異形戦艦フォルス・テュポーンの最上階、脳髄フロアにて。
フードの奥で眉をしかめ、玉座に腰掛け内部の状況を観測していたバルト・アンダース――真の名をクロノスは、溜め息混じりにそんなことを独りごちた。
だがすぐにその表情を笑みに変え、玉座の上で足を組む。
「まぁ、良い。ヤツならたとえ一対三でも負ける事はないだろう」
満足気に笑いながら、クロノスは小さなテーブルの上に置いてあるブドウを一粒口に含む。
「全てを薙ぎ倒して私の前に辿り着くが良い、人間共。その時お前たちは、真の絶望を知る事になるだろう……」
磐戸近郊の海域にて始まった、LOTとロゴス・シーカーの決戦。
敵の妨害を受けながらも、奇襲部隊に選ばれた五人の仮面ライダーと若葉は、フォルス・テュポーンの内部へ侵入する事に成功した。
そしてムラサメは背中の入口から、ブリューナクとクラレントと若葉は左脇腹、ユーダリルとゲイボルグは右脇腹から、脳髄のフロアにいるバルト・アンダースを目指す事になる。
現在左脇から脊柱エリアの最下層へ向かっているブリューナクたちは、時折現れる戯我を討ち倒しながら、その道の途中にあるフロアを守護するイシュタルと予定通りに合流を果たしていた。
「イシュタル様!」
「若葉……!」
ようやくの再会。涙ながらに、二人は抱き合った。
仮面ライダーの二人もここまで来ると安心し、変身を解く。
「無事で良かった、手紙だけ置いて黙って行っちゃうんだもん!」
「ごめんね。でも、こうしないと引き止められると思ったから」
我が子をあやすように若葉の背をゆっくりと撫でるイシュタル。
ロゼはそんな彼女の薬指に、キラリと光るものを見つける。
金の指輪だ。黄色い宝石のようなものがついており、キャッツアイ効果を持っているのか縦に光の筋が入っているのが分かった。
「イシュタル、その指輪は?」
「あぁ、これは……切り札、かしらね」
「……?」
少し言い淀むイシュタルを訝しむが、その直後。
破壊音と共に天井が破れ、蝿の翅を背負うビヨンデッタが姿を表した。
「イィィィシュタァァァル!!」
まるで獣のように咆哮し、イシュタルと周りにいるロゼたちを見やる。
ビヨンデッタは怒りに満ちて歪んだ表情で、拳を振るいながら叫び散らす。
「薄汚い人間どもがァ!! 我輩の妻から離れろォ!!」
若葉は怯えるが、離れない。イシュタルの方も、彼女を決して離さなかった。
その姿が、余計にビヨンデッタを苛立たせる。
「なぜだイシュタル、なぜそんな連中との共存を望むんだ?」
「……ごめんなさいバアル様。私はどうしても、あなたのように人間を憎む事ができない」
「なぜだ!? 人間は……人間は我々より遥かに邪悪な生き物じゃないか!!」
ビッと若葉たちに向かって指を差し、怒りを叫ぶ。
「思い出せ!! 何柱の神がこいつらのせいで貶められた!? 何度信者の命が奪われた!? 何度裏切られ、唾棄され、見放された!?」
気がつけば、ビヨンデッタはその両眼から涙を溢れさせ、イシュタルを睨んでいた。
「お前も……私を見捨てるのか……!?」
まさに鬼気迫る表情のビヨンデッタを前に、イシュタルは悲しそうに目を伏せる。
そして若葉の手をそっと握り、自らの夫の前に真っ向から立ち塞がった。
「確かに人間は、人間の作った世界は私たちに対して残酷だったかも知れない。自らの正義を振りかざし、身勝手に悪魔と罵る者が多かったのも事実。でもそれだけが人間じゃない。決して醜い部分だけが、全てじゃなかった」
「……綺麗事を……!! 知った風な口振りで!! 今更!! ふざけるなァッ!!」
牙を剥き出しにして軋ませるビヨンデッタ。その涙は血涙となり、怒りは頂点に達する。
「忘れてしまったのなら我輩が思い出させてやる……この世界の醜い実態を!!」
「私もあなたに思い出させます。この世界の美しさを」
そう言いながら、イシュタルは若葉を振り返る。
彼女の方も、どうやらとっくに覚悟は決まっているようで、呼びかけずとも次にやるべき事を察して深く頷いていた。
二人は同時に目の前の悪魔を睨むと、同時にその言葉を唱える。
『神我合一!!』
人と神、二つの心がひとつの体に融合し、その姿を変えていく。
