カグツチとの戦闘後、紫乃とロゼはそのままAストライカーでオノゴロ島から天橋立まで辿り着いていた。
そこまで長時間運転はしていないが、先程の戦闘の疲労もあるため、疲労回復用の霊薬を飲んでからLOT日本支部がある現場へ向かう。
船を待つよりは速く済んでいるものの、現場の京都駅までは約一時間半以上かかる。
現場で何が起こっているかも不明であるため、一刻も早く調査と行動を始めなければならない。
「あの方の力がなければ、ここまですんなりとは行かなかっただろうな」
「本当にね。それにしても、京都で一体何が起きているのかしら? 元々調査に向かう予定ではあったのだけれど」
「何にせよ既に動いていると聞いてしまった以上、何もしないワケには行かない。できる限り急ぐぞ」
二人はそんな会話をしながら、京都駅へと走り続ける。
それから30分以上経過した頃だろうか、紫乃はチラリと後ろに視線をやる。
「……気づいてるか?」
「ええ」
ロゼに声をかけると、彼女も小さく頷いていた。
バイクが二台、明らかに自分たちを追いかけて来るのが見えたのだ。その内ひとつは相乗り中のようで、合計三人が追走している事になる。
晴明と灰矢に後を任されたので、この状況で追って来るのは味方とは考えられない。
やはりロゴス・シーカーからの追手だろうかと思い、紫乃はレリックライザーと二種のモンストリキッドを手に取る。
《サンダー!》
《ハウンド!》
「急々如律令! 轟け、サンダーハウンド!」
《
リキッド装填の後、紫乃は背後に向かって照準を合わせ、引き金を引いた。
紫電の霊犬が背後の二台に向かって疾走し、その牙を突き立てんとする。
しかし、既にその相手の側の片割れも動いていた。
《イリュージョン!》
《ケットシー!》
「ブチ込め! イリュージョンケットシー!」
「なに!?」
《
敵方からも一体の猫が飛び出し、ぶつかり合って相殺される。紫乃とロゼにとって想定外な事に、追跡者の方もレリックライザーを所持しているのだ。
しかもその二色は紫乃たちも見た事があるリキッドで、よくよくその車体を見てみれば、これもAストライカーと似た造形である。
片方の敵の正体を理解して、紫乃は舌打ちを混じりにマシンを加速させた。
「ロゼ! 急ぐぞ!」
「え、ええ!」
今この使い手に捕まったら面倒だ。そんな予感を察知しているのか、紫乃もロゼも先へ先へと急ぐ。
だが、現場まで時間にしてようやくあと20分という距離まで来て、状況は変わってしまった。
《バインド!
「オラッ!」
地面から鎖が伸び、バイクと二人の体に絡みついて無理矢理停止させられたのだ。
あと一歩で到着するのに、こうなってしまっては逃げようにも逃げられない。
それでも急いで鎖を解いていると、追走していた三人が進路を塞ぐようにしてバイクを止め、紫乃とロゼの前に立ちはだかった。
「ようやく捕まえたぜ、紫乃」
「クリス……!」
「前に言ったよな? 次に会う時は敵同士だってよ」
一人は先程レリックライザーとAウェポンを使って妨害して来た、クリスチーナ・バグローヴィ。
その隣に立っているのは、同じバイクに跨っていた、共にオノゴロ島に来ていた情報屋の八重垣 菫だ。
「菫、さん」
「ごめんね、ロゼちゃん。もう聞いてるかも知れないけどこういう事だから」
腕を組み、妖艶に微笑みながら菫は言う。
そして、前に出て来た最後の一人を目にして、紫乃は目を見開く。
「アダン……!?」
クリスの怨敵であり、そして紫乃自身の仇でもある相手。
そんな存在であるはずのLOT幹部、アダン・アルセニオ・エスカルラータが今、クリスと肩を並べていた。
「アダン、あなたは私の仲間になりなさい」
――時は、アダンがモルガンによって救出され、彼女に勧誘された直後まで遡る。
