仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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「そう、逃がしてしまったのね」

 戦いを終え、紫乃は図書館の地下にあるLOT磐戸支部の拠点に戻っていた。
 事態の一部始終を報告すると、織愛は一瞬難しい表情をしつつも、紫乃に向かって微笑みかける。

「でもあなた自身が無事で良かったわ。気を落とさないで、次に切り替えていきましょう」
「……了解」

 不服そうにしながらも、紫乃は頷く。
 そして、議題は戦闘中に起きた事柄について移っていく。

「それにしても、白スーツの男もそうだけど……一体誰だったのかしら?」
「戯我なのか人間なのかも分からない、だがヤツを助けるために介入した何者かがいるのは間違いない」

 織愛もそれに同意し、豊満な胸を乗せるようにして腕を組む。
 敵の規模や詳細な目的さえまだ見えて来ない。まだまだ調査は長引きそうだ。

「もう遅いし、今日は休んで良いわよ。明日もまた学校でしょ?」
「了解」

 短く返答した後、紫乃は部屋を出て行く。
 それを見計らってから、織愛はグラスにワインを注ぎ、一気に呷る。
 ヤケになって飲んでいるのではない。その証拠に、表情から諦めの文字は見えなかった。

「不完全とはいえテスカトリポカの化身を生み出す連中が、遺物の蒐集だけで済ませるとは思えない……何かをしでかす前に、絶対に見つけ出してみせるわ」

 そのためには、と織愛は言いながら、上気した頬を冷まそうとするように天井を見上げる。

「……近い内に赴任する『あの子』の力が必要になるかも知れないわね」

 強い決意を胸に、織愛はさらにワインを追加する。


第四頁[荒ぶる神緑の風]

 そして、数日が経過した。

 紫乃たちLOTはその間も懸命に調査を続けたものの、成果は得られず。

 しかしそれ以降、少なくとも件の白スーツの男や術者による被害はなく、彼らとは無関係だが人間を襲う戯我を狩る時間が続いた。

 現在は休日で学業はないが、だからと言ってLOTとしての活動まで休むワケにはいかない。

 起床後にシャワーを浴びて着替えと準備を済ませた紫乃は、すぐに地下施設の自室から出て、調査を開始しようとする。

 だが、扉を開いた先には二人の少年少女が立っていた。

 

「やっほー」

「おはよう」

 

 同じ学校の先輩、駿斗と若葉だ。

 

「……なぜここにいる……?」

 

 強く固めていたはずの決意が一瞬で緩み、驚いた様子で紫乃が言った。

 駿斗は「ごめんね」と頭を下げ、その間に若葉が勝手に部屋の中に入っていく。

 

「ペガサスの羽根の調査、長引いちゃってたらしいんだけど昨日結果が分かったらしくて。受け取りに来たんだ」

「で、紫乃くんの部屋で待っててって言われたんだよ~。わ、結構片付いてるね。なん……なんとか八犬伝とか置いてある」

「南総里見八犬伝ね」

「そーそー、それそれ!」

 

 若葉はそう言いながら、室内のインテリアや本棚をまじまじと見つめる。

 

「勝手に来て人の部屋を物色するな」

「え~、いいじゃん。それに入る許可だったら貰ってるもん、一緒に遊んでってさ」

「何を言って……。……待て、許可だと? 誰が出した」

 

 尋ねると、駿斗と若葉は紫乃の立つ場所の背後を指差した。

 そこにいたのは、シワやシミのひとつもない黒のスーツを羽織り、その下に純白のワイシャツを着ている、太陰太極図のピンがついた紫のネクタイを締めた美男子だ。

 サラサラの黒髪は顎の辺りの長さで綺麗に切り揃えられている、いわゆるボブカット。瞳はまるで広大な宇宙を思わせる深い青で、細く長い目は狐を想起させる。

 見た目には織愛と同じ20代後半、あるいはそれよりも若い。しかし悟りを開いたかのような清澄な佇まいや余裕のある穏やかな笑顔は、どこか超然とした仙人じみた雰囲気を感じさせた。

