暗い緑色の空間が広がる世界、その大きな館にて。
フードの付いたローブを纏うバルト・アンダースは自室に三人の幹部と一人の女神を招き、足を組んで椅子に座していた。
駿斗の肉体を乗っ取った、幹部の内の一人であるウロボロスは悔しそうに歯噛みしながら跪いている。
「す、すまねぇ親父。このガキ、まさかそんな小細工をしていたなんて」
「構わない。LOTとモルガンが手を組んだなら、遅かれ早かれ気づかれていたはずだ。それに……私の正体を知ったところでどうしようもないだろう」
フードの奥で、バルトは不敵に笑みを見せ言う。
ロゴス・シーカー総帥のバルト・アンダース。その正体は、ギリシア神話における主神ゼウスの父、クロノスである。
バルトはそれが暴かれたという報告を持ち込んだ女神に目をやり、労いの言葉をかけた。
「協力に感謝するぞ、イシュタル。ビヨンデッタもご苦労だったな」
女神イシュタル。一度LOTによって倒された後、玄奘三蔵に出会ってしまった事で頭に緊箍児を付けられ、以降LOT側として行動を共にしていた神。
そんな彼女が今、ロゴス・シーカーで幹部・ビヨンデッタの傍らにいる。緊箍児の機能は停止しており、既に頭からも外れていた。
ビヨンデッタ、その正体をバアル・ゼブルと名乗る魔神は、同じく跪いている幹部の天海へと視線を投げる。
「それより、今はLOTの本部がどこにあるのか……我輩にはそこの方が重要だ。良い加減教えろ、どうなっている?」
これを問い質したのは、彼がルドラの力を取り込んだ人間、明智 光秀その人であり、その神通力によって機械人形に自身の血液の一部を仕込んでいたためだ。
その機械人形が破壊された瞬間、天海にはその位置が特定できるようになっている手筈である。
だが、天海は苦々しい表情で首を左右に振った。
「……拙僧と配下の戯我たちを使って懸命に捜索しているのですが、成果はなく……」
彼の言葉に真っ先に反応して、眉根を寄せて立ち上がったのはウロボロスだ。
「はぁ? おいおいなんでだよ? お前、壊される前にAオートマータで探知できたって言ってたじゃねぇか」
「その座標に調査へ向かわせたのですが、残念な事に拠点はなかったのです」
「あぁ……?」
腕を組んで訝しむウロボロス。
天海が嘘を言って自分たちを出し抜こうとしているのではないか、という疑いの眼差し。
しかしこの破戒僧に騙そうとしている様子はなく、むしろ彼自身も動揺しているようだった。
「そもそもその場所というのが、広い海の真ん中なのですよ」
「なんだと……海中は調べたのか」
「もちろんです。海の底の底まで潜れる戯我を遣わせましたが、どこにも何もいないのです」
怪訝そうな顔でウロボロスが目を細める。他の者達も同じく、訝しみながらその話を聞いていた。
拠点が海にあるのは然程おかしな話ではない。オノゴロ島のように、所在を隠蔽する事も不可能ではないからだ。
しかし、どんなに周辺を探しても入口が見つからないとなれば、かなり厄介な状況だ。LOT本部を容易く見つけ出すはずが、天海はいきなり躓いてしまった。
だがそんな時、バルトからは意外な声がかかる。
「捨て置け」
「はっ? い、今なんと?」
「本部が現世であると分かったなら、それで十分だ。ヤツらの所持するラジエルの書の頁も、現世にあるなら後でどうとでもできる。だから、放って置いて良い。他の任を与える」
それを聞くと、ビヨンデッタは一瞬だけ、不服そうに表情を歪める。
LOT本部に残りのラジエルの書があると見ている彼にとっては、バルトを出し抜く最大のチャンスなのだ。最終決戦の時を目前に控えて、入手の機会を逸してしまうのは惜しい。
あるいは、バルトも思惑を察しているのかも知れない。そう思うと、ビヨンデッタはますます気分が悪くなった。
「我が正体を知りながら、なおも抵抗する愚者共め。神の裁きの時は近いぞ」
