仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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 少し時は遡り、明朝。
 アダンはモルガンの拠点である社の地下で、あるものを見上げていた。

「……」

 二体の巨大な生物、クリードとコインヘンの遺骸。その間にある培養槽の中にある、人間に見える死体。
 ケルトの英雄クー・フーリン。彼の死後、モルガンはゲイボルグごとその遺体を回収していたのだという。
 その培養槽の中にいる英雄を、アダンはじっと眺めていた。

「ここにいたのですか」

 しばらく座ってそうしていると、階段の方からそんな声が聞こえてくる。
 この英雄を持ち去った張本人、モルガンだ。
 彼女の姿を見て、アダンはスッと立ち上がる。

「丁度良かった。聞きたい事がある」
「なんですか? 朝食の用意ならできていますが」
「なぜ俺をクー・フーリンと似た姿にした?」

 不意を打たれたように、モルガンは口を噤んだ。そこへ、間髪入れずにアダンが追及する。

「モルガン・ル・フェ……いや、女神モリガン。貴様は伝承の通りであれば、クー・フーリンに執着していたそうではないか。遺体を使って再現したのはそういうつもりなのか?」
「……ぅっ」
「クリスにしてもそうだ。モルガン、お前はあいつに何を見ている? かつての息子の……モルドレッドの面影を見ているのか? だとしたら悪いが、俺は家族ごっこに付き合うつもりは――」

 最後まで言葉を紡ごうとした寸前で、その口は閉ざされてしまう。
 モルガンが目に涙を浮かべ、アダンの両肩に掴みかかって行ったからだ。

「違う、違います……断じて、そのような事は……ないッ……!!」

 激しく狼狽した様子で、モルガンは言い繕おうとする。
 だがそれ以上の言葉が出てこないのか、ふるふると頭を振るだけで何も言えず、ただ涙を流し続けていた。
 そしてアダンの方も、それ以上何も尋ねる事はできなかった。

「分かった、信じてやるから離せ」

 溜め息を吐き、彼女の手を解いて背を向ける。

「……すまなかった」

 去り際にそんな言葉を残し、アダンは階段を上がっていった。



第三十七頁[闇に堕ちた朱き太陽]

 万色の力と呼ばれるモノを求め、ヤマトタケルの紹介でLOT本部へとやって来た紫乃たち。

 準備を終えるのを待っている間に出会った幼い少女のセピアと過ごすが、再合流したアレックスの口から、彼女の思わぬ正体を知る事になる。

 セピアこそ、紫乃が会うべき相手のヘルメス・トリスメギストスなのだ。

 

「私のような幼き者がLOT本部長を務めている事を、君たちはさぞ不思議に思っているだろう」

 

 アトランティスの中心にある白磁の如き神殿の中を共に歩きながら、セピアは言う。

 

「祖先たる偉大な錬金術師、初代ヘルメス・トリスメギストスは、LOT本部長の後継者のために遺物を残していた。自身の持つ全ての智慧と技術を刻み込んだ碧玉の碑文を」

「まさか……エメラルド・タブレット!?」

「そう、その真作だ」

 

 エメラルド・タブレットとは、表の世界では十二の錬金術の奥義が記されているという伝説の碑文で、実物は現存しないのだとされている。翻訳された原文は地上にもあり、アイザック・ニュートンの訳文も存在する。

 しかし、セピア曰く。その翻訳が錬金術師たちに向けた奥義である事は事実なのだが、全て遺物のような力を持たない単なる文章で、真作の碑文にはそれとは全く異なる力があるのだという。

 ヘルメス・トリスメギストスの血を継ぐ者がその文を最後まで読み終えた時、脳内に歴代のヘルメスの宿していた智慧や錬金術の奥義、さらにLOTに関連する様々な記録が流れ込み、神血を活性化させて超常の力を与える。

 彼女が幼くして本部長の座にいるのはそれが理由で、見た目に反して恐るべき記憶力と知識量と演算能力を持つ天才児なのだ。

 

「さて、ムラサメ。君が欲していたのは……アレだろう」

 

 話しながら神殿の最奥にあるヘルメス神とトート神の巨像の前に辿り着くと、セピアはそう言って祭壇のような場所を指差す。

 そこに安置されているのは、輝く液体に満たされた板と、青紫のクリアカラーのレリックライザーだった。

 

「あのリキッドとレリックライザーが?」

「そうだ。モンストリキッドの方は、我々ヘルメス・トリスメギストスが製造し、そして管理している秘宝のひとつ……賢者の石(エリクシル)

