仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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 Aオートマータの暴走が始まった、夜の磐戸の街にて。
 翡龍の変身する仮面ライダー比翼は、無数に配備されてしまっているオートマータを相手に苦戦を強いられていた。
 機械人形の隊列による激しい銃撃に対し、建物の陰に潜んで身を守る事しかできない。
 それもそのはず、比翼の使うバブルとスープーシャンのリキッドは、どちらも対戯我に特化した性能なのだ。

「く、なんということだ……どうして暴走など!」

 事態を詳しく知らない比翼は嘆き、徒手では不利と見て武器を構える。

A(アーティフィシャル)ウェポンS/M(エス・エム)!》

 手にしたのは、大きなハサミの形をした武器。しかし、彼が望んでいるのはこの近接形態ではない。
 すぐに武器を分割し、ハサミ(シザーズ)から二本のマスケット銃に変形させる。
 そして物陰から飛び出し、転がりながら何体もいるオートマータの頭部を正確に撃ち抜いた。
 だが、一体や二体倒したところでまだまだ終わる事はない。敵も即座に反撃の集中砲火を浴びせて来る。

「ぐううっ!?」

 攻撃をかわし切れず、苦悶する比翼。
 再び銃から逃れ、息を切らして腰に保持してあるリキッドに手を伸ばす。

「使うか……!?」

 そう言って手に取ったのは、本来ユーダリルが使用するはずだったデュアルタイプだ。
 鳳凰と麒麟の戯我を宿して複合した、カスティールゴールドとパールシルバーで彩られたモンストリキッド。ソーラーフェンファンとラスターチーリンである。
 しかしこれはまだテスト運用を終えていない試作品。Aオートマータに続いて万が一これも誤作動を起こしてしまっては、目も当てられない事になってしまう。
 使用を躊躇って比翼が悩んでいた、その時だった。

「キャハハッ! 兄様、仮面ライダーが苦戦してるわ!」
「そうだね。まったく、この程度で手詰まりとは。ムラサメやブリューナクが強かっただけかな?」

 そんな若い少年少女の声が、頭上から聞こえた。
 塀の上に、青いパンクゴシックスーツを纏う赤髪の少年と、紫色のゴシックロリータワンピースを着た緑髪の少女が立っている。
 ロゴス・シーカーのエージェント、ロッソとヴェールだった。彼らを見るなり、比翼は素速く武器を構え直す。
 だがロッソは、チッチッと指を振ってニヤリと笑う。

「今日は君と戦いに来たんじゃないんだよ。僕らの目的は、そこの人形軍団さ」
「なに……?」

 驚く比翼。どういうことなのかを問い質す前に、二人は左腕に装着したガントレットを起動した。
 ロッソの方は水を模ったサファイアブルー、ヴェールは地を模ったアメジストパープルだ。

《フォージバイザー・フラックス!》
《フォージバイザー・トレンブル!》
「さぁ行こう、ヴェール。モルガン様のご命令通りに」
「うん! ロッソ兄様!」

 続いて、二人は二つのモンストリキッドを手に取る。
 以前とは異なる色の、しかしやはりどちらもフィジカルカラーだ。

《グランガチ!》
《フォルネウス!》
「久し振りの戦いだ」
《バーゲスト!》
《カトブレパス!》
「腕が鳴るね、兄様!」
Clang(クラング)! Clang(クラング)!》

 ロッソとヴェールはリキッドをそれぞれバイザーに読み込ませ、そして同時にスイッチを左手の親指で押し込む。

Mixed Color(ミックスド・カラー)! AMALGAMATION(アマルガメーション)!》

 二人の身体が、音声と共に二色のインクに包み込まれていく。
 そうして出来上がるのは、二つの異形。
 ロッソの方は青い鎧と戦斧で武装している、鰐と鮫を融合したような姿の怪人に。
 ヴェールは紫の法衣を纏って戦棍(メイス)を担ぐ、力強い一ツ目の怪人に。