大きな牛角と美しい金の鬣のようなものを生やした、薄衣の白いドレスを纏う女神の怪人。
拳を握り締め、ゆっくりと構えを取ってビヨンデッタと対峙している。
その様子を見ながら、ロゼとクリスも動いた。
「クリス!」
「おう!」
『変身!』
ロゼはデュアルタイプのリキッドを、クリスはペンドラゴンクレストとシリアルタイプのリキッドを起動し、それぞれレリックドライバーに装填、そしてトリガーを指先で弾く。
《舞え! 優雅なる赤薔薇の戦乙女! エレガントヴァルキリー!》
《
音声と共に二人の姿も変化し、これで三人の女戦士が揃う。
彼女らの姿を見ながら、ビヨンデッタは舌打ちして自らも戦闘態勢に移った。
「殺してやるぞ、人間ども……全員纏めてな……」
両腕を交叉させ、拳を握る。
そして唸り声を上げながら翅を大きく広げ、イシュタルと若葉のように、しかし彼女らとは異なる言葉を唱えた。
「
瞬間、ビヨンデッタの全身が真っ黒な瘴気に包み込まれ、その姿を大きく変えていく。
右半身は雄牛の角が生えた兜を被る、中性的な容姿の褐色肌の戦士。髪は金色で長く伸びており、背中に生えた魚類のヒレを思わせるような形状の青く透き通った翼、そして引き締まった筋肉と女性的な膨らみを帯びた胸が特徴的だ。
左半身は耳辺りまで口が裂けて蝿のような複眼を持つ、異形にして漆黒の悪魔。短い銀髪に、背中から伸びる髑髏の模様のついた蝿の翅、さらに虫を彷彿とさせる甲殻や触覚などが目を引く。
そして豹の尻尾が背面に生えており、左右の手にはそれぞれ白と黒の出縁型の
「なっ……!?」
「なんだよ、あの姿!?」
左右でそれぞれ違う足音を立てるビヨンデッタ。彼女から感じる凄まじい力に気圧されかかりながらも、ブリューナクとクラレントとイシュタルは身構える。
「
名乗りを上げた後、ベルゼビュートは戦棍を交叉させて雷光と突風を室内で暴れさせ、咆哮した。
「LOTとバルトからラジエルの書を奪い、この力を完全なものにするために……我輩はただこの戦争の勝利を目指す!! 愚かなる人間よ!! 我輩に歯向かった事を、後悔するが良い!!」
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃。
内部を巡回している戯我と戦いながら道を突き進んでいた
殺風景な広く白い部屋の中心には、一人の男が座禅を組んで瞑想しているのが見える。
感覚器官と精神を鍛錬し、悟りに至るためのインドの修行法、ヨーガだ。
それを実践しているのは、ボロボロの僧衣の上にカソックを羽織る男。その姿を見て、ユーダリルが先に声をかけた。
「お前が明智 魯捺羅 天海か」
尋ねると、その天海は額を含む三つの眼全てを開き、唇を歪める。
「ククフフフフフフフフフ。如何にも、拙僧が天海でございます」
「話にゃ聞いてる。随分俺のかわいい後輩たちをいじめてくれたんだってな?」
「だとしたら、どうするというのですか?」
静かに視線を交える二人。
瞬間、ユーダリルの腕が眼にも止まらぬ速さで動き、弓から光の矢を放つ。
だが天海にはそれが見えていたようで、どこからともなく
「チッ!」
「ククフハハハハハ! 見え見えですよ、そんな手は!」
嘲笑う天海。
しかし直後にその表情から余裕が消え、槍を構えたまま大きく飛び上がった。
続け様に爆音めいた銃声を何度も鳴らして、ゲイボルグのAウェポンVモードが火を噴く。
無数の弾丸は槍に弾かれるが、しかし天海の着るボロ布をさらに穴だらけにさせた。
「俺を忘れて貰っては困る」
「クフッ! 勿論忘れてはおりませんよ、ええ。あの時の雪辱を果たさなければなりませんからねぇ」
言いながら天海は自らの人差し指の先端を噛み、血を流して地面を濡らす。
そして指先をクイッと上げると、血の付着した床の一部が剥がれて針のようになり、飛んでいく。
インドの神々の神通力によって生み出される飛び道具、アストラ。凄まじい速度で飛来した針状のそれを、ユーダリルは双斧に変形させた武器を使い、受け流して避けた。
「知ってるぜ。お前のアストラは強力だが、見切れない速さってほどじゃない。俺ならかわせる」
「ほぉう」
