTは何も知らず呑気なものですねぇ」

 翼膜のついた翼を拡げ、天海は呟く。
 そして数多の血と冒涜的な念仏を受けた八つの甲冑を纏う死体が立ち上がり、刀を手に山を下り始める。

「では手筈通り……拙僧も始めるとしましょう」

 くつくつと嘲笑う天海のその手に握られているのは、錫杖ではなく金色の三叉槍。
 美しい京都の町並みを山から一望すると、天海はその穂先を向けて頬の肉を釣り上げる。

「日本を滅ぼし、世界を滅ぼし、宇宙の全てを滅ぼし……やがて無に至ったその先に創造が始まる。それこそが、この宇宙の真理なのですから……」

 恍惚としたような表情で、バサッと音を立てた後に天海は京都の街へと降りて行った。


第三十頁[神を凌駕する白紫の剣士]

「オリエンタルトリニティ、か……」

 

 黄泉の鬼たちによる襲撃の後、ロゼと共にホテルの自室に戻った紫乃は、ベッドに腰掛けて右手に持ったスプレー缶を見つめながらそう呟く。

 晴明から受け取った新たなリキッド。恐らくこれを使えば、たとえ超獣戯我が相手であろうとも互角に渡り合えるだろう。

 しかし、それが分かっていても紫乃の顔は浮かないものだった。

 

「どうしたの紫乃くん?」

 

 ボロボロになった服を着替えたロゼの声が、背中越しに聞こえて来る。

 紫乃は振り返りつつ、手に持ったスプレーを彼女に見せた。

 

「本当にこれを使ってもいいものか、と思ってな」

「日本支部長の許可は出ているでしょう?」

「ああ、それでもだ」

 

 天井の電灯にかざすようにスプレー缶を掲げ、紫乃は眉根を寄せて息をつき、ぽつぽつと言葉を紡いだ。

 

「今が緊急事態だという事は理解している。しかし本来為すべきことをせずこの力に頼るのは、どうしても納得できん」

「うーん、頑固というか律儀というか」

「そうではなくて……オレはまだ、ヤマト様に勝っていないからな」

「あ、負けず嫌いもかしら?」

「むぅ」

「でも」

 

 頬を僅かに膨らませる紫乃に、ロゼはくすりと微笑む。

 そして、油断している彼の隣に座り、そっと抱き着いて頬を寄せた。

 たちまち、紫乃の顔が熱くなっていくのを感じる。

 

「ロ、ロゼ……?」

「私はあなたのそういう素直で誠実なところ、本当に大好きよ」

 

 互いに相手の体温をすぐ傍に感じ、心音を高鳴らせる。

 先刻恐ろしい目に遭った事もあって、その時の事を思い出したロゼの抱擁する腕には僅かに力が込もっていた。

 それに気付いてか、紫乃は彼女の手を優しく撫で、その存在を確かめるようにキュッと握る。

 

「紫乃くんのやるべき事なら、やりたい事なら、挑みましょう。私も応援しているから」

「……ありがとう」

 

 隣から聞こえる囁きを聞き、首をそちらへ傾けるように振り返って、紫乃は言った。

 すると。

 

『あ……』

 

 紫乃とロゼの目が合い、声が重なる。

 顔と顔が至近距離にあり、また二人の熱が自然と高まっていった。

 

「紫乃、くん」

「っ!」

 

 自身の名を呼ぶロゼの震える声を聞いて、紫乃はグッと息を飲む。

 吐息がかかるくらいに近付いている彼女の顔。潤んで淡く濡れた睫毛や、柔らかな薄桃色の唇に視線が向かい、紫乃は自分の気持ちが抑え切れなくのを感じていた。

 それはロゼも同じ。意を決した様子でその美しい水色の瞳を閉ざして、待ち構えている。

 

「ロゼ……!」

 

 ここまで来て彼女の行動の意図に気づかないほど、そして理性を保っていられるほど、紫乃は朴念仁ではない。

 ロゼに抱きつくように腕を回し、そして自らも目を閉じると――。

 

「んっ……」

 

 二人は、ゆっくりと口づけを交わした。

 一秒一秒が長く感じる程にその場が静寂で満たされ、一瞬さえ惜しむように互いの唇の感触を堪能する。

 やがて二人の腕と体が離れ、ロゼは照れながらも悪戯っぽく舌を出して笑った。

 

「キス、しちゃったね」

 

 そんな言葉を聞き、紫乃はごくっと喉を鳴らすと、今度はロゼの身を引き寄せて食むように唇を重ねる。

 ロゼは珍しく積極的な彼の行動に驚くが、頬を上気させてすぐに接吻を受け入れた。

 手を固く繋ぎ、相手の唇を味わうようにちゅっちゅっと音を立てて湿らせ、しばらく夢中で楽しんだ後に顔を離す。

 目と目が合って、恍惚としながらもまだ落ち着かないのか、紫乃から再びロゼの口を啄ばんだ。

 

「んぁ、ふぅ……もう、そんなに気に入った?」

「う、その……こういう事をするのは初めてだったし、ついさっきお前が鬼に拐われた事もあったから、離したくなかったというか……」

「意外と独占欲強いんだ。キス魔だし」

 

 顔を覗き込んでからかうようにロゼが言うと、羞恥からか我に返った紫乃は熱を帯びた頬を両手で覆って俯く。

 

「正直に言うと自分自身で少し戸惑っている。幻滅したか?」

「ふふ、ちっとも。あ、でもあなたも私もキスは初めてじゃないのよ」

 

 ロゼから出て来たそんな言葉に、紫乃はきょとんと首を傾げる。

 そして意味を聞き出そうとした瞬間、室内にAガジェットのメッセージの着信音が鳴り響いた。

 相手は晴明だ。どうやら、ヤマトもホテルに到着したらしい。

 

「そろそろ行くとするか。話は歩きながら聞かせてくれ」

「うふふ、良いわよ。以前の、テスカトリポカの事件の時の事なのだけれど……」

 

 楽しそうに微笑みを向け合い、二人は晴明の元へと歩いていく。

 

 

 

 そして、ホテルのラウンジにて。

 