 駿斗たちを案内したのだという彼は、紫乃の姿を見ると嬉しそうに頬を緩ませた。

 

「やぁ紫乃。お友達ができたみたいで良かっ……」

「なんでここにいるんだお前」

「えぇ~いきなりぃ~?」

 

 紫乃に詰め寄られ、男は「久し振りに直接会ったのに」と愚痴って唇を尖らせる。

 

「やかましい。大体、日本支部はどうした」

「大丈夫大丈夫。だってホラ、私の部下はみんな優秀だからさ」

「丸投げして来たのか……」

 

 呆れたように紫乃が溜め息を吐いた。

 そこへ、若葉の好奇に溢れた眼差しが紫乃に向けられ、質問が投げかけられる。

 

「ところで紫乃くん、この人誰なの?」

 

 訊かれると、ほんの一瞬言葉に詰まってしまう。

 すると紫乃が答えるより前に、男は丁寧にお辞儀をして微笑みながら名を明かした。

 

「では改めて、初めましてですねぇ。私はLOT日本支部長の安倍(アベ)です」

「安倍さんっていうんですね、よろしくお願いします」

 

 駿斗も安倍と名乗った男に一礼を返し、若葉は元気良く「よろしく!」とにこやかに返事をする。

 嬉しそうにその姿を見つめた後、安倍は微笑みながら数度頷いた。

 

「いえいえ、こちらこそ。紫乃がお世話になってるようで。これからも仲良くしてあげて下さい、友達として……」

 

 その言葉を聞くと、紫乃は眉をしかめて安倍を咎めるような眼を向ける。

 

「誰が友達だ。勝手な事を抜かすな」

 

 苛立ったような一言に、駿斗は幾許かショックを受けた様子で紫乃を見つめた後、俯く。

 若葉の方は、不安げに紫乃と駿斗へ交互に視線を向けていた。

 どこか不穏な気配が漂いつつある中、安倍は諭すような口調で、真剣な面持ちでゆっくりと語りかける。

 

「紫乃、そんな風に言ってはいけないよ。君は確かに戦士だが、戦うばかりでいるワケにもいかないだろう。ただ闇雲に剣を振るうだけでは精神が磨耗する一方だ。たまには心を安らげる事のできる時間や友人を……」

「オレには必要ない」

「だけど紫乃。少しは心を休めないと」

「必要ない」

 

 冷静な口振りでそう言いながら、紫乃は目の前の男の胸倉を右手で引っ掴んだ。

 

「オレはただ戯我を狩る刀だ、そういう契約でLOTに雇われた。金を得て生きていくために。それ以外の事などどうでも良いだろう、面倒事を押し付けるな」

 

 突き放すように言い切り、そのまま睨みつける。

 特別声を荒げていたワケではないのだが、今までとはどこか違うトゲトゲしさに、駿斗らも当惑していた。

 そんな空気を察してか、紫乃は手を離して三人に背を向けて部屋の外に出て行こうとする。

 

「調査に向かう。お前らもう帰れ」

「待ってくれ、紫乃。せめてこれを受け取ってからにしなさい」

 

 言いながら安倍が手渡したのは、エバーグリーンカラーとアンティークイエローカラーのモンストリキッドだ。

 

「これは……」

「新しいリキッドが完成した、それを使ってくれ。頑張りなよ」

「了解」

 

 短くそう答えた後、紫乃は今度こそ部屋を後にするのであった。

 取り残された安倍は、深く溜め息をついて室内の椅子に座し、神妙な面持ちで謝罪の言葉を述べる。

 

「すみませんね、ふたりとも」

「い、いえ。全然大丈夫ですよ。ちょっと驚きはしましたけど」

「……あの子も色々と辛い経験をしていましてね。アレでも随分と軟化した方なんですが、やはりまだ心の傷は癒えていないようだ」

 