「なっ!?」

 

 賢者の石、それは数々の錬金術師が求めた万能物質。

 調合の触媒に使えばあらゆる金属を黄金に変える、薬として服用すれば傷病を癒し不老不死の力を齎すなど、これも様々な神秘と伝承が残っている。

 また、ラジエルの書が記されるのに使われたインクは賢者の石かその原型(アーキタイプ)だったのではないかとも囁かれており、稀少性も含めてラジエルの書の頁に比肩する遺物とされている。

 アレックスはそんな伝説的な物品を、興味深そうに眺めていた。

 

「うぅ~む、まさか生きてお目にかかる事ができるとは……」

「おっちゃんは見た事なかったのかよ?」

「本物はな。地上の小悪党共が持って我々で押収したような、名を騙る模造薬や不完全な賢者の石の方なら何度か見た事がある」

 

 充分に目で堪能した、とばかりにアレックスは合掌し、セピアは話の続きを語り始める。

 

「賢者の石は望めばどんな姿にも変化する。表の世界で流れているような、黄金を生み出す程度の逸話は些細なものに過ぎない。私たちはその特性を、モンストリキッドとして利用できないかと考えて長年研究を続けて……そして、この形にまで落ち着いた」

 

 そう言って指先で四角い板のようなそれを撫でた後、僅かに眉をひそめて「だが」と続けた。

 

「この形もまだ完成じゃない。運用を試みるべく実験を重ねたが、誰も正しく起動させる事ができなかった。賢者の石がエレメントカラーとフィジカルカラーを両方同時に担うという性質上、製作者と使用者の想像力(イマジネーション)創造力(クリエーション)が追いつかなかったのが原因だ」

 

 言われて、なるほどと紫乃は思う。このモンストリキッドには神話の生物の姿も属性を示す刻印(レリーフ)もない。

 そもそも賢者の石が生物ではない以上、それも当たり前ではあるのだが。

 

「さらに、通常のレリックライザーでは賢者の石の負荷には耐え切れないという事も分かった。故に負荷を受け切れる遺物を組み込んだ、新たな封魔霊装の構築が必要になった」

「それがこの青いレリックライザー……」

「カレイドライザー、それがこの銃の名だ」

 

 紫乃はセピアの隣に立ち、その二つのアイテムを自らの手に取り、息を呑む。

 そして、彼女の方に視線をやって、ひとつ問いかける。

 

「こんな貴重な物を二つともオレに授けて下さるという事は、何か条件や試練があるのでは?」

「……ふふっ。君は聡いな」

 

 セピアはフードの奥で笑みを見せ、四人に向かい詳細を話す。

 

「君には……君たちには、ある超獣戯我(ギガロード)を討伐して貰いたい。過去に何度も我々LOTに辛酸を舐めさせ、封印する事しかできなかった難敵だ」

「その戯我の名は?」

「魔神アモン」

 

 その名を聞いて、紫乃とロゼとクリスが息を呑み、アレックスが目を剥く。

 セピアは彼らに構わず、話を続けた。

 

「彼奴はエジプトにて我らLOTが発見したラジエルの書の頁を奪い去り、現地の封魔司書を何名か殺害して逃走した。その後は各地を点々とし、死闘の末に海中遺跡の深層に封印できた。だがどうやらその封印が解けてしまったらしく、ヤツは生存して力を蓄えているようだ。このまま放置していればクロノスにも劣らぬ脅威となるだろう。これを倒して欲しい」

 

 告げられた任を、紫乃は受け入れようと口を開きかける。

 だが次の瞬間、アレックスがそれを遮った。

 

「なりませぬ、なりませぬぞヘルメス様!! 私は断固反対です!!」

「ブラウベルク卿?」

 

 ロゼが不思議そうな顔をしていると、彼は勢いのままさらに続けて反論する。

 

「元々アモンは、数多の神と合一を果たし幾度も王と民の信仰を集めたとされる古代エジプトの太陽神アメン! 今でこそ悪魔に貶められ衰えていますが、それでもゼウス神と同一視された実力者である事に変わりはない! 危険過ぎます、彼らをみすみす失う事になりますぞ!」

「……ブラウベルク。お前の意見も理解できるが、賢者の石とカレイドライザーを持っていくのならこれは決定事項だ。譲りはしない」

「しかし!」

「まだ仮面ライダーの力を信用できないか?」

 