COLLAGE-UP(コラージュ・アップ)! 嘆き荒ぶ獄水の魔人! フラックス、Rollout(ロールアウト)!》
COLLAGE-UP(コラージュ・アップ)! 憎み貶す獄土の魔人! トレンブル、Rollout(ロールアウト)!》
「フラックスハイランダー!」
「トレンブルクラッシャー!」

 二人はそれぞれ武器を掲げ、破魔の銃弾をものともせずに立ち向かっていく。

「僕らギガノイドが」
「悪いオモチャをやっつけちゃうよぉ!」

 無邪気に笑いながら、武器を振るって機械人形たちを見る間に破壊し殲滅し続ける双子。
 その圧倒的な戦闘能力を前に、比翼は目を見張るばかりであった。


第三十四頁[白龍と紺碧の乱舞]

 京都で始まった、明智 魯捺羅 天海との決戦。

 LOTとモルガン派のロゴス・シーカー、それぞれの仮面ライダーたちが結託し、巨大なマグマの蛇龍たるヴリトラと融合したルドラ天海と対峙していた。

 剣先を天海に向けながら、クラレントに変身しているクリスはムラサメ(紫乃)に肩を寄せてヒソヒソと尋ねる。

 

「堂々とぶっ倒すっつったは良いけどよ。紫乃、なんか策はねぇのか?」

「ない……ことも、ない」

 

 ムラサメはそう答え、クラレントとブリューナクに視線を送ってひそやかに作戦を伝え始めた。

 

「あまり時間の余裕はないから、一瞬の隙を突く事になる……ロゼ、クリス。できるか?」

 

 二人は、その問いに同時に頷く。

 

「任せて紫乃くん。()がなんとか隙を作ってみる!」

「ヘッ! 一瞬とか言わずガッツリ時間稼いでやるよ、()()()()!」

「……私がね!」

「いーやアタシだ!」

「私!!」

「アタシ!!」

 

 頭と頭を突き合わせ、半ば怒鳴るような勢いで二人は言い争う。

 なぜいきなりそんな事になってしまったのか。ムラサメは珍しくおろおろとしつつ、なだめるように声をかけた。

 

「た、頼むから協力し合ってくれよ?」

「こんな時にこいつらは何を……」

 

 ゲイボルグに変身しているアダンも、困惑した様子で額に手を当てている。

 気を取り直し、ムラサメは彼にも尋ねた。

 

「アダン。あのマグマの対処法、お前にならあるはずだろう」

「……フン。まぁ、恐らく不可能ではないだろうな。だが俺に借りを作って良いのか?」

「できなければお前もオレも死ぬだけだ」

 

 ムラサメからのそんな返事を聞くと、ゲイボルグは仮面の奥から愉快げな笑い声を発する。

 

「良かろう! この封魔霊装ゲイボルグの力、とくと見るが良い!」

 

 槍を振り、穂先を掲げて叫ぶゲイボルグ。

 天海はそんな四人を見下ろし、くつくつと嘲笑していた。

 

「誰から死ぬのか相談でもしていたんですかぁ?」

「まさか」

 

 フッと笑みを仮面の中で浮かべ、刀を肩で担ぎながらムラサメが疾走する。

 攻撃を仕掛けてくると思い、天海はそちらに視線を送りつつマグマの鱗で(アストラ)を形成して迎撃しようとするが、その背後からクラレントが叫びながら飛びかかる。

 

「ブチ負かされんのは! てめぇの方だこの蛇野郎ォォォー!」

《バインド!》

「ブチ込めぇ!」

Calling(コーリング)!》

 

 周囲から鎖が伸び、天海の身体と四本の腕を縛り付ける。

 だが。

 

「小賢しいですねぇ」

「がはっ!?」

 

 下半身のヴリトラの尾がクラレントを叩き落とし、鎖はアストラで貫いて切断。さらに彼女を叩き落とした先にはブリューナクがおり、ぶつかって動きが阻害される。

 何の苦もなく、天海はムラサメへと狙いを定めた。

 

「まずは反射能力を持つあなたから潰しておきましょうか」

「……まだよ!!」

 