 紫乃の過去。

 彼に一体何があったのか、駿斗も若葉も気にしなかったワケではない。

 だが、軽々しく自分たちが立ち入って良い話ではないというのは容易に理解できる事だ。

 彼自身が口に出さない以上、何があったのかは想像できない。そして何も言わないからこそ、抉るように心に深く突き刺さった出来事があったのは間違いないのだ。

 とはいえ、それはそれとして知りたい事はある。

 

「あなたは何者なんですか? いや、LOTの偉い人だって事は分かったんですけど、紫乃くんとの繋がりが見えないというか」

 

 一瞬訝しむような顔をした安倍であったが、最後まで話を聞くと得心したように頷く。

 

「彼を引き取り、封魔司書として戦うための術を仕込んだのは私です。だから彼の師匠と言えるでしょう、そして……父親でありたいと思っていますよ」

 

 そう語る安倍の瞳は、どこか物憂げだった。自分が本当に父親として接する事ができているのか、不安なのだ。

 

「きっと、いつか一緒に笑い合える日が来ると思います」

 

 すると駿斗は、座ったまま眉をしかめている安倍へと、優しい声色でそんな言葉をかけた。

 

「今日までずっと父親として彼と過ごして来たんでしょう? それなら、絶対に紫乃くんだって安倍さんの気持ちを分かってくれますよ!」

「……君は優しいですね」

 

 安倍は再び穏やかな笑顔を見せて、安心した様子で頷く。

 そして、二人に向かってスッと右手を差し出した。

 

「君たちさえ良ければ、これからも紫乃の傍にいてあげて下さい。彼にはあなたたちが必要なんです。LOTの協力者としても、何より友人としても」

 

 その言葉には二人とも快く承諾し、安倍の手を取る。

 

「もちろんですよ!」

「っていうか、頼まれなくても一緒にいちゃうもんね~」

「あはは、そういうの若葉らしいや」

 

 和やかに笑い合う駿斗と若葉。

 二人の姿を微笑んで見守っていた安倍であったが、やがて何か思い出したように顔を上げると、懐から一片の羽根がついたペンダントを取り出した。

 

「忘れるところでした。こちらをお返ししますね」

 

 それは、駿斗が預けた祖父の形見であった。

 受け取るなり、駿斗すぐに首から提げて成果を聞き出す。

 

「ペガサスの羽根! そうだ、調査の結果は!?」

「驚きましたよ。これは紛れもなく戯我の一部、即ちペガサス・ギガの残した羽根です。それもかなり上質な」

「じゃあ、やっぱりじいちゃんが言ってた事って本当なんだ。本物のペガサスがいる……あとは見つけるだけだ!」

「危険ですよ? それに、君のお爺さんがこの羽根を見つけた場所は間違いなくギリシャ、ペガサスだけでなく数々の戯我の生息地帯だ。探してる間に後ろからバッサリなんてことになるかも」

 

 羽根を見下ろして強く拳を握り込む駿斗へと安倍が忠告する。

 駿斗の決意はそれでも揺るがなかった。自分と祖父の目標にまた一歩近づいた、気がしていたのだ。

 

「冒険に危険はつきものです。それは覚悟してます。いや、絶対死にたくはないですけどね?」

「フフッ、君たちは面白いですねぇ」

 

 安倍はそのまま話を続けようとするが、その前に彼の懐のN-フォンが着信音を鳴らした。

 それを取り出して「ちょっと失礼」と言いながら、安倍は通話に応じる。

 

「やぁ玄武(ゲンブ)くん、どうかしましたか? え? すぐ京都に帰って来いって? 急務? んー、しょうがないですねぇ~」

 

 肩を竦ませ、安倍は通話を切って再び二人に頭を下げた。

 

「申し訳ありません、急用ができたのでこれで御暇させて頂きますね」

「あ、はい! お仕事頑張って下さい!」

「ありがとう。それじゃ」

 

 手を軽く振ってモンストリキッドを出し、何事かを呟くと、インクに包まれた安倍はその場から煙のように忽然と姿を消した。

 ベッドに腰掛けていた若葉は思わず身を乗り出し、ぱちぱちと目を瞬かせた。

 