 ぐっ、とアレックスは言葉を詰まらせた。

 その様子を見て、紫乃とロゼは織愛から聞いた話を思い出す。

 かつて彼がドイツ支部長だった頃、親友だった封魔霊装の所有者を病気で喪ってしまったと。以来、病気も死も克服した戦士を生み出そうとして、Aオートマータを作り出した事を。

 その時の事を思い出して、再び眼の前で仮面ライダーを死なせてしまう事を恐れているのだ。

 紫乃は思考の後、アレックスの肩に手を置き、真っ直ぐに視線を向けて語りかける。

 

「必ず勝って帰ってくると約束します。信じて下さい」

「……だが……」

 

 なおも躊躇するアレックス。すると、クリスがカラカラと笑いながら、ロゼは神妙な面持ちで口を挟んで来た。

 

「大丈夫だっておっちゃん! ここには三人も仮面ライダーがいるんだぜ、アタシ強いしよ!」

「私も同じ意見です。それに、失墜した神を倒せないようではどの道クロノスを討つなど夢のまた夢ではないですか」

 

 やがて三人の顔を順番に見たアレックスは、意を決した様子で短く息を吐き、一度だけ頷く。

 

「分かった。現地までは私が送ろう、くれぐれも気をつけてくれたまえ」

『了解!』

 

 その様子を見ていたセピアも、満足そうに微笑んでいた。

 直後、彼女は僅かに唸りつつ眠そうに瞼を擦る。

 

「モルガンとの同盟の件は後程聞かせて貰おう、君たちの武運を祈っている……ふぁ」

 

 小さな唇から欠伸も漏れ出した。

 どうやら智慧を得ても、幼い体には相応の休息が必要らしい。彼女はローブをゆっくりと脱ぐと、それをアレックスに預けて覚束ない足取りで動き始める。

 

「私はそろそろ湯浴みして睡眠を取る、彼らを頼んだぞブラウベルク」

「はっ! ごゆっくり!」

「……ふわぁぁぁ~、むにゃ……またね、お兄ちゃんとお姉ちゃん」

 

 大きな欠伸と共に、セピアはその場を立ち去っていった。

 華奢な彼女の背中を見送って、アレックスは真剣な眼差しを三人に向ける。

 

「では早速準備に取り掛かるか。出発は恐らく明日になるだろう」

「お、おう」

 

 こうして一行は、一旦本部の宿泊所に泊まり、エジプト・ギリシア近郊の地中海に向けて準備を行う事となった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃。

 磐戸の街の廃倉庫にて、複数の戯我が密かに集まって会議を開いていた。

 怯えてガタガタと声を震わせながら、ラタトスク・ギガがツチグモ・ギガに話を切り出す。

 

「なぁ、聞いたか? ロゴス・シーカーとLOTが戦争をおっぱじめるんだそうだ」

「知ってるよ。俺らのオヤブンもロゴス側に協力するんだと」

「大丈夫なのかよ? この街の封魔司書はかなり力を付けてる、俺たちみたいな木っ端の鬼なんかじゃ役に立てないんじゃねぇか?」

「んでもロゴスのおこぼれに与ればよ、俺らも人間から色を食いまくって進化できるはずだぜ。それにオヤブンの話じゃ、既に前金代わりの秘密兵器を貰ったってよ! そいつがあれば仮面ライダーも倒せるかも知れねぇらしいんだ!」

 

 それを聞くと、彼らを取り巻くコオニたちは声を上げて活気づく。

 しかし、直後のこと。

 

「ではその秘密兵器について教えて頂きましょうか」

 

 腕を組んで壁に背中でもたれかかって黙っていた一体のヒヒ・ギガが、盛り上がっていたラタトスクたちに冷たくそんな言葉を浴びせた。

 明らかに他の戯我たちとは違う、異質な空気。それを察知して、戯我の一同は距離を取ってヒヒを睨む。

 

「チチッ! テメェ……仲間じゃねぇな!? 何者だ!!」

 

 ツチグモは含み笑いを発しながら組んだ腕を解くと、その姿がボコボコと泡立って徐々に変化していく。

 そうして現れたのは、仮面ライダー比翼。彼の持つスープーシャンリキッドは別の戯我に化ける能力を持っており、その力で潜入していたのだ。

 

「ふ、封魔司書!? オヤブン助けてくれ、オ~ヤブ~ン!!」

「遅いですよ」

《バブル! Calling(コーリング)!》

「急々如律令」

 

