仮面ライダームラサメ   作:正気山脈

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第四十四頁[無彩色の陰謀]

 封魔司書たちが戦っているのと時を同じくして、海上のフォルス・テュポーンは動き始めていた。

 その口から再び火炎球を放とうと、口腔に炎を溜め込んでいるのだ。

 

「使わせるな! アレは妾でも防げん!」

 

 周囲のGクロスを相手にしながらマテラスが呼びかけるが、ツクヨミは手を離せず、スサノオもアメン・ラーも再生する敵に手間取っている。

 

「そうは言われても、こう敵の数が多いとじゃな……!」

「あと少し時間を稼げば私の偉大雄大特大絶大無限大の太陽ビームも撃てるのだが! 待ってはくれないらしい! スサノオ殿、風雨を降らせますか!」

「気休めにしかならんぞ!?」

「それでも良いのです! 少しでも威力を落とさねば、こちらがやられかねない!」

 

 アメンからの提案を聞き入れ、スサノオは頷き暴風雨を引き起こす。

 ついでに雷を落としてGクロスに命中させるが、やはりと言うべきかすぐに負傷が癒やされてしまった。

 そしてアルゴー号の方でも、人間たちが動き回っている。

 甲板のアレックスはガトリング砲を操作し、戯我たちに乗り込まれないよう、近付くものたちに徹底的に無数の弾丸を食らわせていた。

 だが当然、Gクロスを纏う者だけはどうしても撃ち落としきれない。

 

「えぇい、キリがない! 他の艦にも損傷が拡大しているというのに!」

「ブラウベルク卿、後ろです!」

「む!?」

 

 船員に言われて振り返ると、ついにアルゴー号にGクロスが数体降下したようで、今にもアレックスを斬り殺そうとしているのが分かった。

 万事休すか。そう思った刹那、いきなり風が吹いたかと思うと、戦場で乗組員たちを襲おうとしていた戯我たちは全員が首を斬り落とされる。

 驚いて視線を追うと、船の中央に白い鶴を彷彿とさせるような、剣と鏡を持つ勾玉を提げた戦士が立っていた。

 

「大丈夫かの?」

「あ、あなたは……ヤマトタケル神……!?」

「来るのが遅くなってスマンな。儂もアルゴノーツに加わった、遅れた分を今から取り返してやるわ」

 

 言いながら再生中のGクロスたちを掴むと、全員海に向かって放り投げて自身も飛び、両翼を拡げながら高速で回転する。

 するとその場で海水を巻き上げて竜巻が吹き荒れ、飲み込まれたGクロスを残らず粉々にしてしまう。

 あまりの凄まじい力に、封魔司書たちは目を見張るばかりだった。

 

「アレが、ギリシア神話のヘラクレスに並ぶという日本最強の戦士……!」

 

 アレックスが感嘆し、再びガトリング砲を動かそうとするのも束の間。

 ついに、テュポーンの炎が放たれてしまった。

 アルゴー号に向けられた火球は大雨の中でもほとんど威力が削がれず、ヤマトが生み出した竜巻をも一瞬で消し去ってしまう。

 

「くっ!?」

 

 堪らず、ヤマトは飛び上がって炎を回避した。

 船上にいた者たちは、既に全員退避を始めている。たとえ無意味だとしても、生き残って再び戦う方法はそれしかないからだ。

 そして炎がアルゴー号を襲う、その寸前。

 

「ここです」

 

 そんな声と共に凄まじい突風が吹き荒れ、炎がそのままテュポーンの方へと押し戻された。

 Gクロスを溶解させて消滅させつつ、放ったテュポーン自身をも焼く炎。しかし、巨体の蛇神は戯我たちと違って完全に炎に飲まれる事なく、すぐに身体を再生させる。

 

「中国の仙女、鉄扇公主の芭蕉扇。使わせて貰いましたよ」

 

 船内から現れた声の主、モルガン・ル・フェは、そう言ってその大団扇を掲げた。

 

「すまん、助かった!」

「いえ。しかし、今の方法で何度も防げるワケではありません。所詮レプリカですから、回数には限りがあります」

 

 アレックスの声に、彼女は冷静に答える。

 なんとしても紫乃たちがクロノスを倒すまで、凌ぎ切らなければならない。

 だがたった今の攻防だけでもかなり際どい勝負だった。この調子で本当に時間を稼ぐ事などできるのだろうか。

 そんな事を考えていると、それを見透かしたようにモルガンが口を開く。

 

