仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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「驚いた。まさか、魔神アモンをアメン神に戻す程の力に目覚めるとは」

 LOT本部、アトランティスの神殿にて。
 海底遺跡から戻った紫乃たちの報告を耳にして、ヘルメス・トリスメギストスことセピアはフードの奥で瞠目していた。

「アメン様は治療のため眠りにつかれているが、直前に今回の礼を言っていた。そして、必ず恩を返すと」
「……では、ロゴス・シーカーとの決戦の折に手を貸して頂くというのは?」
「私もそれを進言するつもりだ」

 小さな顎で頷き、セピアはさらに話を続けた。

「報告によれば、ヤツらも大きく動いている節があるという。近く、大規模な戦争が起こるだろう。恐らくは磐戸で」
「オレたちの手で守らなければ……磐戸はおろか、日本や世界がヤツらに滅茶苦茶にされてしまう」
「戦争の際には我ら本部も助力しよう。他の支部や神々にも声をかける。持てる最大の戦力を用意して、な」

 そう言った後、セピアは欠伸をして時計を眺める。そして、意識を混濁させたまま紫乃たちに向かって声をかけた。

「明日磐戸に戻ると良い。あまり長居していると、戦争が始まってしまう」
「了解しました」

 返事をした直後、セピアはちょいちょいと紫乃にだけ手招きをする。
 何かと思って近づいて跪くと、彼女は紫乃の右頬に、その小さな唇をチュッと押し付けた。

「……頑張ってね、お兄ちゃん」

 紫乃が目を丸くさせ、ロゼとクリスがムッと頬を膨らませる。アレックスの方は呆れ顔だ。
 セピアはペロリとイタズラっ子のように舌を出し、手を振ってから自室に帰っていくのであった。


第三十九頁[透明な思い]

 

 紫乃が新たな力を手にして本部に帰還した後。

 今日も磐戸の児童養護施設にボランティア活動をしに来たロッソとヴェールは、大人たちが慌ただしくしているのを見つけて不思議そうに眉を寄せていた。

 子供たちもどこか落ち着かない様子だ。どうしてこんなに騒がしくなっているのだろうか、そう思ってロッソは近くにいた葵から話を聞き出す事にする。

 

「なんの騒ぎ、これ?」

「ロッソくん……! 実は、さっき子供たちが、その……戯我に襲われたの!」

「なんだって!?」

 

 曰く、公園で遊んでいる時にいきなりコオニ・ギガが複数体現れ、子供たちを攫おうとしたのだという。

 幸いにもすぐに魔祓課のSオートマータが出動し対処したが、全てを討滅し切れずに一人が拉致されてしまったのだ。

 

「ど、どうしよう兄様……!」

 

 ヴェールは狼狽し、ロッソと葵の顔を交互に見ている。

 彼女が慌てているのは、この活動の間に子供たちと仲良くなったためで、今すぐにでも助けに行きたいという気持ちが表情に出ていた。

 一方で、ロッソ自身はそこまでこの施設で積極的に職員の手伝いをしていたワケではないため、それに故に今回の状況でも一歩引いて考え行動する――はずだった。

 

「どうするって、それは」

 

 普段通りのロッソなら、無関係の子供などただ突き放すように見捨てるか、その場は動かずLOTへ連絡だけするという形で終えていただろう。

 しかし彼は、頭でそうするべきだと理解していても、迷いがよぎって実行に移すことができなかった。

 そして自分でも心を乱す理由が訳が分からないまま、ある提案を口に出す。

 

「葵、魔祓課とLOTに連絡は?」

「もうしてある、でも捜索に時間がかかってるみたいで」

「なら僕とヴェールでその子を探しに行く! そっちはいつも通り仕事でもしてなよ!」

「えっ!? ま、待って二人とも! あなたたちまで戯我に捕まったら……」

「良いから言う通りに、LOTからの連絡を待って! ヴェール、行くぞ!」

 