「……というワケで、裏切り者の菫は取り逃がしちまったよ」

 

 集まった封魔司書の一行、そして若葉・イシュタルに三貴神とヤマトは、全員で情報を共有していた。

 ロゼが鬼に連れ去られそうになった事、同じ鬼がホテルやヤマトの前にも現れた事、その鬼たちが女性のみを拐っている事、ビヨンデッタというロゴス・シーカー幹部の存在。

 そしてたった今、灰矢の口からは菫の正体が明かされたのだ。

 この話には、紫乃とロゼや若葉だけでなく、晴明すら驚いていた。

 

「まさか、彼女がスパイだったとは……納得はできますが、信じたくありませんね」

「ああ。しかし、ヤツの目的とは一体何だったんだ?」

 

 唯一菫の真相に近付いていた灰矢へと、紫乃は問いかける。

 しかし、彼は。

 

()()()()()()()()

 

 首を振り、真相を隠した。

 実際のところ、灰矢自身は菫の目的が家族の奪還である事を知っており、その弟の正体までもを察している。

 だが、それを話す事などできなかった。少なくともその人物は、LOTの中にいるというのだから。

 今は緊急事態なのだ。無用な混乱を避けるためにも、この場で話すワケにはいかなかった。

 

「それより今は例の鬼の事だぜ。そのビヨンデッタとかいうヤツじゃないなら、一体誰が頭目なんだ?」

 

 誰に対してというワケでもなく、灰矢が問いかける。

 しかしLOTの面々からは返答がなく、誰にも心当たりはないようであった。

 そんな中、日本の神々だけは浮かない顔ながらも口火を切る。

 

「実を言うと、妾たちには見当がついておる」

「というよりも、ほぼ確信しています」

 

 アマテラスとツクヨミからの言を聞いて、紫乃たちは顔を上げる。

 続いて、頷いたスサノオからその正体が明かされた。

 

「敵の名は恐らく『ヒノカグツチ』じゃ。我らの……一応、兄に当たる」

「ひの、かぐつち?」

 

 名前を復唱して疑問の声を上げたのはロゼだ。聞き馴染みがないのか、若葉も首を傾げている。

 そこへすかさず、ヤマトが補足に入った。

 

「カグツチ様はその名の通り火の神。イザナギ様とイザナミ様の神産みの時に産まれるはずだったが、その体は燃え上がっており母神様の腹を傷つけて殺してしまった」

「ん? ちょっと待って下さい、そんな話でしたか? オレが晴明から貰った本には『オノゴロ島が作られると同時にあらゆる神が沼から生まれ、最後に生まれたカグツチ様が山を噴火させたために、身を挺して子供たちを庇ったイザナミ様が死んでしまった』と描かれていたと思うんですが」

 

 不思議そうな顔の紫乃の言葉を聞き、逆にヤマトの方が大いに面食らっていた。

 そしてジロッと晴明の方に視線を向けると、彼は口笛を吹きながら目線を背けている。

 

「お主、児童向けの本を読ませおったな?」

「い、いやぁ。当時の彼はかなり幼い年頃だったもので、あはははは」

「……まぁ良いわ、話を戻すぞ」

 

 コホンと咳払いをして、ヤマトは紫乃たちへの話を続けた。

 火の神として生まれてしまったが故にイザナミを殺してしまったヒノカグツチは、怒り猛るイザナギによって天之尾羽張(アメノオハバリ)で首を落とされ死んでしまう。

 その流血や死体からも神は生まれ、後に防火・防災や温泉の神としても奉られているが、この逸話から『火は制御を誤れば容易に死を招く』と人々に認識され恐れられてもいるのだ。

 

「イザナギ様は既にご隠居なされておるが、カグツチ様が当時の恨みを未だ忘れておらぬのだとしたら……」

「探し出して始末しようとするだろう、という事ですか」

「左様」

「では一刻も速くオレたちの手で探し出さなければ」

 

 紫乃が言い、ロゼと灰矢と若葉は頷く。

 しかしそこで、ヤマトが口を挟んだ。

 

「すまぬが三貴神様やワシは、というか神血を持つ者は動けん。お主ら人間に託すしかなかろう」

『え!?』

 

 意外な言葉を聞いて、晴明を除く人間たちは驚愕をあらわにした。彼ら以外では、イシュタルも困惑している。

 一体それはどういうことなのか。すぐに晴明の口から説明が為された。

 

「紫乃くん、君はタケミカヅチ様を知っていますか?」

「当然だ。日本神話の中でも最強と名高い剣と雷の武神、スサノオ様やフツヌシ様と並び称される武勇の持ち主だろう。日本に蔓延る様々な祀ろわぬ神を調伏して回った『神殺し』の伝説が残っている」

 

 晴明は答えを聞いて首肯し、話を続けた。

 

「ではどうしてタケミカヅチ様に神殺しの力が宿ったのか、知っていますか?」

「それは……推論になるが、カグツチ様を斬った時の天之尾羽張から滴り落ちた血から生まれたのが原因じゃないか? 天之尾羽張も、神の首を斬り落とした神殺しの剣だ」

「いえ、不正解です。逆なんですよ」

「逆?」

 

 眉をしかめ、紫乃は顎に手を添える。

 そこで、二人の問答を聞いていたイシュタルは、ハッと息を呑んで顔を強張らせた。

 

「ま、まさか!? さっき、カグツチがイザナミを殺したって言ってたわよね!?」

 

 慌てた彼女の言葉で、紫乃たちもようやく思い至る。

 生まれた直後に神の命を奪った事で、ヒノカグツチ自身が神殺しの力を宿したという事実に。

 そして、それを殺したからこそ天之尾羽張が神殺しの剣となり、最強クラスの武神たちが生まれたのだ。

 

「なら、ここにいる神々が戦えないというのは……」

「神殺しのルーツがカグツチ様にあるからですよ。黄泉津國に籠もった事で、さらに肥大化しているであろう力が」

 

 ツクヨミが答え、他の神やヤマトと共に唸って考え込む。

 