言いながら、バルトは鞘に納まった剣でカツンと床を叩く。
それはかつてカリオストロが所有し、ウロボロスが持ち帰った魔剣。自在に空間を断つ『
※ ※ ※ ※ ※
「決戦の日が近づいている」
地球上のとある場所に存在する、LOT本部。
その内部にある大理石の神殿のような場所に、ローブを纏った小さな影があった。
高い声で呟くその影は、巨大な二つの彫像に見下ろされながら歩いている。
ひとつはトキの嘴・翼・鳥足を生やしたヒヒの姿の像。もうひとつは、二重螺旋を描く蛇の杖を持つ旅装の美男子の像だ。
それぞれ、エジプト神話のトート神、ギリシア神話のヘルメス神を表す神像。この二柱は同一視される神でもあり、
「……次に来る者こそ、この力を――」
二つの神像が見守る中、ローブの人物が歩く先にあるのは、二つの道具。
その内容液はローブの人物が手に取って振れば、その色を赤や白、緑から青に変える。見る角度によって、何色にも変わるのだ。
レリックライザーの方は水晶のように透き通った青紫色で、通常のものとは僅かに形状が異なっており、銃身に赤いカラーラインやところどころ金色の装飾が施されているのが分かる。
「この『万色の力』を扱える器であれば良いのだが」
憂いを帯びた丸い瞳を覗かせながら、その人物は呟き、小瓶を元の場所に戻すのであった。
第三十六頁[古の青き都]
天海との戦いを制してから数ヶ月が経過し、季節は徐々に肌寒い冬に入り始めた。
LOTとモルガン派の同盟状態も良好に維持を続け、二つの組織は磐戸に降りかかるロゴス・シーカーの魔の手を今に至るまで幾度も退けており、来るべき決戦の時に備えてラジエルの書の頁を集めたり訓練を重ねるなどして力を蓄えている。
そんな中、紫乃とロゼはある目的のためLOT本部の封魔司書であるアレックス・フォン・ブラウベルクと行動を共にし、揃って朝から磐戸の港にあるLOT所有の倉庫の中に集まっていた。
「随分待たせてしまってすまないね。何分、君たちを迎え入れるには色々と申請やら連絡やらが必要で……」
申し訳無さそうにアレックスが言い、そしてチラリと視線を紫乃の方を、正確には彼の背後で壁に寄りかかっている人物に目をやる。
「それで、本当に彼女も連れて行くのかね?」
アレックスが紫乃に問うと、該当の人物である少女、クリスチーナ・バグローヴィは右手に持ったクリームパンを齧る口を止めてムッとした表情を向けた。
「ンだよオッサン。文句があるならモルガンと晴明に直接言えば良かっただろーが」
「それができたら苦労はせんよ」
「じゃ黙ってな、ったく」
そう言うとクリスは再びパンを食べ始める。
――彼ら四人は今、LOT本部へ行くための準備を終え、迎えの者が来るまで待機しているところだ。
オノゴロ島で出会ったヤマトタケル曰く、本部にはバルト・アンダースに対抗するための手段があるのだという。それを手にすべく、紫乃はアレックスに頼み込んで通行許可を申請して貰ったのだ。
本来ならLOTの秘密主義という性質もあって、容易く立ち入る事などできないのだが、ある出来事が理由でアレックスは断らなかった。
封魔霊装不要論を掲げて作り上げたAオートマータ、その暴走。元凶がロゴス・シーカーの天海であるとはいえ、彼も大きな原因を作ってしまった一人である。
アレックスはその罪を飲み込んだ上で、磐戸支部のために『できることは何でもする』と宣言。その結果、紫乃から本部へ向かう話を持ちかけられ、現在に至る。
ちなみにクリスを同行させるのを提案したのはモルガンで、同盟に関する事情を説明する必要があるので晴明もこれを承諾した。
「ところで……改めて、以前はすまなかった。君たち仮面ライダーに対する非道、今一度心から謝罪する」
そう言って、アレックスは深く頭を下げた。ロゼは慌てて、首を横に振る。
「そんな、もう私たち気にしていませんよ!」
「ロゼの言う通りです。こうしてちゃんと本部への手続きもして頂いた、それで十分でしょう」