 兄の言葉に同意し、ヴェールは共に足早に施設を出る。

 ロッソたちはかつてロゴス・シーカーとしてこの街を襲撃していた過去があるため、幸いにも戯我の潜む場所には心当たりがいくつもあった。

 さらに公園付近からその足跡を辿っていけば、ある程度まで場所は絞り込める。

 

「恐らくここだ」

 

 二人が該当の戯我たちの住処と見た場所は、今や廃墟となっているボーリング場だ。

 ヴェールは周囲の様子を窺い、深く頷く。

 

「うん、間違いないね。爪とか毛とか、痕跡も残ってる。早速突入しようよ!」

「慌てるなヴェール。リキッドを持っていない僕らがどうやって助けるか、その問題があるだろ。それに徒党を組んでいるとはいえコオニだけで行動するとは思えない、恐らく格上の戯我が一緒だ」

 

 それを聞くなり、ヴェールは僅かに俯いてしまった。

 下級のコオニのみならともかく、フォージバイザーもモンストリキッドも持っていない今の二人では、中級以上の戯我を倒して子供を取り返す事など不可能。

 交渉が通じる相手であれば良いが、そうでなければ自分たちの命すら危うくなるだろう。

 

「……よし。僕が誘き寄せる囮役になるから、その間に子供を助けて別ルートで逃げてくれ」

「兄様は!? 捕まったらどうするの!?」

「大丈夫だ、一人で逃げ切ってやる。それよりお前も失敗しないようにしっかりやるんだぞ」

 

 ヴェールの頭を撫で、ロッソは行動を開始した。

 予想通り、コオニは中級の戯我と共にいる。雀のような頭と黒い蝶の羽根模様に似た袴を纏った帯刀の怪人、ヨスズメ・ギガだ。

 刀の柄頭に手をやって、彼女はチッチッチッと鳴いている。

 

「たかが子供を掻っ払う程度で手傷を負うとは情けない、これではあの御方からアレを貰った意味がないではないか」

 

 隠れて話に耳を傾けているロッソは、ヨスズメの言う『アレ』について関心を持った。もしかしたら何か強力な道具を持っているのか。

 しかし話の続きが語られる前に、ヨスズメは気配に気づき、ロッソの隠れている場所に目をやって声をかけてくる。

 

「そこにいる者、出て来い。(それがし)に斬られる前にな」

 

 ヴェールは捕まった子を見つけただろうか。

 そんな心配をしながらも、ロッソは大人しくヨスズメの前に姿を見せた。

 

「何者か。名乗れ」

「慌てるなよ、僕は敵じゃない。ロゴス・シーカーの所属だ」

「ほう」

 

 嘘は言っていない。ロッソからすれば見逃して貰えるなら敵にはならないし、ロゴス・シーカーにいるのも事実ではある。

 しかしここで会話を終えて逃げてしまうと本来の目的を果たせないので、適当に時間を稼ごうと彼は画策した。

 

「知っているかな? ロゴスは今、幹部が倒されたり内部分裂を起こして弱体化してしまっている。僕らはその穴を埋めるために、優秀な戯我を探しているんだ」

 

 ヨスズメが目を細める。ロッソはそれを自分の言葉に聞き入っているものと見て、さらに交渉を続ける。

 

「どうだい、君さえ良ければ僕らのボスに話をつける事もできるよ。行く行くは幹部にだってなれるかも知れないね」

「……」

「さぁ、一緒に神の時代を目指そう」

 

 偽りの勧誘に賛成し、自分を見逃してくれる事を期待しながら、手を伸ばす。

 だが、その直後。

 鞘走る音と共に右目に焼けるような痛みを感じ取って、ロッソは思わず蹲った。

 

「がっ!?」

「うつけめ。某は既にロゴス・シーカーのバルト様と契約を結んでいるのだ、近々ここ磐戸で起こる戦争のために」

「なに……!?」

「そして貴様の事も聞いて良く知っているぞ。仮面ライダーに負け続けた挙げ句にモルガン派に寝返った、人間紛いの薄汚れた半端者だとな!」

 