「ヴリトラと合一してない今のお前なら、俺たちで倒せる」
自信に満ち溢れたユーダリルの言葉。
それを撥ね退けるように、天海は再び嘲笑った。
「良いですねェ。では、その思い違いを正して差し上げましょう」
「なに?」
「神我合一」
天海が唱えると同時に光が室内に溢れ、二人の目をくらます。
そして視界が明瞭になった時には、天海の姿は忽然と消えていた。
「消えた!?」
「一体何をした……!?」
ユーダリルとゲイボルグは周囲を見回すが、誰もいない。
天海が何もせず逃げるはずはない。二人ともそう思った次の瞬間、突然に天井から無数のアストラが射出された。
「ぐおっ!?」
「ユーダリル!? ぐあああっ!?」
前へ飛んで被弾を逃れたゲイボルグであったが、その足に床から伸びたトリシューラが命中し、転倒してしまった。
見れば、床からは槍だけではなくそれを掴む腕も飛び出ている。さらにそのまま、ズルリと天海自身も這い出て来る。
弓を持つ三眼にして四本腕の荒ぶる神。以前と違うのは、髪が無数の蛇となり、虎皮の法衣がなくなって全身が蛇皮となったような、異形の姿に変わった事だ。
「ま、まさかこいつ!!」
「その通り」
ぞぶり、と音を立てて、床に溶け込むように天海の姿が沈んでいく。
先程姿が消えたように見えたのは、この力が原因なのだ。
「拙僧はフォルス・テュポーンと一体になったのですよ!」
「バカな……!」
「滅界蛇僧テンカイ・ルドラ、その本領をお見せ致しましょう」
そう告げると同時に、テンカイは逆さ吊りになるような形で天井から上半身だけ飛び出し、三叉槍を正面からユーダリルに突き出した。
間一髪のところで斧を交叉させて身を守るが、受け止め切れずにたたらを踏んでしまう。
「なんだってんだ、この威力は……!?」
「テュポーンの剛力を少しばかり受け継いでいるのですよ。これで、たとえ真っ向勝負でも拙僧に勝つのは無理ですねェ?」
そんな言葉を残して再び天井に消え、反撃から逃れる。
「クソ野郎が! 勝てると思ってんならそうやって小細工に頼るんじゃねぇよ!」
吐き捨てながらも、ユーダリルは反撃の糸口を見つけるべく、冷静に状況を観察していた。
テンカイは先程、天井からアストラを放った。姿を見せる事なく攻撃だけを発する事もできるのだ。そして、それは床であろうが壁からであろうが恐らく変わらない。
その気になれば四方八方からトリシューラで付いたりアストラを発射し続ける事もできるだろう。そう考えた時、ユーダリルは自身の採れる最善であろう行動を思いつく。
「ゲイボルグ。策を思いついたぜ」
「なんだ?」
「あそこに扉が見えるよな?」
「脊柱エリアに続くもののようだが」
ゲイボルグが周囲を警戒しながらそのように返答すると、ユーダリルは叫んだ。
「全力で走ってそこまで逃げる!! 行くぞ!!」
「は!?」
そして、走り出す。慌ててゲイボルグも、その背中を追った。
「何を考えているんだお前!? 逃げてどうする!?」
「これで良いんだよ! 野郎は天井や床の中に潜んでるんだぜ、つまりこっちの攻撃は一切届かない! じゃあ向こうが飛び出して仕掛けて来ない限り打つ手ねーんだから、逃げるに限るだろ!」
「それはその通りかも知れんが……何も解決していないぞ!?」
ゲイボルグがそう言った直後、やはりと言うべきか天井からアストラが発射される。
二人は背中を向けたまま、その針を回避し続けた。
「へっ、追って来やがったぜ」
「当たり前だ!」
「まぁ落ち着けよ、あいつは
その指摘を受け、ゲイボルグはハッと仮面の中で目を見開く。
そしてユーダリルは、武器を弓に再度変形させ、走りながら結論を提示した。
「天海はテュポーンと完全に合一できてない! 一定の方向でしか攻撃が飛んで来ないのは、自分の潜り込んでいる場所以外じゃアストラが使えねぇからだ!」
事実、ヴリトラとの合一時にはマグマの体を剥離させてアストラとして飛ばしていたのを、ゲイボルグは覚えている。
その時は意思のない抜け殻の肉体と融合していたので、天海はその力を活かして存分に攻撃していたが、今回は違う。