全身に包帯を巻かれたアダンは、モルガンの口から飛び出したその言葉に己の耳を疑う。
「俺が? お前の仲間だと?」
「この子たちもカリオストロを失い、行き場を失っていました。既に私の仲間となっています」
アダンに縋るロッソとヴェールの頭を慈しむように撫で、モルガンは言った。
確かにアダンも居場所をなくしており、他に行くアテがない状態だ。
だからと言って、モルガンからの誘いには簡単に納得もしない。
「解せんな。お前も知っているはずだろう、俺が今どういう状態なのか」
ロゴス・シーカーの幹部として振る舞っていた頃のアダンには、体内にウロボロスが寄生していた。異常な自己再生や不死の秘密はそこにあり、アキレスの髄液も含めて今はもうその能力を失っている。
故に、今のアダンに味方に付ける価値などないはず。ロゴス・シーカーに関する情報も、むしろ彼女の方が詳しいくらいだろう。
しかしモルガンは、彼女自身のそれよりもずっと大きく分厚い手を取り、静かに囁く。
「今の私には、あなたの力が必要なのです」
「……どういう意味だ」
「私はロゴス・シーカーの掲げる野望とは別に、ある目的を持って動いています。それを成就するために力を貸して下さい」
一体その目的とは何なのか。
モルガンは今すぐに多くを語らなかったが、同時に強要もしない。
「ですがあなたにその意志がないのなら、それも尊重します。ひとまずここでゆっくり養生して下さい。決断は傷が癒えてからでも遅くありません」
そう言ってクリスの横を通り過ぎ、彼女は席を外す。ロッソとヴェールも休養の邪魔になってはならないと思い、小さく手を振ってからそそくさと退室した。
よって室内に残ったのは、アダンとクリスのみになってしまう。
「……」
「……」
しばらく二人は沈黙していた。彼らに関しては複雑な事情が絡み合っているので、無理もない話ではある。
やがて耐え切れず先に静寂を裂いたのは、アダンの方だ。
「俺を殺すなら今の内だぞ」
挑発とも取れる棘の付いた言葉。しかしながら、それは事実でもある。
力の大半を喪失しているとは言っても、アダンはフランケンシュタインの怪物。常人を遥かに超える再生力を持つ事は間違いなく、モルガンの治療もあるので翌日には動けるようになるだろう。
そしてそうなれば、勝てるかどうかは別にしても彼女に反旗を翻して再起を謀る可能性は十分にある。
何より、この男はクリスにとって倒すべき最大の敵だ。キュクロプスの眼での行動がウロボロスに操られていた結果起きた事であったとしても、容易く認められるものではない。
だが、当のクリス自身は首を横に振って拒否を示す。
「勝手にお前を手にかけたらモルガンが黙ってねぇだろうが。それに、寝込んだ病人を襲うほどアタシはクズじゃねぇ。お前とは違うんだよ」
ギロッと睨めつけながら言った彼女の拳は、血が噴き出そうな程に強く握られており、今にも爆発寸前と言った様子だ。
クリスはそのまま、振り返らずに去っていく。引き止める理由もなかったので、アダンも一度眠りについた。
そうして、翌日。
予想していた通りに身体が十分に動くほど回復したアダンは、モルガンの拠点を探索していた。
どうやら山奥の木々に囲まれ存在を秘された広い
それどころか、人間世界から隔絶された、神界に近い場所の可能性もあるだろう。
「奇縁だな」
廊下を歩いて様々な部屋を覗いて回りながら、目を細めてひとりごちる。
実を言うと、ロゴスに見捨てられる前のアダンは、ずっとモルガンを恐れていたのだ。
得体の知れない麗しい黒衣の魔女。神の転生体でもあり、遥かな時を生きて様々な神や英雄の生涯を目の当たりにして来たという。