 人間紛い。半端者。

 かつてカリオストロに育てられていた頃であれば考えられない、戯我たちからの中傷の言葉。

 しかしこれらは、きっと以前から彼らが口に出さずにいた言葉なのだろう。ロッソはそう感じて、何も言えずにいる。

 そしてされるがまま頭を殴られ、腹を蹴りつけられ、気づけば地面を這い蹲っていた。

 

「ぐ、あ」

「嘘つきの舌はここで斬って捨ててやろう、愚かな貴様の妹も同じように。そして某が超獣に至るための礎となれ!」

 

 そう吐き捨て、ヨスズメは抜いた刀を振り上げる。

 これでもう終わりだ。ロッソがそう思った、次の瞬間。

 ヨスズメの手に一本の光の矢が突き刺さり、刀を取り落とさせた。

 

「ぬぅっ!?」

 

 左手に刀を持ち替え、ヨスズメは慌てて引き下がる。

 その視線の先に立つ者は、迷彩柄の外套を羽織った弓を持つ仮面の戦士。

 

「ユーダリル……」

 

 彼に気づいたロッソが、名を小さく呟く。

 敵であるLOTの仮面ライダーを前に、ヨスズメは一瞬慌てるものの、すぐに踵を返して走り出す。

 

「コオニ共、時間を稼げ! Gクロスで今すぐ――」

「遅ぇよカス」

「え……ごバッ!?」

 

 だが目的の装備を持ち出す前に、ユーダリルのAウェポンによって頭を射抜かれ、べチャリと舌が地面に落ちて溶ける。

 そして狼狽するコオニたち諸共、光の矢によって全身風穴だらけとなって消滅した。

 あまりにも呆気なく戯我の集団が倒されるのを見て、ロッソは安堵と同時に深い溜め息を吐く。

 仮にまだ敵対関係が続いていたら、きっとまた勝てなかっただろう。そう思うと、自分自身が情けなくも思えて来た。

 沈んだ気持ちを誤魔化すように勢い良く立ち上がったロッソ、だがそこで変身を解いた灰矢が頭に掴みかかる。

 

「おい待てよ」

「痛っ!?」

 

 何事かと思ってすぐに振り向くと、灰矢は続いて傷を負った目を無理矢理開かせた。

 

「目は……大丈夫みたいだ。良かったな、傷がついたのは瞼と頬だけだ」

 

 本心からの言葉のようで、彼もホッとしたような顔をしている。

 そしてその顔つきはすぐに憤ったものに変わった。

 

「ったく、子供相手にこんな真似しやがって」

「……」

「ん? なんだよその顔」

 

 ロッソは眼の前の男の優しさを不思議に感じていた。

 どうして、こんなにも自分を心配してくれるのか。互いに敵だったのに。争い合った仲なのに。

 

「怒ってないのか? 勝手に乗り込んだこと」

「怒ると思ってたのか?」

「それは……いや、違う。聞きたいのはそうじゃない」

 

 自分で口走った事なのに困惑し、首を左右に振るロッソを見て、灰矢は彼の言いたかった内容を理解する。

 

「別に、助けるだろ普通。人が死ぬところなんざ好んで見たがるワケあるかよ」

「でも僕は君の敵なんだぞ。それに……人間じゃない」

「知るかンなもん。人間じゃないヤツだったらみんな死んで良い理由とか、別にねぇだろが」

「僕らはこの街の住民の命を奪ったんだぞ!?」

 

 ロッソが悲鳴のように叫ぶのと、意識のない子供を背負ったヴェールがその場に姿を現したのは、ほとんど同時だった。

 まるで不意に胸をナイフで刺されたかのような、そんな心の痛みが、双子たちを苛む。

 すると灰矢は、僅かに目を細めて壁にもたれかかる。

 

「そうだな、それについちゃ……俺も話さなきゃいけない事がある」

 

 そう言って、ヴェールが机の上に下ろした眠れる少年を指差し、灰矢は告げた。

 