紫乃たちの気遣う言葉に感謝を述べつつ、アレックスは顔を上げた。
直後、クリームパンを食べ終わったクリスが声をかけて来る。
「なぁ、ところでまだ来ねぇのか? 本部からの迎えってのは」
「うむ……到着すれば向こうから連絡してくる手筈だ。もう間もなくだとは思うのだが」
そんな話をしていると、まるで狙っていたかのようにアレックスのAガジェットから着信が響く。
アレックスは通話に応じて二・三言話すと、通信を切ってくるりと三人を振り返った。
「待たせたね。さぁ、外へ」
どうやら迎えが来たらしい。
紫乃たちはそれを理解して外に出るが、倉庫の外には車も船も何も見当たらなかった。
「……? なんもねぇじゃん?」
「いや、クリス。良く見ろ」
そう言って紫乃が指差した海面、その波の揺らめきと飛沫の中に『透明な何か』があるのが見えた。
ロゼとクリスが驚いていると、件の物体は姿を現す。
透明な薄膜が剥がれるようにして正体を見せたそれは、巨大な黒い鉄の塊のような船だ。
「潜水艦かよ!?」
「その通り。かつて私が発見した『ノーチラス号』の設計図を元に、素材の一部に幽霊船に使われた金属などを用い、我がドイツ支部が改良を重ねつつ完成させた超・傑作。その名も『
アレックスの案内に従って、一行はそのAダイバーへと乗り込んでいく。
船内図によれば、艦長室に操舵室や機関室だけでなく、展望区画や食堂、さらに図書室やサロンといった娯楽施設までもが存在する。
また男女別の浴場も完備しているようで、船員のストレスを極力避けるようにできているのが分かった。
「あんた、すげぇ人だったんだな……ただの太ったオッサンかと思ってた」
「はっはっはっ! まぁ尤も、本部ではこれよりももっとすごい船があるのだがね!」
「これ以上すげぇのが!? マジかよ、なんか楽しみになって来たな!」
クリスがはしゃぐのを聞きながら、アレックスはAガジェットを手に取ると、その場で指示を下す。
「ゴーストシップ・ステルス起動! 潜水、開始!」
すると船そのものが生きているかのように自動で動き始め、徐々に速度を速めて海を進んで行く。
その様子に驚きつつも、ロゼが疑問を口にする。
「あれ? AIを搭載しているんですか? 作れないはずじゃ?」
「今のは私のAガジェットの機能のひとつだよ、単純な音声入力によって操作が可能なんだ。これ自体は然程複雑な機構ではないからね」
一行は老若男女入り混じった船員たちに挨拶を交わしつつ、まずは展望区画へと向かう。
「到着まではそう時間はかからない、海中の様子でも眺めてゆっくりしていよう」
「分かりまし……って、アレ!?」
ぎょっとして、ロゼが展望窓から見える大きな影に指差した。
それは巨大な鯨のようなシルエットであるが、全身が苔生した岩礁のような強固な甲殻に覆われており、口からは吐瀉物を撒き散らしている。
「戯我……ハーヴグーヴァか。こちらには気づいていないようだが、本部に向かうところはあまり見られたくないな。それに海の生物を大量に食い散らかして汚すようなヤツだ、放置はできん」
「どうするんです?」
紫乃の問いに答える代わりに、アレックスが再びAガジェットで指示を出した。
「Aトルピード発射準備! 各員、衝撃に備えよ!」
直後、素速く数発の魚雷が発射されてハーヴグーヴァ・ギガの鼻先を貫き、爆発。
そのままグズグズに肉体が崩れてインクと化し、消滅した。
しかしアレックスは油断なく、船員に通達しつつ自身もAガジェットのレーダーで周辺を調査している。
「……周辺に他の戯我の反応はなし。ただの野良だったようだな、このまま目標地点まで移動再開!」
船内からまばらに声が聞こえ、潜水艦は再び運行する。
そして目的地に付くまで、紫乃たちはサロンで休息を取る事になった。
※ ※ ※ ※ ※
一方。磐戸市のとある児童養護施設にて。