 比翼の全身が泡に転じ、下級であるコオニたちの大半を一気に流し去る。

 そしてラタトスクの体内にも泡となった自分の腕を滑り込ませようとするが、そこで倉庫の扉が力強く蹴破られた。

 中に入って来たのは、王冠を被った豹の頭と強靭な筋肉が特徴的な悪魔の戯我、オセだ。

 

「上級戯我! なるほど、ロゴス・シーカーもだんだん戦力を整えつつあるようですね」

「このオセの下僕に手を出すとは、覚悟はできているのだろうな?」

 

 そう言ったオセの傍にあるものを見て、比翼は仮面の奥の目を見開いた。

 

「なに!? あれは……!」

 

 そこにあったのは、自分たちの持ち出したAオートマータに酷似した――というよりも、明らかにオートマータを改修して作った鎧のような物体。

 比翼は猛烈に嫌な予感がして泡を放つが、インク液へと全身を変化させたオセは、そのまま鎧の中に滑り込む。

 すると鎧が動き出し、泡の攻撃を物ともせず立ち向かって来た。

 

「ふふふはは、素晴らしい! これがG(ギガ)クロスか!」

「すげぇやオヤブン! この鎧、あいつの泡を全然通してないぜ!」

「さぁ、お前たちも来い! 合体するぞ!」

 

 オセの掛け声と同時に、残った戯我たちが集まって鎧に取り込まれていく。

 比翼はAウェポンを呼び出してM(マスケット)モードで銃撃するが、どうやら融合によって装甲が強固になっているらしく、全く通じない。

 厄介なものを作ったものだと思いながら、比翼はドライバーからリキッドを抜いた。

 

「どうやら今が使いどころのようですね」

 

 そう言って新たに手に取ったのは、デュアルタイプのリキッド。既に試運転は済ませているため、もう使用に抵抗はない。

 

《ソーラーフェンファン!》

 

 手に取ったそれを起動した比翼は、カスティールゴールドの方を下に向けてドライバーにセットする。

 

Turning Color(ターニング・カラー)! VIVID GRADATION(ビビッド・グラデーション)!》

「カラーシフト」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 音声を聞きながら、続いてトリガーを引いた。

 すると、金色の光が天から比翼の頭上に降り注ぎ、鳥の羽根が舞い散る。

 そしてその羽根が嵐のように渦巻いてインクへと代わり、徐々に比翼の姿を変化させていく。

 

《飛べ! 陽光の如き燦然たる瑞鳥! ソーラーフェンファン!》

「ここからはあなた方の想定通りにはならない。我が霊装の『比翼』たる所以をお見せしよう」

 

 言いながら出現したのは、金色の装甲と翼を纏う鳳凰(フェンファン)の戦士。仮面ライダー比翼 ソーラーフェンファンカラーである。

 彼は武器を分割状態のまま変形させ、S(シザース)モードの際に使う刃を引き出して双剣にした。

 AウェポンS/Mの隠し形態だ。比翼は元々中国の夫婦剣の遺物『干将・莫耶』を由来としているため、この武装にも双剣が用意されている。

 

「ふはは! そんな姿に変わったところで!」

 

 慢心に満ちた笑顔を見せて嘲り、オセがGクロスで拳を振り被る。

 その動きに合わせて比翼も交叉させた剣で斬りかかり、拳打とぶつかり合う。

 火花が激しく散り、競り合いを制したのは、比翼の方だった。

 

「がっ!?」

 

 オセは刃で裂かれてインクを垂れる自らの拳を見下ろして、愕然とする。

 その隙に比翼は再び剣を振り上げ、頭を叩き割らんと迫った。

 

「ぬおおお!?」

 

 両腕を使ってその斬撃を防ぐが、再びオセの纏う頑強なGクロスの装甲に深い傷が付いた。

 よくよく見ればその武器の刀身はキラキラと輝きを帯びており、さらに自身の体の傷には溶かされたような痕跡も確認できる。

 

「光熱の……刃!?」

「その通り、太陽光(ソーラー)の名は伊達ではありません」

 

 そう言って比翼は翼を羽ばたかせると、今度はオセの周囲に光の羽根をバラ撒き、そこからレーザー光線を四方八方から放った。

 

「ぐおぁっ!?」

 

 光条は装甲を灼いて溶かし、内部のインクをも蒸発せしめる。

 あまりの威力にオセはよろめきつつも、油断なく比翼を見据えて拳を構え直した。

 