命を助けられた今でも、その底知れない力を少々不気味に思っているくらいだ。
「む……?」
階段を登って歩いている内に、アダンは屋外の開けた場所に辿り着いていた。
太陽から光の差し込むこの場所で、剣の素振りを行っている小さな影が遠目に見える。
クリスだ。真っ直ぐ前を見据え、汗に濡れながらも懸命に身の丈を超えるAウェポンを振り続けていた。
「その様子なら傷は治ったみてぇだな」
彼女はやがてアダンの姿に気がつくと、目つきを険しくし、切っ先を突きつけて来る。
「構えろ! モルガンから許可は出た、アタシと戦え!」
ついにこの時が来たか、とアダンは思う。
クリスからの恨みを買っている以上、そうなってしまうのは必然だ。殺されても文句は言えない。それに戦う理由も生きる目的も全てをなくした自分に、正当な理由で死を与えるというのなら願ってもない事ではある。
だが、そんなものは知った事ではないとばかりに、アダンは懐からモンストリキッドを取り出していた。
「恨みを持つお前に殺されるのなら、それは是非もない。だが俺も、簡単に死んでやるつもりはない……全力で戦い、その果てに死ぬ。それが戦士というものだ」
《キュクロプス!》
そう告げた後、起動したリキッドを体内に取り込むアダン。
一方のクリスもレリックドライバーを装着し、二種のリキッドを起動している。
《イリュージョン!》
《ケットシー!》
「変身!」
《化け乱す幻惑の剣士! イリュージョンケットシー!》
「ハァァァァァッ!!」
単眼の戦士と猫人の剣士。二人の大剣が、火花を立ててぶつかり合う。
何度も何度も、剣だけでなく肉迫しての拳や足が互いの身体を傷つけていく。
しかし、拮抗状態は長く続かなかった。先にアダンの変異が解け、天を仰ぐようにしてバタリと地面に倒れたのだ。
本気を出して戦っても、今のアダンの力では、クラレントにさえ遠く及ばないという事である。
「……俺の負けだな」
「そうだ」
「……殺せ。そのために今まで、俺の暴力に耐えて自分を鍛えて来たんだろう」
両手足を投げ出したアダンの体を跨ぎ、剣を逆手に持つクラレント。
そして、その刃を振り上げアダンの頭に――突き立てず、彼の視界の端の地面を抉った。
愕然とするアダン。散々に憎まれていたはずが、トドメを刺されなかった事に戸惑っているのだ。
「なんでだよ、畜生……!」
「クリス……?」
「何あっさり負けてんだよ!! お前の力はこんなもんじゃねぇだろ!?」
彼女はそのまま変身を解き、アダンの上に座り込む。
目を丸くしたアダンの頬には、ポロポロと水滴が、クリスの涙が落ちて来た。
「アタシはアンタを殺すために!! そのためだけにずっと鍛えて来たのに、戦い続けてたのに!! こんな弱いヤツを倒すために復讐したかったんじゃない!! なんだよ、これ……なんでだよ、クソォォォッ!!」
ひとり慟哭して天を見上げ、獣のように吠え続けるクリス。
しかししばらくすると気分も落ち着いて来たのか、アダンの体から離れ、ふらふらと立ち去って行った。
取り残されたアダンは、ゆっくりと身を起こして深い溜め息を吐く。
「何をやっているんだ俺は」
不要だからと幹部にまで上り詰めた組織から追い出されたかと思えば、弱いからと殺されるべき相手に殺されず。
これで尚死ねないというのなら、もはや本当に生きていく理由などない。
「……いや」
全て失って敗北の味を知った今、アダンにはまだ心の中に燻っているものがある事に気がついた。
自分を騙し続けて利用したバルトに、体内に寄生して操っていたウロボロス、何もかも知った上で黙秘したビヨンデッタと天海。そしてムラサメを始めとするLOTの封魔司書たち。
彼らと真っ向から決着をつけなければ、このまま生き続けても自分はただの負け犬だ、とアダンは考えていた。