「私が戦います。それで少しは長引かせる事ができるでしょう」

「ほ、本当かね!?」

「ええ」

 

 言いながら、モルガンは烏のような黒い翼を拡げ、船から空へと飛び上がった。

 

「私は二度と、過ちを繰り返さない……」

 

 目を閉ざしてそう呟くと、彼女はその双眸を開き、二つの光を解き放つ。

 

()()()()

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 ベルゼビュートとの戦いを終え、脊柱エリアに入り頚椎フロアを目指して階段を上るロゼたち三人組。

 その途中、目の前に二人の男の影を捉える。

 一瞬身構えるが、彼らが味方である事にはすぐ気づいた。

 

「あっ、灰矢とアダン」

「二人とも無事だったんですね!」

 

 クリスとロゼに順々に声をかけられ、その灰矢とアダンが振り返る。

 

「……よう、お前ら」

「イシュタルの姿がないようだが」

 

 アダンからの指摘を受け、最後尾で俯いていた若葉がピクッと反応した。

 そして声を震わせながらも、ここまでの経緯を打ち明ける。

 

「そうか、イシュタルはビヨンデッタごと冥界に……」

「じゃあこれ以上、無駄に時間を使うワケには行かねぇ……な」

 

 灰矢は脇腹に手をやりつつ、足を動かす。

 先の天海との戦いで受けたルドラーストラによる傷、それを気取られないように普段通りの態度を取り繕いながら。

 

「さぁ、行こうぜ。きっと紫乃と駿斗が待ってるはず、だ」

 

 彼を先頭として、一行は走り出すのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃、フォルス・テュポーン内部で続くムラサメとペルセウスの戦い。

 以前よりも強化された堕天騎士を相手に、仮面ライダームラサメ 千紫万紅はほぼ互角の戦いを演じている。

 尤も、ムラサメの方は駿斗の肉体を案じて死なないように加減しているのだが。

 

「オラァッ!!」

「ぐっ!?」

 

 イリュージョンケットシーの幻惑で攻撃と回避を繰り返し攻め立てていたムラサメであったが、途中で戦況は一変した。

 ペルセウスが徐々にその戦法に慣れ始め、死角から仕掛けて来ると予測してハルパーによる反撃を何度も成功させたのだ。

 

「クケケ! どうしたどうした? これが全力かァ?」

 

 挑発的なペルセウスの言葉。彼もムラサメが全力を出せない理由を分かっていて、嬲るように蹴りや斬撃を仕掛けている。

 ムラサメはバックステップすると、冷静な手付きでプリズムエリクシルからリキッドを抜き取った。

 

「どうやら少し戦い方を変えるしかないようだな」

「あぁん?」

「クロノスにも見られている可能性があるから、できる事なら今は温存しておきたかったが……こうなったら仕方ない。駿斗を助けられないのでは意味がないし」

 

 そう言いながらムラサメが取り出して起動したのは、スプレー缶型のモンストリキッド、オリエンタルトリニティ・スプレー。

 しかしこれは、端子が合わないのでプリズムエリクシルに差し込む事はできない。

 故に。

 

《オリエンタルトリニティ!》

「終わらせてやる」

Calling(コーリング)!》

 

 ムラサメはそれを元々持っていたレリックライザーにセットし、指先で引き金を弾く。

 その瞬間、ムラサメの隣にもう一人ムラサメが現れた。それも、オリエンタルトリニティカラーのものが。

 

「……。……は……?」

 

 あまりの出来事に、ペルセウスは完全に動きを止めて呆然としてしまう。

 その隙を突いて、本体と分身体のムラサメが同時にペルセウスの顔面に全力で拳を叩き込んだ。

 鼻頭に走る激痛が、このムラサメは幻覚ではないという事を彼に告げる。

 

「はぁぁぁ!? て、て……テメェなんだそれ!? ふざけんな!! 完璧にインチキじゃねェーかそりゃあ!!」

「人質を取っているお前が言うのか? 脱皮しすぎて脳まで抜けたようだな……おっと、刺青だしお前には元々ついてなかったか。寄生するしか能がないしな」

「この……死ね、死ね死ね死ね!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねクソ野郎がァァァァァーッ!!」

 

 怒声と罵声を浴びせながら、飛び回ってハルパーを抜いたペルセウスが斬閃を放つ。

 狙いは本体のみ。しかしその前にムラサメの分身が立ちはだかり、ダイヤルを操作してトリガーを引く。

 

《ソウルアマテラス! Calling(コーリング)!》

 