「お前らが今いる施設の子供、それから一部の職員もだな。両親や子供、恋人を喪ってる。戯我のせいで」

「え」

「その中にはお前らが殺した人間もいるんだぜ」

 

 二人とも、心の傷をより深く抉られた気分だった。

 

「僕らが……僕らの、せいで」

「あの子たちの親が……死んで、る?」

 

 ふらふらとロッソが灰矢の方に歩こうとして、躓いて膝をつく。

 死んだとすれば、それはフォージバイザーを使って人間の色を吸収した時だろう。そしてたとえ自分たちが直接やったのではなかったとしても、戯我を支援する組織に属している以上そんな事は何の免罪符にもならない。

 そして、二人は自分たちを児童養護施設で働かせた灰矢の『本当の狙い』を理解した。

 

「あの施設で生活させたのは……全部、このためか? この子たちと親しくなった時を見計らって、全部打ち明けて……心を挫くためか?」

「まぁ、似たようなモンだな。お前らのやった事がどれほど罪深い事か、しっかり心をブチ折られた上で知るべきだろ。協力するってなら尚更な。じゃなきゃ償いになんねぇよ」

 

 灰矢はそう言い放った後、鞄から16本のリキッドを取り出して地面に落とす。

 全てロッソとヴェールから没収したものだ。

 

「これを拾って戦う力を取り戻すか、それとも手放して普通に生活するか。どっちか選べ」

『……』

「自分たちがどうしたいのか、頭使って考えな」

 

 二人ともすぐに手を伸ばせなかった。

 再び力を手に入れて変異する事に対する怯え、戦いの中でまた誰かを死なせてしまうかも知れないという恐怖。

 あれほど渇望していたはずなのに、ロッソもヴェールも、その二つの感情に挟まれて身動きが取れなくなってしまっている。

 

「戦うのって……こんなに、悲しくて恐ろしい事だったんだ」

「私も知らなかった。カリオストロ様も誰も、教えてなんてくれなかった……」

 

 生み出されてからすぐに戦いの道を進まされた双子の人造人間に、それ以外の選択肢は与えられていなかった。人間から色を奪う事に心が痛まないように刷り込まれていた。

 だからこそ今、二人はこれまでの自分たちを振り返って心を抉られているのだ。

 そしてこんな自分たちに戦う資格などないのかも知れないと、ヴェールの方はほとんど気力を失いつつあった。

 

「でも」

 

 しかしその時、ロッソが動く。

 眼の前に落ちているモンストリキッドに、震えながらも手を伸ばした。

 

「兄様!?」

「僕らが何もしなくても、戯我は人を襲う……全てを捨てても何も変わらないんだ! 変えるために、戦わなくちゃいけないんだ!」

 

 その眼に強い決意の炎を滾らせながら、ロッソは言う。

 灰矢はそれを聞きながら、彼の前で屈んで視線を合わせる。

 

「本当に分かってんのか? お前らは既に大勢の命を奪ったんだ、そんなヤツらが戦う姿を見れば誰しもお前らに石を投げる。この街に味方なんていないぜ」

「それでも! この力でバルト・アンダースを止めたい……僕は、その道を選ぶ!」

「たとえ今更戯我から人間を守るために戦ったとしても、お前らのやった事がなくなるワケじゃねぇ。それでもか?」

 

 ロッソは深く頷いた。

 それに呼応するように、ヴェールも自分のリキッドを拾い上げて灰矢に向かって頷く。

 すると、灰矢は短く息をついてから二人の肩に手を置いた。

 

「なら、約束しろ。これからは人を守るためにその力を使うってな。その約束を守れてる間は……」

 

 僅かに口元に笑みを見せ、灰矢は言う。

 

「俺がお前らの味方だ」

 

 その言葉を聞いて、双子たちは目に涙を溜め、差し伸べられた手を強く握り返すのだった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 翌朝。