「先程までとはまるで違う……戦い方も、強さも……だが!!」

 

 再び比翼が羽根を散らすと共に、オセが跳躍。

 天井を蹴った直後、その姿を四足歩行のジャガーのものに変形させた。

 Aオートマータの時には見られなかった、独自の機能だ。二足歩行時とは違う高速移動で倉庫内を跳ね駆けて、すれ違いざまに比翼の身体へ強靭な爪撃を浴びせてくる。

 

「ほう」

「我々も戦法を変えさせて貰った! 貴様に今の私の攻撃が見きれるか!」

 

 何度も何度も、オセの爪が比翼の装甲を捉えて裂く。

 もはや自分のスピードに付いて来れないだろうと気を大きくしたオセは、そのまま頭上から大口を開けて牙を剥き、トドメを刺しに向かう。

 

「獲った! 死ねェい!」

 

 頭蓋を砕かんと、鋭牙を突き立てオセは真っ直ぐに落下していった。

 しかしその時。比翼は防御のために右腕を上げつつ、即座にドライバーのデュアルリキッドを回転させる。

 

《廻転! Turning Color(ターニング・カラー)! METAL GRADATION(メタル・グラデーション)!》

「カラーシフト」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 トリガーを指先で弾いた瞬間、その両腕は銀色に変わり、先程までとは打って変わって容易く牙を受け止めた。

 

「な、に!?」

 

 オセは驚き、飛び退いて距離を取る。

 見れば、比翼の姿は先程までの太陽のような金色の光と違い、金属的な光沢を放つ重厚な銀色の装甲に変わっていた。

 デュアルリキッドの特性。ドライバーにセットしたまま、もうひとつの形態へのカラーシフトが可能なのだ。

 

《奔れ! 鋼鉄の如き牢固なる瑞獣! ラスターチーリン!》

「こちらもまた戦い方を変えました」

 

 仮面ライダー比翼 ラスターチーリンカラー。麒麟を模したその姿は、細身でありつつも付け入る隙のない屈強さを併せ持っているように見えた。

 

「ぬうおおおお!!」

 

 なおもオセは真っ直ぐに突撃し、爪で攻め立てる。

 しかし、やはりどうやっても攻撃が通じない。何度爪と牙を食らわせても、不動のまま傷ひとつさえ付く様子がなかった。

 そればかりか、反撃の拳が顔面に叩き込まれる始末だ。

 

「ぐがっ!?」

「終わりですか?」

 

 オセは挑発的な言葉に歯を軋ませ、一気に飛び退いてから四肢に力を込めた。

 

「まだだ! この一撃で確実に倒す!」

 

 叫ぶなり、オセは再び高く跳躍。

 そして降下と同時に爪を突き出して回転し、比翼を砕かんと一直線に突撃していく。

 

「終わりだ!」

「残念ですが」

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 敵が恐ろしいまでの速度で向かってきても、比翼は冷静だった。

 レリックドライバーを操作して必殺技の準備を終え、即座にトリガーを引く。

 

《ラスターチーリン・クロマティックリフレクション!》

「終わるのはそちらです」

 

 爪撃が命中するその寸前、比翼の必殺技は炸裂した。

 鏡のように装甲に映り込んだオセの姿が光の塊となって飛び出し、その一撃を相殺。

 さらに突き出された強烈な拳打が顎を砕き、地面へと叩き落とす。

 

「がっ、は……!?」

 

 その痛烈な一撃にGクロスが砕け、流血するようにどろりとインクが溢れ出した。

 クロス自体はまだ完全に壊れてはいないので立ち上がろうとするが、もはや満身創痍。戦おうにも逃げようにも、その場を動く事も難しい。

 何より、既に比翼は再度カラーシフトを行い、必殺技の態勢も整えて眼前にまで迫っている。

 逃げ場は、どこにもない。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

「人を脅かす戯我は、全て修正する」

《ソーラーフェンファン・クロマティックレーザー!》

再見(さらば)

 

 比翼の右足に金色の光が集まり、よろめくオセの腹を蹴り上げる。

 さらに高く打ち上がったオセを目掛けて何度も足を突き出すと、その度にレーザービームが迸って身を焼く。

 太陽光の熱を帯びたその蹴りはGクロスの頭を溶断せしめ、内部のインク化した戯我を諸共爆発し、消滅させた。

 

「さて……今回の事を報告しなければ。少し良くない状況になりつつある」

 