 天海の背後から聞こえる、ブリューナクの声。

 振り返れば、ブリリアントヴィーヴルにカラーシフトした彼女が宝玉を放って妨害しようとしている。

 無駄な抵抗を、とでも言いたそうに溜息を吐いて、天海は再びヴリトラの尾を振り上げた。

 その瞬間、今度は大きく跳躍したクラレントがルドラの目前まで肉薄する。どうやら重厚な鎧のバインドバジリスクに変身していたのが幸いしたのか、ダメージは最小限に抑えられているようだ。

 

「む?」

「今度こそ貰ったぜ!」

《バジリスク! Calling(コーリング)!》

 

 強烈な毒素を宿す球状に固められた液体が、クラレントの目の前に構成されていく。

 シヴァ神は蛇王ヴァースキが吐いた毒『ハーラーハラ』を飲み込んで無毒化したという逸話があるが、天海自身はシヴァ神どころか完全なルドラでもヴリトラでもない。毒への耐性はそこまで高くはないだろう、とクラレントは判断したのだ。

 そしてどうやらその仮説は当たっているようで、天海もアストラの標的を彼女に定め直し、放とうとしている。

 瞬間、クラレントはオーキッドパープルのリキッドをAウェポン2Cへと装填した。

 

()()()()!」

《ポイズン! Enhancing(エンハンシング)!》

 

 それは、本来であればブリューナクが所持しているはずのリキッド。先程衝突した際に、ブリューナクがこっそりと手渡していたのだろう。

 トリガーを引くと、大剣は毒素を帯びて鈍く光る。さらに目の前の毒球も分解して剣に集中させ、二種の毒を複合させた斬撃を繰り出す。

 流石にこれをそのまま食らうのはマズいと判断したようで、天海は回避に動こうとするが、そこへブリューナクがすかさず攻撃。背後から横脇を通って飛んできた宝玉が破裂し、閃光で天海の視界を覆った。

 

「むぅ!?」

「そのまま突っ込んで、クラレント!」

 

 ブリューナクの叫びに従ってか、振り抜かれたその毒刃は目の眩んだ天海の胴を裂く。

 受けた傷は浅くなく、天海の身を痺れるような感覚が襲った。

 

「ち、ぃ……ですが、この程度なら……」

「いいや、十分な隙ができた」

 

 次に動き出したのは、ゲイボルグだ。

 操舵輪のような形状のバルブを回転させると、エンブレムのグラナートレッドの部分が光って音声が鳴り響く。

 

《タイダルコロッサス・クリード!》

「全員離れておけ!!」

Calling(コーリング)!》

「破ァッ!!」

 

 トリガーを引いたゲイボルグの掛け声と同時に、彼の背後から大津波が引き起こされる。

 まるで一面が海水の巨壁のようなそれは、身動きの取れない天海を下半身のヴリトラごと容易く飲み込んだ。

 

「ぐぅっ!?」

 

 海水の蒸発する音と、立ち昇った蒸気の肌に纏わりつく感触。

 超高温のマグマが海水を浴びたことによって、ヴリトラの頭上にいる天海はモロに高熱の水蒸気を浴びて苦悶していた。

 それだけではない。反撃のためにアストラを作ろうと神通力で鱗を剥がそうとするが、まるで固定されたかのように全く動かないのだ。

 加えて、尻尾も含めて下半身が少しも地面から離れない。

 

「な……なん、と!? 拙僧の身体が……!?」

「マグマを利用した事が裏目に出たな」

 

 ニヤリ、と仮面の奥で唇を歪め、アダンが言い放つ。

 夥しい量の海水に浸されてしまった事で、マグマが冷えて固まってしまったのだ。おまけにヴリトラと融合しているため、天海の肉体と神通力にも異常が生じている。

 アストラは自身の角質や体液など肉体の一部を使うか、物体に仕込んでおかなければ発動できないという欠点があるのだ。

 オートマータをアストラとして使えたのもそれが理由であり、ヴリトラとの融合で鱗を針にして発射できたのも同じだ。

 