「はぁ……いつまでこんな事を続けなくちゃいけないんだ?」
地味な赤いエプロンを身に着けて職員用の椅子に腰掛けてそんな事を言っているのは、モルガン派ロゴス・シーカーの一員であるロッソだ。
窓の外では、彼の妹のヴェールが楽しそうに子供たちと遊んでいるのが見える。女の子と話したり、イタズラ好きな男の子たちからスカートを派手にめくられたりしていた。
左右に紐がついた、薄緑色のTバック。それを見た途端、子供たちは動揺して全身を硬直させる。
そして怒ったヴェールが叱りつけるために彼らを捕まえ、ズボンを剥いで尻を叩く。
妹のそんな動向を眺め、深く溜め息を吐いてロッソは椅子の背もたれに身を投げ出した。
「せっかく力を手に入れたのに」
ぽつり、と不満そうに言う。
LOTとロゴス・シーカーが手を結んだ今、自分にも出番があるはずだとロッソは思っていたのだ。
だがオノゴロ島で行われたという会合の結果、彼ら兄妹はモンストリキッドを剥奪。再び戦う力を失い、こうして子供たちの世話をさせられている。
原因はモルガンが『ロッソとヴェールを信用できるまでリキッドを預かって欲しい』とLOTの面々に頼んだためで、この施設もLOTが援助している場所である。ただし、ここにいる者たちは職員を除いてLOTの事を知らずに生きている子供ばかりだ。
LOTがなぜそんな事をしているのか、双子たちには理解できない事であるが、ともかくロッソは面倒事に巻き込まれた事を嘆いていた。ヴェールはすぐに子供たち馴染んでしまったが。
「はぁ……」
「あら、ロッソくん。何かお悩み?」
不意に背後から声が聞こえて、じろっと振り返る。
そこに立っていたのは、施設の職員の20代前半の女性。この場所に来てから何度も顔を合わせており、名は葵という。
同じように地味な青色のエプロンを着ている彼女から視線を外しつつ、ロッソは「別に」と無愛想に答えた。
「そう? 何か困った事があったら、いつでもお姉さんに相談してね」
「フンッ、そんな必要はないね。僕とヴェールはどんなトラブルが起ころうと、二人だけで切り抜けて来たんだから」
「まぁまぁ。素敵な家族なのねぇ」
突き放すように答えても、今のような調子で葵はニコニコと朗らかな笑顔をみせている。
どんなに冷たい態度を取っても、葵はロッソにもヴェールにも、他の子供たちにするのと同じように接して来る。
それがロッソには気に食わなかった。今はリキッドを没収されているとはいえ、彼にはエリート戦士としてのプライドがある。何の力も持たない人間などに可愛がられるなど、あってはならないのだ。
「僕を他の子供たちと同列に扱うんじゃない! お前らなんか、力を取り戻したらすぐにでも――」
「にーさまー!」
窓が開いて、無邪気な声が聞こえる。
ヴェールだ。子供たちを背負って笑いながら、ロッソに手招きをしていた。
「こっち来て一緒に遊びましょ! この子たちったらもう元気で元気で!」
普段から愉快そうな彼女だが、施設の子供と遊ぶのが相当楽しいのか、その表情は今まで兄に見せた事がないほど晴れやかなものだ。
ロッソはまた深い溜め息を吐き出し、頭を抱えつつも短く返事をする。
「……今行くよ」
「はやくはやくー!」
手を振りながら、今にも窓から飛び出しそうな勢いで元気に笑うヴェール。
ロッソにはヴェールが笑っている理由も、リキッドを没収された意味も、ここで過ごさなければならない事情も分からなかった。
ただ、早く力を取り戻したい。
その一心で苦痛に耐え、今日も施設で過ごすのであった。
同じ頃。LOT磐戸支部の拠点である、図書館の地下にて。
織愛は執務室にて、翡龍とテレビ通話を行っていた。
「紫乃くんたちは無事に本部へ向かって出立したわよ。そっちは順調? 魔祓課との連携」
『ええ、例の物の導入は完了しました。それにしても、最終的に暴走したとは言えデータを取っておいたのがこんな形で役に立つとは』