 そう呟きを残して、事後処理のために磐戸の封魔司書へと通信。

 自分たちの持ち出した技術が厄介な事態を引き起こしてしまっている事に頭を悩ませつつも、変身を解いたフェイはその場を後にするのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 翌朝。

 LOT本部にて地中海へ向かう準備を終えた一行は、アトランティスの船着き場へと再び集まっていた。

 彼らの前には、ここに来た時と同じAダイバーが待機している。

 

「さぁ諸君、忘れ物はないだろうね! では行くぞ!」

『了解!』

 

 全員が乗り込み、Aダイバーが水中を突き進む。

 そしてゲートが開いて海中に異空間への穴が開くと、その先には昨日とは異なる海が拡がっていた。

 海神ポセイドンの恩恵を受けたアトランティスの力により、地球上のどの海域にも自在に転移できるのだ。彼らが現在訪れたのは、任務の場所であるギリシア・エジプト間の地中海である。

 

「すげぇや、もう着いちまった」

「気を抜くなよクリス。いつ戯我が襲って来るか分からん、特にギリシア系は水棲種も多いからな」

 

 紫乃からの指摘を受けて頷き、クリスだけでなくロゼもレリックライザーを準備する。

 しかし意外にも敵が現れる事はなく、Aダイバーは透明化しつつ想定以上に早く目的地へと向かっていく。

 そして。

 

「座標の通りなら、ここだな」

 

 アレックスの操舵により、遺跡が発見される。

 元々地上にあったものが地震か洪水の拍子にひっくり返って海に落ちたのか、事情は定かではないが、建物の上下が逆さまになっていた。

 入口自体も随分と上の方にあるが、幸いにも広さはそれなりにあるので、Aダイバーで通ることができる。

 浸水も進んでおらず、適当な場所に艦を止めると、紫乃とロゼとクリスは石造りの床に――恐らく本来は天井であったその苔生した場所に――降り立った。

 

「なんか、湿気がすごいわね」

「うへ、すげぇ気持ち悪ぃ臭い」

「腐った生魚のような悪臭だな……まぁ、こんな場所だ。迷い込んだ魚の死骸があってもおかしくないかも知れん」

 

 三人はそれぞれそのような感想を漏らしつつ、レリックライザーを握ったまま周囲を見渡す。

 最上階に敵影はなし。ひとまずそれをアレックスに報告すると、了承の言葉と同時にAダイバーが透明化する。

 

『我々はここで待機しておく、無事に帰ってくるんだぞ!』

「ええ、では」

 

 紫乃が通信を切り、ロゼとクリスを伴って歩き出す。

 近くには上下逆転した階段のある穴があり、明かりで照らして覗き込むと、やはり海水が少しも溢れていない天井が見える。

 同時に穴を覗き込めば、独特な磯の香りと湿気に混じって、先程の不愉快な悪臭が僅かに強まるのが感じられた。

 しかしそんな理由で足を止めるワケにはいかない。紫乃・ロゼ・クリスの順で慎重にその中を進んで行き、着地した紫乃はすぐに周囲の安全を確認する。

 

「姿は見えない……が、臭いがまたキツくなったな……」

 

 呟きつつも警戒を続けていると、残る二人も降りて来た。

 彼女らも立ち込める異臭に表情を歪め、しかしすぐに気を引き締めて同じく警戒に当たる。

 そして再び次の階に続く穴を見つけ、先程と同じように奥へ奥へと進んで、同じことを繰り返して下層を目指していく。

 

「しっかし何もねぇな。ひっくり返ってる割に、中が荒れてるって感じもねぇし」

「……言われてみると少し変ね、どうして上から落ちていったはずの建物がここまで綺麗に残ってるのかしら?」

 

 周囲を窺いながら疑問を口にするロゼ。

 しばらくの後、ようやく最下層に到達したところで、紫乃は異変に気付く。

 次に進む先のものらしい穴の中に、これまでと異なって階段が見当たらないのだ。

 しかも人工的な掘り方ではなく、指や爪のような痕跡が見られる事から、巨大な何かが手で掘削したものだと分かる。

 そしてその奥から、徐々に水の音が近づいて来るのが聴こえて来た。

 

「二人とも待て! 何かいる……!」

 