 LOT磐戸支部に帰還した紫乃たち一行は、織愛や晴明に無事と新たに入手した力についての報告、そして情報共有と今後の方針について話をしていた。

 そして紫乃は新たに入手した二つの道具を、織愛に渡す。

 

賢者の石(プリズムエリクシル)プロメテウスの灯(カレイドライザー)……とんでもない代物が飛び出して来たわね」

「ですが心強い。神の敵(サタン)級が相手でも、これなら対抗し得るでしょう」

 

 晴明の言葉に織愛が首肯し、ふと思いついたように質問を投げた。

 

「紫乃くん、そのプリズムエリクシルとオリエンタルトリニティ・スプレーは併用できないの?」

「一度向こうで試してみたが、無理だな。端子が噛み合わない。恐らくソニックペガサスの方なら分割してセットできるだろうが、それで機能するかどうかも分からん」

「そっか。組み合わせればもっと強力になるかも、って思ったんだけど」

「まぁ、だからと言ってやりようがないワケではないが」

 

 織愛からリキッドとカレイドライザーを返して貰いつつ、そう言った。

 そしてそこへ、会議に参加している灰矢が横から口を挟む。

 

「で、どうすんだよ。その力でどうやってクロノスを消す?」

 

 質問に対し、紫乃は頭を振る。

 

「消滅させる必要はない。そのためにこれを手に入れた」

「あん? どういう意味だ?」

「ヤツを……リキッドに封印する」

 

 灰矢だけでなく織愛も晴明もフェイも、そして同行していたロゼやクリスやアレックスもその発言に目を剥いた。

 続けて、紫乃は策の概要を伝える。

 

「海底遺跡でもやったが、オレは神の力に干渉できる。戦闘不能に追い込む必要はあるが、サイキックによって操ればリキッドに封じ込める事もできるはずだ」

「だが神を押し込める器など存在するのかね!?」

「カレイドライバーがあるなら可能です。なぜなら……容器として使うのは、オリハルコンですから」

 

 アレックスに対して返答し、驚く彼を唸らせる。

 プリズムエリクシルとカレイドライザーによって生み出されるオリハルコンは、柔剛軽重自在の金属。

 それは強力な装甲になると同時に、内側から決して破れない不壊の牢獄となるのだ。

 

「神は何度倒しても必ず蘇る……だから倒さずに封印してしまえば、もう何もできないのね!」

「しかもオリハルコン製のリキッドならどうやっても脱出できねぇ! 外からも壊せねぇ! いけるだろこの作戦!」

 

 クリスの表情に喜色が浮かび、ロゼも同意して頷く。

 だが、灰矢と織愛はまだ不安が残っている様子だった。

 

「いや、まだ課題はあるぜ。そもそも野郎を戦闘不能にしなきゃいけないんだろ」

「灰矢くんの言う通りよ、どちらにしてもバルト・アンダースを倒さない限り……この作戦は機能しないわ。そしてヤツの力の底は見えていない。まだこちらの手を知られていないとはいえ、一体どんな策を使って来るか」

「それにビヨンデッタや天海に、ウロボロスもいる。簡単にバルトの元まで到達させてくれねぇだろーな」

 

 その点は紫乃も同意見のようで、素直に頷く。

 敵から攻めて来るのは確実。今回は総力を結集してくるはず、天海もウロボロスも一度倒したとはいえ一筋縄ではいかないだろう、と紫乃たちは思う。

 直後、扉が開いて会議の場に新たな人物が介入する。

 

「ならば到達を可能にし得るように戦力を整えておきましょう」

「モルガン!?」

 

 背後にアダンと菫を従えながら現れた彼女は、驚くクリスに四角いケースを放り渡した。

 中に入っているものを確認すると、クリスはニッと笑みを零す。

 

「少々遅れましたが、あなた用のリキッドです。最終決戦にはこれを」

「おう! 任せな!」

「期待していますよ。それで、LOTの本部や他支部からの支援はあるのですか?」

 

 質問には、アレックスが代表して答えた。

 