「これが……あなた方の策ですか」

 

 天海自身、想定もしていなかった圧倒的な危機。このままでは防御をするしかなく、四つの腕で身体を覆うように身を守る。

 しかし彼は俯きながらも、密かに笑っていた。

 今は水を浴び熱を抑え込まれているが、インクとはいえ生物である以上その作用は一時的なものにすぎない。

 時間が経過すれば、次第に熱は戻ってアストラによる攻撃を再開できるのだ。

 元々ヴリトラのマグマの肉体で攻撃は容易く通らなかったが、今は溶岩の硬質化によって頑丈になっているため、これはこれで攻撃を通さなくなる。ならば、ここで防御を固めるのが最善と言えるだろう。

 だが。

 

《武曲ノ型!》

《アイス! ウィンド!》

「残念だが、お前はもう詰みだ」

Charging Color(チャージング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 ムラサメが武器をGモードに変形させ、必殺技の準備を完了させていた。

 動けない状態の天海に向けて、引き金を弾く。

 

《バイカラー・クロマティックラッシュバレット!》

 

 銃口から、武曲ノ型によって攻撃範囲の拡大した無数の氷の弾丸により、水に濡れた天海とヴリトラの肉体が凍りついていく。

 さらに水を浴びた草が風で巻き上げられ、そして氷によって固められる。

 

「な、が……あ……!? な……ん、だと……!?」

 

 これで芯まで冷却され、完全に熱が損なわれてしまう。

 紫乃の考えていた策はこれだったのだ。天海は身体を動かそうともがくが、凍結状態の今、どうにもできない。

 

「です、が……あなた方に、拙僧を……堅牢なヴリトラを砕く手段は、ないはずだ……!」

「いいや。ひとつだけ手がある、オレにはな」

 

 そう言いながら、ムラサメはオリエンタルトリニティ・スプレーのダイヤルを青に合わせつつ、Tモードに変形させたAウェポンの七星紋を指でなぞる。

 さらにその後、レリックドライバーのグリップを引いた。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

Sparkling Color(スパークリング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 さらにトリガーを引くと、その左手に青い光の剣が形成される。

 天海はその剣を目にして、ハッと目を見開く。

 

「そ、それは……草薙剣(クサナギノツルギ)!? スサノオの力を!?」

 

 ――かつて、蛇龍ヴリトラはインドラという神によって屠られた。

 それと似通ったエピソードは日本にも伝わっている。即ち、スサノオによるヤマタノオロチ退治の伝説。スサノオもインドラも、同じ竜殺しなのだ。

 よってスサノオの神血を解放したこの必殺技は、ヴリトラと融合した今の天海にとってまさしく最悪の相性と言える。

 

《ボディスサノオ・クロマティックハウリング!》

《セブンスターズ・クロマティックメテオスウォーム!》

「シィィィィィーッ!!」

「が、ぐ……かわせ、ない……ぃ!?」

 

 ヤマタノオロチを狩った神の力と七星の刀が、氷岩と化したヴリトラを裂く。

 何度も、何度も。身体を細切れにせんという勢いで、二種類の刃が蛇の身を刻む。

 

「ぐ……この、お……」

「やったぜムラサメ! アタシたちの勝ちだ!」

 

 クラレントの歓喜の声。だが、その時だった。

 

「ごああああああああああ!! まだ終わっていないィィィィィッ!」

 

 硬質化した下半身が罅割れ始め、傷がヴリトラの頭部にまで達そうとした瞬間、天海は絶叫しながらも動き出す。

 ヴリトラの頭部から分離し、単一の破壊神としての姿に戻った。神我合一を解除したのだ。

 これで本体たる天海には攻撃が届かない。さらに、追撃の用意もできている。

 

「油断ン゛なさいましたねェ! 我がアストラはまだ生きているゥア゛ァ゛!」

 