「やっぱり流石に仮面ライダーの代わりって程じゃないけど、下級の戯我相手なら充分ね」
そう言って織愛は、机に置いた資料に目をやる。
それは製造コストを抑えつつも安定した性能で運用可能で、単純作業にも使える、謂わば廉価版のAオートマータ。
名は『
「新規にAIを作ってくれたのは『
『当初より精度や戦闘力は多少落ちるそうですが。最初からこうしておけば良かったですね』
苦笑し合う二人。しかし不意に、翡龍が仮面の下で表情を曇らせた。
『新山 若葉、だったでしょうか。彼女はどうしていますか?』
「あぁ……あの娘なら、いつも通りよ。表面上はね」
それを聞いて、翡龍はどこか安心したように頬を緩めつつも、しかし同時に苦悩している様子で溜め息を吐く。
『彼女にとっては辛い時間になりますね。想い人が敵に捕らわれている上に、今度は相方が……』
「でもあの娘もアレで中々に肝が座ってるから。とっくに、覚悟は決まってるみたいよ。だから、そう心配する事はないわ」
織愛はそう言って、フッと微笑んだ。
――オノゴロ島からの帰還を果たした後、イシュタルは若葉への書き置きを残して姿を消した。
その一枚に書かれていたのは『夫であるビヨンデッタの元に行く。探さないで欲しい』という旨の内容。書き置きにはLOTの面々も全て目を通し、大いに動揺が広がった。
「まぁ正直、ビヨンデッタの正体には私も驚いたんだけど。まさかあの
『ルドラの力を持つという天海や、あのウロボロスだけでも厄介なのに。そんな悪魔が加わるとは』
「でも私たちも無策じゃない。同盟締結の決断はやっぱり正解だったのかも知れないわね」
様々な敵勢力の事情が明るみになっている今、ある意味でLOTはロゴス・シーカーを追い詰めているとも言える。
勝てるのかどうかという不安はあるが、それがどんなにか細くとも確かに光明は差し込んでいるのだ。
「そろそろ休憩終わるから、また後で」
『ええ……織愛さん』
「ん?」
仮面越しでも、翡龍が緊張しているのが分かる。
きょとんとした表情で続く言葉を織愛が待っていると、彼は深呼吸をした後、切り出した。
『貴女の事は、私が全霊を懸けて守ります。共に未来を生きるために。だから必ず勝ち残りましょう』
「……」
『では、私もこの辺りで』
通信が終了した後も、織愛はしばらくぼーっと端末を眺めていた。
そして、数刻の後。
「ぉっしゃあーっ!!」
机の上に立って大きく拳を掲げてガッツポーズを取り、力の限りそう叫んだ。
※ ※ ※ ※ ※
約二時間後、海中にて。
『諸君、そろそろだぞ』
サロンで休憩したりパイプオルガンの演奏を聞いたりして過ごしていると、船長室にいるアレックスのそのような声が船の中に響いてくる。
そして室内にホログラムモニターが出現し、外の様子が映し出された。
だが、そこには深海の様子が広がっているだけで、一行が期待しているようなLOT本部と思しき施設らしきものは見当たらない。
「おいおい……アレックスのおっちゃん、何もねぇじゃんか? っていうかやけに速いと思ったけど、ほとんど日本から離れてないんじゃねぇの?」
『安心したまえ、今から本部へ移動する』
アレックスがそう言った直後。
突如、潜水艦の前にある空間に、大きな裂け目が拡がった。
三人が目を剥いていると、艦は前進してその空間の亀裂の先へと突き進んでいく。
「これはまさか、神界に繋がる門……という事は、本部は神界に!?」
『いや、本部は紛れもなく現実世界に存在する。さぁ、間もなく見えてくるぞ』
潜水艦が穴の中を通り抜けると、既に海中ではなく水面へと上がっており、モニターから見える景色には巨大な真っ白い防護壁が映っていた。
さらに、周囲に目をやると、そこはまるでそこだけ丸くくり抜いたかのように球状に空間ができており、波打つ青い海水の壁によって囲まれているのが分かる。