「日本支部や日本国内の封魔司書、さらにギリシアを始めとするヨーロッパ内の一部の支部からも派遣し、神々からも可能な限りの戦力を動員する……と本部長は仰った。我々の持てる全ての力を動員し、バルト・アンダースを迎え討つと!」

「我々もそこに加われば、打倒バルトは成される事でしょう。問題は、向こうに相当な数のラジエルの書の頁が流れている事ですが……」

「しかし、保有数で言えば五分のはずだ。最終決戦にはそれの使用も考えられている、今更数枚の差で引っ繰り返されはすまい」

 

 その後も作戦会議は進み、敵側の侵攻に対して誰がどう動き、どのように街を守るのか。徹底的に議論がされる。

 やがて時間は過ぎ、この日の会議は終了となった。

 全員疲労から思い思いに伸びをしたり飲み物を取って休息を取る中、紫乃は席を立ってある人物の元へ歩いていく。

 

「菫。少し、話をしたい」

 

 相手は彼の実の姉、菫だった。

 生き別れてようやく見つけた弟に、何度も『弟ではない』『LOT以外の家族など知らない』と拒絶され続け、さらに灰矢からもここ最近は避けられていた彼女。

 だというのに突然紫乃の方から話しかけて来たので、内心で大層驚きつつも、それを表に出さず咳払いしてから返答する。

 

「話って?」

 

 一呼吸の間を置いた後、菫の目を見つめながら、紫乃は頭を下げる。

 

「オレの両親の住所を教えてくれ」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……で、な~んで俺が運転しなきゃなんねーんだよ」

 

 作戦会議からさらに翌日。

 ライトグレーのワゴン車の運転席で、鏡越しに後ろの席をじとっと睨みながら灰矢がぼやく。

 助手席に座る紫乃は、申し訳無さそうに珍しく眉を下げていた。

 

「無理を言ってすまないな、灰矢。こいつらがどうしても同行したいと言うから」

「いやまぁそりゃロゼと菫はギリギリ分かるけどよ」

 

 そう言った灰矢の視線は、大股に足を広げてドーナツを遠慮なく貪っているクリスに注がれている。

 するとその視線に気づいたのか、クリスはムシャムシャとドーナツを頬張りつつ首を傾げた。

 

「なんだなんだ、堅ぇ事言うなよおっちゃん」

「誰がおっちゃんだてめぇ、俺はまだ24だぞ!! っつーか座席に食いカス落とすんじゃねぇふざけんなクソガキが!!」

「いや余所見すんなよ前見ろって前!! 前!!」

「だあぁぁぁ~っ!! ジュースまで零しやがって、チクショウが!!」

「おっちゃんの運転が荒いからだろ!!」

「おめーのせいだよ!? おっちゃんって言うんじゃねぇ!!」

 

 ちなみにこの車は支部の所有ではなく灰矢の私物である。

 苛立ちで若干運転が荒っぽくなりながらも、灰矢はナビに従って目的地を目指していく。

 向かう先は磐戸市に隣接する街。ここは磐戸に比べて自然が多く、住宅地が拡がっている。

 

「はぁ、ったく……そろそろ着くぞ」

 

 灰矢はそう言って近隣のパーキングエリアへ向かおうとするが、そこで紫乃が待ったをかける。

 

「この辺りで大丈夫だ。止めてくれ」

「直接行かなくていいのか?」

「大勢で押しかけるワケにはいかんだろう」

 

 その言葉に何かを察した様子で、灰矢は車を停止させた。

 

「そうか。じゃ、行ってきな」

 

 小さく頷いた紫乃は、車を出て目的地の八重垣家へと足を運ぶ。クリスもその後に続こうとするが、それは灰矢によって止められた。

 足を運ぶとは言っても、インターホンを押して中に入れて貰うワケではなく、遠目に様子を窺うだけである。

 菫から聞いて、休日の今日は大抵の場合庭で遊んでいるのだという事を、紫乃は知っていた。

 

「……!」

 