「力さえ、あれば」
空を見上げて途方に暮れていると、彼の小高い山のような身体を超えて一羽のカラスが目の前に降り立つ。
不思議そうに顔を向ければ、そのカラスはみるみる内にモルガンへと姿を変える。
「俺を笑いに来たのか」
「そんな事をすると思いますか?」
「どうかな。こうして面と向かって話す機会もあまりなかった、お前の考えが分からんと言えば嘘になる」
「正直な方ね」
くすっと笑いながら、モルガンが手を差し伸べる。
しかしアダンはその手を取らずに自ら立ち上がると、彼女の目を見据えながら直接問い質した。
「目的があると、そう言っていたな。俺は何をすれば良い」
「それは協力して頂けるという意味ですか?」
「どんな事でもしてやる、泥水を啜って這ってでも足掻いて勝ち取ってやる。だから代わりに、俺にお前の持つ最高の力を寄越せ」
そう言われてモルガンは「こちらへ」と囁き、導くようにゆっくりと歩き出す。
アダンは何も言わず、その後ろをついて行った。
辿り着いたのは何の変哲もない倉庫のような場所。しかしモルガンはそのさらに奥くへと歩いて行き、地下に続く階段へ手招きする。
一体どれほど時間が経っただろうか。深く深くへ歩いている内に、アダンの耳に潮騒の音が聞こえ始めた。
「望むものはすぐに御用意できます。しかも以前よりも圧倒的に強力な、あなたにしか使いこなせないであろう力を」
階段が終わり、短い廊下の後に青い微光の伸びる広間へ出る。
どうやら海につながる洞窟を利用してこの地下空間を建築したようで、僅かに潮の匂いも香ってきた。
だが、モルガンが天井を指差している事に気づいて見上げると、香りや潮風などまるで気にならないものが目に飛び込んで来る。
「こ、これは……!?」
思わず圧倒されて息を呑むアダン。
そこで彼を見下ろしていたのは、二つの怪物が絡み合っている巨大な骨格だった。
※ ※ ※ ※ ※
「そして俺はモルガン・ル・フェの軍に加わった。全てはロゴス・シーカーの他の幹部共と、お前たちLOTの封魔司書を……特に
時は現在に戻り、アダンは紫乃に向かってそう宣告した。
話を聞いて、紫乃もロゼも瞠目する。
モルガンが彼を配下に取っただけではなく、駿斗を乗っ取っていたウロボロスの片割れがアダンの中にいたという事実。しかも、それをクリスが容認している事に驚きを隠せなかった。
するとその感情を悟ったのか、クリスはトントンと自身の肩をレリックライザーで叩き、口を開く。
「別にこいつを許したワケじゃないぜ。ただモルガンに恩があるのはアタシも同じ、だから今は共闘してるだけだ」
「……なるほどな」
ジリッ、とクリスが紫乃の方ににじり寄る。リキッドも取り出して、戦闘態勢だ。
「アタシと戦え、紫乃。お前をブッ倒して任務も終わらす! そうして前に進むんだ、アタシは!」
「……悪いが今はお前らに構っている暇などない」
そう言って、紫乃はロゼとアイコンタクトを交わす。
瞬間、両陣営が弾き出されたように動いた。
ロゼがレリックドライバーを装備してリキッドをセットし、紫乃はAストライカーに跨り遁走。それをクリスとアダンが追走しようとするが、クリスのバイクは紫乃のレリックライザーでストッパーに銃撃を受けて転倒する。
「あっ!? 何しやがんだテメェ、モルガンに怒られんだろうが!!」
「オレが知るか!!」
怒声を上げるクリスを尻目に、紫乃の方はアダンが追っていく。紫乃・ロゼの狙い通り、これで分断に成功した。
「適当に切り上げて後で合流してくれ」
「了解」
そんな短い会話を交わして、紫乃とロゼは頷き合う。
だが、簡単に彼を見逃すはずがない。クリスは立ち塞がるロゼと同じくレリックドライバーを装着し、アダンも紫乃に追いつくべくスピードを上げた。