 紫乃に言われて立ち止まり、二人も目を凝らす。

 するとその穴から室内を満たすように海水が慌ただしく溢れ出し、同時に腐臭と湿気が立ち込める。

 そして、海水が台風のように渦を巻き始め、一行はその中心に巨大な海竜の影を捉えた。渦のせいで姿は見えづらいが、この特徴の戯我は知っている。

 

「これは……まさか、カリュブディス!?」

「上級戯我じゃねぇか! しかもでけぇ、うざってぇな!」

 

 クリスが愚痴を吐くと同時に、今度はダイモーン・ギガやケルピー・ギガが無数に姿を見せる。

 そして紫乃とロゼがモンストリキッドを取り出そうとしたところで、クリスが静止をかけた。

 

「なんかおかしいぞ……こいつら、よく見りゃめちゃめちゃ怪我してんじゃねぇか」

 

 その言葉で、紫乃とロゼも気づく。

 カリュブディスも配下と見られる戯我たちも、紫乃たちの存在を認識してもすぐに襲いかかって来ないのだ。

 むしろ、必死に逃げ道を探しているようにさえ感じ取れる。封魔司書の相手をしていられない程、切羽詰まっているのだろう。

 

「まさか!?」

 

 ハッと紫乃が目を剥くと同時に、穴の中からまたも異音と地響きが木霊した。

 直後、今度は獣毛に覆われた野太い腕が伸び出し、渦にそれを突っ込んでカリュブディス・ギガを強引に引きずり込んで行く。

 さらに生々しい咀嚼音が聴こえて、洞穴を圧し拡げながらその巨大な怪物は姿を現す。

 

「こいつが……超獣戯我、魔神アモン!?」

 

 かつて至高の太陽神と呼ばれていたモノは、その当時の威光と面影をまるで感じられない程に変わり果てていた。

 頭部は梟だが嘴の中に獰猛な鋭い牙が見え、大きな羊の双角が生えており、上半身は狼のようであるが腰から下は大蛇のものになっている。背中には巨大な翼を生やし、両眼は朱く狂ったように様々な方向へと視線を散らせている。

 これが堕落した太陽、魔神アモン。あまりにもおぞましいその風貌に、三人とも表情を引き攣らせていた。

 

「たい、よう……ひかり……えいこう……わたしの、ラー……すべてを、ごういつ……ちからを、もっと……」

 

 ヨダレを垂れてブツブツとそんな事を呟きながら、アモンは周囲の戯我を手当たり次第に食い散らかす。

 

「やべぇな、完全にイカレてやがる」

 

 あっという間に最後のダイモーンを丸呑みにすると、アモンは三人に向かって咆哮。

 紫乃たちはリキッドとレリックライザーを装填し、即座に戦闘態勢に移る。

 

「気をつけて! 相手はラジエルの書も取り込んだ神よ!」

《舞え! 優雅なる赤薔薇の戦乙女! エレガントヴァルキリー!》

「へっ! 上等だぜ!」

《化け乱す幻惑の剣士! イリュージョンケットシー!》

「行くぞ!!」

《光に翼を得たるが如し! 神をも超える煌きの龍! オリエンタルトリニティ!》

 

 変身を完了し、三人ともバラバラに散開。

 ブリューナクとクラレントは左右から、ムラサメは飛翔して頭上から仕掛ける。

 先に攻撃に動いたのはクラレントだ。リキッドを押し込み、その力を発揮した。

 

《ケットシー! Calling(コーリング)!》

「そらぁ!」

 

 大きく跳躍し、下から突き上げるように力強く蹴りを繰り出す。

 しかしその一撃は、屈強な腕によって容易く防がれ、振り払われて壁面に叩きつけられてしまう。

 

「ぐお……!?」

「クリス! だったら!」

 

 ブリューナクは槍を構え、自らの分身体であるエレガントミラージュを数体生み出し飛び回ると、アモンを取り囲んで刺突を繰り出す。

 だが体に刃が刺さってもほとんど意に介さず、蠢く蛇の尻尾を振って、本体のブリューナクごと全てのミラージュを薙ぎ払って消滅させた。

 

「きゃっ!!」

「ブリューナク!? くっ、それ以上やらせるか!」

《アーツツクヨミ! Calling(コーリング)!》

「急々如律令!」

 

 レリックドライバーの操作と同時に生み出される八つの勾玉が、自動で動いてあらゆる方向からアモンに光線を浴びせる。

 体の焼ける痛みにアモンは一瞬悶えるも、その苦痛が怒りの炎を煽り、叫びながら全身を使って暴れ回り始めた。

 