「妾たちに神殺しの力があれば話は別じゃが」

「まだ後続の鬼や戯我どもが現れるであろうし、我らはオノゴロ島を守る方を優先すべきじゃろう」

「故に紫乃、お主らが戦うのじゃ」

 

 そうヤマトは言って、紫乃の目を見据えながら彼の肩に手を置いた。

 だが。

 紫乃は首を左右に振り、その腕を掴む。

 

「オレには、やるべき事がひとつ残っている」

「なに?」

「あなたに勝たなければならない」

 

 目つきを鋭くして、紫乃が言った。

 その様子に面食らいながらも、ヤマトは眉間を険しくしかめて睨み返した。

 

「何を言い出すのかと思えば、今は非常時じゃぞ。晴明から受け取った物があるなら、それを使って……」

「使うのはあなたに一撃入れた後と決めている。そうでなくては使いこなせないからこそ、晴明はこの修行を課したはずだ」

「……ほう」

「オレはオレの意地で押し通る」

 

 頑として紫乃も譲らない。強い意志を目の前の半神の王に向け、堂々と言い放つ。

 ヤマトの方はと言うと、天井を見上げて呆れたような溜め息を深く吐いた後、紫乃の眼光を受け止めて拳を握るのだった。

 

「そこまで抜かすなら、良いだろう。今すぐ表に出ろ」

 

 

 

 こうして、二人はロゼと灰矢と若葉とイシュタルの立ち会いの元、ホテルの中庭へと移動した。

 晴明と三貴神は、ホテルの外から来るであろう外敵に備え、見張りに立つ手筈だ。

 試合のルールは簡単。紫乃の方が一度でも攻撃を当てる事ができれば勝利となるが、体力が尽き戦闘続行不能となれば敗北だ。

 鬼によってか植物園は破壊されており閑散としているが、ひとまず気にせず二人は対峙する。

 

「言っておくが、負けたとしても無理矢理にでも押し付けるからな」

「もう負けるつもりはありません。本気で来て下さい」

「ワハハハッ! 小僧が、中々言いよるわ!」

 

 大きな笑い声を上げた後、ヤマトは固く拳を握って構える。

 紫乃も、リキッド二種を手に取って起動してドライバーに装填した。

 

《サンダー!》

《ハウンド!》

「変身」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)! 天を裂く紫電の咆哮! サンダーハウンド!》

「神我合一」

 

 そして紫乃はムラサメへの変身を果たし、ヤマトは白鳥の戦士へと転ずる。

 武神たる姿になったヤマトは、紫電の霊犬となったムラサメを見て肩を竦めた。

 

「相変わらずそれか、進歩がないのう」

「これは単なる小手調べです、まずは見極める」

 

 言いながらムラサメは、リキッドを押し込みながら前へと飛び出す。

 

《サンダー! Calling(コーリング)!》

《禄存ノ型!》

「急々如律令!」

 

 ヤマトの頭を目掛けて雷の矢が降り、同時にムラサメが銃を持って真正面から接近する。

 強力な雷撃と光の弾丸がそれぞれ別の方向から迫り、しかしヤマトはその場を一歩も動かず、ただ左腕だけを頭上に掲げた。

 

「愚かな! 八咫鏡を忘れたか!」

 

 轟く雷を鏡が全て吸収し、Aウェポンで発射された銃弾は右手の剣で容易く斬り裂く。

 そして動きが止まったムラサメに向かって蹴りを放ち、距離を開けたところで鏡から雷を解き放つ。

 このままでは雷撃が命中してしまうが、ムラサメは一切目を離さず、すぐさま武器を太刀に変形させて強引に稲光を断ち切った。

 

「むっ!?」

「シィィィッ!!」

 

 否、反射された雷を刀に帯びて飛び込む事で、攻撃を防ぎつつ反撃に移ったのだ。

 そして八咫鏡で太刀を防がないところを確認して、あの盾では物理的な攻撃から身を守る事ができないとムラサメは判断し、実行に移したのである。

 鏡で受ければ電撃を防げてもAウェポンで叩き割られ、かと言って剣で迫り合えば感電して隙が生まれてしまう。それが紫乃の狙い。

 だが、対するヤマトの戦術はその想定を超える。

 

「甘いわ!!」

 

 ヤマトがそう叫ぶと、首から提げた緑の勾玉が光を放ち、彼の周囲に八つの宝玉が生み出された。

 

「なに!?」

「これぞ三種の神器がひとつ、八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)よ!」

 

 指揮を執るようにヤマトが剣を振る事により、宝玉が彼の思念に呼応して動き出す。

 ムラサメの切っ先の前で障壁を展開して斬撃の威力を殺し、さらに背後に回って小さな光弾を発射して牽制。

 これでは狙い通りに攻撃できず、堪らず距離を取って態勢を立て直す事になった。

 そして時間が経過すると、宝玉は消滅する。

 

「やはりまだ手を隠していたんですね」

「使うまでもないだろうと思っておったがな。ワシにここまでさせるとは、やりおるわ」

「お褒めの言葉を頂いても、オレは満足しませんよ」

「どんだけワシを殴りたいんじゃお前は」

 

 軽口を叩き合いつつ、ムラサメがまた動き出す。

 今度はすぐに仕掛けず、リキッドを取り出し起動した。

 

《アイス!》

「カラーシフト」

《交わる双つの色彩! ハイブリッドカラー!》

 

 その姿を見て驚いたのは、ヤマトではなく観戦しているロゼや灰矢の方だ。

 今更言うまでもないが、モンストリキッドの出力はハイブリッドカラーよりグラデーションカラーの方が高く、戦闘力もそちらの方が大きくなる。

 にも関わらず、紫乃はハイブリッドを選んだ。ヤマトという強敵を前にして、これは自殺行為にしか思えないのだ。

 

「フフ、なるほど? では、それでどうやってワシに一撃与える?」

 

 興味深そうにヤマトが言い、ムラサメは返事の代わりに行動で応える。

 

《アイス! Calling(コーリング)!》

「急々如律令!」

 