 分身体の身体を光の膜が覆い、斬撃が命中。

 そして、八咫鏡の能力によって反射され、ペルセウスの屈強な肉体に裂傷を作った。

 

「ぐおおお!? このクソ……」

《ガイアトータス!! DESIGNATION(デザイネーション)!!》

「はっ!?」

 

 近くで音が聞こえ、咄嗟にペルセウスが飛び退いた。

 見れば、ムラサメは新たなリキッドをプリズムエリクシルにセットし、じわじわと距離を詰めている。

 このままでは確実にやられると踏んで、ペルセウスは左腕の怪物の頭をムラサメに向けた。

 青銅の盾の上に張り付くように装着されたこれは、ギリシアの怪物ゴルゴーンと同じ『石化の邪眼』を持っている。

 無論本来ならアマテラスの力によって反射されてしまうが、ムラサメの分身は能力を使ったばかり。

 ペルセウスは八咫鏡をそう容易く再使用できないだろうと予測し、さらに反射が使えたとしても自分の速度ならば回避は可能と考え、この怪物の頭から光線を放った。

 

「固まっちまえ!!」

 

 その言葉と同時に真っ直ぐ向かって行った光線は、突如として床から隆起した土壁により阻まれてしまった。

 

「なに!?」

「残念だが。ペルセウスの姿を模している以上、その手は想定済みだ」

 

 ムラサメは新たにセットしたガイアリキッドの能力で土を生み出し、光を遮断したのだ。

 するとペルセウスはより怒りを増幅させ、両足の翼を展開させて猛スピードで飛び出す。

 

「だったら直接やってやるよ!!」

 

 叫びながらハルパーを手に接近。そして、剣をムラサメの脳天目掛けて振り下ろす。

 だが逆上しながら放った攻撃の隙を見落とすはずもなく、分身体が割り込んで素早くAウェポンを指で操作する。

 

破軍(ハグン)ノ型!》

「冷静さを失ったな。それが敗因だ」

「はっ!?」

 

 受けた衝撃を完全に吸収し、自身の力として反撃する七星戯。

 以前一度受けた技であったにも関わらず、怒りと焦りから完全に忘れていた。

 返す太刀と追撃の銃弾がペルセウスの身体を襲い、左腕のゴルゴーンの邪眼も弾丸で破壊されてしまう。

 

「ぐうっ!? ま、まだ……」

 

 着地して再びペルセウスは飛びかかろうとする。

 しかし倒れないよう踏ん張るために足を止めたその瞬間、ムラサメが動いた。

 彼が右腕を前に掲げると、頭上に亀甲模様が光によって描かれ、その下に立つペルセウスの全身に急激な負荷がかかる。

 まるで両肩や両足に錘を提げられているかのように、立っていられない程身体が重くなり始めたのだ。

 

「があああああ!?」

「もうひとつの能力、敵のみを縛る重力制御だ。そしてついに……お前を捕らえたぞ! ウロボロス!」

 

 挑発に乗った挙げ句に自分の手を尽く読まれ、虫のように地べたを這い蹲ってしまうペルセウス。

 いくら自身が素早く動けようとも重力には逆らえず、そして再生能力を持っていようと、肉体を傷つける類ではない能力は防げない。

 ありとあらゆる弱点が露呈したが、それでもペルセウスは自らの膂力を振り絞って立ち上がる。

 

「まだだァァァァァーッ!! こん、な……こんなところで!! 終われるかァッ!!」

 

 クロノスのためにも、彼からすればこれ以上失態を重ねるワケにはいかないのだ。

 だがムラサメは、一切の容赦をしない。

 ここに来て初めて、本体と分身体が()()()()()()七星紋を全て点灯させた。

 不意を打って大打撃を与えるため、プリズムエリクシルのサイキック能力をこの瞬間まで隠し通していたのである。

 

「なに!?」

「強さに胡座をかいて髄液に頼り、少ない手の内を曝しすぎたな。もうお前の負けだ」

Sparkling Color(スパークリング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 二人のムラサメが左右から太刀を構え、動きの鈍くなったペルセウスの前へと踏み込んで行く。

 

《セブンスターズ・クロマティックメテオスウォーム!》

「セアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 左右から放たれた七色の閃光が、禍々しき漆黒の堕天騎士の肉体を斬り裂いた。

 必殺の一撃を連続で受け、ペルセウスは絶叫しながらも重力の檻から脱出しようと走り出す。

 

「ぐがあああああ!? く、クソがああああああ!!」

「逃さん!!」

 