「何者だったんだろう、あの人……」

 

 彼女のそんな間の抜けた声を聞きつつ、二人もその場を後にするのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 一方、街で調査を開始した紫乃は、廃棄された浄水場に来ていた。

 白スーツの男が脚をジャガーマンのものに変化させた事から、その痕跡を辿って行方を探ろうという方針だ。

 結果として、行き着いたのがこの浄水場。既に誰にも使われておらず立入禁止となっているのだが、紫乃は構わず入り込んでいく。

 

「つい最近誰かが入った形跡があるな。問題は、ここで何が行われたのか……?」

 

 廃棄されている事もあって内部は荒れているものの、誰かが争い合った様子はない。

 それはつまり、白スーツの男がこの場所を訪れた時には、LOTや他の敵対する組織と邂逅しなかった事を示している。

 しかしながら浄水場には件の男以外に何者かが来た痕跡が残っており、紫乃はそれを訝しんでいるのだ。

 

「一体誰がここに来た? こいつらは何を目的としていたんだ?」

 

 そう言いつつ、紫乃はハウンドモンストリキッドを手に取り、それをAガジェットへとリードする。

 

《霊犬憑依!》

「痕跡の調査を頼む」

『ワン!』

 

 ガジェットから犬の吠え声が聞こえ、紫乃自身も周囲を調べ始めた。

 やはりここで戦闘が起きた様子は見られないのだが、紫乃は不可解なものを感じている。

 

「戯我の痕跡はあるが」

 

 人間が廃棄した場所に、戯我が棲みつく事そのものは珍しい話ではない。

 入り込んでしまった人間が色を食われて消えればそれが噂になり、怪談話や都市伝説として広まる。そうしてまた好奇心に駆られた新たなエサを誘き寄せる事ができるのだ。

 だが、この浄水場跡地にそのような噂が立った事はない。そこが紫乃には奇妙に感じられた。

 

「いや、待てよ」

 

 紫乃はさらに思考を続ける。

 以前に交戦したラタトスクとミノタウロス。彼らについて、最初は建設場所に棲み始めたばかりなのだと思っていた。噂が立つ前に処理ができたのだと思い込んだ。

 しかし、その考えが間違っているのだとすれば? そもそも件の白スーツが訪れた理由は?

 あの二体、さらに言えばヒヒとツチグモを含めた四体は、実際には使役される存在であった。ラタトスク・ミノタウロスは何かの目的があってあの工事現場を見張っていたのだろう。

 

「見張る?」

 

 ハッと顔を上げる紫乃。

 あの時。白スーツの男は水晶髑髏を、アタッシュケースの中に入れていた。

 普段から魔法の杖のように自身の得物として扱っているなら、そんな咄嗟に取り出しにくい場所に入れるだろうか?

 加えてあの煙幕の機能だ。逃走用なのは間違いないのだろうが、ただ単に逃げるだけならこんな大袈裟に偽装の仕掛けなど作る必要はない。それこそ懐に道具を忍ばせておけば良いはず。

 幾つかの絵具(情報)が揃い、思考の筆が走り続け、紫乃の頭の中のキャンバスへと結論が描かれていく。

 建設工事中の建物と、この浄水場で行われようとしていたのは――。

 

「遺物の取引……か!」

 

 紫乃が呟いた。

 あの男がわざわざアタッシュケースを用意していたのは、水晶髑髏以外にも遺物を保管していたから、あるいは取引によって手に入れるためだったのだ。

 ラタトスクとミノタウロスは現場に誰も近づかないよう対処させていたのだろう。公園にヒヒとツチグモがいたのも同じ理由なのかも知れない。

 そして取引の際に望まぬアクシデントが起きた時、煙幕を使う手筈だったと考えられる。

 

「だとすれば」

 

 地面や壁と天井にもある戯我の痕跡、あの後行方をくらませた白スーツの男。

 

「ここは遺物の取引現場。オレが介入した事で本来の指定場所を放棄して、ヤツはこの浄水場で何らかの取引を交わしていた。そして、ここにはまだ……」

 