 鋭利な氷の礫が目の前に生み出され、それがヤマトに狙いを定めた。

 これだけなら先程と何も変わっていない。ただ氷を鏡で吸収・反射すれば、それで終わりだ。

 しかしその直後、ムラサメは彼が予想もしていなかった動きを見せる。

 

《文曲ノ型!》

「うっ!?」

 

 七星戯によって太刀から放たれる緑の閃光。ヤマトは舌打ちし、鏡で光の方を吸収しつつ再び宝玉を生み出した。

 自身に迫りくる氷の礫の方は、剣で全て斬り払う。そして、吸収した閃光を解き放とうとするが――。

 

《フェニックス!》

「やはりそっちを吸収したな」

 

 ムラサメはフィジカルカラーを差し替えながら疾駆し、大袖を遮蔽にして光を防ぐ事によって、既に目の前まで接近していた。

 

「ヌゥ!!」

 

 完全に不意を打たれたが、それでもヤマトが隙を見せる事はない。

 防御される事を承知の上で、少しでも足止めをしようと宝玉から光弾を発する。

 

《巨門ノ型!》

 

 すると案の定ムラサメは翼型の大袖を前方に展開し、さらに自身も七星戯によってバリアを生み出す事で、八尺瓊勾玉の効果が消えるまで凌ぎ切った。

 同時にヤマトの方も、剣の刀身を輝かせて反撃の準備を終えている。

 

「フンッ!」

「くぅ!?」

 

 そして、ヤマトの剣撃が二つの大袖を一撃で断ち斬った。

 これにて再び、両者は間合いを開ける事になる。

 

「まさかこれがただの鉄剣だと思っていたワケではあるまいな?」

「……草薙剣(クサナギノツルギ)……!」

 

 かつてスサノオがヤマタノオロチを討伐した際、その尻尾から発見した神剣。それが、草薙剣だ。

 八咫鏡が実体なき魔の技を吸収する不落の盾ならば、草薙剣は実体あるモノを全て両断する必殺の剣。

 この二つの神器を有するが故に、ヤマトタケルは無敵の英雄なのである。

 

「だが、今の攻防で弱点は見えたな」

「え?」

 

 二人の戦いの傍ら、観戦していた灰矢がぽつりと呟き、若葉は首を傾げた。

 その隣に立つロゼは、灰矢の言葉に深く頷く。

 

「八咫鏡の特性は、物理的な攻撃ではない……エレメントカラーで使うような魔法効果を跳ね返す力。だけど、その反射には制限があるんです」

「ああ。鏡で攻撃を跳ね返そうとしている時、つまり吸収している最中は同じ力を使えない。一種類の攻撃しか鏡に溜め込めねぇんだ」

 

 灰矢の話を聞いて、ようやく若葉も理解する。

 ムラサメが目くらましの氷の礫と閃光とを同時に放った時、ヤマトは二つを同時に鏡で吸い込まなかった。それは八咫鏡の特性上、片方しか無力化できないためだったのだ。

 ならば紫乃にも勝ち目はあるはずだが、しかし懸念もあった。単純にヤマト自身がその弱点をカバーできる程に強大なのだ。それに、まだ八尺瓊勾玉と草薙剣もある。

 三種の神器という分厚い壁を突破するには、か細く僅かな隙を狙うしかない。彼らは心の中でムラサメに声援を送りつつ、再び戦闘に注視する。

 

「ヤマト様。恐らく、次が最後の攻撃になるでしょう」

 

 武器を再び構え、尚もムラサメが言う。ヤマトは呼吸を整え、その言葉に頷いた。

 

「まぁ、時間的にもそろそろ余裕がないであろうからのう。こちらとしてもその方が助かる」

 

 睨み合う両者。ムラサメはまたリキッドを二つ手に取って、それを起動する。

 

《ファイア!》

《セイレーン!》

「それでは……参ります!」

《交わる双つの色彩! ハイブリッドカラー!》

 

 装填済みのリキッドと入れ替えて変化した形態は、ファイアセイレーン。

 これも相性が最高の組み合わせではないハイブリッドだが、ヤマトはフッと愉快げに笑った。

 

「お主に足りなかったものは理解できたようだな。そう、数多のリキッドを持つお主にしかできないこと……その創意工夫、発想力こそ人間の力よ」

 

 これまでの戦いにおいて、いつしか紫乃はグラデーション以外の組み合わせを使わなくなっていた。

 無論それぞれの得意分野において最高の性能を発揮するため、選択として間違いというワケではない。

 しかし、風の流れを掻き分けてロゼの居場所を探知した時のように、状況と使い方次第ではグラデーションを上回る活躍を見せるのだ。

 

「次は力を示せ! ワシも全力で答えてやろう!」

 

 ヤマトは激励の言葉を発し、宝玉を召喚。草薙剣も煌かせ、臨戦態勢だ。

 対するムラサメも、Aウェポンの七星紋をタッチし、走り出す。

 

《貪狼ノ型!》

「シィッ!!」

 

 セイレーンでの使用により目にも留まらぬ速さとなるが、やはりというべきかヤマトの目はしっかりとその姿を捉えている。

 しかも宝玉の攻撃範囲に入れば、即座に光弾が発射される状況だ。

 一体どのようにして切り抜けるのか、剣を握りながらヤマトはしっかりと見定めていた。

 すると、射程距離に一足踏み込んだ瞬間、そこでムラサメが再び動く。

 

《文曲ノ型!》

 

 新たに七星紋へ触れると、スピードアップの方の効果が切れ、またも刃から閃光が迸る。

 

「その手は見切っておるぞ!」

 

 当然、ヤマトに同じ手は通用しない。光が放出されるのに合わせて八咫鏡が発動し、吸収されていった。

 そして反射が始まる寸前に、またムラサメがAウェポンの刀身に触れ、加えてレリックドライバーを操作する。

 

《廉貞ノ型!》

《ファイア! Calling(コーリング)!》

「急々如律令!」

 

 跳ね返そうとしていたはずの光が、別の七星戯の発動により消失。

 ムラサメは光弾を回避しながら炎を発し、太刀を逆手に持って突撃していた。

 

「それで凌いだつもりか!? 片腹痛いわ!」

 