テンカイは今、明らかに当時ほど自由に動けていない。そしてその理由は恐らく、テュポーンがクロノスの意思によって動いているからだ。だから完璧に肉体を掌握できないまま、壁の中を潜る事しかできないのだ。
「そしてアストラをチマチマ撃ったところで俺たちは倒せねぇ! そうなりゃ当然――」
ユーダリルは振り返って立ち止まる。
そしてすぐにズルリ、と再び槍が天井から槍が伸びるのを確認して、弓を天井に向けた。
「お前自身が来るよなぁ!?」
AウェポンBモードから、槍を持つ手に向かって一直線に矢が放たれる。
次の瞬間、ユーダリルはテンカイの蹴りを受けて壁面に叩きつけられていた。
「がはっ……!?」
傍で見ていたゲイボルグにも、何が起きたのか理解できなかった。気づけば矢が外れて反撃を受けたユーダリルの姿が眼に映ったのだ。
眼にも留まらない速さでテンカイが動いたとしか、彼には考えられなかった。
「まさか!!」
それを可能にする方法を、ゲイボルグは知っている。
以前京都で、ヴリトラを失った天海は最後の手段として自身をもアストラとして飛ばそうとしていた。
モルガンが介入した事によって未遂に終わったが、今回それを実行したのだとすれば。
「中々良い読みでしたよ。確かに今の拙僧は潜り込んでいる地点以外からアストラを放つ事ができない……しかし」
ゆっくりと天井から落ちて来た槍を手に取り、テンカイ・ルドラは笑う。
そしてその穂先をゲイボルグに向け、突き出して来た。
「拙僧自身を高速で射ち出せば、その欠点は克服できる!」
「くっ!?」
AウェポンをJモードに変え、刃で攻撃を受け止める。
しかしクー・フーリンの髄液から力を受け継いだアダンを以てしても、蛇神と合一したテンカイの膂力を前に押し切られかかっていた。
「ぬ、う」
「ククフフフ! ではそろそろ死んで頂きましょうか!」
言いながらテンカイは地面にトリシューラを突き刺すと、床がまるで泥のように柔らかく変質し、ゲイボルグの両足を脹脛まで沈める。
そして槍を抜くと地面はすぐに再硬化し、その場に固定させた。
身動きが取れなくなっている間に、続けてテンカイは床に腕を突っ込むと、そこから矢を形成し始める。
それでも脱出しようと、地面にジャベリンを突き立てて自分の足を掘り出そうとするが、間に合うはずもなく、既に矢が番えられている。
「くう……!!」
「クフハハハハハ! では、死ねぇい!」
ゲイボルグの頭に向かって矢が放たれようとした、その時。
右側にある二本の腕に斧の刃が食い込み、狙いが外れて背後の壁を貫くのみに留まった。
「なっ!?」
驚き振り返るテンカイ。そこにはいつの間にか、トリシューラの一撃で苦悶していたはずのユーダリルが立っていた。
彼は腕から乱暴に斧を抜き取ると、そのままもう一度振り上げて襲い掛かって来る。
「オラァッ!」
「チッ!」
一度地面に溶け込み、テンカイは攻撃から逃れた。
そして見落としてしまった原因を、既にユーダリルは攻略したものと思って油断したためだと結論付けると、今度は見逃すまいとしてアストラを発しながら浮上する。
だが。
「……!?」
地上から槍で一突きにしようとした寸前で、動きが止まる。ようやく地面から抜け出したらしいゲイボルグはいるが、どこを見回してもユーダリルの姿がない。
テンカイは地中では敵の位置を目視できないが、気配や足音で概ねの位置は把握できる。
しかし、いるべきはずの人間がいない。その事実で一瞬思考が止まってしまった。
それが大きな隙を生んでしまう。
《
「はっ?!」
《ダブルカラー・クロマティックパワードアサルト!》
突然背後から聞こえた音に驚き振り返ると、そこには既にアクアとクラーケンのリキッドがセットされた斧を持つユーダリルがいる。
「ぐ、が!?」
そして回避する暇もなく、頭に強烈な必殺の一撃を受けてしまった。
ワイルドバルバトスカラーのユーダリルには、自分の姿を完全に消し去ってしまうステルス迷彩がある。テンカイがそれを知らないと見て、逆に不意を打ったのだ。
「ヘッ! こんなのも見抜けないようじゃ……大した事ねぇ~よなぁ? 金柑頭くん?」
「おのれェ……ッ!!」
頭部に亀裂が走り、完全に激昂してテンカイが叫ぶ。
そして三人は再び武器を構え、死闘を繰り広げるのであった。