 浄水場内がにわかに騒がしくなり、閉ざしていた扉が勢い良く破壊される。

 

「ギシャアアアーッ!」

「まだ見張りの戯我がいる!」

 

 そこから現れたのは、頭頂部に角を生やし、金棒を携えた異形の肌の鬼の集団。コオニ・ギガだ。

 ゴブリン同様に常に数を揃えて現れる戦闘員であり、下級の戯我として分類される。

 

《アイス!》

《セイレーン!》

 

 変身するには間合が近すぎる。

 紫乃は起動したモンストリキッドをセットした後、レリックライザーをライズホルダーに装填せずに、そのまま銃口を敵勢へ向ける。

 

Loading Color(ローディング・カラー)!》

「急々如律令! 歌え、アイスセイレーン!」

Calling(コーリング)!》

『――♪』

 

 美麗な歌声と旋律が響くと同時に、下半身が魚のものとなっている少女がその場に現れ、怯んだ小鬼たちの体が凍結して砕け散る。

 

「よし……!?」

 

 だが、今の一撃である程度の敵を殲滅したと思われたその刹那、ふたつの新手が出現した。

 ひとりは不快な悪臭を放つ薄汚れたボロボロの長いマフラーのようなものに巻かれたミイラで、布の先端に蛇の頭のようなものがあり、それが口を動かしている。

 もう片方は、猫の耳と二又に別れた尻尾を生やした女性型の怪人。艶めかしい柔らかな身体つきが目を引くが、その手足には鋭い爪が生えていた。

 それぞれシロウネリ・ギガとネコマタ・ギガ。中級に分類される戯我であり、下級のコオニたちを率いているのだ。

 

「チッ!」

《ファイア!》

《フェニックス!》

 

 再度変身を中断し、新たなリキッドを装填。ナイフを投擲して牽制しつつ、先程と同様に召喚を行う。

 

Loading Color(ローディング・カラー)!》

「急々如律令! 燃えろ、ファイアフェニックス!」

Calling(コーリング)!》

『キュイイイーッ!』

 

 現れたのは炎を纏う不死鳥。燃える両翼で包み込むようにして、紫乃の前に炎の壁を作る。

 舞い散る火の粉を目撃するなり、ネコマタもシロウネリも慌てて立ち止まった。

 

「ニャン! これじゃ近づけないわ!」

「ウウウ……ヒ、キライ!」

「キィッ、キィッ!!」

 

 コオニたちも火を避けている。そして紫乃は炎に守られながら、ライズホルダーにレリックライザーを装着し、レリックドライバーに変えた。

 

《アイス!》

《フェニックス!》

「お前たちは何か知っていそうだな」

Loading Color(ローディング・カラー)! HYBRID(ハイブリッド)!》

「変身」

 

 紫乃がトリガーを弾くと共に、アイスブルーとソレイユオレンジの五芒星が出現し、インクを噴出。

 青い大袖の氷の翼と橙色のボディカラーが特徴的な戦士となり、AウェポンTモードを両手で水平に構えた。

 ムラサメへと変身を果たしたのだ。

 

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)! 交わる双つの色彩! ハイブリッドカラー!》

「情報を吐かせてやる」

 

 その言葉と同時に踏み込むと、ムラサメは太刀を素速く振り下ろす。

 強烈な斬閃はコオニたちを次々に両断せしめるが、そうはさせまいとシロウネリが攻勢に割り込んだ。

 突き出された両腕に巻き付いているボロボロの長い布、それがしゅるしゅる音を立てて腕が解け、揺らめきながら伸びてムラサメの全身に巻き付こうとする。

 しかし、ムラサメに慌てる様子はない。素速くリキッドの底部を押し込み、対処に動く。

 

「こんなボロ布で何ができる」

《アイス!》

「急々如律令」

Calling(コーリング)!》

 

 右掌部から放たれた冷気が、僅かに湿ったシロウネリの布を凍結せしめ、そのまま全身を固めようとする。

 