菫はその場に残って、ロゼとクリスの戦いを眺めている。
《イリュージョン!》
《ケットシー!》
「どけよ女ァ、アタシはあいつに用があるんだ」
《フラッシュ!》
《ケンタウレス!》
「あなたも女の子でしょう」
《
「るせェ! 怪我したくなかったらどいてろ!」
「あまり侮っていたら、怪我をするのはあなたの方よ」
言葉をぶつけ合い、互いを睨む二人の少女。
どちらから合図するでもなく、全く同時にトリガーを引き、前へ飛び出していく。
《
『変身!』
《輝き貫く瞬速の騎士! フラッシュケンタウレス!》
《化け乱す幻惑の剣士! イリュージョンケットシー!》
「ヤァーッ!」
「オラァッ!」
そして、両者の拳が相手の顔面に激突する轟音がゴングとなって、女と女の仁義なき戦いが幕を開けた。
ブリューナクは槍を取り、クラレントが大剣を手にして、武器同士を激しくぶつけ合う。
「前々から思っていたけれど! 結局、あなたは紫乃くんの何なのよ!!」
「あ゛ぁ!? なんだいきなり!」
「とぼけないで! 紫乃くんはあなたを男の子だと思って接していたみたいだけど、あなたまでそうとは限らない! 現に彼を狙っているし……!」
「は!?」
クラレントの攻撃の手が一瞬緩んでしまい、隙を突いてLモードの穂先がその下顎を打ち上げる。
的確に命中して全身に痺れが走り、さらにブリューナクは突きのラッシュを繰り出した。
五月雨のような攻撃に耐えている間、走馬灯のようにクラレントの脳裏をよぎる幼い頃の紫乃との遠い思い出。
辛く苦しい時も、楽しく笑い合った日々も、初めて一緒にエクレアを食べた事も。
自分でもどういう感情になっているのか分からないまま、彼女は全てを振り払うように滅茶苦茶に剣を振り回す。
「ぐ……だァァァーッ! クソ鬱陶しい! あ、あいつはただの弟分だ! それ以外のなんでもねぇ! お前こそ何なんだよ!」
反撃も兼ねた大剣から放つ斬撃。しかし、ブリューナクはその全てを弾いて避ける。
さらに、たった今の問いに対して、迷う事なく堂々と答えた。
「私は紫乃くんの恋人よ!!」
「こっ!?」
「それに! きっ、キスだってしたんだから!!」
その一言はクラレントによって余程衝撃であったようで、仮面の奥で大きく目が見開かれ、動きが完全に止まる。
無論、ブリューナクは決してそこを見逃しはしない。武器をライフルに変形させ、照準を定めて必殺を放つ。
《トライカラー・クロマティックブラスト!》
「行っけぇぇぇ!」
極光の奔流が真っ直ぐにクラレントへ向かい、彼女もハッとして大上段から剣を振り下ろす。
だがある程度は負傷を軽減できたものの、巨大光線を両断する事はできず、吹き飛ばされて天を仰いで倒れた。
「よし、今の内に!」
《ケンタウレス!
「
Aストライカーをガジェットに戻し、人馬形態になったブリューナクは、そのまま京都駅に向かって走り出す。
が、その直後。
クラレントはエルムグリーンとピオニーパープルのリキッドを取り出して、現在使用しているものと入れ替えていた。
《バインド!》
《バジリスク!》
「待てよコラ」
《
「カラーシフトォ!」
《
頭上に緑、足元に紫の龍頭の紋章が現れ、それらがインクを発して彼女の全身を覆う。
《縛する蛇毒の剣闘士! バインドバジリスク!》
するとその姿は、内側にエルムグリーンのアンダースーツを纏い、その上からピオニーパープルの重厚な鎧を被った騎士の姿に変わる。
さらに腕や脚にはジャラジャラと鎖が巻きつけられており、動きは鈍く見えるが、相応に防御能力は高いようだ。
そしてその低い機動力も、バイクに跨って追いかける事で克服している。
《バインド!