「ルォォォォォーッ!!」

「ぐぅ!? ……ならば!」

《ボディスサノオ! Calling(コーリング)!》

「急々如律令!」

 

 片手にAウェポンとは異なる光の剣を形成し、二つの剣を交叉させて力技で抑え込むムラサメ。

 だがその防御の隙をつくように、アモンは大きな口を開いて口腔に炎を生み始めた。

 攻撃が来る。それを察知し、ムラサメは再びスプレー缶のダイヤルを回す。

 

《ソウルアマテラス! Calling(コーリング)!》

「急々如律令!」

 

 薄い光の膜が、全身を覆う。

 敵からの攻撃を反射する八咫鏡と同じ機能を持つ力。これでアモンの攻撃を跳ね返そうと画策したのだ。

 だが。

 魔神の口部から解き放たれた朱い破壊の獄炎を、僅かに反射しながらも八咫鏡は貫かれてしまった。

 

「なに!? ぐああああああああ!!」

 

 装甲が熱に焼かれ、ムラサメが苦しみの声を上げる。

 咄嗟に身をかわした事が幸いして致命傷には至らなかったが、ダメージは決して浅くはない。

 ムラサメは痛みによろめきながらも、なぜ八咫鏡で攻撃を跳ね返せなかったのかを考え、そしてすぐにその結論に至った。

 

「そうか……ヤツは古代エジプトの太陽神! 同じ太陽の神でもアマテラスより高位の神能を持つ、だから八咫鏡では防ぎ切れないのか!」

 

 なんとか態勢を立て直したその時、アモンは鼻をヒクつかせ、散っていた焦点をグリンッとムラサメの方に合わせる。

 

「たいようの……ニオイ……う、が……よこせ、それを……よぉこせぇぇぇぇぇ!!」

「くぅっ!?」

 

 太陽神の神血を内包するオリエンタルトリニティを狙い、命を奪うべくアッパーカットを繰り出すアモン。

 その一撃を受けて天井に背をぶつけた後、続け様に掌で地面に叩き落され、追い打ちにもう一度拳が襲いかかって来る。避ける暇もなく、ムラサメの口部(クラッシャー)からは血が漏れ出た。

 しかしムラサメの方もただ攻撃を受け続けているだけでは終わらず、草薙剣を梟頭に向かって投擲して牽制し、かわされた瞬間にGモードのAウェポンでアモンの右眼を撃ち抜く。

 痛みに呻いて再び暴れ出そうとするアモンを尻目に、再び立ち上がったムラサメは右腰のホルダーにセットしておいたカレイドライザーを手に取った。

 

「やはりこれを使うしかないな……!」

 

 敵が右眼を押さえて喘いでいる間に、レリックライザーをホルダーに戻してカレイドライザーを装填。

 そしてカレイドライバーとなったそのベルトのバックルへと、賢者の石が内包されたリキッドをセットする。

 

「カラーシフト!」

 

 ムラサメはその掛け声を発すると同時に、トリガーを引く。

 だが、何も起こらない。

 慌ててベルトを見下ろして再び操作するが、カレイドライバーが応答する事はなかった。

 段々と焦燥が募り、彼の様子を見ているブリューナクとクラレントも仮面の奥で目を見開く。

 

「そん、な!?」

「紫乃でも……使えない……!?」

 

 二人の視線を受けながら、ムラサメは拳を握り込んで前を見上げる。

 この力無しで、自分は勝てるのか。そう思った時には、苦悶から回復したアモンが迫っていた――。

 




付録ノ三十七[アモン]

 古き名は『アメン』。古代エジプトの太陽神にして絶大な権力を振るった神々の主であり、その名は『隠れた者』を意味する。
 同じ太陽神のラーや生殖の神ミンと合一し『アメン・ミン・ラー』となって、エジプトに子孫繁栄と豊穣を齎して長く統治し続けた。
 ギリシアの天空神ゼウスと合一した『アメン・ゼウス』という姿も存在する事からも、アメンがいかに強大な神であったかは想像に難くない。

 アモンはそんなアメンが悪魔へと貶められた姿であり、ゴエティアにもその存在が記されている。
 羊やガチョウに化身したというアメンとは違い、アモンは梟や蛇や狼など様々な生物を合成させたような禍々しい姿で描かれている。
 召喚者に対しては過去と未来の知識を教えたり、人間同士の調和と不和を操る事ができるという。

 謎の神メジェドの正体とする説もある。
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