「ギャアアアーッ!?」

 

 砕かれるという危機を感じ、悲鳴を上げて両腕を引っ込めるシロウネリ。

 そして追撃をかけようとするムラサメへと、蛇の口部から悪臭を放つ液を発射した。

 

「む」

 

 ムラサメは翼を動かし、その装甲で念の為に液を受け止める。

 するとどうした事か、焼けるような音を立てながら装甲が溶解し始めた。

 シロウネリが放ったのは溶解液だったのだ。

 

「チッ!?」

「ニャハーッ! 脆くなっちゃったねぇ~!」

 

 喜色に満ちた笑い声を上げ、今度はネコマタが爪を振り下ろす。

 避ける暇はない。よって翼を稼働させて爪を防ぐが、その一撃で翼の装甲の方に亀裂が走った。

 

「く……!」

 

 これでは防御が心許ないが、敵は手を休めない。

 シロウネリはいつの間にやら凍結状態を脱しており、再び溶解液を飛ばして来る。

 そしてネコマタも攻め手を絶やさず、その鋭爪で素速い連撃を繰り返していた。

 もはや大袖の翼では防ぎ切れない。このまま守っているだけでは勝利は難しいだろう。

 

「これを試すしかないようだな」

 

 そう呟くと共に、ムラサメは左腰から二つのモンストリキッドを取り出し、即座に起動した。

 

《ウィンド!》

《キマイラ!》

「お前を塗り潰す色は決まった」

Loading Color(ローディング・カラー)! GRADATION(グラデーション)!》

 

 リキッドをドライバーに装填し、真っ直ぐに敵方を見据えるムラサメ。

 

「カラーシフト」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 再度引き金を指で操作すると、新たに緑と黄の五芒星が描かれ、同じ色のインクが身体に塗られていく。

 大袖を模した翼は消え、左肩に山羊の頭を模したアーマーが装着され、右腕には蛇の頭部のような形をした鋼鉄の鞭が配備。獅子のものとなった顔部は、黄色い鬣のような器官が特徴的だ。

 鎧武者のようだった身体の装甲は、緑色の山伏装束に変化し、足部は一本歯の下駄のようになった。

 

《吹き荒ぶ緑風の神通! ウィンドキマイラ!》

『バオオオオオーッ!』

 

 そうして完全に変化を終えると、獣の咆哮と共にムラサメが太刀を構え直す。

 ファイアハウンドよりも装甲が薄く、アイスセイレーンのように素速く動けるようには見えない。

 しかし、新たな形態(カラー)となったムラサメは、Aウェポンを手に果敢に攻め入った。

 

「オマエ、トカス! トカシテ、クウ!」

 

 迎え撃つのはシロウネリ・ギガ。凄まじい悪臭の溶解液をそこら中に撒き散らし、近づけないようにしている。

 それを見ていたムラサメは、すぐにリキッドを起動した。

 

《ウィンド!》

「急々如律令」

Calling(コーリング)!》

 

 エバーグリーンのリキッドが光り、その場で猛々しい突風が巻き起こる。

 その風により、溶解液が纏めて押し流され、周囲にいたコオニたちが溶かされていく。

 

「ナッ!?」

「ふっ!」

 

 続けて、ムラサメは驚くシロウネリに向かって鉄の鞭を振るう。

 蛇を模した形状のそれは、その身体を絡め取って噛みつき、拘束した。

 しかしシロウネリには溶解液がある。これを体表に分泌して鞭を溶かせば、抜け出すのは難しくない。

 無論、ムラサメがそんな抵抗を許すはずもないのだが。

 

《キマイラ!》

「急々如律令」

Calling(コーリング)!》

 

 唱えて引き金を弾くと、蛇の締め付ける力がさらに強くなり、シロウネリは悲鳴を上げる事すらできなくなるほどに苦悶する。

 溶解液ではなく、布の身体だというのに汗が滲み出んばかりの苦しみだ。

 

「グ、ギ……ギギギ……!」

「キィッ!」

 