 庭の方をじっと眺めていると、家の窓から()()の人影が姿を見せる。

 一人は長い髪の女性、紫乃によく似た美しい顔立ちで、楽しそうに家族と会話をして微笑んでいた。

 その隣には眼鏡をかけた男性がいる。目つきは鋭いが表情は穏やかな雰囲気で、仲睦まじい夫婦のように見える。

 そして、もう一人。眼鏡の男の隣にいるのは、紫乃よりも小さな幼い少年だ。彼を見て、紫乃はすぐにその正体に気づく。

 

「オレ……弟が、できていたのか……」

 

 顔は良く似ているが、両親とボール遊びをしながら無邪気な笑顔を見せるその姿は、戦いの中に生きた紫乃とは似ても似つかない。

 彼らの笑顔を見るだけで、紫乃がいなくなってしまってもどうにか立ち直り、そして平和な生活を送ってきたのだろうという事は簡単に想像できた。

 そんな平和に浸かる八重垣家を見て紫乃が抱いた感情は、当時の悲劇を忘れているような態度に対する怒りでも、幸福そうに生きる彼らに対する憎しみでも、ましてや自分がそこにいない事への悲しみでさえもない。

 

「良かったなぁ……お前じゃなくて、本当に……生きてて良かったな……」

 

 安堵と喜びだった。

 もし何かの運命の悪戯で、自分ではなく後に生まれた弟が攫われていたら。心に傷を負って死んでしまったり、病院でキュクロプスの眼に一人でも命を奪われていたら。

 きっと彼らは、こんな平和な日常を送る事はなかったに違いない。何事もなく生きていてくれるだけで、紫乃は自らの心が暖かくなって行くのを感じ、静かに空を見上げる。

 そして一家に声をかける事なく、踵を返して音もなくその場を去って行った。

 

「あれぇ? ねぇおかーさん、さっきそこにだれかいなかった……?」

 

 少年のそんな言葉も、もう紫乃の耳には届かない――。

 

 

 

「どうだった、家族に会った感想は」

 

 帰り道の車中、灰矢は尋ねる。

 座席には紫乃の隣で穏やかに窓の外を眺めるロゼと、逆に不服そうに菓子を貪るクリス、そして助手席に変わって暗い表情で溜め息を吐く菫がおり、紫乃はミラー越しに灰矢を見ながら答えた。

 

「会いはしなかった。顔を見に行っただけだ」

「おいおい」

「でも」

 

 灰矢の文句を遮りつつ、紫乃は凛とした表情で言葉を紡ぐ。

 

「オレがこれまで守ってきたものは何だったのか、これからも守っていかなきゃならないものは何なのか……やっと、これで理解できた気がする」

 

 一瞬目を丸くした後、灰矢はフッと微笑んで満足そうに「そうか」と短く返した。

 続いて、紫乃は菫の方に視線を合わせる。

 

「菫」

「……なに?」

「お前には悪いが、オレは八重垣家に戻るつもりはない。やはり、オレの居場所はあそこじゃないんだ」

「そう……なのね」

「だが、あんなに暖かい家族がいた事は絶対に忘れない。どんなに離れていても、必ず守る」

 

 菫もまた、驚いた様子で振り返った。

 そして紫乃は、どこか照れたように目を逸しつつ、話を続ける。

 

「それから……お前ならたまに会いに来るくらいなら、許しても良い」

 

 その一言で、菫はぐっと唇を引き結ぶと、正面へ向き直って目元を指で拭った。

 

「ありがとう、紫乃……私の大切な、弟……!」

 

 どこまでも不器用で、離れ離れになったまま分かり合えなかった家族。

 そんな二人の思いがようやく真っ直ぐに重なるのを感じて、灰矢もロゼも、クリスも僅かに表情を綻ばせていた。




付録ノ三十九[夜雀]

 雀のような鳴き声を上げながら、夜闇に紛れて人を追い、取り憑いて不吉を振り撒く妖怪。
 迂闊に捕まえると夜盲症に罹ってしまうという。
 実は鳥ではなく蝶や蛾とする説もある。
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