 攻撃吸収状態が解かれたため、八咫鏡は再発動できる。それにヤマトが気づかないはずもない。

 素速く炎を吸い込み、真っ直ぐ突っ込んでくるムラサメに向かって跳ね返す。

 あとは、炎を受けて怯んだムラサメに宝玉で追い打ちをかければ、戦いは終わりだ。 

 果たしてムラサメは烈火に飲み込まれ、想定通りに悲鳴を――。

 

《キマイラ!》

「シィィィィーァッ!!」

「なにぃ!?」

 

 上げなかった。

 鏡から噴き出す火に身を焼かれながら前方へ力強く跳躍し、カラーシフトを果たしていた。

 それによって宝玉の光弾を回避し、腕から伸びる蛇の鞭がヤマトの腕を拘束。さらに刀から手を離し、必殺技を発動した。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)! ハイブリッド・クロマティックアタック!》

「セァッ!!」

 

 もう片方の腕を掴んで逃げ場をなくしてからの、渾身の頭突き。

 如何にヤマトと言えど回避できず、その一撃は的確に顔面を捉えた。

 

「ぐはっ!?」

 

 ようやくの命中。それも、必殺の一撃だ。

 文句など付こうはずもなく、立ち会ったロゼは先程までの緊張が吹き飛んでパァッと明るい笑顔になり、灰矢もフッと口角を上げた。

 攻撃を受けた側であるヤマトも、ゆっくり立ち上がると元の姿に戻り、同じく変身を解いた紫乃の前へと歩いていく。

 

「まさか、一撃掠めるどころか最大手を食らうとはの。見事だった」

「ありがとうございます」

「……だが、ひとつ教えてくれんか。なぜあの炎の中を突っ切って来れた?」

 

 いかにも腑に落ちないと言った表情で問われ、紫乃は小さく頷いて答える。

 

「七星剣の光を吸収し、そして反射が中断されたとなれば必ず次に炎の攻撃に食いついて来ると思っていました。しかしオレがさっき使っていた形態、ファイアセイレーンは火炎による攻撃の威力が最も低くなる。だから、反射されても大したダメージにはならない」

「ほう、そういうことか」

「後はキマイラの膂力があれば炎も宝玉も凌いで無理矢理押し込める。これがオレの立てた作戦です」

 

 ヤマトは拍手を打つと、紫乃の背を軽く叩いてニカッと笑顔を見せた。

 

「他の誰が認めなくてもワシが太鼓判を押してやる! 遠慮なく使うが良い、神々の力を!」

 

 その笑顔を見て、紫乃も微笑み首肯する。

 直後、ホテルの外から耳を貫くような轟音が鳴り渡った。

 

「なんだ!?」

「敵襲!?」

 

 動揺が広がっていく中、彼らの元に一匹の小狐が舞い降りる。晴明からの式神だ。

 

『聞こえますか!? 大変です、カグツチ様がホテルを亡者の大群で囲んで攻めて来ました! 勝負をかけに来たようです!』

「チッ、今までのは誘拐だけじゃなく斥候の目的も兼ねていたのか……!」

 

 そう言って紫乃は拳を握り締める。

 すると、話を聞いていたヤマトは紫乃やロゼ、灰矢へと視線を向け、口を開いた。

 

「お主らがカグツチ様を鎮めろ、ワシはこの一所を死守する」

 

 ヤマトの口から放たれた、信頼の込められた一言。

 それを受けて、仮面ライダーたちは意を決して動き出した。

 

「勝てよ」

「はい!」

 

 三人は外へ向かって疾駆し、若葉とイシュタルは避難に向かう。

 残ったヤマトは再び神我合一し、空へと飛び立つのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「どぉこだぁ!? どこに隠れてやがる、クソ親父ィ!!」

 

 首を失った頭から炎を噴き散らし、ヘソの緒で切断された頭を繋いだ鬼子、ヒノカグツチが怨嗟に満ちた怒号を発する。

 既にこのホテルに目的の父親がいる事までは突き止めているようで、直接出向いて物量で押し切る策に打って出たようだ。

 晴明も話していた通り、数え切れない程の亡者が津波のように押し寄せ、攻め込んでいる。しかも彼らにはヒノカグツチの炎が燃え移っており、神殺しの力を宿しているようだ。

 そのせいで三貴神でさえも苦戦を強いられていた。おまけに、倒しても倒しても何度もカグチツの生み出す炎から復活して来るのだ。

 

「ちぃっ、ぬかった! まさか兄上がここまで強力であったとは!」

「いや、姉者。ひょっとするとあやつは……!」

 

 全く退く気配を見せない黄泉の行進に渋面を見せるアマテラスと、気象を操り局所的な暴風雨を起こしながらハッと目を見張るスサノオ。

 カグツチは彼らの言葉を耳にして、ケラケラと笑いながら種を明かした。

 

「お前が気づくとはなァスサノオ! そうさ! 俺はラジエルの書の頁を取り込んでるのよォ!」

「なんと!?」

 

 ツクヨミが黄泉の住民たちを蹴散らし、声を上げる。

 

「もはや俺を止められるヤツはいねぇぇぇ! てめぇらを皆殺しにした暁には、この醜い姿を捨てるべく女の胎に入り込んで、真・火之迦具土神(シン・ヒノカグツチノカミ)として新生するのさ!」

 

 カグツチがそう叫び、短い手をパンッと叩くと、三貴神の近くで戦っていたヨモツイクサやヨモツシコメが赤黒い炎を彼らに嘔吐して消滅した。

 思わぬ一撃に、さしものアマテラスたちも手痛い傷を負う。これもまた神殺しの炎なのだ。

 その様に大層大笑いして、カグツチは這って弱った神々に近づいていく。

 

「血縁であるお前は極上の母体になるかもなァ……なぁ、アマテラスよぉぉぉ!」

「下郎が……!」

 

 キュッと手を握り込むアマテラス。

 遠くで晴明が式神を駆使しながらホテルへの侵攻を食い止めているのが見えるが、カグツチの力の前では心許ない。このままでは打破されてしまうだろう。

 だが、諦めずに戦おうとしていた彼女たちの耳に、ひとつの声が矢のように飛び込む。

 