「逃がすかよ!」
バイクのスピードを上げつつ、ドライバーのリキッドを操作するクラレント。
すると地面から無数の鎖が蛇のように蠢いて、ブリューナクを絡め取らんと伸び出していく。
「くっ!?」
素速い鎖の動きに集中力を乱されるが、それでも走り続けるブリューナク。
クラレントも、必ず捕らえると意気込みを見せていた。
すると、背後から密やかに菫の囁き声が耳に入る。
「良い調子よ。そのまま追い続けて、クリスちゃん」
「うおおい!? あ、あんたいつから乗ってたんだよ!?」
「そんな話はどうでも良いじゃない。さぁ、逃さないで」
「……正直、あんたが一番おっかねぇな……」
背後から突然かけられた声に肝を冷やしつつも、首肯して鎖を操り続けた。
「待っていて……必ずあなたを取り戻すからね、
そんな菫の呟きは、戦闘と風の音に紛れて散っていく。
一方、彼女らが目指す京都駅にて。
追いかけて来るアダンを振り切って先に到着した紫乃は、そこに広がっていた光景を目にして動揺をあらわにしていた。
「ど……どういう事だ、これは……!?」
そこにいたのは、何十体ものAオートマータ。
これらが既に日本支部に導入されていた事自体が紫乃にとって初耳ではあるのだが、驚愕の理由はそれではない。
街を守る頼れる味方であるはずのその機械人形たちが、あろうことか周囲の建造物を破壊し、さらに人間さえも襲っているのだ。
「まさか暴走!? だが……」
一体なぜ。
言葉にする前に、件のオートマータが機械音を立てて紫乃にも牙を剥く。
「チッ!」
《ウィンド!》
《セイレーン!》
「変身!」
《交わる双つの色彩! ハイブリッドカラー!》
まずはこの暴走中の機械人形たちを止めるのが先だ。
そう結論づけた紫乃は変身し、忍となって疾風のように駆け抜けると、逆手に持った太刀の一閃をすれ違いざまに放って首筋の頸動脈に当たる位置を裂く。
切断されたケーブルがオートマータから露出してぐらりと状態が揺れるが、しかし問題なく背後からムラサメに剣を振り下ろした。
「なに!?」
驚きながらも、咄嗟に身をかわして負傷を避ける。
そして、ムラサメは相手が機械であるという事を失念していた事に気がついた。生物や戯我ならば致命傷になり得る傷も、相手が人形であれば話は変わるのだ。
「ならば……!」
《キマイラ!》
スピードを利用して少しずつ傷を負わせていくよりも、打撃による四肢関節の破壊や、中枢部を的確に狙った方が速い。
故に、ムラサメはパワータイプのグラデーション、ウィンドキマイラに切り替えるべくリキッドを起動した。
しかしその頭上から影が差し込み、ムラサメはハッとしてそこから飛び退いた。
「グルルル……」
「くぅっ!?」
現れた新たな敵は、古めかしいが見事な甲冑を纏い日本刀を持つ人間。否、漂う腐臭は彼をゾンビ系の戯我であると物語っている。
その鎧兜の藤花の意匠を見て、ムラサメは息を呑んだ。
「アレは源氏八領のひとつの『源太が産衣』か!? なぜここにそんなものが……!?」
驚くばかりであるが、その源氏八領の使い手もAオートマータも考える余裕は与えてくれない。
産衣の纏い手は素速く駆けて間合いを詰め、自動人形たちはムラサメが手を出せないよう射撃で妨害。
攻撃は寸前でAウェポンを盾代わりに受け止めようとするが、それを見るや産衣使いは即座に胴狙いに切り替え横一閃に刀を振り抜く。
それが命中すれば、今度は立て続けに何度も突きと足狙いの剣閃。あまりにも見事な剣捌きに、ムラサメも舌を巻かざるを得ない。
「く、この練達した技の冴え……! 一体こいつ、何者なんだ!?」
ムラサメはグッと歯を噛み締めてバックステップし、キマイラのリキッドをホルダーに戻す。
代わりに、別のリキッドを取ってそれを起動した。
《フェニックス!》
「カラーシフト!」