 そんなシロウネリを救出すべく、コオニらがムラサメに向かって駆け出す。

 だが接近した瞬間、裏拳が鬼たちの頭をスイカのように叩き割った。後から来るコオニも、獅子奮迅の勢いで薙ぎ倒していく。

 キマイラのリキッドの効力。それは単純明快、全体的なパワーの増大である。

 ウィンドキマイラは、パワータイプのグラデーションカラーだったのだ。

 

「バ、バカナ」

「これが最後の景色だ」

Relording Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 シロウネリが呆けている内に、ムラサメは必殺の準備を終え、投げつけるようにして布の怪物を解放する。

 そして、ムラサメの鬣や装甲が展開し、獣の吼え声めいた排熱音と緑・黄色の光粒子が散布された。

 

《ウィンドキマイラ・クロマティックストライク!》

「ハァッ!!」

 

 ムラサメを中心として風の刃を伴う強大な竜巻が起こり、乱れ飛ぶ。

 逃げ切れなかったコオニとシロウネリは、瞬く間に飲み込まれ、風刃によって細切れになるまで斬り刻まれた。

 もうコオニは残っていない。装甲が元に戻る音を聞きながら、ムラサメはゆっくりと最後の一体へと視線を向ける。

 

「ヒッ……!?」

 

 眼と眼が合い、ネコマタはビクッと身を震わせた。

 そして、危機を察知するなり、すぐさま出口に向かって駆け出していく。

 

「逃がすか!!」

 

 無論ムラサメはそれを追う。

 ウィンドキマイラはあまりスピーディに立ち回れる形態ではないが、それでもこの機を逃すワケにはいかない。

 ネコマタが浄水場の外に飛び出し、ほぼ同時にムラサメも壁を壊して追いつこうとする。

 だが、その直後。

 

「ギニャッ!?」

 

 身を焼くような閃光が迸ったかと思うと、ネコマタの両足が貫かれ、地に落ちる。

 ムラサメの仕業ではない。彼自身も、たった今起きた出来事に瞠目していた。

 ネコマタはそれでも、虫のように這う動きで必死に逃げようとする。

 

「どこへ行くつもり?」

 

 そんな彼女の前に、槍を持ち装甲を纏うひとつの影が立ち塞がった。

 遠くにいるため姿はハッキリとは分からないが、そこにいるのは紛れもなく、ムラサメと同じ仮面ライダーだ。

 その証拠に、腰にはレリックドライバーが装着されている。

 

「ニャ……」

 

 突如として現れたその人影を見ながら、ムラサメはネコマタの頭部を殴りつけ、昏倒せしめる。

 それを確認すると、正体不明の仮面ライダーはドライバーを外した。

 

「はじめまして、ね。挨拶しておくわ」

 

 凛とした声と共に装甲が消失し、ひとりの少女がそこに姿を現した。

 女性としては長身で170cm近くあり、風に靡くウェーブのかかった淡いピンクブロンドの長髪と、濡れたようであるが強い意志を感じさせる水色の瞳が目を引く。

 蠱惑的な唇は自信ありげに釣り上がっており、マントと軍服に包まれた身体を揺らしながら、ゆっくりと近付いて来る。

 

「本日よりLOT磐戸支部の封魔司書として活動する事になった、ロゼ・デュラック。またの名を仮面ライダーブリューナクよ」

 

 威風堂々と名乗りを上げると、ロゼと言うらしい少女は、華麗な笑顔を紫乃に向けた。




付録ノ四[封魔霊装]

 仮面ライダーとなる者が戯我と融合する際に生み出される生体装甲の呼称。
 これを作るためのレリックライザーやライズホルダーの素材には遺物の一部(例えば折れた刀など)が使われており、それぞれの名称の由来はその遺物に因んだものとなる。
 例えば、ムラサメ――封魔霊装 叢雨丸であれば、犬塚 信乃の所有していた妖刀『叢雨丸』が該当する。
 元となった遺物とは異なる名称を使うケースもあるが、遺物を使って作られているのは共通項である。

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