「そこまでよ。それ以上アマテラス様に近寄るな、化け物!」

 

 声の主は、ロゼだった。紫乃・灰矢と肩を並べて戦場に現れ、レリックライザーをカグツチに向けている。

 

「紫乃、もうやれるんだろ。カグツチをブッ倒すぞ!」

「任せておけ」

 

 言われて、紫乃が取り出したのは晴明から託されたスプレー缶だ。

 

「封魔司書の人間如きが! この俺に敵うと思ってんのか!?」

「できるさ。やってみせる」

 

 紫乃は缶を前に掲げ、上部にあるノズルを一度押し込んだ。

 すると、缶から起動音声が発せられた。

 

《三貴合一! オリエンタルトリニティ!》

 

 さらに紫乃がドライバーへとセットした瞬間、表面に塗られたオリエンタルレッド・オリエンタルグリーン・オリエンタルブルーの三色が光ってうねり、電子音が鳴り響く。

 

Shining Color(シャイニング・カラー)! PRIMAL GRADATION(プライマル・グラデーション)!》

「変身」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 トリガーを弾くと、スプレーノズルから赤・緑・青の粒子が噴出し、それらが宙を舞って紫乃の周囲に張り巡らされる。

 その一粒一粒が発光し、紫乃の身体を照らして白く染め上げ、アンダースーツを構築し始めた。

 

(ソウル)(アーツ)(ボディ)!》

 

 続いて光が装甲を成し、装着されると同時に三つの粒子が色を付ける。

 スプレーと同じ赤・緑・青。散りばめられた一粒一粒が、今までよりもカラフルなムラサメを描いていく。

 烈火が燃え立つような激しい(R)、草木のように全身を巡る(G)、大海めいて五体を支える雄大な(B)

 

《光に翼を得たるが如し! 神をも超える煌きの龍! オリエンタルトリニティ!》

 

 筋肉質で屈強かつ頑健のように見えるが、その中にどこか女性的な細身を持つ秀麗さを兼ね備えたフォルム。

 最後に真っ白な羽衣を纏い、二本角を生やした東洋風の龍を彷彿とさせる仮面の戦士が完成した。

 その名も仮面ライダームラサメ オリエンタルトリニティカラーだ。

 

《AウェポンT/G-SSS!》

「お前を塗り潰す色は決まった!」

 

 変身した姿を見て驚くカグツチに対し、ムラサメは武器を手にそう言った。

 その言葉で我に返った火の神は、鼻を鳴らして睨みつける。

 

「人間風情が俺を止めるってぇのか? 片腹痛いぜ! 神を殺す炎が人間に効かないワケねぇだろう、がぁ!」

 

 火山の噴火のように、胴体の断面から火炎弾を繰り出すカグツチ。この神殺しの炎を受ければ、どんな生き物であろうとひとたまりもない。

 だが、ムラサメはその場を動く事なく、ドライバーにセットされたオリエンタルトリニティ・スプレーに手を伸ばす。

 このノズル部はダイヤル状になっており、四方向の矢印が表示されている。現在、白い矢印がノズルの噴射口の方角に合わさっているが、ムラサメはそれをひねって赤矢印に変更し、ダイヤルを押し込んだ。

 

《ソウルアマテラス!》

「急々如律令」

Calling(コーリング)!》

 

 音声が鳴った直後、ムラサメの周囲に薄い光の障壁が展開され、向かい来る炎はそれに命中。

 光は容易く猛火を受け止め、そのまま同じ速度でカグツチへと跳ね返した。

 ヤマトが使っていた八咫鏡と同じ性質だ。

 

「え……うおおおおお!?」

 

 カグツチは大慌てで近くにいる亡者たちを操り、炎を防がせる。

 連鎖的に生み出された爆炎によって、カグツチ自身が燃え移らずに終わった。

 しかし、その行動は残る仮面ライダー二人の目にも留まった。

 

「どうやら自分で出した炎でも、今の反射能力を利用すれば効いちまうようだな」

「おまけに神殺しの能力も通用するのでしょうね」

 

 ユーダリルとブリューナクはそれぞれ分析し、武器を手に取る。

 

「一点突破だ。俺たちが道を作る」

「だから、あなたは信じて突き進んで下さい!」

 

 彼らの言葉を聞いてムラサメは深く頷くと、ダイヤルを緑の矢印に合わせ押し込んだ。

 

「頼んだぞ」

《アーツツクヨミ! Calling(コーリング)!》

「急々如律令」

《武曲ノ型!》

 

 さらにAウェポンの七星紋も発動し、八尺瓊勾玉のように八つの宝玉を生み出す。

 七星戯の武曲によって攻撃範囲の拡大した宝玉は、二人へと襲いかかろうとしていた黄泉の鬼たちに牽制の光弾を浴びせ、動きを止める。

 その間に必殺技の準備を終えたブリューナク・ユーダリルは、それぞれの武器の照準を敵の軍勢に向けた。そこを見計らって、羽衣を翻してムラサメが飛翔する。

 

Charging Color(チャージング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

Getting Color(ゲッティング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 ブリューナクの方は三種のリキッドをリードしたライフルの銃撃、ユーダリルはワイルドイーグルを装填した弓の一撃だ。

 

《トライカラー・クロマティックブラスト!》

《ワイルドイーグル・クロマティックサジッタブレイク!》

『いっけぇぇぇぇぇぇ!!』

 

 二つの閃光は瞬く間にムラサメの前に立ち塞がろうとする鬼たちを殲滅し、カグツチに至るまでの道を作り上げた。

 必殺の余波を受けた鬼も絶命の間際に炎を吐瀉するが、関係ない。その火をぶつける相手など近付いていないのだから。

 鬼子は現実離れした様を見て、驚きからかひくっとしゃっくりを鳴らした。鬼たちは文字通り腐るほどいるし、何度でも再生できるが、一度陣形を崩されると立て直すのに僅かながら時間がかかるのだ。

 ムラサメは、その僅かな隙を狙い既に目前まで迫っている。

 

「げっ!? クソが、調子に乗んな人間!!」

 