つまりここは海の中で、この場所だけが何かの力によって海水を押し退け空間を作っているのだ。
『LOT本部――海底移動要塞都市アトランティスへようこそ』
「アトランティス……」
「あの、失われたという伝説の都市の……!?」
紫乃とロゼが目を見張り、その傷一つない堅牢な真っ白い壁を眺める。海の青に照らされ、この壁もどこか淡く青い色に感じられる。
そんな二人の様子が見えているかのように、アレックスは得意げな声で解説を始めた。
『見ての通りこの要塞は移動するから、万が一内部からの信号などで場所を特定されたとしても、向かった頃には別の場所にいる。故に本部の場所は誰にも知る事はできないのだよ』
「なるほど」
『さらに! ギリシアの海神たるポセイドン様の海域を現実世界の次元層の間に挟む事で、人々の目からも存在を秘匿してあるぞ。ポセイドン様が認可したLOTの艦でなければ、次元層は開かない……つまり、門の前に辿り着く事すらできないという仕組みだ』
という事は、天海の策略も空振りに終わった事になる。紫乃たちはそう思い、安堵した。
話している内にAダイバーは開いた門から港に入っていき、そこで荷物検査を受けてから、一行はそのアトランティスの内部に足を踏み入れた。
外の壁と同じ白い色の街並みが広がっており、その中心には巨大な神殿のようなものが見える。恐らく、それが自分たちの向かうべき場所なのだろうと紫乃は直感する。
だがそこへ足を進める前に、アレックスが三人へと声をかけた。
「私はこれから本部長と軽く話をしてくる、準備ができ次第君たちに連絡するから自由に行動していたまえ」
「自由に、って」
「職員が生活するための施設が色々とある。Aガジェットを持ってきているなら地図も表示されるはずだ。レストランやカフェテリア、書店に服屋……名物の絶品スイーツもあるぞ」
『なに!?』
甘いものに目がない紫乃とクリスの声が揃い、思わずロゼは噴き出す。
そしてアレックスが歩いていくのを見送って、三人は頭を寄せて話し合う。
「甘いモンがあると聞いちゃあ黙ってられねぇよなぁ紫乃!?」
「当然だ。ロゼも行くぞ、何があるのか確かめなくては」
「ふふっ、はいはい」
はしゃぐ二人に対してロゼが微笑んで首肯し、早速Aガジェットで地図を確認する。
だが、その時。
紫乃の上着の袖が、何かに引っ張られた。
「む……?」
振り向くと、そこにいたのは暗い茶色の髪を生やした小さな女の子だった。
緑の眼が紫乃の顔をじっと見上げ、元気な高い声が三人の耳に入ってくる。
「ねぇお兄ちゃん、お姉ちゃん。どこかで遊ぶのなら、私も混ぜてくれない?」
「えっと、あなたは? ここの子なの?」
「うん! セピアっていうの!」
ロゼの質問にはきはきと答えるセピア。
紫乃は二人と顔を見合わせ、そしてそのあどけない少女の方に視線を向けると、一度頷いた。
「まぁ、別に良いんじゃないか。安全な場所とはいえ、子供を一人放っていくワケにもいかん」
「えへへ。優しいお兄ちゃん、ありがと!」
そう言って、セピアは紫乃の腕に抱き着いて頬を擦り寄せた。
直後、ロゼもクリスもピキッと表情を凍りつかせる。
「……セピアちゃん?」
「ちょ~っとくっつきすぎなんじゃねぇかな?」
ロゼは頬を引き攣らせ、クリスは下瞼をヒクヒクとさせながらセピアを見下ろす。
少女はその目に怯えたように紫乃の背後に隠れてしまった。
「お、おい何を睨んでいるんだ二人とも……よしてくれ、相手は子供だぞ」
「だってぇ!」
不服そうにむくれながら恋人の胸をポスポスと叩くロゼ。クリスも自身の腕を組み「フンッ」とそっぽを向く。
そんな紫乃とロゼをじっと眺めた後、セピアは首を傾げながら尋ねた。
「お兄ちゃんって、もしかして二股かけてるの?」
「そんなワケがあるか!?」
「えへへへ、じょーだんじょーだん」
悪戯っぽく舌を出してセピアが笑い、紫乃は呆れた様子で後頭部を掻く。