 半ば喉が壊れたような声で叫び散らしながら、神通力によって凍りついたヴリトラの肉片を集めて矢の形に変え始める天海。

 先程までとは異なる氷の矢が、黄金の弓にセットされる。

 天海はその弦を引き絞り、滅暴風の矢(ルドラーストラ)を京都の街に向け、放った。

 

「これで終わりですねェェェッ!! 砕け散れ人間どもォォォ!!」

「ああ、終わりだ! 貴様の方がな! 急々如律令!」

《ソウルアマテラス! Calling(コーリング)!》

 

 再び射線上に入ったムラサメが発動する反射能力。

 前回と同じく発射された矢はそのまま天海へと返っていくが、しかしそれも想定済みなのだ。これもまた前と同様、破壊の力によって打ち消された。

 

「愚かな! それは効かないと先程も――」

「承知の上だ」

 

 そんな声が、天海の背後で聞こえる。

 見れば、ゲイボルグがグリップを引いて必殺技の準備を終えていた。

 紫乃たちは天海がルドラの矢を作る事も織り込み済みで、決定的な隙を作るためにあえて使わせたのだ。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

「荒浪に飲まれて……消え去れ」

 

 トリガーを引くと全身の装甲が展開され、排熱音と共に大きく跳躍するゲイボルグ。

 すると天海の立つ地面から間欠泉のように海水が噴き上がり、その身体を無理矢理跳ね飛ばす。

 

「ぐおっ!?」

 

 態勢を崩しながらも、天海は防御のために見上げる。

 その視線の先にいたゲイボルグの背後からは大津波が生み出されており、全身に牙を剥くノコギリザメの姿を模したエネルギーを纏って、飛び上がったまま真っ直ぐに両足を突き出していた。

 

《タイダルコロッサス・クロマティックメイルシュトロム!》

「破ァァァァァーッ!!」

 

 そして、波浪の勢いを利用してゲイボルグが弾き出される。

 無防備になった天海の胴へと、鋭いドロップキックが突き刺さった。

 

「ガハァッ!?」

 

 一気に地面に叩きつけられた天海は、その口から赤い液体を吐き出す。

 これ以上なく完全に必殺技が決まった。ルドラ化も解除されて腕の数も服装も元に戻り、天海は吐血しながら天を仰ぎ、大の字に倒れた。

 

「この拙僧が……ここまで……!」

 

 今にも意識を手放すのではないかというボロボロの状態で、天海は呟く。

 しかし、その表情は笑顔だった。

 

「実にィーッ!! 面白いィィィィィーッ!!」

「うっ!?」

 

 まだ麻痺の毒が身体に残っているにも関わらず、咳き込みながら立ち上がる天海。

 胸に大きな傷が出来上がって、鮮血が溢れ出て地面に落ちているが、その一切を気に留めずに叫び続ける。

 

「見事に拙僧の手による京都破壊を阻止されてしまいましたねェ、これは想定外! ですが手段はひとつだけとは限らないんですよォ!」

「なに……!?」

 

 言うが早いか、天海は空に向かって指を差す。

 するとその身体が凄まじい速度で浮かび上がり、全身に眩い光を帯びていく。

 それを見て、ムラサメは思わず声を上げた。

 

「まさか!? 自分をアストラにして飛ばす気か!?」

 

 天海は答える代わりに、自らの唇を大きく歪める。

 普通の人間であればそんな事をすれば即死は免れないが、天海は既に人間ではなく神の領域に達している。また仮に結界を破壊できなかったとしても、ムラサメたちに邪魔されず京都に一瞬で辿り着けるのだ。

 そうなれば、彼の破壊の力によって京都が地図上から消滅するのは必至。確実に防がなければならないのだが、八咫鏡を使ってしまった今、防ぐ手立ては残されていない。

 

「く……止まれ! 止まれ!」

 

 ムラサメやブリューナクが武器を銃に変形させて発砲しつつ、防ぐ手立てを必死に考えるが、そう簡単に思いつくはずもなく。

 自身の射出への準備を整えていく天海を、止める事はできなかった。

 もう諦めるしかないのか。頭にそんな言葉がよぎる、その時。

 

「お待ちなさい、天海」

 