 死した鬼は体内の炎から再生するが、このままでは防衛には間に合わない。

 よってカグツチは地面の一部に自らの炎を付与し、砂遊びでもしているかのように燃える土を掴み上げ、ムラサメへと投擲した。

 対するムラサメの方は、ダイヤルを回して青の矢印に変え、押し込む。

 

《ボディスサノオ! Calling(コーリング)!》

「急々如律令」

 

 武器を持たない左手に三色の光が集まり、それが一振りの剣の形を作る。

 草薙剣。その鋭い刃は、あらゆるモノを思うがままに斬り裂く。

 ムラサメは飛んで来た土塊に向かって、その剣を力強く振り下ろす。ただそれだけで、巨大な土の塊は真っ二つになって消滅した。

 

「あ……あ?」

「もう終わりか?」

「ヒッ!?」

 

 ブルッと震え、カグツチは這いながら後ずさる。

 たかが人間風情と侮っていた故に、徐々に恐怖がその身を支配し始めているのだ。

 どうやって凌ぐか? 火炎弾は八咫鏡に跳ね返されるし、先程のように土塊を使っても容易く破壊される。

 ならば、とカグツチが取った行動は。

 

「せっかく出て来れたのに! やられてたまるかよ!」

 

 地面に爆炎を巻き上げ、煙幕のように砂煙を作る事だった。

 しかし、それだけではない。ムラサメが怯んだところで、大きく跳躍して彼を飛び越えたのである。

 カグツチの狙う視線の先にいるのは、ブリューナクだ。

 

「しまった!?」

「この女の股ァブチ抜いて、生まれ直してやれば! 俺は真の姿になれるんだ! そうすりゃお前なんざ相手になんねぇぇぇ!」

 

 ムラサメは反転し、カグツチを追う。

 羽衣の能力によって空を飛ぶ能力を得ているものの、高度・スピード共にソニックペガサスには劣る。

 そのため、復活した地上の鬼たちが噴く炎や弓矢による妨害を受ける事になるが、それでも一心に守りに向かった。

 ブリューナクとユーダリルは迎撃のため銃と弓で応戦するものの、ヒノカグツチの放つ炎は全てを焼き払う。

 

「くっ!?」

「野郎は邪魔だ! どいてろ!」

「うおおお!?」

 

 巨大な赤子の平手打ちで、ユーダリルは吹き飛ばされる。さらに飛んで逃れたブリューナクも右手で掴み、その体を強く締め付けた。

 

「あ、が……ぐ……!?」

 

 待ちに待ったとばかりに、カグツチは頭を地面スレスレまでもたげて真下から彼女を見上げる。

 

「さぁさぁさぁぁぁ! 新生の瞬間だぁぁぁ!」

「そんな事を……させるかぁぁぁ!!」

 

 あと一歩というところまで追いついたムラサメ。あとは神の狼藉を止めるのみ。

 そして、カグツチの頭がブリューナクの身体を――。

 貫く事はなかった。

 

「んが?」

 

 見れば、手の中にブリューナクの姿はなく、いつの間にやらムラサメが彼女を横抱きにしていた。

 ムラサメ自身も驚いており、彼が何かをしたワケではない。

 では、今手で握っているものは何か。人間の体よりも遥かに小さなものだと、カグツチには思えた。

 開いてみれば、そこにあったのは小さな御守だ。どういうわけか、その御守とブリューナクが瞬間的に入れ替わったのだ。

 何の変哲もない小袋なのだが、それから感じる気配に神殺しの赤子は背筋を震わせていた。

 

「ま、まさか!? これは!!」

 

 カグツチは目を見開き、御守を投げ捨てようとする。

 しかし一手遅かった。袋の中から飛び出した小さい蔦のようなものが、みるみる内に山葡萄の樹へと生長して腕に巻き付いてしまった。

 

「ぐあああ!? く、亡者ども、樹を焼き払え!!」

 

 片腕が塞がれてしまったヒノカグツチが命令を下すものの、ヨモツシコメたちもヨモツイクサたちも一切関心を示さず、樹から落ちてくる山葡萄を一心不乱に貪っている。

 

「役立たず共が……ハッ!?」

 

 未だ根を張る樹を外そうと藻掻いていたところ、背後から迫る気配を察知したカグツチは、咄嗟に横っ飛びした。

 瞬間、山葡萄の樹に侵されていた彼の右腕が、大きく鋭い刃によって斬り落とされる。

 神血を噴き出し、悲痛な泣き声を上げて転げ回る赤子。その腕を切断した人物を目にすると、ムラサメは仮面の中で目を見張った。

 それは、以前に紫乃へ御守を渡した老人だったのだ。今は戦装束を身につけ、十拳剣を肩で担いでいる。

 

「あなたは、まさか」

「万が一のために御守を渡しておいて正解だったね」

 

 老人はムラサメに向かって言うが、彼の表情は優れない。

 憂うような視線を、目の前で悲鳴を発する赤子に向けている。

 

「がぁっ……イィィィザァァァナァァァギィィィーッ!!」

 

 対するカグツチは怨嗟と憎悪が絡み合った怒声を浴びせ、その老人、イザナギを睨んでいた。

 悲しそうにカグツチを見ながら、イザナギはゆっくりと近付いていく。

 

「どうして蘇ってしまったんだ、カグツチ。僕はもう……我が子を手に掛けたくはなかったのに……」

「うるせぇぇぇ!! 殺すぅ……ここにいる全員皆殺しにしてやるぅあああああ!!」

「それは絶対にさせない、僕は妻と約束したんだ。彼女が一日に千の命を滅ぼすならば、僕は千五百の命を育むと」

「黙れ黙れ黙れぇぇぇ!! この俺を作っておいて……殺したくせに!! そんなに俺が憎いのかよ!? 産まれてきちゃいけなかったのかよ!?」

 

 血の涙を流し、喚き続けるカグツチ。そして自分自身の仇へと、最大火力の神殺しの炎を繰り出そうとしている。

 そんなイザナギの前に、ブリューナクを下ろしたムラサメが歩み出た。

 

「オレがやります」

 