彼が選んだのは、防御に長けるフェニックスカラー。
オリエンタルトリニティを使えば一番手っ取り早いのだが、敵の出方が分からない以上、軽々に手の内は見せられない。
それに、源氏八領はその名の通り八つの甲冑。敵がその全て手に入れ、なおかつここに投入して来ている可能性は高いのだ。
故にここは守りを固め、機会を待つ。それが紫乃の作戦だった。
だが――。
「フン、存外に手こずっているようだな」
「しまった!?」
アダンに見つかってしまった。
どうやら彼は、紫乃に追いつく前にAオートマータに捕捉されたらしく、それらを破壊して蹴散らしながら進み続けていたようだ。
前後を敵に挟まれた。どうするべきかムラサメが必死に頭を働かせている中、アダンは小さく息を吐く。
「邪魔な人形共め」
言いながら、アダンはあるものを取り出して見せつける。
それはムラサメも良く知る封魔司書が扱う銃、レリックライザーだ。それに加え、ライズホルダーも腰に装着していた。
「ムラサメは俺の獲物だ。横取りするというなら、容赦せん」
「バカな……貴様がなぜ!?」
続いてアダンはバックルにレリックライザーをセットし、リキッドをひとつ取り出す。
今までに見た事のない、ウォータータンクのような形状のシャドウブルーの大型モンストリキッドだ。
表面にはバルブにも見える小さな操舵輪が付いており、中央のエンブレムで左右二色に分けられている。左がグラナートレッドでノコギリザメを彷彿とさせる魔物、右がバトルシップグレーのクラゲに似た怪物と言った具合である。
アダンはそのリキッドのスイッチを押し込み、起動する。
《滄溟激浪! タイダルコロッサス!》
津波のような轟音と、けたたましく恐ろしい二種類の海獣の咆哮が鳴り響く。
顔色ひとつ変えずに音声を聞きながら、続いてそれをレリックドライバーに装填する。
《
「変身」
《
そしてトリガーを引いた瞬間、その背後に赤と灰のインクで出来た巨像が出現。
左側がノコギリザメの吻を持ち凶暴に吼える赤い海竜、右には無数の触手で巨人の姿を成す淡く発光する灰色のクラゲだ。
二つの巨像は動き出し、憎しみをぶつけ合うように互いを攻撃する。
《クリード! コインヘン!》
しかし直後に、音声と共にその場でシャドウブルーのインクの大津波が起き、二つの巨像は砕けて押し流された。
アダンもそれに飲み込まれてしまうが、その津波の飛沫は彼の身体を包むアンダースーツとなる。
《天地を呑み喰らう魔海の双璧! タイダルコロッサス!》
さらに、二種類の巨像の破片が装甲へと変化し、次々にシャドウブルーのスーツへ合着。
そうして完成したのは、先端に刃のついた長い触手を髪のように襟足から垂らし、サメのヒレに似た鋭利な腕甲を持つ異形の戦士だ。
尖ったヒールが特徴的な脚部には無数の鋲があり、頭部と胸部から前に向かって突き出した吻、そしてずらりと牙の並んだ
「……来い」
黄色い単眼が光り、アダンが変身した戦士は一斉に襲いかかって来るオートマータと対峙する。
機械人形たちは素速くフォーメーションを組み、まずは剣を持つ三体が斬りかかった。
そして攻撃をヒットさせて散開したところで、後衛の銃持ち三体が射撃。弾丸の嵐をアダンに浴びせる。
だが。
「無駄だ!」
斬撃でも銃撃でもその堅牢な装甲には傷一つ付かず、しかも接近したAオートマータの両足には頭部の触手が絡みついていた。
釣り竿のリールを巻き取るように、触手が縮んで機械人形を引き寄せ、十分に近付いたところでアダンの硬い拳が頭を粉微塵に砕く。
三体のオートマータは完全に機能を停止。だが、まだ後衛の三体が残っている。
そこで、アダンは両手を前に掲げて武器を取った。
《
現れたのは大きく長い刃を持つ真っ赤な槍で、しかもその刃はノコギリのようにギザギザだ。
重量がそれなりにあるようだが、扱うアダンは全く苦にせず片手で持ち、接近戦を挑む。