 突然、頭上からそんな声が届いた。

 女性の声であったが、空を仰げばそこにいるのは一羽の烏。

 しかしどういうわけなのか、そんな何の変哲もない烏を見た途端、ゲイボルグとクラレントが愕然として天海も驚きからアストラ化を解除する。

 

「なっ……そ、その声……は、貴女はまさか!?」

「なぜここに!?」

 

 変身を解いて、アダンが烏に向かって問う。

 するとその烏は地上に降り立ち、封魔司書の二人に向かって一礼した。

 

「またお会いしましたね、封魔司書。私の名はモルガン・ル・フェ。今は使い魔を通してあなたたちに話しかけています」

 

 変身を解いた紫乃とロゼが絶句する。

 今回LOTに協力したアダンとクリスを従えるブリテンの魔女、ロゴス・シーカー幹部が一人、モルガンが止めに入ったというのだ。

 続いてモルガンは天海の方に向き直り、冷たい声色で続ける。

 

「ここは退きなさい、そうすれば我々もあなたを追う事はしません。今この場で争うとなれば、無論私たちも深手を負うか何人か死者が出る事になりますが、あなたは確実に死にますよ」

「……随分大口を叩きますねェ、そこにいる情夫(アダン)を余程信用していると見える」

「私が今どこにいるか分かりますか、天海?」

 

 挑発したつもりが、いきなり妙な質問で返されたので、天海は目を丸くする。

 そしてモルガンは自らその答えを明かした。

 

「日本支部の中ですよ。今、副支部長の島という方と一緒にいます」

 

 ――今、この魔女はなんと言った?

 全員がそのような感想を抱き、顔を見合わせる。

 そんな一同に構わず、モルガンは話を続けた。

 

「おかしいと思いませんでしたか? 如何に十二天将と言えど、破壊の神の一矢を容易く防ぎ切れるはずがないでしょう?」

「……お前がオレたちを支援していたというのか、モルガン!?」

 

 烏が頷き、話を続ける。

 

「天海。互いにこれ以上無駄に消耗し合う必要はないでしょう、速やかにバルト・アンダースの元に帰りなさい。あなたの兵も全て消えたのですから」

「むぅ……! まさかモルガン、磐戸のAオートマータの反応が途絶えたのは!」

「ええ。私が人手を使って援護させました」

 

 この女は一体、どこまで相手の行動の先を読んでいるのか。

 モルガン自身を除くその場の全員が戦慄し、表情を強張らせる。

 

「丁度お迎えも来たようですね」

 

 そう言われて一同が空を見上げると、そこには一人の少年がいた。

 より正確には、その少年の肉体を借りた怪物。駿斗に寄生したウロボロス・ギガだ。空間に穴を開けて、宙に浮いている。

 彼の姿を見ると、紫乃は思わず叫んでしまった。

 

「駿斗!」

「カハハハハハッ! まさか天海から生き延びるとはなぁ、封魔司書ども? それに……テメェがLOTと手を組むとは思わなかったぜ、アダン?」

 

 左手をポケットに入れて嘲笑いながら、ウロボロスが言う。

 しかし存外に手こずった天海の様子を見ると、その笑みをフッと消して、背を向けた。

 

「潮時だ、帰るぞ天海」

「なんですと?」

「親父がお前を呼んでんだよ。今は俺も本調子じゃねぇんだ、本部の場所が分かっただけでも良しとしようや」

 

 それを聞いて、天海は半分納得しつつも不服そうに表情を歪め、飛び上がって穴の前で漂う。

 ウロボロスはその隣で、紫乃を見下ろす。

 

「首を洗って待ってな。テメェらとの決着は近いぜ」

 

 相変わらず嘲るような言葉の後、ポケットから左手を出して天海と共に穴に飛び込んで消えた。

 その拍子に、一枚の小さな紙切れが静かに舞い落ち、ロゼがそれを手に取る。どうやらウロボロス自身は落とした事に気付かなかったようで、振り返る事すらなく既に消えている。

 