クリスもロゼも、毒気を抜かれて彼女の言動に苦笑していた。
「な~んか、随分マセた子だよなぁ」
「確かに……まぁとにかく、一人にしちゃいけないのは確かよね」
言って、ロゼは反対側に回ってから紫乃の手を握り、クリスはセピアの隣に並ぶ。
そうして、四人は街を散策し始めた。
セピアからアレックスが言っていた名物スイーツを教えて貰ったり、色々な国の衣服や民族衣装が置いてある店に行ったり、お土産を見に行ったり。
ひたすらに歩き回って、皆で大いに楽しんでいた。
「ねぇねぇ。お兄ちゃんたち、どうしてここに来たの?」
土産屋で『アトランティスまんじゅう』なるものを眺めていると、不意にセピアが問いかける。
ここアトランティスにいる以上は、彼女もLOT関係者の娘なのだろうと予測できる。故に、紫乃は事情を隠さず話す事にした。
「どうしても手に入れなければならないものがある。その力があれば、神の凶行を止めて友を救う事ができるはずなんだ」
「お友達のために?」
「そうだ。だから、このLOT本部で一番偉い人に会いに行こうと……」
「でも、その力で神様を倒しても意味ないんじゃないかな?」
「……なに?」
予想外の反論に、紫乃だけでなくロゼとクリスも瞠目する。
「だって、十年先か百年先かは分からないけど、神様は復活するんだよ? 倒しても倒しても。記憶を失くしたところで、心の根本の部分が変わらなかったら」
「いずれ蘇った時に同じ事の繰り返しになる、か」
「そういうこと」
子供とは思えない洞察力と発言。そして、その意見は彼らにとって正しい言葉に聞こえた。
同時に紫乃は、この幼い少女が何者なのかという疑問を頭に浮かべ、尋ねようと口を開きかける。
が、その時だった。
「あぁっ、こんなところにおられたのですか! まだお帰りになっていないと言われたので探しましたよ!」
アレックスの声が聞こえ、彼は慌てた様子で四人の元に走ってくる。
腕には白色の長いローブのようなものを抱えており、それを見るとセピアは目を細めてスッと表情を変えた。
先程までの幼気で明るい顔はどこかへ消え、唇を引き結んでまるで一国の主のような威厳と風格を見せている。
「そうか、そろそろ時間だな。すまなかった。ご苦労だったな、ブラウベルク」
「セピアちゃん、あなたは一体……!?」
「……セピアという名も偽りではない、が。改めて名乗ろうか」
少女はローブを受け取り、それを羽織って紫乃たちに向かって堂々と名乗った。
「私はヘルメス・トリスメギストス、現LOT本部長だ」
一瞬の沈黙。
先程出会ったばかりの少女が、こんなに可愛らしく小さな女の子が。
自分たちの会うべき相手、LOTの最高責任者だという。
「ムラサメ、ブリューナク、そしてクラレント。よく来てくれた、私は君たちを歓迎する」
そう言って、セピアは未だに愕然として理解が追いついていない様子の三人に向かって右手を差し出す。
だが本部に来た本来の目的、それを果たすべく、紫乃はその手を取った――。
付録ノ三十六[アトランティス]
『資源の宝庫』と称される程に実り豊かで、強大な財力と軍事力を持つポセイドンの末裔の王族が支配していると言われた幻の島。
大規模な地震と洪水によって一昼夜にして海底に沈んだとされており、その神秘性や謎の多さからオカルティストや財宝を求める者たちに実在を信じられ、捜索された。
表の世界では誰にも発見されていないため、現在では単なる絵空事や架空の話として扱われている。
実際にはLOT本部の拠点であり、人目から逃れるためにその超常的なテクノロジーによって海底に潜っているに過ぎない。
ポセイドンだけでなくギリシアやエジプトの様々な神の恩恵を受けており、強力な戯我に対抗するための武器やリキッドの開発も行われている。
ただし、本部への行き方や場所は限られた人間にしか知る事ができず、知ったとしても辿り着くのは困難を極める。