 言いながら本体のムラサメがリキッドをエリクシルから抜き、門を閉じる。

 そして開いてからさらにもう一度閉開を繰り返すと、鐘の鳴るような音と共に音声が流れた。

 

CHECK(チェック)!!》

 

 クラッシャーと装甲が展開してダクト状の排熱器官が露出し、プリズムエリクシルの開口部からも熱と光が発せられる。

 続いてカレイドライザーのグリップを引き、トリガーを指先で弾いた。

 

「お前を塗り潰す色は決まった!!」

Fullgathering Color(フルギャザリング・カラー)!! Last Calling(ラスト・コーリング)!!》

 

 その音声が発せられた瞬間、先程開いた装甲の各部位がさらにもう一段階展開し、全身から眩い無数の色の光を放つ。

 同時に重力付加が喪失している今、ペルセウスは自由の身となっていた。AウェポンT/G-SSSの最大出力の必殺技を二度連続で受けたとはいえ、再生能力もあって目にも留まらないスピードは健在。

 どんな攻撃が来ようとも対処する事は難しくない、はずだった。

 

「な、なんだ!? 動かない!?」

 

 仮面ライダームラサメ千紫万紅の最大手。それは、リキッドをセットせずに念動力のみを全開放し、対象の動きを止めつつ体内に直接流し込む大技。

 ペルセウスはまだムラサメの能力の全貌を理解し切れていない。そのため、触れずして四肢を拘束された事に気付けなかった。

 結局、一度足を止めさせられた事が運の尽きとなったのだ。

 もはやペルセウスには、跳躍して宙で足を突き出すムラサメの姿を眺め、攻撃が来るのを待つしかない。

 

《カレイドプリズム・クロマティックエクスプロージョン!!》

「シイイイイイイイイイッ!!」

「ヒィ……!?」

 

 膨大な彩光のエネルギーを纏ってキックを放つムラサメ。

 その一撃は、短く悲鳴を上げたペルセウスの胸に見事命中する。それと同時に、全身の光が命中した箇所から内部へ浸透した。

 

「ぐぎゃああああ!?」

「効いた……後は!」

 

 渾身の一撃を受けたペルセウスの胸に亀裂が走り、その体に大きな異変が起こる。

 ベリベリと音を立てて、駿斗の姿とインクが剥離していくのだ。

 

「な、なんだ……これは!? お、俺様に何を……ぐえええええ!?」

「よし!!」

 

 当初の狙い通り分離が完了した。

 ソニックペガサスのリキッドも抜け落ち、駿斗はその場に倒れ、ウロボロスは地上を這って逃げ始める。

 

「逃さんぞウロボロス! 貴様はここで終わりだ!」

 

 言いながらムラサメはオリハルコン製のモンストリキッドを形成し、それを使ってウロボロスを内部に封印しようとする。

 しかし、その時。彼にとって予想外の出来事が起きた。

 倒れていたはずの駿斗が立ち上がり、横から飛び込んで自身を押し倒したのだ。

 

「――え?」

「ヒイ、ヒイイイイイィィィィィーッ!!」

 

 ムラサメが呆然としている間に、ウロボロスは情けない悲鳴を発しながら床に溶け込んでまんまと逃げ果せてしまう。

 そしてムラサメが我に返り、馬乗り状態の駿斗に向かって叫んだ。

 

「駿斗!? 何をする、一体何をして……!?」

 

 彼は駿斗の顔を見上げると、絶句する。

 そこにあったのは彼の良く知る駿斗の顔ではなく、牙を剥き出しにして大きく裂けた目を見開く、怪物の顔だったからだ。

 

「フシュルルルルルル!!」

「なん、だ!? お前……駿斗じゃない!! 誰だ!?」

 

 ムラサメは駿斗の姿をした怪物を突き飛ばし、立ち上がる。

 すると怪物はその姿をさらに変容させ、正体を晒す。

 獅子のような頭部に象を彷彿とさせる体躯、魚の尾や鹿の角を生やして、口からは蝮の形をした舌を伸ばしている。

 

「こ、こいつは……バルトアンデルス・ギガか!?」

 

 なぜ駿斗ではなくこの戯我がここにいるのか、ムラサメはその奇妙な状況に動揺するばかりであった。

 だが敵はそんな事情には構わない。バルトアンデルスの大きく鋭い爪と牙が、ムラサメに突き立てられようとしている。

 その時だった。入口の方から、無数の銃声が聞こえると共に、異形の戯我の身体が弾丸によって撃ち抜かれた。

 