当然、オートマータたちは攻撃を受けないように遠ざかっていき、他のオートマータと合流して再び陣形を組もうとする。
今のアダンに対しては無意味な行動であるとも知らずに。
「フンッ!」
あろうことか、彼はその途轍もない重量であろう槍を投げつけたのだ。その上、凄まじい速度で。
命中した機械人形は胸を貫かれ、さらにその背後にいた者たちにも貫通していく。
Jとは即ち『
「ほう……これは面白い」
いっそ気持ちの良い程の破壊力にフッと笑いつつ、背後から銃撃を浴びせようとしている人形たちに触手を伸ばして迎撃。武器を破壊した。
さらに投げた槍に触手を絡めて手元に戻し、源氏八領・産衣を装備した屍の武人と相対する。
「グルル……ガァッ!」
「フン!」
袈裟に振られた一刀を容易く受け止め、逆に槍で薙ぎ払って強引に押し返す。
相手は凄腕の剣士のはずだが、アダンは苦戦する様子を見せず、むしろ優勢に戦闘を進めていた。
その秘密は間違いなくあの大型リキッドにあるだろう、とムラサメは銃を失ったオートマータを破壊しながら考える。
「オリエンタルトリニティ・スプレーと同じ三色……あんなリキッドを一体どこで……」
しかし、アダン有利なのは確かだが、産衣の纏い手も押し切られずに粘っていた。
喉元に剣を突き立てる隙を伺い、向こうからの攻撃が来ればすぐ命中を避けて立ち回っているのだ。
「埒が明かんな。ならば」
そう言ってアダンが槍の石突を押し込むと、穂先が左右に開き、内蔵された
「グッ!?」
「蜂の巣にしてやる」
引き金が引かれ、無数の銃弾が周囲一帯を破壊していく。
産衣は走って避けるが、オートマータたちはこの暴力的なまでの猛攻から逃れる事ができなかった。
さらに、その暴威はムラサメにも向かう。
「うおっ!?」
《廉貞ノ型!》
間一髪というところで、跳躍して駅の屋上に回避するムラサメ。
見下ろせば、Aオートマータは尽く破壊され、残っているのは自身とアダン、そして産衣のみとなっている。
「グゥ……!」
「来い」
武器をVモードからJモードに戻したアダンが、槍を担いで手招きしながら言い放つ。
それを受け、刀を構えた産衣はジリジリと間合いを図り接近を試みる。槍投げや銃撃が来る以上、逃げようが離れようが無意味なのだ。
「ガァッ!」
気迫を込めた叫びを発し、産衣が先に斬りかかる。
瞬間、アダンはホルダーにセットしたリキッドを手に取って装填、槍に備わったレバーを引いた。
《
「終わりにしてやる」
《キュクロプス・クロマティックファランクス!》
アダンの纏う装甲やクラッシャーが展開し、ダクトのような器官が露出、光の噴出と共に排熱が行われる。
そして武装の刃が雷を帯び、力強い一突きが産衣の身体を甲冑ごと斬り裂くと同時に、体内で無数の雷の棘が炸裂して木っ端微塵に砕いてしまった。
屋上にいたはずのムラサメの方にまで破壊的な衝撃が伝わり、思わずたじろいでしまう。
「これが封魔霊装、いや……仮面ライダーゲイボルグの力だ。ムラサメ、次はお前が来るか?」
振り返ったアダン改めゲイボルグが告げ、再び槍を担ぐ。
京都で勃発した事件、そしてついに動き出した新たな勢力と仮面ライダー。
果たしてこの戦いの行方は、どこに向かうのか――。
付録ノ三十一[ゲイボルグ]
アイルランドの英雄、クー・フーリンが愛用していたという有名な伝説の槍。
かつて紅海で死闘を繰り広げた二体の巨大な怪物、その内の一体であるクリードの骨から作られたのがこの武器だ。
槍は様々な武人の手を渡り、師匠であるスカアハの手からクー・フーリンに授けられる。
様々な超常的な能力を持っており、投擲すれば必中・必殺であらゆる防具を無力化し、全身に毒を残して敵軍全てを殲滅するという。
ちなみに、器用なことにクー・フーリンはこれを投擲する時は蹴って使ったと伝えられている。