「なにかしら、これ。文字が書いてある……?」

 

 そう呟きながらロゼは紙に書かれた文を目で追う。

 直後、ぎょっと目を見開いた。

 

「紫乃くん! このメモ、白多先輩が書いた手紙みたいだわ!」

「なんだと!?」

 

 慌てて紫乃も隣から読み、クリスとアダン、肩に乗った(モルガン)もそれを確認する。隠れていた菫も出て来て、覗き込む。

 ほとんど殴り書きのようになっているが、かろうじて判読は可能だ。そこにはこのような事が書かれていた。

 

『この手紙を読んでいるのがLOTの誰かである事を願う。髄液の中に残っていた英雄の思念が語った内容から、僕の体に流れている神血は、ギリシアの神が由来だという事が分かった。つまり僕とバルトの血が繋がっているという事は、ヤツの正体もバルトアンデルス・ギガではなくギリシアの神の誰かということだ。どうか、この情報を使ってバルトを追い詰めて欲しい』

 

 全員が、瞠目していた。ロゴス・シーカーの総帥の正体に迫る、その内容に。

 

「バルト・アンダースはギリシアの神の一柱……!?」

「おいおいおいおいマジかよ!? こりゃすげぇ情報なんじゃねぇか!?」

 

 紫乃とクリスが驚く中、モルガンは小さく唸りながら慎重に紫乃とロゼに問いかける。

 

「おふたりとも、この文字は例の彼が書いたものと見て間違いないのですか?」

「……後で知ってるヤツに確認させる必要はあるが、オレは間違いない……と思う。あのウロボロス自身も、この手紙には気付いていないように見えた。つまり、駿斗が抵抗して知覚外の動きを見せたという事だ」

「そうですか」

 

 モルガンが思考に耽る。紫乃の方は、目を細めながら彼女の出方を窺っていた。

 やがて烏が小さく首を上げて、再び問いを投げる。

 

「封魔司書、仮面ライダームラサメ。改めて、私たちの派閥はあなた方と同盟関係を締結したいと願い出ます」

「……既に日本支部を掌握しておいてか? それは脅迫と変わらんだろう」

「これは失礼。別に日本支部を人質に使うつもりはありません。天海の抑止のために必要な行動だっただけなので」

「その言葉を簡単に信用するワケには行かない。助力には感謝するがお前は本来敵勢力だ。そもそもオレ一人で同盟の是非を決める事などできない、そんな権限などないからな」

「ええ、それも当然でしょう。ですからひとつ提案があります」

 

 真っ直ぐに紫乃を見据え、モルガンは言い放った。

 

「日本支部長の安倍 晴明とLOT本部の人間を交えた上で、我々との会合を要求します」

 

 今度は紫乃が唸る。

 モルガンからそのような要求があった、という報告をするだけならば確かに可能ではある。それを晴明が受け入れるかどうかは別としても。

 しかしどうにもモルガンの思い通りに事態を運ばれている気がして、紫乃としては気に食わなかった。

 

「……お前の目的はなんだ? バルトを阻むという事は、ヤツとは異なる野望を持つはずだが」

 

 心の内を探るべくそう問うが、この魔女の方も簡単に尻尾は出さない。

 首を左右に振って、今は話さないという意思を示した。

 

「ですが要求を受け入れて頂けるのなら、今すぐにでも日本支部から引き払います」

「やはり脅しだろう、それは。だがまぁ、良いだろう」

 

 ロゼと共にくるりと踵を返し、紫乃は告げる。

 

「オノゴロ島に来い。オレも会合に同席するという条件付きで良いのなら、晴明に会わせてやる」




付録ノ三十四[バジリスク]

 『小さな王』という意味を持つ名で呼ばれる戯我。
 頭部に鶏冠を生やした大蛇で、砂漠地帯に生息しているという。
 非常に強力な毒を体内に持っており、普通の生物なら臭いだけで絶命し、石すらもこの毒を浴びれば砕けてしまうとされている。

 なお、コカトリスと同一視される向きがあるが全く別の戯我である。
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