「なに!?」

 

 振り返ると、そこいたには別行動していたムラサメの仲間たち。

 ロゼとクリスと若葉、そして灰矢にアダンだ。レリックライザーを持つ者が、発砲してバルトアンデルスの攻撃を妨害したのだ。

 

「紫乃くん! 今の内に!」

 

 ロゼからかかった声でハッとして、ムラサメは太刀を構え直してバルトアンデルスを斬る。

 どうやら負傷は癒えていないようで、驚くほど容易く倒すことができた。

 そして地面に落ちたソニックペガサスを拾うと、すぐに合流した仲間たちが話しかけて来る。

 

「無事で良かったわ」

「お互いにな……ただ、こっちのルートにはビヨンデッタはいなかったぞ」

 

 紫乃がそう答えると、俯いていた若葉が「実は」と切り出して事情を説明した。

 全てを聞き終え、イシュタルが冥界に行ってしまった事を知ると、紫乃は眉をしかめて小さく頷く。

 

「そうか、そんな事が……」

「ところで紫乃、今お前が戦ってたのって誰なんだよ? ウロボロスはどうした?」

「ああ。実は」

 

 クリスに尋ねられて、紫乃も自身の事情を話した。たった今戦っていた相手がバルトアンデルス・ギガで、ウロボロスの寄生先であった事も。

 それを聞いて、灰矢は首を傾げる。

 

「バルトアンデルス? そういや、駿斗の手紙にもその名前が出てなかったか?」

「言われてみれば……確かに書いてあったはずだ。だが、一体なぜ駿斗ではなくヤツが……」

 

 言いながら、紫乃の表情が変わっていく。

 どうしてウロボロスは駿斗ではなくバルトアンデルスの肉体を使っていたのか。

 そもそもこの戯我はクロノスの方が依代とし、バルト・アンダースと名を偽って暗躍するために利用しているはず。

 本来ウロボロスとは無関係で、駿斗がいる以上バルトアンデルスに寄生し直す理由もないのだ。

 では駿()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まさか……まさか!!」

 

 血相を変えて、紫乃が走り出す。

 慌てて、仲間たちもその後を追って疾走する。

 

「紫乃くん!?」

「どうしたんだよ一体!?」

 

 後ろから聞こえる声にも耳を貸さず、紫乃は脳髄フロアへと急いだ。

 自分の予想が外れていて欲しい。何かのの間違いであって欲しい。

 そう願いながら、階段を駆け上がっていく。

 そしてしばらく走り続けた後、彼はついに最上階であるフォルス・テュポーンの脳髄に辿り着き、扉を開いた。

 

「来たか、封魔司書」

 

 奥から響く、聞き覚えのある声。

 巨大な時計の下にある玉座に腰掛ける、フードを被った男がそこにいた。

 紫乃がその声を聞いて目を見張っていると、すぐに後ろからロゼたちも駆けつける。

 

「思っていたよりも速かったな。驚いたぞ。天海はまだしも、ビヨンデッタまでも下すとはな」

 

 くつくつと笑いながら、男はフードを外す。

 瞬間、一行の表情は絶望に染まって行った。

 今のバルト・アンダース、クロノスの姿は――白多 駿斗そのものだったからだ。

 

「駿……くん……?」

「君たちは私の歩みを止める事ができるかな?」

 

 薄く微笑みながら、駿斗の身体を乗っ取ったクロノスはそう言った。

 最後にして最悪の決戦が今、始まる。




付録ノ四十四[バルトアンデルス]

 様々なものに変身する特性を持つ時間の怪物。そのルーツはギリシアの変身の神、プロテウスにあるという。
 名前はドイツ語の『Bald(すぐに)』と『Anders(別のもの)』の組み合わせから成っている。

 物体と会話する秘術を授ける力を持っており、その術を欲するものに試練という名のクイズを課す。
 そのクイズの内容は「我、初めにして終わりなり。あらゆる場所に当てはまる」というもので、そのヒントとして法則に従って『樫の木→雌豚→腸詰→農夫の糞尿→クローバー畑……』といった具合に次々と変身した。
 答えは「食物連鎖」。変身したものは、それぞれ樫の木のドングリを豚が食い、その豚の腸詰めを農夫が食い、その農夫の糞尿を肥料としてクローバーが育ち……という流れになっていると考えられるためである。
 この物体の衰亡に変身する事からも、バルトアンデルスが時間の怪物である理由になっていると考えられる。
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