※ ※ ※ ※ ※
一方、ベルゼビュートと対峙していたブリューナクたちは、苦戦を強いられていた。
「ハァァァァァッ!!」
怒号を上げながらベルゼビュートが白の戦棍『
その一撃はエレガントミラージュを身代わりとして避け切るものの、逃げた先には双棍を持つ悪魔が回り込んでいる。
「くっ!?」
「ガァッ!!」
稲妻を帯びる白い戦棍が、再びブリューナクを襲おうとする。
そこへ、光の球体が割り込んでベルゼビュートの顔を打った。
イシュタルの放った攻撃だ。その隙にブリューナクは飛んで距離を取る。
しかしベルゼビュートに然程のダメージはないようで、標的をイシュタルに改めて再び飛翔。今度は黒い戦棍『
「うわっ!?」
あまりの勢いで両足が床から離れ、壁に叩きつけられ身動きが取れなくなってしまう。
そのまま目前に迫る、左右非対称の異形。
だが、そこにクラレントが立ちはだかって大剣で戦棍を受け止めた。
「やらせるかよ!」
「邪魔を、するな!!」
怒りを滾らせて後ろに飛び、ベルゼビュートは両方の戦棍を地面に叩きつける。
すると雷を伴う嵐が吹き、三人の少女を飲み込んで破壊せんと迫っていく。
クラレントはそれでも怯まず前に出て、真上に掲げた大剣を力強く振り下ろすと、こちらもまた雷を纏う嵐を放って攻撃を相殺した。
「お前も雷と風を……!」
「モルガン特製のリキッドだぜ、真っ直ぐに繋いだお陰でパワーもスピードも普通とは桁外れなんだよ! 仕組みはアタシにゃよく分かんねぇけどな!」
得意げに剣を肩で担ぎ、クラレントは笑う。
ベルゼビュートは舌打ちしつつ、左半身にある蝿の翅を大きく拡げる。
「我輩の力を侮るな、小娘」
そう告げると同時に、その背中からザワザワと羽音を立てながら掌程の大きさの蝿が出現し、クラレントたちに向かって飛んで行った。
「げぇっ!? なんだそりゃ!?」
困惑しながらも、大蝿を打ち落とすべく剣を振る。
そうして刀身が触れた瞬間、蝿は一瞬赤く輝いたかと思うと、炎を噴き出して爆発した。
この蝿は触れた直後に爆ぜてダメージを与える仕組みになっているのだ。それをすぐに理解して、クラレントは二人に呼びかけた。
「ヤバい……! お前ら、避けろ!」
そう言った彼女の眼の前にも、既に無数の蝿が接近している。
驚きつつも逃げようとするが、そもそも蝿たちの狙いはクラレントではなく、ただ横を通り過ぎて行った。
標的はイシュタル及び合一した若葉のみ。蝿の大群は、彼女たちに向かって突き進んでいく。
《輝け! 華麗なる紫薔薇の竜乙女! ブリリアントヴィーヴル!》
「私を忘れて貰っては困るわね!」
その時、デュアルリキッドを回転させたブリューナクが、イシュタルをかばいながらブリリアントジェムを蝿に向かって放つ。
宝石命中によって衝撃を受けた事で、蝿は爆発。さらにそのまま残りの蝿も撃って爆散せしめ、攻撃を凌ぐ事ができた。
爆風の熱を浴び、イシュタルは深く息を付く。
「ふぅ……助かった、ありがとう二人とも」
感謝の言葉を述べ、再び悪魔に向き直るイシュタル。
対するベルゼビュートは牙を軋ませ、戦棍を強く握り締めて三人を睨めつける。
「防ぐだけで精一杯の木っ端共が、良い気になるなよ……真の神と悪魔の力を見せてやる!!」
おぞましく黒い瘴気を発しながら、魚類のヒレと蝿の翅を拡げ、ベルゼビュートが怨嗟を込めた声をぶつける。
ここまでの攻防で、ブリューナクたちはまだ一撃も与える事ができていない。彼女らの戦いは、始まったばかりなのだ。
付録ノ四十一[ベルゼビュート]
アルヴァーレというただの人間によって召喚された
最初はラクダのような姿で現れ、その後すぐに美女『ビヨンデッタ』となって自身をシルフィードと偽り彼の傍に侍った。
最初は籠絡して肉体を乗っ取るつもりでそのような行動に出たのだが、次第にベルゼビュートはアルヴァーレを本当に愛し、恋に落ちてしまう。
やがてビヨンデッタは人間の死体から受肉を果たすが、結局は彼と婚姻する事など叶わず、アルヴァーレに捨てられ、悲しみに暮れながら地獄へ去ったという。
彼女がこの名を捨てないのは、まだ未練が残っているからなのかも知れない。