 我が子を二度も殺したくはないと話していたのを聞いていた彼は、イザナギを気遣ったのだ。

 ムラサメはスプレーのダイヤルを白の矢印に合わせると、グリップを握った。

 

「……ごめんね」

 

 イザナギの呟きは、果たして誰に対して向けられたものだったのか。

 何も聞かず、ムラサメは背を向けたままグリップを引き込む。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

「これが最後の景色だ」

《オリエンタルトリニティ・クロマティックフィニッシュ!》

 

 そう告げたムラサメの各部装甲が展開して排熱器官(ダクト)が露出すると同時に、彼の周囲に赤・緑・青の体色を持つ三体の龍が取り巻く。

 さらに右足に力を込め羽衣を拡げて飛翔すると、三色の龍もそれに続いて突撃し、それぞれが口腔から炎を噴いた。

 

「シィィィィィーッ!!」

 

 三色の光炎が混ざり合い、ひとつとなって爆発的な白い炎を作る。

 清らかな白き炎の波に乗るように翔け抜け、カグツチが噴出した火炎弾を、まるで存在しないものであるかのように容易く突き破るムラサメ。

 そしてそのまま、腹部から生えた赤子の首へと強烈なボレーキックを叩き込んだ。

 

「ぎぃやああああああぁーっ!?」

 

 蹴りを受けたカグツチは、頭だけではなく肉体にも白炎が燃え移って行き、その身を灰へと変えていく。

 完全な決着。紫乃は人の身でありながら、神殺しを成し遂げたのだ。

 しかしオノゴロ島に平和が取り戻されたという一行の安堵に水を差すかのように、死に向かうヒノカグツチが口を開いた。

 

「く、くそ……だが俺を倒したくらいで良い気になるなよ……」

「なに?」

「そろそろ京都で……あ、あいつが仕掛けてる頃だからなぁ……あいつが動けば、日本は終わりだぜ……へ、へへへへへ……」

 

 そんな言葉を残して、爆発と共にカグツチは跡形もなく消滅し、ラジエルの書のページが晴明の足元にひらりと舞い落ちる。

 彼の言っていたあいつというのは何者なのか? 京都で何が起ころうとしているのか?

 ひょっとしてカグツチが起こした騒動は、ロゴス・シーカーにとっては単なる陽動ではないのか?

 次第に、封魔司書たちの間に動揺が広がっていく。

 

「どうする。今から京都まで行くか?」

「行くったって船がねぇぞ。泳いで行くワケにもいかねぇ」

「それに船が用意できたとしても、淡路島から京都まではさらに時間がかかるわ。それまで日本支部が持ち堪えていれば良いのだけど……」

 

 段々と予想が不穏なものになりつつある中、不意にイザナギが一度手を叩いて注目を集める。

 

「僕なら今すぐに君たちを京都の近くまで連れていけるよ」

「本当ですか!?」

「うん。少し待っててね」

 

 言いながらイザナギは海に向かって歩き、紫乃たちもそれに続いた。

 そして一本の矛を取り出し手に取ると、ひょいっと跳んで軽々と水面に立ち、矛を海中に突いて浸す。

 驚く紫乃たち。彼らが見ている間に、イザナギは矛を使ってゆっくりと水面を掻き回し始める。

 

天沼矛(アメノヌボコ)を指し下ろして画きたまへば、塩こをろこをろに画き鳴して」

 

 そう唱える通りに、海からコロコロという音が聞こえるのを紫乃は感じ取って、ロゼも不思議そうに耳を澄ましていた。

 

「引き上げたまふ時、其の矛の末より垂落る塩、累積もり累積もりて島と成る」

 

 ――是れ淤能碁呂(オノゴロ)島なり。

 最後にそう呟いて矛を抜いた時には、浸していた部分から先には橋を立てたかのように一直線に島が作られている。

 これがイザナギの力。単なる戦うための能力とは一線を画する、世界そのものを操る御業。

 唖然とする紫乃たちに対し、海から戻ったイザナギはニッコリと笑顔を見せた。

 

「あの島と京都の天橋立を繋げた、これですぐに目的地に到着するはずだよ」

「イザナギ様……ありがとうございます」

「良いんだよ、ただの隠居老人のお節介さ」

 

 紫乃はイザナギに一礼すると、Aガジェットを取り出してバイクを召喚。

 ロゼと灰矢もそれに続こうとするが、そこで晴明が待ったをかけた。

 

「島にはまだ黄泉の残党がいるかも知れません、一人だけで良いので残って貰えますか?」

「なら俺が残るわ、紫乃とロゼは京都を任せるぜ」

 

 あっさりと灰矢が引き下がったので紫乃は訝しむが、理由はすぐに分かった。

 船が出ていないという事は、恐らく菫も残っているということ。彼女を探し出すつもりでいるのだ。

 

「分かった。そっちも頼むぞ」

「おう!」

 

 話は纏まった。ロゼが改めてAストライカーを召喚し、紫乃と共に島の外に向かって走り出す。

 灰矢と晴明、若葉に神々もそれを見送って、周囲の捜索に向かう。

 だが、その時だった。

 一行の両脇を掻い潜るように、二つのバイクのような機影が、音を立て猛スピードで駆けていくのを見たのは。

 

「……む!?」

 

 振り返った時にはもう遅く、既にその後ろ姿は見えなくなっている。

 全員、それが紫乃たちを追う敵でない事を祈るばかりであった。




付録ノ三十[イザナギ]

 天地開闢の際、妻たるイザナミと共に最後に生まれ、日本という国や神々を産んだ創世の神。
 ヒノカグツチによって妻が死した後、彼女と再び逢いたい一心で黄泉津國を訪れるものの、決して見てはいけないと念押しされていた黄泉の彼女の姿を見てしまったために訣別してしまう。
 三貴神が生まれた後は、スサノオがイザナミに会うために根之堅州国へ行きたいと言い出したため、彼を追放した。
 その後はどうやら三貴神に後を託して隠居していたらしく、記述が途絶えている。
 現在は、妻との思い出の場所であるオノゴロ島を管理する仕事についているようだ。
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